2008年09月30日

●「ストロスカーン発言を伝えない日本の新聞」(EJ第2420号)

 昨日のEJで、今年の1月のダボス会議において、IMFのス
トロスカーン専務理事が「世界各国が財政出動すべきである」と
発言したことを取り上げましたが、これは日本をのぞく世界中に
大きな波紋を広げたのです。
 なぜ、世界中が驚いたかでありますが、IMFの今までの考え
方からいうと、IMFがそのような発言をするとは、とうてい考
えられなかったからです。
 その驚きの度合いは、ストロスカーン専務理事が発言した翌日
の「フィナンシャル・タイムズ」もこの発言を「180度変わっ
たIMF」という見出しをつけて、専務理事の写真まで付けて報
道しているのみてもわかることです。
 IMFは、どこかの国の財務省のように、どんなときでも「財
政再建」を唱えてきたところなのです。そのため、IMFの3文
字は、次のことばの省略語であるといわれるほどです。
―――――――――――――――――――――――――――――
    IMF=It's mostly fiscal./常に財政再建
―――――――――――――――――――――――――――――
 つまり、今までのIMFはどのような問題が持ち上がっても、
「財政再建を・・・」といってきたのです。1997年の日本に
対してもIMFは「財政再建をやれ!」と言い続けて、日本経済
を5期連続のマイナス成長という事態に落し入れたのです。
 そういうIMFが今までの主張と正反対の「財政出動」を口に
したのですから、世界は驚いたのです。逆にそれだけ今回の金融
危機が深刻なものであることをストロスカーン専務理事は既に1
月の時点で見抜いていたものと思われます。
 ストロスカーン専務理事は、正確にいうと「余裕のある国は財
政出動をやれ」といっているのです。余裕のある国というのは、
「インフレ率の低い国」を意味しています。そうなると、まだデ
フレ経済から脱却していない日本は、もっとも適合している国と
いうことになります。ストロスカーン専務理事は、福田首相が会
場にきていることを知っていて、あえて日本を意識して発言した
のではないかと思われます。
 しかし、日本国内は相変わらず「財政再建」一色です。これは
日本の財務省が小泉政権の5年間間をかけて、一貫して「国の借
金を増やしてはならない」と言い続けてきた結果です。いってい
ることはけっして間違っていないことですが、そのときの経済に
とっては致命傷になることもあるのです。
 しかし、小泉政権のときは実はあれほど力を入れたはずの財政
再建は進んでおらず、少し進んだのは政権末期に景気が回復して
からなのです。この景気回復も小泉政権の政策の成果ではないの
です。景気が低迷しているときに財政再建をやると、景気の回復
力を奪ってしまうのです。日本経済はこれを繰り返して「失われ
た15年」を作ってきてしまったのです。
 ところで、IMFは、なぜ「財政再建」を唱えるようになった
のでしょうか。それには、IMFが創設された時の経緯を知る必
要があります。
 IMF(国際通貨基金)という構想を考え出したのは、ジョン
・メイナード・ケインズです。大恐慌になって資産価格が暴落し
たとき、どこの国も財政赤字を出したくないので、通貨価値を切
り下げて、輸出を増やそうとします。つまり、そこで「通貨切り
下げ競争」が起きるのです。
 リチャード・クー理論によると、このとき各国はバランスシー
ト不況に突入していたことになるのですが、ケインズはそこまで
は気がついていなかったはずだとクー氏はいっています。
 しかし、優れた経済学者であるケインズは、各国が一斉に輸出
を増やして外需に頼ろうとすると、世界規模で「合成の誤謬」が
起きることを懸念したのです。そこでケインズは、IMFという
構想を考え出したのです。そのケインズの構想について、クー氏
は次のようにいっています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 ケインズは世界が恐慌に見舞われそうになったら貿易赤字国も
 貿易黒字国も同様に責任を持つべきであると主張した。つまり
 貿易黒字国は内需をどんどん増やす。赤字国に内需拡大を期待
 するのは無理だから、黒字国にも荷物を背負ってもらおう、と
 いう案であった。
  リチャード・クー著/『日本経済を襲う二つの波/サブプラ
  イム危機とグローバリゼーションの行方』/徳間書店刊より
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、この案は採択されなかったのです。なぜなら、当時の
英国と米国の国力の違いによって、ケインズ案は採択されなかっ
たのです。IMFについては、上記のケインズ案とホワイト案の
2つが提案されたのです。ケインズ案は合理的なものだったので
すが、当時の黒字国は米国だけだったので、米国としてはそんな
責任を負いたくない――そこで、黒字国の責任は問わないが、そ
の代りにIMFは赤字国に対して融資を行い、救済するという仕
組みにしたのです。米国はケインズ案を修正したホワイト案を強
引に採択させ、このようにしてIMFは創設されたのです。
 ケインズ案では、IMFの目的は「世界的な合成の誤謬を回避
する」という世界的規模のものであったのに、ホワイト案では貿
易赤字を抱え、支払い不能に陥った国々の救済に追われて、グロ
ーバルな観点から世界経済を見るという目的はほとんどなくなっ
ているのです。
 このように考えてくると、ストロスカーン専務理事の発言は、
あのケインズが提唱したかつてのIMFの原点に還った発言であ
ったといえるのです。しかし、なぜか日本の新聞では、この発言
はほとんど取り上げられることはなかったのです。日本という国
は、財務省の支配が行き届いており、「財政出動=悪」という考
え方が国民にまで浸透しているのです。加えて、財政出動を唱え
る学者や評論家はTVに出さないようコントロールしているよう
です。      ――[サブプライム不況と日本経済/32]


≪画像および関連情報≫
 ●韓国の威信を傷つけた経済進駐軍/IMF
  ―――――――――――――――――――――――――――
  韓国は、朝鮮戦争以来の経済危機に見舞われ、今年はじめか
  ら、大手財閥系のメーカーや金融機関が、次々と破綻してい
  る。窮状を救うため、韓国政府はIMF――国際通貨基金か
  らの融資を受けることに決めた。だがIMFは、危機に陥っ
  た国を助ける代わりに、借り手となる政府が支出を切りつめ
  るなど、経済政策を改めることを求めるのが原則となってい
  る。韓国に対してIMFは厳しい緊縮財政によって1998
  年の財政赤字をGDP1%まで減らすとともに、為替を安定
  させるために金利を上昇させることなどを、融資の条件とし
  た。これは、これまで年率10%前後だった韓国の経済成長
  率を、1998年には3%に落とすことを意味している。
            http://tanakanews.com/971210IMF.htm
  ―――――――――――――――――――――――――――

ストロスカーンIMF専務理事.jpg
ストロスカーンIMF専務理事
posted by 平野 浩 at 04:17| Comment(0) | TrackBack(1) | サブプライム不況と日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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