はデフレから脱却できていないのです。それはおそらく日銀によ
る量的緩和政策が中途半端なものに終わったことが原因ではない
かと思います。何事もそうですが、迷いながらやったことは結果
が良くないのです。
というのは、日銀派エコノミストといわれる小宮隆太郎氏など
が、次の理由でテイラーの理論を疑問視していたからです。
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日本のデフレは構造的なものであって金融的なものではなく、
したがって、金融政策でカタのつく代物ではない
――日銀派エコノミスト
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しかし、こういう日銀派の主張は、間違っていたのではないか
と思われます。それは、テイラーの回顧録を読めば日本の「失わ
れた10年」が金融的なものであることがわかるからです。
かつての昭和恐慌期において、高橋是清蔵相は金本位制離脱後
に超金融緩和政策をとって、日本を長期不況から脱却させている
のです。日銀は歴史に学ばないのでしょうか。
ここで考えてみるべきことがあります。2004年3月16日
から現在まで、日本は為替介入をやっていないのです。しかし、
それにもかかわらず、2007年夏まで円安だったのです。その
謎を解明する必要があります。
円高になったとき、円を売ってドルを買い入れれば、円は安く
なります。しかし、一定の期間を経過すると、当然レートの反転
が起こります。溝口財務官はこの反転を恐れ、巨額の介入を行う
ことによって、日本の介入警戒感を持続させて反転を防ごうとし
たのですが、短期的にはともかく、あまり効果を上げていないの
です。しかし、米国としては助かったはずです。米国は、日本に
もっと感謝すべきです。
ゼロ金利の継続と介入警戒感の組み合わせは、本来の目的とは
異なり、民間の外債投資に火をつけたのです。それは、数字でみ
るとはっきりしています。2004年の外債買越額高の17兆円
が、2005年には22兆円になっているからです。
日本はゼロ金利が継続されており、日本の債権の金利は非常に
低く、日本で資金を調達し、高利の外債に投資することはきわめ
て魅力的な投資なのです。しかし、円安で資金を調達して高利の
外債で資金を運用しても、それを円に戻すときレートが反転する
と元の木阿弥になります。
ところが、溝口財務官の巨額介入の印象は強く、日本はもし急
速な円高になると、必ず介入をして円安に誘導してくれることを
期待したからこそ、外債投資――円キャリートレードが活性化し
たといえるのです。
しかし、2006年にゼロ金利が解除されると、さすがに生保
会社や銀行は外債の売り越しに転じたのです。ちょうどそのとき
FRBが政策金利の引き上げに向かっていたのですが、こういう
場合、為替ヘッジのコストが上昇してしまうのです。
為替ヘッジというのは、為替の動きが本来の値段に影響を与え
ないようにする手段のことです。為替ヘッジをするには、相当の
コストがかかりますが、これをヘッジコストといいます。仮に、
ヘッジコストを5%とすると、ドル建てで商品が20%値上がり
すると、その間の為替の動きにかかわらず「20−5=15%」
の利益になる計算となります。値動きがなかった場合はヘッジコ
スト分5%がファンドの価額の値下がりになります。
為替ヘッジがないと、いうまでもないことですが、為替変動の
影響を受けることになります。ドル建てで商品が20%値上がり
しても、その間に30%の円高になれば、円換算ではマイナスに
なってしまいます。逆に30%のドル高に動けば円換算で50%
以上のプラスになるのです。
こういう状況を救ったのが個人投資家だったのです。毎月分配
型の投資信託が大きく伸びており、個人投資家が外債投資に傾斜
して行った様子が読み取れます。個人投資家の場合、円を外債に
転換して、ヘッジなしで外債を買うケースがほとんどなのです。
為替ヘッジをする金融機関と個人投資家の違いについて、榊原
英資氏は次のように述べています。
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銀行や生保は、外債を買う場合、外で資金を調達したり、為替
をヘッジしたりすることが多いので、外債を大きく買い越した
時もあまり大きな円安要因にはなりません。また、逆に売り越
した時もレートを円高に強く振ることもないのです。しかし、
個人投資家の場合、円を外貨に転換して、しかも、ヘッジなし
で外債を写っケースがほとんどなので、外債買い越しは円安に
直結します。
――榊原英資著、『強い円は日本の国益』/東洋経済新報社
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2006年に日本全体の外債買い越し額が前年の22兆円から
7兆3000億円に急減しているにもかかわらず、為替レートが
円安に振れたのは、個人投資家のマネーの流出が加速していたか
らなのです。また、個人投資家は外債投資の主役になっただけで
はなく、外国株の取得も活発に行ったのです。個人投資家の外国
株買い越し額は、2005年に2兆1000億円、2006年は
3兆5000億円にまで拡大しています。
この状況は、2007年の夏まで続いたのです。2007年7
月時点の円・ドルレートは「1ドル=120円」だったのです。
しかし、8月に入ると、サブプライム問題が表面化し、円・ドル
レートは円高に向かっていったのです。
円・ドルレートが「1ドル=100円」を切る現在でも、個人
投資家の外国証券への投資意欲は高く、個人のドル買いは大量に
入っているのです。現時点で円高はどこまで進むのか予測が困難
ですが、実質実効為替レートで見ると、まだまだ円安であるので
さらに進むと考えられます。―――[円高・内需拡大策/39]
≪画像および関連情報≫
●「実質実効為替レート」とは何か
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日本の主要な貿易相手国の通貨に対する円の総合的価値を示
す指標である。為替が変動相場制に移行した後の73年3月
を100とし、数値が大きくなれば「円高」を、数値が小さ
くなれば、「円安」を示す。米ドルやユーロ、中国・人民元
など主要15通貨に対する為替レートを貿易額に応じて加重
平均し、物価上昇率も加味して算出されるため、円・ドルな
ど単純な2国間通貨の相場よりも円の実力を正確に反映して
いるとされる。特に日本の輸出割合が対米国で下がる一方、
対中国などで大きく上昇した03年以降は、円の実勢価値を
表す指標として注目されている。
―― 毎日新聞 2008年3月5日 東京朝刊
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ジョン・テイラー回顧録