2008年12月29日

●「テイラー財務次官と溝口財務官の連携」(EJ第2480号)

 2003年〜2004年にかけての日本による円高阻止のため
の大量介入――円を売ってドルを買うのですが、そうして取得し
たドルで米国債を購入するのです。当時の米国はドル安になって
いたので、米国にとっては二重のメリットがあったのです。
 この介入は、2003年5月から始まり、2004年3月17
日まで続くのです。その介入総額は実に35兆円にも達したので
す。1995年に1ドル80円を突破した円高のとき、当時の榊
原英資財務官が介入を行いましたが、1995年の一年間で6兆
円を下回る程度であることを知ると、約11ヶ月で35兆円とい
う介入額がいかに異常であったかがわかると思います。
 この異常な円高介入を行ったときの日米の財務官は、次の2人
であったのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  溝口善兵衛財務官 VS ジョン・テイラー財務次官
―――――――――――――――――――――――――――――
 同じ財務官でも榊原英資氏といえば「ミスターエン」として有
名ですが、溝口善兵衛氏が「ミスタードル」といわれていること
を知る人は少ないでしょう。しかし、彼は史上例を見ないほど巨
額の円高介入をやった財務官なのです。
 溝口財務官のカウンターパートがジョン・テイラー米財務次官
です。溝口財務官とテイラー財務次官――2人の間にはいろいろ
なやりとりがあったのです。
 このテイラー財務次官――ただの官僚ではなく、「テイラー・
ルール」なる理論で知られる実務のわかる経済学者なのです。彼
は、生粋のマネタリストです。マネタリストというのは、経済活
動において貨幣の重要性を強調する経済学者のことです。
 マネタリストの集団を「マネタリズム」というのですが、マネ
タリズムは、アメリカの経済学者であるM・フリードマンを統帥
者として現在では多くの支持者を得つつあることはこれまでに述
べた通りです。
 テイラー財務次官は、日本の「失われた10年」のデフレ脱却
策に対する日銀のやり方に疑問を持っていて、いろいろなアドバ
イスをしているのです。
 この模様は、テイラー氏の回顧録に非常に詳しく書かれていま
す。この回顧録は2007年に日本版が発刊されていますので、
ご紹介しておきます。
―――――――――――――――――――――――――――――
            ジョン・B・テイラー著/中谷和男訳
 『テロマネーを封鎖せよ/米国の国際金融戦略の内幕を描く』
                       日経BP社刊
―――――――――――――――――――――――――――――
 この本の原題は「グローバル金融の戦士たち」といい、本の内
容はこちらの方が合っていると思います。テイラー氏はこの本の
中で、日本のデフレ脱却策として日銀にアドバイスし、次の2つ
の政策が行われたことを明らかにしています。
―――――――――――――――――――――――――――――
          1.量的緩和政策実施
          2.大規模な為替介入
―――――――――――――――――――――――――――――
 金融政策というのは、ほとんどは金利――短期金利を目標にし
て行われるのです。中央銀行が短期金利を上げたり、下げたりし
て金融政策を行うのです。したがって、この金利のことを政策金
利といっています。
 しかし、ときにはマネーサプライを目標して行われることがあ
るのです。例えば、1970年の終わりから1980年のはじめ
にかけて、FRBが行ったインフレ撲滅策がそれです。
 インフレを撲滅させるには、マネーサプライの伸びを抑制して
金利を上げるのです。そうすればインフレ率は低下します。デフ
レの場合は理論上はその逆になります。マネーサプライの伸びを
促進し、金利を下げるのです。これが量的緩和政策です。
 しかし、インフレ撲滅策としての実施例はあるのですが、デフ
レのケースはそれまで行われたことはないのです。それにインフ
レ抑制の場合と違い、金利がゼロ以下にならない制約があるため
効果発揮への期待が疑問視されていたのです。
 そういうこともあって、テイラー財務次官としては日銀にそれ
を実施させ、日本のデフレを何とか克服させたかったものと思わ
れるのです。しかし、日銀内部には量的緩和政策に反対する者も
多くいて、その実施が中途半端になってしまったのです。
 それに対して、テイラー財務次官の打ち出したもうひとつの政
策である「大規模な為替介入」については、ほぼテイラー氏の考
えた通りに実施されたのです。それは溝口財務官がテイラー次官
と綿密な打ち合わせのもとに為替の介入を行ったからです。何し
ろ、溝口財務官は、介入の規模やタイミング、出口政策にいたる
まで、テイラー次官のアドバイスを受けており、溝口財務官の方
も電子メールを使って細かな報告をテイラー次官に上げていたと
いうのです。そういう意味では、まさに主権在米経済そのもので
あったといえます。
 テイラーのアドバイスのもとに溝口財務官の行ったドル買い円
売り介入は、「非不胎化介入」といわれるものなのです。普通は
為替介入が行われて円が市場に放出されると、その都度日銀は同
額の売りオペを行って円資金を市場から吸収してしまうのです。
これを「不胎化介入」というのです。
 「非不胎化介入」の狙いは、市場に放出した金をそのままにし
ておくことによって、マネーサプライが増加し、デフレ脱却に効
果をもたらす金融政策なのです。
 しかし、このような巨大な為替介入をいつまでも続けることは
できず、2004年に入ると日米ともに出口戦略を模索しはじめ
るのです。そして、3月5日に日本は112億ドルの巨額介入を
行って以来現在まで、日本の為替介入はまったく行われていない
のです。     ―――――――[円高・内需拡大策/38]


≪画像および関連情報≫
 ●「売りオペ」と「買いオペ」について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  日銀が保有する公債その他の証券や手形類を一般市場で売却
  して市中の通貨の回収を図る操作。金利上昇の効果を持つ中
  央銀行が保有する公債その他証券や手形類を一般市場(市中
  銀行)で売却して通貨の回収を図る操作。金利上昇の効果を
  もつことから、金融を引き締めるときに行う。これに対して
  日銀が市中銀行から債券を買い入れて資金を放出し、金融緩
  和などの通貨調整をすることを買いオペという。
  ―――――――――――――――――――――――――――

溝口善兵衛氏.jpg
溝口善兵衛氏
posted by 平野 浩 at 04:14| Comment(0) | TrackBack(1) | 円高・内需拡大策 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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