2022年11月07日

●「ソフトウェアが理解できぬ日本人」(第5848号)

 今でもそうですが、日本という国は「もの作り国家」としての
誇りを持っています。これは、日本の国家としての「強み」では
ありますが、世界中でPCが普及しはじめた1990年代以降は
それが日本にとって大きなブレーキになり、成長の足を引っ張っ
ているように思えます。
 1995年にウインドウズ95が発売され、多くの人がPCを
使うようになり、それに備えて、PCの操作を電話でサポートす
る米国のコールセンターの業者が、続々と日本に上陸してきたの
です。しかし、それから数年後、それらの業者は、ほとんど日本
から引き上げてしまっています。何が起きたのでしょうか。
 それは、日本のPCユーザーは、PCのハードウェアやソフト
ウェアの知識に乏しく、電話では業者との対話が成立しなかった
からです。例えば、PCを操作している途中で、PCが動かなく
なったとします。ユーザーがコールセンターに電話すると、コー
ルセンター側は当然PCの現在の状態を聞こうとします。
 しかし、ユーザーは「PCが突然動かなくなった」としか、状
況を説明できないのです。当時のPCのユーザーの多くは、ハー
ドウェアとソフトウェアを一体のもの、すなわち、ハードととら
えており、「動作停止=PCの故障」という発想の人が多かった
からです。つまり、ソフトウェアはPCというハードウェアを動
かすパーツのような存在として見ていたのだと思います。これで
はコールセンターはその役割を果たせないので、空しく引き上げ
てしまったのです。
 もう少し時代を遡って、1985年(昭和60年)という年を
考えてみます。なぜ、1985年かというと、この年の著作権法
の改正で、コンピュータのプログラムが「プログラムの著作物」
(著作権法10条1項9号)として、著作権法の保護の対象にな
ることが決まったからです。
 この年代は、日本の対米輸出が増加し、米国による市場開放圧
力はすさまじかったのです。そのとき、日本が、積極的に輸入関
税撤廃に動いたのが、コンピュータや周辺機器の分野だったので
す。当時日本は「電子立国」を目指していて、その自負もあった
のでしょう。その結果、日本のコンピュータメーカーの対米輸出
は急伸しており、結果として日本の貿易収支は「入超」から「出
超」に転じ、1984年には、日本側の黒字は、20億ドルも増
加しています。
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       ◎入超
        輸入額が輸出額を上回ること
       ◎出超
        輸出額が輸入額より多いこと
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 当時の通産省(現経産省)もこの状況を見て、これなら輸入関
税を撤廃できると考えたのです。しかし、この判断は、日本とい
う国が、コンピュータというものをいかにハードウェアしか見て
いないかをあらわしています。つまり、ソフトウェアというもの
をハードウェアの一部の部品として見ていたことの証明です。
 すなわち、確かにコンピュータのハードウェアは「出超」でも
ソフトウェアから見ると「入超」だったからです。これではいか
に輸出が伸びても、利益が上がらない、一向に儲からないことに
なります。当時の日本にはソフトウェアという概念はなく、ソフ
トウェアの輸入の統計すらなかったのですが、日銀の「国際収支
統計月報」によると、1984年度の日本の技術貿易収支は16
億ドルの赤字になっています。これは、そのほとんどはおそらく
ソフトウェアだったと思われます。
 かつて日本には、ソフトウェアの概念がなかったことの証明と
もいうべき象徴的なマシン(機械)が存在したのです。それが、
「日本語ワードプロセッサ」です。それは、ハードとソフトが一
体となった日本語の文章を作成するマシンです。
 1977年(昭和52年)にシャープが試作機を開発し、それ
をビジネスショウに出品しています。私はそのマシンを実際に見
ています。しかし、このマシンには、かな漢字変換機能は装備さ
れていなかったのです。
 1985年になると、かな漢字変換機能が装備され、プリンタ
付きのマシンが出現してきています。カシオが「HW100」を
59800円で発売すると、これに対抗して、キャノンが「PW
−10E」を49800円で発売するなど、販売競争が過熱した
のです。マスコミには「電卓競争の再現」として取り上げられ、
ソニー、セイコーエプソンなどの企業も参入して、ますますヒー
トアップしていったのです。
 今から考えると、このワープロ専用機が普及したことが、日本
のデジタル化の遅れの一因になっているといえます。当時欧米の
ほとんどの国が、現在我々が行っているOS上のアプリケーショ
ンとしてワープロを使っているときに、日本では文章を作るマシ
ンを使っていたからです。
 実際このワープロ専用機はなかなか便利なマシンなのです。日
本語タイプライターは、漢字やひらがなの数が多いため、大掛か
りなマシンであり、価格も高いし、操作も煩雑であるのに対し、
ワープロ専用機はタイプライターよりも小さく、漢字変換機能も
装備されており、プリンタも付いているので、日本語の文章を作
成するには、PCよりも非常に便利なマシンだったといえます。
 しかし、このワープロ専用機を使い続けたことにより、PCの
普及が遅れ、、日本としては、このデジタル時代に不可欠である
次の3つのことが欠落してしまう結果になったといえます。
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     @PCをハードとソフトの合体として捉える
     Aソフトウェアの概念が欠落してしまうこと
     BOSとアプリケーションの概念が欠落する
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           ──[ウェブ3/メタバース/024]

≪画像および関連情報≫
 ●日本のIT業界の失われた50年、人月商売清算の日は近い
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   「要員の高齢化が進むなかで膨大な既存システムのメンテ
  ナンス作業に追われ、新しく生じる経営ニーズに十分応じき
  れないのが実情といわれ、また時間的余裕と適切な教育機会
  の不足等により、急速に発展を続ける技術情報や高度な実務
  的専門知識を取得することすら困難な状況にある」
   「産業社会全体として優秀なソフトウェア技術者が不足し
  ているといいながら、彼らを処遇する方法がいっこうに改善
  されていない。日本のソフトウェア技術者をめぐる問題は解
  決していない」
   いかがだろうか。最初がある調査報告書の文面、次が識者
  のコメントだ。ユーザー企業側、ITベンダー側を問わず、
  技術者なら誰もが「全くその通り」と激しく同意することだ
  ろう。だが同時に「何を今さら、散々言い尽くされてきた事
  を改めて言っているだけではないか」と失笑を漏らすかもし
  れない。実は、これらは1983年、つまり35年前に出版
  された本の一節である。
   『ソフト技術者の反乱・情報革命の戦士たち』(下田博次
  著、日本経済新聞社刊)。最近、この本を自宅の本棚の中か
  ら見つけた。ほこりを被った本棚を掃除しようと、最初に手
  に取ったのがこの本だった。明らかに未読。パラパラとペー
  ジをめくって目にとまったのが、冒頭で紹介した2つの見解
  だ。予想できたこととはいえ、今の技術者の状況と瓜二つ、
  寸分たがわない。       https://bit.ly/3UqN5qr
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日本語ワードプロセッサ/HW100.jpg
日本語ワードプロセッサ/HW100


posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ウェブ/メタバース | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする