2022年08月01日

●「ペロシ議長の訪台は実施されるか」(第5783号)

 ペレス米下院議長の台湾訪問について考えます。このEJが届
く8月1日早朝にはどうなっているかわかりませんが、あえて論
じてみることにします。
 もともとペロシ下院議長の台湾訪問は4月に計画されていたの
です。しかし、ペロシ議長がコロナに感染し、この計画は一時棚
上げになります。ところが7月になってこの話が再び話題になり
ペロシ議長は8月の台湾訪問を検討しているという情報が伝わっ
てきたのです。
 7月20日のことです。バイデン米大統領は、記者団にこの話
について意見を問われ、次のように答えています。
─────────────────────────────
 ペロシ議長の訪台について、米軍はそれがいい考えだとは思っ
ていない、と思う。だが、状況がどうなっているのか、私は知ら
ない。( "I don't know what the status of it is")
                   ──バイデン米大統領
─────────────────────────────
 これは、バイデン大統領の「大失言」です。「その話は知らな
い」といえばよかったのです。それを「米軍が反対している」と
いう機密情報を明かしてしまったからです。
 ペロシ議長は、中国政府の人権抑圧政策に厳しい態度をとって
おり、天安門事件やチベット動乱における中国政府の行為を強く
批判しているため、民主党内では最も中国に厳しい議員の一人と
も言われている人です。
 さらに米下院議長といえば、大統領、副大統領に次ぐ3番目の
役職であり、そういう人物が台湾を訪問するということになれば
米国は公式に「台湾を支持している」というスタンスを示すこと
になります。ましてペロシ議長が訪台するとなると、民間機では
なく、軍用機を使うことになります。そうなると、米軍が堂々と
台湾に派遣されていることになるので、中国としては、絶対に認
めることはできないのです。
 これに対して中国は7月19日、外務省報道官のコメントとし
て、次のように絶対反対を表明しています。
─────────────────────────────
 もしペロシ議長が訪台すれば、我々は主権と領土の一体性を守
るために、断固として強力な措置をとる。  ──外務省報道官
─────────────────────────────
 米軍が反対している──それでもペロシ議長が訪台することに
なれば、議長が登場する軍用機を護衛するために、戦闘機編隊を
出動させ、空母も派遣する大事になります。これに対して、7月
26日、中国国防省は次のように表明しています。
─────────────────────────────
 もし、米国がペロシ議長の訪台計画を実行すれば、中国人民解
放軍は、けっして座視しない。外部からの介入と、台湾独立の策
略を阻止するために、強力な手段を講ずるであろう。
                      ──中国国防省
─────────────────────────────
 ペロシ議長の訪台情報がわかった以上、中国だってこういわざ
るを得ないのです。たとえ噂が出ても、大統領が「私はそんなこ
とは知らない」といっていれば、大統領に下院議長の訪台計画を
止める権限はなく、たとえ実際に訪台が行われても、中国は非難
はしますが、軍事衝突に発展する可能性は低いのです。
 ところがバイデン米大統領は、ペロシ議長の訪台計画を暗に認
め、米軍が反対していることを口にしてしまったのです。こうな
ると、実施すれば、中国としては嫌でも面子にかけて軍事行動を
せざるを得なくなり、米中の軍事衝突のリスクが高まる恐れが増
大します。
 また、ペロシ議長を説得して、訪台を実施しないことになって
も、バイデン政権の弱腰が非難される事態に陥り、さらに支持率
が下がることは確実です。これによって、中国としては「米国は
中国の脅威に屈した」と喧伝するはずです。
 そういうさなか、7月28日にバイデン米大統領と中国の習近
平国家主席との電話会談が行われたのです。この模様について、
7月30日付の朝日新聞デジタルは次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ホワイトハウスによると、バイデン氏は、台湾を中国の一部だ
とする中国政府の立場を認知した米国の「一つの中国」政策に変
更がないと伝えた一方、「台湾海峡での一方的な現状を変更しよ
うとする、平和と安定を損なう試みに強く反対する」と釘を刺し
た。一方、中国外務省によると、習氏は台湾問題について「我々
は外部勢力の干渉に断固として反対し、いかなる形の台湾独立勢
力にも一切の隙間を与えない」と強調。「火遊びをすれば必ず自
らを焼く」と米側に警告した。ペロシ氏の訪台計画も念頭に、台
湾関与を強める米国の姿勢を強く牽制(けんせい)したものだ。
            ──7月30日付、朝日新聞デジタル
                 https://bit.ly/3PJZuDW
─────────────────────────────
 習近平主席のいう「外部勢力の干渉に断固として反対し、火遊
びをすれば必ず自らを焼く」という部分は、ペロシ議長の訪台計
画を念頭においた発言であることは確かです。
 3月にもバイデン/習近平会談は行われていますが、このとき
はお互いの顔の見えるテレビ電話方式だったのですが、今回は電
話でのやり取りに終わっています。中国側が電話会談にこだわっ
た結果とされ、米中の間の溝は一層深まったといえます。電話だ
といいたいことがいえるからでしょう。
 米中の話し合いの本心は、インフレを抑えたいバイデン政権に
とって、中国製品への制裁関税の一部引き下げ案を検討していた
といわれます。習近平主席にとっても、秋に共産党幹部の党大会
を控えているので、米国による関税引き下げは、渡りに船だった
のですが、成果なしに終わっています。
                 ──[新中国論/010]

≪画像および関連情報≫
 ●米ペロシ下院議長 近く訪台の見方 慎重論も 動向に
  関心集まる
  ───────────────────────────
   アメリカのペロシ下院議長が、近く台湾を訪問するとの見
  方が出ていることについて、バイデン政権からは、慎重に検
  討すべきだという声が出ていて、中国がアメリカの台湾への
  接近に警戒を強める中、下院議長の動向に関心が集まってい
  ます。アメリカのペロシ下院議長は、ことし4月に日本とと
  もに台湾を訪れる予定でしたが、直前に新型コロナウイルス
  への感染が確認され、訪問を延期しました。
   こうした中、イギリスの新聞、フィナンシャル・タイムズ
  は先週、複数の関係者の話として、ペロシ議長が、台湾への
  支持を表明するため、代表団を率いて来月、台湾を訪問する
  ことを計画していると報じました。
   これについて、ホワイトハウスのジャンピエール報道官は
  25日、記者会見で「政権は、議員に対して地政学的かつ安
  全保障上の観点などから、外国訪問にまつわる情報を日常的
  に提供している」と述べたうえで「ペロシ議長の日程を先ん
  じて発表することはしない」と述べました。
   アメリカの下院議長は、大統領が死亡したり職務が遂行で
  きなくなったりした場合に大統領権限を継承する順位が副大
  統領に次ぐ2位で、台湾訪問をめぐる報道に中国はすでに強
  く反発しています。       https://bit.ly/3PSkCbq
  ───────────────────────────
ナンシー・ペロシ米下院議長.jpg
ナンシー・ペロシ米下院議長
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2022年08月02日

●「ソ連の国家統計処理を受継ぐ中国」(第5784号)

 2022年2月26日のことです。モスクワのゴルバチョフ財
団は、一刻も早い戦闘停止と和平交渉開始を呼びかける声明を出
しています。ロシアによるウクライナ侵攻がはじまったのは、2
月24日のことであり、きわめて早いタイミングでこの声明は出
されています。声明の全文を掲載します。
─────────────────────────────
◎相互の尊重/双方の利益
 2月24日に始まったウクライナでのロシアの軍事作戦に関連
し、一刻も早い戦闘行為の停止と早急な平和交渉の開始が必要だ
と我々は表明する。世界には人間の命より大切なものはなく、あ
るはずもない。相互の尊重と、双方の利益の考慮に基づいた交渉
と対話のみが最も深刻な対立や問題を解決できる唯一の方法だ。
我々は、交渉プロセスの再開に向けたあらゆる努力を支持する。
                   ──ゴルバチョフ財団
                  https://bit.ly/3zfF7Yp
─────────────────────────────
 現在、50歳以上の人で、ミハイル・ゴルバチョフ氏の名前を
知らない人はいないはずです。元ソ連大統領で、現在、財団総裁
のミハイル・ゴルバチョフ氏(91)は約30年前、米ソ冷戦を
終結に導き、ノーベル平和賞を受賞しています。
 ゴルバチョフ氏は何をやったのでしょうか。
 1985年、ゴルバチョフソ連大統領は、中央統計局の改革に
乗り出し、経済統計の整備をはじめたのです。1990年、ソ連
は、IMF、世界銀行、OECDなどの調査団を受け入れ、この
ときの調査結果は、「IMF等によるソ連経済調査報告書」にま
とめられ、公開されています。社会主義国家のソ連では考えられ
ない画期的なことです。
 これがゴルバチョフソ連大統領による「グラスノスチ(情報公
開)」です。しかし、その次の年の1991年、ソ連が崩壊して
しまうのです。
 ソ連崩壊から3年後の1994年のことです。ロシア科学アカ
デミーのヨーロッパ比較社会・経済研究センターのヴァレンチン
・ミハイロヴッチ・クードロフ氏という経済学者は次のように述
べています。
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 現在のロシア統計は旧ソ連の統計から生まれ、悪しき伝統を引
き継いでいる。ソ連時代には生産の伸び率が意識的に水増しされ
ていた。分析に必要な分類[グループ分け]のできない統計表が
作成され、多くのデータばかりか、あらゆる部門にわたる統計も
公表が制止されていた。こうした統計では、重要な経済研究はも
とより、適切な行政的決定にも役に立たない。
 例えば、ソ連における工業生産が(1917年から1987年
までの)70年間に330倍に増加し、国民所得が、149倍に
なったことを裏付けるような計数はまったく存在しない。ところ
が、ほかならぬこうした数字がソ連邦国家統計委員会の統計年鑑
記念号に載っている。
──ヴァレンチン・ミハイロヴッチ・クードロフ著/是永純弘訳
        『世界経済と国際関係』1994年1月号より
    上念司著/『習近平が隠す本当は世界3位の中国経済』
                講談社+α新書744−2C
─────────────────────────────
 なぜ、中国の話がソ連の話になるのかというと、中国は、この
ソ連式の統計処理を受け継いでいると思われるからです。そうな
ると、公表されるGDP統計自体が信用できなくなります。
 日本のGDPが中国に抜かれたのは2010年のことです。そ
もそも中国のGDPに占める不動産ビジネスの割合は、公式では
20%とされていますが、実態は30%以上はあります。中国と
しては、何としてもGDPで日本を追い抜き、GDP世界2位に
浮上したかったのです。そういう意味からも、中国のGDPには
嵩上げ部分があると考えられます。
 経済評論家の上念司氏の上記の本に、きわめて興味深いグラフ
が掲載されています。それを添付ファイルにしてあります。この
グラフは、1985年を起点とし、中国政府発表のGDPの公式
統計、GDPの水増しの量が3%、6%、9%と設定した場合の
それぞれの2016年時点でのGDPの伸び率を示しています。
 そうすると、公式統計において日本は大差を付けられているも
のの、少なくとも2010年の時点では、中国はたとえ9%の水
増しでも、日本のGDPを抜いていないのです。ちなみに、20
16年の日本のGDPは522兆円です。これは、中国のGDP
の計算が異常に早いことと無関係ではありません、
 住宅建設に限っていうと、中国のデベロッパーは、地方政府か
ら開発の許可を取って土地の利用権を取得すると、直ちに開発計
画物件の販売計画を立てて、販売を進めることができます。何し
ろ住宅が完成していなくても、住宅の購入契約を締結した時点で
住宅の代金全額を手にすることができるし、しかもこのお金は、
実質的に無利子なのです。
 したがって、中国のデベロッパーは、その代金を使って、次々
と住宅を建設できるし、いろいろな事業の展開も可能です。つま
り、人為的に住宅のバブルの創出がやれるので、GDPをいくら
でも膨らませることができます。
 住宅の購入者がなぜそういう仕組みを許してきたかというと、
住宅を購入したときから、住宅が完成して引き渡しを受けるまで
の期間に住宅の価格が上がることが期待できたからです。購入契
約時よりも住宅の価格が何倍にもなっていれば、そのまま住宅を
転売すれば大儲けができます。つまり、引き渡し時の転売です。
これは、購入契約書自体を売るということと同じですから、その
契約書自体が金融商品化していることになります。
 だからこそ、習近平主席が「住宅は人が住むもの」とわざわざ
念を押したのです。こういう仕組みで、中国のGDPは膨張して
いったのです。          ──[新中国論/011]

≪画像および関連情報≫
 ●中国で新築住宅販売が半減!不動産バブル崩壊とゼロコロナ
  対策の「板挟み」
  ───────────────────────────
   中国経済の減速傾向が鮮明になっている。不動産バブルの
  崩壊と新型コロナウイルスの感染再拡大の悪影響が大きく、
  中国経済は二つのマイナス要因に挟撃されている。いずれも
  共産党政権の想定を上回る勢いで、中国経済を下押ししてい
  る。3月の暫定値ではあるが、不動産開発上位100社の新
  築住宅販売は、前年同月比で53%減少した。原因として、
  共産党政権が不動産バブルの軟着陸(バブルつぶし)を目指
  して、不動産融資などの規制を強化したことが決定的だ。
   また、コロナ禍対策に関して、習近平政権はゼロコロナ対
  策を徹底している。それは社会と経済活動の維持に欠かせな
  い人流や物流、サプライチェーンを寸断している。
   個人消費、自動車などの生産、さらに建設活動などの鈍化
  は免れないだろう。2022年、中国が5・5%前後の経済
  成長率目標を達成することが難しくなっている。不動産企業
  向けのローンなどを組み込んだ「理財商品」の価値がさらに
  下落し、共産党政権への不平や不満が増える展開も否定でき
  ない。習政権は3期目続投を円滑に実現するために、急速か
  つ大規模な景気刺激策を打ち出さなければならないと危機感
  を強めているだろう。
   不動産バブル崩壊と感染再拡大の挟撃によって、中国経済
  の減速が止まらない。加えて、IT先端企業への締め付け強
  化も、景気を下押ししている。その目的の一つは、SNSを
  用いて人々が共産党政権の目の届かないところで結託し、党
  独裁体制への批判が増える展開を阻止するためだろう。
                  https://bit.ly/3SbZgaq
  ───────────────────────────
日中のGDP推移.jpg
日中のGDP推移
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2022年08月03日

●「灰色のサイが動き出している中国」(第5785号)

 「中国で『灰色のサイ』が動き出している」──最近、よくい
われることばです。「灰色のサイ」とは何か。何を意味している
のでしょうか。
 金融市場のリスクを説明するのに動物を使って表現することが
よくあります。例えば、「黒い白鳥(ブラックスワン)」という
表現があります。スワンは「白鳥」というように白色ですが、あ
るとき黒い白鳥が現れ、それまでの常識が崩れるということを意
味します。2008年のリーマンショックは、まさに黒い白鳥が
出現したのです。
 チャイコフスキーの「白鳥の湖」という有名なバレエがありま
すが、このバレエは、同じバレリーナが正反対の性格をした白鳥
・オデットと、黒鳥・オディールを演じるところが、見どころに
なっています。
 これに対して、「灰色のサイ」は、日常に当たり前に存在しま
す。静かにしているうちはいいのですが、いったん暴れ出すと、
手に負えなくなり、極めて大きな影響を及ぼす存在になることを
いいます。つまり、日頃当たり前に存在し、誰も不思議に思わな
い存在が、突如問題を起こし、手をつけられなくなるものを「灰
色のサイ」というのです。
 米国の作家であるミシェル・ワッカー氏が、著書『グレー・リ
ノ/灰色のサイ』で示し、2013年のダボス会議で提起して、
知られるようになった表現です。
 現在の中国経済にとっての「灰色のサイ」は地方政府や企業に
積み上がった過剰債務のことです。2019年1月21日に、地
方や中央政府のトップを北京に集めた学習会では、習近平主席が
「わが国の経済情勢は総じて良好」としつつも、「『黒い白鳥』
だけでなく、『灰色のサイ』も防がなければならない」と強調し
たといわれています。
 中国の不動産市場の4大民営企業は「碧万恒融」といわれてい
ます。「碧万恒融」とは次の4つの民営企業を表しています。
─────────────────────────────
         碧 ・・・・  碧桂園
         万 ・・・・ 万達集団
         恒 ・・・・ 恒大集団
         融 ・・・・ 融創中国
─────────────────────────────
 これらの民営不動産デベロッパーに現在何が起きているかを知
るために、中国ウオッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の渡辺哲
也氏との対談をご紹介します。
─────────────────────────────
渡邊:中国には民間と国有の2種類のデベロッパーがあります。
 今、破綻しているのはみんな民営デベロッパーなのです。銀行
 融資が非常に厳しくなっているので、習近平政権はたぶん最終
 的には民営デベロッパーを全部潰すつもりでしょう。
宮崎:潰したら、中国経済が縮小して、目も当てられなくなりま
 す。すでに言ったように中国では地方政府が土地使用権を民間
 デベロッパーに売ってきました。民間デベロッパーがいなくな
 ると困るでしょう。
渡邊:しかし習近平政権は今、民間デベロッパーの開発中の案件
 を全部、国有デベロッパーに買い取らせています。だからデベ
 ロッパーも人民公社になるのではないですか。
宮崎:日本でいえば三菱地所、三井不動産、東急不動産が国有化
 されるということですね。
渡邊:IT化するとも言えるでしょう。専売公社になるというこ
 とです。民間デベロッパーが土地専売公社や不動産専売公社に
 なります。
宮崎:人民公社になるなら、中国は再びかつてのような社会主義
 に舞い戻ることになります。その代わり人民公社路線ではもう
 中国の経済発展は望めませんね。しかし毛沢東時代に戻るのだ
 から、習近平主席からすれば本望でしょう(笑)。
渡邊:共産主義としての理想が現実になるということです。習近
 平政権は「貧富の格差を是正し、すべての人々が豊かになる」
 という「共同富有」という方針を掲げています。
           ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 中国政府は、ここ数年、この不動産バブルを何とか小さくしよ
うと、バブル圧縮政策を手を替え、品を替えて実施してきたので
すが、うまくいかず、ついに強力な規制を実施することにしたの
です。2020年に中国政府は、「三道紅線」(3本のレッドラ
イン)という一種の兵糧攻め策を打ち出します。その3本のレッ
ドラインとは次の通りです。
─────────────────────────────
    ◎「三道紅線」
    @資産負債比率70%超
    A純負債資本倍率100%超
    B手元資金の短期債務倍率が100%割り込み
─────────────────────────────
 これら3つの指標のどこかに該当した企業には、銀行からの融
資の制限を行うというものです。この政策によって、2020年
だけで、不動産企業が500社以上が倒産しています。不動産市
場の四大民営企業「碧万恒融」も、この3本のレッドラインのい
ずれかに該当しており、なかでも恒大集団は3本のレッドライン
にすべてに該当し、経営上のピンチに陥っています。
 恒大集団の債務には、外国人向けのドル建て債券195億ドル
が含まれており、もし倒産ということになると、国際市場に対し
ても影響は小さくないのです。もし、倒産ということになれば、
リーマンショック級になるといわれています。
                 ──[新中国論/012]

≪画像および関連情報≫
 ●「中国不動産の連鎖倒産が止まらない」これから習近平政権を
  待ち受ける最悪のシナリオ/真壁昭夫氏
  ───────────────────────────
   足許で、中国の不動産大手の恒大集団(エバーグランデ)
  が、本格的な破綻に向かうとの懸念が高まっている。同社の
  米ドル建て社債の価格の推移を確認すると、2022年3月
  に償還を迎える債券も、2025年6月に償還を迎える債券
  も7〜8割の債務減免を織り込んでいる。9月23日と29
  日に期限を迎えた2本のドル建て社債の利払いは実施されず
  30日間の猶予期間に入った。
   中国の不動産業界では、エバーグランデ以外にもデフォル
  ト懸念が高まる企業が増えている。中国経済は投資に依存し
  た成長の限界を迎え、共産党政権の経済運営に対する不透明
  感が増している。返済能力が低下しデフォルト懸念が高まる
  不動産業者をどう救済、再編するかは共産党政権の意思決定
  にかかっている。
   今後、エバーグランデの経営破綻が、2008年のリーマ
  ンショックのような世界的な金融危機につながる可能性は低
  い。ただ、同社のデフォルトを発端に中国の不動産市況が悪
  化すれば中国国内の理財商品の価値は棄損され、経済の減速
  はより鮮明化するだろう。それは、世界経済にとって無視で
  きないリスク要因だ。中国経済の成長を支えた不動産市場は
  かつての輝きを失い窮地に陥りつつある。その象徴の一つが
  約33兆円の負債を抱えるエバーグランデのデフォルト懸念
  だ。重要なポイントは、エバーグランデ以外にも、資金繰り
  が逼迫して債務の返済能力への不安が高まる大手、準大手の
  不動産デベロッパーが急速に増えていることだ。状況は切羽
  詰まっている。        https://bit.ly/3JmjWbB
  ───────────────────────────
恒大集団.jpg
恒大集団
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2022年08月04日

●「不動産危機に加えて雇用も深刻化」(第5786号)

 8月1日付の日本経済新聞第13面に中国の不動産危機関連の
記事が出ています。
─────────────────────────────
◎中国不動産に庶民の乱/25兆円外貨リスク再燃
 中国で住宅購入者のローン支払い拒否が続出している。不動産
会社の建設資金不払いで工事が中止、物件引き渡しのめどがたた
ないためだ。経営悪化に拍車がかかり、1870億ドル(約25
兆円)に及ぶ不動産会社の外貨建て債券の不履行(デフォルト)
リスクが再び高まっているほか、銀行に波及する恐れもある。庶
民の乱は海外投資家にとって危機の芽になっている。
 「9月末までに工事を再開しなければ、すべての購入者が住宅
ローン返済を停止する」。7月15日、上海市郊外、浦東新区の
マンション「君御公館」の購入者はこう表明した。工事現場はコ
ンクリートの骨組みが放置され、人けがないまま。契約上の期限
の9月引き渡しは絶望的な状況だ。
          ──2022年8月1日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 中国の住宅建築の場合、住宅が完成する前、購入契約が締結さ
れた時点で、住宅ローンの支払いは開始されることは既に述べた
通りです。それでも住宅建築が行われていれば、購入者は安心で
きますが、それが、工事現場には人気がなく、コンクリートの骨
組みがそのまま放置され、引き渡し期日までに完成しそうもない
という事態になれば、住宅ローンの支払い拒否が起きても仕方が
ないということになります。
 問題は、住宅ローンの支払い拒否による銀行への波及リスクで
す。現時点では最大1兆7500億元(約35兆円)ということ
ですが、この程度であれば管理可能という意見もあります。しか
し、今後住宅ローンへの支払い拒否が加速度化することが考えら
れるのです。なぜなら、工事が未完成のまま販売された物件の面
積は74億平方メートルに及び、上海市全体を上回る規模に膨ら
んでいるからです。ちなみに上海市全体の面積は63億4000
万平方メートルです。
 中国の不動産ビジネスは、GDPの30%を占めるといわれて
います。その不動産ビジネスが危機的状況に瀕しているので、当
然経済に深刻な影響が生じてきています。加えて、新型コロナウ
イルスの感染拡大の影響もあって、経済の下振れ圧力が高まり、
雇用情勢が深刻化しています。
 中国の失業率は2022年4〜6月期で5・11%です。とく
に16〜24歳の失業率は2022年4月に過去最悪の18・2
%を記録し、社会的な関心を集めています。中国の雇用問題の専
門家は、次のようにコメントしています。
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 雇用問題の専門家によれば、中国の目下の労働市場は(需要側
と供給側の間に)構造的矛盾を抱えており、それを新型コロナの
影響がさらに際立たせている。また、大学新卒者の就職難は広く
認識されているが、実際には青年農民工(訳注:農村から都会に
出て就職する若い出稼ぎ労働者)も厳しい構造問題に直面してい
るという。
 中国社会科学院の財経戦略研究院は6月11日、経済と雇用の
問題に関するフォーラムを開催。その席で、同院の人口・労働経
済研究所の張車偉所長は、過去2年余りの新型コロナの(経済に
対する)打撃を受けて中国が新たな「就職氷河期」に突入したと
の見方を示した。         https://bit.ly/3vuSRgM
─────────────────────────────
 中国の大学新卒者は、2020年に874万人、2021年は
907万人、2022年は1074万人です。有効求人倍率は、
0・88ということなので、単純計算では、12%が雇用戦線に
取り残されることになります。中国自身が「就職氷河期」に突入
したことを認めています。
 中国の就職難、すなわち、失業者ブームは、経済の悪化、コロ
ナ対策に加えて、習近平主席の国家政策──習近平の文革2・0
といわれる──重要な原因のひとつになっています。これに関し
て、中国ウォッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の渡邊哲也氏の
対談をご紹介します。
─────────────────────────────
渡邊:文革2・0による失業者も少なくありませんね。中国当局
 は2021年7月、教育産業では小中学生を対象とした学習塾
 の新規開業の認可を取り消しました。既存の学習塾も非営利団
 体にされてしまったのです。同時にゲーム業界でも新作ゲーム
 発売に必要な認可を止め、子どもに対するゲーム利用の厳しい
 制限を課し、アプリ配信会社にもゲームを排除するように圧力
 をかけました。
宮崎:それによって教育産業(主に塾講師)およびゲーム産業の
 失業者は合計1000万人と言われています。しかし、実態は
 2000万人近いのではないか。というのも、教育産業とゲー
 ム産業から締め出された若者だけでも1000万人は超えると
 されるからです。
渡邊:さらにネットを使った家庭教師も全部禁止でしょう。
宮崎:これまで若者に人気の職場はIT関係やメディア関係でし
 た。けれども求人が多いのは不動産販売、製造業など不人気の
 業種ばかりです。  ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 毛沢東という人の政治スタイルは、政治がすべてであり、経済
はどうでもいいという人だったようです。習近平主席もそれに似
ていて、ちゃんとビジネスとして成り立っている教育産業やゲー
ム産業に圧力をかけ、それに関わる大勢の人の雇用を奪って、失
業率の向上に貢献しています。これでは経済がますます悪化する
ばかりです。           ──[新中国論/013]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の若者を襲う就職難、コロナの影響だけではない厳しい
  現実【洞察☆中国】
  ───────────────────────────
   中国教育部(日本の文部科学省に該当)が発表した統計に
  よると、今年秋に、中国の大学新卒者数は前年より167万
  人増え、1076万人となる。史上初めて1000万人を突
  破。2000年に新卒の数はわずか100万人だった。年々
  増え、この20年余で約10倍だ。(文:日中福祉プランニ
  ング代表・王青)
   「ゼロコロナ政策」で中国経済が失速している中で、多く
  の専門家は「新卒者にとってこれからの時代の就職は極めて
  厳しい状況になる」と指摘している。「就職難」の背景には
  上述した経済状況が原因であることはいうまでもない。さら
  に、昨年あたりから政府が繰り出すさまざまな規制が雇用市
  場に大きな影響を与えている。
   昨年7月に打ち出した小中学校の勉強の負担を減らすとい
  う「双減政策」、インターネット関連や不動産関連にも、厳
  しい規制が加えられた。大手学習塾運営関連企業だけで、約
  1000万人の失業者が出たと伝えられている。このほかも
  大規模なリストラが行われた。特に今年に入り、資本市場の
  変化で「テンセント」や「EC大手京東」などの人員カット
  のニュースが大きく注目された。もともと、これらの大手は
  今まで、一番雇用をつくり出していただけに、雇用市場への
  ダメージは大きい。      https://bit.ly/3oH00a7
  ───────────────────────────
中國都市部調査失業率の推移.jpg
中國都市部調査失業率の推移
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2022年08月05日

●「なぜビッグテックを敵視するのか」(第5787号)

 中国の経営者など知らないという人でも、馬雲(ジャック・マ
ー)という中国の経営者はご存知だと思います。そうです。アリ
ババの創業者です。ソフトバンクの孫正義氏と親しく、ソフトバ
ンクの取締役を務めていたこともあります。
 ジャック・マー氏といえば、印象に残っているシーンがありま
す。2017年のことです。ジャック・マー氏は、ニューヨーク
にあるトランプタワーを訪れ、ソフトバンクの孫正義氏に続いて
海外のIT企業経営者としては2人目のドナルド・トランプ次期
アメリカ大統領の会談相手となり、その場でマー氏は5年間でア
メリカ国民100万人の雇用を創出すると、トランプ氏に約束し
ています。
 実は、この時点でジャック・マー氏は、習近平指導部の怒りを
買っていたのです。「勝手なことをする」と。どうしてかという
と、大統領選挙期間中に中国に対して雇用喪失の責任を負わせる
という発言を繰り返していたトランプ氏に、ジャック・マー氏が
事前の承認なしに面会したことに不快感を持ったのです。
 さらに、2020年10月24日に習近平指導部を激怒させる
決定的な出来事が起こります。その日、上海で開かれた金融機関
の幹部や金融監督当局や政府の要人が出席した会合で、ジャック
・マー氏はスピーチを行い、中国政府批判を繰り広げたのです。
政府による国内の金融規制が技術革新の足かせとなっており、経
済成長のためには改革が必要だと指摘したほか、中国の銀行は、
質屋程度の感覚で営業しているとまで発言したのです。
 この発言に激怒した習近平主席は、2020年11月5日、ア
リババ傘下のアント・フィナンシャルの上海・香港同時上場を直
前に阻止。習近平政権は、反市場独占キャンペーンを開始し、ア
リババを含むインターネットプラットフォーム・メガ企業を独占
禁止法を盾にして、厳しく取り締まり、思い罰金刑まで課したの
です。ジャック・マー氏が創設した湖畔大学(ビジネスパーソン
養成学校)は国家に接収され、2021年5月に名称も変更され
ています。
 実は、江沢民政権と胡錦濤政権では、ジャック・マー氏は、ビ
ジネスマンの手本にように評価され、憧れの対象だったのです。
現在の習近平政権の頃から考えると、当時の中国はインターネッ
トもあまり規制されておらず、比較的自由だったといえます。そ
して、「ジャック・マーのように努力すれば金持ちになれる」と
もてはやされ、共産党からも賞を受ける存在だったのです。
 しかし、習近平政権時代になってからは、考え方が変わったの
です。習近平主席は、民間企業を信用しておらず、とくにアリバ
バのようなインターネットプラットフォーム・メガテックは、そ
のビジネスの性格上、必然的に自然に多くの情報が集まるので、
これは中国共産党にとって、リスクがあると考えたのです。
 これについて、中国ウォッチャーの宮崎正弘氏と経済評論家の
渡邊哲也氏は、次のように話しています。
─────────────────────────────
渡邊:中国共産党は国民が情報を持つのが怖いから、インターネ
 ットにどんどん規制をかけるようになりました。
宮崎:国民だけでなく民間企業に対しても情報の規制を厳しくし
 ていますね。
渡邊:習近平政権としては、民間企業がビッグデータという形で
 国が持つべき情報を勝手に使っているのは国家の脅威になると
 いう判断です。だから民間企業に制裁を科し、場合によっては
 潰しにかかっています。(一部略)
宮崎:アリババ自身も2021年4月に罰金を課されましたね。
渡邊:独禁法違反で罰金は約182億元(約2100億円)とい
 う巨額なものでした。ジャック・マー氏は2020年11月に
 中国共産党を批判するような発言をした後、6カ月近く行方不
 明になっています。
宮崎:ジャック・マー氏に対しては習近平政権から何らかの圧力
 があったのは間違いありません。
渡邊:習近平政権は、アリババのアリペイとアントの金融事業を
 分社化したうえで、決済の情報等を共産党が管理する別会社に
 移して単なるサーピサ一になれと言っていると思われます。
宮崎:要するにアリババはアリペイで、テンセントもウィーチャ
 ットペイで、中国国民の買い物履歴、行動履歴のデータを持っ
 ているわけでしょ。そうした情報を共産党が独り占めしたいの
 はよくわかります。
渡邊:アリペイやウィーチャットペイに関連するメイン事業は、
 アリババが通信販売や物流、テンセントは、ゲームやアニメな
 のです。      ──宮崎正弘/渡邊哲也著/ビジネス社
                    『プーチン大恐慌/
        ”ウクライナ後”の世界で日本が生き残る道』
─────────────────────────────
 習近平政権は、アリババなどに代表される、いわゆるインター
ネット・ビッグテックを規制の対象にする考え方として、「共同
富裕」というスローガンを掲げています。この「共同富裕」の考
え方は、「金持ちは国民の敵」というイメージを庶民に植え付け
ることに成功しつつあります。
 「共同富裕」は国民全体を豊かにすることを意味し、所得格差
など、急速な経済発展のもとで後回しにされてきた公平性の問題
に対する取り組みを通して、共産党への信認度を高める試みとい
えます。
 その一方において、「共同富裕」の考えは経済の下押し圧力に
なるということは認識されています。2021年8月に開催され
た中国共産党中央財経委員会では、不動産開発、学習支援、IT
の3つの産業について、「発展論理は大きな変化に直面し、成長
への貢献は低下する」とされています。つまり、経済への下押し
圧力になることは認めながらも、共産党政権を維持するためには
必要不可欠なことであると考えているのです。
                 ──[新中国論/014]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済はどう変わる? 習政権が掲げる「共同富裕」とは
  ───────────────────────────
   中国共産党政権が掲げるスローガン「共同富裕」。注目さ
  れている背景には、中国で広がる経済格差がある。「共同富
  裕」とは、具体的にどのような意味なのだろうか。これまで
  の「先富論」との違いや習近平国家主席の狙い、実現方法や
  今後の経済への影響について解説する。
   習近平国家主席は2021年8月、「共同富裕」の方針を
  前面に打ち出すと宣言。国際社会から注目を集めた。この言
  葉は一体どのようなものなのだろうか。
   共同富裕とは、貧富の差を縮小して社会全体が共に豊かに
  なることを指す。習主席は、高所得層や大手企業の高すぎる
  所得を調整し、社会に還元するよう促している。
   実は「共同富裕」という言葉は習主席が考案したものでは
  ない。古くは儒教を起源とする概念だ。1953年に「建国
  の父」と呼ばれる毛沢東氏が提唱した。ケ小平元国家主席が
  唱えた「先富論」と比較されやすいが、対立する概念ではな
  いことに注意が必要だ。
   先富論とは「先に豊かになれる者から豊かになりなさい」
  という意味を持つ。ただし、ケ氏の発言の意図は、一部の人
  「だけ」が金持ちになることを推奨するのではない。なれる
  者が「先に」豊かになることで、最終的に社会全体が豊かに
  なることを目指す。
   先富論を掲げてきた中国はこれまで急速な経済成長を遂げ
  米国に次ぐ世界第2位の経済大国となった。しかし同時に経
  済格差が拡大し、深刻な社会問題になっている。
                  https://bit.ly/3Sh1khp
  ───────────────────────────
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ジャック・マー(馬雲)氏
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2022年08月08日

●「台湾政策のあいまいさからの脱皮」(第5788号)

 ナンシー・ペロシ米下院議長が、8月2日の午後10時43分
米軍用機で台北の松山空港に到着しています。現職の米下院議長
の台湾入りとしては、1997年のニュート・ギングリッチ氏以
来、25年ぶりの台湾入りになります。
 しかも、ギングリッチ氏のときは、事前に中国を訪問し、その
うえで台湾入りしているのに対し、ペロシ議長はアジア歴訪であ
りながら中国には寄らず、訪問先のマレーシアのクアラルンプー
ルから、直接台湾入りしていることが大きく違います。
 しかし、中国としては、ギリギリ回避できると踏んでいたよう
です。それは、7月28日夜に、バイデン米大統領との電話会談
が予定されていたからです。そこで習近平主席はバイデン大統領
を説得できると考えていたようです。この電話会談で、習近平主
席はバイデン米大統領に対し、ペロシ議長の訪台を念頭に次のよ
うに厳しく警告しています。クギを刺したのです。
─────────────────────────────
 台湾問題に関する中国政府と中国人民の立場は一貫しており、
中国の主権と領土の一体性を断固として守ることは、14億人以
上の中国人の確固たる意志である。中国の民意に逆らって火遊び
すれば、大やけどを負うことになる。     ──習近平主席
─────────────────────────────
 しかし、米中首脳による電話会談がこの時期にセットされてい
たことが、逆にペロシ訪台を止めることができなかった原因とい
えます。もともとこの米中首脳会談は、米国としては、インフレ
を少しでも緩和するため、中国への制裁の一部解除について話し
合う予定でいたのです。中国にとってもこれはメリットのある話
であるはずです。
 しかし、8月は中国にとって時期が最悪なのです。8月には、
長老たちと人事などの諸問題について話し合う北載河会議があり
それをクリアして、秋には自身の3期目を決める共産党大会が控
えているからです。
 バイデン大統領としても、ただでさえ支持率が低迷しているの
で、軍が反対しているペロシ訪台を内心止めたかったに違いない
と思います。米大統領に下院議長の外遊を止める権限はありませ
んが、訪台すれば、万一の場合、中国との戦争になりかねないリ
スクがあると判断されれば、大統領は水面下でペロシ議長と交渉
し、訪台を延期するか、断念してもらうことは不可能ではなかっ
たといえます。その場合は、どんなに訪台の噂が出ていても、下
院議長の訪台計画は、はじめからなかったことにして、実行に移
さなければいいからです。
 しかし、ペロシ訪台の情報は早くから表沙汰となっていたし、
時期も8月はじめに設定され、米議会がペロシ議長の訪台を全面
的に支持していたので、ペロシ議長としては、訪台をやめる選択
肢は最初からなかったといえます。
 このような状況において米中首脳会談を開けば、ペロシ訪台が
テーマとならざるを得ないし、中国としては、それを厳しく警告
することになります。バイデン大統領も、習近平主席から「火で
焼かれて大やけどをするぞ!」と脅され、ペロシ訪台を断念すれ
ば、米国は中国に屈したと喧伝される結果になるので、やらざる
を得なくなります。
 そして実際にペロシ議長の台湾訪問は強行されたのです。これ
について、中国分析に詳しい遠藤誉氏は、次のようにコメントし
ています。
─────────────────────────────
 習氏がここまで言い、それでもペロシ氏は台湾に入った。はっ
きり言って「習近平の負け」であり、「習近平のメンツは丸つぶ
れ」である。これほどメンツをつぶされて、抗議声明だけなら、
権威が失墜する。必ず報復する。その最たるものが「台湾包囲作
戦」だ。(一部略)
 台湾と中国の中間線を越えて、台湾を含む6海域。すべての流
通を遮断するので、この報復が最も重い。台湾の軍隊が人民解放
軍に一発でも報復狙撃すれば「戦争開始」になるから台湾は撃て
ない。中国は台湾の長期包囲網の予行演習をしているようだ。
          ──2022年8月5日発行「夕刊フジ」
              /「鈴木棟一の風雲永田町」より
─────────────────────────────
 バイデン米大統領、ペロシ米下院議長、習近平中国国家主席、
この3人のうち、誰が一番勝ったかといえば、ダントツにペロシ
議長です。圧勝です。
 これについて、メネンデス上院外交委員長(民主党)は、米国
の台湾政策について「これまでのあいまいさを少なくする必要が
ある」とし、「台湾海峡の平和と安定を維持するための抑止力に
は、明確な言葉と行動が求められている」として、今回のペロシ
訪台を評価しています。
 これに対して、復旦大学国際問題研究所長の呉心伯氏は、中国
立場に立って、次のように論評しています。
─────────────────────────────
 米議会のペロシ下院議長の訪台は、中国に決定的な対米不信を
生んだ。新政権に代わろうが、長期間変わらないものになるだろ
う。7月末の中米首脳協議で習近平(シーチンピン)国家主席は
バイデン大統領に台湾問題での懸念を伝えた。中国はバイデン氏
がペロシ氏を説得してくれると信じていた。
 しかし期待は裏切られた。明確になったのは、バイデン氏には
国内政治をコントロールする意思も能力もないということだ。い
くら中米関係で前向きな発言をしても、もはや彼には何の期待も
できない。米国は確かに三権分立の制度を採っているが、外交は
行政府、つまり大統領に責任がある。バイデン氏とペロシ氏は同
じ党に属している。バイデン氏の説得工作が十分でなかったこと
は明らかだ。  ──2022年8月5日付、朝日新聞デジタル
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/015]

≪画像および関連情報≫
 ●緊張激化を承知で訪台強行、ペロシ氏の評価は?
  ───────────────────────────
  【ワシントン=吉田通夫】注目された台湾訪問を終えたペロ
  シ米下院議長。威圧を強める中国に屈することなく台湾をは
  じめとする民主主義国家を支援する姿勢を示したことで評価
  を高めた一方、中国との間で緊張が高まることを知りながら
  訪台を強行したことに疑問の声も上がっている。
   ジャンピエール米大統領報道官は3日の記者会見で、「議
  長の訪台は前例があり、中国政府が台湾海峡やその周辺で攻
  撃的な軍事活動を強化する口実にはならない」と従来の米政
  府の立場を繰り返し、中国に自制を求めた。
   だが中国は、ペロシ氏の訪台計画が報じられた7月中旬か
  ら厳しい対抗措置をとると通告。米国家安全保障会議(NS
  C)のカービー戦略広報調整官が2日の記者会見で、中国側
  の大規模な演習を「事前の予想通り」と述べたことからも分
  かるように、強い反発を予期していた。それでも政治家キャ
  リアの集大成として訪台を熱望するペロシ氏をバイデン政権
  は止められず、中国政府に台湾への圧力を強めるための口実
  を与える形となった。
   米シンクタンク大西洋評議会のシャーリー・ハーギス氏は
  ペロシ氏が中国の威圧に屈することなく訪台したことで「民
  主主義を支持し独裁主義に反対するという、レガシーを築い
  た」と評価した一方、「中国との緊張を不必要に高め、われ
  われを(ロシアが侵攻する)ウクライナと台湾という二面戦
  争に位置付けたかもしれない」と懸念も示す。
                 https://bit.ly/3OXVa2M
  ───────────────────────────
台湾入りしたペロシ下院議長.jpg
台湾入りしたペロシ下院議長
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2022年08月09日

●「中国の対台湾への軍事演習の見方」(第5789号)

 本稿執筆時点の2022年8月7日現在、中国軍はペロシ訪台
に抗議の意思を示すとして、台湾周辺での軍事演習を続行させて
います。演習は7日までとなっているものの、台湾海峡の「中間
線越え」は今後も常態化する可能性があります。これについて、
NHKウェブでは、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことに対抗して、
中国軍は台湾周辺での大規模な軍事演習を7日午後まで行うとし
ていますが、今後も台湾海峡の「中間線」を越える軍事活動を常
態化させ、軍事的な圧力を強めるのではないかと懸念が広がって
います。アメリカのペロシ下院議長が台湾を訪問したことへの対
抗措置だとして、中国軍は今月4日から日本時間の7日午後1時
まで期間を設けて、台湾を取り囲むように合わせて6か所の海域
と空域で大規模な演習を行っています。(中略)
 一方、台湾国防部は6日も中国軍の航空機や艦艇が台湾海峡の
「中間線」を越えて活動したことを確認し「台湾本島に対する攻
撃の模擬訓練」という見方を示しています。そして「中国軍が連
日、台湾海峡周辺に航空機や船舶の航行禁止区域を設定して演習
を行っていることは、一方的な現状変更だ」と非難しました。大
規模な軍事演習の終了後も中国が「中間線」を越える軍事活動を
常態化させて、台湾に対する軍事的な圧力を強めるのではないか
と懸念が広がっています。      https://bit.ly/3dcRBbS
─────────────────────────────
 軍事的に台湾を攻略することを考えるとき、台湾海峡と、その
南側、フィリピンのルソン島との間のバシー海峡の2つの海峡を
封鎖することが必要条件になります。これら2つの海峡について
は、添付ファイル「中国軍の演習区域」を参照してください。
 今回、中国が演習を行っているエリアは、これら2つの海峡を
含んでおり、台湾進攻のさいの実践訓練を行っているものと考え
られます。これについて、笹川平和財団の小原凡司上席研究員は
なぜ、それが必要なのかについて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 この2つの海峡を封鎖すれば、台湾の物流を止めることができ
る。戦略物資だけでなく、食料品も入ってこなくなり、台湾が干
上がる。それが「できる」という中国の意思表示だろう。
           ──笹川平和財団の小原凡司上席研究員
              2022年8月6日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 中國には、どのような状況になったら、台湾を武力侵攻すべき
か判断する「戦争触発6項目条件」というものが定められていま
す。その6項目とは、次の通りです。
─────────────────────────────
    @台湾当局による公然とした独立宣言
    A台湾当局による独立をめぐる住民投票の実施
    B台湾の外国軍駐留
    C台湾の核兵器開発再始動
    D台湾が軍事手段を持って大陸を攻撃したとき
    E台湾での大規模暴動発生 ──福島香織著/徳間書店
      『習近平最後の戦い/ゼロコロナ、錯綜する経済/
                    失策続きの権力者』
─────────────────────────────
 このように中国は、台湾はあくまで中国の一部であるとする、
「1つの中国」を主張しますが、はっきりいってこれは無茶苦茶
な主張といえます。なぜなら、台湾は、独立した政府と通貨と軍
隊を持ち、独自の憲法を有し、中国とはまったく異なる民主主義
政治を行っている事実上主権国家であるからです。
 しかし、もし、台湾が主権国家と同じような振る舞い、例えば
国連への加盟申請を行えば、中国はそれをもって台湾が@の「公
然とした独立宣言」をしたとみなし、戦争を仕掛ける口実にする
はずです。
 そもそも中国は、国交を結ぶときに「1つの中国」を認めさせ
ています。国交締結の条件にしているのです。これは、米国と日
本も同様です。しかし、米国は、「台湾関係法」を制定し、台湾
に対し、武器の支援などを行えるようにしています。
 台湾関係法は、カーター政権による台湾との米華相互防衛条約
の終了に伴って、1979年に制定されたものであり、台湾を防
衛するための軍事行動の選択肢を米大統領に認めています。しか
し、米軍の介入は義務ではなく、オプションであるため、この法
律は米国による台湾防衛を保証するものではないのです。
 今回の中国の台湾への軍事演習について、元自衛艦隊司令官の
香田洋二氏と、軍事に詳しい元官房副長官補の兼原信克氏は、ペ
ロシ訪台後の中国の軍事演習に次のように述べています。
─────────────────────────────
◎香田洋二氏
 米国は軍事的に中国よりも優位に立つ。ペロシ氏の台湾訪問は
米国が中国の脅迫や警告でけん制されないと示した。中国が(軍
事演習などで)強気に出ているのは、国内向けの発信の側面があ
る。中国軍の実戦に近い軍事演習は日米がさまざまな情報を集め
る機会にもなる。あまり利口なやり方ではない。一気に事態が緊
迫することがあり得るとすれば、中国の意図した挑発によって現
場で衝突が起きた場合だ。
◎兼原信克氏
 中国はペロシ氏の台湾訪問を脅しによって止められると思って
いたのだろう。このままでは党大会を前に習近平国家主席に傷が
付きかねないということで軍事演習を始めた。米国を甘く見たと
ころがある。米中間の緊張は高まっているものの、中国が早期に
台湾に侵攻することはないだろう。
          ──2022年8月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/016]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、台湾周辺で過去最大の軍事演習を開始 米下院議長の
  訪台で反発
  ───────────────────────────
   アメリカのナンシー・ペロシ下院議長の台湾訪問を受け、
  中国は4日、台湾近海で過去最大の軍事演習を開始した。実
  弾演習は、現地時間4日正午(日本時間午後1時)に始まっ
  た。台湾が領海だと主張する沿岸12カイリ(約22キロ)
  内でも演習が行われる予定。中国軍は台湾の北東沖と南西沖
  の海域に、弾道ミサイルを複数発射した。
   ペロシ米下院議長は2日深夜から3日夜までの短い時間な
  がら、台湾を訪問。物議を醸した。台湾を分離した省とみな
  している中国は3日、「必要かつ正当な」軍事演習を4日か
  ら7日まで実施すると発表した。台湾は、中国が現状変更を
  試みているとしている。中国の反発は、この軍事演習が主体
  だ。併せて台湾との貿易を一部遮断する措置も取っている。
   今回の演習では、世界で最も交通量の多い航路の一部にお
  いて、「長距離実弾射撃」などを行う予定だとしている。台
  湾は船舶に対し、代替航路を探すよう求めた。隣国・日本や
  フィリピンとは、代替航空路について交渉している。
   台湾によると、中国の戦闘機27機がすでに、台湾が設定
  している防空識別圏に侵入したという。台湾の国防部(国防
  省)は3日、ジェット機を発進させ中国側に警告を発した。
  国防部はその後、おそらくドローンとみられる正体不明の航
  空機が金門島の上空を飛行したと付け加えたと、ロイター通
  信は報じた。台湾軍は航空機を追い払うため照明弾を発射し
  警戒を続けたという。      https://bit.ly/3bATvCB
  ───────────────────────────
中国軍の演習区域.jpg
中国軍の演習区域
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2022年08月10日

●「中国はいつ台湾進攻を実施するか」(第5790号)

 現時点で明確にいえることではありませんが、中国による台湾
侵攻は、いつ起きてもおかしくない状況であるといえます。ここ
習近平時代の10年間、中国の軍備は拡大増強され、その数にお
いては、米国に十分匹敵する規模になりつつあります。空母も、
「遼寧」「山東」に続いて「福建」が今年の7月に就航し、3隻
体制になっています。なお、「福建」は、中国にとって待望の電
磁カタパルトが装備されいてます。
 しかし、2021年7月の時点での米軍と中国軍との軍事力の
比較では、圧倒的に米軍が勝っており、まだまだ中国軍は、米軍
に及ばない状況です。
─────────────────────────────
         軍事費 ・・・・ 米国
         総兵力 ・・・・ 中国
         地上軍 ・・・・ 米国
         空軍力 ・・・・ 米国
         海軍力 ・・・・ 米国
         核弾頭 ・・・・ 米国
        ミサイル ・・・・ 中国
                  https://bit.ly/3bAUH9b
─────────────────────────────
 問題は数ではないのです。空母打撃群というのは、空母および
その航空団、護衛艦およびその搭載武器システムを駆使して、対
空・対地・対水上および対潜のいずれの分野においても、優れた
戦闘能力を備える必要があります。
 それに加えて、空母自ら洋上を機動するという機動力に加えて
空母の充実した旗艦能力に支えられた指揮・統制および情報戦能
力にも優れていなければなりません。中国は、そういう空母打撃
群を駆使して、一度も戦争をしたことのない国であり、11隻の
空母を有し、何回も戦争をしている米国に勝てるはずがないとい
えます。むしろ空母を駆使する戦闘であれば、もともと海洋国家
であり、日本海軍のDNAを受け継ぐ海上自衛隊の方がはるかに
優秀です。しかも日米で米国の空母を使って、共同訓練を何回も
やっているので、日本の海上自衛隊の方が慣れています。
 そういう米国との実力差については、中国もよくわかっていて
今台湾に手を出すことはないと考えられます。習近平主席の計画
としては、今年の10月の共産党大会において3期目を決定し、
さらにそれから5年後の2027年までに、台湾の統一化を実現
するというものです。2027年は、人民解放軍創設100周年
に当たる記念の年でもあり、その成果を持って、その年の共産党
大会で4期目を決めるという計画です。
 しかし、その習近平主席の計画に今黄色信号が点滅しはじめて
います。コロナ禍もあって経済が落ち込み、不動産バブルの崩壊
をはじめ、多くの国内問題が生じています。それに習主席が進め
るゼロコロナ政策の評判がよくないのです。押さえ込んでいるは
ずの李克強首相が最近になって積極的に動き出しています。
 そういうときに、最悪のタイミングで、ナンシー・ペロシ米下
院議長が、習近平国家主席がバイデン米大統領に事前に懸念を伝
えていたにもかかわらず、台湾を訪問したのです。これによって
中国国民は、米国に対する反発だけでなく、中国政府にも不満を
向けています。「何をやっているのか」というわけです。
 8月8日(月)の「羽鳥慎一モーニングショー」で、テレビ朝
日の千々岩中国総局長は、中国国民の中国政府への批判が相当強
いことをレポートしていました。それに加えて千々岩中国総局長
は、「個人意見だが、これまで絶対確実と考えてきた『習近平3
選』が絶対確実とはいえない」と発言しています。台湾発の新興
ニュースメディア「ザ・ニュース・レンズ」も、中国国民は「政
府は口だけ」と、政府への失望を次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ペロシ氏を止められなかったことで、「中国政府は口だけだっ
た」などとする失望の声が急増。それに対し「環球時報」の元編
集長、胡錫進氏は微博で、「台湾はすぐ隣だ。われわれは全ての
カードを握っている」とし、「わが党や政府、中国人民解放軍を
信じろ。ペロシは中国の主権や領土権を覆すことはできない」と
訴えた。SNSの書き込み内容に過敏な中国当局だが、炎上しが
ちな胡氏の過激メッセージについては、削除してこなかった。ニ
ューズウィーク誌は、専門家の見解として、「当局は暗黙の了解
で胡氏の強硬路線を支持しているからだ」と伝えた。
                  https://bit.ly/3zxmgIc
─────────────────────────────
 実は、昨年の暮れのことですが、習近平指導部は不審な動きを
しているのです。関連のある2021年12月23日の毎日新聞
は次のように報道しています。日本人がこの記事を読んでも何の
ことかわからない人が多いはずです。
─────────────────────────────
 中国軍の階級最高位の上将で、国防大学政治委員を務めた劉亜
洲氏(69)が今月、当局に連行され、汚職などの疑いで調査を
受けていることが23日、分かった。複数の関係筋が明らかにし
た。劉氏は、故李先念・元国家主席の娘である李小林・前中国人
民対外友好協会会長の夫。李小林氏は対日政策に深く携わったが
劉氏は対日強硬派としても知られる。 https://bit.ly/3PbCgFI
─────────────────────────────
 習近平主席という人は、何か大きなことをする前には、そのこ
とに反対意見を持つ人を何らかの理由をつけて、逮捕したり、失
踪させるなどして、ことを進めてきています。きわめて慎重な人
です。習近平主席が就任以来進めてきている「トラもハエもたた
く」のスローガンで知られる汚職根絶運動の一環です。
 それでは、劉亜洲氏とは何者なのでしょうか。習指導部はなぜ
劉亜洲を連行したのでしょうか。彼は一体何をやったのでしょう
か。12日のEJで解説することにします。
                 ──[新中国論/017]

≪画像および関連情報≫
 ●中国国民は不満、ペロシ氏訪台への政府対応/強硬な出方の
  理由にも
  ───────────────────────────
   ペロシ米下院議長の台湾訪問を阻止するために中国の対外
  強硬派が提案していたような過激な措置が取られなかったこ
  とで、一部の本土市民は失望している。
   中国共産党機関紙系の環球時報前編集長、胡錫進氏は先に
  軍用機によってペロシ氏の搭乗機を「強制的に排除」するこ
  とさえ可能だとツイートしていた。その投稿はすでに削除さ
  れており、胡氏はペロシ氏が台湾に到着した後、ソーシャル
  メディア「微博(ウェイボ)」を通じ、「外交努力と世論に
  よってペロシ氏の訪台を阻止できなかった」と認め、「人々
  は失望している」と書き込んだ。
   5年に1度の共産党大会を年内に控えている習近平総書記
  (国家主席)にとって、国民の失望は特に問題だ。ミサイル
  試射や台湾周辺での軍事演習の計画、経済的報復措置で中国
  は対応したものの、特に胡氏が強く抱いていたような期待に
  は応えなかった。
   市民の不満は中国政府が台湾に対するより強い措置を打ち
  出す理由になるかもしれないと、中国共産党の新聞で編集長
  をしていたケ聿文氏は指摘。国民の失望は「習総書記の権威
  に対する大きな打撃だ」と述べた。外務省の華春瑩報道官は
  北京で3日開いた記者会見で、米国と台湾は「中国の対抗措
  置を徐々にかつ執拗に感じるだろう」と発言。「中国の主権
  と領土の一体性を断固として守るため、われわれは必要なあ
  らゆることを行うと非常に明確にしている」としたうえで、
  「しばらく辛抱してほしい」と呼び掛けた
                  https://bit.ly/3zHvoKs
  ───────────────────────────
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劉亜洲上将
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2022年08月12日

●「台湾武力統一放棄論を説く劉亜洲」(第5791号)

 2021年12月19日のことです。劉亜洲なる人物が失踪さ
せられたのです。「失踪させられる」とは微妙な表現ですが、当
局によって、どこかに連れていかれたと考えられます。
 この劉亜洲氏は、中国国防大学の元政治委員で、解放軍きって
の理論家であり、「上将」の肩書で呼ばれる軍の大物です。この
「上将」という階級ですが、もともとは「大将」の下位で、「中
将」の上位の階級として位置付けられていますが、現在では大将
がほとんど任命されないので、上将が事実上の最高ランクのポジ
ションとなっています。劉亜洲氏は八大元老の一人で、国家主席
を務めたこともある李先念氏を岳父に持つ大物です。
 劉亜洲氏は、かねてから「台湾武力統一放棄論」を公然と主張
していた人物として知られます。中国ウオッチャーの一人、福島
香織氏によると、この事件はメディアの報道ではなく、ニューヨ
ーク在住の中国人作家、卒汝諧氏が、今年の2月19日にブログ
上に次のように書き込んだことによって判明したのです。
─────────────────────────────
 今朝、北京の兄貴分(消息筋)の一人から電話があって、劉亜
洲が北京で、その弟の劉亜偉が広州で同時に拘束されたという。
私が「どういうことなのか?こんなタイミングで劉亜洲が何かし
でかしたというのか」と聞くと、兄貴は「劉亜洲は自分を過大視
しており、眼中に誰も映っていない。だから習近平本尊を根本的
に馬鹿にしていた。それが様々な反動的言論の中に常に散見され
ていた」と言う。         ──福島香織著/徳間書店
              『習近平最後の戦い/ゼロコロナ
             錯綜する経済、失策続きの権力者』
─────────────────────────────
 現在、はっきりしているのは、弟の劉亜偉氏については、逮捕
されたわけではなく、連絡もとれているということですが、劉亜
偉氏によると、兄の劉亜洲については、連絡がとれず、どういう
状況にあるのか皆目わからないといいます。
 劉亜洲氏とその一家について、福島香織氏の本から要約して、
ご紹介します。
 劉亜洲氏は、1952年生まれ、空軍上将で、第18期中央委
員を務めています。北京軍区、成都軍区の空軍政治委員、規律検
査委員書記、国防大学政治委員を歴任し、2017年には退役し
ています。
 複数の弟がいますが、次男の劉亜蘇氏はかつての総参謀部情報
局に所属する情報将校で、外交の裏工作的な仕事、インテリジェ
ンス方面の専門家です。かつては、広東省情報調査研究センター
主任などを務めて、台湾マフィアを介して中台統一工作に関わっ
ていたとされています。
 三男の劉亜偉は、米国留学後に米国に定住し、複数の大学教授
を務めた後、米民主党系シンクタンク、カーターセンターに所属
する中国問題研究者として活躍。カーター大統領の訪中に5回随
行し、当時の中国の最高指導者、ケ小平とも面識があります。
 つまり、劉亜洲氏は軍人ファミリーの出身で、現在なお兄弟が
軍の中枢にいて、妻の李小林氏はかつての国家主席、李先念氏の
娘という大変な名門一家であるといえます。なお、劉亜洲氏は、
日本に対する過激な反日言論でも知られ、反日タカ派軍人として
知られていましたが、最近の論評は大きく変わってきているとい
えます。とくに注目すべきは福島香織氏による次の記述です。
─────────────────────────────
 彼の反日/言論も風向きが変わってきており、2019年10
月の『当代世界』誌への寄稿文では、(中国が、釣魚島「=魚釣
島」を軍事攻略しようとしたら)日本が4時間で(解放軍)東海
艦隊を殲滅することはあり得ると、日本の軍事力を評価している
ともとれる発言をして、中国愛国世論からバッシングを受けたこ
ともあった。劉亜洲はその優秀さ、李先念の娘婿という立場から
習近平政権1期日の初期に国防部長になるのではないか、という
予測もあったのだが、その後、習近平との関係が急激に悪化して
いくのは、こうした発言が習近平のカンにさわったからではない
かという声もある。  ──福島香織著/徳間書店の前掲書より
─────────────────────────────
 劉亜洲氏の記述によると、「中国が尖閣諸島を軍事攻略しよう
としたら、日本が4時間で(解放軍)東海艦隊を残滅することは
あり得る」とありますが、それができるかどうは別として、習近
平指導部がこれを見たら、激怒するのは目に見えています。しか
し、日本の海上自衛隊は、能力的には、それをやり遂げることは
十分できると思っています。問題は法律の問題です。
 ある中国の軍事専門家は、尖閣諸島に上陸することはやろうと
思えばできるが、銃弾や食料を島に運ぶ兵站をどうするかが一番
の難問であると指摘したといわれます。中国は船で運ぼうとする
でしょうが、それを許すような海上自衛隊ではありません。
 そもそも尖閣諸島に中国の海上民兵が上陸した時点で、那覇か
ら航空自衛隊機が出撃し、航空優勢を確保しようとします。この
とき、尖閣諸島に一番近い下地島空港が使えれば、さらに盤石で
す。これで、中国の艦船は尖閣諸島に近づけなくなります。
 現代の日本人は、自衛隊の本当の実力については知らない人が
多いと思いますが、実はなかなか精強なのです。日本の海上自衛
隊は、米国海軍主催でハワイ周辺海域で実施されている各国海軍
の軍事演習「リムパック」に1980年から毎回参加しています
が、今や米海軍に次ぐ規模の艦艇で参加し、きわめて優秀な成績
を収めています。
 これとは別に、米軍と海上自衛隊は、奪われた島を奪還する訓
練も何回もやってきています。自国の領土ですから、そう簡単に
占領させるわけにはいかないからです。とくに日本の海上自衛隊
は、旧日本海軍のDNAを受け継いでいるので、きわめて精強で
す。劉亜洲という人は、そういう日本の海上自衛隊の実力をよく
知ったうえで、尖閣列島に下手に手を出すと痛い目に遭うと警告
したのでしょう。         ──[新中国論/018]

≪画像および関連情報≫
 ●「中国は武力衝突避けるべき」習主席側近の論文が波紋
  尖閣めぐり日中衝突すれば「中国に退路はない」
  ───────────────────────────
  【北京=矢板明夫】中国人民解放軍の上将で、習近平国家主
  席の側近として知られる国防大学政治委員の劉亜州氏が最近
  共産党機関紙、人民日報が運営する人民ネットなどで発表し
  た日中関係に関する論文で「中国は武力衝突を極力避けるべ
  きだ」と主張し、中国国内で波紋を広げている。専門家の間
  では、「習政権が従来の対日強硬策を改めた兆しかもしれな
  い」との見方が浮上している。
   劉氏は論文の中で、近年の日中関係の悪化について「北東
  アジアだけの問題ではなく、米国が裏で糸を引いている」と
  の認識を示した。その上で、安倍晋三首相を「日本の右翼勢
  力」と決めつけ、「中国との対立を深めることを通じ、憲法
  改正につなげようとしている」と推測した。
   尖閣諸島(沖縄県石垣市)の現状について、劉氏は「19
  80年代までのような日本による単独支配の状況でなくなっ
  た」と主張。同海域で中国が日本と武力衝突すれば、「中国
  は勝つ以外に選択肢はなく、退路はない」と強調した。さら
  に「敗北すれば、国際問題が国内問題になる可能性がある」
  とし、現在の共産党一党独裁体制を揺るがす事態に発展しか
  ねないとの危機感を示した。劉氏は一方で、武力衝突で日本
  が負けても、尖閣諸島の実効支配の主導権を中国に渡すだけ
  で実質的損失はほとんどないとした。
                 https://bit.ly/3A84QDH
  ───────────────────────────
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劉亜洲元空軍上将
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2022年08月15日

●「日本海軍は消滅せずに続いている」(第5792号)

 先週金曜日のEJで、劉亜洲氏という中国の元空軍上将が20
21年暮れから行方不明になっているというニュースをお伝えし
ました。この劉亜洲氏は、反日の急先鋒として知られている人で
すが、日本の自衛隊の実力をよく調べていて、「中国が尖閣諸島
を軍事攻略しようとしたら、日本が4時間で(解放軍)東海艦隊
を殲滅することはあり得る」と、ある雑誌への寄稿文で述べてい
ます。ちなみに、劉亜洲氏は「台湾武力統一放棄論」を提唱して
います。習近平主席に睨まれて当然です。
 ロシア軍によるウクライナへの侵攻以来、日本への戦争などあ
り得ないと考えていた大半の日本人の考え方が、いまここにきて
大きく変わりつつあります。それと同時に「今の自衛隊で大丈夫
なのか」「自衛隊はどこまで戦えるのか」という疑問も感じてい
る人が多いと思います。
 日本の自衛隊の実力がどのレベルであるかについては、簡単に
はいえませんが、こと海上自衛隊に関しては、その戦闘能力は、
相当高いレベルにあることは確かです。それは、かつての帝国海
軍のDNAをしっかりと受け継いでいるからです。それを一番よ
く知っているのは米軍です。したがって、米国海軍と海上自衛隊
が組むと、世界最強とまでいわれています。
 それには、そもそも海上自衛隊の創立について知る必要があり
ます。これに関してぜひ読んでいただきたい本があります。この
本を読むと、知られざる海上自衛隊誕生秘話について詳しく知る
ことができます。日本人にとってきわめて痛快な話であります。
─────────────────────────────
                        阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 海上自衛隊の誕生秘話とは何でしょうか。このことは、自衛隊
の実力を知るうえで、役立つと思われるので、若干テーマから脱
線しますが、少していねいにお話しすることにします。
 昭和20年(1945年)8月の敗戦を機に、帝国海軍は消滅
します。海軍軍人は武装解除され、日本海軍の持つ戦艦「長門」
をはじめとする残存艦艇はしかるべく処分されたのです。
 しかし、この時期において武装解除されないで、そのまま生き
残った部隊があります。それが、帝国海軍掃海部隊です。それも
尋常な規模ではないのです。掃海部隊の陣容は、艦船391隻、
人員1万9100人に及び、田村久三海軍大佐が率いる指揮官を
はじめ、すべて乗組員は海軍時代のそのまま残り、日本近海の機
雷除去に取り組んだのです。
 GHQの民生局は、掃海部隊を指揮する旧海軍士官を追放しよ
うとしたのですが、米極東海軍司令部がこれに反対し、海軍の現
役部隊がそっくりそのまま残ったのです。これによって、「日本
海軍は消滅していない」といわれるようになります。
 なぜ、海軍掃海部隊が残されたかです。それは、終戦当時の日
本列島の沿岸水域には多数の機雷が敷設されており、ポツダム宣
言受託後マニラで開かれた日米軍担当者会議で、その機雷の処理
は終戦処理の一環として日本が行うことになったからです。
 この機雷によって、多くの犠牲が出ています。阿川尚之著の前
掲書は次のように記述されています。
─────────────────────────────
 戦争が終わると、日本の沿岸には、米海軍が敷設した感応磯雷
が約1万1000個、帝国海軍が敷設した防御用機雷が、約5万
5000個残っていた。経済活動再開にとって、機雷の存在は危
険きわまりない。現に何隻もの民間船舶が触雷して沈没し、多数
の犠牲者が出た。たとえば降伏直後の1945年8月22日、朝
鮮半島へ帰還する人々を大湊から舞鶴へ移送中の「浮島丸」が舞
鶴烏島付近で触雷沈没、524名の溺死者を出した。10月7日
には、関西汽船の「室戸丸」が内海九州航路再開第一船として大
阪港を出港直後に触雷沈没、336名の死者および行方不明者を
出した。生存者はわずか25名である。1948年1月28日に
は同じ関西汽船の「女王丸」が瀬戸内海の牛窓港に向けて黒島付
近を航行中触雷し、15分で沈没、193名の人命が失われた。
戦後船舶の触雷による被害は、1953年現在で死亡および行方
不明1294名、重軽傷402名に上る。
                ──阿川尚之著の前掲書より
─────────────────────────────
 このとき、帝国海軍掃海部隊の掃海作業ぶりを見て、その練度
の高さに舌を巻いたのが、日本に駐在していたアーレイ・バーク
海軍少将です。バーク少将は、極東米海軍司令官ターナー・ジョ
イ中将の補佐役として日本に赴任していたのです。
 海軍軍人であるアーレイ・バーク少将にとって、掃海作業が地
味ではあるものの、いかに重要であるかを熟知しています。ボロ
ボロの老朽船を率いながらも、その掃海技術の練度の高さは驚く
べきものであり、少なくとも米国海軍の掃海部隊を、はるかに上
回っていると見抜いています。それは、日本海軍そのものが、い
かに優秀であるかの証明であると判断したのです。
 この掃海部隊は、海軍省から名称変更された復員省、復員庁第
2復員局、総理庁第2復員局、運輸省海運総局掃海管船部を経て
規模を少しずつ縮小しながら、1948年に発足した海上保安庁
へと引き継がれ、部隊は一度も解体されることなく、現在に至っ
ています。
 話はこれで終わりではないのです。1950年6月26日に朝
鮮戦争が始まります。1950年9月15日、国連軍最高司令官
マッカーサー元帥の指揮のもと、国連軍は、韓国ソウルの西方約
20キロ付近の仁川(インチョン)へ上陸し、北朝鮮からソウル
を奪還することに成功しています。
 アーレ―・バーク少将は、ジョイ中将から、北朝鮮の東岸に位
置する元山上陸作戦案の立案を命じられます。東西から平壌を突
こうという作戦です。しかし、この作戦には大きな難問があった
のです。             ──[新中国論/019]

≪画像および関連情報≫
 ●世界は「機雷除去は海自掃海に任せるのが当然」と思って
  いる/元タンカー乗りが怒りの直言(下)木村正人氏
  ───────────────────────────
   実践で鍛えられてきた海上自衛隊の実力は世界でずば抜け
  た実力を有しており、また世界はそれを認め、期待していま
  す。ペルシャ湾掃海は最初にアメリカ海軍、イタリヤ海軍、
  イギリス海軍などが掃海に従事し、浮流機雷は除去しました
  が、残りは海底に潜む磁気機雷で、この掃海は海上自衛隊に
  すべてを任せ撤収しました。
   100%の掃海を目指し、海上自衛隊掃海部隊の実力を発
  揮し、完全に100%の掃海を成し遂げました。世界の国々
  特にタンカー乗りは『Japan Navy(正式にはJapan Maritime
  Self-Defense Force)』を大絶賛しております。
   確かに我が海上自衛隊が持つ掃海能力は、ずば抜けて世界
  一と賞賛されるモノです。ですから、ホルムズ海峡の掃海は
  海上自衛隊掃海部隊に任せるのが当然との考えです。これこ
  そが国際貢献であり、しかも最大の利益を得るのは我が国の
  輸送路確保です。シーレーン防衛の最大の功績です。
   ところが我が国ではシーレーン防衛の重要性を理解できず
  に自衛隊掃海部隊の活躍をまったく無視するか、憲法を踏み
  にじるとんでもない違法行為のような受け取られ方で、誠に
  義憤を感じています。日本は海に囲まれた国ですが、江戸時
  代の鎖国令を引きずったままの感覚で、海運に関する知識も
  関心も低く、国民生活の必需品がどのようにして輸送されて
  いるのか関心がありません。これは国民の全体の発想、価値
  観で、(シーレーンの重要性を理解していなかった)戦前の
  軍部の発想そのものです。    https://bit.ly/3C31P9f
  ───────────────────────────
アーレイ・バーク氏.jpg
アーレイ・バーク氏
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2022年08月16日

●「朝鮮戦争で掃海任務を果たす日本」(第5793号)

 アーレイ・バーク中将は、朝鮮戦争における「元山上陸作戦計
画」を立案するに当たり、大きな問題があることを発見します。
それは、当時北朝鮮東海岸沖には、ソ連専門家の援助を受けて、
北朝鮮が、数千個に及ぶ機雷を敷設していて、とても上陸できる
状況にはなかったことです。しかも、作戦予定日は10月20日
と決められていて、時間がないのです。
 しかし、朝鮮戦争が始まった1950年9月の時点において、
米太平洋艦隊の掃海部隊の任務は解かれており、掃海任務は、駆
逐艦補給艦隊部隊の付随業務に格下げされていたのです。バーク
中将が「元山上陸作戦計画」を立てる時点で、米太平洋艦隊の有
する掃海艇は、たった7隻しかなかったといいます。
 連合軍にそれを実行できる掃海部隊はいないし、米国から派遣
させるのでは間に合わない。方法はひとつしかなかったのです。
それは旧日本海軍の掃海艇部隊の投入です。問題は、日本側がそ
れを受け入れるかどうかです。
 何よりも海上保安庁長官の大久保武雄氏と話し合うことが必要
であると考えたアーレイ・バーク中将は大久保氏に電話をかけて
「極東米海軍司令部へ速やかに足を運ばれたし」と要請します。
このとき、極東米海軍司令部は旧東京銀行本店に設置されていた
のです。明治生命館は極東空軍司令部だったと思います。
 大久保長官は、掃海艇派遣の要請を受けて仰天します。バーク
中将は、日本の掃海技術は世界一であり、ぜひ協力してほしいと
頭を下げて頼んでいます。その模様について、阿川尚之氏は次の
ように書いています。
─────────────────────────────
 当然のことながら大久保は大いに驚き、要請に応じるのを渋っ
た。日本は北朝鮮と戦争状態にない。そもそも憲法9条が日本に
戦争を禁じているではないか。海上保安庁は軍隊ではない。その
艦艇が直接戦闘地域に出て掃海活動に従事することはできない。
掃海は戦闘行為でないとバークは反論したが、大久保は自分の権
限では決定ができないと、どうしても首を縦に振らなかった。こ
の件は吉田首相の判断を仰がねばならない。そこでバークと大久
保は車に乗り込み、首相官邸をめざす。
 思ったとおり、吉田の反応も鈍かった。吉田はバークに、この
件についてマッカーサー元帥は承認しているのかと尋ねた。バー
クは「だから私がここにいるのです」と答える。いくら抵抗して
も、日本は米軍の占領下にある。マッカーサーまで了解している
のではしかたがない。最終的に吉田が折れて、海上保安庁の掃海
部隊が朝鮮海域に出動することが決まった。このことはもちろん
極秘とされた。               ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 海上保安庁長官の大久保武雄氏は、米軍からの要請を受けるに
当たって、GHQから文書をもって日本政府に指令を出すよう要
請しています。掃海隊員に名分を与える必要があると考えたから
です。この申し入れを受けて、極東米海軍司令官のジョイ中将は
1950年10月4日、山崎運輸大臣あてに、次の指令を出して
います。
─────────────────────────────
 日本政府は、20隻の掃海艇、一隻の試航船、4隻の巡視船を
可及的速やかに門司に集結すべし、なお、これらの船艇の掃海活
動については後令す。 ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 GHQからのこの指令を受けて、日本政府は、呉、下関、大阪
小樽、名古屋、新潟の各基地から艦艇25隻と乗組員が集められ
海上保安庁航路啓開部長、田村久三元海軍大佐を総指揮官とする
四個掃海隊から成る特別掃海部隊が編成されたのです。田村総指
揮官は、終戦直後の日本近海の水域の掃海作業を見事にやり遂げ
たときの指揮官です。
 こうして編成された特別掃海部隊が、下関の唐戸桟橋に集結し
たのは、1950年10月6日のことです。その日、大久保海上
保安庁長官は、旗艦「ゆうちどり」のサロンに田村総指揮官以下
各隊指揮官ならびに艦長を招集して、掃海隊朝鮮出動の経緯なら
びに日本政府の意向を伝え、次のように激励しています。
─────────────────────────────
 日本が独立するためには、私たちはこの試練を乗り越えて国際
的信頼をかちとらなければならない。諸君の門出に当たって、唐
戸の岸壁には日の丸の旗を振る人はいないけれども、後世の日本
の歴史は必ず諸君の行動を評価してくれるものと信ずる。
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 しかし、この掃海作戦は簡単なものではなかったのです。一緒
に掃海任務に当たった米掃海艇「パイレーツ」と「ブレッジ」の
2隻は、機雷に触れて沈没し、死者12名、負傷者92名を出し
日本のMS14号(MSは駆逐艦)も触雷して沈没、死者1名、
負傷者18名の犠牲者を出しています。
 このとき旗艦「ゆうちどり」に集まった艦長たちは、いったん
掃海を中止し、吃水の低い小型船による事前掃海を行い、そのう
えで本格掃海を行うべきであると主張しています。田村総指揮官
は、このことを米側に申し入れたのですが、掃海の遅延で、上陸
作戦が遅れていることに焦る米側と意見がまとまらず、日本の掃
海艇1隻が戦線を離れて下関港に帰投してしまっています。
 しかし、その後の日本の掃海艇は、抜群の仕事ぶりを米側に見
せつけ、困難な掃海作業を完璧にやり遂げます。そして、元山上
陸作戦は、予定より6日遅れの10月26日、連合軍は、安全が
確保された航路を通って、無事元山に上陸することができたので
す。日本の掃海艇が一度掃海した海域では、やり直しが必要にな
るよう触雷事故は一切なく、連合軍は改めて日本の掃海技術のレ
ベルの高さに驚嘆したといわれています。
                 ──[新中国論/020]

≪画像および関連情報≫
 ●旧日本海軍1200人が朝鮮海域で掃海作業
  /秘匿された戦死者
  ───────────────────────────
   今から70年前の1950年6月25日、朝鮮戦争が勃発
  してから3カ月余、海上保安庁特別掃海隊が戦乱の朝鮮海域
  に派遣された。連合国軍総司令部(GHQ)の指示だった。
   期間は1950年10月2日から12月12日までの2カ
  月余り。約1200人の旧海軍軍人が掃海艇46隻、大型試
  航船(水圧機雷掃海用)に乗り込み、元山、群山、仁川など
  の各海域で掃海に従事した。
   日本掃海隊の技術の高さには定評があり、国連軍の軍事作
  戦に大きく寄与した。しかし、機雷27個を処分したものの
  掃海艇1隻が触雷・沈没し、死者1人と重軽傷者18人をだ
  した。しかし、戦後に「戦死者」をだしたこと、さらに旧日
  本海軍軍人を出動させた事実は約30年間、秘匿された。明
  らかになったのは朝鮮戦争時に海上保安庁長官(初代)だっ
  た大久保武雄による著書『海鳴りの日々』によってである。
  その後、研究論文などが発表されているが、多くの人が知る
  史実ではない。
   そもそも、どのような経緯で旧海軍軍人が戦乱の朝鮮海域
  に派遣されることになったのだろうか。当事者であり、事情
  をよく知る大久保証言などをもとに振り返る。
   国連軍は1950年9月、仁川につづいて元山上陸作戦を
  敢行しようとしていた。だが、北朝鮮は国連軍の上陸を阻止
  するために多数のソ連製機雷を主要港に敷設しており、上陸
  作戦が遅延していた。      https://bit.ly/3C1kli1
  ───────────────────────────
元山上陸作戦を指揮するマッカーサー元帥.jpg
元山上陸作戦を指揮するマッカーサー元帥
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2022年08月17日

●「日本人の心に触れたバークの変心」(第5794号)

 大の日本人嫌いだったアーレイ・バーク氏は、占領軍として赴
任した日本において、戦場であいまみえた日本海軍の優秀さを改
めて知り、日本海軍のDNAを何とかして残そうと大変な努力を
します。その結果、生まれたのが海上自衛隊です。
 阿川尚之氏の小説『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』では、
日本の海上自衛隊誕生の歴史を研究テーマとしてまとめようとす
る米海軍軍人、ジェームズ・アワー氏が軸になって、さまざまな
エピソードをつないでいます。
 そのアーレイ・バーク米提督(バーク氏は少将で日本に赴任し
その後大将に昇格)の力なしでは、とうてい実現しなかったと思
われるのが、海上自衛隊の特務艦(駆逐艦)「あきづき」と「て
るづき」の米国からの供与です。それもただの供与ではない。こ
れら2隻の駆逐艦は、1957会計年度の米海軍建造予算によっ
て「域外調達」されているからです。
 「域外調達」とは、このケースでは、米国政府が、米国の企業
に発注するのではなく、日本の造船所に艦艇を発注し、完成と同
時に海上自衛隊へそれを供与することをいいます。つまり、米国
民の税金を使って、艦艇をすべて外国で調達し、そのうえで、完
成品を外国の軍隊に供与することを意味します。
 当時は冷戦のさなかであり、共産主義と対峙するため、同盟国
の戦力をできるかぎり増強させるのは、米国の国益に叶うことで
はあったのですが、それでも域外調達による艦艇供与は、米議会
でも反対が多かったものの、バーク提督の尽力で、それが可能に
なったのです。この経緯について、阿川尚之氏は、次のように書
いています。
─────────────────────────────
 実は海上自衛隊の装備充実を図るため、また日本の造船能力を
高めるために、国内の反対を押し切ってまで域外調達を推進した
のは、米海軍の最高指揮官である作戦部長アーレイ・バーク大将
である。この方式の採用には、バーク大将が草創期の海上自衛隊
に示した並々ならぬ好意が感じられる。バークはこの他にも、当
時の最新鋭対潜哨戒機P2V−7を16機、それより小型の対潜
哨戒機S2F−1を60機無償貸与し、P2Vー7の国産化にも
協力を惜しまなかった。海上自衛隊がいまでもバーク大将を恩人
として、記憶しているのには、それだけの理由がある。
                      ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 なぜ、バーク提督は、日本のために、ここまで尽力してくれた
のでしょうか。もともとバーク氏は「日本嫌い」で有名だった人
だからです。日米開戦時はワシントンで勤務していたバーク氏は
艦隊勤務を強く希望し、1943年2月、第43駆逐隊司令とし
て、南太平洋に出陣します。
 海軍大佐に昇進したバーク氏は、同年10月、第23駆逐隊群
司令に任じられ、旗艦「チャールズ・S・オースバーン」に着任
します。そのとき、集合した傘下の駆逐艦長たちに、かねて用意
していた戦術書を渡しています。その表紙には、次のように書か
れていたのです。
─────────────────────────────
    ジャップを殺すに役立つなら、重要なり
    ジャップを殺すに役立たぬなら、重要でなし
    常に貴艦の練成度を高め、戦闘に備えよ
    常に戦闘準備状況を、上官に報告せよ
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 バーク氏は、この言葉通り、日本海軍との海戦において、大活
躍をします。そして、第23駆逐隊群司令在任中に、日本海軍の
巡洋艦1隻、駆逐艦9隻、潜水艦1隻を沈め、飛行機30機を落
とすという大戦果を挙げています。この功績により、少将に昇進
したアーレイ・バーク氏は、1950年9月、ターナー・ジョイ
極東米海軍司令官の参謀副長として、はじめて日本に着任するこ
とになるのです。
 その日本で、ほんのささいな出来事から、バーク氏は、日本人
を根本から見直すことになります。その出来事について、阿川氏
の本から引用します。
─────────────────────────────
 9月3日に東京へ着くと、バークは米軍人の宿舎となっていた
帝国ホテルに旅装を解く。ホテルの従業員が、じかに接する初め
ての日本人であった。しかし、多忙であったので、言葉交わす機
会がほとんどない。朝は6時半にホテルを出て、夜は10時ごろ
帰ってくる。ただ寝るだけのホテル生活である。部屋は小さく、
べッドと椅子と鏡台があるだけ。なんだか陰気だった。
 そこで1カ月はどしたある日、バークはホテルの地下の花屋で
花を求め、コップに入れて鏡台の上に置いた。次の夜勤務から戻
ると、花は花瓶に移され、きれいに飾られている。部屋がずっと
明るくなった。その後もときどき、新鮮な花が加えてある。小枝
の類がはんのわずかというときもあったが、いつも美しく生けら
れていた。数週間後バークはフロントで花を飾ってくれる心遣い
に謝辞を述べた。ところがホテル側はそんなことをしていない、
米軍から禁じられているという。誰がやっているのかわからず、
調査を約束してくれた。しばらくして、それが部屋係のメードの
行ないとわかる。   ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 バーク氏は、ホテルに頼んでメイドに会わせてもらい、礼を述
べたのです。メイドは小柄の年配の婦人でした。彼女の給与はご
くわずかで、そこから花を買ってくれていたのです。バークは、
いくらかお金を包もうとしたのですが、メイドは絶対に受け取っ
てくれない。金で感謝するのは、日本では礼儀に反するからとい
うらしい。バーク氏はただお礼をいうしかなかったのです。
                 ──[新中国論/021]

≪画像および関連情報≫
 ●特別寄稿=秘められた日米友好物語=敵国から「トモダチ」
  へ=サンパウロ市在住 酒本恵三氏
  ───────────────────────────
   平成23(2011)年3月11日。日本に甚大な被害を
  もたらした東日本大震災が起こりました。自衛隊、警察、消
  防が必死の救援活動を繰り広げました。この時、アメリカ軍
  が「トモダチ作戦」と銘打ち、瓦礫の除去や多くの救援物資
  を届ける復興支援をしてくれました。実は、この話の裏には
  今から60年以上前におきたひとつの物語があったのです。
   それは大東亜戦争(太平洋戦争)の終結からわずか5年後
  昭和25(1950)年9月のことです。まだ戦争の傷跡が
  残る日本に、一人のアメリカ人がやってきました。太平洋の
  中でも、日米合わせて9万人以上もの犠牲を出した激戦「ソ
  ロモン海戦」で日本軍の脅威となった男です。そのアメリカ
  海軍の総督の名は、アーレイ・バーク(1901−1996
  年)。彼は敗戦国日本を支配する占領軍の海軍副長として、
  アメリカから派遣されてきたのです。
   「朝鮮戦争」勃発の直後でした。バークが東京の帝国ホテ
  ルにチエックインした時のことです。従業員「バーク様、お
  荷物をお持ちします」バーク「やめてくれ。最低限のこと以
  外は、私に関わるな!」
   彼は敵だった日本人をとにかく嫌い、侮蔑していました。
  日本軍の真珠湾攻撃によって親友を失い、血みどろの戦いで
  多くの仲間や部下を失っていたからです。消えない心の傷は
  日本人への激しい憎悪へと変貌していたのです。
   「我々にとって日本人を一人でも多く殺すことは重要だ。
  日本人を殺さないことならば、それは重要ではない」という
  訓令を出したほどでした。   https://bit.ly/3w1AmRe
  ───────────────────────────
初代護衛艦「あきづき」.jpg
初代護衛艦「あきづき」
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2022年08月18日

●「日本海軍再建プランとバーク少将」(第5795号)

 アーレイ・バーク氏がソロモンの海で、駆逐隊群司令として戦
い、日本海軍に大きなダメージを与えていたとき、当時日本海軍
ラバウル方面海軍最高指揮官を務めていたのは草鹿任一氏です。
そのとき、2人は会ったことはなかったのですが、バーク氏とこ
の草鹿任一氏には後に面白いエピソードがあります。
 日本敗戦後、草鹿氏は公職追放になり、職を失います。草鹿氏
は、鉄道工事の現場でつるはしを握り、奥さんが街角で花を売り
生活を支えていましたが、食料にも不足しているという情報が日
本に赴任しているバーク氏の耳に入ったのです。
 バーク氏は、敵として戦った相手とはいえ、国が敗戦したこと
で生活に困窮しているとは気の毒であると考えて、匿名で食料品
の詰め合わせを草鹿氏の自宅に届けさせたのです。その結果、次
のような”事件”が起こります。
─────────────────────────────
 数日後バークの執務室のドアが突然開いて、小柄な日本人が喚
きながら飛び込んできた。草鹿である。バークは何事かと思い、
引き出しのピストルに手を伸ばす。変なまねをしたら、撃つ気で
あった。急いで呼ばれた通訳を通して、草鹿は言った。「侮辱す
るのはよせ、誰の世話にもならない。特にアメリカ人からは何も
もらいたくない。アメリカ人とは関係をもたない」。それだけ言
うと、プンプン怒りながら出ていった。バークは提督に好感を抱
いた。自分が彼の立場であったら、まったく同じことをするだろ
うと思った。                ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 その後、1950年の暮れにバーク氏は、草鹿任一、富岡定俊
坂野常善という3人の旧日本海軍提督を招き、帝国ホテルで懇親
会を開いてねぎらっています。そのときは、特別掃海部隊が任務
を終了し、当時のバーク少将が、何かと旧日本海軍のために尽力
してくれていることが3人にはわかっていたので、会は盛り上が
り、バーク氏はこれをきっかけに多くの日本の海軍提督と接触を
重ねていくことになります。そして、大嫌いだった日本人がます
まえす好きになっていったのです。
 しかし、日本滞在中のアーレー・バーク氏に最も大きな影響を
与えたのは、日米開戦前夜駐米大使を務めた野村吉三郎元海軍大
将です。バーク氏は、帝国ホテルで、自分のためにわずかな給料
から自ら花を買い、花瓶に花を生けてくれたメードの親切な行い
をきっかけに、日本のことをもっと知りたいと思い、野村氏に教
えてもらおうと思ったのです。
 後からわかったことですが、あのメードの夫は、海軍の軍人で
太平洋戦争で戦死していたのです。そのような境遇の人物が、ど
うしてかつての敵である自分にあれほど優しくできるのか、知り
たいと思ったからです。野村氏は、バーク氏を自宅に招き、着物
を着せて、畳に座らせ、話をはじめています。阿川氏は、この野
村氏とバーク氏の交流を次のように書いています。
─────────────────────────────
 こうして戦争に負けた国の引退した老海軍大将と、戦争に勝っ
た国の前途ある海軍少将のあいだで、交流が始まった。日本に滞
在した約9カ月のあいだ、バークは忙しい合間を縫ってほぼ1週
間に一度野村会う。野村はバークに、地理や天候そして国民性と
いった、いつの時代にも変わらぬ要素がいかに重要かを教えた。
 「国連軍が鴨録江に近づいたら中国は参戦するだろうか」とあ
る日、バークが尋ねると、野村は「必ず参戦する、奇襲攻撃をか
けるために密かに参戦するだろう」と、確信をもって答えた。周
恩来がインドでのスピーチで警告しているではないか。国家は狼
のごとくだ。隅に追い詰められたら必ず激しく抵抗する。バーク
はその内容を国連軍の情報担当者に知らせたが、誰も耳を貸そう
としなかった。そして野村の予言は100%正しかったと、バー
クは記す。      ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 実は、戦前の日本の英米協調派である野村吉三郎氏をはじめと
する海軍指導部は、将来の海軍再建を考えていたのです。そのた
めに第2復員省(旧海軍省)内部では、密かに日本海軍の再建計
画の作成が行われ、時期を待っていたといわれます。
 バーク氏も、日本が本土と重要な海上交通路を防衛するために
十分な規模の海軍を持つべきであるという見解を持っていたので
す。そして、そのさいには、少なくとも10人の最も優秀な帝国
海軍士官を選び、新しい海軍を創設すべきであるという考え方を
示しています。具体的には、1948年5月に発足した海上保安
庁の強化策です。
 しかし、海上保安庁創設すらも、日本海軍の復活につながると
して、対日理事会で、ソ連が反対し、英国、中国、オーストラリ
アは警戒感を示したのです。
 しかし、1948年の終わり頃から、米国の態度が変化をはじ
めます。米国家安全保障会議が、日本における軍事能力の拡張を
秘密裏に推進するという決定を下したからです。そして1950
年6月に朝鮮戦争が勃発すると、マッカーサー元帥は、警察予備
隊の発足と海上保安庁の8000人増強を日本政府に対して書簡
で要請しています。警察予備隊は自衛隊の前身になります。朝鮮
戦争が事態を大きく動かしたのです。
 極東米海軍司令官のターナー・ジョイ中将は、日本海軍再建を
主張する元海軍大将である野村吉三郎氏に対して、ソ連から米国
に返還されたフリーゲート艦が18隻あるが、それを日本に貸与
してもよいと提案し、ジョイ中将も海上保安庁の海軍化進めるよ
う提案しています。
 しかし、頃よしと判断し、野村氏は、日本の考える新海軍再建
構想をジョイ中将に示すと、自分の考え方より構想が大き過ぎる
と、反対の意思を示し、野村氏がさらに詳しい説明をしたいと申
し入れると、「バーク少将と相談してくれ」とバーク氏を紹介し
たのです。            ──[新中国論/022]

≪画像および関連情報≫
 ●海上自衛隊が使った唯一の旧海軍駆逐艦 護衛艦「わかば」
  の数奇な人生
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   太平洋戦争に敗戦した日本は残っていた戦闘艦艇のほとん
  どをアメリカやソ連などに引き渡しましたが、そののち発足
  した海上自衛隊に旧日本海軍の駆逐艦が1隻だけ再就役しま
  した。どのような経緯で護衛艦に転身できたのでしょうか。
   海上自衛隊は太平洋戦争後に発足し、旧日本海軍の文化や
  伝統の一部を継承している組織ですが、護衛艦についても一
  隻だけ旧日本海軍の中古を使ったことがあります。それが、
  1950年代後半から1970年代初頭にかけて用いられた
  「わかば」です。
   護衛艦「わかば」の前身は、旧日本海軍の駆逐艦「梨」で
  す。この艦は太平洋戦争中、大量に建造された松型駆逐艦の
  ひとつで、艦の大きさは全長100メートル、基準排水量は
  1350トン、満載排水量は1580トン、主兵装として、
  12・7センチ高角砲(高射砲)を単装と2連装各1基計3
  門、4連装魚雷発射管1基、対潜水艦用の爆雷投射機2基、
  爆雷投下軌道(レール)2条などを装備していました。
   「梨」は1945(昭和20)年3月15日に竣工したも
  のの、太平洋戦争はすでに最終局面を迎えつつあり、もはや
  動かす燃料にも事欠く状況でした。やがて、終戦直前の7月
  28日、瀬戸内海にある山口県の平郡島沖合にて停泊中に、
  「梨」はアメリカ海軍の艦載機による攻撃を受けて転覆沈没
  しました。本来ならここで艦歴はピリオドを打ちます。実際
  沈没したのち除籍もされています。しかし、「梨」の歴史の
  歯車は止まりませんでした。沈没地点の水深が浅かったため
  民間企業がくず鉄として「梨」を流用しようと、1954年
  に引き揚げたのです。      https://bit.ly/3dxpLHe
  ───────────────────────────
野村吉三郎氏.jpg
野村吉三郎氏
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2022年08月19日

●「米海軍と一体/世界一海上自衛隊」(第5796号)

 元海軍大将の野村吉三郎氏らが、元海軍の仲間らと考えた日本
海軍再建プランの概要は次のようなものです。軍は陸軍と海軍と
し、海上兵力としては、巡洋艦2隻、駆逐艦13隻を含む総隻数
275隻、21万トン、兵力約3万4000人です。日本として
はかなり控えめの案だったのですが、当時の極東米海軍司令官、
ターナー・ジョイ中将がその規模の大きさに驚き、補佐役のアー
レイ・バーク少将にすべてを任せてくれたのは、日本にとって幸
運だったといえます。
 実際にバーク少将と交渉の任に当たったのは、保科善四郎元海
軍中将です。しかし、1950年6月にジョン・フォスター・ダ
レス米国務省顧問が来日し、吉田首相と会談したのですが、ダレ
ス顧問は、海、空軍は米国が引き受けるので、日本は陸軍兵力増
強だけでいいという意見であったといいます。
 こういう国務省の考え方に対し、日本海軍再建のために尽力し
てくれたのはバーク少将です。もし、バーク少将なかりせば、お
そらくフリーゲート艦を中心とする、コーストガード(沿岸警備
隊)的な海上部隊しか誕生しなかったといわれています。
 しかし、バーク氏と野村氏らが作り上げたプランを最終的に潰
したのは、日本の大蔵省(現財務省)です。このプランの海軍の
維持費に問題があるとして反対の論陣を張ったのです。せっかく
米海軍の好意的な提案を潰された保科氏は「我が国の将来を考え
遺憾極まりなし」と慨嘆しています。
 結局、小さく作って大きく育てる方針のもと、1952年4月
小規模な「海上警備隊」が、とりあえず海上保安庁の付属機関と
して発足します。そして同年8月、海上警備隊は海上保安庁から
独立し、警察予備隊とともに保安庁警備隊になります。そのさい
海上保安庁の航路啓開部門、つまり、朝鮮水域で活躍した掃海部
隊は海上警備隊に吸収されます。そして、講和条約発効後の19
54年7月、海上自衛隊として発足したのです。事実上の日本海
軍はこのように誕生したのです。
 海上自衛隊は、バーク氏の功績を忘れないために、海上幕僚長
(海上自衛隊の最高位)が訪米するたびに、必ずバーク氏を表敬
訪問しています。そして、歴代の防衛駐在官が誕生日になると、
自宅に花を届け、それをバーク氏が1996年に亡くなるまで続
けたといいます。バーク氏はこれをとても喜び、今では米海軍よ
りも、海上自衛隊のほうが自分を大事にしてくれるといっていた
そうです。
─────────────────────────────
 1996年1月1日、肺炎をわずらったバークは、ワシントン
郊外べセスダの海軍病院で静かに息を引き取った。94歳であっ
た。『ワシントンポスト』はバークの死を一面で報じた。葬儀は
海軍兵学校のチャペルで行なわれた。卒業の日、バークがボビー
と結婚式を挙げた同じ場所である。クリントン大統領がボビー夫
人の傍らに座り、海軍長官、海軍作戦部長はじめ各界の代表、バ
ークの兵学校クラスメートや戦友が出席して、この英雄の冥福を
祈った。                  ──阿川尚之著
   『海の友情/米国海軍と海上自衛隊』/中央新書1574
─────────────────────────────
 当然のことですが、バーク氏の葬儀に参列した日本人のなかに
海上自衛隊を代表して、石田捨雄元海上幕僚長の姿があったので
す。石田氏は、バーク氏が米海軍作戦部長であった最後の時期に
防衛駐在官としてワシントンに勤務し、バーク氏とは何回も会っ
ており、引退後も夫人も含めて付き合いがあったので、海上自衛
隊の代表として葬儀に参列したのです。
 そのさい、石田夫妻は棺の中を見る機会があったといいます。
棺の中のバーク氏の死顔は端正で威厳に満ちており、胸に真っ赤
な勲章がつけられていたのです。それは、1961年に日本政府
が贈った勲一等旭日大綬章だったのです。副官によると、日本の
勲章を胸につけることは、バーク氏の遺言によるものであること
がわかっています。
 ここまで阿川尚之氏の名著『海の友情』をベースにして、「日
本の自衛隊はどこまで戦えるか」について、海上自衛隊を中心に
一週間にわたってご紹介してきました。何をいいたかったのかと
いうと、日米安全保障条約を基軸とする米国と日本の共同作戦遂
行能力のレベルの高さです。それは、様々な政治的な困難を乗り
越えて1980年2月から海上自衛隊が参加したリムパック(環
太平洋合同演習)での演習において磨きがかけられ、現在に及ん
でいます。この日米の海上兵力の連携について、阿川氏は次のよ
うに記述しています。
─────────────────────────────
 日米海上兵力の任務役割分担を実行するためには絶対必要条件
が一つあった。それは海上自衛隊と米海軍間の高度な共同作戦遂
行能力である。任務役割分担について日米の政治家がいくら強い
決意を表明しても、両国の部隊がともに作戦を遂行できなければ
何の意味もない。そのためには海上自衛隊と米海軍が共同訓練を
頻繁に行ない、各術科の腕を磨いておかねばならない。またイン
ターオペラビリティー、すなわち、艦艇、航空機、武器などのハ
ードだけでなく、作戦の立て方、指揮命令の出し方、通信の仕方
など、ソフトに関してもできる限り共通化を図らねばならない。
 この両面において、海上自衛隊はそもそも三自衛隊の中で一番
進んでいた。おそらく今でもそうである。川村元海将補によれば
海上自衛隊と米海軍は基本的に同じ装備を使い、同じ手順で動か
している。したがって米海軍の艦や飛行機に海上自衛隊の将兵が
乗ってそのまま動かすことができる。逆もまた真である。
           ──阿川尚之著/中央新書の前掲書より
─────────────────────────────
 「日本の自衛隊とだけは戦いたくない」──ネット上にそうい
う記事が溢れています。日本の自衛隊は精強です。まして日米で
組むと、世界一強いといっても過言ではないでしょう。
                 ──[新中国論/023]

≪画像および関連情報≫
 ●アジア最強とも称される海上自衛隊、「その実力には警戒
  心を持たざるを得ず」=中国
  ───────────────────────────
   日本は四方を海に囲まれた島国であるため、安全保障的に
  は海上における防衛力が重要となる。中国も近年では国産空
  母の就役のみならず、新型艦艇を多数建造して海軍力を強化
  しており、そのためか、日本の海上戦力には興味津々のよう
  だ。中国メディアの百家号はこのほど、海上自衛隊は「アジ
  ア最強とも称されている」と紹介する記事を掲載し、その実
  力を知ると警戒心を持たざるを得ないとしている。
   記事はまず、敗戦国である日本は空母や原子力潜水艦、戦
  略爆撃機、核兵器などは憲法により保有できないと指摘。し
  かし、それでも日本の海上戦力を発展させる障害とはなって
  おらず、「多くのヘリコプター搭載型護衛艦」を就役させた
  と伝えた。しかも、その排水量は他国の軽空母よりも大きい
  ほどで、「ヘリコプターを搭載しているだけで、実質的には
  軽空母と変わらない」としている。
   また、日本は他国から注意を引かないように「護衛艦」と
  名乗っていると主張。このヘリコプター搭載型護衛艦にF3
  5B戦闘機を搭載できるように改造する計画まであると伝え
  た。このほか、日本は多くの潜水艦を保有しており、なかで
  も「そうりゅう型潜水艦」は注目に値すると紹介。世界で初
  めてリチウムイオン電池を搭載したこの潜水艦は、長期間潜
  水することができて静粛性にも優れていると指摘した。さら
  に、海上自衛隊は対潜能力も世界一流で、空中、海上、海中
  の「三位一体」対潜システムを構築していると紹介。数多く
  の対潜哨戒機を保有していると伝えている。
                 https://bit.ly/3AoUHTj
  ───────────────────────────
最大の護衛艦「いずも」.jpg
最大の護衛艦「いずも」
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2022年08月22日

●「ロシアが認めないクリミア大爆発」(第5797号)

 話をテーマに戻します。ここまで中国について述べてきていま
すが、「ロシア/ウクライナ危機」について、新しい情報に基づ
き、少し述べることにします。
 ここにきて、「クリミア情勢」が、大きな問題になってきてい
ます。2022年8月9日、2014年にロシアが一方的に併合
したとするクリミア半島で、大規模な爆発が起きたのです。クリ
ミア半島は、黒海の北岸にある半島であり、もともとはウクライ
ナ領で、現在はロシアに併合されたかたちになっているものの、
現在でも主権はウクライナにあります。
 この大爆発について、8月9日の産経新聞は、次のように報道
しています。
─────────────────────────────
 ロシアが一方的に併合したウクライナ南部クリミア半島で9日
大規模な爆発が起きたもようだ。ロイター通信が複数の目撃者の
話として報じた。爆発は露軍の基地があるクリミア西部ノボフェ
ドロフカ周辺で起きたとみられ、爆発音が10回以上聞こえて黒
煙が上がったという。
 タス通信によると基地には航空機やヘリコプターなどが駐留し
ている。地元当局者は5人が負傷したと述べた。露国防省は弾薬
の爆発であり、攻撃を受けたわけではないと説明。装備への損害
は出ていないとしている。──2022年8月9日付、産経新聞
─────────────────────────────
 この爆発事件の犯人は誰かです。常識的には、ウクライナ軍で
あると思います。米軍が供与したという「ハイマース(高機動ロ
ケット砲システム)」で攻撃したのではないかと誰でも考えるは
ずです。何しろ現在ロシアとウクライナは、”戦争”をしている
からです。
 しかし、奇怪なことに、ロシア側は「弾薬の爆発であり、攻撃
を受けたわけではない」と否定しています。考えてみると、こう
いうことは前にもあったことです。今年の4月14日に起きたロ
シアの黒海艦隊旗艦ミサイル巡洋艦「モスクワ」が明らかにミサ
イルで攻撃されたときも、ロシア側は、内部爆発といい、「モス
クワ」をえい航中に沈没したときの状況について、読売新聞オン
ラインは次のように報道しています。
─────────────────────────────
【ワシントン=田島大志】露国防省は沈没の経緯について「目的
地の港に引航中、海が荒れて船体がバランスを失った」と説明。
乗組員約500人は付近の艦艇へ退避したとしている。ウクライ
ナ当局は13日に対艦ミサイル「ネプチューン」2発を命中させ
たと発表していたが、露側は攻撃を受けたことを認めていない。
      ──2022年4月15日付、読売新聞オンライン
─────────────────────────────
 ところで、なぜ、ロシアは、明らかに、ウクライナの攻撃であ
ることがわかっているのに、すぐ認めないのでしょうか。
 それには、次の3つの理由があると思います。前提として、今
回のロシアのいう「特別軍事作戦」という名の戦争において、ク
リミア半島と黒海は、ロシアにとって最重要地域であるというこ
とがあります。
─────────────────────────────
 1つは、ウクライナの攻撃であるとすぐ認めると、報復をする
必要があるということです。これはメンツの問題でもあります。
しかし、報復をするには「戦争宣言」をする必要があり、それは
ロシア国内の事情から現在は非常に難しいということです。
 2つは、クリミア半島と黒海は、ロシアにとって重要拠点であ
り、今回の特別軍事作戦における占領地域への重要な補給ルート
になっているということです。もし、ここをウクライナに押さえ
られると、この”戦争”に勝利することが困難になります。
 3つは、重要地域であるクリミア地区が直接攻撃されたときは
上司、すなわち、プーチン大統領の指示を仰いで対処する必要が
あるため、あえて別な理由を公表し、時間稼ぎをする必要がある
のです。クリミア半島と黒海への攻撃はこれに該当します。
─────────────────────────────
 ところで、クリミア半島への攻撃は、8月9日に続いて、16
日にも行われています。さすがに、ロシアもこの攻撃については
ウクライナ側の破壊工作であると認めています。8月18日付の
日本経済新聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ロシアが2014年に一方的に併合したウクライナ南部クリミ
ア半島の情勢が不安定化してきた。9日のロシア軍航空基地に続
き、16日には北部ジャンコイのロシア軍弾薬庫で大規模な爆発
が発生した。ウクライナ側の攻撃とみられ、ロシアの補給網や出
撃拠点をたたくことで戦局を打開する狙いがありそうだ。ロシア
側が強力な報復行動に出る恐れもある。
         ──2022年8月18日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 今回のクリミア半島への攻撃は、ハイマースなどを使ったミサ
イル攻撃ではなく、パルチザン活動であるとされています。パル
チザンとは、他国の軍隊または反乱軍などによる占領支配に抵抗
するために結成された非正規軍のことで、ウクライナ軍特殊部隊
が連携しているものと思われます。
 クリミア半島のロシア軍の基地や軍事施設では、厳格な審査に
おいて、「反ロシア派ではない」と認められたかつてのウクライ
ナ人が、多数雇用されていますが、今回の破壊工作はそれらの雇
用員による破壊工作であるとされているのです。
 これは、ロシア軍にとって衝撃的な事態です。クリミア半島が
ロシア領になってよかったという人がほとんどであるというロシ
ア側の発表がウソであることがバレてしまうからです。しかも、
このパルチザン攻撃は、今後も収まる気配がないからです。ウク
ライナ軍は、今後もヘルソン、クリミア半島の攻撃を仕掛けてく
るものと考えられます。      ──[新中国論/024]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア軍「破壊工作受けた」認める/クリミア半島の
  弾薬庫爆発
  ───────────────────────────
   ロシアが2014年に強制編入したウクライナ南部クリミ
  ア半島で16日、ロシア軍の弾薬庫が爆発し、ロシア通信に
  よると、民間人2人が負傷した。露国防省は「破壊工作」を
  受けたと認めつつ「深刻な死傷者はいない」とした。クリミ
  ア半島ではよ9日、ロシアの黒海艦隊の航空部隊が拠点とす
  る航空基地で爆発が起きたばかりで、米メディアは、ウクラ
  イナを支持するパルチザン部隊が関与した可能性を報じてい
  た。ウクライナ軍が何らかの形でこれらの爆発に関与した可
  能性もある。
   報道によると、爆発があったのは半島北部ジャンコイの弾
  薬庫。午前6時15分ごろ発生し、付近の送電線や線路、住
  宅などが損傷した。ロシア軍は現場から半径5キロ以内を立
  ち入り禁止とし、約2000人が避難したという。誰が「破
  壊工作」をしたのかなど、爆発原因の詳細は明らかになって
  いない。
   一方、露紙コメルサント(電子版)によると、半島中部シ
  ンフェロポリ付近の露軍航空基地でも16日、複数の爆発音
  があり、黒煙が上がった。被害の規模など詳細は分かってい
  ない。ウクライナでは15日、ゼレンスキー大統領がクリミ
  ア半島の奪還と再統合に向けた諮問会議を設立する大統領令
  に署名した。ウクライナ最高会議(議会)は同日、戒厳令と
  国民総動員令を90日間延長する法案を可決し、徹底抗戦の
  構えを強めている。       https://bit.ly/3QTc0B8
  ───────────────────────────
クリミア半島における大爆発.jpg
クリミア半島における大爆発
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2022年08月23日

●「ロシアクリミア攻撃を恐れる理由」(第5798号)

 ウクライナの最近の戦況については、テレビでは、5〜6人の
ほぼ同じ顔ぶれの解説者が各局で分析を行っていますが、主要メ
ディアでのウクライナ危機関連の情報はかなり減っています。そ
れは、ロシアがウクライナに侵攻してから、既に半年になるから
であり、「ウクライナ疲れ」というか、多くの人が、この戦争で
毎日亡くなっているのに、不謹慎ではありますが、飽きたという
か、全体として、関心が薄れてきているように感じます。
 ネットでは非常に多くの情報が流されています。問題はその真
偽です。EJでは、テレビや新聞・雑誌はもちろんのこと、ネッ
トからも多くの情報を入手し、そのなかから、確度の高い、信頼
のできる情報を厳選してお伝えしていきます。
 8月9日と16日のクリミア半島における大爆発は、クリミア
西部のサキ空軍基地において起きています。この空港はロシア黒
海艦隊付属の第43海軍航空連隊の拠点であり、Su30戦闘機
やSu24爆撃機が駐留されており、弾薬庫もあります。弾薬庫
を狙った攻撃で6回の大爆発が起こり、航空機9機が破壊され、
軍人24人が死亡したという情報があります。
 この爆発によって基地周辺の民間施設も被害が出ています。基
地に隣接する集合住宅62、商業施設20、数10の民家が被害
を受け、数10台の車が破壊されています。ロシアにとっては、
黒海艦隊旗艦「モスクワ」の撃沈に続く大損害といえます。
 このウクライナによるサキ空軍基地の爆破について、英国のロ
シアの専門家であるマーク・ガレオッティ氏は、次のことを指摘
しています。
─────────────────────────────
 (ウクライナのクリミア攻撃によって)戦争の形態が変わる可
能性がある。ウクライナが戦争をエスカレートできるという意思
表示であり、危険と機会の両方を併せ持つ。
                ──マーク・ガレオッティ氏
                  https://bit.ly/3wfRkLW
─────────────────────────────
 このマーク・ガレオッティ氏のいう「戦争の形態が変わる」と
はどういうことでしょうか。
 ここまでのウクライナ戦争は、ロシアが戦車や航空機でウクラ
イナ領内に侵攻し、ミサイルによる攻撃を加えて街を破壊し、領
土を制圧する。それをウクライナ軍が西側諸国から供与された新
兵器を使って、反撃して押し返すとというスタイルで、ここまで
きています。
 ロシアは苦戦をしている──こういわれていますが、それでも
ロシアは、ここまでの戦闘でウクライナの領土の5分の1を占領
し、現在、そのロシア化が進められています。しかし、ウクライ
ナによるクリミア半島への攻撃は、これまでのスタイルとは性質
が異なるものがあります。
 クリミア半島は、2014年以来ロシアが一方的に支配してい
ますが、ウクライナは、主権はウクライナにあると主張していま
す。しかし、ロシアは既にクリミア半島を「自国領」としており
そこにウクライナ軍が攻撃を加えることは、ロシア領を攻撃する
ことになります。これは、米国をはじめとする西側諸国が、ウク
ライナに様々な軍事援助をしながらも、一番気にしているところ
です。なぜなら、ひとつ間違えると、ロシアが窮地に陥って核兵
器を使い、第3次世界大戦に突入する恐れがあるからです。
 前大統領で、タカ派的言説を強めるドミトリー・メドベージェ
フ安保会議副議長は、7月に自身のブログで、次のように世界に
警告しています。明らかに核による脅しです。
─────────────────────────────
 ウクライナがクリミアを攻撃すれば、「審判の日」が即座に訪
れるだろう。      ───メドベージェフ安保会議副議長
─────────────────────────────
 今回攻撃を受けたクリミア半島のロシアのサキ空軍基地は、最
も近いウクライナ軍の基地から200キロ以上離れており、ウク
ライナ軍が米国から供与を受けている「ハイマース」による攻撃
ではありません。なぜなら、供与を受けた「ハイマース」の射程
は80キロでしかないからです。
 ウクライナ国産や英国製の対艦ミサイルであれば、その射程は
300キロありますが、対艦ミサイルの速度は遅く、ロシアの防
空システムであれば十分対応可能のはずです。しかし、そうであ
るなら、4月のウクライナ製の対艦ミサイル「ネプチューン」で
ロシア黒海艦隊の旗艦「モスクワ」が、あっさり沈没させられた
のは、理解に苦しむところです。案外ロシアは、攻撃には強いが
防御はそれほどでもないのかもしれません。
 表面上は平静を保ってはいるものの、ウクライナによるクリミ
ア半島の攻撃にはロシアは衝撃を受けています。こんなに早くウ
クライナ軍がクリミア半島への攻撃を加速させてくるとは思って
いなかったからです。ロシアが一番恐れているのは、クリミア大
橋を爆破されることです。
 クリミア大橋は、プーチン大統領が2014年にクリミア半島
を併合した後、着手したロシアのクラスノダール地方のタマン半
島とクリミア半島の間を結ぶ橋のことです。この橋の重要性につ
いて、共同通信ロシア/東欧ファイル編集長の吉田成之氏は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 全長18キロメートルの鉄道道路併用橋であるクリミア大橋は
2019年末に全面開通したヨーロッパ最長の橋である。プーチ
ン大統領の友人である新興財閥のローテンブルク兄弟が建設を受
注した。プーチン氏からすればロシアによるクリミア併合の「完
了」を象徴する大事業であった。逆にウクライナからすれば、併
合の「固定化」を象徴する、おぞましいシンボルである。
                  https://bit.ly/3CrvF7c
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/025]

≪画像および関連情報≫
 ●「クリミア攻撃」示唆に波紋 ウクライナ高官、欧米兵器で
  ―ロシアは「終末の日」警告
  ───────────────────────────
   ウクライナ国防省高官が、ロシアが併合した南部クリミア
  半島を欧米の重火器で攻撃することを示唆し、波紋が広がっ
  ている。ロシア側は反発し、核使用をちらつかせて反撃を警
  告。米国などもプーチン政権を過度に刺激しないよう、ロシ
  ア領内を射程に収めない兵器に限って供与を認めてきた経緯
  があり、困惑しているもようだ。
   「破壊すべき標的の一つだ」。スキビツキー国防省情報総
  局報道官は16日の地元テレビで、クリミアの軍事目標を米
  国の高機動ロケット砲システム(HIMARS)や英国の多
  連装ロケットシステム「M270」で攻撃可能かという質問
  に答えて明言した。
   スキビツキー氏は「クリミアはロシアからウクライナ南部
  に兵器を送り込むためのハブになっている」「全土へのミサ
  イル攻撃に(クリミア駐留の)黒海艦隊が活用されている」
  と理由を挙げた。
   ウクライナのレズニコフ国防相は先に、英BBC放送に対
  し、HIMARSでロシア領内を攻撃しないことになってい
  ると説明していた。ただ、クリミアがあくまでもウクライナ
  領で、攻撃しても米国などとの約束をほごにしたことになら
  ないと解釈した可能性がある。 https://bit.ly/3A9BMdN
  ───────────────────────────
「クリミア大橋」記念切手.jpg
「クリミア大橋」記念切手
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2022年08月24日

●「プーチン大統領が考えていること」(第5799号)

 2022年2月24日、ウクライナ侵攻を決断したロシアのプ
ーチン大統領の最大のミスは、ゼレンスキー大統領という人物を
完全に見誤ったことです。ウクライナの国民も、プーチン大統領
とは別の意味で、ゼレンスキー氏を見誤っていたということがい
えると思います。
 ウクライナには、長い間にわたって、経済、汚職、民族紛争と
いう難問を抱えていて、ウクライナ国民はそれらを解決できる大
統領を祈る思いで望んでいたといえます。
 2015年のことです。『国民の下僕(しもべ)』というタイ
トルの政治風刺ドラマ24話がテレビで放送されたのです。その
主役を務めたのが俳優のゼレンスキー氏です。一介の歴史教師が
ふとしたことから素人政治家として大統領に当選し、権謀術数が
渦巻く政界と果敢に対決する姿をユーモアを交えながら描いた作
品ですが、ウクライナでは大ヒットしたのです。
 このドラマがあまりに痛快であったことが、国民の間では作中
で描かれた主人公とゼレンスキー氏とを重ね合わせ、現実の大統
領選挙への出馬を期待する動きが起きたのです。それほど国民は
当時の政治に不満を持っていたといえます。
 2019年の大統領選において、ゼレンスキー氏はその一部の
国民の期待に応えて、ドラマのタイトルと同じ「国民の下僕」と
いう政党を立ち上げ、ネットを巧みに使って選挙戦を勝ち抜き、
本当に大統領に当選してしまったのです。当選当時におけるゼレ
ンスキー氏に対する支持率は、70%という驚異的なものであっ
たといいます。
 しかし、国民はすぐにゼレンスキー大統領に失望します。国民
が解決を望んでいるウクライナの抱える難問を何ひとつ解決でき
なかっからです。そもそも政治はスブの素人であり、相手もそう
見ているので、うまくいくはずがないのです。
 とくに2014年に締結されたロシアとの「ミンスク議定書」
で決められている親ロシア派の分離独立を認めず、あくまで「主
戦論」を唱える民族派の突き上げの動きに同調し、ミンスク合意
を反故にし、NATO加入にも動いたことで、プーチン大統領の
怒りを買うことになります。プーチン大統領が、「ネオナチ」と
いっているのは、このことを指しています。このように、ウクラ
イナの国内が混乱したこともあって、ゼレンスキー大統領の支持
率は、2021年10月には、25%まで落ち込んでしまってい
ます。45%のダウンです。
 ウクライナのこういう状況を見て、プーチン大統領は、いま首
都のキーウを攻めれば、ゼレンスキー政権は崩壊し、大統領は海
外に逃亡するに違いない読んだのです。それは、戦争というレベ
ルにも達しない「特別軍事作戦」で十分であると判断したものと
思われます。
 しかし、このプーチン大統領の目算は狂います。簡単に落とせ
ると考えていた首都キーウは陥落するどころか、ウクライナ軍の
激しい抵抗にあって計画は挫折します。おまけにロシア軍の会話
が傍受され、大量の戦車と将兵の命が奪われてしまいます。
 ロシアの作戦としては、キーウ郊外のホストメリにあるアント
ノフ空港を空挺部隊のヘリボーン作戦で制圧し、これを空挺堡と
して、航空優勢を奪い、キーウ掌握を目指したのですが、意外に
ウクライナの防空システムが強固で、計画に失敗します。この防
空システムには、ある無人機が使われているのですが、これにつ
いては、改めて述べます。
 ロシアの侵攻が始まるや、ゼレンスキー大統領は、逃げ出すど
ころか、首都キーウに陣取り、戒厳令を引いて戦時体制を整える
など、獅子奮迅の活躍をします。ネットを駆使して西側各国にロ
シアの侵攻の「非動さ」を訴え、もともと得意である弁舌で、ウ
クライナ支援を要請したのです。そしてロシアをテロ支援国家に
認定してほしいと訴えています。宣伝戦ににおいては、明らかに
ロシアの敗北です。
 ここでプーチン大統領は冷静になり、作戦をキーウから東部に
移し、東部をある程度固めると、東部から南部へと兵力を移しつ
つあります。このプーチン大統領の考え方について、作家で、元
外務省分析官の佐藤優氏は次のように解明しています。
─────────────────────────────
 ロシアは、ウクライナの国土を分割し、朝鮮半島のような状態
にすることを狙っています。そのために重要なのが、黒海沿岸で
す。激戦になっている南東部のマリウポリを陥落させ、クリミア
半島の西のオデーサ(オデッサ)も手に入れれば、その西隣はロ
シアが実効支配している“沿ドニエストル共和国”。国際的には
承認されていない、モルドバ国内の一地域です。
 すると黒海沿岸は、自国の領土からドンバス地域、マリウポリ
クリミア半島、オデーサを経て、ロシアが地続きで支配できるよ
うになります。首都のキーウを占領するよりも、ウクライナを海
上から封鎖してしまうほうが、戦略的な意義は大きいのです。対
外貿易がさらに閉ざされれば、ウクライナは完全に日干しになり
ます。      ──佐藤優氏   https://bit.ly/3QEWc5g
─────────────────────────────
 その”ロシア領”のクリミア半島にウクライナ軍が攻撃を仕掛
けています。ウクライナ軍の装備は、米国をはじめとする西側諸
国の援助によって、徐々に強化されつつあります。ゼレンスキー
大統領は、最近になって、「ウクライナと自由な欧州全体に対す
るロシアの戦争はクリミアで始まった。それはクリミアの解放で
終わらねばならない」といっています。プーチン大統領にとって
は、絶対に容認できないことです。
 ロシアがウクライナ南部を攻略しようとすると、ロシアの兵站
を支えているクリミア大橋の爆破をウクライナ軍が本気で仕掛け
てくる可能性は大です。そうなると、ロシアは窮地に陥ることに
なります。ウクライナはクリミアをどう攻めるのか、ロシアはど
うクリミアをどのように死守するのかがカギになってきます。
                 ──[新中国論/026]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシア本土を結ぶ「クリミア大橋」付近で爆発・・ウクライ
  ナ側がドローン攻撃か
  ───────────────────────────
  【キーウ=笹子美奈子】ロイター通信は18日、ウクライナ
  南部クリミアにあるロシアのベルベック軍用飛行場近くで4
  回の爆発が起きたと伝えた。ロシアに属する地元当局も同日
  露本土とクリミアを結ぶ「クリミア大橋」付近で、爆発音が
  あったと明らかにした。ウクライナ側がドローン(無人機)
  の攻撃を繰り返している可能性がある。
   ベルベック飛行場での爆発に関しては、地元当局幹部が防
  空システムでドローンを撃墜したとSNSに投稿した。別の
  地元当局幹部は18日、クリミア大橋がかかるケルチでも防
  空システムが作動したとしている。
   ウクライナ軍参謀本部は18日夕の戦況報告で、露軍が南
  部に重火器などの装備を伴った大隊戦術群(BTG)二つを
  転戦させたと分析。18日には、露軍が多数の地対空ミサイ
  ル「S300」をウクライナとの国境付近に輸送したことを
  確認したと明らかにした。これに対し、ウクライナ軍は南部
  で弾薬庫など露軍の拠点への攻撃を続けている。
   一方、ウクライナ国営通信によると、東部ハルキウ州の検
  察当局は19日、ハルキウ市で17〜18日に2度にわたっ
  て起きた露軍の砲撃による死者は計21人になったと明らか
  にした。同市では19日朝にも3地区で露軍の砲撃があり、
  少なくとも1人が死亡した。   https://bit.ly/3QHclaG
  ───────────────────────────
ウクライナ/ゼレンスキー大統領.jpg
ウクライナ/ゼレンスキー大統領
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2022年08月25日

●「ウクライナTB2を恐れるロシア」(第5800号)

 8月21日付の朝日新聞は、クリミア半島がウクライナ軍の無
人機で攻撃を受けたことを次のように伝えています。
─────────────────────────────
 ロシア国営タス通信は20日、ロシア占領下のウクライナ南部
クリミア半島セバストポリで同日、ロシア黒海艦隊司令部の付近
に無人機が飛来し、ロシア側の対空兵器で撃墜されたと報じた。
無人機が墜落した司令部の屋根が焼けたが、けが人はなかったと
いう。無人機を飛ばしたのが誰なのかは明らかになっていない。
 タス通信によると、艦隊司令部の周辺は、この影響で封鎖され
た。また、ロシアの支配下で「市長」を務める人物はSNSへの
投稿で、できる限り自宅にとどまるよう呼びかけた。
           ──2022年8月21日付、朝日新聞
                  https://bit.ly/3Aa5TSf
─────────────────────────────
 このニュースに書かれている無人機は、トルコ製の偵察/攻撃
型無人機「バイラクタルTB2」(添付ファイル)であると思わ
れます。TB2は、全長6・5メートル、翼の幅は12メートル
の無人航空機です。レーザー誘導爆弾を搭載でき、遠隔操作や自
動操縦を使って約27時間にわたって半径300キロ圏内を飛び
続けることができます。
 ロシア軍の侵攻を受けた2月の時点で、ウクライナ軍が持って
いる無人機といえば、TB2しかなく、ウクライナ海軍と空軍で
あわせて約20機ほど保有していたといわれています。TB2を
最初に購入したのは2019年、2020年に追加購入し、これ
を実戦で使っています。実戦で使ったのは、ロシア侵攻前、東部
ドンバス地方の分離独立派支配エリアにおいてです。
 しかし、このTB2は、ロシアの正規軍が相手では通用しない
と考えられていたのです。理由は2つあります。
 第1の理由としては、ロシア軍の空爆とミサイル攻撃能力の高
さです。ロシア軍が侵攻開始とほぼ同時に行うであろう空爆とミ
サイル攻撃によって、ウクライナ軍のTB2は、地上管制システ
ムもろとも破壊されてしまうと考えられていたのです。
 第2の理由としては、ロシア軍の高度な防空能力です。ロシア
軍は、豊富な戦闘機戦力と防空システムを保有していることから
TB2はロシア軍に撃墜されると思われていたのです。
 しかし、こういう予想を覆し、ウクライナ軍は、TB2を巧み
に使い、大いにロシア軍を苦しめています。軍事情報サイト「オ
リックス」によると、3月23日までのウクライナ軍のTB2の
成果は次のようになっています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍はTB2を使用して、まず戦車部隊と補給部隊を
防護しているロシア軍の地対空ミサイルを攻撃。中/短距離地対
空ミサイルシステム「ブーク」と短距離地対空ミサイルシステム
「パーンツィリ」と「トール」の発射装置を少なくとも10基以
上破壊しました。
 地対空ミサイルを制圧後、ウクライナ軍はTB2を偵察と対地
支援任務に使用しました。戦闘車両やトラックヘの攻撃を行い、
装甲戦闘車両6両、火砲5門、多連装ロケット発射機1基、ヘリ
コプター9機、燃料輸送列車2両、トラックなどの車両24両を
破壊しました。
 さらにロシア軍の指揮を混乱させるため、野戦指揮所2か所と
通信所1か所も攻撃しました。ロシア軍の作戦遂行に大きな影響
を与えたと指摘されています。
 なお、実際の戦果はこの内容を大きく上回る可能性があると、
オリックスは説明しています。オリックスが取りまとめた戦果は
写真またはビデオで確認できたものだけで、ウクライナ軍は無人
機の戦果についてほとんど公表していないからです。
 TB2は地上目標に対する戦果に加えて、海上目標に対しても
戦果をあげています。ウクライナ軍は、南部オデーサ沖の黒海海
域で5月7日にロシア海軍の哨戒艇2隻と上陸艇1隻をTB2で
撃破したと発表しました。     ──「軍事研究/8月号」
       ──元航空自衛隊技術幹部/空将補・宮脇俊幸著
            『ウクライナ軍無人機、善戦の理由』
─────────────────────────────
 ウクライナ軍は、2019年に入手したTB2を戦略的に運用
して成果を挙げるテクニックを習得しています。ゼレンスキー大
統領は、自分の政権をつくるとき、思い切ってITに強い若手を
積極的に大臣に任命しています。その中心になっているのが、ミ
ハイロ・フェドロフデジタル変革大臣(31歳/副首相兼務)で
す。ロシアの侵攻がはじまるや、イーロン・マスク氏と連絡をと
り、「スターリンク/衛星インターネットアクセス」の貸与を申
し出て、ネットが使える環境を確保した人物です。このフェドロ
フデジタル大臣が、TB2なども扱うIT軍の指揮を執っている
ものと思われます。
 ロシアのウクライナに対する特別軍事作戦において奇妙なのは
現在にいたっても、ロシア、ウクライナ両軍とも航空優勢をとっ
ていないことです。ロシアの戦闘機は、ウクライナ空域を慎重に
避けて、ロシア領空域ないし、ベラルーシ空域から、ミサイルを
撃っています。ロシアがウクライナの防空体制を強く意識してい
る証拠といえます。このことと、TB2の運用とは無関係ではな
いと思われます。
 米英から提供されるロシア軍に関する情報に基づき、侵攻直前
の分散配備を含め、通信衛星なども利用して、TB2を巧みに運
用して戦果を挙げていることは確かです。なお、ウクライナ軍は
西側諸国からTB2以外の無人機、「スイッチブレード」「フェ
ニックスゴースト」などの新しい無人機の供与を受けており、ロ
シア軍はこうしたウクライナの無人機を非常に警戒しています。
現在、行われているウクライナ軍によるクリミア半島の攻撃も、
これらの無人機が活躍していることは確かです。
                 ──[新中国論/027]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナの英雄に?無人機「バイラクタルTB2」大活躍
  “バイラクタルの歌”が愛国歌に
  ───────────────────────────
   2022年2月24日にロシアがウクライナに侵攻してか
  ら、1か月が経過した現在も、ウクライナは頑強な抵抗を続
  けています。
   ウクライナの頑強な抵抗は、ウクライナ国民の愛国心や日
  本を含めた諸外国からの防衛装備品の供与など、様々な要素
  により成り立っているものと考えられますが、ウクライナ軍
  が使用している無人航空機システム「バイラクタルTB2」
  の予想以上の働きぶりも、ウクライナ国民の支えとなってい
  ると筆者(竹内 修:軍事ジャーナリスト)は思います。
   バイラクタルTB2はトルコのバイカル・テクノロジーが
  開発した、ガソリンエンジンを動力とする無人航空機です。
  同機のように中高度を長時間連続飛行する能力を持つ無人航
  空機システムは「MALE」に分類されます。
   バイラクタルTB2はMALEの代表格であるアメリカの
  MQ−9B「リーパー」に比べるとサイズが一回り小さく、
  ミサイルや爆弾などの最大搭載量もMQ−9Bの1700キ
  ログラム。1700キログラムに対して150キログラムと
  大きくはありません。ただ、機体が小型であることに加えて
  F−16戦闘機などと同様に、主翼と胴体を一体化した「ブ
  レンデッド・ボディ」を採用したユニークな機体形状により
  MQ−9Bなどに比べてレーダーや目視による発見がされに
  くくなっているとも言われています。
                 https://bit.ly/3pyKm0J
  ───────────────────────────
バイラクタルTB2.jpg
バイラクタルTB2
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2022年08月26日

●「なぜクリミア半島を攻撃するのか」(第5801号)

 ウクライナとロシアの戦争は、いつ、どのようにして終わるの
でしょうか。
 そのためには、ウクライナ南部の戦況について知る必要があり
ます。ウクライナ軍がパルチザンや様々な無人機を使って、果敢
に攻撃を仕掛けているようですが、専門家も本当の戦況は把握で
きていないようです。
 パルチザンとは、既に説明しているように、現体制、すなわち
ロシアの一方的併合に反対する抵抗勢力の一部が民兵化したもの
であり、ウクライナ特殊部隊と何らかのかたちで結びついて、ク
リミア半島に攻撃を仕掛けているものと考えられます。
 8月14日のことです。ウクライナ・ヘルソン州からロシア軍
の司令官らが退却したとミコライウ州知事が伝えています。AN
Nニュースは、これを次のように報道しています。
─────────────────────────────
 ウクライナ軍が南部へルソン州奪還に向け攻勢を強めるなか、
同じく南部ミコライウ州の知事が、ロシア軍の司令官らが「退却
した」との見方を示した。ヘルソン州に隣接するミコライウ州の
キム知事は8月13日、「ロシア軍の司令官らはドニエプル川を
越えて退却している」と明らかにし、ロシア側がヘルソンを放棄
したことを示唆しました。
 ヘルソン州ではウクライナ軍がロシア軍の補給の要を断とうと
橋を相次いで攻撃している。12日にはドニエプル川にかかるヘ
ルソン州内の最後の橋を攻撃し、軍事物資などの補給をできなく
したという。イギリス国防省は橋が破壊されたことで、「数千人
のロシア兵が船での補給に頼らざるを得なくなっている」と分析
している。(ANNニュース)    https://bit.ly/3QYZgsU
─────────────────────────────
 なぜ、いまウクライナ南部が戦争の中心になりつつあるのかに
ついて考えてみる必要があります。それには、プーチン大統領が
何を考えて、ウクライナ侵攻を仕掛けたのかについて、その原点
に迫る必要があります。
 添付ファイルをご覧ください。ウクライナにおけるロシア軍の
制圧地域を示しています。これを見ると、クリミア半島がロシア
が制圧している地域の兵站拠点になっていることがよくわかりま
す。「兵站」とは、後方に位置して、前線の部隊のために、軍需
品・食糧などの供給・補充や、後方連絡線の確保などを任務とす
る部隊のことです。
 クリミア半島を制圧すると、2つの海を押さえることができま
す。2つの海とは、黒海と、黒海北部にある内海で、ケルチ海峡
によって黒海と結ばれているアゾフ海です。この場合、黒海を押
さえている都市はヘルソンであり、アゾフ海を押さえているのは
マリウポリであることを押さえておくべきです。
 今やこの2つの都市は、ロシア軍によって制圧されており、こ
れによって、プーチン大統領による「海を押さえる戦略」は、理
にかなったものということができます。今やウクライナに残され
ている海への出口はオデーサだけです。ロシア軍は、そのオデー
サにも攻撃を加えており、オデーサを制圧されると、ウクライナ
は、完全に海への出口のない内陸国になってしまいます。
 そのため、ロシアは、2014年に電撃的にクリミア半島に侵
攻し、この半島に新ロシア派のクリミア共和国を樹立し、一方的
に併合してしまっています。これによって、ロシアは、黒海には
黒海艦隊を常駐させ、事実上黒海に支配しています。
 さらにクリミア半島を制圧したプーチン大統領は、最初から計
画していたように、クリミア半島とロシア大陸を結ぶクリミア大
橋を4年の年月をかけて完成させ、クリミア大橋の開通式のとき
はプーチン大統領が自らトラックを運転して車列を先導し、クリ
ミア大橋を渡っています。2019年12月23日のことです。
 ウクライナは、ここにきて、クリミアの奪還にマトを絞ってき
ています。8月9日のことです。ウクライナのゼレンスキー大統
領は、ビデオ演説で次のように宣言しています。
─────────────────────────────
 ウクライナと自由な欧州全体に対するロシアの戦争は、クリミ
アで始まった。それはクリミアの解放で終わらねばならない。
             ──ゼレンスキーウクライナ大統領
                  https://bit.ly/3wLl9o3
─────────────────────────────
 ゼレンスキー大統領は、当初は停戦の条件として、ロシアがウ
クライナに侵攻した2022年2月24日(木)以前の状態に戻
し、クリミア半島については、何年かかけて、ロシアと話し合う
といっていたのです。しかし、8月9日には、ロシアがクリミア
に侵攻した2014年3月1日(土)以前に戻すべきと条件を厳
しくしています。このゼレンスキー大統領の宣言によって、この
ロシアのいう「特別軍事作戦」が、休戦に持ち込まれる可能性は
なくなったということがいえます。
 ゼレンスキー大統領は、なぜハードルを上げて、クリミア半島
奪還に向けて動き出したのでしょうか。それは、米国をはじめと
する西側諸国から、かねてから供与を希望していた兵器が届いた
からであると思われます。
 クリミア半島を奪還するには、現在、ロシアに制圧されている
ヘルソン市を奪還することが必要です。そのため、ウクライナ軍
は、複数のドエプル川にかかっている橋を攻撃し、補強路を断っ
て、ヘルソン市に迫っています。ロシアがもしヘルソンを落とす
と、クリミア半島の防衛は一層困難化します。そして、ウクライ
ナが違法であるとしているクリミア大橋を攻撃し、破壊するよう
なことがあると情勢はさらに緊迫化します。
 プーチン大統領にとっても、クリミア半島は今回の特別軍事作
戦の原点であり、ここをむざむざとウクライナ軍に奪われること
になったら、メイツ丸ツブレです。かくして、戦争はさらに長期
化せざるを得ない状況になりつつあります。
                 ──[新中国論/028]

≪画像および関連情報≫
 ●ウクライナ軍、ロシア占領の南部ヘルソンで主要な橋をまた
  破壊と 移動に不可欠
  ───────────────────────────
   ウクライナ軍は、8月13日、ロシア軍が占領する南部ヘ
  ルソン州で移動に欠かせない主要な橋をまたひとつ破壊した
  と発表した。ウクライナは、ロシアが侵略開始から間もなく
  占領したヘルソン州を奪還しようと、激しい戦闘を展開して
  いる。
   ウクライナ軍によると、ノヴァ・カホフカのダムにかかる
  橋はもはや通行不能だという。この主張の客観的な検証はさ
  れていない。南部軍管区はフェイスブックに、「ノヴァ・カ
  ホフカのダムにかかる道路橋の破壊が確認され、使用できな
  くなった」と書いた。
   ウクライナ軍は7月末にも、ヘルソン州を流れるドニプロ
  川の渡河に重要なアントニフスキー橋を通行不能にした。西
  側消息筋は、アメリカ製の高機動ロケット砲システム「ハイ
  マース」によって、この橋は「使用不能になった」としてい
  る。イギリス国防省は13日、連日定例の戦況分析で、ウク
  ライナ軍による8月10日の精密攻撃で、重い軍用車両はノ
  ヴァ・カホフカの道路橋でドニプロ川を渡ることができなく
  なったと指摘した。ノヴァ・カホフカは、ヘルソン市から約
  55キロ北東にある。イギリス国防省はさらに、アントニフ
  スキー橋についてロシアは場当たり的な修復しかできておら
  ず、橋は構造的に破損したままだと説明。先週にはヘルソン
  近くの主要な鉄道橋もさらに破壊された。
                 https://bbc.in/3PK68td
  ───────────────────────────
ウクライナ南部の攻防/7月25日現在.jpg
ウクライナ南部の攻防/7月25日現在
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2022年08月29日

●「日中首脳会談は9月に実現するか」(第5802号)

 今回のテーマは、メインは「新中国論」ですが、このテーマの
スタート日、7月19日のEJで書いているように、「新中国/
ロシア論」です。そのなかで、8月15日〜19日までは海上自
衛隊創設秘話、8月22日〜26日まではロシア/ウクライナ情
勢について書いています。今後もロシア/ウクライナ情勢につい
ては書いていきますが、今週からメインの話題を「新中国論」に
戻します。
 岸田首相がコロナに感染したのは、8月21日のことです。と
ころが、翌22日、中国の習近平国家主席から岸田首相に「早い
回復を望みます」というお見舞いの電報が届いたのです。そこに
は、「今年は中日国交正常化50年で、私はあなたとともに新し
い時代の要求に合致する中日関係の構築を推進していきたい」と
いうメッセージが添えられていたそうです。
 このところ日中の間では緊張が高まっています。8月4日に予
定されていた日中外相会談が、中国側の申し入れにより、中止に
なったからです。中止の理由は、ペロシ訪台直後に開始された中
国軍による台湾周辺での連日にわたる軍事演習に関して、日本を
含む先進7カ国(G7)外相が共同声明で「中国を不当に非難」
したからであるといいます。
 日中外相会談は中止になったものの、もうひとつの日中との重
要会談が、8月17日に天津で開かれたのです。日中両政府によ
る高官協議です。日本側の高官とは、秋葉剛男国家安全保障局長
中国側は、ヤン・ジエチー共産党政治局委員(漢字が難しいので
「楊氏」を使用)、中国の外交トップで、王(ワン・イー)外相
よりもランクが上の人物です。
 なぜなら、中国では、外交戦略を判断するのは外務省ではなく
共産党中央外事委員会であり、楊氏は、その委員会の事務局長で
あるからです。
 会談を呼びかけたのは中国側で、ペロシ訪台前のことですが、
こちらは中止にならず、予定通り実施されています。ペロシ訪台
があっても、G7の中国非難声明があっても、コロナ禍によって
厳しい防疫体制が敷かれている北京が使えなくても、場所を天津
に移してまで高官協議は実施されています。中国にとって、それ
がきわめて重要な会談であると思われるからです。
 しかし、この会談は外形的には「異様なもの」ということがで
きます。一つは、公表された写真は、両者とも仏頂面で、並んで
立っているだけであり、握手もなく、背後には両国の国旗がない
ことです。もう一つは、会談が7時間の長きに及んだことです。
そのような長時間、2人は一体何を話し合ったのでしょうか。
 中国側の狙いは日中首脳会談の実現にあると考えられます。習
近平主席が、岸田首相にお見舞い電報を送ってきたことは、この
流れならば理解できます。
 この時期にこの会談が開かれたことについて、8月23日付の
日本経済新聞は次のように解説しています。
─────────────────────────────
◎日中、握手なき高官協議/公表写真、国内反発を警戒
 習氏の総書記3期目がかかる党大会を秋に控え、中国側は対外
関係を安定させたい。その際に日本が台湾問題でどこまで米国と
歩調を合わせるつもりかを確認する必要があるという。
 日中は9月末に国交正常化50年を迎える。習氏は両国関係を
安定させる節目として重視する発言をしてきた。一方で、中国側
には党大会前に日本と接触した後、日本が台湾支持で突出した動
きをされては困るという不安もある。
 中国にとって日本は接近しすぎれば強硬派や世論から突き上げ
を受ける国だ。日本との対話を志向しつつ、疑念も抱える結果が
握手や国旗のない写真に表れた。これまで楊氏と安保局長の会談
の多くは国旗を背に握手する写真を撮ってきた。
         ──2022年8月23日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 日中国交正常化50周年記念日は9月19日です。この日に日
中首脳会談が電話ではなく、対面で行われるのがベストであるこ
とは確かです。しかしそれは果たして可能でしょうか。
 しかも、9月27日には安倍元首相の国葬があり、世界中から
VIPが来日します。国葬に習近平主席が出席するという情報は
なく、情報によると、中国政府は、王岐山国家副主席を安倍元首
相の国葬に派遣する予定であるといわれます。
 しかし、2016年以降の話ですが、日中首脳会談はその3カ
月前以内には、楊政治局委員と日本の当時の安全保障局長(北村
滋氏)とが会って決めているので、今回の会談も首脳会談につい
て何らかのやりとりがあったことは間違いないと考えられます。
 有力な中国ウオッチャーの一人である近藤大介氏の情報による
と、9月29日に、岸田首相と習近平主席とのオンライン会談が
開かれるのではないかといわれます。その根拠として、8月1日
からおよそ2週間にわたって、習近平主席は、元国家主席などの
長老たちと「北戴河会議」なる秘密会議を行い、習主席の3期目
が条件付きで、了承されたのではないかといわれます。その条件
とは、中国経済をV字回復させることといわれます。
 そのためには、周辺国、なかでも日本との関係改善は必須であ
り、そのために日中国交正常化50周年を利用する方針になった
のではないかというわけです。これについて、近藤大介氏は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 天津会談は7時間に及んだが、中国側の報道からは、50周年
を機に日中関係を改善したいという中国側の意思がありありと見
える。ただし、その条件は「日本が台湾問題に干渉しないこと」
である。<台湾は中国領土の不可分の一部分である。台湾問題は
中日関係の政治的基礎であり、両国間の基本的信義である>(8
月18日付新華社)        https://bit.ly/3dXuKBq
─────────────────────────────
             ──[新中国・ロシア論/029]

≪画像および関連情報≫
 ●日中首脳会談を「検討」/林外相表明、秋の実現探る
  ───────────────────────────
   日中両政府は岸田文雄首相と習近平(シー・ジンピン)国
  家主席による首脳会談の調整を始めた。国交正常化50年の
  節目を9月に控え関係の改善を探る。林芳正外相は19日の
  日本経済新聞とのインタビューで会談の実現に向け「具体的
  に検討する」と表明した。
   首相と習氏の対話は、2021年10月の電話協議以降な
  い。対面での首脳間の協議は、19年12月以降開いていな
  い。日中両政府は対面やオンライン、電話での協議など形式
  を含め検討する。現状では今秋のオンラインでの協議が有力
  だ。11月にインドネシアで開く20カ国地域首脳会議(G
  20サミット)の場など日中以外の第三国で会談する案もあ
  る。中国は8月4日、ペロシ米下院議長の台湾訪問に反発し
  台湾周辺で大規模な軍事演習を始めた。日本の排他的経済水
  域(EEZ)に弾道ミサイルが5発落下した。林氏は中国の
  行動を非難したうえで、「こうしたときこそ意思疎通が重要
  だ」と言及した。「建設的で安定的な日中関係を双方の努力
  で構築する必要がある」と語った。17日には秋葉剛男国家
  安全保障局長が中国・天津で中国外交担当トップのヤン・ジ
  エチー共産党政治局員と7時間会談をした。日中間の対話を
  継続する方針を確かめた。
              https://s.nikkei.com/3RdJ9Yt
  ───────────────────────────
日中高官協議.jpg
日中高官協議
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2022年08月30日

●「北戴河会議で何が決められたのか」(第5803号)

 中国の北戴河会議について少し述べることにします。この会議
は、北京にほど近い河北省の避暑地の「北戴河」において、毎年
夏の時期に、共産党の現役指導部や、引退した長老らが集まる会
議のことです。
 党の重要方針や幹部人事などについて話し合われるそうですが
非公式会議の位置づけのため、会議がいつ行われ、何が話され、
何が決められたかについてはほとんどわからないのです。しかし
少し時間をおいて、この会議に出席した現役指導者の行動や、メ
ディアなどに表れる記述を通して推測することはできます。
 北戴河会議がいつ行われたかについては、現役指導者の行動を
チェックしていれば大体把握できます。今年の場合、8月1日か
ら約2週間、現役指導者は一斉に姿を消しています。北戴河会議
がはじまったのです。そして、8月16日になって、李克強首相
が深せんに姿を現しています。これは、北戴河会議が終わったこ
とを意味します。
 この李克強首相の行動について、中国ウオッチャーの福島香織
氏は、北戴河会議との関連で次のように述べています。
─────────────────────────────
 この北戴河会議でどのようなやり取りがあったのかは、今はま
だわからない。ただ、チャイナウォッチャーたちがそれぞれの推
測を突き合わせながら導き出した概ねの結論としては、習近平に
とってあまり楽しい会議ではなかったようだ。その根拠と推測さ
れる状況について説明していきたい。
 まず、北戴河会議が終了したと世間にはっきりと最初にシグナ
ルを送ったのが、習近平ではなく李克強であったという点から、
この会議の内容は李克強にとって有利なものではなかったか、と
いう見立てがある。
 李克強は8月16日、広東省に視察にいき、深せんで地方官僚
を集め座談会を開いた。李克強は半袖シャツの軽やかな恰好で、
マスクをつけない状況で屋外で若者と対話したり、企業を視察し
て企業関係者からの意見に耳を傾けていた。李克強は若者や企業
関係者から歓迎されているようで、時折拍手なども起きていた。
            JBプレス/https://bit.ly/3Rdz4L3
─────────────────────────────
 なぜ、今年の北戴河会議が注目されるのかについては、今秋の
共産党大会において、習近平の3期目の総書記就任がかかってい
るからです。確かに現在の中国は不動産不況やコロナ禍があって
経済が低迷している様子が読み取れます。そのため、北戴河会議
において長老からクレームが噴出して、3期目就任に黄色ランプ
が灯っているのではないかといわれており、例年以上に北戴河会
議が注目されているのです。
 この福島香織氏のレポートについて、中国分析の第一人者とい
われる遠藤誉氏は、まず、福島氏の言わんとしていることを次の
ようにまとめています。
─────────────────────────────
 @存在感を強める李克強:北戴河会議終了後、最初にシグナル
  を送ったのが、習近平ではなく李克強だった(李克強に関す
  る報道が8月16日で、習近平のは8月18日だったことを
  指している)。したがって、北戴河会議の内容は李克強にと
  って有利なものであったにちがいない。
 A李克強は「ケ小平の改革開放の成果の1つである経済特区の
  深せん」で経済問題に関する座談会を開催した。習近平の経
  済政策は改革開放逆行路線とみなされている。おそらく習近
  平は党内で批判を受けたにちがいない。
                  https://bit.ly/3QU5Otl
─────────────────────────────
 そのうえで、遠藤誉氏は、福島氏の指摘は問題があるのではな
いかとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 たしかに李克強に関する報道は、8月16日にあった。李克強
に関しては8月18日にも報道している。しかし文字数はいずれ
も1200文字ほどで、写真も前者は1枚、後者は2枚だ。一方
習近平に関する報道は、やや速報的に8月17日に3本(17日
の1本目、17日の2本目、17日の3本目)あり、18日には
2本あり(18日の1本目、18日の2本目)、19日にも2本
(19日の1本目、19日の2本目)、最終的には8月18日に
非常に本格的に編集した総合バージョンが報道された。
 少なくとも、この総合バージョンを見る限り、この1本だけで
5600文字を超えており、写真も23枚もある。ほかに7本も
報道があるので、合計したら、比較にならないほど習近平に関す
る報道の方が圧倒的に多い。習近平に関する最初の報道日時が8
月17日になったのは、慎重を期してミスがないように編集して
いるからだ。
 JBプレスでは、「1」の現象を以て李克強が存在感を強めた
としているが、それは早計ではないだろうか。こういう推論をす
るときには「人の噂」ではなく、あくまでも自分で「ファクト」
を執拗なほど追いかけ、自らの目で第一資料を入手し確認しなけ
ればならない。   ──遠藤誉氏 https://bit.ly/3QWeE9Q
─────────────────────────────
 遠藤誉氏にいわせると、日本では「習近平より李克強の方が人
気が高く、評価されている」とする「チャイナ・ウォッチャー」
が多くいるが、それは「習近平憎し」の感情からくる「錯覚」に
過ぎないと切り捨てています。
 遠藤誉氏は、既に北戴河会議は、長老たちに強い発言力はない
といいます。そのためにこそ習近平主席は、就任と同時に「トラ
もハエもたたく」という腐敗撲滅運動を展開し、摘発し、逮捕し
て牙を抜いてきたのです。したがって、長老たちに現役指導者を
引きずり降ろす力など既にないといいます。このような遠藤氏の
主張については、明日のEJで取り上げます。
             ──[新中国・ロシア論/030]

≪画像および関連情報≫
 ●中国共産党、北戴河会議終了/胡春華副首相の処遇に焦点
  ───────────────────────────
   【北京=羽田野主】夏に中国共産党の指導部と、引退した
  長老が国政の重要課題を話し合う今年の「北戴河会議」が終
  わったもようだ。習近平(シー・ジンピン)総書記(国家主
  席)は秋の党大会に向けて3期目の体制づくりを進めている
  が、距離があるとされる胡春華(フー・チュンホア)副首相
  の昇格の有無に焦点が当たっている。
   中国共産党の機関紙、人民日報(電子版)は17日、習氏
  が遼寧省を視察中と伝えた。16日には李克強(リー・クォ
  ーチャン)首相の広東省での会議出席が伝えられた。最高指
  導部が河北省の北戴河を離れたとみられる。
   党関係者の間で関心を集めているのが党序列25位以内の
  政治局員である胡氏の処遇だ。胡氏は名門の北京大学に上位
  の成績で入学したエピソードを持つ秀才で、中国共産党の青
  年組織、共産主義青年団(共青団)のトップも務めた。内モ
  ンゴル自治区や広東省のトップも歴任しており、最高指導部
  入りを狙える位置にいる。
   党内で実務型の能吏との評判がある胡氏の昇格を見込む声
  がある。中国の不動産市場が低迷し中国経済が難局にさしか
  かっていることから、李首相の後継と期待する見方もある。
  胡氏は北戴河会議に先立つ7月27日、人民日報に論文を投
  稿。習氏の農業政策の指導力をたたえ、習氏の名前に50回
  以上触れて「忠誠」を示した。
              https://s.nikkei.com/3KnOJFD
北戴河の風景.jpg
北戴河の風景
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2022年08月31日

●「『習下李上』など絶対あり得ない」(第5804号)

 今年になって、ネットユーザーを中心に「習下李上」という言
葉がいわれるようになっています。「習下李上」の意味は、習近
平が下馬(下野)し、李克強が上位に立つということです。中国
では「下野」のことを「下馬」といいます。これについては、こ
のテーマの冒頭部分でも取り上げています。
 しかし、中国分析の第1人者といわれる遠藤誉氏は、これにつ
いて完全否定し、それは日本の一部の中国ウオッチャーと日本の
メディアによるフェイク情報であると断言しています。遠藤氏は
自身のコラムで次のように発言しています。
─────────────────────────────
 習近平が下馬すれば、中国大陸の八大民主党派の「中国国民党
革命委員会」とか「台湾民主自治同盟」などの党首が、習近平に
取って代わるわけではない。中国は中国共産党が統治する一党支
配体制であることに変わりはないので、何も喜ばしいことはない
のである。
 日本人は李克強がまるで個人の意思で何か発言していると勘違
いして、「習近平が失墜して李克強の人気が上昇している」とか
「李克強が習近平をガン無視」といった類のことを書いては喜ん
でいるが、李克強はあくまでもチャイナ・セブン(中共中央政治
局常務委員会委員7名)の合意の結果の一つを発表する役割をし
ているだけで、そこには、寸分たりとも「個人の意思」はない!
「個人の言葉」は皆無なのである。       ──遠藤誉氏
                  https://bit.ly/3RiQl5R
─────────────────────────────
 つまり、遠藤氏がいうには、今年の秋の共産党党大会において
李克強首相が習近平総書記に代わって総書記になることはあり得
ないし、そういう総書記を選ぶシステムになっていないというの
です。実際に今年の全人代閉幕後の記者会見において、当の李克
強首相自身が、「これが最後になる」と退官の意思を表明してい
ます。遠藤氏は「習下李上」などあり得ないというのです。
 中国のことを知るには、どのようにして、「中国共産党中央総
書記」が選ばれるのかについて、そのシステムを知る必要があり
ます。以下、遠藤誉氏の説明を参考にして解説します。
 誰が中国共産党中央総書記を選べるのか──それは約14億人
の中国人のうちの約200名しかいない中国共産党中央委員会委
員であり、彼らに投票資格があります。
 14億人の中国人のうち、約1億人が中国共産党員です。正確
にいうと、9514・8万人(2021年6月5日現在)です。
このうちの約3000人が、全国代表として全国津々浦々の行政
区分地区から選ばれた「全国代表」として、5年に1回開催され
る共産党大会に参加するのです。
 その3000人の中から、中国共産党中央委員会委員200名
を選ぶのです。具体的には、党大会の全国代表を選ぶ選出母体が
それぞれ割り当てられた「候補者」をノミネートします。これら
ノミネートされる人物が適切であるか否かは、総書記をトップと
する中央組織が審査監督するので、中国共産党にとって、不都合
な人物が総書記に候補者に選ばれることは皆無です。
 この200人の選出に当たって、中国共産党は小細工をしてい
ます。200人を選ぶのですが、10%増しの候補者をノミネー
トして、10%を落選させるのです。これを中国共産党は「党内
民主」と呼び、「中国共産党は民主的な選挙を行っている」と胸
を張るのです。
 問題は、総書記を選ぶ200人ですが、このような仕組みであ
ると、習近平氏に反対する人物がこの200人に入る可能性はほ
とんどないといえます。これについて、遠藤誉氏は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 ここで重要なのは、今年秋の党大会で「次期中共中央総書記」
に関して投票する資格を持っているのは、習近平の「指導」の下
で選ばれた中共中央委員会委員候補者で、その中から選ばれた中
共中央委員会委員であることを考えると、習近平が継続して総書
記になることに反対する者が、その候補者リストの中に入ってい
るということはほぼ「あり得ない」ということである。
          ──遠藤誉氏/ https://bit.ly/3q9fIvr
─────────────────────────────
 共産党大会が閉幕すると、直ちに一中全会(中国共産党中央委
員会第一次全体会議)が開催され、そこで中央委員会が投票して
中国共産党中央総書記が決定されます。そして、翌年3月に開催
される全人代(全国人民代表大会)で国家主席が選出され、一連
の儀式の全過程が終了するのです。
 習近平主席は、自分の前任者である胡錦濤氏が、その前任者の
上海閥の江沢民氏が権力を完全には手放さなかったため、自分が
やりたいことが思うようにできず、大変苦労しているのを見てい
たのです。
 そこで、総書記就任と同時に胡錦濤前主席にも協力を要請し、
「トラもハエもたたく」というスローガンで、汚職腐敗防止を強
化したといいます。当時、権力中枢にも、地方行政府にも汚職が
蔓延し、ひどい状態であったからです。「腐敗を防止しなければ
共産党が滅び、国も亡ぶ」と考えていたからです。
 そのかたわら、習近平主席は、地方行政府にも、自分の周辺に
も自身の腹心を配置し、権力基盤を固めていったのです。その視
線の先には、通常2期10年と決められている総書記の任期を撤
廃し、終生支配をもくろんでいたということがいえます。
 同様に、いわゆる北戴河会議においても、習近平主席は、引退
した「長老」に口出しさせないことをモットーとしてきており、
この秘密会議が以前ほど重要視されず、形骸化、儀式化されつつ
あります。したがって、この北戴河会議において、現政権の方針
が大幅に変更されることなどあり得なくなっているといいます。
このようにして、習近平主席の終生総書記実現は、不動のものと
なっているのです。    ──[新中国・ロシア論/031]

≪画像および関連情報≫
 ●習近平が終身権力者になる前触れ? 中国メディアが使い始
  めた、ある尊称
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   中国共産党の秋の党大会は、どうやら10月末頃に行われ
  るようだ。情報筋から、そういう観測がだんだん伝わり始め
  た。香港英字紙「サウスチャイナ・モーニングポスト」(7
  月18日付)が特ダネとして、習近平が11月に欧州4カ国
  (ドイツ、フランス、イタリア、スペイン)の首脳を北京に
  招くことを決定したと報じた。多くのチャイナウォッチャー
  たちがこの報道を、習近平が秋の党大会を乗り越えて総書記
  任期3期目を継続することが確定しているという予測の補強
  材料にしている。もっとも、7月19日にこの件について記
  者が外交部定例記者会見で質問したとき趙立堅報道官は「ど
  こからの情報だ?フェイクニュースだ」と一蹴している。
   加えて香港紙「明報」(7月11日付)が、秋の党大会で
  正式に習近平に「人民領袖」の尊称が使われるようになると
  報じ、習近平の第3期目総書記連任は確実だという中国政治
  学者の意見を引用した。
   果たして本当に習近平総書記の3期目の連任は確実になっ
  たのだろうか。習近平を「人民領袖」と呼ぶことが決定する
  という明報の特ダネ報道については、まもなく中国中央テレ
  ビ(CCTV)が人民領袖いう言葉を使い出したので、まっ
  たくのフェイクというわけではなさそうだ。
                 https://bit.ly/3KvCmqX
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遠藤誉氏.jpg
遠藤誉氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新中国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする