2001年06月04日

縦軸派文化人と横軸派文化人(EJ629号)

 「2001年宇宙の旅」については多くの方からご意見が寄せ
られました。その中で映画評論家(?)――とくにこの映画には
うるさい近藤剛氏が貴重な情報を寄せてくれましたので、ご紹介
したいと思います。
 EJ626で「2001年宇宙の旅」のストーリーが、手塚治
虫原作の「火の鳥/宇宙編」によく似ていると述べました。「2
001年〜」の公開は1968年、「火の鳥」は1969年の作
品ですから、制作年代から見て手塚治虫が影響を受けたのではな
いかということを書きました。
 近藤氏によると、手塚の方が明らかに影響を受けているという
のです。その理由は、手塚とキューブリックとは接触があったか
らです。キューブリックは当時「鉄腕アトム」が「アトラス・ボ
ーイ」として海外で放映されていたのを見て感動し、手塚に「2
001年の宇宙の旅」の美術デザインの依頼をしてきたという事
実があるのです。
 手塚はこの申し出に興味を示したそうですが、契約条件の中に
「ロンドンに1年間滞在する」という項目があったため、結局は
断ったのです。このやりとりがあったので、手塚は、「2001
年〜」の試写会に招かれこの映画を見ているのです。「火の鳥/
宇宙編」が創作されたのはそのあとのことです。
 ところで、手塚治虫の50年前の大作「メトロポリス」が映画
化され、5月26日から全国東宝洋画系の劇場で上演中です。日
本が誇るトップクリエーターである脚本の大友克洋と監督のりん
たろうです。一見の価値があると思います。
 さて、今朝も前野氏の本から書きます。前野氏は、本の冒頭で
今年の2月に起こった「野呂田芳成衆院予算委員長舌禍事件」を
取り上げています。「舌禍」と断じたのは大新聞です。
 何が「舌禍」なのかに知っていただくために野呂田氏の発言を
ご紹介します。野呂田氏は先の戦争を「大東亜戦争」と呼称した
うえで次のように発言したのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 『米国が石油などを封鎖したから、日本はやむをえず南方で資
源確保に乗り出していった。いわばそれは米国側の策にはまっ
てしまったのが本当だろうと、多くの歴史家が言っている。・
 ・・大東亜戦争で植民地主義が終り、日本のおかげで独立でき
 たという国の首脳もたくさんいるが、それは別としても、戦で
 負けてしまったのは、政策の誤りであって、日本の文化、歴史
 伝統が悪いと反省してしまったのは、本当に大きな誤りだ』。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 野呂田議員の地元秋田でのこの発言を大新聞は一斉に取り上げ
彼に「戦争を助長する危険な思想家」というレッテルを貼り、そ
の発言を封じ込めてしまったのです。
 しかし、「大東亜戦争」のどこが悪いのでしょうか。日本の教
科書は、日本政府が「大東亜共栄圏」という美名のもとに侵略を
やったと決め付けていますが、事実と大きく異なります。そして
このことばを何よりも嫌がるのは米国なのです。そこで米国は、
日本が命名した「大東亜戦争」ということばを「太平洋戦争」に
置き換えたのです。いわゆる東京裁判を米国など戦勝国を有利に
導くために・・・・・。
 野呂田発言にもあるように、日本は大東亜戦争があくまで東ア
ジアの諸国を白色人種の支配から開放するという大義に基づくた
めの戦争と位置づけているのに対し、米国は先の戦争をそうとら
れるのは都合が悪かったので、太平洋が舞台の戦争であることを
強調したのです。
 このようにいうと、若い人から「それはおかしい」といわれそ
うですが、そういう疑問をもつ人はぜひ小林よしのり氏の「戦争
論」を読んでいただきたい。前野氏はその小林よしのり氏を「縦
軸派文化人」と称しており、その勇気を高く評価しています。
 この「縦軸派」に対して、歴史を平面的に見て、現状に右往左
往する左翼マスコミ、進歩的知識人のことを前野氏は「横軸派」
といっています。小林よしのり氏は、その反日左翼勢力から猛烈
な迫害を受けているのです。
 大東亜戦争によって東アジアの国々が欧米の植民地支配から独
立できたことを感謝している例は、マレーシアのマハティール氏
だけではなく、インドにも見ることができます。
 昭和天皇が崩御された13前のことです。日本では3日間喪に
服しましたね。しかし、インドでは全国民が一週間喪に服して、
昭和天皇の死を悼んだのです。日本よりも長いのですから驚きで
す。「我々を西欧の植民地支配から救ってくれた偉大なる指導者
の死」として、国民葬として喪に服したのです。日本がインドに
供与しているODA(政府開発援助)は、中国へのそれに比べれ
ば、50分の1にも満たない額なのです。
 しかし、日本のマスコミはこのことを一行も報道していないの
です。ですから、われわれが知っているわけがないのです。日本
のマスコミは本当におかしいと思います。それでいて、野呂田発
言にはヒステリックに反応し、危険な政治家であるというレッテ
ルを貼り、野党もこれに同調して衆院予算委員会で解任決議案ま
で提出したのです。愚かしいことだと思います。
 野呂田議員は昭和4年(1929年)生まれの戦争を経験して
いる世代です。前野氏によると、彼はタカ派の議員ではなく、ハ
ト派に属する良識派の議員として知られている人であり、戦争を
助長する危険な政治家などではないといっています。
 国難のときは国民がひとつに団結してことに当たるべきですが
国民の中に反対行動をとる人がいるのではまとまりません。蒙古
襲来のとき、とくに2回目の弘安の役は4400隻、14万人に
及ぶ元の軍勢が博多湾に集結したのです。しかし、幕府が博多湾
岸に築いた石塁のため上陸できず、しかも日本軍は、夜になると
船に乗って敵船に乗り付け、果敢に攻撃を仕掛けて元軍を苦しめ
たのです。そこに台風が再び吹いたのです。しかし、今の日本は
国難に対処する姿勢が欠如しているように感じます。

629号.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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