2008年07月17日

●「中央銀行から低利で金を借りる」(EJ第2370号)

 ブレトンウッズ体制が崩壊したことによって金の先物市場が生
まれたのですが、金の先物市場は、しだいにその存在感を増して
いったのです。
 金の先物市場は、金の現物取引を縮小化させ、現物の金を使わ
ないで金価格に影響を与えることができます。つまり、現物の金
を使わないでも、これによって、金の価格操作が可能になったの
です。実際の金の生産量は年間およそ2500トンですが、先物
市場で取引される金は1日当たり800から1000トンにも達
するのです。実際に金の現物を保有していなくても非現実的な水
準まで金の価格を上下させるこの金融技術――これをデリバティ
ブを通じたレバレッジと呼ぶのです。
 このデリバティブと呼ばれる金融技術は、やはりブレトンウッ
ズ体制の崩壊によって生み出されたものなのです。なぜなら、ブ
レトンウッズ体制は固定相場制ですが、その崩壊によって変動相
場制になったので、変動によるリスクの防御手段――ヘッジが必
要になってくるのです。
 しかし、本来防御的手段であった「ヘッジ」が、金融市場が国
際化することによって、安易な金儲けの手段――投機と化してし
まったのです。次の2つの言葉の差は紙一重なのです。
―――――――――――――――――――――――――――――
     to hedge   ・・・・・ 防御する
     to speculate ・・・・・ 投機する
―――――――――――――――――――――――――――――
 それでは、どうして「ヘッジ」が「スペキュレート」になった
のでしょうか。
 それは前回述べた「金リース/ゴールドローン」がきっかけに
なってそうなったのです。それでは、「金リース/ゴールドロー
ン」とは一体何でしょうか。
 中央銀行は、大量の金準備を単に保有しているだけでは、それ
からは何も生産されることはないのです。そこで「想像力豊かな
ウォール街のディーラー数名」(EJ第2369号参照)が中央銀
行に知恵をつけたのです。既出の鬼塚英昭氏によると、「想像力
豊かなウォール街のディーラー数名」とは、ロンドンとチューリ
ッヒで金の現物取引をしているデル・バンコ一族のことであると
いっています。
 どういう知恵をつけたのかというと、中央銀行に対して保有す
る金を特定の銀行に貸し出して、その利子を受け取るというもの
です。利率は通常年利1%〜2%の水準で、これは「金リース・
レート」と呼ばれたのです。
 中央銀行の金塊が当時の金相場の1〜2%という低利で借りら
れるというのです。悪い話ではありません。早速チェース・マン
ハッタンとJPモルガンが名乗り出て、それに投資銀行――証券
会社と考えてよい――のゴールドマン・サックスとリーマン・ブ
ラザーズがこの金の借り入れに加わったのです。デル・バンコ一
族の仕掛けの第一段階はうまくいったのです。
 中央銀行から金を借りた銀行や投資銀行は、これを主として金
鉱山会社に対して、金を3〜4%の範囲の利率で貸し出したので
す。金鉱山会社は借り入れた金は採掘をした金で返済できるので
金現物を売却して現金を手に入れることができます。したがって
この金の借入は低利での借り入れと同じことになるのです。
 COMEXが開設されたのは1975年の冒頭ですが、それま
でに大量の金を集める必要があったのです。そのひとつの手段と
して出てきたのが、中央銀行の金を動かそうという「金リース/
ゴールドローン」だったと考えられます。
 このゴールドローンの構想が出たのは1973年頃と考えられ
ますが、そのときの金の価格は年平均で「1オンス=約100ド
ル」前後だったのです。金リース・レートは、1〜2%であるの
で、きわめて低い金利といえます。
 しかし、この低い金利が大きな問題を引き起こすことになるの
です。中央銀行から金を借り入れた銀行や投資会社は、金鉱山会
社に貸し出しするだけでなく、その金を売却して他の営利の事業
に回したのです。あくまで、低利の金利を支払えば済むという安
易な考え方からです。
 しかし、これはデル・バンコ一族の仕掛けた巧妙な罠だったの
です。COMEXの開設後、金の価格はじわじわと上昇を始めた
からです。1973年から1975年までの金の価格の推移を示
します。
―――――――――――――――――――――――――――――
           1オンスの最高額      年平均
  1973年    127.00ドル   97.22ドル
  1974年    197.25ドル  159.18ドル
  1975年    186.25ドル  161.60ドル
―――――――――――――――――――――――――――――
 この罠に陥ったのは、米国の中枢を担うチェース・マンハッタ
ンやJPモルガン、バンク・オブ・アメリカなどです。これらの
銀行は、安易に考えた金利が倍になり、3倍になり、4倍になり
それが経営を圧迫するようになったのです。
 そして、1975年〜1979年にかけて今度は米財務省とI
MFが大量の金を売るという動きに出たのです。一体何が起こっ
たのでしょうか。
 そして、1980年に金の価格は「1オンス=850ドル」と
いう空前の価格に達したのです。この異常な金の価格は明らかに
意図的な価格釣り上げの動きがあり、それに応戦して価格を下げ
ようという動きとの激しい応酬があって、「1オンス=850ド
ル」になったということです。
 価格を上げようとする動きは、冒頭に述べたようなデリバティ
ブを通じたレバレッチが行われていることを意味しています。こ
れを仕掛けたのはデル・バンコ一族であり、これに敗れたのは、
米財務省とFRBであり、それに米国の中枢を担う大銀行である
といえます。            ――[金の戦争/29]


≪画像および関連情報≫
 ●ブリバティブについての解説
  ―――――――――――――――――――――――――――
  派生商品(デリバティブ)は、個人にとって縁遠いものと思
  われがちですが、最近では個人向け金融商品にもその仕組み
  にデリバティブを活用したものが見られます。また、金融商
  品取引所に上場しているデリバティブ取引の最低投資金額が
  低くなってきたことから、個人投資家が直接、デリバティブ
  取引に参加するケースも増えているようです。
   http://money.jp.msn.com/investor/funds/topics060.aspx
  ―――――――――――――――――――――――――――

史上空前の金価格850ドル.jpg
posted by 平野 浩 at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック