2008年10月15日

●「なぜ、『上げ潮派』というのか」(EJ第2430号)

今回のテーマは、リチャード・クー氏の新刊書『日本経済を襲
う二つの波/サブプライム危機とグローバリゼーションの行方』
(徳間書店刊)をベースとして、米サブプライム不況が日本経済
にどのような影響を与えるかについて書いてきています。
 書き始めたのが8月14日であるので、既に2ヶ月にわたって
書いていることになります。しかし、米サブプライム不況は今や
世界恐慌の兆しを見せてきており、日本としてこの未曾有の危機
にどのような対応を取るのかが問われています。
 麻生政権は、総合経済対策に続いて追加経済対策の検討を加速
させていますが、その財源として保利政調会長は赤字国債の発行
も視野に入れていると発言したのです。保利政調会長は8月25
日に日本記者クラブでの講演で、次のように発言したのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
 (補正予算の財源について)赤字国債の発行には慎重でなけれ
 ばならないが、国民生活が危機にひんしているならば、きちん
 とした政策をとらなければならない。最後の手段として政府も
 考えるかもしれない」          ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この発言に与党内部から批判されると、10月9日に
一転して発言を次のようにトーンダウンさせています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 [東京9日/ロイター]/自民党の保利耕輔政調会長は9日、
 財務省内で記者団に対し、麻生太郎首相から指示を受けた追加
 経済対策について、相当大型の補正予算をやらなければ対処し
 きれないとの認識を示した。ただ、赤字国債発行を是認してい
 るわけではないと述べた。一方、保利政調会長は「赤字国債は
 誰が考えても出したくないし、出すべき状況にないが、そのく
 らいの気持ちを持つべき」とも述べた。  ――保利政調会長
―――――――――――――――――――――――――――――
 このように日本は財政出動を口にしたとたんに批判を浴びるこ
とが多いのです。「財政出動=悪」の構図が出来上がっているた
めですが、財政政策は金融政策とともに国の取るべき重要な経済
政策であり、その片方しかできないのであれば、国として経済政
策の手足を縛られる結果になることを認識すべきです。
 ところで、自民党には「上げ潮派」という中川秀直元幹事長の
率いる不思議なグループが存在します。このグループはかつての
構造改革派のことで、自民党の総裁選では小池百合子元防衛相が
率いて戦った小泉改革派の流れを汲むグループです。
 この「上げ潮派」のネーミングですが、これはノーベル経済学
賞受賞者のペンシルベニア大学のローレンス・R・クライン博士
を中心とする次の著書から名前をつけたといわれています。
―――――――――――――――――――――――――――――
          『The Rising Tide』
―――――――――――――――――――――――――――――
 上げ潮派は、経済成長を目指しますが、「積極財政派」のよう
に財政赤字を積み上げるのではなく、同時に財政再建を目指すこ
とを目的としているのです。つまり、財政出動にはあくまので反
対の立場なのです。
 しかし、クライン博士は積極財政派の学者であり、いわゆる上
げ潮派の主張とは相容れないはずなのです。しかし、そのことを
知ってか知らずか、自民党の構造改革派はクライン博士に日本経
済の分析を依頼しているのです。
 2007年の話のようなのですが、当時自民党の構造改革派は
増税を主張する財政再建派と確執――中川秀直対与謝野馨の対決
――があり、日本経済にはまだまだ成長の余地があるということ
を権威あるクライン博士の見解として述べてもらい、それをバッ
クボーンにしようとしたフシがあるのです。
 このひとことを見ても自民党の構造改革派の議員たちが経済を
勉強していないかがわかります。当のクライン博士が自らが否定
する積極財政を主張する学者であることを知らずに依頼し、博士
の著書から名前を取って「上げ潮派」と命名しているからです。
 さて、財政出動というと、ケインズ経済学がそのバックボーン
になっていますが、ケインズという人は象牙の塔にこもって研究
するタイプの学者と違い、現実の経済に強い関心を持っていたの
です。そのため積極的に株式投資をやり、各国の政府顧問も務め
て実際に社会に役立つ研究をしたのです。
 ケインズの直系の弟子たちは、ケインズ理論にいろいろな修正
を加えたり、拡張を試みたりして、現実の財政政策として使える
ようにしているのです。そういう学者たちのグループは、「新古
典派連合――新古典派」と呼ばれたのです。サミュエルソン、ソ
ロー、クラインなどはこのグループに属する学者なのです。
 その後、いわゆるケインズ政策を完全に否定する経済学者のグ
ループがあらわれるのです。ミルトン・フリードマンとその弟子
たちです。
 フリードマンにとっての理想は、規制のない自由主義経済であ
り、したがって詐欺や欺瞞に対する取り締まりを別にすれば、あ
らゆる市場への規制は排除されるべきと考える「自由放任主義」
の立場――市場主義に立つのです。彼らは、ケインズ経済学を古
典的な自由主義の側から批判する理論なのです。
 こういうグループが出現したので、ケインズの弟子たちのグル
ープと区別するために次のようにいわれるのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
  1. ネオ・クラシカル ・・・ ケインズの弟子たち
  2.ニュー・クラシカル ・・・ フリードマンの一派
―――――――――――――――――――――――――――――
 日本の場合、経済学者やエコノミストたちは、ニュークラシカ
ルの影響を強く受けているのです。したがって、彼らはケインジ
アンやネオクラシカルの政策を「バラマキ」といって馬鹿にする
のです。しかし、そういう人に限ってケインズ理論をよく研究し
ていないのです。 ――[サブプライム不況と日本経済/42]


≪画像および関連情報≫
 ●新古典派経済学について
  ―――――――――――――――――――――――――――
  新古典派経済学とは、経済学における学派の一つ。近年盛ん
  になった新しい古典派――ニュー・クラシカルとの区別から
  ネオ・クラシカルと呼ぶこともある。もともとはイギリス古
  典派の伝統を重視したマーシャルの経済学をさしたとされる
  が、一般には限界革命以降の限界理論と市場均衡分析をとり
  いれた経済学をさす。数理分析を発展させたのが特徴であり
  代表的なものにワルラスの一般均衡理論や新古典派政調理論
  などがある。新古典派においては物事を需給均衡の枠組みで
  捉え、限界原理で整理し限界における効率性の視点で評価を
  行う。               ――ウィキペディア
  ―――――――――――――――――――――――――――

ローレンス・R・クライン博士.jpg
posted by 平野 浩 at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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