2023年01月26日

●「誇るべきでない最大の対外純資産国」(第5893号)

 対外純資産は、毎年5月頃に発表されますが、2021年の対
外純資産のベスト4は次の通りとなっています。対外純資産とは
企業や政府などが海外に持つ外貨建て資産の評価額のことで、日
本は、31年連続世界第1位です。
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   ◎対外純資産ベスト4
    第1位/日 本 ・・ 411兆1841億円
    第2位/ドイツ ・・ 315兆7207億円
    第3位/香 港 ・・ 242兆7482億円
    第4位/中 国 ・・ 226兆5134億円
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 日本が経常黒字を続ける限り、その累積結果として、世界一の
対外純資産のステータスが保持されることになります。しかし、
対外純資産を支える構造は大きく変化しています。これについて
は、添付ファイルのグラフをご覧ください。
 その構造変化は、10年前から顕著になっています。2010
年以前は、海外投資としては証券投資が中心であり、直接投資は
限定的であったのです。ここで、証券投資とは、国外の株式や債
券などの金融資産に投資することであり、これに対して直接投資
とは、国外で事業活動を行うために企業を買収したり、生産設備
などに投資したりすることをいいます。
 これについて、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの
唐鎌大輔氏は、次のように解説しています。
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 2000年代前半においては、日本の対外純資産は、その大半
が証券投資残高、すなわち米国債や米国株などに代表される海外
の有価証券だった。しかし、2011〜2012年頃を境に日本
から海外への対外直接投資が増えた結果、2021年末時点では
約半分(45・8%)は直接投資残高になっている。これは、日
本企業による旺盛な海外企業の買収(いわゆるクロスボーダーM
&A)の結果である。(一部略)
 リーマンショック後は、「金利なき世界」が常態化していたの
で、収益率に優れる直接投資が証券投資より好まれるのは合理的
な展開だったが、背景事情はそれだけとは考えにくい。それまで
断続的に日本が直面していた超円高や自然災害(地震、台風、津
波など)、硬直的な雇用法制など日本特有の様々なカントリーリ
スクが考慮された結果、直接投資は増えてきたのだという解説は
多い。とりわけ、2011〜2012年という時代を境にして直
接投資が増えていることを鑑みれば、やはり2008〜2012
年の超円高局面、2011年3月に発生した東日本大震災などの
影響は大きかったのではないかと推測される。
          ──唐鎌大輔著/日経プレミアムシリーズ
             『「強い円」はどこへ行ったのか』
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 この対外純資産の構造変化は、「有事の円買い」に大きな影響
を与えることになります。証券投資が中心であった時代では、有
事が起きたとき、流動性の高い海外有価証券を手放して円に換え
ることは容易に予想することができます。この場合は、有事の円
買いは機能を発揮することになります。
 しかし、直接投資の場合は、リスク回避のために買収した企業
を簡単に手放すとは考えにくいのです。したがって、直接投資の
割合が増えるということは、外貨のまま戻ってこない円の割合が
増えることを意味します。事実そういう傾向は強くなっており、
結果としてそれは「有事の円買い」そのものの退潮を意味するこ
とになるのです。
 しかし、ここで日本として考えるべきことがあります。ここま
で円の価値を支えてきたと思われる「世界最大の対外純資産国」
というステータスは、それほど日本として誇れるべきものではな
いということをです。
 なぜなら、国内から国外への証券投資や直接投資が旺盛だとい
うことは、日本企業として、日本国内に投資すべき魅力的な対象
がないことを意味します。企業として、縮小し続ける国内市場に
投資するよりも、勢いのある海外企業の買収や出資を通じて時間
や市場を買う方が、経営上プラスであると判断した結果であると
考えられるからです。
 唐鎌大輔氏にいわせると、『「世界最大の対外純資産国」は、
単純に資金の流れだけを捉えれば、日本企業による資本逃避(キ
ャピタルフライト)といえなくもない』と断じています。そうす
ると、このステータスは、いわゆる「失われた30年」の副産物
とみなすこともできます。
 31年連続世界一の「世界最大の対外純資産国」というステー
タスを日本はいつまで守れるでしょうか。日本の背後には、ドイ
ツが迫ってきています。これについて、唐鎌大輔氏は、次のよう
に分析しています。
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 この点、筆者は諸外国、とりわけドイツとの比較を気にしてい
る。ドイツは単一通貨ユーロという「永遠の割安通貨」を武器に
貿易黒字を稼ぎ続け、「世界最大の経常黒字国」としてのステー
タスを盤石なものにしてきた。この経常黒字のほとんどが貿易黒
字であり、通常ならば「通貨高→輸出減→貿易黒字縮小→経常黒
字縮小」という展開を辿るはずである。
 しかし、ユーロはドイツのほかイタリアやスペインやギリシャ
を含めてユーロであるため、ドイツの地力に相応しいほど強くな
ることは構造上絶対にない。だから、ドイツの経常黒字は減りづ
らいという特質がある。この点は断続的な通貨高をひとつの要因
として輸出企業が生産拠点の海外移管を進め、貿易黒字が消滅し
た日本とは対照的である。
    ──唐鎌大輔著/日経プレミアムシリーズの前掲書より
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           ──[メタバースと日本経済/009]

≪画像および関連情報≫
 ●日本は31年連続「世界最大の対外純資産国」/
  それでも円買いに貢献しない理由/唐鎌大輔氏
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   円の信認に注目が集まりやすい昨今、「世界最大の対外純
  資産国」というステータスが「安全資産としての円」のより
  どころになっているのは間違いない。その意味で、年1度の
  対外資産負債残高統計は丁寧にチェックする価値がある。こ
  の点、5月27日、財務省から『本邦対外資産負債残高の状
  況(2021年末時点)』が公表されている。
   今回の本欄ではこの数字を詳しく掘り下げてみたい。具体
  的な数字を見ると、日本の企業や政府、個人が海外に持つ資
  産から負債を引いた対外純資産残高は、前年比56・1兆円
  増の411兆1841億円と2年ぶりに増加している。これ
  は年間の増加幅としては過去最大だ。2位のドイツ(315
  ・7兆円)との差は100兆円近くまでに拡大しており、こ
  れで31年連続「世界最大の対外純資産国」のステータスを
  維持したことになる。      https://bit.ly/3ZTUoup
 ●グラフ出典/──唐鎌大輔著の前掲書より
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日本の対外純資産関連データ.jpg
日本の対外純資産関連データ
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | メタバースと日本経済 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする