済新聞から、英国と米国のインフレの状況について、記事をピッ
クアップします。
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◎英消費者物価8・7%上昇/5月根強いインフレ懸念
【ロンドン=大西康平】英統計局が21日発表した英国の20
23年5月の消費者物価指数は前年同月比8・7%上昇した。伸
び率は前年比横ばいで、鈍化しなかったのは3カ月ぶり。賃金と
サービスの価格の上昇による根強いインフレへの懸念が高まって
いる。(中略)
英国は賃上げを求めるストライキが頻発。4月の平均賃金の前
年同期比の伸び率は2カ月連続で上昇して6・5%となった。
◎「米インフレ圧力なお強く」/FRB議長、議会で証言
【ワシントン=高見浩輔】米連邦準備理事会(FRB)のパウ
エル議長は21日、米連邦議会の下院金融サービス委員会で証言
した。米国の物価上昇率は鈍化傾向にあるが、パウエル氏は「イ
ンフレ圧力は依然として強く、(目標の)2%に戻すには長い道
のりがある」と強調して、追加の金融引き締めの必要性を示唆し
た。 ──2023年6月22日付、日本経済新聞
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ところで、世界の中央銀行は、政策金利を何によって決めてい
るのでしょうか。
これについては、昔から論争があるのです。「ルールか、裁量
か」の論争です。現実には、「ルール」と「裁量」の一方だけが
正しいと決めることはできないので、近年の先進国の金融政策運
営を見ると、基本的にはルールに従いつつ、ある程度の裁量は必
要という考え方が主流であるといえます。
「ルール」というものは存在します。1993年に米国の経済
学者ジョン・ブライアン・テイラーが提唱したルールで、「テイ
ラールール」といわれています。
テイラールールは、インフレ率とGDPから、望ましいインフ
レ率(インフレターゲッティングの目標値)を実現するために必
要な金利水準を算出することができます。日銀を含む主要国の中
央銀行は、このルールから得られる数値を参考にして、政策金利
の決定を行っています。
渡辺努東京大学大学院教授の著書には、米Fed(連邦準備制
度)が制御する金利、フェデラルファンドレート(FF金利)の
実績値と、テイラールールの公式を使って算出された金利水準の
推移を示すグラフが掲載されています。このグラフを添付ファイ
ルにしてあるので、ご覧ください。渡辺努教授は、このブラフに
ついて、次のように解説しています。
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これを見ると、過去のFedによる金利操作は、おおむねテイ
ラールールが指示する水準に沿っていることがわかります。しか
し、2020年以降を見ると、FF金利の実績値とテイラールー
ルが指示する金利水準が大きくかけ離れていることに気がつきま
す。2020年の春、米国ではパンデミックによる景気悪化にと
もないインフレ率が下がりました。このときテイラールールが指
示した金利水準は、なんとマイナス5%でした。マイナス金利を
採用している中央銀行は日銀を含め世界にいくつかありますが、
さすがにそこまで大幅にマイナスを掘り進んだ例はありません。
テイラールールの公式には「マイナス金利は難しい」という要
素は入っていないので、プラスであれマイナスであれ、必要な金
利水準はこれだと手加減なしに指示してくるのです。しかしこの
ときFedは、マイナス金利は副作用が大きいと考えており、ま
た、そもそもパンデミックにともなう景気悪化は一過性と考えて
いたこともあって、実際に行われた利下げの水準は、ゼロにとど
まりました。その後、インフレ率が上昇するにつれて、テイラー
ルールは、金利の大幅引き上げをFedに要求するようになりま
す。しかしFedはすぐには利上げに向かいませんでした。
──渡辺努著/講談社現代新書/2679
『世界インフレの謎』
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米国の中央銀行であるFRBは、金融政策の実施を通して、米
国の雇用の最大化、物価の安定化、適切な長期金利水準の維持を
実現し、その結果として、米国経済を活性化することを目標とし
ています。しかし、日銀の場合、日本銀行法第1条第1項、第2
条には、金融政策の目的として、物価の安定は、経済が安定的か
つ持続的成長を遂げていくうえで不可欠な基盤であるとしている
ものの、雇用の最大化は目的に入っていません。
今回のインフレの原因となったものは、最初の経済ショックを
もたらしたパンデミックとウクライナ戦争です。渡辺努教授は、
これを「インフレの第1ラウンド」と呼んでいます。この第1ラ
ウンドで、中央銀行がうまくインフレを収束させていれば、第2
ラウンドはなかったのです。
しかし、第1ラウンドで中央銀行は利上げを行い、インフレを
鎮静化させようとしたのですが、収束させることができなかった
のです。これが賃金の上昇に火をつけ、それに伴う人件費増を企
業が価格に転嫁し、第1のインフレが賃上げを経由して、さらな
るインフレを呼んで、第2ラウンドに入ってしまったのです。こ
のような状況を「賃金・物価スパイラル」といいます。
まして欧米の経営者は、日本の経営者と違って、人件費が上が
れば、それに応じて、モノやサービスの価格を必要以上に引き上
げ、それがインフレを加速させてしまうことが多いのです。そう
すると、物価はさらに上がり、それが賃金の要求が激しくなると
いうように、どんどんインフレが進行してしまうのです。これが
「賃金・物価スパイラル」であり、現在のインフレはそうなって
います。米国のFOMCのメンバーは、年内にあと2回の利上げ
が必要だといっています。果たしてそれで、インフレは収まるの
でしょうか。 ──[世界インフレと日本経済/032]
≪画像および関連情報≫
●英国と日本の賃金・物価スパイラル【渡辺努】/2022年
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英国ではインフレ率が二桁に達した。ボリス・ジョンソン
前首相とベイリー中央銀行総裁は、英国経済が賃金・物価ス
パイラルに突入する可能性があるとの見方を示している。一
方、労組は、賃金の上昇がインフレに追いついていないと訴
えており、真っ向から対立している。
賃金・物価スパイラルはインフレの第二段階だ。パンデミ
ックと戦争をきっかけにインフレが起こった。インフレは生
計費を上昇させるので、人々は雇用主に賃上げを要求する。
労働者は賃金を上げてもらえないなら他の職場に移ると脅
したり、ストライキに打って出たりする。そうした交渉を経
て、雇用主は、良質な労働力を失いたくないという思いから
賃上げ要求を受け入れる。これで労働者は当面の生活が維持
できるようになる。
次は、雇用主(経営者)がどのようにして経営を維持する
かを考える番だ。賃上げで人件費が増えるので、そのままで
は収益が悪化してしまう。人件費以外のコストを削るという
のは一つの方法だが、それにも限界がある。最終的には自分
の作る製品の価格を人件費増の分だけ引き上げる、つまり価
格に転嫁することになる。かくして、物価がもう一段上がり
それを受けて労働者の生活が再び困窮し、賃上げ要求が再び
なされる。それがさらに・・・というように、値上げと賃上
げのスパイラルがいつ終わるともなく続く。
https://koken-publication.com/archives/1681
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テイラールールが指示する金利水準