先に進むことにします。
世界インフレを引き起こした最大の原因はパンデミックです。
新型コロナウイルスの感染拡大によって、世界中の人と企業が、
行動変容を起こした結果、世界インフレが発生しています。
第1に、人の行動変容です。人には「消費者」という側面と、
「労働者」の側面があります。消費者としての行動変容は、サー
ビス消費からモノ消費への急速な転換です。これによって、モノ
の生産が間に合わなくなり、価格が上昇します。
続いて、「労働者」としての行動変容です。コロナが収まって
も職場に戻らなくなり、その結果、労働供給が減少し、経済全体
の生産能力が低下し、価格が上昇します。とくにシニア層はコロ
ナを機会に早期にリタイアを決めたり、女性は自発的に離職する
ケースが増加しています。
第2に、企業の行動変容です。パンデミックに伴うロックダウ
ンなどにより、企業間のグローバル供給網であるサプライチェー
ンが目詰まりを起こし、製品の部品などの調達に問題が生じ、経
済全体の生産能力がダウンし、供給不足になって、モノの価格が
上昇します。
しかし、人や企業の行動変容は、本来はバラバラであり、同一
方向への行動変化も、普通は長期的にわたって徐々に起きるもの
です。それが、なぜ、世界インフレを起こすまでに急速に高まっ
たのでしょうか。
渡辺努東京大学大学院教授によると、それはパンデミックによ
り、突然にしかも世界の人と企業の行動が同期したからであると
いいます。これについて、渡辺教授は、自著で次のように述べて
います。
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通常、出来事はゆるゆると起こり、人々の反応もまちまちとな
りがちです。それに対して、突然、しかも人々が同期するかたち
で出来事が起こると、経済へのインパクトは最大になります。パ
ンデミックはまさにそれです。このように、「突然」と「同期」
は、パンデミックの経済への影響を考える際のキーワードだと、
私はみています。
3つの行動変容の、もうひとつの共通点は、過度な「つながり
(connectedness) の揺り戻し」ということです。パンデミツク
以前の社会は、人と人、人と企業、企業と企業が濃密につながる
ことを徹底的に追求してきました。それによって経済効率が上が
るからです。(中略)
もしかすると私たちは安易に「つながり」を作りすぎたのかも
しれません。脱「グローバル化」は明らかにその揺り戻しです。
多様な人材を一ヵ所に集めることで、生産と技術革新の効率性を
徹底的に追及してきた企業が、「大離職」「大退職」の憂き目に
遭っているのも、過度なつながりの揺り戻しです。フェイス・ト
ウ・フェイスで他者とつながる心地よさを求めてきた消費につい
ても、サービスの経済化の反動が起こっています。
──渡辺努著/講談社現代新書/2679
『世界インフレの謎』
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世界インフレは、現在でも一向に収まっていません。インフレ
率はGDPと違って低いに越したことはありませんが、現状はど
うなっているのでしょうか。IMF(国際通貨基金)による20
22年の世界各国のインフレ率ベスト5とG7各国のインフレ率
のランキングを以下にご紹介します。2003年4月14日に公
開された最新の数字です。
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◎インフレ率世界ランキング(2022年)
1. ベネズエラ ・・ 200.91%
2. ジンバブエ ・・ 193.40%
3. スーダン ・・ 138.81%
4.アルゼンチン ・・ 72.43%
5. トルコ ・・ 72.31%
75. イギリス ・・ 9.07%
81. イタリア ・・ 8.75%
82. ドイツ ・・ 8.67%
99. アメリカ ・・ 7.89%
118. カナダ ・・ 6.80%
138. フランス ・・ 5.90%
187. 日本 ・・ 2.50%
https://onl.sc/pSXc8ph
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これを見てわかるように、日本のインフレ率は2・5%であり
全193国中187位で、非常に低いことが分かります。しかし
このインフレ率は、欧米と比べると、日本とは状況が大きく異な
ることを考慮する必要があります。
なぜなら、欧米諸国は、日本と違ってパンデミック後の経済の
復興時期も早いし、ロシアによるウクライナ侵攻による影響の度
合いも日本とは比較にならないほど大きいからです。そういう意
味においては、日本と比較の対象になるのは韓国です。経済復興
の時期も同じくらいであり、両国ともウクライナから大きく離れ
ているからです。日本と韓国のインフレ率は次の通りです。
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153. 韓国 ・・ 5.09%
187. 日本 ・・ 2.50%
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韓国と比較しても韓国のインフレ率は、日本よりも、約3%上
回っています。このように比較してみると、日本の場合、物価は
確かに上がっているものの、世界的に、きわめて低いインフレ率
ということになります。日本で何が起きているのでしょうか。
──[世界インフレと日本経済/016]
≪画像および関連情報≫
●なぜ日本は低インフレが続くのか/青木大樹氏
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多くの諸外国とは対照的に、日本では低インフレ率が続い
ている。その結果、日本国債市場は堅調に推移し、日本と他
の先進諸国との金利差が拡大する中で、円安が進んでいる。
生鮮食品を除いたコア消費者物価指数(CPI)の直近10
月(2021)の前年同月比は、「+0・1%」となってい
る。これは2020年12月の同「−1・0%」を上回るも
のの、なお日銀の目標である2%を大きく下回っている。
日本経済は、他国と同様、自動車部品の不足とエネルギー
価格の上昇に大打撃を受けている。原油価格と消費者物価の
間にはおよそ4〜7カ月のタイムラグがあることを考慮する
と、エネルギー価格の上昇がCPIに及ぼす影響は2022
年4〜6月頃にピークに達する可能性が高い。にもかかわら
ず、2022年のCPIインフレ率は1・5%にさえ届かな
いかもしれない。本レポートでは、なぜ日本では低インフレ
率が続くのかを考察する。
第1に、景気回復の遅れにより日本のGDPギャップ(需
給ギャップ)は大幅なマイナスになっている。つまり、日本
では実際のGDP(総需要)が平均的な雇用と資本を活用し
た潜在力(供給力)に達していないのだ。
https://onl.sc/prr6MEX
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渡辺努教授の本「世界インフレの謎」