2001年08月06日

常識を覆した逆転の発想(673号)

 われわれは「発明」と「発見」ということばを厳密に定義せず
に使っています。「発明発見」というようにひとつの言葉にして
使うときもあります。しかし、「発明」と「発見」は明らかに違
う言葉です。
 「発明」というのは、原理がわかっているものを組み合わせて
何らかの実用的な製品を作ることをいいます。そういう意味では
「発明」は実用的であり、企業における研究ではどうしても「発
明」が多くなります。
 これに対して「発見」というのは、まったく未知である現象な
り概念を調べてその実体を見つけ出すことをいいます。そういう
意味で「発見」は基礎的であり、学問の原点ということができる
と思います。ノーベル賞は「発見」に対して贈られるのです。
 それでは、高輝度発光ダイオードはどうなのかというと、これ
は「発見」であるということができると思います。それは、常識
を完全に打破しているからです。中村修二氏による青色LEDの
開発の経過を知れば知るほど、常識破りの「発見」だったことが
よくわかるからです。
 青色LEDを開発するには、その素材としては2つ、方法とし
ても2つしかないことは世界中の研究者がわかっていたのです。
その素材と方法とは次の通りです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
  ≪素材≫          ≪方法≫
   1.セレン化亜鉛      1.MBE
   2.窒化ガリウム      2.MOCVD
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 素材については、「炭化珪素」を使った青色LEDはすでに開
発されていましたが、その青色は非常に暗く、実用化にほど遠い
ものだったのです。方法についての説明は内容があまりにも専門
的になるので説明は省きますが、中村氏はMOCVD(有機金属
化学気相成長法)を採用したのです。中村氏はMOCVDの研究
を目的として米国に留学しているのです。
 問題はLEDを青く光らせるチップの材料に何を使うかです。
「セレン化亜鉛」を使うか「窒化ガリウム」を使うかの選択は、
その当時では、99対1で圧倒的にセレン化亜鉛を選ぶのが常識
だったのです。
 LEDに使われるチップを作るには、基盤の上に物質の結晶薄
膜を生成させなければならないのです。それも均一な結晶を生成
させる必要があるのです。そのためには、基盤とその物質の原子
間隔の違いが少なく、でこぼこや穴のないきれいな結晶格子を生
成しなければならないのです。それに、原子間隔の違いは、0.
01%以下が理想とされていたのです。
 セレン化亜鉛を素材として使うと、それと原子間隔が完全に同
じという物質があるのです。それは「ガリウム砒素」です。この
ガリウム砒素を基盤として使うと、セレン化亜鉛のきれいな結晶
薄膜を作ることができます。
 ところが窒化ガリウムの場合は、基盤に使えそうな原子間隔を
持つ物質がないのです。もっとも適していると思われるものは、
次の2つがありますが、その原子間隔の違いは大きいのです。
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 1.シリコン・カーバイト ・・ 原子間隔の違い 5%
 2.サファイア ・・・・・・・ 原子間隔の違い15%
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 原子間隔の違いは0.01%以下というのですから、5%であ
るとか、15%というのは論外です。こういうものを基盤として
使っても、できる結晶薄膜はでこぼこで穴だらけの代物ができて
しまうのです。この穴のことを「結晶欠陥」というのです。LE
Dや半導体レーザーでは「結晶欠陥が1センチ×1センチ角の1
平方センチメートルあたり、1000個(10の3乗)以下でな
ければ発光しない」といわれているのです。
 ガリウム砒素を基盤に使ってセレン化亜鉛の結晶薄膜を作る場
合、結晶欠陥を1000個以下に抑えることができるのです。し
かし、シリコン・カーバイトを基盤に使って窒化ガリウムの結晶
薄膜を作った場合、結晶欠陥は何と100億個になってしまうの
です。つまり、10の10乗個の結晶欠陥が出るのです。
 こういう状況ですから、青色LEDを開発するなら素材はセレ
ン化亜鉛を使うのが常識だったのです。しかし、中村氏はその常
識に従わず、あえて窒化ガリウムを採用したのです。その理由は
次のようなものだったのです。
 まず、セレン化亜鉛を使う方法は、当時世界の多くの技術者が
取り組んでいましたが、誰一人として成功していなかったことで
す。中村氏は、それには何か問題があるに違いないと考えたので
す。また、仮にそれで成功したとしても技術的にはすぐ追いつか
れ、大資本の企業には太刀打ちできないと考えたのです。当時中
村氏は徳島県阿南市にある日亜化学という中小企業に勤めており
大企業の圧力の凄さを感じていたのです。大手企業と同じやり方
で青色LEDの製品化に成功しても日亜化学という名前では勝負
にならないことをよく知っていたのです。
 何としても競合他社が実現できない独自のやり方で作り上げる
には、誰もやっていない方法でやるしかない――中村氏はこのよ
うに考えて、窒化ガリウムを採用したのです。窒化ガリウムに可
能性があると考えて採用したのではないのです。誰もやっていな
いというところに賭けたといってよいと思います。こういう考え
方を逆転の発想というのだと思います。
 中村氏は、米国に留学したときに市販のMOCVDを発注して
日亜化学送ってもらい、サファイアを基盤として窒化ガリウムの
結晶薄膜づくりに取り組んだのですが、ことごとく失敗します。
そしてMOCVDという装置の欠陥に気がつきます。そしてMO
CVDの改良に取り組みます。そして、ツーフローMOCVDと
いう独自の装置を開発して遂に青色LEDの開発に成功します。
しかし、あまりにも暗い青色しか出なかったのです。


673号.jpg
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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