リーマンショックや、2011年の東日本大震災後では、円が安
全資産として、世界中の投資家から買われ、円高になったもので
す。とくに、2011年10月21日には、「1ドル=75円」
まで円高が進んだのです。
しかし、日本は国民の誰もが知るいわゆる「借金大国」であっ
て、普通国債の残高は2022年度末には1029兆円に達して
います。そんな国の通貨が、なぜ、有事のさい、世界中の投資家
から買われるのでしょうか。
それは、日本が世界一の「債権国家」であるからです。財務省
は、日本が稀有の借金大国であることは、財務省のトップである
財務事務次官が、わざわざ一般誌に論文を発表してまで国民に周
知させようとしますが、日本が世界一の債権国家を続けているこ
とは積極的には報道しないので、多くの国民はこの事実を知らな
いでいます。
しかし、日本は、海外に莫大な資産を保有しているのです。し
たがって、リーマンショックのような経済市場が混乱する有事が
起きた場合、日本の企業や個人の多くが、海外にある資産を国内
へ引き上げることが予想されます。海外資産(多くの場合は米ド
ル建て)を国内に引き上げるということは、米ドルを売って円を
買うということであり、この動きが円高を進行させているという
わけです。これが有事の円買いです。
しかし、今回のロシアによるウクライナ侵攻では円安が進行し
ています。有事の円買いが起きておらず、逆に円が売られていま
す。この事実をもって「円の実力が低下している」という論調が
支配的です。2022年10月21日には「1ドル=150円」
になったことをもって「円の価値は半減/75円→150円」と
までいわれていますが、必ずしもそうとはいえないと思います。
それならば、2022年2月にウクライナ危機が起きたとき、な
ぜ、円が買われず、ドルが買われたのでしょうか。
これについて、三菱UFJモルガン・スタンレー証券の植野大
作チーフ為替ストラテジストは、それには2つの理由があるとし
て、次のように解説しています。
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大きく2つの理由があります。1つ目は、確かに株価が崩れる
と円買いの連想が働きますが、足元では、ユーロやポーランド・
ズロチなど幅広い通貨に対して、全面的なドル買いが起きていま
す。ドルは世界一の軍事大国の通貨であり、世界中で使われる基
軸通貨であって、市場での流動性も円より高い。この「有事のド
ル買い」と「有事の円買い」が綱引き状態になっています。
もう1つは、需給面で日本の貿易収支が赤字に転落しているこ
とです。国際商品は基本的に決済にドルを使います。日本の1月
の通関統計をみると、貿易赤字は2兆円規模に上っており、輸入
のためのドル買い需要がそれなりに出ていると考えられます。
──植野大作氏
https://bit.ly/3kthDLz
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ロシアのウクライナ侵攻により、コモディディ価格が上昇傾向
にあります。「コモディティ」とは、「商品先物」として取引さ
れているもののことです。具体的に何かというと、原油や天然ガ
スなどのエネルギー、銅や鉄鉱石などの工業用金属、金やプラチ
ナなどの貴金属、あるいは木材や小麦などまで含め、商品先物と
して取引されているもの。それらを総称して「コモディティ」と
呼んでいるのです。
ウクライナやロシアは、穀倉地帯で貴金属の輸出国でもありま
す。したがって、コモディティー価格が上昇傾向にあるのですが
ドル買い需要が強くなるとの見方から、円買いは限定的になりま
す。逆にいえば、ユーロやズロチといった他の通貨に対しては円
買いがそれなりに進んでいます。
しかし、今回の円安には構造変化が起きているという見方があ
ります。みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストである唐鎌
太輔氏による分析です。添付ファイルをご覧ください。
変化は、2002年から2011年の10年間と、2012年
から2021年までの10年間を比較してみるとわかるというの
です。2つのグラフがありますが、はじめに、棒グラフの方を見
てください。
経常収支は、約172兆円から約144兆円と減少しているも
のの、依然高水準にあります。これは、貿易収支が約96兆円か
ら約8兆円の赤字に転落したものの、第一次所得収支が約125
兆円から約195兆円へと大幅に黒字が拡大した結果なのです。
続いて折れ線グラフの方をご覧ください。これは、貿易収支と
ドル円相場の推移をあらわしています。これを見ると、2012
年以降、貿易黒字が稼げなくなった結果、その後に際立った円高
・ドル安が起きていないことが分かります。これらについて、唐
鎌大輔氏は、近刊著書で次のように述べています。
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「貿易収支ではなく所得収支で稼ぐ」というのは「成熟した債
権国」の姿である。リーマンショック、欧州債務危機、アベノミ
クスという局面変化を経験した直後の10年間(2012〜20
21年)で日本は、「未成熟の債権国」を卒業し、国の発展段階
が1つ進んだという事実は間違いなく、ここに構造変化の跡を確
認することはできる。 ──唐鎌大輔著
『「強い円」はどこへ行ったのか』
日経プレミアムシリーズ
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2021年から2022年にかけて、資源価格が高騰し、貿易
赤字が拡大しつつあります。2022年上半期(1月〜6月)の
貿易赤字は過去最大を記録しています。この状態がいつまで続く
のかについても注視する必要があります。
──[メタバースと日本経済/008]
≪画像および関連情報≫
●「円安」で起こっている日本人が知りたくないこと
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短期的には、アメリカのインフレ率急落を祈ることが、超
円安に対処するための日本の唯一の選択肢かもしれない。し
かし、長期的には、日本企業の競争力を根本的に強化しなけ
ればならない。なぜなら、それが「実質」円安の根本原因だ
からである(「実質」円の定義と経済的意義は後述する)。
円安は、日本企業が国際市場で元気をなくしているから起き
ているのだ。
まず、短期的な話をしよう。この1年半、円安の唯一最大
の要因は、アメリカの金利と日本の金利の差である。そして
金利の上昇は、アメリカの高インフレに対するアメリカの武
器である。日米金利差が大きければ大きいほど、日本からア
メリカへの資金流入が増え、円安が進む。
https://bit.ly/3iWQTCM
●グラフ出典/唐鎌大輔著の前掲書より
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2つのグラフ