2001年05月31日

日本は第四の国難に直面している(EJ627号)

 前野徹氏という人の書いた『第四の国難/日本崩壊の地鳴りが
聞こえる』(扶桑社刊)という本が話題となっています。
 前野徹氏は、1960年に東急グループ総帥の五島昇氏にスカ
ウトされ、東京急行電鉄の秘書課長としてマスコミなどの対外折
衝の担当者として活躍された人です。1981年から東急エージ
ェンシーの社長として同社を業界13位から電通、博報堂に次ぐ
業界3位にまで躍進させた辣腕の経営者としても有名です。
 前野氏によると、現在日本は「第四の国難」に遭遇していると
いいます。このことについて、前野氏は、2000年になってか
ら、何冊かの本で何回も訴えているのですが、事態が悪くなるば
かりなので、上記の本を上梓したといっているのです。
 それでは、第一〜第三の国難とは何でしょうか。
 日本にとって国家存亡の危機といえば、第一に蒙古襲来があげ
られます。ちょうど現在、NHKの大河ドラマで「北条時宗」を
やっているのでピンとくると思いますが、あのときは、日本国に
とって大変な危機だったのです。
 当初NHKとしては、21世紀を迎えた大河ドラマであったの
で、もっと明るい希望に満ちたテーマを考えていたようです。し
かし、世相を考えて急遽蒙古襲来と北条時宗の時代にテーマを変
更したというのです。
 日本が迎えた第二の国難とは、明治維新です。今から148年
前の黒船来航から1870年代にいたる時期が明治維新です。ペ
リー提督率いる米国の東インド艦隊の黒船4隻が浦賀沖に姿をあ
らわしたのは、1853年6月3日のことで、開国を迫るペリー
に江戸幕府は騒然となったのです。
 「太平の眠りをさます上喜撰、たった四はいで夜も寝られず」
という狂歌によってわかるように当時の人は恐れおののいたので
す。とにかく大砲を積んだ蒸気船など見たことはなかったのです
から、上へ下への大騒ぎとなったのも当然のことです。
 しかし、日本は血を流さずにこの国難を乗り切り、近代国家へ
と変貌を遂げたのです。明治維新は、情熱と理想に燃える若者た
ちがわが身を顧みず、日本の将来を憂い、決起して実現したので
すが、当時既得権益を握っていた武士や公家が若者たちの意気と
情熱に応えたという点が注目されます。
 士農工商という階級社会にあって、特権階級であった武士が国
の将来のために己の権益を捨てて体制を倒し、革命を成功に導い
たのです。これは、欧米の常識では考えられないことなのです。
 世界の革命は、圧政から逃れるため、やむにやまれず民衆が立
ち上がるという構図なのですが、日本の場合は、特権階級が自ら
改革をやったという点で、世界の例をみないといえます。
 第三の国難は、1945年の敗戦です。米軍の無差別空襲によ
り日本は焦土と化し、9月には占領軍が上陸して日本の主権は奪
われ、GHQの支配下に置かれたのです。
 前野氏にいわせると、昭和20年から26年までの7年間、米
国に占領されていた間に日本はまったく別の国に作り替えられて
しまったというのです。日本の伝統的な文化は一切棚上げされ、
日本が立派な国として突出しないように日本の土台は完全に組み
替えられてしまったのです。
 しかし、戦後経済の重鎮といわれる人たちは、国の基本は米国
にまかせ、経済に集中してその建て直しを図ったのです。その結
果、日本の経済は驚異的な復興を遂げ、第三の国難も見事に乗り
切ることができたのです。
 しかし、その後遺症はひどかったのです。日本の伝統と歴史、
文化、精神を重んずる人たちと、そういうことに頓着しない人た
ちに分かれてしまったのです。そのため、いまだ日本の基礎は、
米軍の占領時代と何も変わらず、経済も政治も占領政治の余韻を
引きずり、米国に完全に依存しているのです。
 先人たちの血のにじむ努力により、第三の国難は克服できたも
のの、国富んで現代人は精神を忘れ、第四の国難を招くことにな
るのです。そしてこの第四の国難が今までの3つの国難の中でも
最も深刻でかつ複雑なのです。
 つまり、蒙古襲来よりも、明治維新よりも、敗戦よりも、第四
の国難を乗り切るのは難しいといえるのです。何よりも、問題な
のが現在自分の国である日本が未曾有の国難に見舞われていると
いう事実を国民の多くが認識していないことです。
 蒙古襲来の危機に対処した北条時宗の場合を考えてみよう。当
時の蒙古(元)は、現在の中国、ロシア、西アジアにまたがる広
大な領土を持つ強国なのです。まともに戦って勝てる相手ではな
いのです。日本に送りつけてきた元の国書は日本を見下した無礼
きわまりないものであり、しかも「うまくいかない場合は武力を
用いる」と脅しまでかけてきているのです。このような要求は受
け入れられるはずのものではありません。
 しかし、今の日本だったら受け入れてしまうのではないでしょ
うか。現在も集団的自衛権をめぐる論議が迷走していますが、現
代の日本人は「国の主権を守る」ということに必ずしも熱心では
ないように見えます。
 前回の衆議院選挙で自民党を破って当選した民主党のある女性
議員は、テレビ番組で軍備は絶対してはならないと発言し、司会
の田原総一郎氏に「それでは敵が日本を攻めてきたら日本はどう
するのか」と詰め寄られると、「仕方がないから降伏する」と平
然と答え、何ら恥ずるところがなかったのです。このような議員
は論外としてもそういう議員を選出した国民も大いにおかしいと
私は考えます。
 蒙古襲来に備えて北条時宗は、さんざん悩んだすえ、博多湾岸
に石塁を築き、防御を固めるなど、考えられるあらゆる手を打っ
た上で蒙古を迎え討ったのです。決して台風だけで日本が救われ
たのではないのです。
 何よりも強調すべきは、当時の日本人の自分の国を守ろうとい
う気概なのです。朝廷と幕府は協力し、執権北条時宗を中心に団
結してことに当たったから活路が開けたのです。

627号.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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