ジョン・ローの口車に乗って国家財政を破綻させたフランスの
その後の状況を少し追ってみます。ローの政策失敗の約50年後
の1775年に米国の独立戦争が起こりますが、まだ財政面での
回復が十分ではないのに、フランスは米国側について参戦し、財
政をさらに悪化させているのです。いうまでもなく米国の独立戦
争は、英国本国――グレートブリテン王国と、米国東海岸の英国
領13の植民地との戦争です。
フランスの財政の深刻さは尋常ではなく、窮余の一策としてフ
ランス政府がやったのが増税なのです。しかし、この結果、勃発
したのがフランス革命なのです。
フランス革命の結果誕生したフランス共和国政府は、経済・金
融面においても革命的な改革を実行したのですが、それも失敗に
終わるのです。その象徴は「アシニア紙幣」なのです。ジョン・
ローの失敗に何ら懲りていない証拠であるといえます。
どういうことをやったのかについて説明します。
1789年11月、フランス革命政府は教会財産を没収し、司
祭たちの生活費や貧困者救済にあてる財源にしたのです。そして
売却までの当面の措置として、これらの財産を担保として、紙幣
を発行したのです。教会財産は6億ルーブルあり、これは当時の
フランスの国家財政1年分を超えるものでした。
当初は5%の利子つきの国家債券でしたが、90年からは強制
通用力を持つ不換紙幣となり、10ソル(スー)から1万フラン
(ルーブル)まで数十種類が発行されたのです。
なぜ、「アシニア紙幣」といわれるかですが、「assigner(ア
シネ)」というのは「金を支払いに当てる」という意味です。国
有財産をアシニアするという意味になります。
しかし、1992年になって、オーストリアをはじめとする諸
国との革命戦争が勃発すると、その戦費を捻出するため、紙幣が
乱発されるようになったのです。
当然のことながら、金貨・銀貨とくらべての貨幣価値は大きく
下落したので、政府は、物価統制令や、紙幣を額面どおり使わな
いことの罰則などを出したのですが、インフレーションは進行し
アシニア紙幣の価値は10%を切るようになったのです。そして
1996年3月、遂にこの紙幣の使用を停止せざるを得なくなっ
たのです。
紙幣は焼却され、印刷機は破壊されたのです。別に印刷機が悪
いわけではないのですが、そうでもしないと国民の怒りは収まら
なかったのです。
フランス国民は、混乱した政治、進行するインフレ、諸外国の
圧力などで疲弊し、英雄の出現を心から渇望したのです。その結
果出現したのが、ナポレオンなのです。フランスは、秩序への反
動というかたちで、軍人ナポレオンによる政権を誕生させたこと
になります。
しかし、ナポレオンはなかなかよくやっているのです。ナポレ
オンは、まず法制を改革し、続いて軍隊を再構築したのです。そ
して、急速に治安を回復させています。さらにナポレオンは、紙
幣発行の一切の助言を拒否しており、政府の支出は金もしくは銀
で支払うことに限定し、それを固く守ったのです。
つまり、ナポレオンはフランスを金本位制に戻し、それは19
14年まで続くのです。こうしたナポレオンの「金を守る」とい
う姿勢はフランスの最も有名な金貨が今でも「ナポレオン」と呼
ばれていることにあらわれています。
しかし、1914年に第1次世界大戦が勃発するのです。戦争
がはじまると各国政府は金本位制を中断せざるを得なくなるので
す。戦費を調達するには赤字国債に頼らざるを得ず、それだけの
国債を吸収するには金の準備高と関係なく、紙幣を増刷せざるを
得ないからです。また、戦争によって対外支払いは増大し、その
ために金貨の政府への集中が必要となり、金の輸出を禁止したり
通貨の金兌換を停止することになるのです。
第1次世界大戦は大方の期待を裏切って4年間続き、世界経済
は大きなダメージを負ったのです。仮に金本位制が守られている
ならば、戦争はおそらく数ヶ月しか続けることはできなかったは
ずであり、世界大戦などにはならなかったでしょう。
1918年に戦争は終結します。当然各国は金本位制に復活に
することになるのですが、何しろ参戦国は戦争で経済が弱体化し
ているので、それを反映して平価を切り下げ、そのうえでの復帰
が当然前提となります。
しかし、プライドの高い英国は、ポンドの切り下げは国の威信
にかかわるとして、旧平価での復帰に執拗にこだわったのです。
その結果、1922年にイタリアのジェノアで開催された国際経
済会議の場で、「金為替本位制」という妥協的の産物である制度
を導入してお茶を濁すことになったのです。
「金為替本位制」とは何でしょうか。
金為替本位制は、米国のドルと英国のポンドが金と同様に準備
通貨としての価値を持つとする制度なのですが、ドルはともかく
として、ポンドは旧平価を維持する購買力を失っており、既に準
備通貨として通用するはずはなかったのです。
第1次世界大戦の最大の利得国である米国も、1913年に設
立されたFRB――連邦準備制度理事会が当初から国債の引き受
けをやっており、ドルの価値をいつまで維持できるか不透明の状
態だったのです。
金為替本位制になると、金を裏付けとしてドルやポンドが発行
され、そのドルやポンドを裏付けとして、その他の国々が通貨を
発行する――これは金が2倍に増えたのも同然だったのです。す
なわち、通貨の裏付けが二重に計算されるという不合理を抱えて
いたのです。
このように制度は大きな矛盾をはらんでいたのですが、最初の
うち金為替本位制はうまく機能しているように見えたのです。し
かし、これはやがてとんでもないバブルを発生させ、世界恐慌を
引き起こすことになるのです。 ― [金の戦争/07]
≪画像および関連情報≫
●金為替本位制とは何か
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古典的な金本位制のひとつ。金貨本位制国または金地金本位
制国の通貨を外貨準備として保有する国が、自国の通貨に対
して金貨(地金)本位制国の通貨を、平価の上下のせまいは
ばの中で決められたレートで売り買いする制度のこと。金地
金本位制とあわせて金核本位制ともいう。
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2008年06月17日
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