2008年06月18日

●FRBはどのように設立されたか(EJ第2349号)

 第1次世界大戦が勃発する一年前の1913年に連邦準備法が
米議会を通過して成立しています。これによって、米国の中央銀
行に当たる連邦準備制度理事会/FRBが誕生したのです。
 このFRB――世界の基軸通貨であるドルを印刷できる機関な
のですが、何と世界に類のない民間の銀行が株主になっているの
です。しかも、このFRBの成立には多くの謎があるのです。と
いうのは、この連邦準備法は1913年の多くの上院議員が休暇
中の12月23日に議会を通過しているからです。
 そもそもFRBとは何でしょうか。
 米国には1776年の建国以来中央銀行はないのです。ニュー
ヨークやシカゴなど全国12の連邦準備銀行(下記)がそれぞれ
民間銀行の預金準備と紙幣の発券などを行っていたのです。
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 1.ニューヨーク連銀     7.カンザス連銀
 2.アトランタ連銀      8.ミネアポリス連銀
 3.ボストン連銀       9.フィラデルフィア連銀
 4.シカゴ連銀       10.リッチモンド連銀
 5.クリーブランド連銀   11.サンフランシスコ連銀
 6.ダラス連銀       12.セント・ルイス連銀
―――――――――――――――――――――――――――――
 しかし、ロンドンでの米銀の手形割引拒否に端を発する恐慌が
起き、アメリカ合衆国内の決済システムが混乱したことがあるの
です。そんなことがこれからもあってはならないというわけで、
時のウッドロー・ウイルソン大統領がJ・Pモルガンやポール・
ウォーバーグやジョン・ロックフェラーの力を借りて、1913
年に独自の判断でオーウェン・グラス法――FRBを創設する法
律に署名して、なぜか上院議員がクリスマス休暇で休んでいる日
を選んで議会を通過させているのです。どうしても確実に成立さ
せたかったからです。
 FRBは、軍事費を調達する目的で1694年に英国で創設さ
れたイングランド銀行をモデルとして、米国の中央銀行を作ろう
という目論みであり、1910年12月に国際的資本家J・Pモ
ルガンが所有するジョージア州沿岸の「ジキル島」という小さな
島で密かに行われたのです。
 ちなにみに、そのとき島に集まった8人のメンバーをお知らせ
しておく必要があると思います。
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 ネルソン・W・オルドリッチ――ネルソン・ロックフェラーの
                   母方の祖父/上院議員
 秘書のシェルトン
 A・ピアット・アンドリュー――財務次官補であり全国金融委
                     員会の特別補佐官
 フランク・ヴァンダーリップ――ナショナル・シティ・バンク
                 ・オブ・ニューヨーク頭取
 ヘンリー・P・デーヴィソン――    J.P.モルガン商会
 チャールズ・D・ノートン ――モルガン系ファースト・ナシ
                      ョナル・バンク
 ベンジャミン・ストロング ――J.P.モルガン上級代理バン
                  カーズ・トラストの頭取
 ポール・ウォーバーグ   ――    クーン・ローブ商会
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 このメンバーのなかで中央銀行の設立に関与した経験のあるの
は、クーン・ローブ商会(ロスチャイルド系)のポール・ウォー
バーグだけであったので、話はウォーバーグが中心になって進め
られたのです。
 このウォーバーグは、選挙で共和党のウッドロー・ウイルソン
を支援して大統領に当選させており、大統領としてはウォーバー
グに頭が上がらなかったのです。そして、初代のFRB議長の座
に座ったのは、「ジキル島会議」に加わったメンバーであるJ・
Pモルガンのベンジャミン・ストロングだったのです。
 FRBの創設のこのような経緯を知ると、FRBが一部の利権
が巣食う悪の殿堂のように見えてきます。われわれ日本人にとっ
てFRBとは米国の中央銀行――つまり、日銀のような存在であ
るという以上の何物でもないのですが、FRBにはいろいろな問
題があるのです。それに金の問題を語るとき、FRBを避けては
通れないのです。
 ここにとても貴重な映画があります。この映画を見ると、FR
Bがなぜできたのか、今までに何をしてきたかよくわかります。
全部で47分22秒という長編ですので、お時間のあるときに見
ていただきたいと思います。きっと興味深く鑑賞できると思いま
す。EJの今回のテーマにも深く関係があります。
―――――――――――――――――――――――――――――
 http://video.google.com/videoplay?docid=-845461387975920288&hl=en
―――――――――――――――――――――――――――――
 ウッドロー・ウィルソン大統領は、晩年になって自分のやった
ことを深く後悔して、次のようにいい残しています。
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 ・私はうっかりして、自分の国を滅亡させてしまいました。
 ・大きな産業国家はその国自身のクレジット・システムによっ
  て管理されています。私はそのクレジット・システムを一点
  に集結させてしまいました。
 ・したがって、国家の成長と私たちのすべての活動は、ほんの
  わずかの人たちの手の中にあります。
 ・私たちは文明化した世界においての支配された政府、ほとん
  ど完全に管理された最悪の統治の国に陥ったのです。
 ・もはや自由な意見による政府、信念による政府、大多数の投
  票による政府はありません。
 ・小さなグループの支配によって、拘束される政府と化してし
  まったのです。       ――ウッドロー・ウィルソン
――――――――――――――     ― [金の戦争/08]


≪画像および関連情報≫
 ●ウッドロー・ウィルソン大統領について
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  1909年までプリンストン大学学長を務めていた。学長と
  して内紛の絶えなかった大学を改善し政治的な才能を着目さ
  れた。民主党からの勧めでニュージャージー州知事に立候補
  当選しそこでも数々の腐敗追及で有名となった。この間みせ
  た改革への推進、文章・演説の才は1912年の民主党大統
  領候補に押し上げた。この年の大統領選挙は共和党が現大統
  領タフト派と元大統領セオドア・ルーズベルト派に分裂した
  ため、民主党にとり予想外に楽な選挙結果となった。ウィル
  ソンは選挙人435人を獲得する圧勝だったが――次点は共
  和党から分離した進歩党をなのるセオドア・ルーズベルトの
  88人)民主党は1896年の大統領選に敗れてから政権に
  なく人的基盤は弱かった。
           http://ww1.m78.com/hito-2/wilson.html
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ウッドロー・ウィルソン.jpg
posted by 平野 浩 at 04:56| Comment(1) | TrackBack(0) | 金の戦争 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
FRBに関する記事にリンクしたかったのですが、カテゴリー「金の戦争」すべてに一気にリンクをさせていただきました。国家の中央銀行としての仕事をする組織が、民間ということは...
暗黙の了解としてアメリカ以外の国(日本を含めて)どうなんでしょう?国民が知らないだけとか、教科書で騙しているとか...
世界的金融破綻を目前にして、名前にバラツキがあるにしても、秘密結社や陰謀論が渦巻くのは当然の成り行きですね。私は先の世界大戦を研究している者ですが、それにしてもコミンテルンのスパイが世界中に多すぎます。One WorldのVisionで繰くれるのか、あるいは資本主義は共産主義を必要としていたのか(大量生産の市場における購買力の創出のために)、悩むところです。
Posted by Bruxelles at 2011年10月29日 16:37
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