2005年12月05日

米国における金子の働きと大統領の協力(EJ1730号)

 金子堅太郎とセオドア・ルーズベルトは、ハーバード大学の同
窓生なのです。それもかなり親しかったといいます。しかし、ル
ーズベルトは、金子が米国に着く前に局外中立宣言を布告してい
るのです。局外中立とは次のような趣旨です。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロシアも日本も米国にとっては友好国である。ゆえに、どちら
 の味方もしない。いずれか一方に加担するような言論はこれを
 禁止する。          ――セオドア・ルーズベルト
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 金子は内心大統領のこの措置に少し怒っていました。大統領は
大変な日本ファンであったからです。3月26日に金子はワシン
トンに入り、ルーズベルトに会いにホワイトハウスを訪ねたので
す。大統領は金子が来たと聞くと、執務室から駈け足でホールま
で出てきて金子と握手したのです。
 挨拶が終わると金子は早速「局外中立はけしからん」と大統領
に抗議したといいます。これに対してルーズベルトは次のように
答えたのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 まあ、聞いてくれ。日露戦争が始まってすぐ、アメリカの若い
 軍人が『自分たちはアメリカ軍を予備役になって、日本軍に身
 を投じたい』と騒ぎだした。これはまずいのでああした布告を
 出した。しかし、金子、安心しろ。私が命じて調べさせたとこ
 ろによると、ロシアの軍備、日本の軍備、その実情を精査した
 ら、日本は勝つと出た。
    ――瀧澤中著、『10倍の大国に日本はなぜ勝ったか/
         日露戦争が遺した9つの戦略』、中経出版刊
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 金子の相手はロシアの駐米大使のカシニーです。しかし、この
ロシア人は、「リトル・イエロー・モンキーはわれわれ白人の共
通の敵である」というようなきたない表現で日本の悪口をいい、
それがよく新聞に掲載されていたのです。
 当時のことです。根強い人種差別のあった米国ではそれが受け
入れられたりしたのです。一部の上流階級にはそういう風潮が存
在したのです。それを金子はひとつひとつ上品に反論し、多くの
米国人の共感を呼んだのです。
 米国には「アンダー・ドッグの味方をする」という風潮があり
大国のロシアに小国の日本が戦っているということで日本を応援
する米国人は多かったといいます。
 そんなとき、旅順にいたロシア太平洋艦隊司令長官・マカロフ
中将が、日本軍の敷設した機雷によって戦死したのです。これに
対して金子は次の談話を出したのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 マカロフ大将(戦死後昇進)は、世界有数の戦術家である。わ
 が国は今ロシアと戦っている。しかし、一個人としては誠にそ
 の戦死を悲しむ。私はここに哀悼の意を表し、もって大将の霊
 を慰める。                ――金子堅太郎
                 ――瀧澤中氏の前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 この談話は多くの米国の新聞に載ったのです。敵将に対して畏
敬の念を忘れないとは立派なことである――として金子の評判は
一気に上がり、米国各地から講演依頼が殺到したといいます。こ
のようにして米国における金子の評判、すなわち日本の評価はど
んどん上がっていったのです。
 局外中立宣言をしたルーズベルト大統領も、日本側から頼まれ
たわけでもないのに、日本に対して側面から支援をしてくれたの
です。これは大統領でないとできない支援です。
 ルーズベルト大統領は、英国とフランスの外務大臣に対して、
次の書状を送っています。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ≪対英国外務大臣≫
 イギリスは日本の同盟国でありながら、日本の敵であるロジェ
 ストヴェンスキーの艦隊(バルチック艦隊)に、イギリスの商
 人がイギリスのカーディフの石炭を売り込むことを黙認してい
 るではないか。なんたることか。それでも日本の同盟国か。
 ≪対仏国外務大臣≫
 日本の敵であるロシアの艦隊をフランス政府のドックに入れて
 修繕をし、食料品その他を供給するとは、日本に対してあまり
 に不公平な仕業ではないか。
               ――――瀧澤中氏の前掲書より
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 どうして、ルーズベルト大統領をはじめとして、米国民は日本
を応援してくれたのでしょうか。
 これは一にも二にも金子堅太郎の米国における人脈と活躍によ
るものです。伊藤博文の狙いは当ったのです。同時に、次の3つ
の背景があったことも事実なのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  1.米国としてロシアの行為に不快感を持っていたこと
  2.日本軍の行動が武士道の精神にのっとっていること
  3.大国ロシアに連戦連勝を続ける日本に感心したこと
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 米国はロシアの満州における行動について苦々しい思いをもっ
ていたのです。まして、三国干渉で日本から取り上げた遼東半島
を横取りするようなことはあってはならぬと考えていたのです。
 それに米国人は金子の言動を見て、新渡戸稲造の『武士道』
はこういうものかと納得したということです。英文『武士道』
ルーズベルト大統領の愛読書なのです。
 最後に、明治以後の日本のめざましい発展と日本軍の強さに感
嘆したことがあります。あんな小さな国なのに大国ロシアと戦い
連戦連勝している――ここでは国土が小さいことが日本に幸いし
ています。             ・・・ [日露戦争24]


≪画像および関連情報≫
 ・セオドア・ルーズベルト
  セオドア・ルーズベルト(1858――1919)は、米国
  合衆国の第25代副大統領および第26代大統領。フランク
  リン・デラノ・ルーズベルトは彼のいとこに当たる。愛称は
  テディ(Teedie)、成人したからはTeddy → テディベア
                    ――ウィキペディア

1730号.jpg
posted by 平野 浩 at 08:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 日露戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス: [必須入力]

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック