もメディアでは「失敗するに決まっている」という手厳しい声が
上がっています。三菱重工による国産ジェット旅客機進出失敗・
撤退の直後のことでもあり、そういう声が上がってもおかしくな
いといえます。日本は、初期のコンピュータ開発のケースでも見
られるように、こういう国策プロジェクトを成功させるのがあま
り上手ではないからです。
しかも「ビヨンド2ナノ」という目標は、いくらなんでも高過
ぎるという声もあります。確かに今からTSMCやサムソン電子
と戦うにはあまりにも遅過ぎる感は否めないからです。
しかし、ロシアによるウクライナ侵攻によって、西側陣営とし
て経済安全保障を強化するという観点もあり、日本として「ラピ
ダス」を何としても成功させる必要があります。それに微細化に
代わる将来技術の開発も進んでおり、後発の日本もTSMCやサ
ムスン電子と同じスタートラインに立てるという考え方もあり、
事業進出に踏み切ったものと思われます。
実はもうひとつ日本の「ラピダス」には、大きな強みがあるの
です。それは、今回の事業にソフトバンクが出資陣の一角を占め
ていることです。なぜ、ソフトバンクが投資陣に加わっていると
日本が有利なのかというと、ソフトバンクは、傘下に英半導体設
計大手企業「アーム/ARM」を有しているからです。
ところで、現在、コロナ禍もあって、世界の半導体大手の業績
が一段と悪化しています。2023年1〜3月期は、10社中9
社が前年同期比で減収となっていることを3月4日の日本経済新
聞が伝えています。顧客の在庫調整でスマホ向けが苦戦し、それ
がデータセンター向けにも波及していると考えられます。半導体
大手には、どういう企業があるのかを知る必要もあると思うので
以下にご紹介することにします。
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◎半導体大手10社売上高増減率(前年同期比)
22/10〜12 23/1〜3
マイクロン(米) ▲47% ▲51%
SKハイニックス(韓) ▲38% ▲50%
インテル(米) ▲32% ▲40%
エヌビディア(米) ▲21% ▲22%
クアルコム(米) ▲12% ▲18%
サムスン電子(韓) ▲8% ▲15%
TI(米) ▲3% ▲11%
AMD(米) 16% ▲10%
TSMC(台) 27% ▲ 3%
ブロードコム(米) 16% 8%
https://s.nikkei.com/3ZKeRB8
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ソフトバンク傘下のARMは、上記10社の半導体大手企業の
なかには名前はありません。それでは、一体ARMとは何をして
いる企業なのでしょうか。
ARMに関しては、私自身こんな思い出があります。年月日は
忘れたのですが、ある夜、私はいつもの通り、午後11時からの
WBSを見るため、テレビの前にいたのです。番組冒頭、大江麻
理子キャスターが、「今日は特別のお客様にお越しいただきまし
た」といい、そこに姿を現したのが孫正義ソフトバンク会長だっ
たのです。その日、孫会長は先ほど英国から帰国し、その足でテ
レビ東京のスタジオに駆け付けたといいます。
孫会長の英国行きの目的は、英国の半導体設計企業であるAR
Mの買収手続きをするためであり、その手続きを完了して帰国し
たタイミングで、WBSへの出演だったようです。
2016年9月6日、その日は、ソフトバンクグループが、約
240億ポンド(約3・3兆円)でARMを買収した日です。こ
の3・3兆円という金額は日本企業の企業買収の金額として、過
去最高となったのです。
孫会長の話によると、ARMには何年も前から買収目的で交渉
を重ねてきたのですが、時価総額が高く、なかなか手に入れるこ
とができなかったそうです。しかし、国民投票によって、英国の
EUからのブレグジットが決まると、買収金額がかなり下がった
ようです。孫会長は、そのタイミングを逃さず、買収を決断した
ということを番組で語っていました。
しかし、携帯電話会社を営むソフトバンクが、なぜ半導体の設
計会社を買収する必要があるのか、そのときは私はよくわからな
かったことは確かです。
「私はつねに7手先を読んでいる」──ソフトバンクの孫会長
はこういいます。孫会長は、早くから多くの人がつねに使う電子
デバイスが、PCからスマホに移ることを見抜いていたのです。
そのため、孫会長はいち早くアップルのアイフォーンを受け入れ
独占で販売します。アイフォーンを使いたいためにソフトバンク
のユーザーになった人も多くいます。そのため、NTTドコモと
AUは、大きく遅れることになったといえます。
スマホのユーザーが増えると、スマホに特化した半導体が必要
になり、その設計のできる企業は価値がある──孫会長はそう考
えたのでしょう。このようにARMの買収は、長期的視野に立っ
て決断したものであると孫会長は強調しています。
ARM日本法人事業開発ディレクターの春田篤志氏は、ARM
の現状を次のように述べています。
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自動運転、拡張現実(AR、VR、MR)、5G、クラウド、
IоTなど新たな技術領域が拡大するいま、どの領域でもCPU
が必要になることを見据えて活動しています。新たな事業領域と
してサーバー、ネットワーク、ハイパフォーマンスコンピューテ
ィングでも存在感を出していくために取り組んでいます。
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──[メタバースと日本経済/038]
≪画像および関連情報≫
●【3.3兆円】ソフトバンクはなぜARMを買収するのか?
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ソフトバンクグループが2016年7月18日、英半導体
設計大手のARMを買収すると発表した。9月末までに買収
を完了させるという。
買収金額は約3兆3000億円(243億ポンド)。これ
までにもソフトバンクは、ボーダフォン日本法人で1兆78
20億円、米スプリントで約1兆8000億円という、日本
企業としては大規模な買収を行ってきたが、今回の3兆30
00億円は、それを大きく上回る。日本の企業の買収案件と
して過去最大となった。
中国アリババの一部株式売却のほか、フィンランドのスー
パーセル、日本のガンホー・オイライン・エンターテイメン
トの株式売却により、約2兆円の資金を調達。こうしてでき
た手元資金の2兆3000億円に加えて、みずほ銀行から1
兆円の融資を受けるが、これは、ブリッジローン(つなぎ融
資)であり、「買収資金は全額確保している」とする孫正義
社長の発言は、すべて自らの資金で賄うという意味が込めら
れている。会見では、ARMの経営陣や英国ケンブリッジ本
社の体制を維持するとともに、英国での雇用を5年間で倍増
させ、これまで同様に中立性と独立性を維持することも明ら
かにした。ARMベースのチップは全世界で年間148億個
も出荷され、スマートフォンに搭載されているプロセッサー
や、マルチメディアIP、ソフトウエアに至るまでARMの
技術が活用されている。 https://bit.ly/3JiHb8h
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孫正義ソフトバンク会長