2022年07月01日

●「消費減税なら年金財源3割カット」(第5763号)

 6月26日のNHKの『日曜討論』で、またしても与党から、
とんでもない発言が飛び出し、騒ぎが起こっています。発言の主
は、自民党の茂木幹事長です。
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 消費税なんですが、みなさんからお預かりしている消費税、こ
れは年金・介護・医療そして子育てシェア、社会保障の大切な財
源です。これをですね、野党のみなさまがおっしゃるように下げ
るとなると、年金財源は3割カットしなくてはならなくなる。
     ──26日の「日曜討論」における茂木幹事長の発言
                  https://bit.ly/3yoOuph
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 茂木幹事長という人は頭の良い人です。その理由をちゃんと説
明しています。年金には「国庫負担分」があります。金額にする
と12・8兆円。公的年金の収入は52・5兆円(2020年度
予算)。12・8兆円はその24%に相当します。この国庫負担
金は消費税収を財源にしています。したがって、消費税を6%引
き下げると、年金収入は13兆円の減収になり、年金財源が約3
割カットされてしまうことになります。
 理路整然としています。しかし、これは自民党の立場からの論
理展開です。年金制度が創設されてからしばらくの間は、保険料
が大量に入ってくる一方で、出て行く年金が少なかったので、年
金資金は貯まる一方だったのです。そのため、無駄な箱モノを建
てたりして、巨額の資金が無駄に使われ、財源が相当減少してし
まったのです。そのため、年金の種類に関係なく、誰でも受け取
れる基礎年金の部分に税金を投入することが決められたのです。
それが国庫負担分です。
 そのため政府は、年金支給のため、毎年国庫負担金分を税金か
ら手当てしなければならなくなり、その財源に毎年苦慮するよう
になります。何しろ日本は経済が30年も成長しない国であり、
税収が増えないからです。しかし、それは政府の責任であり、ひ
いては、超長期政権の自民党の責任です。そこで考えられたのが
消費税を増税し、それを国庫負担分の財源にする方法です。
 そういうわけで、消費税を5%から10%に税率を引き上げる
ときに、消費税法第1条第2項に「毎年度、制度として確立され
た年金、医療及び介護の社会保障給付並びに少子化に対処するた
めの施策に要する経費に充てるものとする」を加えて、主たる使
途を明記したのです。
 しかし、これは、消費税を社会保障の目的税にしたわけではな
く、税金として入ってくるものから国庫負担を手当てすることに
は変わりがないのです。お金には色はついていないからです。こ
のことは、6月27日のEJで述べています。
 しかし、そもそも年金は、収入のなくなった高齢者が支給を受
けるものです。その支給の原資を、一部とはいえ、年金以外に収
入のない高齢者も負担せざるを得ない消費税で用意する──完全
に間違っていると思います。
 しかも、コロナ禍はまだ終わっておらず、そうでなくても国民
全般に収入が減っているのに、物価は高騰し、実質収入は激減し
ています。政府として何か対策を立てるべきです。そのための政
権与党ではありませんか。
 しかし、収入を突然上昇させることは困難であり、誰もが支払
わざるを得ない消費税を暫定的に減額し、実質収入をこれ以上下
げないように配慮する──これが政府として採択すべき合理的な
政策であると思います。消費税減税は、コロナ禍以降、経済対策
の一環として世界中で行われています。減税を実施している国と
地域は、世界で91になるのです。主要国で減税していないのは
まさに日本だけです。
 税理士で、立正大法制研究所特別研究員の浦野広明氏は、今回
の茂木発言について、次のように述べています。
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 恐らく茂木さんの言った「年金3割カット」は国が負担する社
会保障費の3割、約10兆円規模を指しているのだと思いますが
消費税を減税しても、他に財源を見つければ解決する話だと思い
ます。例えば、試算によると、金持ちや大企業優遇の現行の税制
を見直して“応能負担”に基づく累進化を進めれば、約40兆円
の税収が見込まれます。消費税が法人税減税などの穴埋めに使わ
れているといった問題もあるのに、いきなり「年金カット」を言
い出すのは、いくら何でも乱暴です。
 消費税減税に踏み切って、法人税の累進化を進められないのは
自民党が輸出製造業などから莫大な企業献金をもらっているとい
うこともあるのでしょう。でも、物価高に苦しむ多くの有権者は
消費税減税を望んでいると思います。消費税減税は自民党政権に
とって弱点となっているようです。      ──浦野広明氏
                 https://bit.ly/3NkMYZC
─────────────────────────────
 減税は絶対にしない──これが岸田内閣のポリシーのようであ
り、だから「財務省寄り」といわれています。岸田首相は、減税
に関してだけは「聞く耳」をまったく持っていないようです。し
かし、この物価高で何もしないで選挙に突入するとは大変な自信
であり、それは驕り以外のなにものではありません。
 直近の毎日新聞と社会調査研究センターの世論調査では、支持
は48%で、5月21日の前回調査(53%)より5ポイント下
落しています。不支持は44%で、前回調査(37%)より、7
ポイント上昇しています。支持が50%を切り、支持と不支持が
「48対44」と4ポイント差に迫っています。
 選挙まで、今日を含めて、まだ9日間あるのです。ひとつでも
失言が出ると、支持と不支持は逆転します。岸田内閣のこの考え
方から推測すると、防衛費を増加させるのは、赤字国債は論外で
必要な歳出を削減するか、増税で賄うしかないという方針でくる
と考えられます。「新しい資本主義」はどこへ行ってしまったの
でしょうか。        ──[新しい資本主義/119]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田政権の「新しい資本主義」よりも「新しい経済政策」の
  ほうがよほど重要だ
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   岸田政権の「新しい資本主義」を批判するのは無駄だ。な
  ぜなら、筆者に言わせれば中身がゼロであり、岸田政権自身
  もそれを知っていて、ほかにもっといいキャッチコピーを思
  いつかなかっただけのことではないか。「アベノミクスとは
  ちょっとだけ違うよ」(わずかに左だよ)ということ以上のも
  のはない。
   そもそも、資本主義とは、制度でも体制でもなく、近代に
  生まれた社会の状況を描写したにすぎず、一政府ごときに作
  れるものでも変えられるものでもない。善悪を超えて、歴史
  的事実として、社会的現状として受け入れざるを得ないもの
  だ。一方、経済政策は作ることができる。変えることができ
  る。それこそが政権の役割だ。ただ、残念なことに、どうも
  岸田政権にはいいアイデアが浮かばないようだ。資産所得倍
  増政策は所得倍増計画をモジっただけで、中身は株式投資の
  すすめにすぎず、アベノミクスと同じになってしまった。当
  初の戦略から離脱してしまっている。さらに、現在の物価高
  に対して、財政政策で金をばら撒くという180度逆の政策
  を行っており、経済学どころか、経済の原理原則も、わかっ
  ていないようだ。財政出動すればインフレは加速する。
  インフレを抑えるためには財政を絞り、金利を上げ、景気の
  過熱を抑え、円安を止めるしかない。正反対だ。
                 https://bit.ly/3A7BkOG
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茂木幹事長
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2022年07月04日

●「欧米と日本はロシアに負けている」(第5764号)

 西側陣営に属している日本から見ると、ロシアは、主権国家で
あるウクライナに理不尽にもいきなり大量の戦車などで軍事侵攻
し、ウクライナの各都市をミサイルで破壊して多くの人命を奪っ
ています。そして現在も、軍事作戦を継続し、世界中から非難を
浴びても平然としています。しかし、西側諸国からの今までにな
いほど厳しい経済制裁によって、ロシア経済は、壊滅的な打撃を
受けているように見えます。
 しかし、これは西側の有力国、なかんずくG7から見た風景で
す。6月30日と7月1日付の日本経済新聞のトップコラム『岐
路に立つG7』によると、「自由民主主義国」と分類される国は
2012年には42カ国ありましたが、2021年には34カ国
に減少しています。人口ベースで見るならば、自由民主主義国は
世界のわずか13%でしかないのです。そこで悩んでいるのは、
新興国と呼ばれる国々です。どっちの陣営につくのがプラスか、
迷っているからです。
 「BRICS」といわれる新興国の枠組みがあります。ブラジ
ル、ロシア、インド、中国、南アフリカの新興5カ国による枠組
みです。ところで今回のG7サミットでは、アルゼンチンとイン
ドネシアの両首脳を招いています。
 ところが、G7会合の前日、BRICSは、オンラインで拡大
会合を開き、そこには、アルゼンチンとインドネシアの両首脳の
姿があったのです。しかも、アルゼンチンの首脳は、その場で、
BRICSへの正式加入を希望しています。おそらくプーチン大
統領の策略でしょうが、G7が招いたアルゼンチンとインドネシ
アの首脳をわざわざ拡大会合として招待したのです。
 インドネシアのジョコ大統領は、G7の会合を終えると、その
足でモスクワに向かい、30日にプーチン大統領と対面での会談
に臨んでいます。もっともインドネシアの場合は、G20の議長
国であり、そのための訪問であって、モスクワ訪問はG20成功
のための業務の一環とも考えられます。そのために、ジョコ大統
領は、G7の前に、ウクライナを訪問して、ゼレンスキー大統領
とも会い、ゼレンスキー大統領の親書をプーチン大統領に届けて
います。インドネシアが、ロシアとウクライナの仲裁役を買って
出ようとしているのでしょうか。どちらからも嫌われない作戦の
ように見えます。
 「ロシアに制裁!」といっても、G7各国は一枚岩ではなく、
それぞれに政治的なウィークポイントを抱えています。G7のな
かで、ロシアに一番依存していないのは米国で、石炭、原油、天
然ガス、いずれも禁輸に踏み切っています。しかし、米国では、
11月に中間選挙があり、バイデン現政権は、インフレなどの影
響もあって、支持と不支持が逆転し、足元に大きな政治的不安を
抱えています。
 英国は、制裁には熱心であり、石炭と原油の禁輸に合意してい
ますが、その実施は、2022年末までにとしており、まだ実施
に移していない状況です。
 EUとしては、石炭については禁輸で合意していますが、その
実施は2022年8月からであり、まだはじまっていません。ま
た、EU各国も、それぞれ苦しい事情を抱えており、その政治的
な足元はそれぞれきわめて不安定です。
 フランスは、エネルギー問題が物価高などを通じて内政に影響
を及ぼし、マクロン陣営は、低所得者層を中心に不満が充満し、
6月19日の国民議会(下院)選挙で敗北し、与党連合は過半数
割れに追い込まれています。
 ドイツのシュルツ首相は「ロシアへのエネルギー依存度を下げ
ることが必要だ」とはいうものの、ガス問題については口を閉ざ
しています。国際エネルギー機関(IEA)によると、ドイツの
20年のロシア産ガスへの依存度は46%であり、これはG7の
なかでは最も高いのです。英国の依存度は3%、フランスは20
%です。しかも、ドイツは既にロシアからパイプラインを通じた
ガス供給を一部削除されており、苦しい状況にあります。
 それでは、日本についてはどうでしょうか。
 ロシアは、岸田政権が前安倍政権と異なり、ウクライナ侵攻を
めぐって欧米と共同歩調を取って、厳しい対ロ制裁に加わってい
ることに対して、日本を欧米と共に「非友好国」に指定していま
す。そしてとくに日本が直接関係のない北大西洋条約機構(NA
TO)の首脳会議にまで出席したタイミングを狙って、ロシアは
日本に対して、切り札を切ってきたのです。それがロシア大統領
令「サハリン2/譲渡命令」です。究極の嫌がらせです。7月2
日付の朝日新聞は、これについて、一面トップ記事で次のように
伝えています。
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◎サハリン2/譲渡命令/ロシア大統領令
 日本、LNG権益失う恐れ/プーチン氏、制裁対抗か
 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 ロシアのプーチン大統領は、6月30日、日本の商社も出資す
るロシア極東の液化天然ガス(LNG)・石油開発事業「サハリ
ン2」の運営を、新たに設立するロシア企業に譲渡するよう命令
する大統領令に署名した。
 ウクライナ侵攻をめぐり対ロ制裁を強める日本への対抗措置と
みられ、日本側が事業の権益を失う恐れが出てきた。サハリン2
で生産するLNGの約6割は日本向けとされ、日本のエネルギー
戦略にも大きな影響を与える可能性がある。
            ──2022年7月2日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 「サハリン2」は、生産する6割が日本向けとされ、三井物産
(12・5%)と三菱商事(10%)が参加しています。この権
益が奪われると、日本のエネルギー政策にとって大打撃になるこ
とは確実です。しかも、日本も現在、参院選の真っ只中であり、
選挙結果にも重大な影響があるものと考えられます。
              ──[新しい資本主義/120]

≪画像および関連情報≫
 ●「サハリン2」継続か撤退か、割れる経済界 欧州は「脱
  ロシア」急ぐ
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   日本企業が出資するロシア・サハリンの資源開発から欧米
  企業が撤退を表明し、日本の経済界にも、波紋が広がってい
  る。エネルギーの安定供給を優先するのか、痛みを伴ってで
  も欧米企業と足並みをそろえるのか、主張は割れている。
   英石油大手シェルが撤退を決めた「サハリン2」は日本へ
  のLNG(液化天然ガス)の輸出拠点で、三井物産が12・
  5%、三菱商事が10%出資している。日本はLNGの約8
  %をロシアからの輸入に頼る。石油の約4%と比べて依存度
  は高い。三井物産幹部は今後の対応について「エネルギー安
  全保障をどう考えるか政府と協議する」と話す。
   サハリン2で生産するLNGの約6割は日本向けとされ、
  東京電力と中部電力が出資する火力発電会社JERAのほか
  東京ガスや大阪ガスなどが調達する。広島ガスのように調達
  量の約5割を占めるところもある。撤退によって供給がスト
  ップし、代わりに価格の高い短期契約で市場から買うことに
  なれば、電気代やガス代のさらなる値上がりにつながる。
   日本商工会議所の三村明夫会頭は3日の会見で「都市ガス
  や電気を使うユーザーに影響することをきちっと考えて対応
  すべきだ」と強調。日本企業が権益を手放しても中国がその
  分を引き受ける可能性に触れ、現実的な対応を求めた。萩生
  田光一経済産業相も8日の参院経産委員会で「我々が権益を
  手放しても第三国がただちにそれをとって、ロシアが痛みを
  感じないのであれば(経済制裁の)意味がない」と述べた。
                 https://bit.ly/3I70KxU
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サハリン2
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2022年07月05日

●「8年間かけて制裁に強い経済構築」(第5765号)

 ところで、ロシアの経済の状況はどうでしょうか。
 産経新聞特別記者、田村秀男氏がグラフで見せてくれます。添
付ファイル「ロシアの通貨、物価と金利」をご覧ください。
 ロシア軍がウクライナ国境を越えて侵攻したのは、2月24日
のことです。米欧日の制裁前における2021年12月と、20
20年1月における、ロシア通貨ルーブルの対ドル、対ユーロ、
消費者物価上昇率、短期金利の位置を確認してください。
 米国は、かなり早くからロシアのウクライナへの侵攻の情報を
掴んでいて、実施すれば金融制裁をかけるとロシアに通告してい
たのです。何とかして思い止まらせようと考えたからです。した
がって、ロシアがウクライナに侵攻をはじめると、直ちに第1弾
の金融制裁がかけられたのです。
 そうすると、ロシア通貨ルーブルは、対ドルでも対ユーロでも
急落し、短期金利は上昇し、消費者物価は高騰しています。しか
し、4月を過ぎる頃になると、通貨ルーブルは、対ドルでも、対
ユーロでも元の位置に戻っています。短期金利は4月頃から急速
に下がりはじめ、5月の中頃には2月の時点よりも低くなってい
ます。ただ、消費者物価だけは、上昇したままになっていますが
5月頃から下がる傾向を示しています。物価について、田村秀男
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 物価は高水準だが、峠を越えたようである。2月下旬時点で約
6400億ドル(約86兆7000億円)のロシアの対外準備は
6月下旬までに600億ドルほど減ったあと下げ止まっている。
外準減はルーブルの買い支え市場介入に伴うのだが、もはや介入
も最小限で済む。ロシアの外貨資産の安定した運用に協力してい
るのは中国である。中国はロシア石油と穀物の輸入を急増させて
いるばかりでなく、約1000億ドル分のロシア外準を預かり、
ルーブル相場下支えに協力する。中国の対露協力を野放しにして
いることが、G7制裁不発の一大要因なのだ。
        ──「田村秀男/『お金』は知っている」より
                6月30日発行「夕刊フジ」
─────────────────────────────
 プーチン大統領は、2022年4月18日、閣僚たちを集めて
次のように勝利宣言を行っています。このニュースは、ロシア全
土にテレビ中継されています。
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 西側諸国による我が国の市場にパニックを生み出す作戦は、間
違いなく失敗した。彼らは、金融・経済情勢を一気に揺るがした
が、我が国は耐え抜いた。消費者市場を人為的に規制しなかった
のは正しい決定だった。むしろ欧米諸国の経済の方が悪化してい
る。通貨ルーブルの為替レートは、ほぼウクライナへの特別軍事
作戦前の水準に戻っている。    ──プーチンロシア大統領
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 西側諸国の多くの人は、これを「プーチンの強がり」ととった
でしょうが、ロシアの経済状況が、ウクライナ侵攻前に戻ってい
ることは事実です。
 どうしてこうなったかです。この答えは、2022年6月3日
付の金野雄五北星学園大学経済学部教授のレポートによって明ら
かです。以下、要点をまとめます。
 ロシアは、2014年にウクライナのクリミア半島を併合しま
したが、そのとき、ロシアは国際的な経済制裁を受けています。
このとき、米欧はロシア要人の資産凍結や渡航制限、金融規制の
実施や、エネルギーに関しても、北極海や北極圏での石油開発の
に利用する資機材や技術の輸出を禁じています。
 ここでプーチン大統領は学習したのです。「これに対抗するに
は、経済を自国のみで完結できるかたちにする必要がある。その
ためには、やるべきことはたくさんある」として、ひとつずつ実
行していったのです。
 まず、対外債務をきれいにする必要があります。そのため、対
外債務の返済をはじめています。その結果、クリミア併合直前の
2013年12月に7288億6400万米ドルあった官民合わ
せた対外債務残高を、2021年12月には4799万6200
万米ドルと、約35%減らすことに成功しています。
 財政健全化も図っています。2014年に、国内総生産(GD
P)比1%ほどあった財政赤字を、新型コロナウイルス感染拡大
前の2019年には2%ほどの黒字に転換させています。どのよ
うにしてやったかというと、主に歳出を削減し、原油をはじめと
したエネルギー価格の下落で税収が減ったとしても、財政赤字に
陥り難い体制を作り上げていたのです。「プーチン、恐るべし」
彼は、今回のウクライナ侵攻に備えて、西側諸国が課している経
済制裁に耐え抜く経済を着々と作り上げていたのです。
 これに対して日本政府は、30年を要しながら、まだデフレか
ら脱却できず、経済を成長させられないでいます。プーチン大統
領は、経済にも通じているのです。なお、ロシアの経済回復に貢
献したのは、ロシア中央銀行のエリヴィラ・ナビウリナ総裁もそ
の一人です。「デイリー新潮」の記事です。
─────────────────────────────
 ルーブルのV字回復に大きく貢献したのはロシア中央銀行だ。
西側諸国に米ドルとユーロの外貨準備が凍結され、為替介入を事
実上行うことができなくなったロシア中銀は、投機的なルーブル
売りが膨らむのを抑止する目的で政策金利を9・5%から20%
へと一気に引き上げた。ロシア中銀はさらにロシア財務省ととも
に資金規制を導入し、海外貿易の売上高の80%に相当する外貨
を強制的にルーブルに両替することを義務付けた。ロシア中銀が
実行したこれらの政策の効果はてきめんだった。ルーブルは安定
を取り戻し、輸入インフレの悪化は回避された。
                 https://bit.ly/3NAVWlK
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/121]

≪画像および関連情報≫
 ・ロシアへの経済制裁が期待したほど効かない理由
  ───────────────────────────
   ロシアのウクライナ侵攻は、どうやら長期化が避けられそ
  うにない。ロシア軍は4月上旬、首都キーウ(キエフ)周辺
  からは撤退したが、ブチャなどの近郊都市における残虐行為
  が発覚した。その後もロシア軍が戦力を集中している東部戦
  線では、大規模な民間人の死傷者が出ている模様である。4
  月7日にブリュッセルで行われたG7外相会合は、戦争犯罪
  行為を厳しく非難するとともに、ウクライナ向けの人道支援
  と対ロシア経済制裁の強化方針を打ち出した。
   ところが経済制裁は、かならずしも効果を上げていないよ
  うなのである。通貨ルーブルは2月24日の開戦と同時に、
  いったんは1ドル=70ルーブル台から120ルーブルくら
  いまで下落したのだが、4月に入った頃からほぼ元通りの水
  準に戻している。
   ロシア中央銀行は、通貨防衛のために9・5%から一気に
  20%まで引き上げた政策金利を、4月11日からは17%
  に戻している。まるで余裕を見せられているようだが、「国
  内の民間業者が輸出によって得た外貨の80%を強制的にル
  ーブルに転換させる」などの防衛策が一定の効果を上げてい
  るようだ。その代わりと言っては何だが、ロシア国債は案の
  定デフォルト(債務不履行)になりそうだ。
                  https://bit.ly/3yBtzj6
  ───────────────────────────
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ロシアの通貨、物価と金利
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2022年07月06日

●「『サハリン2』に未練のある日本」(第5766号)

 西側諸国がロシアに対してかけた経済制裁が、なぜ効かなかっ
たかについて考えています。岸田政権は、元安倍政権と違って、
ウクライナに侵攻したロシアに対して、G7と一体になって非常
に厳しい姿勢で臨んでいます。
 2014年のロシアのクリミア侵攻のときは、安倍政権でした
が、日本はG7とともに制裁は課したものの、ロシアのプーチン
大統領をして、日本を「非友好国」と指定するほどの厳しい制裁
ではなかったように思います。
 しかし、ロシアは隣国であるし、北方領土の問題や、日ロ漁業
交渉もあるので、プーチン政権やその後の後継政権と領土交渉が
できる余地を残しておく必要があります。それが外交というもの
です。まして岸田首相は、外相を長く務めていましたが、プーチ
ン大統領とそれほど親しい関係とは思えないのです。
 そういう意味において、岸田政権として、やらないでもよかっ
たのではないかと思われることが2つあります。
─────────────────────────────
     @駐日ロシア外交官の国外への追放措置
     A岸田首相のNATO首脳会議への参加
─────────────────────────────
 ところが、ロシアに対して一貫して強気の岸田首相ですが、日
本企業(三井物産/三菱商事)が出資する「サハリン2」事業に
ついては、同じくこの事業に参加する英蘭ロイヤル・ダッチ・シ
ェルが撤退を表明したにもかかわらず、「サハリン2はきわめて
重要なプロジェクト」であるとして、「撤退しない」と主張して
います。ロシアに対する強気な姿勢は、サハリン2に関しては、
かなりトーンダウンしているようにみえるのです。
 そういう岸田政権に向けて、プーチン大統領は、サハリン2を
ロシア側が新たな設置する会社への移管を定めた大統領令に署名
したと通告してきたのです。NATO首脳会議がロシアを「最大
かつ直接の脅威」と指摘した直後のタイミングであり、プーチン
大統領による岸田政権への強烈な「報復措置」と考えられます。
 ロシア産のLNG(液化天然ガス)は、日本のLNG輸入の約
9%を占めますが、これが止まると、値上げが続いている電気・
ガス料金が、さらに高騰する可能性があります。ロシアに強気な
岸田首相が、サハリン2に対してだけは、何となく弱気なのには
別な事情もあります。
 それは、岸田首相の選挙区・広島市に本社を置く広島ガス株式
会社(通称:広島ガス)という企業がありますが、このガス会社
は、LNGの年間輸入量のうち、約5割に当たる20万トンをサ
ハリン2から仕入れている関連しています。もし、これが止まる
と、広島の県民生活や県経済に、重大な影響が出ることになりま
す。プーチン大統領は、そのことを百も承知していて、サハリン
2に手を出してきたものと考えられます。明らかに日本に対する
報復であるといえます。しかし、岸田首相は「すぐに液化天然ガ
スが止まるものではない」の一点張りで逃げているように感じま
す。この間の事情について、7月2日発行の「日刊ゲンダイ」は
次のように報道しています。
─────────────────────────────
 今年3月の参院経済産業委員会で、野党議員が、「(広島ガス
が)サハリン2からの調達ができなくなってしまった場合、(広
島の)県民生活や県経済に大きな影響が出るのではないか」と懸
念を示していた通り、供給停止のツケは消費者に回ってきかねな
い。すでに電力大手10社のうち8社が、燃料費の上昇分を価格
転嫁できる料金制度の上限に到達。広島に本社を置く中国電力も
上限に達したうちの1社だ。
 「生活必需品や光熱費の高騰は今まさに起こっている問題。前
々から業界団体や県民から物価高への不安が出ていたのに、岸田
首相は何ら対応できていない。サハリン2をめぐっても「対応を
考える」と繰り返していますが、本当に対策を講じているのか疑
問です」(広島県政関係者)これが「外交の岸田」の軍拡外遊三
昧の“成果”だとしたら、そのツケを払う地元有権者は、浮かば
れない。    ──2022年7月2日発行「日刊ゲンダイ」
─────────────────────────────
 広島ガスとは別に、ロシアによるサハリン2の措置に日本が衝
撃を受けている情報もあります。とにかくサハリン2に関する日
本の対応は、非常に潔いとは思えないものであるからです。英蘭
ロイヤル・ダッチ・シェルは、ロシア軍がウクライナに侵攻した
直後、このプロジェクトからの撤退を表明しています。きわめて
潔いし、「不当なことは許さない」という断固たる姿勢です。
 また、サハリン2に隣接する石油・天然ガス開発プロジェクト
であるサハリン1に出資する米石油大手のエクソンモービル社も
3月にはこの事業からの撤退を決断し、その翌月には、撤退に伴
う損失として、34億ドルにのぼる損金処理を既に行っているの
です。日本だけがサハリン2に関しては、ダラダラと、未練がま
しく「撤退しない」と表明しているのです。「日本憎し」に凝り
固まっているプーチン大統領は、その日本の弱みを衝いてきたと
いえます。
 この日本の鈍い姿勢には、日本がサハリン2に関連した新規事
業を経済産業省が主導して、ロシアと密かに進めつつあったこと
に関連しています。それは、ロシア最北部に位置するギタン半島
でのLNG開発事業です。この開発事業には、初期投資だけでも
1兆2千億円もの資金が投入される予定になっているウルトラビ
ッグプロジェクトです。
 経済産業省としては、ここから算出される天然ガスから、水素
を分離し、クリーンエネルギーに区分される水素を確保する計画
だったといわれています。したがって、サハリン2から撤退する
と、この事業の計画が雲散霧消してしまうので、サハリン2から
の撤退を躊躇っているのです。なお、この計画には、安倍元首相
が一枚噛んでおり、その命を受けて、今井官房参与が動いていた
とされています。      ──[新しい資本主義/122]

≪画像および関連情報≫
 ・サハリン2の次は「中国による北方領土開発」か、ロシアの
  報復は止まらない/近藤大介氏
  ───────────────────────────
   連日の猛暑で電力不足がクローズアップされる中、日本国
  内で「サハリン2ショック」が収まらない。6月30日、ロ
  シアのウラジーミル・プーチン大統領が、極東地域の日ロ共
  同天然ガス事業「サハリン2」に新たに事業体を設立し、す
  べての資産をその事業体に移行するという大統領令に署名し
  た。権益を求める会社は、1カ月以内にロシアに再申請を行
  うようにとのことである。その際の条件などは不明だが、日
  本側がとても受け入れられないような条件を突きつけられる
  可能性がある。
   「サハリン2」は、ロシアのガスプロムが50%+1株、
  イギリスのシェルが27・5%−1株(2月に撤退を表明済
  み)、三井物産が12・5%、三菱商事が10%の権益を保
  有している。2009年、「中東一辺倒のエネルギー輸入先
  を分散させる」との日本政府の肝煎りで稼働した。生産量の
  約6割をLNG(液化天然ガス)として日本向けに輸出して
  おり、日本の輸入LNGの約9%にあたる。
   日本には翌7月1日にこのニュースが伝わり、それから数
  日、岸田文雄政権は、日本国内に広がる「サハリン2ショッ
  ク」を抑えるのに躍起になっている。実は私は、シェルが、
  「サハリン2」からの撤退を表明した直後の3月初旬、岸田
  政権のある関係者から、こんな話を聞いていた。「三井物産
  と三菱商事は『絶対に撤退しない』と強情を張っている。ま
  た萩生田光一経産相も、『権益を日本が手放せば、第三国に
  渡ってしまい、ロシアを制裁することにならない』と述べて
  いる」。            https://bit.ly/3ulYY6G
  ───────────────────────────
プーチン大統領/サハリン2について宣言.jpg
プーチン大統領/サハリン2について宣言
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2022年07月07日

●「ロシア人はなぜ平然と嘘をつくか」(第5767号)

 2022年7月5日付、日本経済新聞に作家のミハイル・シー
シキン氏の寄稿『プーチンは皇帝か』が掲載されています。その
冒頭の一部を以下に転載します。
─────────────────────────────
 このごろは、ロシア人であるということに苦痛を覚える。今や
全世界にとってロシア語と言えば、ウクライナの街を爆撃し、子
どもを殺害する者の言語、戦争犯罪人の言語、殺人者の言語と同
等と見なされてしまう。この「特別軍事作戦」の目的はロシア人
やロシアの文化、ロシア語を、ウクライナのファシストたちから
救うためだという。だが実際には、この戦争はウクライナのみな
らず、ロシア人やロシアの文化、私の母語に対する犯罪なのだ。
 (中略)プーチンは最後まで戦うだろう。新たに何千人もの命
を火の中に投げ入れながら。しかし、彼に勝ち目はない。彼は国
民に勝利を与えたかった。勝利は、自分が「真の」ツァーリ(訳
注=皇帝)であることの唯一の証しだからだ。
        ──2022年7月5日付、日本経済新聞より
                 https://bit.ly/3AuwQBY
─────────────────────────────
 シーシキン氏は、モスクワ生まれですが、30代からスイスに
住み、ロシア語とドイツ語で作家活動をしています。ロシアの主
要な文学賞をすべて受賞し、プーチン政権には一貫して批判的で
2014年のソチ五輪などで、ボイコットを呼びかけています。
 ロシアは、ウクライナ侵攻以来、シーシキン氏のような知識人
の多くを既に失っています。多くの知識人が既にロシアを離れて
いるといわれます。
 目の前で、ウクライナ中部のポルタワ州のショッピンセンター
にロシアからのミサイルが着弾し、燃え上がっている映像を前に
しても、「ロシアは民間施設を攻撃しない」とか、「この攻撃は
ウクライナがやったものである」とか、平然とウソをつくロシア
の政治家や外交官や軍人には、通常の感覚からいえば、唖然とせ
ざるを得ないのです。
 ロシアによるウクライナ侵攻がはじまった直後の3月頃だった
と思いますが、ミハイル・ユーリエヴィチ・ガルージン駐日ロシ
ア連邦大使がTBSの『報道特集』という番組に出演し、同番組
の金平茂紀記者とウクライナ問題について激しい討論したことが
あったのです。
 そのとき、ガルージン大使が「ロシア軍はけっして民間人を攻
撃しない」というのに対して、番組で民間住宅がロシア軍のミサ
イルで炎上している動画を見せると、「これはあなたたちが、わ
れわれを貶めるために作ったフェイク動画だ」と顔色も変えずに
平然といったのです。テレビの生放送でも、そういうウソをつく
のは驚きです。駐日ロシア大使といえば、ロシアを代表して日本
に駐在している外交官です。そういう国を代表する人物が、ウソ
ではあり得ないTBSのニュース動画に対して「これはフェイク
ニュースだ」という。私はこの番組を見ていたのですが、大使の
言葉を聞いて、唖然としてしまったことを覚えています。
 こういうロシア人のウソについて、ロシアに在住するある日本
人は『ロシア人の根深い嘘の文化』と題して、ネット上で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 ロシアに住んでいて、本当にうんざりすることが、フェイクニ
ュース(虚偽情報)の存在だ。私がロシア人の気質で最初につま
ずいたのが、自己保身のために平気で嘘をつく、決して謝らない
通弊だった。それは密告や投獄が日常茶飯事だった共産主義社会
で生き残るために必要な知恵だったのだろう。
 今でも社会悪や政権の不正を告発する者が逮捕され、時には闇
に葬られるという「正直者が馬鹿を見る社会」が現存する。世界
に衝撃を与えている、欧米に向け拡散されるフェイクニュースの
背後に、ロシアが関わりを持つと言われている。もっともロシア
人の友人たちは、その存在すら認めようとしない。かつてKGB
(ソ連国家保安委員会)のお家芸だった偽情報工作は、ロシアの
根深い嘘の文化を背景にしていると考えてよい。
                  https://bit.ly/3nFCOs2
─────────────────────────────
 そもそもかつてのソ連は、国家による計画経済が欧米の資本主
義経済に敗北し、崩壊しています。現在のロシア経済は、今回の
ウクライナ危機による西側諸国の制裁によって、徐々に孤立化を
深め、ソ連化しつつあります。これが長期化すると、ロシアは再
び敗北する可能性があります。
 今回のウクライナ危機に関して、西側諸国は、エネルギーを過
度にロシアに依存することのリスクを嫌というほど、感じている
はずです。そのため、今後一部のロシアの友好国は別として、エ
ネルギーのロシアヘの依存度を計画的に下げていくはずです。そ
うなるとロシア経済のソ連化は一挙に進行することになります。
 そのひとつにロシアの自動車産業があります。ロシアの自動車
最大手に「アフトバス」という企業があります。アフトバスは、
仏ルノー傘下の企業でしたが、制裁の影響で部品調達が困難にな
り、4月上旬以降は生産がストップしています。ルノーは、5月
16日にロシアからの完全撤退を表明し、アフトバスは独立して
事業を存続することになったのです。
 これに対してプーチン政権は、5月に新車の認可条件を大幅に
緩和する大統領令に署名しています。これによって、6月には主
力車「ラーダ」の最新モデルを発表しています。ところがこの新
車には、エアバッグやABS(アンチロックブレーキシステム)
を搭載していないのです。つまり、5月の大統領令は、昨今の排
ガス対策が施されていない車の販売に道を開くためのものだった
のです。これらの装置には、欧米や日本の技術が不可欠で、国内
での代替生産が不可能になったからです。こんな車を快適性や安
全性に慣れているロシアの消費者が買うはずがないのです。
              ──[新しい資本主義/123]

≪画像および関連情報≫
 ●「帝国」が崩壊して、「冷戦」が終わる ロシアを突き
  動かした屈辱感
  ───────────────────────────
  ――ロシア軍のウクライナ侵攻については、「これまでとは
   違う時代の始まり」だと分析する論者が多いように思いま
  す。なぜ、これをむしろ「古い時代の終わり」と位置づける
  のでしょうか。
   今回の出来事は、ソ連という「帝国」が崩壊する最終段階
  にあたると考えるからです。「帝国」は衰退する過程で様々
  な問題を引き起こします。第1次世界大戦前後までに、「帝
  国」は世界の他の多くの地域で消え去りましたが、ソ連と中
  国は、その後も「帝国」の特徴を維持し続けてきました。歴
  史の大きな流れからみると、今回の侵略は、その帝国が崩壊
  する際にしばしば生じる、血なまぐさい事件の一つだと思い
  ます。それは同時に、「冷戦」が、名実ともに終わりを告げ
  ようとしていることも意味しています。
  ――冷戦が終わったのは1989年にベルリンの壁が崩壊し
  米ソ首脳が冷戦終結を、宣言した時ではないのでしょうか。
   冷戦は、米ソが世界を巻き込んで長期にわたってぶつかり
  合った激しい争いでした。今から振り返ると、89年の冷戦
  の終結はあまりにも平和的でした。やはり冷戦のような争い
  の最後は流血を避けられないのではないか。その具体的な例
  が、ウクライナ侵攻という形で今になって現れてきたのだと
  思っています。「帝国」が衰退する過程では、強かった時代
  へのノスタルジーと自分たちの現実の力との間、自分たちが
  考える国際的な地位と実際の国際社会での扱いの間に、大き
  なギャップが生じます。衰退する帝国は、このギャップに耐
  えられない。失われた栄光を取り戻すために、非合理的な行
  動や、現実を無視した暴力に訴えてしまうのです。ウクライ
  ナに侵攻したロシアにうかがえるのも、そのような姿です。
                 https://bit.ly/3bR1bk0
  ───────────────────────────
ロシアの主力車「ラーダ」.jpg
ロシアの主力車「ラーダ」
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2022年07月08日

●「バイデンは中間選挙で勝てるのか」(第5768号)

 ロシアへの日米欧の経済制裁は、少しずつ効いてはきているも
のの、ロシアに大きなダメージを与えるにいたっていません。ま
た、ウクライナへの欧米の武器の支援もスムーズではなく、数が
決定的に不足しており、そうしている間に、ロシア軍は東部のル
ハンスク州の完全制圧を宣言し、この州の隣のドネツク州におい
て、複数のウクライナ軍支配地に対し、砲撃をはじめています。
戦況はロシア軍に有利な状況が続いています。
 正確な情報ではないものの、現在ロシア軍の兵力は約30万人
であり、これに対してウクライナ軍は約100万人といわれてい
ます。ロシア軍の数が少ないのは、あくまで「特別軍事作戦」で
あって戦争ではないからです。戦争ということになれば、国家総
動員令によって大軍を送ることができますが、特別軍事作戦への
ロシア国内の反対の声が多くなっている現状では、プーチン大統
領は、国家総動員令をかけるのに躊躇っているようです。
 今後は、ドネツク州西部地域の攻防に移り、もし、ドネツク州
全体がロシア軍に制圧されるような事態になると、ロシアは軍の
体制を立て直し、国家総動員令をかけて、首都キーウに攻撃をは
じめるという一部の専門家の意見もあります。ウクライナ軍には
欧米に支援を期待する火力が決定的に足りないのです。欧米から
のウクライナに対する武器支援がうまくいっていないのです。
 ところで、ウクライナを支える米国のバイデン政権の国内の支
持率が思わしくないのです。
 中間選挙に向けて、米メディアによる「議会で共和党を望むか
民主党を望むか」という問いに関しては、6月25日の時点では
次のように共和党がリードしています。
─────────────────────────────
      ◎6月25日現在
       共和党 ・・・・・ 44・8%
       民主党 ・・・・・ 42・5%
─────────────────────────────
 現在、米国の中間選挙(上院の3分の1と全下院議員改選)に
立候補する候補者を決める予備選は、全米の半分を超える26州
で既に投開票を終えていますが、トランプ前大統領が支持する候
補者が圧倒的に優勢です。
 野党・共和党の予備選では、上下両院と州知事選の合計で、ト
ランプ前大統領が推薦する候補者の9割超が勝利しています。ト
ランプ推薦候補の成績は次のようになっています。
─────────────────────────────
       上院選 ・・・・・ 12勝01敗
       下院選 ・・・・・ 89勝05敗
      州知事選 ・・・・・  7勝03敗
─────────────────────────────
 2022年5月にクイニピアック大学の実施した調査によると
バイデン政権の現在の支持率は次のようになっています。
─────────────────────────────
     ◎バイデン政権の支持率
                支持  不支持
         経済政策  32%  63%
        コロナ政策  48%  47%
      ウクライナ政策  44%  50%
─────────────────────────────
 バイデン政権の支持を奪っているのは、米国におけるインフレ
です。4月8・3%、5月8・6%と上昇しつつあります。バイ
デン政権の発足時には1%であったことを考えると、米国民はバ
イデン政権の明らかな失政であるとみています。
 問題は、中間選挙で民主党が勝てるかどうかです。米国の中間
選挙は、上院の3分の1が入れ替わり、下院は全議員が改選され
ることになっています。この場合、下院で過半数が維持できない
と、議会がいわゆる「ねじれ」の状態になり、法案が通りにくく
なってしまうのです。
 重要なのは、上院のゆくえです。現時点では、上院はかろうじ
て民主党に有利です。上院の定員は100ですが、60以上を確
保する必要があります。上院では、60を取らないと「フィリバ
スター」といって、議事妨害を受ける恐れがあるからです。日本
の議会でいえば「牛歩戦術」のようなものです。フィリバスター
とは、オランダ語で「海賊」の意味です。
 果たして、バイデン政権は、中間選挙で勝てるのでしょうか。
もし中間選挙で負けてしまうと、法案がほとんど通らず、必要な
政策を何も打てなくなります。つまり、バイデン政権は2年にし
て、レイムダック化してしまうことになります。もし、そうなる
なら、当然ロシアへの姿勢も変化するし、ウクライナへの対応も
変わる可能性があります。
 これについて、経済評論家の渡辺哲也氏と、中国ウォッチャー
として著名な宮崎正弘氏が、次のように話しています。
─────────────────────────────
渡辺:現状では、中間選挙で民主党が上下院とも負けるとすでに
 予測されています。
宮崎:逆に言うと、中間選挙で共和党が両院とも勝利するのが見
 えてきたということですね。(中略)上院と下院ともに共和党
 が勝利すると同時に民主党のバイデン大統領はレームダック化
 します。
渡辺:上院と下院ともに共和党が過半数を占めると、共和党政権
 と同じ状況になって、グリーン政策も全部ひっくり返ります。
 バイデン政権がCOP26などで約束した温暖化対策も完全に
 すっ飛ぶ格好になるのです。トランプ時代に完全に先祖返りす
 ると言っていいでしょう。    ──宮崎正弘/渡辺哲也著
 『プーチン大恐慌/ウクライナ後の世界で日本が生き残る道』
                        ビジネス社
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/124]

≪画像および関連情報≫
 ●バイデン大統領が中間選挙で「敗北濃厚」な深刻事情
  =前嶋和弘氏
  ───────────────────────────
   「国の中に多くの不満と疲労感があることは、承知してい
  る」──。バイデン米大統領は1月19日、政権発足から1
  年の節目に演説し、雇用状況の改善などの成果を挙げながら
  も、国内に課題が山積していることを認めた。バイデン氏は
  新型コロナウイルスの変異株「オミクロン株」が広がる中で
  「パニックは起きていない」と強調するとともに、もう一つ
  の課題に挙げたインフレについては、供給網の混乱解消など
  を通じて沈静化を図る考えを力説した。
   だが、就任から丸1年の節目となったこの日、バイデン氏
  自身は強い徒労感に襲われたのではないか。というのも、同
  日の連邦議会上院で、バイデン氏が強く推進してきた投票権
  擁護に関する2法案の可決が絶望的になったからだ。
   バイデン政権と与党・民主党は、人種マイノリティー(少
  数派)の投票の機会を広げる「投票の自由法案」と、各州で
  進む投票ルールの変更について司法省の監督権限を拡充する
  「ジョン・ルイス投票促進法案」の二つの連邦法の制定を目
  指してきた。米国の各州で投票を制限する州法が広がる動き
  に対抗するのが狙いだ。
   ニューヨーク大学ブレナン司法センターによると、米国で
  は2021年に郵便投票の利便性の縮小、投票の時間や場所
  の制限、身元確認の強化など34の規制法が19の州で施行
  された。テキサスやジョージアなど共和党が地盤とする南部
  で顕著だ。           https://bit.ly/3RaYjyx
  ───────────────────────────
中間選挙で敗色濃厚のバイデン政権.jpg
中間選挙で敗色濃厚のバイデン政権
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2022年07月11日

●「安倍元首相死去による2つの喪失」(第5769号)

 2022年7月8日、日本の政治史上、思いもよらぬ出来事が
起きたといえます。安倍晋三元総理が、奈良市の近鉄大和西大寺
駅前の広場で、参院選の応援演説をしているとき、背後から近づ
いてきた男に銃で撃たれ、ドクターヘリで運ばれた橿原市の県立
医科大学付属病院において、懸命な救命措置が行われたものの、
亡くなったことです。
 首相経験者が銃撃されて亡くなるケースは、戦後には例がなく
選挙演説中に銃撃され、死亡したケースとしては、1932年2
月、右翼結社の血盟団の団員が、衆議院選挙の最中、井上準之助
前蔵相が演説会場で演説しているときに銃撃され、死亡したケー
スがあります。まして今回は、街頭演説中のことであり、背後か
ら狙われたら、防ぐのは困難です。こういうことが連鎖しないこ
とを祈るばかりです。
 安倍元首相の死去に関しては、世界各国の首脳から、多くの弔
電が寄せられていますが、ロシアのプーチン大統領からも、次の
ような弔電が届いています。
─────────────────────────────
 安倍晋三氏の死に際し、深いお悔やみを申し上げます。犯罪者
の手は、長きにわたり日本政府を率い、両国間の関係発展に多く
を成し遂げた、優れた政治家の命を絶ちました。私とシンゾーは
定期的な連絡を取り続けましたが、その中で彼の素晴らしい個人
としての、またプロフェッショナルな資質が、完全に発揮されて
いました。    ──ロシア・ウラジミール・プーチン大統領
─────────────────────────────
 おそらく現在の日本で、プーチン大統領から、これだけの弔電
をもらえる人は、安倍元首相だけであろうと思います。北方領土
返還のため、成功も前進もなかったものの、これほど努力した政
治家は、安倍晋三元首相以外いないと考えられるからです。
 ロシアといえば、2018年平昌冬季五輪のフィギュアスケー
ト女子で金メダルに輝いたアリーナ・ザギトワさん=ロシア=は
8日、銃撃されて死去した安倍晋三元首相に「謹んでお悔やみ申
し上げます」と表明。2度にわたる面会の写真をインスタグラム
に24時間限定で投稿し、メッセージに「涙」の絵文字を付けて
います。秋田犬の「マサル」贈呈の件で、安倍元首相と2回会っ
ているからです。
 それにしても、安倍元首相を失ったことは、自民党にとって、
いや、政府与党にとって、次の2つ喪失につながる恐れがあると
考えられます。
─────────────────────────────
    @財務省と向き合えるパワーを持てる勢力の喪失
    Aロシアとの関係の修復ができるキーマンの喪失
─────────────────────────────
 @について考えます。
 2012年12月26日からスタートした安倍政権は、202
0年9月16日に総辞職するまで、安倍首相の連続在任日数は、
2822日となり、第1次政権を含む通算在任日数は3188日
で、いずれも憲政史上最長となっています。
 その間、安倍政権は、日本をデフレから脱却させるために、日
銀と連携によるアベノミクスを推進させています。アベノミクス
がうまくいったかどうかについては諸説がありますが、民主党の
野田政権と自民党プラス公明党が組んで法律化していた「社会保
障と税の一体改革」によって税率を5%〜10%に引き上げざる
を得なくなり、結果として日本経済をデフレから脱却させること
には失敗しています。
 しかし、安倍政権が一貫して財務省勢力と戦っていたことは確
かであり、その点は評価できます。その他、森友問題や桜を見る
会などの不祥事はありましたが、首相を降りたものの、自民党の
最大派閥の長として、日本にとって、最も重要な防衛力強化問題
に取り組むため、財務省勢力と渡り合えるパワーを持つ存在であ
ることは確かです。しかし、安倍元首相の死去によって、政治の
パワーバランスが変わるざるを得なくなります。7月9日付、日
本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
 政府が6月に決めた経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方
針)。安倍氏は基礎的財政収支(プライマリーバランス)の目標
年次を設けないよう働きかけた。防衛費も5年以内に国内総生産
(GDP)比で2%とするよう求め、政府に自身の主張をのませ
た。背景にあったのが最大派閥の会長という党内力学だった。首
相が率いる岸田派は党内第4派閥にとどまる。安倍氏を無視して
党プロセスを進めるのは難しく、安倍氏が決定権を握る構図が生
まれていた。1990年代以前の政府と党の関係に戻る兆しも指
摘されていた。
 参院選後の政権運営を巡っても安倍氏の意向は注目を集めた。
安倍氏が次期総裁選などでも首相を支え続けるのか、他の候補を
擁立するかが政権運営を左右した。安倍氏の死去は党内力学を変
える。最大派閥の清和政策研究会(安倍派)には安倍氏の後継と
して衆目の一致する候補者が乏しい。
        ──2022年7月9日付、日本経済新聞より
─────────────────────────────
 Aについて考えます。
 ロシアによるウクライナ侵攻によって西側諸国は、経済制裁に
よる脱ロシア化を進めており、日本もそれに深く参加しています
が、ロシアという国がなくなるわけではなく、日本はロシアの隣
国であり、領土問題を抱えています。したがって、いつかは、ロ
シアとの関係修復を図る時期が来ると思います。それは、日本の
国益にとって、最善の方法で行う必要があります。
 安倍元首相は、そのさいのキーマンになり得る存在であり、日
本は、そういう大事なキーマンを失ったことになります。これは
日本にとって、大きな損失になると思います。
              ──[新しい資本主義/125]

≪画像および関連情報≫
 ●安倍元首相死去、政治情勢にどう影響「岸田首相は独自路線
  を取るか」政治アナリスト・伊藤惇夫〈dot.〉
  ───────────────────────────
   安倍晋三元首相が、街頭演説中の奈良市西大寺東町の路上
  で凶弾に倒れた。最大派閥・清和政策研究会(清和会)の領
  袖で保守の象徴である安倍氏は、国政に大きな影響力を示し
  てきただけに、今後の政治情勢にも変化を及ぼしそうだ。岸
  田文雄首相の政権運営や今後の政策にどんな影響が考えられ
  るのか。政治アナリストの伊藤敦夫氏に話を聞いた。
   岸田首相と安倍氏は、これまで微妙な関係を見せていまし
  た。安倍氏は岸田首相に、人事や政策面でいろいろと注文を
  つけていました。これに対し岸田首相はいなしたり、受け入
  れるそぶりを見せたりと、「曖昧路線」をとってきました。
   例えばごく最近では、防衛省事務次官の人事をめぐり、岸
  田首相は安倍氏の要望を蹴っています。他方で、防衛力の強
  化や改憲の問題では、一見、安倍氏の要求をのんでいるよう
  な姿勢を見せていた。しかし、岸田首相は安倍氏が主張して
  きた「防衛費を対GDP比で2%にする」という言質を与え
  ることはしないし、改憲についても、参院選後に改憲勢力が
  33分の2を占めても一気に進めるかは微妙なところです。
   岸田首相の曖昧路線は、意識的なものなのか性格のためな
  のかはわからないところもありますが、党内最大派閥である
  安倍派の存在が首相に影響を及ぼしていたのは間違いありま
  せん。安倍派は数の上ではこれからも最大派閥ですが、これ
  までのような影響力を及ぼせるかは難しいところでしょう。
                 https://bit.ly/3bPPOss
  ───────────────────────────
トランプ米大統領と安倍首相(当時).jpg
トランプ米大統領と安倍首相(当時)
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2022年07月12日

●「大きく変化する自民党内派閥力学」(第5770号)

 2022年夏の参院選は、自民党の圧勝に終わっています。も
ともと与党自民党・公明党が負ける選挙ではなかったのですが、
選挙終盤に安倍元首相が銃撃され、死亡するという大アクシデン
トがあったので、「弔い合戦」のような雰囲気が出来上がり、自
民党が圧勝したともいえます。
 まして今回の選挙は、ロシアによるウクライナへの侵攻が起こ
り、日本の防衛に関して危機意識が高まっていたので、政権選択
選挙ではないものの、「有事は自民党を勝たせる」べきという国
民の意思が高まった結果の勝利といえます。
 安倍元首相は、とにかくひたすら何かを懸命にやろうとした首
相です。政治評論家の田原総一郎氏は、安倍元首相を評して「や
りたいことがはっきりしている政治家」と評していますが、まさ
にその通りであると思います。
 国内では、日銀の黒田総裁と組んで、異次元の金融緩和の下で
アベノミクスを展開し、日本経済をデフレから脱却させようとし
ています。デフレからの脱却は、2つの消費増税によって実現し
ませんでしたが、日本経済を揺るがしたことは確かです。それが
ここまでできたのは、彼が2度目の首相経験者であったことと無
関係ではないと思います。
 外交面では、「地球儀を俯瞰する外交」という理念を掲げ、世
界の76カ国・地域において、日本が主体的な役割を担う外交を
積極的に展開し、台頭する中国を念頭に、自由と民主主義に基づ
く国際秩序の維持を目的とした「自由で開かれたインド太平洋」
構想を打ち出しています。この構想は、世界のリーダーから支持
を得て、日本の国際社会での評価と存在感を高めることになった
ことは確かです。「TIME」誌が、次回の表紙に安倍元首相の
写真を掲げて特集を組むことが、それをよく物語っています。
 その安倍元首相が突然いなくなったことは、日本の内政・外交
に大きな変化を及ぼすことになります。現在、日本は、内政・外
交ともに危機的状況にあるといえます。それは、「安倍プラス岸
田」でなら、何とか乗り切れると私は思っていたのですが、安倍
首相がいなくなると、失礼ながら、現在の岸田首相では、強い不
安感を感じざるを得ません。
 なぜかというと、岸田首相は「新しい資本主義」を提唱してい
ますが、その具体策は、「目新しさゼロ」であり、「アベノミク
スとどう違うか」もはっきりしません。失礼ながら、経済が本当
にわかっているのかどうか疑問です。
 岸田首相に関しては「岸り人/きしり人」という言葉があるこ
とは、ご存知でしょうか。
 政権発足直前の昨年9月、東証一部の時価総額は、778兆円
だったのですが、岸田首相は、「金融所得課税の強化」「自社株
買い制限」の2つを掲げ、大幅な規制緩和もしないことがわかっ
てしまったため、今年の1月末には、時価総額は679兆円にま
で落ち込んでしまったのです。時価総額というのは、ある上場企
業の株価に発行済株式数を掛けたものであり、企業価値や規模を
評価するさいの指標です。
 4カ月で100兆円が吹き飛んだことで、SNS上では「岸り
人」という言葉が飛び交うようになったのです。「岸り人」とは
岸田政権発足後、資産を大幅に減らした投資家を指す造語を意味
します。アベノミクスで億単位の金融資産を築いた投資家を「億
り人」と呼びましたが、「岸り人」はそれをもじったものです。
 今回の参院選直前、猛烈な物価高が日本を襲いましたが、岸田
内閣は、それに対する具体的な対策を何もアナウンスせずに選挙
に突入しています。これは、「どうしていいかわからない」とい
うように国民に受け止められていますが、それでも参院選に自民
党は圧勝してしまうのです。
 これは想像ですが、首相になった人が自分の内閣を安定的に運
営しようと思うなら、財務省との関係を良くすることが必要にな
ると考えます。財務省は予算を担っており、自分が思うように政
策を進める場合、財務省から反対されると、やりにくくなるから
です。だから、財務省を敵に回したくないのです。
 それを一番感じたのは、民主党政権のときです。民主党政権で
は、鳩山内閣、菅内閣、野田内閣の3つの内閣が誕生しています
が、菅直人元首相と野田佳彦元首相は、次の時期に財務相を経験
しています。
─────────────────────────────
 ◎鳩山内閣
  菅 直人財務相/2010年 1月 7日〜
                 2010年 6月 8日
 ◎菅 内閣
  野田佳彦財務相/2010年 6月 8日〜
                 2011年 9月 2日
─────────────────────────────
 もともと民主党は、公約として、こども手当「1人当たり月額
2万6000円」を掲げて政権交代しましたが、その実現に当た
って、財務省から「そんな財源はない」と突き放されたのです。
そして、菅、野田元首相ともに財務省流の「財政均衡論」によっ
て、あっけなく洗脳されてしまっています。菅直人元首相は、増
税を掲げて参院選を戦い、敗北します。
 その後、菅内閣で財務相を務めた野田佳彦元首相は、財務省に
よって、同じく洗脳され、公約に反して、こともあろうに当時野
党の自民党と組んで、「社会保障と税の一体改革」の法律化を実
現させています。しかし、これによって、民主党党内は、大荒れ
になり、小沢グループの大量離脱を招いています。
 しかし、岸田内閣は、既に述べているように、それを支えるス
タッフのほとんどが、財務省出身の政治家であり、財務省寄りで
す。その岸田内閣の財務省寄りの姿勢への圧力になっていたのが
党内最大派閥を率いる安倍元首相だったのです。
              ──[新しい資本主義/126]

≪画像および関連情報≫
 ●安倍元首相、急逝のウラで…マスコミがあえて報じない、
  岸田政治「外交と国防」のシナリオ
  ───────────────────────────
   参議院選挙の選挙期間が終わった。安倍晋三元首相が銃撃
  され亡くなるという、長い政治記者生活の中でも未曽有の出
  来事に驚愕しながら、筆者自身も投票を終えた。
   秋の臨時国会での大胆な財政支出、そして憲法改正や来年
  度予算編成での防衛費増額に意欲を見せていた安倍元首相が
  7月8日、近鉄大和西大寺駅前で遊説中、銃撃され死亡した
  ことは、この先、補正予算案の編成や安全保障政策に多大な
  影響を与えることになる。
   筆者は、今回の参議院選挙を、「自公VS野党ではない。
  岸田VS安倍の戦いだ」と位置づけ、安倍元首相による自民
  党候補の応援演説の内容に着目してきた。6月27日、千代
  田区で開かれた生稲晃子候補の決起集会で、安倍元首相は、
  「1993年に初当選した同期の中で、最もハンサムなのは
  岸田さんだが、最も人柄が良いのは私」と笑いをとった。そ
  して、話が経済に及ぶと、アベノミクスの実績を強調し、円
  安であっても「金利を上げるべきではない」と、自身が敷い
  てきた路線を堅持するよう求めた。
   7月6日、横浜駅西口で三原じゅん子候補の応援に駆け付
  けた際は、憲法への自衛隊明記と防衛費のGDP比2%まで
  の増額に触れ、「自分で努力しない国に手を差し伸べてくれ
  る国はどこにもない。日本とアメリカの間には強固な同盟関
  係があるが、何もしない日本のため戦うことにアメリカ国民
  の理解を得ることができるだろうか」と、駅前を埋め尽くし
  た聴衆に熱く防衛力の強化を訴え続けた。
                  https://bit.ly/3bXE5rT
  ───────────────────────────
菅直人元首相/野田佳彦元首相.jpg
菅直人元首相/野田佳彦元首相
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2022年07月13日

●「防衛省関連人事をめぐる岸田構想」(第5771号)

 本テーマでの連載は今回が127回であり、長くなっているの
で、7月15日(金)で終了する予定です。本当は次のテーマと
しては、「メタバース」を考えており、現在、本などを読んで準
備していますが、まだ情報が足りません。そこで、別のテーマを
用意することにします。19日からそのテーマを取り上げます。
 現在、財務省が一番警戒しているのが、防衛予算の増大です。
「GDP対比2%」という数字が出ていますが、岸田政権は「は
じめから数字ありきではない」と否定しています。
 これに対し、岸田首相は、安倍元首相が猛反対することは承知
のうえで、電光石火ある人事を断行しています。6月17日の決
定です。この人事について、6月17日付の朝日新聞デジタルは
次のように伝えています。
─────────────────────────────
 政府は17日の閣議で、防衛省の島田和久事務次官(60)を
退任させ、後任に鈴木敦夫防衛装備庁長官(60)を充てる人事
を決めた。(中略)ただ、島田氏は国の外交・防衛政策の基本方
針となるNSSを9年ぶりに改定するという岸田政権にとって重
要課題を担っており、続投が既定路線だった。それだけに島田氏
の交代には省内に驚きが広がっている。
 政府関係者によると、交代は首相官邸の主導で決まり、「次官
は2年間が通例」と理由が防衛省に示された。岸信夫防衛相は、
継続性の観点から反対の意向を示したが、覆らなかったという。
島田氏は約4年間空席だった防衛相の政策参与に就任する。
 安倍氏も島田氏の交代を疑問視しているという。岸田政権に影
響力をもつ安倍氏が防衛費の議論をリードするようにGDP(国
内総生産)比2%を訴えてきたが、島田氏との関係を指摘する声
がある。省内には、「安倍氏と島田氏が近いことはみんな分かっ
ている。官邸がよく思わなかったのでは」(幹部)との見方もあ
る。     ──2022年6月17日付、朝日新聞デジタル
                  https://bit.ly/3uFsoNb
─────────────────────────────
 岸田首相のいい分は、「事務次官の任期は2年が原則である」
の1点張りです。それも、後進者に道を譲るというのでもないの
です。新しく任命された鈴木敦夫防衛装備庁長官は、島田次官と
同期であって、霞が関では、同期の任命はないというのが原則に
なっています。実際問題として、同期が2代続けて事務方のトッ
プである事務次官に就任するのは、2007年の防衛省発足後、
一度もないことです。
 岸田首相の本当の狙いは、今後の防衛費増大の決定に関し、安
倍元首相に近い人物を重要ポストに置きたくなかったことにあり
ます。なぜなら、島田和久氏は2次安倍政権で6年間も首相秘書
官を務め、安倍元首相に近いことで知られるからです。岸田首相
としては、そういう安倍元首相に近いを人を外したかったという
ことに尽きます。
 この人事には、岸防衛相が難色を示し、松野博一官房長官に反
対を申し入れましたが、聞き入れられなかったといいます。そこ
で、安倍首相は首相官邸にクレームの電話を入れています。その
ときのやり取りについて、「フライデイ・デジタル」は次のよう
に伝えています。
─────────────────────────────
 栗生俊一内閣官房副長官(63)は、(安倍元首相のクレーム
の電話に対して)、「次官の就任2年での交代は慣例」「決定事
項ですので」と電話一本で冷たく切り捨てたそうです。今回の人
事を主導したのは、栗生副長官と木原誠二内閣官房副長官、そし
て財務省の面々です。そもそも、安倍元総理は今年の経済財政運
営の指針「骨太の方針」で、防衛費の大幅増額を主張。原案では
「GDP2%」を本文に入れ、必要額達成までの年限を「5年以
内」と明記させた。その立役者こそ、安倍元総理の腹心である島
田次官でした。この動きを苦々しく思っていた財務省は、島田氏
を議論から排除することが念願だったのです。安倍元総理の骨太
に関する発言を受け、文言を修正するハメとなった岸田総理は周
囲に恨み節を吐いており、今回の人事はその意趣返しという側面
があります。            https://bit.ly/3Rk5ODz
─────────────────────────────
 この岸田側近の無礼な対応に腹を立てた安倍元首相は、岸田首
相に電話をかけて、事務所に呼びつけ、島田次官を続投させるよ
う迫ったといいます。しかし、岸田首相は、「事務次官の任期は
2年であり、既に決まったことである」と一方的に安倍首相に伝
えています。これによって、岸田首相と安倍元首相の間にはかな
り亀裂が入ったものと考えられます。
 岸田首相が狙っているのは次の内閣改造での防衛相を交代させ
る人事です。現在の岸防衛相は、このところ身体が悪く、車椅子
で移動するまでになっています。岸田首相は、病気を理由に岸防
衛相を退任させる意向です。しかし、岸防衛相は、安倍元首相の
実の弟であり、安倍元首相との対立は必至ですが、それでもやる
つもりだったといいます。しかし、その安倍元首相はいないので
す。岸田首相にとって、側近にとって、財務省にとって、こんな
都合の良い話はないということになります。
 それでは、岸田首相は、誰を防衛相に任命しようとしているの
でしょうか。
 その意中の人は、寺田稔内閣総理大臣補佐官(国家安全保障に
関する重要政策及び核軍縮・不拡散問題担当)です。寺田氏は、
元財務官僚であり、広島県出身で、自民党の広島県連会長を務め
ています。安倍元首相がいないなか、この人事はほぼ確実に実行
されると思います。岸防衛相退陣です。
 添付ファイルとして、首相官邸、防衛省の人脈図を図解してい
ます。そのためにこそ、島田財務事務次官をやや強引に辞任させ
たのです。岸田首相は、寺田稔防衛大臣、鈴木敦夫防衛事務次官
のコンビで、防衛費増大問題をコントロールさせようとしている
のです。          ──[新しい資本主義/127]

≪画像および関連情報≫
 ●島田防衛次官、退任し参与に 官邸は留任認めず
  ───────────────────────────
   防衛省の島田和久事務次官が1日付で退任した。年末に国
  家安全保障戦略などの改定を控え、岸信夫防衛相は島田氏の
  留任を求めたが、首相官邸側が「任期2年」の慣例を主張し
  認めなかった。岸氏はこれを受け、島田氏を同日付で防衛相
  政策参与と防衛省顧問に充てた。
   「日本が作る防衛計画に世界中が注目し、期待している。
  皆さんの力で大いなる成果を出してほしい」。島田氏は1日
  の離任式で、幹部職員らを前にこう訓示した。関係者による
  と、岸氏の実兄である安倍晋三元首相も、島田氏の交代に反
  対した。島田氏は、2012年12月から約6年半、首相秘
  書官として安倍氏に仕え、現在でも関係が深い。
   今回の人事は、防衛費増額をめぐる政府・自民党内の対立
  が原因との見方がある。安倍氏はかねて、大幅増を求める発
  言を繰り返してきた。政府が先月閣議決定した経済財政運営
  の基本指針「骨太の方針」をめぐっても、「国内総生産(G
  DP)比2%」に言及した上で、「防衛力を5年以内に抜本
  的に強化する」と明記させた。
   こうした動きに対し、官邸幹部は「一線を退いた人は発言
  を控えるべきだ」と反発。島田氏を退任させることで、安倍
  氏をけん制するとともに、安保戦略などの改定論議を、岸田
  文雄首相の主導で進める狙いがありそうだ。
                  https://bit.ly/3yvEwRT
  ───────────────────────────
防衛省事務次官人事相関図.jpg
防衛省事務次官人事相関図
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2022年07月14日

●「強制貯蓄が溶ければ景気回復する」(第5772号)

 参院選に大勝したにもかかわらず、岸田首相の顔は厳しいまま
です。それは、安倍元首相を突然失った喪失感によるものである
ことは確かですが、これからは何もかも自分で決断してやらなけ
ればならない立場になったことによる不安感を伴う責任感ではな
いかと考えられます。
 安倍元首相の突然の逝去を受けて、岸田首相は親しい人に、次
のようにいったといわれます。
─────────────────────────────
 もう一つの中心がなくなった。どうやって安定をつくるのか、
考えないといけない。             ──岸田首相
           2020年7月12日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 「もう一つの中心」とは何かというと、宏池会には「楕円の理
論」というものがあって、ものごとには、二つの中心がある方が
一つよりも安定するという考え方です。その二つの中心の一つが
安倍元首相であり、もう一つが自分であると考えて、ここまで、
やってきたが、その一つが突然なくなってしまった。その喪失感
が、岸田首相の表情を厳しくさせているのです。
 岸田政権の課題はたくさんありますが、何よりも重視すべきは
エネルギー問題のからむ物価高への適切な対策であり、早急に景
気を回復させることです。6月14日(火)に、ニッポン放送の
「飯田浩司のOK! Cozy up!」に高橋洋一氏が出演して、 次の
やりとりをしています。
─────────────────────────────
飯田:資金繰りについて飲食業の方々に聞くと、むしろコロナ禍
 から起動していくときに運転資金が必要なので、「ここから先
 が踏ん張りどころなのですよ」という話を聞きます。
高橋:金融支援でどこまでできるかわかりませんが、やはり景気
 をよくしないと本質的には難しいですよ。
飯田:全体のマクロをよくしていかないと。
高橋:日本銀行はこんな話をしていないで、全体のマクロ経済を
 よくすることを考えていただきたいです。「急速な円安が経済
 にマイナス」と言われていますが、「急速」ということはない
 と思います。
飯田:急速ということは
高橋:こういう関係を活かすマクロ経済政策により、需給ギャッ
 プ(GDPギャップ)を縮めるようにするべきです。黒田さん
 はGDPギャップについて、強制貯蓄があるから縮まるかのよ
 うに説明していますが、大問題です。飲食が大変なら「Gо・
 Tоトラベル」など「呼び水」になることをやるべきです。そ
 うすれば本当に需要が出ます。
飯田:資金繰りを支援するのであれば、経済を回して利益を上げ
 てもらった方がいいと。
高橋:日銀の黒田総裁は「強制貯蓄で回復します」などと言わず
 に、「ここは呼び水が必要です」ということで、「総理Gо・
 Tоトラベルをぜひ」と言った方が面白いではないですか。
                  https://bit.ly/3aC84VX
─────────────────────────────
 このやり取りのなかで、「強制貯蓄」という言葉が出てきます
が、これは何を意味しているのでしょうか。
 これは、日銀がいい出したことですが、「感染症の影響下で消
費機会を失ったことなどにより積み上がった手元資金」を意味し
ています。例えば、夏休みに旅行に行く予定でいた家庭が、コロ
ナ禍で行けなくなったとします。そのさい、旅行に使う資金が使
えなくて手元資金として残りますが、その資金のことを「強制貯
蓄」といっているのです。2020年中に約20兆円が強制貯蓄
されたと見ています。国民一人当たり16万円になります。
 一方、「リベンジ消費」という言葉もあります。「リベンジ消
費」は、我慢した分を日頃より高価な商品──高級時計とか、高
級車などの購入やサービスに使うことをいいますが、多くの場合
これは長続きしないのです。
 黒田日銀総裁は、強制貯蓄があるから、これが溶ければGDP
ギャップは埋まるといっていますが、「旅行にいったことにして
貯蓄する」と考える家庭もあります。そのためには「Gо・Tо
トラベル」など「呼び水」が必要であり、黒田総裁はそのことを
強調すべきであると高橋洋一氏がいうのです。
 そもそも景気回復のための経済政策はGDPギャップ(需給ギ
ャップ)を有効需要で埋める必要があります。6月6日の内閣府
発表の2022年1月〜3月のGDPギャップは、▲3・7%、
これは、年換算で21兆円の需要不足ということになります。
 高橋洋一氏によると、内閣府の推計は甘いところがあって、実
際にはGDPギャップは30兆円はあり、これを解消しない限り
日本はデフレから脱却できないといっています。現在、米国はイ
ンフレになっていますが、これは、バイデン政権になってから、
大型の財政出動をして、GDPギャップがなくなっているからイ
ンフレになっています。つまり、デフレから脱却するということ
は、このGDPギャップをなくすことを意味します。
 なぜ、GDPギャップをなくさなければならないかについて、
高橋洋一氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 経済対策では、GDPギャップを有効需要で埋めるという原則
がある。というのは、GDPギャップがあると、その後(だいた
い半年程度で)失業率が上昇するからだ。政府には最低限、雇用
を確保する責務があると考えれば、余計な失業を放置しておくの
は許さないという考えだ。もちろん、雇用を維持したうえで、給
与が高くなれば申し分ないが、経済対策の一般則では雇用を確保
した上でないと、給与は上がりにくい。    ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3P2t1IF
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/128]

≪画像および関連情報≫
 ●デフレギャップ、内閣府版は過去最大 日銀となぜ違う
  ───────────────────────────
   内閣府が2020年10月8日に公表した2020年4〜
  6月期の需給ギャップのマイナス幅は数字を遡れる1980
  年以降で最大となった。マイナスなのは、日本経済の供給の
  「実力」に対する需要不足を示し、「デフレギャップ」と呼
  ばれる。これに先立つ5日に日銀が公表した同じ時期のデフ
  レギャップは11年ぶりの大きさと、リーマン・ショック時
  よりはまだ小さい。内閣府と日銀でなぜ違うのか。
   内閣府が「GDPギャップ」と呼ぶ需給ギャップは、4〜
  6月期はマイナス10・2%だった。3四半期連続で水面下
  に沈み、マイナス幅はリーマン・ショック後で最も大きかっ
  た09年1〜3月期のマイナス6・9%を上回った。
   需給ギャップとは、実際の需要を示す現実のGDP(国内
  総生産)と日本経済の平均的な供給力である潜在GDPの差
  を、潜在GDPに対する比率で%表示したもの。経済全体の
  「稼働率」を表しているといえ、需要不足による設備や労働
  力の遊休の度合い、景気の状況、物価の下落圧力などを知る
  ための重要な指標だ。日銀版では4〜6月期はマイナス4・
  83%だった。約4年ぶりにマイナス圏に転じ、その深さは
  09年4〜6月期以来とこちらも深刻な需要不足を示してい
  る点では変わりない。だが、どうして数字に違いが出てくる
  のだろう。        https://s.nikkei.com/3IzvA2r
  ───────────────────────────
GDPギャップ.jpg
GDPギャップ
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2022年07月15日

●「なぜ、防衛国債ではいけないのか」(第5773号)

 経済の問題を取り上げて、昨日まで128回書いてきて、本日
にいたっています。このテーマは今回で最終回です。なぜ、日本
経済は30年近く成長しないのか──この問題について、さまざ
まな角度から検討してきたつもりです。
 数学のように答えの出せる問題ではありませんが、政府の経済
財政政策の失敗というしかないと思います。疑問なのは、日本で
デフレが長期間にわたって続いていることを知らない人は少ない
ですが、「30年近く日本経済が成長していない」ということを
知る日本人が少ないことです。若者が経済に関心が薄いというこ
ともあると思います。
 最近になって日米の金利差の拡大による円安が進み、物価が高
騰して、賃金が長期にわたって増加していないという事実にはじ
めて気がついた人は多いと思います。
 今回のような円安は20年ぶりということです。当時に比べて
深刻なのは、日本の平均年収が20年前より下がっていることで
す。2000年と2020年の年収を比較してみます。OECD
のデータです。
─────────────────────────────
       2000年 ・・・ 464万円
       2020年 ・・・ 440万円
─────────────────────────────
 ドル建てでみた場合、世界における日本の給与水準は2000
年には、OECD加盟国のなかでは3位だったのですが、現在そ
の地位は大幅に下落しています。経済で見ると、日本は明らかに
劣化しています。かつての「経済の日本」は、もはやどこにも存
在しないのです。しかし、国民が選挙で必ず選ぶ政党は、相も変
わらず自民党です。
 もっとも野党が良いというわけではないと思います。今や野党
から有力議員が続々と自民党に乗り換えつつあります。それも選
挙に強い議員ばかりです。野党では、いつまで経っても政権交代
ができないと思っているです。したがって、今回の参院選の結果
は、「自民党の大勝」ではなく、「野党の大敗」ととらえるべき
であります。
 自民党は、選挙区における1人区では28勝4敗、6年前の参
院選では21勝11敗でしたから、今回は圧勝です。しかし、そ
れにしても比例が少ないです。選挙区でこれだけ勝てば、比例で
はもっととれるはずですが、20議席の予測に対して18議席に
とどまっています。その影響で、全体の獲得議席65に対して、
63に終わっています。
 問題は自民党の減った分、つまり自民党批判票の受け皿が、既
成野党ではないということです。3議席を得たれいわ新選組、1
議席のNHK党、参政党などのミニ政党に分散してしまっていま
す。これらのミニ政党が目立ったことについて、『夕刊フジ』の
「鈴木棟一の風雲永田町」は次のように書いています。
─────────────────────────────
 政権への不満の受け皿。新しい参政党は176万票も集めた。
社民党より多かった。これまでもミニ政党は数多く出現し、ほと
んどが一過性で消えた。どれだけ長持ちするか、だ。
       ──2022年7月12日発行『夕刊フジ』より
─────────────────────────────
 岸田政権の懸案事項は、防衛費の増強です。岸田首相はロシア
や中国の軍事的脅威に対応するため、「防衛費の相当な増額」を
既に表明しています。自民党が掲げるGDPの2%を防衛費にす
れば、約11兆円に相当します。今年度の防衛費は約6兆円です
から、実に5兆円の増額になります。
 問題は財源です。亡くなった安倍元首相は、「防衛国債」と銘
打って、当然全額国債で賄うべきであると主張していましたが、
これまで岸田首相は財源については明言していません。おそらく
岸田首相は、東日本大震災のときのように、増税で賄うべきと考
えていると思います。何回もいうように、岸田首相は完全な財務
省寄りの政治家です。
 もし、ここで増税で防衛費の増額分を賄うとなると、日本経済
のさらなるデフレの深化は必至であり、国際的に日本の地位は、
低下していきます。経済が弱いのでは、防衛費を増額しても国は
守れないと思います。経済力こそ国のパワーです。
 防衛費を「5兆円増やす」というと、大変なことのように考え
ますが、新型コロナ対策予備費として、5兆円の予算がついてお
り、しかもかなり余っているといわれます。しかし、財務省は防
衛費に関しては、「削れ!削れ!」の1点張り。財務省の考えて
いる防衛予算に関するレポートについて、元陸上幕僚長の岡部俊
哉氏は次のように反論しています。
─────────────────────────────
 財務省に言いたい。国債の問題だ。資料には「我が国の経済・
財政力を踏まえた『持続可能』な戦略」というタイトルで、「継
続的な支出を暫定的な手段によって裏付けなく賄い続ければ、結
果的にそれ自体が我が国の脆弱性になりかねない」とある。
 明らかに国債発行は、絶対にやらないぞということを言ってい
る。建設国債は認められているが、防衛はどうか。今の国の平和
と安全は将来に向けて続けていかないといけない。これは建設国
債発行の考え方と同じで、今の人も負担するし、将来の人もやっ
ばり負担してもらわないといけない。その観点でいけば防衛国債
というか、名前は違うにしても、少なくとも国債発行というのは
前向きに考えるべきじやないか。──元陸上幕僚長の岡部俊哉氏
              『正論』/2022年7月号より
─────────────────────────────
 「自分の国は自分で守る」──この当たり前のことが今の日本
はできていないと思います。それは、防衛・自衛隊のOBたちの
財務省作成のレポート「我が国の経済・財政力を踏まえた『持続
可能』な戦略」に対する強い憤りによくあらわれています。
          ──[新しい資本主義/129/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●防衛予算10兆円規模へ引き上げで世界3位へ?
  国防に商機! 日本の軍需関連企業まとめ
  ───────────────────────────
   ロシアによるウクライナ侵攻を受け、岸田文雄首相は防衛
  費を増額していく方針を示した。自民党内からは、防衛予算
  を現状の2倍に近い10兆円規模にまで引き上げるという構
  想も出てきており、国内で軍需産業に関連する企業にとって
  は一大ビジネスチャンスが訪れている。
   2021年度の日本の防衛関係費は、2020年度と比べ
  て547億円増えた5兆1235億円で、9年連続の増額と
  なった。このうち、装備品の修理や整備、調達などのための
  「物件費」は、全体の約6割に当たる2兆9316億円だっ
  た。この3兆円という国内市場の規模は、例えば、たばこ市
  場や化粧品市場よりも大きい。
   東京新聞の記事によると、世界各国の軍事支出を多い順に
  並べたランキング(2020年)では、1位が「米国」(7
  780億ドル)、2位が「中国」(2520億ドル)。3位
  の「インド」以下は、1000億ドルを切り、「ロシア」、
  「イギリス」、「サウジアラビア」、「ドイツ」、「フラン
  ス」と続き、9位に日本が入っている。もしも自民党内から
  出ているように日本の防衛費が倍増すると、日本の軍事支出
  は、インドを抜いて世界第3位になるという。上記の「物件
  費」が、防衛予算全体に占める割合が一定とすると、防衛費
  が10兆円に膨らんだ時、物件費は6兆円に拡大する。そう
  なると、市場規模は百貨店業や自動車整備業などを上回るこ
  とになる。           https://bit.ly/3IC2X4A
  ───────────────────────────
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岡部俊哉元陸上幕僚長
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2022年07月19日

●「いま中國経済で何が起きているか」(第5774号)

 2022年7月15日付、日本経済新聞/夕刊は、次の記事を
一面トップで報道しています。
─────────────────────────────
◎中国、0・4%成長に失速/4〜6月実質ゼロコロナ直撃
 【北京=川手伊織】中国国家統計局が7月15日発表した20
22年4〜6月期の国内総生産(GDP)は、物価の変動を調整
した実質で前年同期比0・4%増えた。新型コロナウイルスの感
染封じ込めを狙う「ゼロコロナ」政策で経済活動が滞り、1〜3
月の4・8%増から失速した。景気は6月から持ち直しているが
政府が22年の成長率目標とする「5・5%前後」の達成は厳し
い。     ──2022年7月15日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 中国の習近平政権による「ゼロコロナ」政策で、中国の経済が
おかしくなっていることはわかっています。しかし、どうもそれ
だけではないようです。最近の経済に関する中国のトピックスを
以下、いくつかひろってみます。
─────────────────────────────
◎中国の就活、悲観論拡大
 【北京=川手伊織】16〜24歳の若年失業率は6月、19・
3%と最高を更新した。大卒でも希望の職につけず、内定の取り
消しで涙をのむ学生も多い。現役学生には、将来の就職活動がさ
らに厳しくなるとの悲観論も広がる。(中略)
 「博士課程への進学も視野に入れている」。6月に中国人民大
学を卒業したばかりの蔡さん(22)は不安そうに語る。9月に
始まる新学期に修士課程に進むが、視線は3年後にある。「若年
雇用は今後数年間、さらに厳しくなる」とみているからだ。
 中国の若年失業率は、6月まで3カ月連続で最高を更新した。
上海市のロックダウン(都市封鎖)など新型コロナウイルスの感
染封じ込めを狙う「ゼロコロナ」政策で、景気が悪化した影響が
大きい。     ──2022年7月16日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 良い就職先に就けない学生が多いので、大学院に進学する学生
が増えています。20年に修士課程を終えた学生数は、10年前
の2倍に達し、20年の国勢調査によると、最終学歴が大学院と
いう割合が24歳で3・7%、33歳(1・8%)の2倍に達し
ています。中国の就活市場は、企業に有利な「買い手市場」の色
彩が濃くなりつつあります。
─────────────────────────────
◎中国新幹線/負債120兆円
 【大連=渡辺伸】中国版新幹線「高速鉄道」を運営する国有企
業、中国国家鉄路集団の路線延伸がとまらない。景気底上げを目
指す政府の意向をくみ、2035年に路線を現在より7割増やす
方針だ。ただ、無軌道な拡大で不採算路線が増え、足元の負債総
額は120兆円の大台に達した。今後さらに70兆円超の建設費
がかかるとみられ、巨大国有企業が抱える「国の隠れ債務」が、
中国経済のリスク要因となる懸念がある。
          ──2022年7月6日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 コロナ禍からの景気底上げを狙う政府の意向を汲み、中国の新
幹線を運営する国有企業、中国国家鉄路集団が路線の伸長にやっ
きになっています。鉄路集団は、巨額の費用捻出のため、社債な
どの債権を発行し、国有の銀行や証券会社がそれを引き受けるこ
とを政府は認めています。しかし、この無軌道な拡大によって、
不採算路線が増加し、借金は増える一方です。
 このように中国はいろいろな問題を抱えています。中国経済の
実態は本当のところどうなっているのでしょうか。
 宮崎正弘氏という中国ウオッチャーがいます。中国全土をくま
なく踏査し、中国経済の実態報告に定評があり、中国に関する著
書も多くあって、私はその多くを持っています。その宮崎氏は、
新著の冒頭で、最近の中国について次のように書いています。
─────────────────────────────
 体温調節ができないほどの悪性の風邪をごまかしていたら末期
癌になっていた。脳死状態を宣告されたため生命維持装置を装着
し、かろうじて循環機能を維持しっつ、臓器移植を待っているの
が中国経済の真の姿である。
 そもそも中国経済は国内総生産(GDP)世界第2位とされて
いるが、その真偽も精査されなければならない。中国政府の公表
数字には「ごまかし」しかないからだ。
 中国国家統計局の3割水増しは常識にしても、在庫を統計に入
れている。海外資産も大半が不良債権である。外国銀行からのド
ルの借り入れも外貨準備高に算入しているのだ。
 こうした特殊事情を理由に推測するしかないが、1600兆円
と吹聴されている中国GDPは、かなり正確に見積もって、実質
900兆円あたりだろう。それでも日本の530兆円より多いこ
とは確かだが・・・。            ──宮崎正弘著
          『中国経済はもう死んでいる』/徳間書店
─────────────────────────────
 深刻な話です。しかし、外から見ていると、中国はそのように
見えません。本当のところはどうなのでしょうか。その実態を掴
むことは、日本にとっても重要なことです。
 ロシアによるウクライナへの侵攻によって、中国とロシアは連
携をしています。中国もロシアも日本にとっては隣国です。それ
らの国と日本との関係は今後どうなっていくのかについて、次の
テーマで考えます。
─────────────────────────────
     「中国とロシアは今後どうなっていくのか」
      ──中国でいま何が起きているのか──
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/001]

≪画像および関連情報≫
 ●中国経済は悪化、20年のコロナ禍より幾つかの側面で
  深刻/李首相
  ───────────────────────────
   中国の李克強首相は同国経済について、新型コロナウイル
  スのパンデミック(世界的大流行)が世界を襲った2020
  年よりも幾つかの側面で悪化しているとの見方を示し、失業
  率の低下に取り組むよう求めた。
   首相は当局者らに対し、失業率を低下させ、今年4−6月
  (第2四半期)の経済活動が「妥当なレンジ」で推移するよ
  う確実を期すことを求めたと、国営メディアが報じた。
   ゴールドマン・サックス・グループのエコノミストらは、
  首相が4−6月の経済成長を強調した点について、3月初め
  に設定された成長目標の達成が「厳しい」ことを「暗に認め
  る」ものかもしれないとリポートで指摘。「4月の非常に弱
  い経済活動の伸びや5月に入ってからの勢いに欠ける回復、
  継続的な失業率上昇を踏まえ、中国の政策当局者の間では景
  気下支えの緊急性が高まっている」と分析した。
   首相は厳格な新型コロナ対策が経済に与える影響の抑制に
  努めると示唆したが、そのための具体的な方策は示さなかっ
  た。「われわれは防疫対策と同時に、経済発展の任務もやり
  遂げなくてはならない」と語った。
   コロナ感染封じ込めのロックダウン(都市封鎖)が繰り返
  し実施されているため、米国の経済成長率が1976年以降
  で、初めて中国を上回る可能性が高まっている。こうした状
  況の中、中国政府の指導部は成長の下支えに努めている。
                  https://bit.ly/3yHr6m1
  ───────────────────────────
チャイニーズGDP.jpg
チャイニーズGDP
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2022年07月20日

●「中国がゼロコロナにこだわる理由」(第5775号)

 2022年3月14日のことです。中国・広東省の深せん、東
莞両市がいきなりロックダウンされたのです。読売新聞オンライ
ンは、次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎「ゼロコロナ」の中国で感染拡大、深センが都市封鎖
 【広州=吉岡みゆき、北京=川瀬大介】新型コロナウイルスの
感染が広がっている中国で、国内外の製造業が集積する広東省の
深セン、東莞両市が14日、事実上のロックダウン(都市封鎖)
に踏み切った。わずかな感染拡大も許さない「ゼロコロナ」政策
の徹底により、日系企業などの操業に早くも影響が出ている。
                 https://bit.ly/3aNV67S
─────────────────────────────
 深せん、東莞両都市は、広東省を代表する大都市で、深せん市
の人口は大阪府の倍の1756万人、東莞市の人口は、1000
万人です。これらの大都市がロックダウンされたのです。しかし
ロックダウン前日の3月13日の深せんのコロナ感染者は無症状
者を含めて86人、東莞市にいたってはたったの12人、これで
ロックダウンするのですから、考えられないことです。深せんの
半分の人口の大阪府の同じ日の感染者は4897人、深せん市と
東莞市の両方を合わせた人数の50倍の感染者です。
 3月17日に、習近平国家主席は、共産党政治局常務委員会に
おいて、次の演説を行っています。
─────────────────────────────
 中国におけるコロナ蔓延の抑制は、世界をリードしている。世
界のどの国よりも中国はコロナを抑え込んでいる。このような政
策が共産党指導体制と社会主義の優越性を表している。自分の緊
急の任務として感染拡大を1日も早く徹底的に封じ込めよう。
                    ──習近平国家主席
─────────────────────────────
 国のトップがこんなことをいっているようでは、西側諸国が実
施している「コロナ共存」なんか、中国ではとてもじゃないが、
口にできないと思います。
 続いて上海市です。上海市のトップは李強上海市共産党委員会
書記。習近平国家主席の側近中の側近です。上海市は、3月27
日と4月5日の2段階にわたって、上海市全域がロックダウンさ
れたのです。上海市といえば2600万人の大都市です。解除さ
れたのは6月1日ですから、約2カ月間、上海市は、機能不全に
陥ったのです。
 この上海市のロックダウンに関して、やはり著名な中国ウオッ
チャーである福島香織氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 上海の場合、武漢と違ってわずか4日、東西地域合わせても8
日という短期間で、終わりの見える封鎖だ、と当初は予告されて
いた。だから、さほど恐れるほどでもない、と思ったら大間違い
だった。ロックダウンは2か月以上に及んだ。武漢よりもずっと
外国人が多く、中国経済のエンジン部であり、国際社会へのショ
ーウインドーでもある2600万人都市の上海でロックダウンが
行われるインパクトは、2020年1月の武漢の60日のロック
ダウンに匹敵、あるいはそれ以上の悲劇をもたらした。上海の新
規感染者数はロックダウン2日目の3月30日の段階で6000
人弱。無症状感染がほとんどだ。それなのに4日も家から一歩も
外に出られないのだ。            ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 この上海のロックダウンのさい、上海市トップの李強共産党委
員会書記が住宅を視察したさい、住民から「食べ物がない」「恥
を知れ」などと住民から罵声を浴びせられたのです。住民として
は、準備不足のまま厳しいロックダウン(都市封鎖)を強いられ
たことによる市政府への不満をぶつけたかたちです。
 習近平主席の構想によると、この李強上海市書記は自分の側近
中の側近で、その能力を買っており、上海で実績を積ませて、現
首相の李克強が務める首相の地位を任せる予定の人物です。それ
が上海のコロナロックダウンで失敗をしてしまったということで
話題になっています。
 これについて、4月29日のブルームバークは、次のように報
道しています。
─────────────────────────────
 中国が現在見舞われている新型コロナウイルスを巡る混乱で、
誰が責任を取ることになるのか。共産党指導部の人事を決める重
要な党大会を秋に控え、それが習近平総書記(国家主席)の権力
の強さを示す試金石になる。
 習氏は3月、党幹部が新型コロナ対策の職務を怠れば誰であれ
罰するとあらためて強調した。だが、数週間に及ぶ上海のロック
ダウン(都市封鎖)で処分されたのは下級の職員15人だけだ。
上海市のトップは、党中央政治局員で習氏の最側近の1人とされ
る李強氏が務めるだけに、同市の失態に対する批判は習氏にまで
及ぶリスクがある。         https://bit.ly/3cnJfhf
─────────────────────────────
 ここでいろいろな疑問が湧いてくると思います。中国のコロナ
対策は、誰の目からしても過激であり、異常です。他国からみれ
ば、わずかな数の感染者に対して、大都市をロックダウンしてま
で「感染者ゼロ」にこだわるゼロコロナ政策を国家主導で展開し
て経済を悪化させています。
 そもそも中国では、経済運営の担当は国務院総理(首相)、す
なわち、李克強首相の仕事です。しかし、習近平主席は、その権
限を李首相から奪い、経済問題を審議する中央財経委員会の主導
権を自ら握っているのです。これまで経済に関する重要な決定は
すべて習近平主席の判断で実施されてきています。
                 ──[新中国論/002]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の「ゼロコロナ」政策は来年に入っても続く
  ───────────────────────────
   米国のバーンズ駐中国大使は6月16日、新型コロナウイ
  ルス感染を徹底的に抑え込む中国の「ゼロコロナ」政策は来
  年に入っても続く公算が大きいと指摘した。大都市のロック
  ダウン(都市封鎖)や移動制限を伴う同政策によって、米欧
  の対中投資が大きく妨げられているとも述べた。
   バーンズ大使は、同日開かれたオンラインイベントで「私
  の率直な想定ではゼロコロナは恐らく2023年の最初の数
  カ月も続く。中国政府がこれを示唆している」と語った。中
  国はゼロコロナ堅持、大規模検査で封じ込め、むしろ危険と
  の指摘も。
   同大使は、また、上海市の厳格なロックダウンが多くの米
  ビジネス関係者の出国を促したと分析。一時は米大使館と上
  海総領事館で80人の館員が昼夜を問わず、対応にあたり、
  「出国を望んだり、水や食料、医療を求めたりした」米国民
  を支援したと明らかにした。上海がコロナ大規模検査を毎週
  末実施、7月末まで新規感染16人でもバーンズ氏はますま
  す「攻撃的な」中国政府が自国経済をどの方向に導こうとし
  ているのか依然として不透明だとも指摘。中国はテクノロジ
  ーなど特定のセクターに対する締め付けを継続するのかに関
  して相反するメッセージを発しているとも述べた。
   さらに、中国市場は外国企業にとってあまりに重要であり
  全面撤退はできないものの、商業会議所の調査や意見交換に
  基づくと、コロナ対策の移動規制を中心とする不確実性で対
  中追加投資に関して企業が二の足を踏んでいるとも語った。
                 https://bit.ly/3OdDIad
  ───────────────────────────
李強上海市書記.jpg
李強上海市書記
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2022年07月21日

●「ゼロコロナ対策権力闘争化の様相」(第5776号)

 なぜ、中国、いや、習近平国家主席は、ゼロコロナ対策にこだ
わっているのでしょうか。
 それには2つの理由があると思います。
 1つの理由は、武漢での成功体験です。
 中国は武漢で、最初のロックダウンをし、新型コロナウイルス
感染者を封じ込めるのに成功しています。10日間で架設の「火
神山医院」を完成させ、武漢市をロックダウンするなど、あっと
いう間にコロナ感染者を抑え込んでいます。それがテレビで報道
され、世界中の人がそれを目にしています。
 そして、時間差で世界中が新型コロナパンデミックに襲われ、
大騒ぎになっているときに、中国の感染者は、ほとんど抑え込ま
れていたのです。コロナの発生元が自国かもしれないのに不謹慎
の誹りを免れませんが、習近平主席は、このときの成功体験に、
酔ってしまったといえます。そして、WHOのテドロス事務局長
が中国にやってきたときに、その自慢話をしています。
 実は、武漢での一連の指揮をとったのは、習近平主席ではなく
李克強首相だったのですが、それを自分の手柄のようにテドロス
事務局長に伝えています。そのとき、習近平主席は、ミャンマー
に外遊中であり、中国にはいなかったからです。
 もう1つの理由はワクチンの事情です。
 現在、中国と西側諸国の感染対策の違いは、ワクチンの種類と
接種率の違いです。これについて、福島香織氏は、新著で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 習近平がゼロコロナ政策を堅持できたのは、なにも官僚たちが
習近平のメンツを重んじたからだけではなかった。実際にウィズ
コロナに転換したくてもできない事情もあった。
 中国国家衛生健康委員会・感染症対応処置工作指導チームの専
門家組長、梁万年はCCTV(中国中央電視台)のインタビュー
番組で、中国は多くの国家と違って現行の防疫措置政策を転換で
きないとし、その理由として目下のワクチン接種率を挙げた。特
にブースター接種率が高くなく、老人や虚弱な体質の人々が依然
として感染しやすい状況にあると説明していた。梁万年は「もし
中国でワクチン接種が強化され、科学技術研究が加速して治療薬
ワクチン開発が進めば、そしてオミクロン株がまた変異してより
感染率や致死率が低くなれば、それが最もよい(ゼロコロナ政策
を転換する)機会となる」とも説明していた。 ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 感染症対応処置工作指導チームの専門家組長、梁万年氏は言葉
を濁しているものの、要するに、「中国製のワクチンがほとんど
効かない」という事実です。
 中国製の新型コロナ対応ワクチンには、次の3種類があります
が、日本を含む西側諸国で接種されているファイザー製やモデル
ナ製のメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンとは、性質が
異なり、昔ながらの技術で作られているのです。
─────────────────────────────
    @ 中国医薬集団:シノファーム
    A科興股生物技術:シノバック・バイオテック
    B  康希諾生物:カンシノ・バイオロジクス
─────────────────────────────
 中国としては、武漢での感染者封じ込めの成功実績と、中国製
のワクチンを中国寄りの国に提供することによって、中国の世界
覇権に貢献させるつもりだったのです。ワクチン外交です。
 ところが、中国製のワクチンは、効き目が低く、3回目以降の
接種には、ほとんどの国で使われなくなったのです。コロナワク
チンの海外供給量については、添付ファイルを参照していただく
として、2022年5月7日付、日本経済新聞は、次のように報
道しています。
─────────────────────────────
 (英国の調査会社)エアフィニティによると、中国製ワクチン
は1〜2回目の接種では使われても3回目の追加接種(ブースタ
ー接種)では利用が激減している。パキスタンは1回目と比べて
3回目が98%減、インドネシアは93%減、バングラデシュは
92%減、ブラジルは74%減だった。北京の調査会社ブリッジ
・コンサルティングによると、ブラジルとインドネシアは21年
に終了した中国製ワクチンの購入契約を更新しなかった。
 新型コロナワクチンは中国、欧米勢ともに20年末ごろに実用
化したが、輸出では中国勢が先行した。東南アジア、中東、南米
などにいち早く供給し、20年12月〜21年3月は中国3社が
ファイザーを上回った。欧米製はまず先進国が大量確保し、新興
国や発展途上国は中国製しか選べなかった事情もある。
          ──2022年5月7日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3uUy0TD
─────────────────────────────
 中国国内では、「中国製ワクチンは効かない」とは誰もいえな
い雰囲気があります。今さらmRNAワクチンを米国から輸入す
るわけにもいかず、習近平主席の推進するゼロコロナ政策を推し
進めるしかない──これが中国の対応です。中国のワクチン外交
の失敗といえます。
 実はもうひとつ理由があります。それが、党内権力闘争になっ
ているということです。中国共産党内にはゼロコロナ緩和主義者
がいます。それは、李克強首相を中心とする一派です。3月11
日の全人代閉幕時の記者会見で、李首相は「起こり得る変化に速
やかに対応しつつ、少しずつ物流や人の行き来を正常化させてい
く」と答えています。李首相としては、経済の担当者としてそう
いう発言をする責任があります。しかし、習近平主席にとっては
絶対にそれを受け入れることはできないのです。
                 ──[新中国論/003]

≪画像および関連情報≫
 ●中ロのワクチン外交を苦々しく感じているあなたへ
  ───────────────────────────
   先日、南米ペルーから一時帰国した友人に驚く話を聞きま
  した。同国の多くの政治家が、承認前の新型コロナウイルス
  のワクチンを内密に接種していたことが発覚し、現職の閣僚
  が次々と辞任に追い込まれているというのです。国民を守る
  べき政治家が、自分や家族の接種を急ぐ姿は、「みっともな
  い」の一言に尽きます。私がびっくりしたのは、使われたの
  が中国シノファーム社のワクチンだったということ。中国製
  のワクチンを打ちたい人がどれほどいるのか・・・というの
  が多くの日本人の偽らざる本音ではないでしょうか。
   「ワクチン外交」──という言葉を最近よく耳にします。
  中国やロシアが自国で開発・製造したワクチンを途上国など
  に提供して、外交上の“武器”にしているという意味で使わ
  れています。実際、ペルーでは中国大使館を通じて同国の政
  治家などに“儀礼的に”提供されていたというのですから、
  その裏にどのような思惑があるのかと疑ってしまいます。た
  だ、我々日本人が直視しなければならない現実があります。
  日本では、塩野義製薬やアンジェスなどがワクチン開発を急
  いではいますが、実現は早くても2022年以降と見込まれ
  ています。日本は世界有数の経済大国であり、近年は毎年の
  ようにノーベル賞受賞者が日本人から選ばれています。日本
  発の画期的な新薬だって少なからずあるのに、新型コロナに
  関しては海外からの輸入ワクチンに頼らざるを得ない。こう
  した状況が、残念ながら当面は続いていくのです。国産ワク
  チンの実現が危ぶまれている状況を、「ワクチン敗戦」と称
  する口さがない人も少なくありません。
                 https://nkbp.jp/3aFvvOt
  ───────────────────────────
コロナワクチンの海外供給量.jpg
コロナワクチンの海外供給量
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2022年07月22日

●「中国で李克強首相期待論が顕在化」(第5777号)

 明らかに中国に何らかの異変が起きています。2022年5月
25日のことです。中国の中央政府である国務院は次の会議を開
催しています。
─────────────────────────────
◎2022年5月25日開催
 「経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議」
 【新華社北京5月26日】中国国務院は25日、全国経済安定
化テレビ電話会議を開いた。李克強(り・こくきょう)中国共産
党中央政治局常務委員・国務院総理が重要演説を行った。韓正中
国共産党中央政治局常務委員・国務院副総理が会議を主宰した。
                  https://bit.ly/3PuJl4K
─────────────────────────────
 この会議の写真は添付ファイルにしてありますが、中国で普通
に行われる会議とはいささか異なるのです。会議のタイトルは、
「経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議」となっている
ので、テーマは「経済」ということになります。
 昨日のEJで述べたように、これまで経済をテーマとする会議
は、中央財経委員会で行われ、そのトップは国務院総理(首相)
が担っていたのです。胡錦濤政権時代の同委員会のトップは、温
家宝氏(首相)でした。しかし、習近平政権になってから、習近
平国家主席は、同委員会の主任の座を李克強首相から奪い、経済
運営の主導権は習近平主席が握っているのです。
 そういう状況において、この会議はきわめて異例です。そもそ
も国務院の主催であり、李克強首相がトップになっている会議だ
からです。この時期、このような会議が堂々と行われる異常さに
ついて、中国人ではあるが、2007年に日本国籍を得た石平氏
は、最近の著書で次のように述べています。
─────────────────────────────
 習近平政権になってからは、どの分野の会議にしても「習主席
不在」の全国大会が開催されたことはなく、異例中の異例、まさ
に前代未聞のことである。その意味するところはすなわち、李首
相が習主席から経済運営の主導権を奪い返しつつあって、そして
地方における自らへの支持を拡大しているということである。全
国の10万人規模の幹部たちが李首相召集の会議に参加してきた
この光景は、まさに、李首相自身の勢力拡大と地位上昇の象徴で
あって、少なくとも経済運営の面においては、「天下」はもはや
「李克強の天下」となった。
 大会において李首相は「重要講話」を行い、経済立て直しの具
体策を示す一方、習主席肝煎の「ゼロコロナ政策」に対する言及
は一切なかった。言ってみれば李首相は、「ゼロコロナ政策」の
乱暴さと愚かさを特徴とする「習近平路線」と一線を画して、自
らの現実路線を標榜しているのである。──石平著/ビジネス社
       『バカ殿を指導者にした/断末魔の習近平政権』
─────────────────────────────
 さらに注目すべきことがあります。この5月25日の会議に、
解放軍上将の魏鳳和国防相が参加していることです。これはまさ
に前代未聞のことであり、習近平体制への反対姿勢を示したもの
ととられても仕方がない行為です。これに対して、習近平主席が
沈黙していることが不気味です。
 まだ、あります。外から見ていると、何でもかんでも習近平主
席が牛耳っている現代の中国においては、考えられないことが起
きています。
 上記の5月25日の李克強首相主催の会議に管濤(かんとう)
という著名な経済学者が参加していることです。管濤氏は、中国
銀行所属の学者で、彼は、4月12日の中国紙・毎日経済新聞に
登場し、李克強首相を次のように絶賛したのです。
─────────────────────────────
 李克強首相は各業界の抱える問題と困難を詳しく把握しており
問題のポイントをきちんと押さえている。人々は中央上層部が当
面の情勢を把握していないのではないかとの心配を抱いていたが
李首相は実情をきちんと理解しているだけでなく、具体的な対策
も持っている。だから心強い。
            ──石平著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 現在の中国では、李克強首相を褒めるということは、習近平主
席を批判することを意味するので、なかなかできないことです。
しかも、それを中国メディアが取り上げているという事実です。
明らかに現在の中国において、李克強首相が力をつけてきており
それは、暗に習近平体制への批判として捉えることができます。
 4月29日のことです。恒例の共産党政治局会議が開催されて
います。この会議のなかで、コロナ対策についても言及があり、
次の2つのことが示されたのです。
─────────────────────────────
  @感染拡大を防ぐのと同時に経済を安定させるべきである
  Aコロナウイルスの変異と経済発展の効果的な統括を図る
─────────────────────────────
 多くの中国ウオッチャーは、これによって中国も、極端なゼロ
コロナ対策を改め、現実路線に戻ると期待したのです。ところが
その6日後の5月5日、習近平主席が共産党の最高指導部である
中央政治局常務委員会を主催したのです。そこでは、当然ゼロコ
ロナ対策の緩和について言及があることが期待されたのです。し
かし、そこで示されたものは、これまでのゼロコロナ対策の正当
性を主張する次のような内容だったのです。
─────────────────────────────
 今までのコロナ対策、つまりゼロコロナ政策は、党の政策と趣
旨に基づいて定められたものであって、科学的であり、有効な政
策である。しかも重要な戦略的効果をすでに挙げたものである。
            ──石平著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/004]

≪画像および関連情報≫
 ●ゼロコロナ政策維持に腐心する習近平政権/秋の党大会にら
  み景気対策で庶民の不満緩和に躍起
  ───────────────────────────
   【北京=新貝憲弘】中国の政権が、厳しい行動制限で新型
  コロナウイルスの感染拡大を抑え込む「ゼロコロナ」政策の
  維持に腐心している。長期政権を目指すため政策の成果を誇
  示する習氏だが、上海でのロックダウンに代表されるように
  経済への悪影響は深刻。景気対策や部分的な緩和にも踏み切
  り、庶民の不満を和らげようと懸命だ。
   「わが国は人口規模が大きいため、『集団免疫』や『成り
  行き任せ』のような防疫政策を取れば目も当てられない結果
  になる」
   習氏は6月末に湖北省武漢市を視察した際、ゼロコロナ政
  策が中国の実情に合わせて生まれたものであり、とくに高齢
  者や子どもを守るためにも維持しなければならないと強調し
  た。習氏の発言はゼロコロナ政策の堅持に聞こえるが、実際
  は緩和とも取れる動きが相次いでいる。
   中国政府は隔離期間を2週間から1週間に短縮したほか、
  国内移動の制限も緩和。李克強首相は積極的なインフラ投資
  で就職難の解決や消費喚起を促すよう指示した。国営新華社
  通信は「われわれはコロナ防疫と経済社会の発展をよく釣り
  合わせ、今年の経済を比較的良いレベルまで発展させる自信
  がある」との論評を配信した。  https://bit.ly/3ATj6kx
  ───────────────────────────
経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議.jpg
経済対局を安定化させる全国テレビ・電話会議
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2022年07月25日

●「イデオロギ−化する中国コロナ対策」(第5778号)

 中国において現在も続いているゼロコロナ対策──これについ
て、話を整理します。
─────────────────────────────
◎2022年 4月29日/  共産党政治局会議
 ・ゼロコロナ対策を緩和し、経済を活性化させるべきである
◎2022年 5月 5日/中央政治局常務委員会
 ・ゼロコロナ政策は党の最も重要政策であり、科学的である
◎2022年 5月25日/国務院主催の全国会議
 ・経済における重要全国会議だが、ゼロコロナ対策は不言及
─────────────────────────────
 まず、共産党政治局会議で、ゼロコロナ対策を緩和し、経済を
活性化させるべきという決議をしています。これは、至極まっと
うな決議です。しかし、習近平主席は、その共産党政治局会議の
決議をその上部機関である中央政治局常務委員会において否定し
ています。
 習近平主席は、ゼロコロナ対策を緩和するつもりはまったくな
いようです。しかし、政治局会議の委員は25人で、全体の意見
をまとめるのが大変であるのに対し、その上部組織である中央政
治局常務委員会は委員は7人であり、習近平主席がコントロール
できるので、この委員会で潰したのです。7人の委員を色分けす
ると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎中央政治局常務委員会の7人
     ★習近平主席派
      習近平、栗戦書、王こねい、趙楽際
     ★反対派
      李克強、汪洋
     ★中立派
      韓正
─────────────────────────────
 政治局常務委員会では、李克強首相と汪洋委員は、ゼロコロナ
対策に反対したものの、しかし、数の力に敗北しています。これ
によって、中国のゼロコロナ対策は絶対化され、継続されること
になったのです。
 これに反発するように、李克強首相は、国務院主催の全国会議
を開いています。この会議には、李克強首相以下、4人の国務院
副総理全員と、関連中央官庁責任者らが参加し、推定参加者人数
は10万人にのぼる大会議です。しかし、そこでは、ゼロコロナ
対策については言及されていません。
 北京冬季五輪まで1カ月を切る、2022年1月1日のことで
す。西安(シーアン)市という中国陝西省の省都があります。古
くは、中国古代の諸王朝の都となった長安のことです。国家歴史
文化名城に指定され、世界各国からの観光客も多い都市です。
 その西安市の党中央政治委員である孫春蘭副首相の名義で、あ
る指示が出されています。これを受けて、1月2日に、陝西省党
委員会の劉国中書記から次の命令が出されます。これら2つの指
示を以下にまとめます。
─────────────────────────────
  ◎孫春蘭副首相の指示
   西安市で拡大中のコロナ新規感染者をゼロにせよ
  ◎陝西省党委員会劉国中書記
   できるだけ早く、「社会面清零」目標を実現せよ
─────────────────────────────
 ここでいう「社会面清零」とは何のことでしょうか。
 これは、感染者をゼロにすること、消し去ること、いなくなる
ようにすることを意味します。
 おそらく西安市のある「小区」(コミュニティ)に感染者が出
たものと考えられます。それをできるだけ早く「消し去れ!」と
いっているのです。
 実際にその小区には、大型のバスがやってきて、そこの住民を
全員乗せて、郊外の隔離施設に連れて行ったのです。このときの
様子を福島香織氏は次のように書いています。
─────────────────────────────
 ターゲットとなった小区の住民は何の前ぶれもなく、身の回り
の必需品すら取りまとめる時間もほとんど与えられず、1台のバ
スに老人から乳幼児、妊婦まで一緒くたに詰め込まれ、目的地す
ら判明しないまま郊外、たとえば漢中や安康区の隔離施設に連れ
ていかれた。一部ではきちんとしたホテルを借り上げて隔離施設
にしているところもあるようだが、私がインターネット上で見た
動画では、水栓一つあるだけで、暖房すら備わっておらず、2段
パイプベッドが4〜5個設置されている小汚い部屋に案内された
隔離対象住民が「あまりに環境が悪い」と激怒していた。聞けば
配給の食事も人数分に満たなかったらしい。
 そもそも、感染拡大防止のための措置なのに、団地の居住者を
何世帯も一緒くたに健康な人も具合の悪い人も分けずにバスに乗
せ、狭い衛生環境の悪い部屋に隔離すれば、むしろ交差感染が起
きやすい環境をつくることにはならないか。  ──福島香織著
   『習近平/ゼロコロナ、錯綜する経済、失策続きの権力者
                 /最後の戦い』/徳間書店
─────────────────────────────
 中国のフリージャーナリストの江雪氏は、この西安市の悲劇を
『長安十日』と題するレポートにまとめ、1月4日に微信(ウィ
ーチャット)にアップして大きな話題になっています。このレポ
ートは、1月8日までに削除されています。
 「感染者を出さないようにする」という目標はいいのですが、
町から感染者及び濃厚接触者を強制隔離してそれを実現するのは
乱暴です。本当に住民のことを考えてやっているのか疑問に感じ
ます。中国におけるゼロコロナ対策は、単なる感染防止対策を超
えて、イデオロギーになってしまっています。
                 ──[新中国論/005]

≪画像および関連情報≫
 ●アングル:終わらぬ中国「ゼロコロナ」政策、経済への影響
  長期化
  ───────────────────────────
  [北京7月14日/ロイター]中国は新型コロナウイルスを
  巡り、厳格に感染を抑止する「ダイナミックゼロ」政策を小
  幅に修正しているものの脱却する兆しは見えず、ワクチン接
  種でも遅れを取っている。このことは中国経済に暗い影を落
  とし続けそうだ。
   政府はダイナミックゼロ政策脱却に向けた工程表を示して
  いない。こうした政策は来年も続くと予想されており、住民
  と企業を覆う不透明感は長引く見通しだ。最近も感染が散発
  して一部都市ではロックダウン(都市封鎖)が実施された上
  感染力の強い新型コロナ変異種「BA.5」が登場したため
  懸念はさらに強まっている。ロックダウンの影響に加え、く
  すぶり続ける不動産市場の問題と世界経済の不確実性が中国
  経済に重くのしかかる。
   今週は、上海の住民2500万人に新型コロナの集団検査
  が義務付けられた。野村の推計では、11日現在、31都市
  が全面的もしくは部分的なロックダウンを実施中。これらは
  国内総生産(GDP)の4分1に寄与する地域であり、約2
  億5000万人が影響を受けている。諸外国がコロナとの共
  生を図っているのとは対照的に、中国の習近平国家主席は厳
  格な対策によって救われた命を強調する。
                  https://bit.ly/3Ptw2Se
  ───────────────────────────
中國におけるPCR検査.jpg
中國におけるPCR検査
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2022年07月26日

●「中国のGDP数値を信用できるか」(第5779号)

 2022年1月17日のことです。中国政府国家統計局は、次
の発表をしています。
─────────────────────────────
 2021年の国内総生産(GDP)の成長率は、8・1%で
 ある。             ──中国政府国家統計局
─────────────────────────────
 8・1%──これは主要国と比べてとんでもなく高い成長率で
あるといえます。それからもうひとつ、中国のような巨大な国で
前年(2021年)のGDP成長率が1月に出る異常な計算の速
さです。しかも、この数値は予想値ではなく、確定値なのです。
普通は4月か5月頃に発表されます。
 そこで、中国の2021年の四半期ごとのGDP成長率を以下
に示すことにします。
─────────────────────────────
  ≪2021年度≫
  第1四半期( 1〜 3月) ・・・・・ 18・3%
  第2四半期( 4〜 6月) ・・・・・  7・9%
  第3四半期( 7〜 9月) ・・・・・  4・9%
  第4四半期(10〜12月) ・・・・・  4・0%
─────────────────────────────
 これによると、第1四半期(1月〜3月)が18・3%と異常
に高いことがわかります。この高い成長率が、2021年全体の
成長率を大きく押し上げても8・1%増になっています。なぜ、
こんなに高いのか、その原因は何でしょうか。
 2021年の第1四半期の成長率は、その前年、2020年第
1四半期のGDPと対比しています。当時の中国は、武漢発の新
型コロナウイルスの感染が拡大し、武漢市をロックダウンをして
いるところから、経済活動も消費活動もマヒしており、2021
年第1四半期の成長率は6・8%のマイナス成長だったのです。
だから、経済の回復した2021年第1四半期が18・3%と大
飛躍したということになります。一応理屈は通っています。
 しかし、中国のこうした経済に関する公表数値は水増しされて
いるといわれています。国家が、いや今や世界第2位の経済大国
の中國が公表数字を水増しするとはとんでもないことですが、中
国では、しかるべき地位のある人がその事実を認めています。
 一番有名なのは「李克強指数」です。2007年に、遼寧省の
トップを務めていた李克強氏が、米国の大使に次のように述べた
話は有名です。
─────────────────────────────
 遼寧省のGDP成長率など信用できません。私は、省の経済状
況を見るために、省内の鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消
費の推移を見ています。            ──李克強氏
─────────────────────────────
 2017年1月のことです。この遼寧省で中国の統計をめぐっ
て、歴史な出来事が起きたのです。2017年2月9日の産経新
聞は次のように報道しています。
─────────────────────────────
 【上海=河崎真澄】中国全土に31ある省クラスの地方政府が
8日までに個別に公表した2016年の域内総生産(GDP)の
規模の合算が、中国国家統計局が1月20日に発表した全国GD
P統計の総額を2兆7559億元(約47兆円)も超過していた
ことが分かった。超過額は、省クラス経済規模で国内11位の上
海市ひとつ分に相当する。地方のGDP水増し疑惑は、たびたび
指摘されてきたが、中国国家統計の信頼性にも改めて疑問符がつ
きそうだ。
 国家統計局の発表では、香港やマカオを除く全土の16年GD
Pが名目で74兆4127億元だった。欧米諸国などに比べ異常
に早い発表で、信頼性が問われる数字とはいえ、地方政府からの
報告とは別に独自集計した公式なものだ。一方、中国紙、21世
紀経済報道が伝えた31の地方政府の個別発表統計を産経新聞が
合算したところ、中央の発表額を3・7%上回っていた。
 物価変動の影響を除く16年の実質成長率は国家統計局発表で
前年比6・7%だが、31の地方のうち27までが6・7%を超
え、中央との整合がとれなかった。残る4地域は、北京市が全国
と同じ6・7%で、6・1%の黒竜江省と4・5%の山西省が下
回った。遼寧省のみは、2・5%のマイナス成長に落ち込んでい
る。          ──2017年2月9日付、産経新聞
─────────────────────────────
 この事件をきっかけに、中国の公表数字が正確になると期待し
たものの、2017年1月20日、中国国家統計局の局長は、記
者会見を開き、次のようにこれに全面反論しています。
─────────────────────────────
◎「中国の統計は正確/捏造疑惑に高官反論」
 【北京時事】中国国家統計局のねいきってつ局長は、20日、
記者会見で「全国レベルの統計は正確で信用できる」と述べ、こ
のところ国内で急速に高まっている統計捏造(ねつぞう)疑惑に
反論した。遼寧省の陳求発省長が17日、財政統計の数字は虚偽
だったと表明したのが騒ぎの発端。中国メディアが相次いで報じ
国内総生産(GDP)統計もうそではないかとの疑念が一気に強
まった。遼寧省のケースでは、省内の県などの自治体が2011
〜14年に財政収入を2割ほど水増しして報告していた。出世を
目指す幹部が、地元経済の好調ぶりをアピールする狙いがあった
ようだ。              https://bit.ly/3aZ8KVL
─────────────────────────────
 公表数字のウソに関しては、日本でも国土交通省の統計不正が
発覚しており、他国を批判できませんが、中国のGDPの数値に
ウソがあったとすると、日本は現在でも世界第3位の経済大国で
あるだけに、無関心ではいられないところです。今回は、このこ
とについても徹底的に掘り下げてみたいと考えています。
                 ──[新中国論/006]

≪画像および関連情報≫
 ●中国政府発表の「GDP8・1%成長」が大ウソだと断言
  できるこれだけの理由/経済評論家朝香豊氏
  ───────────────────────────
   中国国家統計局により2021年のGDP速報値が発表さ
  れ、年間のGDP成長率は8・1%に達したことになってい
  る。だが、この数字を文字通り受け止めてはいけないのは今
  回も同じである。深刻な電力不足があり、度重なるロックダ
  ウンがあっても、GDPは年率8・1%も成長したと主張し
  ているのである。すごい国である。
   恒大集団に代表される不動産危機が訪れる中でも、国家統
  計局の数字では、不動産セクターは前年比5・2%、建設業
  も前年比2・1%の成長を果たしている。こんなことがあり
  うるだろうか。
   中国の2021年の粗鋼生産量は10・3億トンで、20
  20年の10・65億トンより3%減少している。だが、工
  業は9・6%成長したことになっている。粗鋼(鉄)は大半
  の工業の基礎材料であり、粗鋼生産量が大きく落ち込む中で
  工業分野が10%近くも成長することはどう考えてもありえ
  ないだろう。
   また、2021年の前半だけで35・1万社の飲食店が閉
  店したことからもわかるように、今、中国の実店舗経営は大
  変な苦境に陥っている。鄭州市のある火鍋料理店は、入口の
  ガラス戸に「私たちの辛い歴史(辛酸史)」という、開業か
  ら現在に至るまでの厳しい状況についての箇条書きの説明を
  掲載した。           https://bit.ly/3zsoSbB
  ───────────────────────────
中国国家統計局の記者会見.jpg
中国国家統計局の記者会見
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2022年07月27日

●「中國の経済統計のウソのカラクリ」(第5780号)

 経済の数字を国として意図的に改ざんする──これは簡単なこ
とではありません。経済には常識というものがあり、そんなこと
をすれば、他の経済の統計数値に矛盾が起きてしまうからです。
その誤魔化せない数値に「輸入統計」があります。
 ある国にとっての輸入は、それに対する外国にとっては輸出で
あり、輸出国側に記録が残ります。そのデータは、WTO(世界
貿易機関)に登録され、ネットを通して公開され、誰でも見るこ
とができるようになっています。したがって、この数字を誤魔化
すことは困難です。
 一般的に輸入が減るときは、国内の需要が縮小し、自国の供給
力が余っています。逆に輸出が増えているときは、国内の需要が
旺盛であり、そのため自国の供給力では足りなくなっています。
これが経済常識といわれるものです。
 2015年の中国の実質経済成長率は6・9%という高い成長
率を示しています。中国の公式発表によると、2014年と20
15年の実質経済成長率は次の通りです。2015年の成長率は
前年より0・4%減少しています。
─────────────────────────────
    2014年実質経済成長率 ・・・ 7・3%
    2015年実質経済成長率 ・・・ 6・9%
─────────────────────────────
 中国の2015年の輸入額は13・2%も大幅に減少していま
す。それなのに、実質経済成長率は0・4%しか減っていない。
あり得ないことです。実際にOECD加盟国30カ国の過去15
年間のデータを検証してもそのような事例は皆無です。したがっ
て、この場合、輸入の伸び率のマイナス幅は隠しようがありませ
んが、経済成長率の鈍化の数値を大きく変更していると思われま
す。どうしても経済成長率を落としたくない事情があるのです。
これについては、改めて述べることにします。
 なぜ、統計データを改ざんするのでしょうか。
 それは、その国家にとって戦略的意義があるからです。それは
旧ソ連でも行われていたことです。
 中国の経済数値のウソについては、中国の政治家や学者も指摘
しています。最近の例でいうと、楼継偉(ろうけいい)氏の経済
フォーラムでの発言があります。楼継偉氏は、ただの経済人では
ありません。中国の元財務部長(日本の財務大臣)だった人であ
り、そういう人物が、中国政府の統計数字への疑問を次のように
述べています。
─────────────────────────────
 好調な数字ばかりだ。中国は困難に直面していると(口では)
言うが、統計数値には表れていない。報道も、あれが増えたこれ
が増えたと言うだけで、何を失ったかに触れない。
        ──楼継偉氏/2021年12月11日の発言
                  https://bit.ly/3PAgwo0
─────────────────────────────
 もうひとつ、中国人民大学のマクロ経済学者、向松祚(こうし
ょうそ)教授は、公の場において、2018年の本当の成長率は
政府のいう6%台などではなく、本当は1・67%であると発言
しています。東洋証券のレポートを紹介します。
─────────────────────────────
 高名な経済学者で、中国人民大学国際通貨研究所・副所長、中
国農業銀行・主席エコノミストなど数々の役職を兼務する向松祚
氏が、2018年12月16日、人民大学で開かれた“改革開放
40周年記念フォーラム”において講演し、中国の今年度実質G
DP成長率は、政府が云う6%台どころではなく、研究所の試算
では1・67%だと発言した。
 同氏によると、中国経済は明らかな下振れリスクに見舞われて
おり、そのような事態を招いた要因として、米中貿易戦争と、民
営企業の投資減少などを挙げている。これは海外の辛口評価では
なく、中国の国家公務員の発言である。18日の香港メディアの
“蘋果日報 (Apple Daily)”によれば、向松祚氏の講演は中国
当局による統計データの瞞着を暴いたため、中国共産党中央宣伝
部の逆鱗に触れ、当局は動画の削除を命じたという。
                  https://bit.ly/3PLBGiC
─────────────────────────────
 中国は、2022年度のGDPの成長目標を5・5%としてい
ますが、中国経済の専門家の多くは、目標達成は難しいという見
方をしています。それは、中国経済が抱える「三重苦」とウクラ
イナ問題による原油価格の上昇があります。
 中国経済が抱える「三重苦」とは何でしょうか。それは次の3
つのことを意味しています。
─────────────────────────────
    @不動産市況の悪化
    A新型コロナ感染再拡大による人流・物流の寸断
    BIT先端企業への締め付け強化
─────────────────────────────
 とくに深刻であるのは@の「不動産市況の悪化」です。
 業界最大手の恒大集団が破綻に瀕しています。いや、恒大集団
は完全に破綻していますが、破綻という処理をしていないだけで
す。多くの日本人は、日本のバブル崩壊のときのように、大手の
不動産会社の破綻というぐらいの認識ですが、そんなレベルの破
綻ではないのです。
 恒大集団は、日本でいえば三井不動産、三菱地所、住友不動産
を合計したよりも大きい規模です。これらの企業が倒産し、企業
に付随する多くのデベロッパーが連続倒産したら、それは建築業
にも、不動産代理店もバタバタと連鎖倒産が起きてしまいます。
これには、必然的に金融がからむので、中国発の金融恐慌が起き
る可能性が大です。もし、起きれば、それはリーマンショックの
10倍以上の規模になることは確実です。
                 ──[新中国論/007]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、「経済絶好調」は大ウソ?苦悩にあえぐ
  中小企業の実態
  ───────────────────────────
   経済、学術などさまざまな分野において、中国は米国と並
  ぶ経済大国に成長を遂げた。世界が、パンデミックの経済的
  ショックに苦戦する中、一早く回復基調に転じ、今や米国を
  しのぐ勢いだ。しかし、実際は国内の物価が高騰し追加金融
  緩和が講じられるなど、足元が揺らいでいるのではないかと
  の疑念もささやかれるなど、その実態には不透明さが漂って
  いる。
   世界で最初に新型コロナの危機に直面したにも関わらず、
  中国は迅速かつ厳格な措置を講じることで感染拡大の抑制に
  成功した。これが経済活動の早期回復につながった。さらに
  6兆元(約101兆6150億円)規模の大型財政出動や国
  内外からの生産需要の急増という強力な追い風に背中を押さ
  れ、「中国一人勝ち」の状況を創り上げた。コロナ禍にも関
  わらず、2020年の貿易黒字は、前年から27%増の53
  50億ドル(約58兆6934億円)と、過去最高に近い水
  準を記録した。
   国際通貨基金(IMF)が2021年7月に発表したデー
  タによると、世界がコロナの大打撃を受けた2020年、主
  要国の中で、唯一経済がプラス成長を記録したのは中国のみ
  だった。            https://bit.ly/3vfIsW3
  ───────────────────────────
向松祚教授.jpg
向松祚教授
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2022年07月28日

●「中国不動産市場が急成長した理由」(第5781号)

 中国の不動産最大手の恒大集団が経営破綻したのではないかと
いう情報が出たのは2021年の秋頃のことです。それから約6
カ月後の2021年12月9日付の日本経済新聞は、恒大集団に
ついて、次のように伝えています。
─────────────────────────────
◎中国恒大「一部デフォルト」/フィッチが格下げ
【上海=土居倫之】格付け会社フィッチ・レーティングスは9日
巨額の債務を抱えて経営難に陥った中国恒大集団の格付けを部分
的な債務不履行(デフォルト)に認定したと発表した。米ドル債
の利払いを確認できなかったためだ。米ドル債の発行残高は2兆
円規模で、中国企業として今後過去最大のデフォルトになる可能
性がある。海外投資家の中国企業に対する警戒も一段と強まりそ
うだ。      ──2021年12月9日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3S1y7Xp
─────────────────────────────
 中国の恒大集団が問題なのはドル建て債があるからです。人民
元建ての債務であれば、中国の中央銀行である中国人民銀行が人
民元を刷れば表向きは解決するので、民間企業を国有化して片付
けてしまうのですが、ドル建て債はどうしようもありません。中
国人民銀行は、ドルは刷れないからです。
 航空、不動産、金融サービス、観光、物流など、幅広く手掛け
ている「海航集団」という中国の企業があります。この企業は、
2021年1月に倒産していますが、なぜか生き残って、まだ、
定期便を飛ばしています。
 まだあります。北京大学系のIT企業である「北大方正集団」
精華大学系のハイテク企業の「紫光集団」は、どちらも倒産して
いますが、依然として営業を続けています。
 中国の企業は、一つの企業の名の下で、いろいろな事業を手掛
けるところが多いので、「○○集団」という名前になることが多
いといえます。そういう企業が倒産すると、正規の破産などの手
続きをとらず、手形などをジャンプさせて一時的に延命させ、そ
の間にプラスの事業は国有企業に売却します。その結果、一番損
をするのは、一般の債権者ということになります。具体的にいう
と、民間の投資家や外国銀行です。ルールを守らないで、無茶苦
茶なことをやっているわけです。
 恒大集団でもきっとそれをやっています。その証拠に恒大集団
の2020年末の手形融資残高は約3兆円でしたが、2021年
6月にはそれが11・6兆円に膨れ上がっています。おそらく、
手形をジャンプさせて、金利を上げたので、こういう結果になっ
たものと思われます。
 2022年7月19日付、日本経済新聞に恒大集団がらみの次
のニュースが報道されています。
─────────────────────────────
◎中国住宅ローン、相次ぐ返済拒否
【北京=川手伊織】中国で建設工事が止まった未完成住宅の購入
者が、住宅ローンの返済を拒否する動きが相次いでいる。物件引
き渡しの遅れに抗議するためだが、不動産開発会社も政府の規制
強化で資金不足に苦しむ。返済拒否が広がると、銀行の貸出残高
の2割を占める住宅ローンの不良債権リスクが高まりかねない。
 中国では、新築マンションの竣工前に購入契約を済ませる人が
多い。2021年後半から住宅市場が低迷し、在庫が積み上がっ
ている。それでも販売額の9割が建設中の物件だ。入居前から住
宅ローンの返済が始まる例が多い。
 6月末、陶磁器で有名な江西省景徳鎮市。不動産開発大手、中
国恒大集団が手掛ける未完成物件の持ち主が集団で「工事を再開
しなければ住宅ローン(の支払い)を止める」と公表した。これ
が世間の関心を集め、各地の未完成物件にも広がった。中国メデ
ィアによると、18日時点で返済拒否の公表を確認できた開発案
件は300カ所を超えた。
         ──2022年7月19日付、日本経済新聞
              https://s.nikkei.com/3OtOMQA
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 この記事を読むと、日本人にはピンとこないことがあります。
日本の場合、マンションなどの住宅を取得する場合、購入契約時
に、購入価格の5%〜10%の手付金を支払います。そして、物
件が完成して引き渡しが終われば、銀行は購入者との住宅ローン
の契約に基づいて、購入価格全額をデベロッパーに支払い、購入
者は、それ以後、契約にしたがって銀行に住宅ローンを支払って
いくことになります。これが常識です。
 しかし、中国の場合は違うのです。中国では購入者に住宅ロー
ンを提供する銀行は、購入契約時に、つまり建物ができていない
時点で購入価格の全額をデベロッパーに支払うのです。したがっ
て、中国のデベロッパーは、その代金を使って次の住宅を建設す
ることができるのです。実際に恒大集団は、そのようにして次々
と住宅を建設することができたというわけです。
 これは全額前金で住宅建設ができるので、住宅デベロッパーに
とって、こんなおいしい話はないのです。恒大集団がこの手法で
次々とマンションなどの住宅建築計画を打ち上げ、工事に着手す
る前に得られる巨額な資金を使って、さらなる住宅建設計画や投
資を行い、急成長したのです。
 このような手法では、住宅が完成する前に住宅デベロッパーが
倒産するケースも出てくることになり、このケースでは、住宅が
完成する前に、銀行への住宅ローンの支払いがはじまることが多
発することになります。
 上記の日経の記事は、未完成住宅の購入者が住宅ローンの返済
を拒否する動きを伝えているのです。多くの住宅購入者が「恒大
集団に限って住宅建設を放り出すことはない」と信用したからこ
そ、購入契約を結んでいるので、恒大集団の破綻情報を知り、そ
の怒りが爆発したということになります。
                 ──[新中国論/008]

≪画像および関連情報≫
 ●天下の国営企業ですら経営難に/「恒大集団の破綻」でつい
  に始まった中国の倒産ドミノ
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   中国の不動産会社が震源となった信用不安が、いよいよ収
  拾がつかなくなってきた。昨秋から社債の元利払いが懸念さ
  れてきた恒大集団の他にも、社債の元利払いが滞らせる債務
  不履行(デフォルト)が続出。その頻度は日本の「失われた
  10年」にもなかったほどで、中国の資本市場が機能不全を
  起こすなど、97〜98年ごろの日本に、そっくりの状況に
  なってきた。そこで日本の「失われた10年」に照らして、
  いま中国で起きている現象をどう位置づければいいのか、改
  めて考えてみたい。
   日本で上場企業の経営破綻が相次ぐようになったのは97
  年からだった。この年の夏に「影響が大き過ぎて潰せない」
  と言われ続けてきた上場ゼネコン(総合建設会社)が立て続
  けに3社も破綻し、9月にはスーパーマーケットを国内外で
  展開していたヤオハンジャパンの転換社債が債務不履行を起
  こした。さらに11月には、三洋証券、山一証券、北海道拓
  殖銀行が破綻し、三洋証券は短期金融市場でデフォルトを起
  こした。この97年後半を境に信用不安が一気に広がった。
  信用不安を媒介したのは株式市場や資本市場、短期金融市場
  などのマーケットである。ここでは98年の資本市場を例に
  とってみよう。        https://bit.ly/3b97bVh
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新築物件の販売は大半が建築中.jpg
新築物件の販売は大半が建築中
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新中国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年07月29日

●「住宅は人が住むためのものである」(第5782号)

 中國には、「炒房(チャオファン)」という言葉があります。
投機目的で住宅を何軒も購入して、高く売りさばくことを意味す
る言葉です。「炒」は転がすという意味であり、「房」は、不動
産、住宅を意味します。しかし、「炒房」が成功するには、不動
産価格が右肩上がりで高騰していることが条件になります。
 現在、日本では、住宅ローンは年収の8倍から10倍ぐらいは
借りることができます。現在日本は金利が安いですから、14倍
ぐらいまでは大丈夫です。日本のバブルの全盛期のピークは、東
京は年収の18倍、京都が18・6倍、地方は13倍といったと
ころです。
 しかし、中国の場合、不動産購入者の支払い能力からすれば、
不可能なレベルの価格になっています。深せんで年収の60倍、
北京と上海は50倍、地方は35倍ぐらいで、異常なほど価格が
膨れ上がっています。完全なバブルです。
 こういう状況において、2020年冒頭に習近平主席は次の発
言を行っています。同様の発言を2022年3月の全人代で、李
克強首相も行っています。
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  住宅は人の住むためのものであって、投機の対象ではない
                   ──習近平国家主席
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 ここで中国における不動産の位置づけについて、簡単にふれて
おく必要があります。記述に当たっては、ジャーナリストの中島
恵氏のレポートを参考にさせていただいております。
 そもそも中国では、土地は国家のものであり、企業や個人が土
地を売買することは禁止されています。しかし、土地の使用権に
ついは、地方政府の許可を得れば取得することは可能であり、住
宅の使用権については、最大で70年までとなっています。
 1978年の改革開放以前の話ですが、住宅を建設または管轄
していたのは、地方政府や国有企業であり、不動産は民間には解
放されなかったのです。当時、都市部に住むほとんどの人は「単
位(ダンウエイ)」と呼ばれる組織(職場や学校、団体)などか
ら、非常に安い家賃で誰もが平等に住宅が分配されていました。
しかし、それは住宅ではあるものの、職場の敷地内か近隣に存在
し、今でいうところの社宅や寮のようなものだったのです。19
78年の資料によると、都市部の1人当たりの居住面積は、たっ
たの3・6平方メートルしかなく、トイレや台所は、共用であっ
たとされています。
 ところが改革開放期を経て、1980年代に入ると、住宅制度
改革がはじまり、いわゆる「分譲住宅」が登場し、その販売が解
禁されます。中国初の分譲住宅は、恒大集団が本拠を置く深せん
に登場し、「東湖麗苑」と称するマンションだったとされていま
す。この「東湖麗苑」について、ジャーナリストの中島恵氏は、
次のように述べています。
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 このマンションは現存しており、当時の販売価格は1平方メー
トル当たり1000元(当時の為替レートで計算すると約12万
9000円)だったが、中国の不動産サイトによると、2020
年には、同、約5万8000元(約87万円)となっている。今
は外観も古くなったマンションだが、中国元ベースで見れば、約
40年間で50倍以上も値上がりしたことがわかる。
                  https://bit.ly/3Bhrk6h
─────────────────────────────
 1990年代の後半に入ると、大きな変化が起こります。分譲
住宅の開発や売買ができるようになり、これまで「単位(ダンウ
エイ)」に住んでいた人に、その住宅を非常に安い価格で払い下
げられるようになったからです。その後、この時点で住宅を入手
できた人と、入手できなかった人との間にもの凄い格差が生まれ
ることになります。
 これらの住宅を取得した都市部に住んでいた人に対しては、当
分の間、転売が禁じられていましたが、上海市を皮切りに徐々に
転売が認められるようになっていきます。これが非常な高値──
平均10倍──で売れたのです。これによって、巨額の資金を手
にした都市部の住人は、その資金でさらに不動産を購入し、それ
を転売することを繰り返す、いわゆる「炒房(チャオファン)」
によって、大金持ちになっていくのです。
 こうなってくると、住宅は住むためのものでなく、お金を生む
手段、すなわち、投機の手段と化しています。これがますます過
熱しているので、習近平主席が「住宅は人の住むためのものであ
る」とクギを刺したのです。
 中国の不動産問題には、もうひとつ厄介な問題があります。そ
れは「理財商品」といわれるものです。
 「理財商品」とは、中国国内で販売されている高利回りの資産
運用(投資信託)商品のことです。商品の元本は保証されていな
いものも多く存在します。預金金利より高い利回りが提示され、
中国国内の投資家や国有企業の巨額資金が入っています。融資先
の債権を小口化して販売するなどし、シャドーバンキングの代表
的な商品ともいえます。
 恒大集団も資金集めのため理財商品を発行していますが、今年
の1月早々次の問題を起こしています。
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[広州/1月4日/ロイター]──巨額債務を抱え経営難に陥っ
ている中国の不動産開発大手、中国恒大集団が販売する資産運用
商品(理財商品)を購入した投資家約100人が、4日、広東省
広州市の同社ビルに詰めかけて、資金の返済を求める抗議活動を
行った。同社が不動産プロジェクトを継続するため、理財商品の
償還が見送られるとの懸念が背景。投資家は昨年秋にも抗議活動
を実施。「恒大、金を返せ」と叫んだ。https://bit.ly/3PCwOgg
─────────────────────────────
                 ──[新中国論/009]

≪画像および関連情報≫
 ●天下の国営企業ですら経営難に・・・「恒大集団の破綻」で
  ついに始まった中国の倒産ドミノ
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   中国の不動産会社が震源となった信用不安が、いよいよ収
  拾がつかなくなってきた。昨秋から社債の元利払いが懸念さ
  れてきた恒大集団の他にも、社債の元利払いが滞らせる債務
  不履行(デフォルト)が続出。その頻度は日本の「失われた
  10年」にもなかったほどで、中国の資本市場が機能不全を
  起こすなど、97〜98年ごろの日本に、そっくりの状況に
  なってきた。そこで日本の「失われた10年」に照らして考
  えていきたい。
   日本で上場企業の経営破綻が相次ぐようになったのは97
  年からだった。この年の夏に「影響が大き過ぎて潰せない」
  と言われ続けてきた上場ゼネコン(総合建設会社)が立て続
  けに3社も破綻し、9月にはスーパーマーケットを国内外で
  展開していたヤオハンジャパンの転換社債が債務不履行を起
  こした。さらに11月には、三洋証券、山一証券、北海道拓
  殖銀行が破綻し、三洋証券は短期金融市場でデフォルトを起
  こした。
   この97年後半を境に、信用不安が一気に広がった。信用
  不安を媒介したのは株式市場や資本市場、短期金融市場など
  のマーケットである。ここでは98年の資本市場を例にとっ
  てみよう。資本市場に欠かせないインフラの一つに、債券格
  付けがある。最上級のAAA格からAA格、A格、BBB格
  と続き、ここまでが投資適格とされる。ところが98年当時
  BBB格のれっきとした投資適格企業でも債券を発行できな
  くなった。           https://bit.ly/3ze3Zzy
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恒大集団に資金返還を求める抗議活動.jpg
恒大集団に資金返還を求める抗議活動
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新中国論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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