2022年05月02日

●「紐で引っ張れても押すことは困難」(第5722号)

 円安が急加速しています。4月28日のことです。日銀は、金
融政策決定会合において、安倍政権以来続けている大規模な金融
緩和策の継続を決め、指定した利回りで国債を無制限に買い入れ
る「指し値オペ」を毎日実施することを決めています。このよう
に、日銀が金利を低く抑え込む姿勢を明確にしたことによって、
円安は急加速し、131円台をつけています。
 10年物国債金利のことを「長期金利」といいますが、日銀は
その長期金利の変動幅を「プラスマイナス0・25%程度」と決
め、「連続指し値オペ」を毎日実施すると公表しています。ちな
みに長期金利が上がるということは、国債の価格が下落すること
を意味します。
 「連続指し値オペ」とは、0・25%の利回りで長期国債をす
べて無制限にオペ(公開市場操作)で買い入れるという宣言であ
るので、この水準を上回る利回りでの取引はなくなり、結果とし
て金利の変動幅は0・25%程度を維持できることになります。
しかし、米欧が金利を上げているときに、日銀がこの措置を取れ
ば当然円を売って、ドルを買い入れる動きが高まり、円安になり
ます。それが現在の「1ドル=131円」というわけです。
 なぜ、日銀は円高に動かないのかというと、今回の物価上昇は
一時的なものであるとみていることや、日本がまだデフレから脱
却できていないこと、そして、そもそも「円安」には介入しない
という方針があるからです。
 本題に戻ります。4月28日のEJで、金融政策について、次
のように述べたことについて解説します。
─────────────────────────────
   (金融政策は)ひもで引っ張れてもひもで押せない
─────────────────────────────
 文庫本についている「しおりひも」というものがあります。こ
のひもで本を引っ張ることはできますが、逆に押すことはできま
せん。黒田日銀総裁は、銀行の保有する国債を購入して、銀行の
日銀当座預金に代金を積み上げましたが、銀行はそれを引き出し
て、積極的に貸し出しを行っていないという現象を指して、「ひ
もで押している」と例えているのです。すなわち、日銀が銀行の
日銀当座預金にいくら資金を積み上げても(マネタリーベースを
増やしても)銀行を通して、市中に資金は流れない(マネースト
ックを増加する)ことを意味しているのです。
 一方、財政政策は、鉛筆に例えることがあります。鉛筆で本を
後ろから前に動かすことはできますが、これは景気を押し上げる
ことにつながるという意味です。
 念のため、マネタリーベースとマネーストックの関係を再現す
ることにします。
─────────────────────────────
   ◎マネタリーベース ・・・ 日銀当座預金の金額
   ◎マネー・ストック ・・・ 市中に循環する通貨
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、日銀の資料にもとづく
データで、井上智洋駒澤大学准教授の本に出ていたものですが、
マネタリーベースとマネーストックの関係を示しています。これ
を見ると、1980年から2000年までは、マネタリーベース
とマネーストックは同じ軌跡をたどっているものの、2000年
以降はマネタリーベースは大きく動いています。1999年から
ゼロ金利政策が導入されているからです。
 しかし、マネタリーベースをいくら増やしても、マネーストッ
クはほとんどその影響を受けておらず、およそ2%の低位安定状
態にあります。2013年の黒田日銀総裁による異次元緩和が始
まり、マネタリーベースが跳ね上がっていますが、マネーストッ
クに変化がないことが読み取ります。これをマネタリーベースと
マネーストックの「デカップリング」と呼んでいます。
 このように見てくると、デフレは、単なる貨幣現象ではなく、
需要不足が原因であることがわかります。個人や企業の資金需要
が決定的に不足しているからです。このようなときは、いくら中
央銀行がマネタリーベースを増やしても、マネーストックは伸び
ないのです。そういうときは、政府が代わって需要を増やす政策
を導入して、需要を増やす必要があります。それは、積極的な財
政政策を実施することです。しかし、財政政策になると、財務省
はGDP対比240%の国債残高の話を持ち出して、猛烈に反対
します。財務省は一致結束ワンパターンです。
 これに関して、MMT(現代貨幣論)に詳しい自民党衆議院議
員、西田昌司氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 単に銀行に通貨供給をするだけでは、デフレからの脱却はでき
ず、借り入れというリスクを冒してでも、投資をしようとするだ
けの需要が必要なのです。そこで国債発行による政府の財政出動
が必要になるのです。
 政府が国債発行するということは、政府が負債を背負うという
ことです。それを原資として財政出動するということは、予算執
行を通じて国民側に預金資産を与えることになります。
 民間の借入金が増えないのは、デフレ下においては返済のリス
クを背負うことを避けるからです。一方で、国債は自国建通貨で
発行する限り、返済不能に陥ることは有り得ません。国債の償還
時期がくれば、税金に頼らなくても同額の国債を発行すれば資金
調達ができるのですから、返済不能になることは絶対に有り得な
いのです。(一部略)
 このように、国債発行による財政出動によって、政府は民間に
資金を供給することができるのです。また、社会保障の充実が図
られると、将来に対する国民の不安は減少します。将来に対する
不安が少なくなれば、安心して将来に対する投資を行うこともで
きます。              https://bit.ly/3vRcIGr
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/078]

≪画像および関連情報≫
 ●不況を終わらせるには,国内最大の経済主体である政府が
  カネを使うべき/京都大学/藤井研究室
  ───────────────────────────
   今の日本は、大変な不況に苛まれている。どの業界の人も
  業績がなかなか上がらない。なぜかと言えば要するに,どん
  な業界の人も「客が少ない」からであって、だからみんな儲
  からなくなってしまっている。で,みんな儲からないから、
  みんなオカネを派手に使えない。みんながオカネを派手に使
  わないから、結局は、また全ての業界でますます客が少なく
  なっていく。これがいわゆる「デフレ・スパイラル」だ。
   このスパイラルを止めるために何が必要かと言えば、要す
  るに「客が増やす」ということだ.客がたくさんいて、たく
  さんオカネを使ってくれさえすれば、どの企業も業界も儲か
  るようになっていく。そうすると,みんなオカネを使うよう
  になって、結果,景気が良くなっていく。
   では、どうやればお客が増えるのか。
   繰り返すが、デフレの状況では,みんな業績が不振だから
  みんな派手にはオカネを使わない。だから,あの手この手で
  民間の消費や投資を刺激しても、さして客は増えない。実際
  デフレ不況になってはや15年が過ぎたが、その間政府は、
  改革だ、特区だ、金融緩和だと、あの手この手の取り組みを
  やってきたものの、それらは悉く失敗し、未だにデフレは終
  わっていない。
   でもたった一つだけ,もの凄く効率的かつ簡単に「お客を
  増やす」方法がある。それは国内最大の経済主体である「政
  府」自身がお客になるという方法だ。
                  https://bit.ly/3y5TvTY
  ───────────────────────────
マネーストックおよびマネタリーベースの増大率.jpg
マネーストックおよびマネタリーベースの増大率
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2022年05月06日

●「『デフレは貨幣現象』は正しいか」(第5723号)

 日本が20年以上もデフレから脱却できないのは、明らかに政
府の経済政策の失敗が原因です。2019年1月30日のことで
す。当時の安倍首相は、衆議院本会議の代表質問で、国民民主党
の玉木雄一郎代表に対して、次のように答弁しています。
─────────────────────────────
 デフレには様々な原因があるが、基本的に貨幣現象との考えは
変わらない。したがって、金融政策が引き続き重要であり、政府
・日銀が緊密に連携し、あらゆる政策を総動員してデフレ脱却を
目指す。                 ──安倍晋三首相
─────────────────────────────
 「デフレは貨幣現象である」という言葉は、安倍元首相が繰り
返し使っており、黒田日銀総裁による異次元の金融緩和は、この
考え方から出ていると考えられます。
 しかし、この「デフレは貨幣現象である」という考え方は、正
しくないのではないでしょうか。なぜなら、2013年から安倍
政権が「アベノミクス」と称して続けている金融政策が、途中で
菅政権、そして現在の岸田政権に変わってはいるものの、9年間
かけても目標である2%の物価目標は、2022年5月現在、達
成されておらず、日本はデフレから脱却できていないからです。
 確かにこのところ、消費者物価指数は、ウクライナ危機による
原油高と円安によって、押し上げられつつありますが、まだ2%
には達しておらず、仮に2%に到達しても「安定的にそれが持続
する」ことが求められるのです。「デフレは貨幣現象である」に
関して、同じ自民党の参議院議員である西田昌司議員は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 デフレは通貨の供給不足から生じている様に見えますが、真の
原因は需要そのものの減少であることが分かります。銀行からの
借り入れというリスクを背負って、事業をしようとするだけの需
要が、不足していることが問題なのです。将来に対する見通しも
含めた、確固たる需要が必要なのです。確実な需要を民間の事業
者に与えることが、結果として銀行の信用創造を機能させ、通貨
供給の増加につながるのです。つまり、銀行の貸し出しを増やす
ことができるのです。デフレは単なる通貨現象ではなくて、需要
不足が原因なのです。        https://bit.ly/380XXJ7
─────────────────────────────
 中央銀行である日銀が、金融機関の日銀当座預金にいくら資金
を積み上げて資金(マネタリーベース)をジャブシャブにしても
個人や企業の資金需要自体がないので、市中に循環する資金の量
(マネーストック)が増えないので、物価は上昇しないのです。
 これに関して、経済評論家の三橋貴明氏は、自身の「デフレは
貨幣現象か?」の議論で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 貨幣について「モノやサービスが購入されたお金」と定義する
と、確かに「貨幣の量が増えれば物価は上昇する」は正しい。と
はいえ、モノやサービスが購入された貨幣の量とは、要するに、
「名目GDP」のことである。貨幣の定義を「モノやサービスが
購入されたお金」と設定し、「デフレは貨幣現象だ」と主張する
のであれば、それは「デフレの原因は総需要(名目GDP)の不
足」と言っているに等しい。
 現実の日本で、「デフレは貨幣現象」と言っている人々(代表
が竹中平蔵氏)が、「デフレは名目GDPという総需要不足が原
因」という意味で、「デフレは貨幣現象」と言っているとは思え
ない。何しろ、デフレの原因が総需要の不足と理解すると、第三
の矢として「規制緩和」は主張できなくなるはずなのだ。
                 https://bit.ly/3w2WtWL
─────────────────────────────
 日本はバブルが崩壊してデフレになっていますが、そのとき、
民間(個人や企業)は、借金返済や貯蓄に精を出し、消費や設備
投資、住宅投資などを極力減らし、結果として総需要が不足する
事態に突入しています。
 総需要が不足する事態──三橋貴明氏が、これを「名目GDP
の不足」というのは、名目GDPが「国民が働き生み出した付加
価値(モノ・サービス)に対し、誰かが消費、投資として支払う
ことで創出された所得」のことだからです。
 この場合、誰かが「モノやサービスに対する消費や投資を増や
す」しかないのです。ここで「誰か」とは、政府のことであり、
政府が通貨を発行し、国債発行でお金を借り入れ、所得が創出さ
れるように使う必要があります。つまり、財政政策を積極的に実
施するということです。
 ところが、これに必ず「財源がない」と反対するのは財務省で
す。国債を発行するというと、国債は国の借金であり、ただでさ
え、日本政府は巨額の借金を抱えており、その借金を少しでも減
ら努力をすべきであるというのです。そうでないと、それは将来
の世代にツケを回すことになるというのです。
 これは完全に間違っています。国の財政運営を家計のそれと一
緒にするべきではないのです。この考え方こそ日本がデフレから
脱却できない原因であるといえます。財務省がわかってそういっ
ているのか、経済のメカニズムを理解しないので、そういってい
るのかはわかりませんが、「国の財政運営と家計のそれとは別の
ものである」ということを財務省は絶対に受け入れないのです。
 国債とは、家計の借金とは根本的に異なる性質のものです。家
計の借金は、返済のことや、利払いのため、原資の調達が必要に
なりますが、国債にはその必要はないからです。国債にも利払い
や償還があるじゃないかと反論する人がいると思いますが、実際
に国債の償還には、国債を新たに発行することで済ましているの
です。しかも、そのことを財務省は、誰よりもよく理解していま
す。「国債発行は主権国家の通貨発行権の行使そのものである」
と理解すべきであると思います。
              ──[新しい資本主義/079]

≪画像および関連情報≫
 ●第1回:「アベノミクスの不整合」/三橋貴明氏/2013
  ───────────────────────────
   今さら感があるが、実は第二次安倍内閣の経済政策、通称
  「アベノミクス/三本の矢」には、大きな不整合があった。
  三本の矢とは第一の矢「金融政策」、第二の矢「財政政策」
  そして第三の矢が「成長戦略」の三つの政策である。第一の
  矢と第二の矢はいいとして、果たして第三の矢「成長戦略」
  とは何を意味しているのか。当初は分からなかった(という
  か決まっていなかった)が、その後の政府の発表によると、
  どうやら「規制緩和」のようである。ほとんどの日本国民は
  気がついていないだろうが、第三の矢が規制緩和となると、
  アベノミクスには「デフレ対策」として明らかに不整合が存
  在することになる。
   デフレとは、バブル崩壊後に企業や家計などの「民間」が
  借金返済や銀行預金を増やし、消費や投資(住宅投資、設備
  投資)を減らしてしまうことで発生する経済現象だ。国民経
  済全体から見ると、国民がモノやサービスを生産する力、す
  なわち供給能力に対し、総需要(消費と投資)が不足してい
  る状況になる。総需要とは、要するに名目GDPだ。デフレ
  の国は、供給能力(潜在GDPともいう)が名目GDPを上
  回り、「総需要が不足」しているのである。総需要が不足し
  ている以上、対策は(本来は)簡単だ。誰かが消費や投資を
  増やし、名目GDP(総需要)を押し上げればいいわけであ
  る。              https://bit.ly/3ydknS1
  ───────────────────────────
経済評論家/三橋貴明氏.jpg
経済評論家/三橋貴明氏
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2022年05月09日

●「信用創造について改めて検証する」(第5724号)

 マネタリーベースとかマネーストックなど──話が複雑になっ
ているので、話を整理して先に進むことにします。
 簡単にいうと、日本がデフレから脱却するには、市中に流通す
るお金の量を増加させる必要があります。なぜなら、お金の量が
増えると、お金の価値が下がり、モノの価値が上がるので、物価
が上昇するからです。日銀は2%の物価目標を掲げています。
 この市中に流通するお金のことを「マネーストック」といいま
す。かつては「マネーサプライ」と呼称していたのですが、20
08年6月から「マネーストック」と呼ぶようになっています。
 マネーストックには、M1、M2、M3が含まれますが、それ
は以下の通りです。詳しい説明は省略します。
─────────────────────────────
◎マネーストック統計の指標の定義
 M1 = 現金通貨+預金通貨
 M2 = 現金通貨+国内銀行等に預けられた預金
 M3 = M1+準通貨+CD(譲渡性預金)
 ※M1は、従来のM1にゆうちょ銀行や農業協同組合、漁業共
  同組合等のデータを追加
─────────────────────────────
 これに対して「マネタリーベース」とは、日銀当座預金に積み
上げられている金額のことです。厳密にいうと、ここには「預金
準備」と銀行の保有分である「流通現金」というものが含まれる
のですが、それをいうと、話がややこしくなるので、あえて触れ
ないことにします。
 いずれにしても、日銀が供給している資金が、日銀当座預金に
積み上がっているだけでは、「ブタ積み」といって、市中には流
通しないのです。銀行がそれを企業などに貸し付けて、初めて流
通するようになります。日銀は、安倍政権、菅政権、岸田政権の
間のこの9年間に約450兆円以上もの資金を日銀当座預金に積
み上げましたが、マネーストックは増えていないのです。
 こういうときに必要なのは「財政出動」です。その定義として
「コトバンク」には次の説明があります。
─────────────────────────────
 景気の安定・底上げを図る経済政策の一つ。税金や国債などの
財政資金を公共事業などに投資することによって、公的需要・総
需要を増加させ、国内総生産(GDP)や民間消費などの増加促
進を図る。需要の増加による失業者の雇用機会の創出も見込まれ
る。不況期の景気刺激策として用いられる政策。
                 https://bit.ly/39sMhPC
─────────────────────────────
 財政出動とは、景気の悪化などで、民間に資金需要がないとき
に、政府が借金して事業を行い、景気を刺激する財政政策のこと
です。これは政府の決断によって実施されます。
 その実行プロセスですが、3月1日のEJ第5680号でも述
べたことの繰り返しですが、その資金の動きについて、ここでも
う一度解説することにします。この公共事業の取引によって、市
中に循環する資金が1億円増加することになります。つまり、マ
ネーストックが1億円増えるのです。
 政府が総額1億円の公共事業を実施する決断をしたとします。
資金は国債で賄い、市中銀行が引き受けるとします。第1段階と
して、その銀行保有の日銀当座預金から、1億円が政府の日銀当
座預金勘定に振り替えられます。なお、この資金の動きは、国債
を購入する市中銀行の日銀当座預金が日銀から供給されたもので
あり、民間預金とはまったく無関係のオペレーションです。
 第2段階として、政府は公共事業の発注にあたり、請負企業に
政府小切手で1億円を支払います。第3段階として、請負企業は
小切手を取引銀行に持ち込み、代金の取り立てを依頼します。
 第4段階として、銀行は小切手相当額を企業の口座に電子的に
記帳します。ここが重要です。この瞬間に、市中には1億円の預
金が創造されたことになるからです。市中に流通するお金が1億
円増えたことを意味しています。信用創造の法則によってです。
それと同時に銀行は、日銀に1億円の取り立てを依頼します。
 第5段階として、それを受けて、政府の日銀当座預金勘定から
国債購入の銀行の日銀当座預金に1億円が振り替えられます。つ
まり、ここでその銀行には1億円が戻ってきたことになります。
 政府の財政政策の場合は、政府が国債を発行して、つまり、民
間から借金をして、それによって、公共事業費にかかる資金が創
出されますが、ある企業が銀行に融資を申し入れ、承認された場
合、文字通り、その融資資金は、銀行が融資を受ける企業の口座
に金額を電子的にタイプした瞬間に、同額の預金がが文字通り創
出されるのです。
 この場合、銀行の預金からその融資金を出したのではなく、融
資企業の口座に銀行が融資金額をタイプした瞬間に生み出される
のです。これについての中野剛志氏のコメントです。
─────────────────────────────
 元手となる資金の量的な制約を受けることなく、貸出しをする
ことができる「信用創造」という銀行制度は、実に恐るべき機能
だと思いますよ。
 だけど、この「信用創造」がなければ、資本主義経済は現在の
ように発展することはなかったはずです。現代の資本主義経済は
大規模な設備投資を必要としますから、巨額の資金を調達しなけ
ればなりません。もし、銀行が元手となる資金を集めなければ貸
出しができないのだとしたら、巨額の設備投資を行うことはでき
なかったでしょう。
 実際、18世紀後半から19世紀前半にかけて、イギリスで産
業革命が起きたのも、それに先行して、銀行制度ができていたか
らだと言われているんです。         ──中野剛志氏
                  https://bit.ly/3yfjZ5u
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/080]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の中と現実の経済学――7分で読める「信用創造論」
  ───────────────────────────
   今年の共通テストの出題をきっかけに、信用創造について
  の教科書的な説明の当否がネット上で話題となっています。
  本源的預金(現金)をもとに貸出が行われ、貸し出されたお
  金が預金として銀行に戻り、再び貸し出されて(以下繰り返
  し)、本源的預金の何倍ものお金が市中に出回るようになる
  という信用創造論の説明は、中学や高校の教科書にも登場し
  て親しみ深いものです。お札の行き来を通して金融のしくみ
  を日常の感覚で自然に理解できるという点ではこの説明(し
  ばしば「又貸しモデル」と呼ばれます)に大きな利点がある
  といえるでしょう。
   もっとも、このことは同時にこのモデルの欠点でもありま
  す。というのは、お札(日銀券)という「モノ」の行き来に
  囚われて、「与信というのは貸し手と借り手の間の債権債務
  関係をめぐる問題である」という視点がすっかり抜け落ちて
  しまうからです。ネット上で展開されている議論も、そのた
  めにやや混乱が生じているように思われます。そこで、本稿
  ではこの議論について論点整理を行ってみたいと思います。
   「銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが
  貸出しなどの与信行動、信用を与える行動、すなわち信用創
  造を行うことにより増加することになるということで、この
  点も委員御指摘のとおりであります」(平成31年4月4日
  の参議院決算委員会における黒田東彦日本銀行総裁の答弁)
   「預金という元手がなくても、貸出をすれば、それと同額
  の預金が生まれる」。これは金融の実務に携わる人にとって
  は自然な話ですが、この説明に対してはしばしば拒否反応が
  みられます。         https://bit.ly/3LMevDr
  ───────────────────────────
中野剛志氏と新刊書.jpg
中野剛志氏と新刊書
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2022年05月10日

●「どうして『財政出動』しないのか」(第5725号)

 繰り返しになりますが、日本がデフレから脱却するには、市中
に循環するお金の量を増やせばよいのです。そのための経済政策
としては、中央銀行による金融政策と、政府による財政政策があ
ります。日本では、安倍政権以来9年間にわたって、日銀による
異次元量的緩和という金融政策を続けてきていますが、その狙い
は、お金の価値を下げて、モノの価値を上げる、すなわち、物価
を上げることにあります。しかし、目標である2%の物価目標を
達成できていません。
 いわゆる財政出動は、1929年、英国のジョン・メイナード
・ケインズによって提唱されたものです。当時米国では、バブル
が発生し、経済の立て直しが急務の時代だったのです。株式市場
は軒並み暴落し、金融政策以外に経済を立て直すすべがなかった
時代に、デフレを克服するために財政出動が行われ、事態を収拾
することができたのです。
 しかし、日本では、政府が財政出動しようとすると、財務省や
財務省系の議員から猛烈な反対の声が上がります。「対GDP比
240%の借金があるのにさらに借金を重ねようというのか」と
いう批判です。このことは、財務省による長年にわたるプロパガ
ンダによって国民に刷り込まれており、国民からも反対の声が上
がります。財務省の国民に対するプロパガンダとは、次のような
刷り込みです。財務省は、増税しやすい環境をつくろうとしてい
るようです。
─────────────────────────────
      @国の財政運営を家計のそれに例える
      Aこのままでは日本の財政が破綻する
      B税金を「バラ撒き」に使うのは最悪
      C歳入の範囲内で歳出を行う均衡財政
─────────────────────────────
 結論からいうと、上記の4つのことはすべて間違っています。
 @に関しては、財務省はウェブサイトで、国家の財政運営を家
計のそれと比較していますし、Aに関しては、現職の矢野財務事
務次官が『文藝春秋』に論文を書いて、国民に直接財政の危機を
訴えています。そのさい、予算を「バラ撒き」に使うべきではな
いとも訴えています。Cは、プライマリーバランスをプラスにす
べきであると、財務省の方針である均衡財政を主張しています。
 こういう状況ですから、政治家としても、財政出動を行うのは
相当の勇気がいるのです。
─────────────────────────────
 財政出動 → 赤字の拡大 → 支持率低下 → 政権交代
  → 緊縮財政 → 景気の悪化 → 支持率低下 → 政
 権交代
─────────────────────────────
 安倍政権は、アベノミクスと称して、3本の矢から成る政策を
実施したものの、第3の矢は機能不全に終わったし、第2の矢と
して財政政策は行っているものの、消費税の増税を2回も行うな
ど、チグハグな政策で、デフレ脱却を果たしていないのです。
─────────────────────────────
      第1の矢:      大胆な金融政策
      第2の矢:     機動的な財政政策
      第3の矢:民間投資を喚起する成長戦略
─────────────────────────────
 なぜ、国家財政を家計に例えるべきではないかということにつ
いて、従来とは別の視点から考えてみたいと思います。
 元財務官僚の高橋洋一氏の本に出ていた話です。上司から国家
財政を家計に例えるプランを作れと命令されたことがあるそうで
す。そのとき、高橋氏は「個人に例えるのではなく、企業に例え
るべきでは?」と反論したところ、上司は「国民に増税に協力し
てもらうには個人の方がいい」といわれたそうです。これでわか
るように彼らはわかってやっているのです。
 個人のレベルでは、「収入の範囲で生活をする」ことは、当た
り前のことであり、借金は返済可能の範囲内でするべきであると
考えています。財務省は、この感覚を国家財政の運営についても
働かせてほしいと考えたのです。気持ちはわかります。
 しかし、企業では、勢いのある企業ほど多くの借金をしており
借金は当たり前のことです。この点、個人の借金とは意味合いが
異なるのです。だからこそ、高橋洋一氏の上司は「企業ではなく
個人」という注文をつけたのでしょう。
 個人の借金の場合、自分が生きている間に返済する必要があり
ます。しかし、国家の場合、個人とは異なって寿命が限られてい
るわけではなく、永続するものと見なされています。そうである
ならば、たとえGDP対比240%の借金があったとしても、少
しずつ返していけばよいのです。これは、個人の場合には、絶対
にできないことです。これについて、駒澤大学准教授の井上智洋
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 実際の国家は個人とは異なって寿命が限られているわけではな
く、永続するものと見なされています。そしていまの資本主義経
済は、永続的な経済主体は必ずしも借金を完済する必要がないと
いう前提で成り立っています。それは、借金を踏み倒すという意
味ではないので、注意してください。MMTに対して「借りたお
金は返しましょう」などという途方もなく的外れな批判をする人
がいましたが、「借金し続けること」と「期日に借金を返さない
こと」とはまったく異なります。国債は満期(返済期限)が来た
ら、償還されなければなりません。平たく言えば、借りたお金は
返さなければならないということです。ただし、その際に借入債
を発行することで借金を継続することで借金を継続することがで
きます。  ──井上智洋著『MMT/現代貨幣理論とは何か』
                     講談社選書メチェ
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/081]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ政府は財政出動しないのか?
  ───────────────────────────
   日本の経済の話題に触れる前に、今回のキーワードである
  財政出動をみなさんはご存知でしょうか?
   聞いたことはあるけれども、詳しく説明はできないという
  人もいるかもしれません。まずは、簡単にですが用語の説明
  をしましょう。
   財政出動とは、簡単に言うと景気を良くするために行われ
  る方法の1つになります。例えば、景気が悪い時、私たちの
  基本的な知識では、お金を積極的に使うことで経済的な循環
  を計った方が良いと言われますよね。
   しかし、みなさんのお金をただ使うだけでなく、どこに、
  どのように使うのかも重要なポイントになることをご存知で
  しょうか?
   闇雲に使っているだけでは、実は効果がないのです。今回
  の財政出動の場合は、税金等で集めたお金を、主に公共事業
  に使っていこうと考えることになります。公共事業には、身
  近な物で言うと例えば道路や、公共施設を建設するというこ
  とが挙げられますよね。特に、景気が悪い時はリストラ等で
  仕事を失ってしまったという人も少なからずいるでしょう。
  このような人たちは、消費を促す前に仕事がなければ、生活
  をすることすらできませんよね。
   ですので、失業者に対して、新しい仕事を提供するという
  意味合いでも活躍することがあると言えるでしょう。ここま
  での説明を聞くと、決して悪い方法ではありませんよね。こ
  の政策の結果、民間の消費やGDPが増えていくことを想定
  していますので、少しずつ景気が回復していくことも予想で
  きるでしょう。        https://bit.ly/38Vo7gq
  ───────────────────────────
ジョン・メイナード・ケインズ.jpg
ジョン・メイナード・ケインズ
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2022年05月11日

●「M2が急上昇したウラにあるもの」(第5726号)

 ここまで何回も「信用創造(money creation)」の話をしてき
ています。日本がデフレから脱却する方策を考えるとき、この信
用創造の考え方が必要になるからです。
 銀行が企業に10億円を融資する場合、銀行がその企業の銀行
口座に電子的に10億円とタイプした瞬間に、市中に循環するお
金の量(預金)、すなわち、マネーストックが10億円増加する
ことになります。これが信用創造の考え方です。この10億円は
銀行が保有している資金を貸し出したのではなく、新しく10億
円の預金が創造されたのです。だから、「マネー・クリエーショ
ン」といいます。したがって、企業や個人がリスクを取って、銀
行から融資を受けないと、お金の量は増加しないのです。
 それでは、融資に当たって、銀行にとって、何らかの制約はあ
るのでしょうか。
 もちろん、制約はあります。銀行が融資を実行できる貸出残高
は、銀行が日銀に保有している当座預金(日銀当座預金)の残高
が限度になっています。それは次のように決められます。
 ある銀行の日銀当座預金の残高が100億円であるとすると、
日本銀行は、その当座預金残高の100倍までの融資を実行して
よいということになっています。そうすると、この銀行は1兆円
まで貸し出しをしてよいことになります。その比率は1%ですが
これを「預金準備率」といいます。預金準備率は、金融機関の種
類や預金金額、預金の種類により、大体2〜0・05%の間で決
まっています。
 したがって、黒田東彦総裁が仕切る日銀の異次元量的緩和政策
は、銀行から国債などを買い取って、銀行の日銀当座預金の残高
を積み上げる政策ですから、銀行が融資できる金額は大幅に増え
ていることになります。
 しかし、企業や個人に融資を受けようという資金需要がないた
め、それらの資金は、空しく「ブタ積み」になったままであると
いうことは既に述べている通りです。
 先日のことですが、書店に行ったところ、次の本が新規に出版
されていたので購入しました。なぜかというと、そこには、重要
な情報が載っていたからです。
─────────────────────────────
             ──植草一秀著/ビジネス社
        『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
   資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 植草一秀氏も、日銀の異次元量的緩和に関して、次のように解
説しています。
─────────────────────────────
 日本銀行は金融機関が保有する日銀当座預金の残高をコントロ
ールすることによって、銀行の融資可能金額に上限を設定するこ
とができるのです。かつて日本では、資金需要が非常に旺盛でし
た。世の中には、銀行から融資してほしいという需要が無限に存
在しました。このような状態では、銀行は日銀に保有している当
座預金残高を最大限に活用して、融資=貸出を最大限に実行しま
す。日銀当座預金の残高が100億円で、預金準備率が1%であ
れば、1兆円まで貸出=融資を実行することになります。
 2013年に日本銀行総裁に就任した黒田東彦氏は、銀行が保
有している国債を大量に買い取り、銀行の日銀当座預金の残高を
激増させる政策をとりました。このとき、世の中の銀行の融資に
対する需要が旺盛であれば、銀行は融資を激増させていたでしょ
う。このことによって世の中に存在する預金量、つまりマネース
トックが大幅に増大したと考えられるのです。
          ──植草一秀著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 添付ファイルをご覧ください。これは、上記の植草一秀氏の本
に出ていたものですが、これは、「M2」の前年比の伸び率を示
したものです。
 マネーストックには、M1(エムワン)、M2(エムツー)、
M3(エムスリー)とありますが、M2は「準通貨」といわれ、
日本の代表的なマネーストックです。
─────────────────────────────
 ◎M2(エムツー)とは何か
 準通貨とは、解約することでいつでも、現金通貨や預金通貨と
なって、決済手段として使える金融資産のこと。定期預金・据置
貯金・定期積金などのこと。これを定期性預金ともいう。
─────────────────────────────
 グラフを見るとわかるように、M2は、長期にわたって2%〜
4%の伸び率の間で推移しています。つまり、マネーストックは
伸びていないのです。しかし、それが2020年に一変します。
2021年2月には実に9・6%の伸びを示したのです。
 何が起こったかというと、2020年のコロナ不況です。2月
から3月にコロナの感染拡大で、株価が急落、景気は一気に悪化
したのです。このコロナ不況に対応し、日本では、国民一人10
万円の特別給付金配付をはじめとする巨大な経済対策が発動され
ています。つまり、巨額の財政出動が行われたからです。また、
企業に対しても、コロナ対応の資金繰り対策として、銀行融資を
大幅に拡大したので、M2が激増する原因になっています。
 現在の日本では、政府の財政出動が思い切ってやれるのは、コ
ロナ不況のような降って湧いたような大災害──しかも、全世界
レベルのパンデミックによる不況に対するときのみです。何しろ
日本は、東日本大震災のときですら、増税を実施する国だからで
す。その増税は現在も継続しており、所得税に関しては2013
年始から25年間、税額に2・1%を上乗せするかたちで行われ
ていますし、住民税は2014年度から10年間、年間1000
円を徴収されています。日本では、コロナ不況が終わったら、借
金が増えたということで、また、増税しかねないのです。
              ──[新しい資本主義/082]

≪画像および関連情報≫
 ●経済格差が拡大! 庶民にはコロナ不況でも「高級車ブラン
  ド」が好調という日本の現状
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルスの影響で経済的に厳しい状況に追い込
  まれているというのが庶民感覚だが、数字は異なる事実を示
  している。たとえば、日本銀行が毎月発表しているマネース
  トック(現金通貨や預金通貨など通貨量の残高)は、過去最
  高を更新しつづけている。ちなみに2021年6月のマネー
  ストックは、M3という指標において、前年同月比5・2%
  増となる1518兆8000億円と過去最高だった。同じ指
  標での前月のマネーストックが1514兆9000億円だか
  ら、およそ4兆円がひと月で増えたことになる。
   マネーストックという言葉の響きからすると預金が増えて
  いるというイメージを受けるかもしれないが、この言葉は融
  資を含めて金融部門から経済全体に供給されている通貨の総
  量のことだ。マネーストックが増えているということは、一
  般論でいうと景気が良いことを示している。コロナ禍におい
  てお金の工面に苦心しているという庶民感覚とは異なり、数
  字は市場にお金がジャブジャブと余っている状況となってい
  ることを示している。
   よく言われるように格差拡大が進んでいると捉えることが
  できる。クルマ好きにとっては高価格帯のクルマがよく売れ
  ているイメージがあって、それによって格差の広がりを実感
  している人も多いのではないだろうか。
                  https://bit.ly/38ZtWta
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日本M2前年比伸び率.jpg
日本M2前年比伸び率
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2022年05月12日

●「バイデン政権による大型経済政策」(第5727号)

 現在の2022年から30年を引くと1992年になります。
日本のバブル崩壊は、1991年(平成3年)3月から1993
年(平成5年)にかけて起きています。ということは、日本のデ
フレは、30年間続いていることになります。
 3月に内閣府が公表したGDP2次速報値によると、2021
年の日本の実質成長率は1・6%でした。米国は5・7%と37
年ぶりの高成長を記録しています。日本ときわめて対照的です。
国際通貨基金(IMF)は、2021年の先進国の平均成長率は
5・0%と推計していますから、日本の経済の回復力は、あまり
にもというか、いや、突出して弱いといえます。
 日本経済は、生産力が壊滅した太平洋戦争の敗戦から、わずか
10年で戦前のレベルまで回復しています。それが、30年もか
かって、なぜ停滞から抜け出せないでいるのでしょうか。
 この失われた30年、不況からの脱出手段が金融政策に限定さ
れ、思い切った財政出動がほとんど行われていないのです。その
代わり、消費税の税率を3%を5%、5%を8%、8%を10%
へと3回も上げています。緊縮政策だけは、過剰なほどに厳しく
やっています。これでは、景気が低迷するのは当たり前です。
 その一方で、家計の金融資産も企業の現預金も史上最高水準を
記録し続けています。貯蓄には異常なほど熱心なのです。デフレ
では、お金の価値が上がるので、こういうことが起きるのです。
本来であれば、企業はリスクを取って積極的に投資し、個人は生
活を豊かにするために消費する──これが経済成長の源泉になる
のですが、日本の場合、そうなっていないのです。だから、国連
機関の世界幸福度ランキングでは、日本は先進国で最低レベルに
ランキングされています。
 これによってもっと深刻なのは、この長期停滞によって、人口
の60%が、成長経験のないまま現在に至っていることです。日
本人の過半の人々が「成長を知らない」のです。これは、きわめ
て日本にとって深刻なことであると思います。
 これに対して、米国のバイデン政権は、その就任から現在まで
何をやったかです。バイデン大統領は、自身が副大統領を務めた
バラク・オバマ政権時のスタッフの多くを再び登用したことから
「やる気のない政権」とみなされ、この新大統領に期待する声は
けっして多くはなかったのです。
 しかし、バイデン政権は、大方の期待に反し、成立直後から、
画期的な大型経済政策を次々と行っています。
─────────────────────────────
  1.「米国救済計画」/2021年 3月11日発表
                American Rescue Plan
  2.「米国雇用計画」/2021年 3月31日発表
                 American Jobs Plan
  3.「米国家族計画」/2021年 4月28日発表
               American Families Plan
─────────────────────────────
 第1は「米国救済計画」です。
 これは、新型コロナウイルス対策であり、ワクチンの普及など
の医療対策に加えて、一人最大1400ドル(約15万円)の現
金給付、失業給付の特別予算、それに加えて、3000億ドルの
地方政府支援などから構成されています。
 これは、1・9兆ドル(約200兆円)もの大型追加経済対策
です。これにトランプ政権下において発動された経済対策を合わ
せると、その規模は5・8兆ドルというとんでもない額の財政出
動になるのです。名目GDP比では、約28%になります。
 これは、通常の年間支出は約4・4兆ドルを上回るものであり
リーマン・ショック時の経済対策が1・5兆ドルをはるかにしの
ぐ財政出動であったのです。それでいて、世論調査によると、国
民の70%がこの政策を支持しています。
 第2は「米国雇用計画」です。
 これは、インフラ投資、研究開発投資、製造業の支援などに8
年間で約2兆ドルを投じる計画です。この財源として、法人税の
増税(連邦法人税率を21%〜28%へ引き上げ)であり、多国
籍企業への課税の強化(多国籍企業の海外収益への課税を21%
に倍増)させ、格差是正を意図した計画になっています。
 第3は「米国家族計画」です。
 まず、中低所得層の保育負担の軽減に2250億ドル、介護な
ど包括的な有給休暇制度の確立に2250億ドル、幼児教育の機
会拡充に2000億ドル、コミュニティカレッジの無償化に10
50億ドル、子供のいる世帯の税額控除の期間の延長など、人的
資本の形成を目的としたものであったのです。
 そして、格差是正を目的として、連邦個人所得税の最高税率を
37%から39・6%に引き上げると同時に、年収100万ドル
超の富裕層の株式などの譲渡税(キャピタルゲイン)にも、この
39・6%の最高税率を適用することを決めています。
 バイデン政権のこのきわめて大型の経済対策に関しては、これ
までの米国では、何よりも財政赤字の拡大を招いたり、インフレ
になったり、金利の高騰を引き起こすとして、忌避されてきたも
のです。まして「米国雇用計画」や「米国家族計画」は、富裕層
やウォール街の金融階級が大きな不満を抱くのは確実であり、と
くにこのような「大きな政府」への傾斜は、野党の共和党は絶対
反対であり、当然大きな反対の声が巻き上がり、なかなか実施で
きなかったものです。
 実際に「米国雇用計画」に関しては、バイデン政権と、超党派
グループとの合意によって、その規模が軽減されたり、一部の修
正が行われているのは事実です。しかし、テキサス大学のジェー
ムス・ガルブレイス教授は「この政策で最も重要なのは、財政赤
字だの、国家債務だのに関する標語に一切言及していないことで
あり、短期の経済政策ではなく、緊縮財政に逆戻りしない意思を
感じられる」と高く評価をしています。
              ──[新しい資本主義/083]

≪画像および関連情報≫
 ●バイデン政権1年の評価−追加経済対策やインフラ投資で
  成果も党内対立などから支持率は低迷、中間選挙に向け問
  われる真価
  ───────────────────────────
   バイデン大統領の就任から1月20日で1年が経過した。
  バイデン政権は追加経済対策や超党派のインフラ投資法案を
  成立させたほか、21年に統計開始以来最高となる645万
  人の雇用を創出するなど一定の成果を挙げた。
   一方、新型コロナ対策では新型コロナ感染者数の抑制に成
  功していない。また、党内対立から社会保障改革や気候変動
  を盛り込んだ大型歳出法案(ビルドバックベター法)成立の
  目途が立っていない。さらに、足元でインフレが高進に伴い
  国民の不満が高まるなど、バイデン政権は多くの課題を抱え
  ている。
   本稿ではバイデン政権の1年を振り返り、バイデン政権の
  成果とバイデン政権が抱ええる課題について整理するほか、
  バイデン政権の評価や22年11月に予定されている中間選
  挙の見通しについて論じた。バイデン政権と与党民主党の支
  持率が低迷する中、中間選挙に向けてバイデン政権は政権運
  営の立て直しを図りたい所だが、支持率回復の糸口はつかめ
  ておらず、中間選挙に敗北して「ねじれ議会」となる可能性
  が高まっている。その場合、バイデン政権は、早くもレイム
  ダック化しよう。
   (追加経済対策)3月におよそ1・9兆ドル規模の追加経
  済対策が成立──バイデン大統領は、就任当初に最優先の政
  策課題として新型コロナ対策と並び、追加経済対策を掲げ、
  21年3月11日におよそ1・9兆ドル規模となる「米国救
  済計画」を、財政調整措置を活用して上下院の民主党議員の
  単独過半数で成立させた。    https://bit.ly/3FvRwtL
  ───────────────────────────
バイデン米大統領.jpg
バイデン米大統領
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2022年05月13日

●「バイデン政権経済政策への高評価」(第5728号)

 バイデン政権による巨額の財政出動に関して、多くの経済学者
が意見を寄せています。その論争の中心が「新自由主義からの決
別」であり、奇しくも日本の岸田政権も新自由主義的政策から脱
却し「新しい資本主義」を提唱するといっているので、一応表面
上は似ているといえます。
 これについて、中野剛志氏が新刊書を上梓し、第1章の「静か
なる革命」において詳細に論じています。
─────────────────────────────
        中野剛志著/ダイヤモンド社
           『変異する資本主義』
─────────────────────────────
 ここで、これまで米国において定着していた新自由主義とは何
かを明らかにする必要がありますが、学者の学問論争にしたくな
いので、ごく簡単に述べることにします。
 新自由主義とは、要するに「政府などによる規制の最小化と、
自由競争を重んじる考え方」ですが、もう少しきちんと述べると
次のようになります。
─────────────────────────────
◎新自由主義とは何か
 新自由主義は、ケインズ主義的福祉国家の所得再分配政策など
がもたらす「過剰統治」と国家の肥大化こそがシステムの機能不
全の原因として、規制緩和、福祉削減、緊縮財政、自己責任など
を旗印に台頭した経済政策のことである。
─────────────────────────────
 「ワシントンコンセンサス」という言葉があります。この言葉
と新自由主義は関係があります。この言葉は、1989年に国際
経済研究所の研究員だった国際経済学者ジョン・ウィリアムソン
氏によって用いられたもので、貿易と資本市場とを自由化するこ
とが理念として据えられ、規制緩和や「小さな政府」を目指し、
自由化と民営化を迅速に行うことが重要視されたのです。そして
このことは、アメリカ主導の資本主義や経済の開発政策を最適な
方法で進めていこうとすることを表しています。
 中野剛志氏は、ワシントンコンセンサスは、1980年以降先
進諸国の経済学や経済政策における支配的なイデオロギーになっ
てきたが、それから40年の時を経て現在のバイデン政権によっ
て、ワシントンコンセンサスの終わりを告げようとしていると述
べているのです。
 なぜ、このようにいわれるのかです。今回のバイデン政権の経
済政策は、財政赤字の拡大や連邦所得税の最高税率の引き上げな
どを伴うものであり、これだけで新自由主義のイデオロギーから
大きく逸脱しているといえます。その経済政策について、多くの
重要人物が支持を表明しているのです。
 まず、国際通貨基金(IMF)のクリスタリナ・ゲオルギエバ
専務理事は、次のようにコメントしています。
─────────────────────────────
 IMFとしては、非常に珍しいことだが、現在の政策に関して
3月から各国政府に対して支出を促す。最大限お金を使い、さら
にもう一段支出を増やすように求める。
       ──クリスタリナ・ゲオルギエバIMF専務理事
          中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 IMFの専務理事がこのようにいうのは、非常に珍しいことで
す。何しろIMFといえば、1980年代以降、新自由主義のイ
デオロギーを信奉し、債務国に仮借のない財政規律を求めること
で、きわめて悪名の高いガチガチの国際機関だったからです。そ
のIMFのトップが、「最大限お金を使い、さらにもう一段支出
を増やすように求める」といっているのですから、とても信じら
れない話ではあります。
 ローレンス・サマーズという著名な経済学者がいます。サマー
ズ氏は、単なる経済学者ではなくて、世界銀行チーフエコノミス
ト、米財務副長官、財務長官などを歴任した大物経済人です。サ
マーズ氏は、2013年以降、先進国の経済が低成長、低インフ
レ、低金利から抜け出せない長期停滞に陥っている現状について
その対策として、積極的な財政政策を行うべきであると説いてき
ていますが、サマーズ氏は、バイデン政権の「米国救済計画」の
意図や内容については評価しているものの、その予算規模である
1・9兆ドル(約200兆円)は、米国経済の需給ギャップに比
して、あまりにも大き過ぎ、インフレを招くリスクが高いと批判
したのです。
 この批判に噛みついたのは、ノーベル経済学賞受賞の経済学者
ポール・クルーグマン氏です。これについて、中野剛志氏は、ク
ルーグマン氏の主張を次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 クルーグマンは言う。そもそもパンデミックとの戦いは戦争の
ようなものだ。戦時中に、「完全雇用の達成までどの程度の刺激
策が必要か」などという議論をする者がいるか。戦争に勝つのに
必要なだけ財政支出を行うに決まっているではないか。
 そうサマーズを挑発した上で、クルーグマンは、サマーズの指
摘するインフレのリスクについては、こう反論した。
 第1に、本当の需給ギャップなど、誰も分かりはしない。第2
に、米国救済計画の内訳を見ると、インフレを招くような景気刺
激策は少ない。第3に、インフレが起き始めたら、金融引き締め
政策をやればよいだけの話だ。  ──ポール・クルーグマン氏
          中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 実は、バイデン政権の経済政策に関する米国内での論争は、こ
れで終わりではないのです。それは、バイデン政権の財務長官で
あるジャネット・イエレン氏の参戦です。イエレン氏も優れた経
済学者ですが、イエレン氏の主張は来週のEJでご紹介します。
              ──[新しい資本主義/084]

≪画像および関連情報≫
 ●クリスタリナ・ゲオルギエバIMF専務理事
  ───────────────────────────
   クリスタリナ・ゲオルギエバ氏は国際通貨基金(IMF)
  の専務理事を務める。2019年9月25日に選出され、同
  年10月1日に就任した。IMF専務理事として就任する以
  前、ゲオルギエバ氏は2017年1月から2019年9月ま
  で世界銀行の最高経営責任者(CEO)を務めた。同職在任
  中は3か月間、世界銀行暫定総裁の役を担った。
   世界銀行CEOに就任する前、ゲオルギエバ氏は欧州委員
  会の副委員長(予算・人的資源担当)として、欧州連合(E
  U)の課題設定を支えていた。その職務において、1610
  億ユーロ(1750億米ドル)のEU予算と3万3000人
  の職員を管理した。また、ユーロ圏債務危機と2015年難
  民危機への対応も統括した。それ以前には、国際協力・人道
  支援・危機対応を担当する欧州委員として、世界最大規模の
  人道支援予算を管理した。
   ゲオルギエバ氏は1993年、世界銀行の環境エコノミス
  トとして公的機関でのキャリアを始めた。世界銀行には17
  年間勤務し、持続可能な開発担当局長、ロシア連邦担当局長
  環境担当局長、東アジア・太平洋地域の環境・社会開発担当
  局長などさまざまな上級職を歴任した後、2008年には副
  総裁兼官房長に任命された。同職においては、世界銀行幹部
  理事会、出資国の間での対話を調整した。
                 https://bit.ly/3vYUSCy
  ───────────────────────────
ゲオグギエバIMF専務理事.jpg
ゲオグギエバIMF専務理事
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2022年05月16日

●「経済政策における静かな革命勃発」(第5729号)

 財政出動(積極財政)とは、経済を良くしたり、景気を安定さ
せたりする目的で行われる政治政策のことで、1929年の世界
恐慌の時代に、英国の経済学者、ジョン・メイナード・ケインズ
によって提唱されたものです。
 しかし、財政出動をはじめとするいわゆるケインズ主義は、景
気の刺激策であり、重ねて行うと、インフレを招いたり、国の財
政を悪化させるマイナス面があるとして、金融政策を中心とする
新自由主義に変わって現在にいたっています。
 現在米国のバイデン政権では、コロナ禍を契機に、この経済政
策に「静かなる革命」が起きているようです。このことを最初に
指摘したのは、ウォーリック大学名誉教授であるロバート・スキ
デルスキー氏です。スキデルスキー氏は、ジョン・メイナード・
ケインズの評伝三部作の著作で知られ、ジェイムズ・テイト・ブ
ラック記念賞やアーサー・ロス書籍賞、ライオネル・ゲルバー賞
などを獲得している経済学者です。スキデルスキー名誉教授の主
張は、次の通りです。
─────────────────────────────
 ケインズ主義が新自由主義にとって代わられてからというもの
積極財政はインフレを招くだけであるとして忌避されてきた。積
極財政が単に需要を刺激するだけであるなら、確かに高インフレ
のリスクがあるだろう。だが、公共投資が技術開発など供給力の
強化へと向けられるのであれば、高インフレは回避されるだけで
なく、将来の経済成長が可能になる。
 しかも、今日、財政政策は、金融政策よりも強力な景気対策と
いうにとどまらず、気候変動対策や感染症対策に資本を振り向け
社会を良くするための手段である。これは、経済政策に関する考
え方の革命的な転換である。   ──スキデルスキー名誉教授
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 ロバート・スキデルスキー名誉教授による「静かなる革命」の
バックボーンになる思想・理論に影響力を与えられる経済学者が
います。現在、バイデン政権の財務長官を務めるジャネット・イ
エレン氏(添付ファイル)です。
 ジャネット・イエレン氏とは何者でしょうか。
 イエレン氏は優れた経済学者であり、1997年から99年ま
で、クリントン政権で大統領経済諮問委員会委員長、2014年
から18年にかけては、米国の中央銀行総裁にあたる連邦準備制
度理事会(FRB)議長を務め、現在のバイデン政権では、財務
長官の重責を担っている重要人物です。
 2016年のことです。当時FRB議長であったジャネット・
イエレン氏は、次の演題で講演を行っています。
─────────────────────────────
         「危機後のマクロ経済研究」
       ジャネット・イエレンFRB議長
─────────────────────────────
 ここで「危機」とはリーマン・ショックのことです。イエレン
FRB議長は、2008年に起きたこの世界金融危機は、積極的
な財政金融政策によって一応克服され、景気は回復したものの、
その後の経済はなかなかリーマンショック前の水準に復帰せず、
経済はきわめて低位で推移していると指摘したのです。いわゆる
経済の長期停滞現象です。イエレン議長は、その理由について、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 不況になると、失業者が増え、労働力が落ちる。企業は、設備
投資や研究開発投資を控えるから、生産設備の増加や技術革新に
よって生産性を向上させる機会が失われる。起業も乏しくなるで
あろう。こうして、不況の間に供給力が落ち込む。そうなると、
その後に不況が終わり、需要が回復したとしても、供給が不足し
ているため、経済成長が起きにくくなるというのである。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 これは、いわば危機の後遺症であり、経済学では「経済の履歴
効果」というのです。イエレン議長は、2016年の講演におい
て、このことを指摘しています。
 この現象は、デフレ下にある日本の経済の状況に酷似していま
す。しかも、日本の場合は、3回の消費税増税で、税率を3%か
ら10%に上げているので、停滞は一層深刻化しています。不況
期に増税による緊縮財政を行うことは、絶対にやってはならない
禁じ手であるのに、それを無視して強行したのです。
 そのような経済の停滞が続いているときに起きたのは、新型コ
ロナウイルスによるパンデミックです。2020年3月にWHO
が「パンデミック」と宣言してから、丸2年以上経った現在でも
収まってはいません。これは、1930年代の世界恐慌以来とい
われる深刻な大不況を世界にもたらしています。
 これは、リーマンショックのときとは、比較にならない大不況
を世界にもたらしており、これにも当然履歴効果があると思われ
るので、これによる需要の深刻な急減は、供給能力にも大きなダ
メージを与え、慎重に経済対策を打たないと、その後遺症はさら
に長期的に、経済の成長にブレーキをかけることは確実です。
 そして、2022年2月24日のロシアによるウクライナへの
全面侵攻が起こります。経済の長期停滞、パンデミック、ロシア
によるウクライナへの特別軍事作戦──経済にとって、まさにト
リプルパンチです。
 この状況下において、米国が打ち出した経済政策は、従来のマ
クロ経済政策の考え方を一新するものであり、その考え方の下で
の巨額な財政出動政策です。まさに財政政策の復権であり、イエ
レン財務長官だけでなく、それは多くの経済学者の間で共有され
ているものです。イエレン財務長官の考え方については、さらに
明日のEJでも述べます。  ──[新しい資本主義/085]

≪画像および関連情報≫
 ●米国救済計画、インフレ高進への寄与「小さい」=財務長官
  ───────────────────────────
   [ワシントン/2021年12月1日/ロイター]──米
  国のイエレン財務長官は1日、バイデン大統領の、1兆90
  00億ドル規模の米国救済計画によって需要が増大したが、
  現行のインフレ高進の小さな一因に過ぎないと述べた。下院
  金融サービス委員会での証言で、同計画が需要を押し上げた
  のは明らかだが、必要以上の刺激策で現行のインフレ高進に
  つながったとの見方は公平ではないと指摘。「米国救済計画
  により国民の懐が暖まり、米経済の旺盛な需要を支えたこと
  は確かだが、現在のインフレの規模と要因を見る限り、その
  寄与度はせいぜい小さいものだ」と語った。
   バイデン大統領の対応に伴うインフレへの影響に関する共
  和党議員からの質問に対しては、長期にわたる失業や高い失
  業率をもたらしかねない需要不足に対応するために景気刺激
  策を実施する「非常に適切な理由」があったと主張。「景気
  刺激策は成功し、需要を押し上げた。これはインフレに関連
  するいくつかの要因の一つだ」とした。
   また、インフレの主要因は、新型コロナウイルスのパンデ
  ミック(世界的大流行)であり、その影響で需要が、サービ
  スからモノへと「大幅に」転換し、サプライチェーン(供給
  網)の問題や労働力供給への持続的な影響をもたらしたと分
  析。パンデミックは労働力に「異常なショック」を与え、健
  康問題への懸念から多くの低所得労働者が仕事に復帰できな
  い状況にあるが、パンデミックが収束すればその影響は軽減
  するだろうとした。       https://bit.ly/3FLkTbS
  ───────────────────────────
ジャネット・イエレン米財務長官.jpg
ジャネット・イエレン米財務長官
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2022年05月17日

●「イエレン財務長官の3つの考え方」(第5730号)

 2020年7月のことです。ブルッキングス研究所において、
当時のイエレンFRB議長と、前議長のベン・バーナンキ氏が、
新型コロナウイルス対策の証言を行っています。ブルッキングス
研究所というのは、米国の由緒あるシンクタンクのことです。
 そのとき、イエレン氏とバーナンキ氏は次のように提言してい
るのです。
─────────────────────────────
 財政赤字や政府債務を恐れずに、財政出動を行うべきである
           ──イエレン議長/バーナンキ前議長
─────────────────────────────
 ただし、その財政支出先は何でもよいのではなく、イエレン議
長らは、次の3つを例示しています。
─────────────────────────────
 @医療研究の支援、検査や病院の能力の拡充、必要物資の供
  給、ビジネス・学校・公共交通機関の再開の支援などの包
  括的な計画
 A失業対策
 B地方政府に対する財政支援
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 まさにこの3つこそが、バイデン政権の「米国救済計画」その
ものであることが分かります。これに対して、同じ2020年6
月、日本の場合、何が起きるかわからないという名目で、第2次
補正予算に10兆円の財政支出先不明の「予備費」を計上してい
ます。米国が財政支出先を明確にして計画化しているのと比べる
とズサンそのものであり、対照的です。
 予備費は、その使途について事後に国会で報告する義務があり
ますが、与党はそれをほとんどを守っておらず、結局うやむやに
なってしまっています。したがって、10兆円の巨額の予備費を
認めてしまうと、自公与党は10兆円をいわばポケットマネーと
して、自由に使えるのです。もちろん、コロナ禍対応の使途以外
に使っても、事後の究明は難しいのです。
 米バイデン政権の場合、ジャネット・イエレン財務長官は、大
規模な財政支出を実施するに当たって、次の3つの考え方を明確
にしています。それを中野剛志氏の上記の本から要約します。
─────────────────────────────
 第1として、不況による需要の急減には長期的に経済を傷つけ
る「履歴効果」というものがあり、放置すると景気が自動的に回
復して元通りになるというものではない。それゆえに一時的な需
要の急減といえども放置すべきではなく、速やかに財政出動を行
うべきである。これには経済学者の間で合意ができている。
 第2として、財政支出を拡大させるに当たっては、財政の持続
可能性を気にかけることは、確かに重要である。ちなみに、この
場合、財政の持続可能性を示す指標は「対GDP比の政府債務残
高」である。しかし、金利が低い場合は、債務返済の費用は低く
なるので、財政支出による便益は資金調達の費用を上回る。
 第3として、アメリカ経済を再建し、より多くの人々により繁
栄をもたらし、アメリカの労働者が競争が激化するグローバル経
済を勝ち抜けるようにするための「長期のプロジェクト」へと、
財政の支出先を振り向ける。財政政策は、単に不足する需要を埋
めて雇用を創出するのではなく、支出先を政府が指定する。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 ここで、ジャネット・イエレン財務長官の「財政の持続可能性
を示す指標は『対GDP比の政府債務残高』である」という言葉
に留意すべきです。なぜかというと、日本の場合、政府債務残高
は対GDP比240%であり、積極的な財政出動など到底できな
いことになってしまうからです。
 どうして日本だけが突出してこの比率が高いのかというと、そ
の理由は、はっきりしています。この30年間、経済がさっぱり
成長していないからです。今や経済成長率で順位をつけると、日
本は世界第158位です。したがって、30年もの間、政府債務
残高は累増するなかで、ほとんどGDPが増えなければ、政府債
務残高の対GDP比は高くなるのは当たり前です。
 日本は、GDPでは米国、中国に次ぐ世界第3位の経済大国で
すが、2021年の実質GDP成長率の世界ランキングは以下の
通りになります。日本の比率は1・62%で、世界158位であ
り、G7中最下位です。
─────────────────────────────
     第 39位:イギリス ・・ 7・44%
     第 45位:フランス ・・ 6・98%
     第 50位:イタリア ・・ 6・64%
     第 65位:アメリカ ・・ 5・68%
     第 95位: カナダ ・・ 4・56%
     第138位: ドイツ ・・ 2・79%
     第158位:  日本 ・・ 1・62%
                  https://bit.ly/3PccaUp
─────────────────────────────
 しかし、イエレン財務長官は、「金利が低い場合は、債務返済
の費用は低くなるので、財政支出による便益は資金調達の費用を
上回る」といっており、財政出動の判断基準を金利水準にも置い
ています。日本の金利水準は米国の10分の1以下であり、GD
P対比240%でも、財政出動にうって出るべきですが、日本政
府はやろうとしているようには見えません。財務省が猛烈に抵抗
しているからです。
 そもそも「GDP対比00%」という基準は本当に正しいので
しょうか。このことをもっときっちり議論する必要があると思い
ます。誰が決めたかわからない基準に縛られることには、大いに
疑問を感じます。      ──[新しい資本主義/086]

≪画像および関連情報≫
 ●MMTを考える/ニッセイ基礎研究所
  ───────────────────────────
   MMTに関する議論は大幅な財政赤字を続けることで財政
  が破綻するかどうかという点に集中している。しかし、財政
  破綻についてのMMTの支持派と批判派の間の議論は、論点
  がずれているためにかみ合っていない。
   「自国通貨を持つ国は財政破綻しない」というMMTの主
  張は、批判する側からすると荒唐無稽に見える。しかし、こ
  れは暗黙のうちに現在主要国が採用している制度を前提とし
  ているか、破綻を回避しようとすると財政以外で経済的な大
  問題が発生してしまうと考えているためである。
   現在の制度に囚われず、物価や外貨の資金繰りといった財
  政以外の問題を無視して、財政破綻を単に「財政支出をまか
  なう資金が調達できなくなる」あるいは「政府が債務不履行
  に陥る」ということだとすると、MMTの主張するように財
  政破綻を回避することは常に可能で、財政破綻は起きないは
  ずだ。例えば、自国通貨を発行する中央銀行がある国では、
  政府は国債などの自国通貨建ての債務の履行が困難になった
  際には、国の支払いのために中央銀行が自国通貨を増発して
  支払えば良いので、債務不履行は回避できる。レイは、現代
  の貨幣(マネー)は単なる引換券(トークン)や債務の記録
  に過ぎないと述べている。MMTは、政府が支出を行うため
  に必要な資金は、必要であれば中央銀行にある政府の当座預
  金残高の数字を増やすというコンピューターへのキー入力だ
  けで作り出すことができると主張している。
                  https://bit.ly/3Pcf7nX
  ───────────────────────────
ベン・バーナンキ元FRB議長.jpg
ベン・バーナンキ元FRB議長
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2022年05月18日

●「長期停滞から脱却させる財政政策」(第5731号)

 米バイデン政権が打ち出した1・9兆ドル(約200兆円)の
「米国救済計画」──コロナ禍への対策ということもあるが、こ
れはリーマンショック時の経済対策をはるかにしのぐ、空前の財
政出動であるといえます。しかもこの経済政策に関して、ジャネ
ット・イエレン財務長官を筆頭に、米国の名だたる主流派経済学
者たちの多くが賛意を表明しているのです。まさにこれは経済学
の「静かな革命」であるといえます。
─────────────────────────────
    現在、先進国の経済は『長期停滞』に陥っている
─────────────────────────────
 これは、ハーバード大学元学長ローレンズ・サマーズ氏が20
13年11月のIMFのコンファレンスにおける講演で提起した
問題です。もともと「長期停滞」という言葉は、1939年に米
国の経済学者アルヴィン・ハンセン氏が唱えたものです。それは
世界恐慌後に停滞が続く米国の経済について、ひとつの仮説とし
て論じたものであり、サマーズ氏は、この古典的な議論を現代に
よみがえらせたといえます。
 米国の経済成長率は、日本に比べると大きく伸びているように
見えますが、平均するとせいぜい2・3%ぐらいです。しかも、
1990年代後半の好況はITバブルであり、リーマンショック
前の2003年から2007年までの好況は住宅バブルだったの
で、米国はこのところ15年以上、金融の安定性を伴う本当の意
味の好況というものを経験していないのです。
 主流派経済学者たちは、市場には需要と供給を自動的に均衡さ
せるメカニズムというものが備わっているという前提を共有して
おり、不況というものは、起きたときに正しく手当をしておけば
後は自然に元の状態に戻ると考えていたのです。つまり、不況と
いうものを一時的な経済現象と捉えていたわけです。
 しかし、リーマンショック後になって、この長期停滞現象に気
がつきはじめた経済学者が増えてきます。それがFRB議長時代
のジャネット・イエレン氏であり、ローレンズ・サマーズ氏など
の主流派経済学者なのでうす。
 この長期停滞に関して、サマーズ氏は、次のような仮説を立て
たのです。その仮説を中野剛志氏の本から引用します。
─────────────────────────────
 通常であれば、需要不足による不況を克服するには、金融緩和
政策が有効である。それは、次のような考え方による。
 まず、自然利子率(均衡実質利子率)というものを想定する。
自然利子率とは、需給が瞬時に調整されて均衡するという仮想の
世界において成立する実質利子率のことである。自然利子率が達
成されている時には、完全雇用が実現していることになる。
 そこで、金融政策は、現実経済における実質利子率を自然利子
率に一致させることを目指して運営される。具体的には、中央銀
行が、名目利子率を自然利子率の水準に誘導するのである。
                      ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 しかし、この主流派経済学の考え方で経済を運営していくと、
困ったことが起きたのです。それは、名目利子率、つまり、金利
がゼロに近いか、限りなくゼロになってしまったことです。この
場合、上記の需要と供給が均衡する「自然利子率」は、ゼロより
もさらに低いことになります。つまり、これは金融政策が限界に
達し、不況から脱出させる有効な処方箋ではなくなったことを意
味します。経済の長期停滞から脱却するための政策には、次の3
つがあります。
─────────────────────────────
            @金融政策
            A構造改革
            B財政政策
─────────────────────────────
 この3つの政策のうち、@の「金融政策」は、長期停滞下にお
いてはその有効性は低下しています。それは、上記のように、名
目利子率が下限のゼロに達してしまうからです。
 それでは、Aの「構造改革」はどうでしょうか。
 構造改革とは、経済の潜在成長力を高めるため、規制改革など
によって、資本市場や労働市場を流動化し、競争を活発にするこ
とによって、生産性を向上させる新自由主義的政策のことです。
 日本においては、小泉純一郎政権(2001年4月〜2006
年9月)が、「構造改革なくして景気回復なし」「聖域なき構造
改革」などのスローガンを掲げて断行した郵政民営化・三位一体
改革・医療制度改革などの一連の新自由主義的な施策を指してい
ますが、デフレを加速させただけで終わっています。
 ローレンス・サマーズ氏は、Aの構造改革には否定的です。な
ぜなら、構造改革は供給力を高める効果はあるものの、それに伴
う需要の拡大が伴わないと、デフレ圧力が発生するからです。
 Bの「財政政策」についてはどうでしょうか。サマーズ氏は次
のように考えています。
─────────────────────────────
 残された選択肢は、財政政策である。
 財政政策、すなわち公共投資や民間投資を促進して、支出を拡
大する。これこそが、サマーズが最も推奨する処方箋にほかなら
ない。サマーズは、長期停滞をもたらしている構造的な問題を解
消するために、公共投資を用いるべきだと主張する。特に、イン
フラ整備のための公共投資はGDPを拡大するので、結果的に、
対GDP比の公的債務負担を軽減するだろう。金利がほぼゼロの
時に、5〜10%のリターンをもたらす公共投資を行うのは理に
適っているとサマーズは強調するのである。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/087]

≪画像および関連情報≫
 ●世界経済は長期停滞に突入したのか
  リチャード・N・クーパーハーバード大学教授
  ───────────────────────────
   かつて40年の長きにわたる高度成長を遂げた日本経済が
  ここ四半世紀、ほとんど成長していない。経済規模を示す国
  内総生産(GDP)は、1997年から2015年にかけて
  わずか12%(物価変動調整後)しか拡大しておらず、年平
  均成長率は0・6%にとどまっている。こうした状況は「長
  期停滞(secular stagnation)」と呼ばれる。この表現は、
  1930年代後半にハーバード大学のアルヴィン・ハンセン
  教授が「長期停滞論」を唱えたことをきっかけに広く用いら
  れるようになったが、近年、同じくハーバード大学のローレ
  ンス・サマーズ教授らが使い始めたことで再び注目されるよ
  うになった。サマーズ教授らが問いかけているのは、日本の
  みならず、欧州、さらには世界全体で長期停滞が起きている
  のではないかということである。
   長期停滞は2つの全く異なる(しかし矛盾しない)要因に
  よってもたらされる。1つは経済の「供給サイド」の問題で
  ある。たとえば、労働力人口の伸び率低下による負の影響を
  打ち消して余りある労働生産性の向上が得られないと、潜在
  的経済成長力が損なわれる。もう1つの要因は、その結果と
  して、生産性の向上につながる投資が限界に達し、製品や生
  産プロセスにおける目に見える技術的進歩にも限界があるこ
  とによって、起こりうるものである。この状況は、ここ何年
  か労働力人口が減少している日本にあてはまりそうである。
                 https://bit.ly/3l9AKY9
  ───────────────────────────
ローレンス・サマーズ元米財務長官.jpg
ローレンス・サマーズ元米財務長官
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2022年05月19日

●「サマーズはどう主張を修正するか」(第5732号)

 このところ、評論家の中島剛志氏の所論を参考にして、日本は
なぜ、デフレから脱却できないのか、日本経済はなぜ長期間にわ
たって成長できないのかなどについて、EJ風にいろいろな角度
から検討してきています。
 中島氏にいわせると、それは主流派マクロ経済学の考え方に問
題があるからだといいます。なぜなら、国の経済政策は、社会主
義の国は別として、主流派マクロ経済学の考え方によって決まっ
ているからです。
 ところが、その主流派マクロ経済学でも現在の経済現象を合理
的に説明できなくなっています。その経済現象のひとつとして問
題になっているのが、リーマンショック後における経済の「長期
停滞」現象です。
 ローレンス・サマーズ氏といえば、主流派マクロ経済学の最高
権威学者の一人ですが、そのサマーズ氏自身も、長期停滞という
現象が、主流派経済学の理論と政策に大きな修正を迫ってきてい
ることを認めています。
 問題は従来の考え方からの転換のやり方です。それには、次の
2つがあります。
─────────────────────────────
 1つは、主流派経済学の基本的な分析枠組みは温存しつつ、長
期停滞に対する診断や処方が可能になるように、修正を加えるこ
とである。
 2つは、主流派経済学の基本的な分析枠組みを根本的に否定し
長期停滞が説明できる、まったく別の理論体系に、乗り換えるこ
とである。                 ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 サマーズ氏は上記「1」と「2」の中間の立場を取り、主流派
「2」のように、主流派マクロ経済学に革命を起こそうとまでは
考えていないと、中野剛志氏はいいます。
 中野剛志氏によると、一番大きな問題は「信用創造」について
主流派マクロ経済学が誤解していることです。それは、主流派マ
クロ経済学が「貸付資金説」に立脚しているからです。貸付資金
説というのは、簡単にいうと、貯蓄の増加が利子率に影響を与え
るという考え方に立っています。
 貸付資金説は、貸付資金の需給によって利子率が決定されると
いう考え方です。この考え方によると、貯蓄の増加は貸付資金の
供給増になるので、需要に変動がない場合、利子率は低下するこ
とになります。
 問題は、この貸付資金説に立つと、銀行は借り手に貸し付けを
行うさい、銀行口座に貯蓄された資金(預金)を元手としている
ことになってしまいます。これは「信用創造」を否定することに
つながります。
 ここまで何度も述べてきているように、銀行は銀行が保有して
いる預金を借り手に「又貸し」しているのではなく、銀行が借り
手に資金を貸し出すことによって、預金を創造していることにな
ります。つまり、ある企業に対して銀行からの貸し出しが承認さ
れ、その企業の口座に貸出資金がプリントされた瞬間、貸出資金
分の預金が新しく創造されるのです。
 なお、これは、MMT(近代貨幣論)でも何でもなく、銀行員
であれば誰でも常識として知っている知識です。これに関して、
中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 主流派経済学だけでなく、銀行実務に関する通俗観念もまた、
預金を借り手に貸し出しているものと誤解している。こうしたこ
とから、イングランド銀行は、この貸付資金説という根深い誤解
を払拭すべく、季刊誌において「商業銀行は、新規の融資を行う
ことで、銀行預金の形式の貨幣を創造する」という解説を掲載し
ている。
 ちなみに、我が国の全国銀行協会も、「銀行が貸出を行う際は
貸出先企業Xに現金を交付するのではなく、Xの預金口座に貸出
金相当額を入金記帳する。つまり、銀行の貸出の段階で預金は創
造される仕組みである」と解説している。
 さて、銀行は、信用創造によって、言わば無から貨幣(預金)
を生み出すことができるわけであるから、貸し出しに必要なのは
事前の資金ではなく、信用できる借り手の存在だけということに
なる。     ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 「信用創造」の立場に立つと、信用できる借り手の存在さえあ
れば、貨幣は銀行によって創造されるので、貯蓄によって投資が
制約を受けることはないことになります。つまり、貯蓄によって
投資が制約されるのではなく、投資(銀行からの貸し出し)する
ことによって、貯蓄(預金)が生み出されるのです。主流派マク
ロ経済学の論説はこのあたりのことがきわめて曖昧です。
 また、「供給が需要を生み出す」というセイの法則は、主流派
マクロ経済学の前提条件のはずですが、長期停滞に当たって、需
要こそが供給を生み出すという真逆のことをサマーズ氏ほどの大
物主流派マクロ経済学者がいいだすということは、単なる従来の
理論の修正では済まない大変更になります。
 もうひとつ、イエレン財務長官は「金利が低い場合は、債務返
済の費用は低くなるので、財政支出による便益は資金調達の費用
を上回る」といっており、サマーズ氏もこれに同意していますが
これもおかしいのです。
 中央銀行は、ベースになる短期の利子率を政策金利として決め
ることができるので、他のさまざまな利子率に影響を与えること
ができます。そうであるならば、利子率は中央銀行によって、操
作可能ということになるので、利払いの負担を軽くしたければ、
中央銀行が政策金利を下げればよいだけの話です。したがって積
極財政ができる根拠は低金利ではないことになります。
              ──[新しい資本主義/088]

≪画像および関連情報≫
 ●セイの法則が破れる二つのパターン――増産に必要な条件
  ――(寄稿コラム)
  ───────────────────────────
   あっさり言えば、セイの法則は物々交換経済を前提にして
  おり、したがってある財の超過供給というのは、その時点で
  必ず他の財の超過需要を意味していることになり、広範の財
  の超過供給というのはあり得ないということである。
   これに対するケインズ及びケインジアンの簡便な反論(セ
  イの法則が破れる一つ目のパターン)は、記事にも書いた通
  り、貨幣や安全資産(貯蓄用資産)を導入した場合の指摘で
  ある。こうした貯蓄資産への需要過剰(供給不足)がある場
  合は、実物財、実物サービスでの広範な需要不足はあり得る
  ことになるではないか、というのがケインジアンの基本的な
  アイデアである。その帰結として、ケインジアンは『潜在貯
  蓄過剰』の解消を通じて消費の最大化を実現しようとする。
  (潜在貯蓄需要を満たすための貯蓄資産供給≒財政赤字の提
  供、或いは貯蓄よりも消費を促すような再分配政策や社会政
  策など)
   しかし、今回は別方向からセイの法則の破れ(セイの法則
  が破れる二つ目のパターン)にアプローチしたい。セイの法
  則、ひいては経済学(の余剰分析)では、生産効率化は、シ
  ンプルに生産量の増加として処理される。正確には、生産効
  率化によって生じる生産可能フロンティアのシフトが、実際
  に起こる生産のシフトを描写すると考える。
                 https://amba.to/3PkigC6
  ───────────────────────────
講演する中野剛志氏.jpg
講演する中野剛志氏
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2022年05月20日

●「対GDP比債務残高は正しいのか」(第5733号)

 主流派マクロ経済学では、「政府の財政赤字は民間貯蓄でファ
イナンスされている」と考えているようですが、これは正しくな
い考え方です。なぜ、そのように間違えるのかというと、主流派
マクロ経済学は、「信用創造」を認めないからです。
 政府の信用創造のプロセスは、個人や企業が銀行から資金を借
りる場合と基本的には同じです。銀行により、貸出金額が自身の
銀行口座に記帳された瞬間に、その貸出金額と同額の預金が新し
く創造されるのです。つまり、預金のかたちをとった貨幣が新し
く創造されることになります。これまで、何回も述べてきている
信用創造のプロセスです。
 政府が国債発行による財政支出をする場合も同様で、その支出
額と同額の民間貯蓄(預金)が生み出されるのです。これについ
て、中野剛志氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 政府が発行した国債を銀行が購入する場合、銀行は中央銀行に
設けられた準備預金を通じて購入している。その準備預金は、中
央銀行から供給されたものであって、民間部門の預金を集めたも
のではない。すなわち、政府の財政赤字は、民間貯蓄でファイナ
ンスされてなどいないのである。       ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 日本の場合、政府が新規に国債を発行し、それがどのようなプ
ロセスで同額の預金を創造するかについては、3月1日のEJ第
5080号で詳しく述べています。
─────────────────────────────
     ◎2022年3月1日/EJ第5680号
      「国債を発行して公共事業を実施する」
             https://bit.ly/3MmT24d
─────────────────────────────
 ここで問題になるのは、ジャネット・イエレン、ローレンス・
サマーズ両氏をはじめとする積極財政を唱えるようになった主流
派マクロ経済学者たちが主張する次の歯止めです。
─────────────────────────────
 超低金利下における財政拡張は、財政の持続可能性(対GDP
比)を安定化し、改善するという論拠に立つべきである。
─────────────────────────────
 これに関して中野剛志氏は、主流派マクロ経済学は「財政赤字
は民間貯蓄によってファイナンスされている」という誤解をして
いると主張しています。なぜなら、実際に財政赤字は、民間貯蓄
によってファイナンスされてはいないからです。
 それでは、実際に財政赤字をファイナンスしているのは、何で
しょうか。
 それは中央銀行の通貨(準備預金)です。これは信用創造のメ
カニズムによって十分説明が可能です。これについては、上記の
2022年3月1日/EJ第5680号において、詳しく説明し
ていますので、興味があれば参照してください。個人や企業が銀
行から融資を受けるさい、その資金が信用創造されることによっ
て、その金額が創造されるからです。
 そうであるとすると、対GDP比政府債務残高という指標は、
とくに意味はないことになります。つまり、この指標は、債務の
持続可能性とは何も関係がないからです。もちろん、中央銀行が
創造できるのは自国通貨に限られます。したがって、MMTでい
う自国通貨建ての国債に関しては、デフォルトになることはあり
得ないということになります。
 それでは、政府の財政運営は、何を基準にして行われるべきな
のでしょうか。
 それは、1943年にアバ・ラーナーによって提唱された「機
能的財政」にヒントがあります。アバ・ラーナーはロシアのベッ
サラビアで生まれ、イギリスで教育を受けたあと教え始めたもの
の、1939年からはアメリカ合衆国に移住して活躍した経済学
者です。生涯を通してケインズ経済学を一貫する形で活動したこ
とからケインズ主義経済学者であるといえます。
 「機能的財政」について、中野剛志氏は、次のように説明して
います。
─────────────────────────────
 機能的財政とは、簡単に言えば、財政支出、課税の増減、国債
の発行といった財政政策を、財政政策が国民経済に与える影響を
基準にして運営すべきであるという考え方である。財政政策が国
民経済に与える影響が基準となるのであるから、財政運営の指標
は、例えば失業率、インフレ率、金利水準といったものになる。
 具体的には、失業率が高い場合には、財政支出を拡大したり、
減税を行ったりして需要を創出すべきである。逆に、完全雇用を
達成し、かつインフレ率を抑制すべき状態にある場合には、財政
支出を抑制することになる。あるいは、金利を上げる必要がある
場合には、国債を発行し、銀行がそれを購入して準備預金を減ら
すようにし、逆に、金利を下げたい場合には、中央銀行が国債を
購入する。
 このようにして、財政赤字の大小、課税の軽重、国債発行額の
多寡は、対GDP比の政府債務残高ではなく、ましてやプライマ
リー・バランスでもなく、失業率やインフレ率といった国民経済
の状態を基準にして判断されるべきとするのが、「機能的財政」
なのである。  ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 これは実に驚くべき主張です。財政運営の基準とすべきは、対
GDP比の債務残高ではなく、失業率やインフレ率などによって
決めるべきであるというからです。この基準であれば、日本は、
対GDP比の債務残高は、世界最大級ではあるものの、失業率は
悪くないし、インフレ率は、ゼロ、もしくはマイナスであるので
十分財政出動できる余地があるからです。
              ──[新しい資本主義/089]

≪画像および関連情報≫
 ●累積債務の対GDP比縮小で財政再建が進んでいると
  言えるのか
  ───────────────────────────
   「2015年度に対GDP比でPB赤字を半減するという
  目標を立てた。2020年度にはPBの黒字化を目標として
  いるが、これは、政府の税収と政策的経費との関係になって
  いる。勘案するものは果たしてそれだけでいいのか。それだ
  けで全て見てしまうのではなく、累積債務に対するGDP比
  世界でも割とこれを指標としているところがあるが、GDP
  を大きくすることで、累積債務の比率を小さくすることにな
  る。そこで投入された国家資源がしっかりとしたストックに
  なっていくことについて、どう評価するかという観点から伊
  藤議員はおっしゃったのだろうと思うが、もう少し複合的に
  見ていくことも必要かなと思う」
   2014年12月22日の経済財政諮問会議での安倍首相
  の発言である。2015年年2月12日の同会議では、内閣
  府は、2015年度の基礎的財政収支(PB)は16兆4千
  億円の赤字となる見通しであり、毎年名目成長率3%の高い
  成長が続くと仮定しても、黒字達成目標の2020年度でも
  9兆4千億円の赤字が残るとの試算を示した。もちろん20
  17年度からの消費税率10%への再増税は、織り込み済み
  だ。上記2つの事実は、基礎的財政収支(PB)を2020
  年度に黒字化するという目標の達成が困難になってきたので
  財政再建の取組みが遅れているという批判を招かないために
  アベノミクスの第三の矢である成長戦略のもたらす実績を反
  映させて国内総生産(GDP)を拡大することにより、国の
  累積債務は減らさなくても小さく見せることが出来るのだか
  ら、このような見方も検討すべきではないかと言っているよ
  うに見える。         https://bit.ly/3LmCxDZ
  ───────────────────────────
アバ・ラーナー.jpg
アバ・ラーナー
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2022年05月23日

●「アーサー・オークン『高圧経済』」(第5734号)

 少し問題を整理して先に進めます。話がややこしくなってきて
いるからです。次の文章は、ある大学で経済学を勉強している学
生が、ウェブサイトにアップロードしている文章の一部です。な
お、この文の出典はあえて控えます。ご本人に失礼なことがあっ
てはいけないからです。
─────────────────────────────
 日本は安全なのでしょうか。これから検討していきたいと思い
ます。日本の総貯蓄率は外国に比べて高いので、その貯蓄を使っ
て銀行などが国債の購入をしています。その貯蓄の額は1400
兆円。どのように購入するのか具体的にいうと、まずわたしたち
はお金を銀行に預けます。銀行はその預金を使って企業に融資し
たりします。その一例が国債の購入です。国債は一般的な債券に
比べ、金利も高く、さらには国が返済債務を負っているという非
常に魅力的なものであるため、銀行も購入するのです。そして、
国債の買い手のほとんどは国内企業で、海外の買い手は5%くら
いです。          ──あるゼミナールの学生の一文
─────────────────────────────
 ここで述べられていることは、一般の人から見ると、ごく常識
的で当たり前のことです。わたしたちは、銀行にお金を預けると
銀行はその預金から企業に融資したり、国債購入もその一環で行
われると信じているからです。
 しかし、この主張は主流派経済学が説く「貸付資金説」の考え
方そのものです。銀行は、蓄えられている預金を元手にして貸付
を行っているという考え方です。したがって、国債発行は、民生
貯蓄に依存しているということになります。
 しかし、何度もいうように、これは間違いです。政府が新規に
国債を発行し、民間銀行がそれを引き受けたとすると、その銀行
の日銀当座預金(準備預金)から国債購入分の金額が減り、政府
の日銀当座預金に振り替えられます。
 ここで重要なことは、そもそも準備預金というものは日本銀行
から供給されたもの──つまり、日銀によって創造されたお金で
あって、民間銀行の預金を集めたものではないということです。
なお、国債発行によって、購入銀行の日銀当座預金から政府の日
銀当座預金に振り替えられたお金は、回りまわって購入銀行の当
座預金に戻ってくるので、国債発行によって生み出された資金は
日銀が創造した資金ということになります。
 繰り返しますが、この「信用創造」の考え方は、銀行員であれ
ば、だれでも知っているものであり、日本の全国銀行協会も日本
銀行も、黒田日銀総裁も認めている考え方です。しかし、それで
も主流派経済学者は、あくまで「貸付資金説」に立脚し、「信用
創造」を認めようとはしないのです。
 ここで言葉を整理します。政府が国債を発行すると、その分だ
け資金が創造され、民間貯蓄は増えますが、財政赤字はその分膨
らみます。しかし、国民が心配する次のようなことは、起こりよ
うがないのです。
─────────────────────────────
   財政赤字によって資金が逼迫して国債金利が上昇する
─────────────────────────────
 実際に日本では過去20年以上にわたって、巨額の政府債務を
累積し続けてきていますが、長期金利(10年物国債の金利)は
最低水準で推移してきています。確かに、日本の対GDP比国債
残高は240%ではあるものの、5月20日のEJでご紹介した
アバ・ラーナーの「機能的財政」によれば、今度こそ日本は、米
国がやっているように、ここでデフレから脱却するために、積極
的な財政出動をすべきであるといえます。
 アーサー・オークンという米国の経済学者がいます。彼が発見
した「オークンの法則」という法則が有名です。実質GDPと失
業率の変化の間に負の相関がみられるという法則です。具体的に
は、実質GDP成長率が上昇すると、失業率は低下するという経
験則のことです。
 このアーサー・オークンは「高圧経済」という概念を発表して
います。米国のジャネット・イエレン財務長官は、この概念が米
国経済の長期停滞脱却に活用できると考えているのです。高圧経
済について、中島剛志氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 「高圧経済」とは、需要が十分にあって、労働市場がタイトな
状態の経済を指す。言わば、インフレ気味の経済である。高圧経
済の下では、大きな需要が存在することから、企業は積極的な投
資を行って、生産能力を拡大する。また、技術開発投資や起業も
活発に行われる。雇用機会が十分にあり、労働市場がタイトであ
るため、労働力はより生産的な仕事へと移動する。
 したがって、政府による公共投資によって、需要を拡大し、高
圧経済の状態を作り出すことができれば、民間投資が誘発され、
供給力が高まり、経済成長が可能になる。しかも、高圧経済を維
持するためには、政府は財政支出を一時的に拡大するだけではな
く、長期間、継続する必要があるかもしれない。端的に言えば、
積極的な財政金融政策は、もはや単なるカンフル剤ではなく、長
期的な成長戦略でもあるということだ。これは、確かに、従来の
主流派経済学のマクロ経済政策の考え方を根本的に修正するもの
であった。                 ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 もし日本が、現状を好機と捉えて、完全雇用とデフレ脱却を目
指して、積極的な財政出動を行ったとすると、総需要が拡大して
いわゆるオークンがいうところの「高圧経済」の状態が生み出さ
れ、それが民間企業の設備投資や技術開発投資を活性化させ、労
働力はより生産性の高い仕事へと移動して、起業も活性化するは
ずです。その結果、供給力が強化され、経済成長を促すと考えら
れるからです。財政支出を人材、研究開発、インフラ整備などに
振り向けるべきです。    ──[新しい資本主義/090]

≪画像および関連情報≫
 ●「高圧経済」とは?イエレン氏の唱える「やり過ぎな経済
  策」が、日本に超必要なワケ/第一生命・藤代宏一氏
  ───────────────────────────
   バブル崩壊以降、物価上昇率が低い状態が続く日本では、
  物価が上がらないことを前提とする経済活動が、定着してし
  まった。こうした思考パターンを払拭し、日本経済を完全復
  活に導くためにはどうすれば良いか。経済復活のヒントにな
  るのが、「履歴効果」と「高圧経済」だ。就職氷河期時代の
  日本の状況や、元FRB長官イエレン氏のとった経済政策な
  どを振り返りながら、2つのキーワードを解説したい。
   まず「(負の)履歴効果」とは、端的に言えば「一時的な
  経済ショックが長期にわたってマイナスの影響を与える」こ
  とである。
   何らかの理由で経済活動が急激に縮小すると、危機が終わ
  っても経済活動のレベルがすぐに元の状態に戻らない傾向に
  ある。危機時に本来使うべきおカネが削られてしまうことで
  成長の種が撒かれず、低成長が長期化してしまうことが一因
  だ。ここで言う「本来使うべきおカネ」とは、雇用や設備投
  資、すなわち労働者育成や最新設備導入、研究開発費など成
  長に必要なおカネである。そうした支出が過度に抑制される
  と危機が過ぎ去った後に、熟練労働者の不足に直面したり、
  新製品の開発が進まず技術革新が滞ったりすることで低成長
  が長期化してしまう。
   日本では1990年代前半のバブル崩壊から2000年代
  前半(ITバブル崩壊や金融システム不安)までの不況の影
  響で「就職氷河期」と呼ばれる極端な新卒採用の抑制が長期
  化し、その結果、人的資本の蓄積が進まず、長期停滞の一因
  になったとの指摘がある。   https://bit.ly/3MCHycO
  ───────────────────────────
アーサー・オークン.jpg
アーサー・オークン
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2022年05月24日

●「日本は巨額の財政出動ができるか」(第5735号)

 5月20日未明のことです。東急田園都市線の電車内で、乗客
を殴るなどしたとして、暴行容疑で逮捕された男がいます。財務
省総括審議官の小野平八郎容疑者です。なぜ、この話をEJが取
り上げるのかというと、この事件の現在のテーマと、いささか関
係があるからです。
 米国は、ここまで述べてきているように、このさい積極的な財
政出動に踏み切っていますが、日本で果たしてそれができるかど
うかのカギを握ってるのが、自民党の財政政策を決める次の2つ
の組織です。
─────────────────────────────
              本部長       最高顧問
 財政健全化推進本部  額賀福志郎   麻生太郎元財務相
  財政政策検討本部   西田昌司    安倍晋三元首相
─────────────────────────────
 組織の性格としては、財政健全化推進本部は自民党総裁(岸田
首相)の直轄であり、財政政策検討本部は政調会長(高市早苗政
調会長)の直轄組織であることです。
 財政健全化推進本部の額賀福志郎本部長は、自民党のベテラン
衆議院議員ですが、経済財政に一家言を持つ議員として知られて
います。第2次森改造内閣で経済財政政策担当大臣、第1次安倍
改造内閣と福田康夫内閣で、財務大臣を務めています。
 これに対して、政調会長の直轄組織である財政政策検討本部の
本部長の西田昌司参院議員は、積極財政派の議員です。西田議員
は、いわゆる小泉・竹中の聖域なき構造改革について反対し、民
主党政権下の財政金融委員会などで、デフレや復興需要が相交わ
る経済状況で、有効な財政出動・金融緩和を実施せずに、増税路
線に走るのは順序が違うとして強く反対してきています。
 「経済は生き物」と考えており、二項対立的な解釈が多いハイ
エクとケインズの理論も、当時の状況に応じて構築されたように
その都度経済状態を見立てて適切な政策を実施しなければならな
いと主張してきています。また、西田氏はMMT(近代貨幣論)
について、自民党内で一番詳しい議員です。
 現在、岸田内閣は、6月に政府として経済財政運営と改革の基
本方針(骨太の方針)をまとめることになっていますが、その前
提として、自民党の提言を受ける必要があります。その提言を行
うために、この2つの組織間の意見を調整しなければならないの
ですが、現在、意見が激突しているのです。
 財政健全化推進本部では、あくまで、財政健全化の旗を降ろさ
ず、PB(プライマリーバランス)の黒字化目標の堅持を強く求
めているのに対して、財政政策検討本部では、その修正を求めて
いるのです。
 とくに5月19日には自民党本部で開かれた会合において、両
本部の意見は激突し、怒号が飛び交う事態となったといいます。
実はこの議論の板挟みになっていたのが、小野平八郎総括審議官
だったのです。小野総括審議官は、そのうっぷんを晴らすためか
深酒を飲み、その未明(20日午前0時半)、電車内で乗客とト
ラブルを起こしてしまったのです。
 小野平八郎総括審議官は直ちに更迭され、総括審議官は、新川
浩嗣官房長が兼務することになっています。しかし、財政健全化
推進本部としては、強力なスタッフを失ったことになります。そ
れにしても、わからないのは、泥酔している小野氏は、なぜハイ
ヤーを利用しなかったのでしょうか。なぜ、混雑している電車に
乗ったのでしょうか。財務省の総括審議官ぐらいの人であれば、
普通であれば、ハイヤーで帰るはずです。
 実は、この財務省の「総括審議官」のポストには因縁があるの
です。これについて、「NEWSポストセブン」は、次のように
書いています。
─────────────────────────────
 小野氏は財務省の「出世の登竜門」の主計局主計官から主税局
総務課長などを歴任して、昨年7月に総括審議官に就任したが、
このポストは不祥事と因縁がある。
 同省がかつて官官接待事件で大量の処分者を出した時、省内の
綱紀を担当する官房長だった武藤敏郎氏も監督責任を問われて降
格処分になった。だが、当時の同省首脳部が“10年に1度の大
物次官候補”と見られていた武藤氏に出世の道を残すために、ほ
とぼりが冷めるまでの「待機ポスト」として用意したのが総務審
議官の役職。組織改革で現在の総括審議官の名称になった。武藤
氏はその後、財務事務次官や日銀副総裁を歴任、現在は東京五輪
・パラリンピック組織委員会事務総長を務めている。
 以来、総括審議官は財務官僚の「次官コース」となり、これま
でに増税路線で知られた勝栄二郎氏など10人近い次官を輩出し
てきた。「次の財務次官」と見られている茶谷栄治・主計局長、
「次の次の次官」が有力な新川浩嗣・官房長も総括審議官を経験
している。その先が“小野次官”の出番と見られていた。
                  https://bit.ly/3wzTaYG
─────────────────────────────
 高市早苗政調会長は、2%の物価上昇率を達成するまでは、プ
ライマリーバランスの黒字化目標を凍結し、財政出動を続けるべ
きであるとしています。財政政策検討本部のバックには、安倍元
首相がついていますが、それでも米国のような大胆な財政出動は
とてもできないと考えられます。
 財務省は、経済学というものがわかっていないし、そのために
日本がデフレから脱却できず、日本の国力はどんなに下がったと
しても、彼らにとって何も困らないのです。日本としては、防衛
費をGDP比で2%に引き上げる目標や、脱炭素の取り組み、半
導体などの経済安全保障に関わる重要技術の支援など、政府の支
出増は必至の情勢です。そのさい、きっと財務省は「財源はどう
するのか」と主張し、おそらく増税を提案すると思われます。こ
のさい、国民を含めて、経済学というものをもっと勉強すべきで
あると考えます。      ──[新しい資本主義/091]

≪画像および関連情報≫
 ●自民党「財政政策検討本部」は、積極財政への大転換エンジ
  ンとなるか?
  ───────────────────────────
   臨時国会に先立ち、自民党の政務調査会に「財政政策検討
  本部」が設置された。外部専門家も招いてその意見を聞きつ
  つ、議論が進められていくことになる。有益な提言を取りま
  とめ積極財政への大転換のエンジンとなり得るのだろうか。
  (政策コンサルタント 室伏謙一)
   自民党総裁選は積極財政対緊縮財政の闘いであり、10月
  31日に投開票が行われた衆議院議員選挙は積極財政対緊縮
  財政の闘いを飛び越えて、積極財政という方向を向いた、そ
  の中身をめぐる闘いであった(もちろん、積極財政とうそぶ
  いた超緊縮勢力との闘いという面もあったが)。一方で、矢
  野財務事務次官の寄稿文による批判のみならず、「バラマキ
  合戦」と揶揄する声も大手メディア経由で聞こえた。
   結果についてはご承知の通りだ。緊縮勢力である日本維新
  の会が41議席と改選前から30議席伸ばしたのみならず、
  選挙後早々から、いわゆる文書交通費をターゲットにして日
  割り払いにすることや、使途を明らかにすることなど、緊縮
  の主張を強めていっている。
   日本維新の議席増(といってもかつての最大議席獲得時の
  54議席に比べればまだ13議席足りないが)に恐れをなし
  たというよりも、それを受けて維新の主張に流され始めた各
  党がこの緊縮の主張に便乗、関係法の改正案まで協議される
  に至ったということだろう。しかし、この協議は土壇場で先
  送りにされた。        https://bit.ly/3sSKPNn
  ───────────────────────────
額賀福志郎氏/西田昌司.jpg
額賀福志郎氏/西田昌司
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2022年05月25日

●「2020年末72兆円の資産超過」(第5736号)

 「私は国家公務員は『心あるモノを言う犬』であらねばならな
いと思っています。どんな小さなことでも、違うとか、よりよい
方途があると思う話は、相手が政治家の先生でも、役所の上司で
あっても、はっきりいうようにしてきました。『不偏不党』──
これは、全ての国家公務員が就職する際に、誓約書に書かせられ
る言葉です。財務省も霞が関全体も、そうした有意な忠犬の集ま
りでなければなりません」──『文藝春秋』2021年11月号
 これは現財務事務次官の矢野康治氏の言葉です。とても立派な
ことをいっていますが、財務省は自省に都合の悪いことは隠すし
国民から税金をとることしか考えていません。その驚くべき例が
次にあります。
─────────────────────────────
 ◎日本政府は72兆円の資産超過(2020年末)
  一般政府貸借対照表(内閣府公表)
                      単位:10億円
 1.非金融資産             782686.2
   (1)生産資産           661761.9
   (2)非生産資産(自然資源)    121135.6
       a.土地          116260.0
 2.金融資産              700398.6
   (2)現金・預金          123425.0
   (3)貸出              19009.3
   (4)債務証券            66445.6
   (5)持分・投資信託受益証券    180423.9
       うち株式           69089.5
   (8)その他の金融資産       308787.9
   期末資産             1483084.8
 3.負債               1411418.2
   (3)借入             151103.0
   (4)債務証券          1181255.0
 4.正味資産               71666.6
                ──植草一秀著/ビジネス社
           『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
      資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 これは、内閣府公表の「一般政府貸借対照表」です。これによ
ると、日本政府は、2020年末に1411兆円の債務を抱えて
います。これは、2020年第4四半期の名目GDP546兆円
の258%に該当します。確かに膨大な借金です。
 しかし、バランスシートをよくみると、日本は「期末資産」と
して1483兆円もの金融資産を保有しており、負債を差し引い
た正味資産は72兆円の資産超過になっています。この事実につ
いて、財務省、とりわけ「心あるモノを言う犬」である矢野次官
はどう答えるのでしょうか。
 一方、財務省は、同じ2020年3月末のバランスシートとし
て、次を公表しています。
─────────────────────────────
 ◎財務省版バランスシート(2020年3月末)
  中央政府貸借対照表
 ■資産合計 ・・・・・・・・・・・・・・・ 681兆円
 現金・預金(@)               46兆円
 有価証券(外貨証券等)(A)        126兆円
 運用寄託金(B)              113兆円
 貸付金(財融貸付金等C)          107兆円
 出資金(D)                 76兆円
 ───────────────────────────
 有形固定資産(D)             189兆円
 ───────────────────────────
  ・道路等の公共用財産           152兆円
  ・庁舎の固有財産              32兆円
 その他(未収金等)              23兆円
 ───────────────────────────
 資産・負債差額              ▲592兆円
 ───────────────────────────
 ■負債合計 ・・・・・・・・・・・・・・ 1273兆円
 短期証券(外国為替資金資金証券等A)     77兆円
 公的年金預り金(B)            121兆円
 財投預託金(C)                6兆円
 財投債(C)                 91兆円
 建設公債                  281兆円
 特例公債                  612兆円
 その他(復興債等)              15兆円
 借入金(交付税特会等)            32兆円
 その他(未払金等)              37兆円
         ──植草一秀著/ビジネス社の前掲書より
─────────────────────────────
 財務省公表のバランスシートによると、2020年3月末時点
で592兆円の債務超過なっています。これは、どうしたことで
しょうか。
 内閣府公表のバランスシートでは「72兆円の資産超過」であ
るのに、財務省公表のバランスシートでは「592兆円の債務超
過」になっています。正反対です。
 これは、内閣府のバランスシートは「一般政府」のそれである
のに対して、財務省のバランスシートは「中央政府」のそれなの
です。一般政府と中央政府──これはどう違うのでしょうか。
 財務省としては、何が何でも「政府は借金が多い」ことを国民
にアッピールしたいのです。借金が多くてもそれを上回る金融資
産があれば、氷山にぶつからなくて済みます。この謎説きについ
ては、明日のEJで述べることにします。
              ──[新しい資本主義/092]

≪画像および関連情報≫
 ●イェール大名誉教授「"日本財政は破綻寸前"はウソと断言で
  きる理由」/浜田宏一氏
  ───────────────────────────
   日本は国債残高が大きいが、ポルトガルとは異なり、外貨
  などの金融資産を多く持ち、非金融資産、つまり公共の建物
  港湾、道路、森林など実物資産も多く持つ。財務省は政府債
  務(GDP比)を比較して日本は破産寸前だというが、増税
  して権限を強くしたいがための詭弁と考えられる。
   財政の健全性をより正確に測るには、政府の純資産(総資
  産から総負債を引いたもの)によって測られるべきなのであ
  る。図でいえば、日本の純資産はほとんどゼロであり、他国
  と比較しても健全と言える。
   民間で例えて言えば、日本は多くのローンを借りて土地な
  どの資産を多く持つお金持ちというにすぎず、「日本政府は
  破産寸前」とは言えない。「タイタニック号が氷山に向かっ
  て突進しているようなもの」などと、矢野次官は日本の財政
  状況を例えたが、誇大妄想の限りである。
   財政均衡論者からの反論として、実物資産(金融資産以外
  の資産)を考慮することに対しては、例えば道路公団は道路
  を売れないという批判を聞く。しかし、有料道路からは道路
  料金の収入があり、国債の金利の資産はそれで賄える。日本
  の国債残高は世界最悪であるから、増税してプライマリー・
  バランスを均等化せよ」という財務省、財政均衡論者の主張
  は、前提が間違っているのである。ところが財務省は、この
  誤った理解のもとに、国民や経済学者、エコノミストに対し
  て、「政府も民間主体と同じように財政収支を絶えず均衡化
  せよ」という論理を当然として議論を進める。
                 https://bit.ly/38EiXWA
  ───────────────────────────
矢野康治財務省事務次官.jpg
矢野康治財務省事務次官
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2022年05月26日

●「財務省は借金をわざと過大にする」(第5737号)

 昨日のEJの謎の解明です。まず「一般政府」と「中央政府」
の違いを明らかにする必要があります。内閣府の貸借対照表は、
「一般政府」、財務省のそれは「中央政府」です。「一般政府」
と「中央政府」には、次の違いがあります。
─────────────────────────────
 ◎一般政府
  国民所得計算において国全体の経済活動の状況を見る場合に
 用いられる制度部門別分類の一つであり、国、地方を含めた公
 的部門をいう。
 ◎中央政府
  中央政府は、各地方の事柄ではなく、国全体の事柄を扱う政
 府。地方政府などと対比される概念である。
─────────────────────────────
 つまり、「一般政府」という場合は、中央政府と地方政府(地
方公共団体)の両方が入るのですが、「中央政府」という場合は
地方政府は対象外になります。問題は、財務省は、なぜ「中央政
府」のバランスシートに絞ったかです。
 これについて、昨日のEJで示したバランスシートの関連部分
を以下に示します。
─────────────────────────────
 ◎日本政府は72兆円の資産超過(2020年末)
  一般政府貸借対照表(内閣府公表)
                      単位:10億円
 1.非金融資産             782686.2
   (1)生産資産           661761.9
   (2)非生産資産(自然資源)    121135.6
 ◎財務省版バランスシート(2020年3月末)
  中央政府貸借対照表
 有形固定資産(D)              189兆円
─────────────────────────────
 内閣府公表の一般政府のバランスシートでは、一般政府の「生
産資産」は662兆円です。これに対して、財務省公表の中央政
府の「有形固定資産」は189兆円であり、大きな違いがありま
す。どうしてこのような違いになるのでしょうか。
 国債といえば、普通の人は「赤字国債」をイメージしますが、
「建設国債」というものがあります。どちらも国債には違いはな
いのですが、建設国債は、公共事業費、出資金及び貸付金の財源
として認められている国債です。道路や橋のなどの建設にはこの
国債で資金調達ができます。それらの建設の結果、生まれる資産
の道路や橋などの公共インフラは多くの場合、地方政府区分にな
ります。
 しかし、一般政府のバランスシートの場合、地方政府の分の資
産も含めてすべてが対象になりますが、中央政府に絞ると、建設
国債などによる資産の分が抜けるので、借金の額が大きくなるの
です。しかも、この場合、一般政府のバランスシートにすると、
72兆円もの資産超過になるのです。これでは、政府の借金が過
大であると連呼してきた財務省としては非常に困るわけです。
 そのため、財務省はあえて中央政府のバランスシートに絞って
公表したものと思われます。ここに財務省の悪質性があります。
財務省としては、少しでも借金を多く国民に見せたいのです。な
ぜなら、増税しやすい環境を作れるからです。
 この一般政府と中央政府のバランスシートのからくりを指摘し
たのは植草一秀氏であり、著書に掲載されています。これについ
て、植草一秀氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 2つの統計数値の相違はどこから生まれているのでしょうか。
財務省公表数値は、中央政府の資産・負債バランスですが、内閣
府公表資料は、一般政府の資産・負債バランスなのです。財務省
統計と内閣府統計の資産の内訳を見ると、中央政府の有形固定資
産が189兆円であるのに対して、内閣府続計の一般政府・生産
資産は662兆円で、ここに最大の相違があります。
 これは建設国債等によって建造される公共インフラの所有権区
分が多くの場合で、地方政府区分になっているためだと思われま
す。国は国債を発行して借金を増やしているものの、見合い資産
が中央政府ではなく地方政府の資産として計上されているのだと
思います。したがって、資産負債のバランスを判断するには中央
政府ではなく、地方政府を含む一般政府で見るのが正しいという
ことになるのです。       ──植草一秀著/ビジネス社
           『日本経済の黒い霧/ウクライナ戦乱と
      資源価格インフレ修羅場をむかえる国際金融市場』
─────────────────────────────
 ところで財務省は、なぜ、PB(プライマリーバランス)の目
標達成にこだわるのでしょうか。
 はっきりしていることは、財政再建のためではないということ
です。狙いは消費増税です。PBを達成しようと思うと、経済は
さらに成長しなくなり、必ずや増税やむなしという話になるので
す。それでは、財務省はなぜ増税にこだわるのでしょうか。
 それは、税金をたくさん集めて、財政を健全化したいわけでは
けっしてないのです。それは、増税すると、財務省の予算権限が
増えて、各省庁に恩を売ることができるし、各省庁所管の法人へ
の役人の天下り先の確保につながるからです。
 単に税収を増やしたいわけではないのです。税収は経済成長で
も増えますが、財務省は、経済成長による予算増を嫌い、あくま
で増税による予算増を狙っています。高橋洋一氏によれば、増税
による税収の増加分は、財務省のおかげとなって、財務省は予算
配分をするとき、各省庁に十分恩を着せられるからです。なぜ、
そこまで恩を売るのかというと、やはり各省庁が所管する法人へ
の天下りが狙いです。彼らにとって、これほど重要なことはない
のです。間違っても天下国家のためではないのです。
              ──[新しい資本主義/093]

≪画像および関連情報≫
 ●財務省が増税したがる理由とは?
  ───────────────────────────
   まず、消費税を増税する理由を、財務省はどのように説明
  しているのでしょうか?
   財務省のホームページでは、所得税や法人税ではなく、消
  費税を増税する理由に、“少子高齢化”を挙げています。具
  体的には、“今後少子高齢化が進む中で、若い世代が減って
  いくにも関わらず、社会保障財源のために所得税、法人税の
  引き上げを行うことで、若者や現役世代にはますます負担が
  かかるため、特定の世代に負担が集中せず、広い世代で負担
  されている消費税が、社会保障の財源に相応しいため”とし
  ています。
   つまり、わかりやすく言うと、所得税や法人税を増税する
  よりも、消費税を増税する方が国民のためになるという解釈
  のもと、財務省は消費税を増税しているということです。ま
  た、財務省は、消費税を財源にするメリットとして、以下の
  ことも挙げています。
  ◎景気などの変化に左右されにくく、税収が安定している
   消費税は、所得税や法人税と比べて、その時その時の景気
   の影響を受けることがほとんどなく、それは財務省ホーム
   ページに掲載されている、“一般会計税収の推移”を見る
   ことで理解できます。
  ◎経済活動に中立的である
   消費税は、収入に応じて課税されるものではなく、労働意
   欲を阻害するものではありません。また、貯蓄や投資に課
   税されるものでもないため、こうした経済活動にも影響を
   与えにくいです。       https://bit.ly/39O3iUt
  ───────────────────────────
財務省.jpg
財務省
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2022年05月27日

●「経済哲学と国家安全保障との関係」(第5738号)

 今回のバイデン政権によって行われつつある経済政策のパラダ
イム転換に大きな貢献をした人物がいます。ここでパラダイム転
換というのは、従来の世界観や考え方の枠組みが、根本的に動揺
ないし崩壊して、新しいものに置き換わることをいいます。その
人物というのは、44歳の若さで大統領補佐官(国家安全保障問
題担当)に登用されたジェイク・サリバン氏です。
 サリバン氏は、イエール大学ロースクールを卒業後、弁護士に
なりましたが、30歳のとき、地元ミネソタ州選出の上院議員の
顧問弁護士になり、2008年の大統領選挙では、ヒラリー・ク
リントン陣営に参加しています。
 その後、オバマ政権下で、クリントン氏が国務長官に就任する
と、クリントン長官は、サリバン氏を国務長官副補佐官に登用し
2011年には政策企画本部長に任命しています。2013年に
クリントン氏が国務長官を退任すると、サリバン氏はジョー・バ
イデン副大統領(当時)補佐官に就任することになります。そし
て今回のバイデン政権において、大統領補佐官(国家安全保障問
題担当)に就任しているのです。
 サリバン氏は、大統領補佐官に就任する1年前のことですが、
外交誌の『フォーリン・ポリシー』に国務省に勤務している人物
と共著で、ある論文を書いていす。そこには、現バイデン政権の
経済政策の思想がめんめんと展開されていたのです。
 このサリバン氏の論文に関連して、国家安全保障問題と経済学
の関係について、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 それは、サリバンが経済政策と安全保障戦略、言わば「富国」
と「強兵」とは密接不可分であり、「米国が地政学的に成功する
か、失敗するかを決めるのは、経済学である」と考えているから
にほかならない。
 そういう思想を持つサリバンをバイデン大統領が抜擢したとい
うことは、バイデン政権の経済政策は、安全保障戦略と大いに関
係する可能性が高いということを意味する。逆に言えば、バイデ
ン政権の安全保障戦略は、経済的な観点なしには理解できなくな
るだろうということだ。           ──中野剛志著
           『変異する資本主義』/ダイヤモンド社
─────────────────────────────
 米国における経済哲学は、建国以来変遷を続けてきているとい
えます。重商主義、自由放任主義、ケインズ主義、そして新自由
主義というようにです。実は、経済哲学には安全保障問題が深く
関わっているのです。
 経済と安全保障──この2つは、本来関係のないものであった
はずです。米国の立場に立って考えると、冷戦の時代は、米国の
安全保障上のライバルはソ連です。しかし、ソ連は米国の経済的
な脅威ではなく、安全保障の担当者は経済に関心を持つ必要はな
く、安全保障の問題だけを考えればよかったといえます。
 その一方で、当時の米国の経済的なライバルは、日本と西ドイ
ツです。しかし、日本も西ドイツも、安全保障上の脅威ではなく
むしろ同盟国なので、経済政策の担当者は、経済のことだけを考
えていればよかったのです。
 そういう時代が長く続いて、ソ連が崩壊し、冷戦が終結すると
米国は、安全保障においても経済においても、米国の前から敵は
姿を消し、そして、国家からも自由になるという錯覚にとらわれ
る──このように中野剛志氏は述べています。
 この国家からも自由になるという錯覚は、いわゆるグローバリ
ゼーションのことであり、国家の経済介入を極度に嫌う新自由主
義が支配的なイデオロギーとなったのも、米国の前から敵がいな
くなる米国の一極支配がもたらしたものといえます。
 しかし、この新自由主義に基づく経済政策や、グローバリゼー
ションが、米国経済の長期停滞と格差の拡大を招き、その結果、
米国の国力は落ち、社会は深刻な分断に陥ることになります。
 そこに米国のライバルとして姿を現したのが中国です。しかも
この中国は、安全保障の面でも経済の面でも、やがて米国に追い
つき、追い越すパワーを持つ強力な敵として、米国の前に立ちは
だかる存在となりつつあります。
 ジェイク・サリバン大統領補佐官は、以上のような複雑な状況
を鋭く読み取り、新自由主義に代わる「新しい経済哲学」として
いわゆる「経済ナショナリズム」を求めています。経済ナショナ
リズムは、自国経済に対する外国の支配を排除して,経済の自立
的発展をはかろうとする運動ないし、イデオロギーのことであり
少し前であれば、これはいわば異端思想であって、そのような主
張をしようものなら、必ずやエリートたちから爪弾きされたと思
われます。しかし、その経済ナショナリズムを堂々と説く人物が
大統領補佐官に登用されているのです。まさに現在、「経済政策
の静かなる革命」が起きているといえます。サリバン補佐官の主
張について、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 サリバンは、財政政策を外交・安全保障政策の一部とみなして
いることに注目すべきである。興味深いことに、サリバンは「国
家債務より過少投資の方がより大きな安全保障上の脅威である」
と明言した上で、次のように主張したのである。「成長率、イン
フレ率、利子率、いずれも停滞している中では、米国には投資の
余地はないなどというシンプソン・ボウルズ委員会の議論の脅し
に屈するべきではない。
        ──中野剛志著/ダイヤモンド社の前掲書より
─────────────────────────────
 上記「シンプソン・ボウルズ委員会」というのは、オバマ大統
領が2010年に設置した財政健全化に関する超党派の委員会の
ことで、2015年までにプライマリーバランスの達成を提言し
ていたのです。サリバン大統領補佐官は、この委員会の脅しに屈
するべきでないと一蹴しています。
              ──[新しい資本主義/094]

≪画像および関連情報≫
 ●中野 剛志「異端の思想 経済ナショナリズムとは何か」
  ───────────────────────────
   中野氏によれば、国際関係論や国際政治経済学などの学問
  領域においては、本来3つのイデオロギーがあるのだそうで
  す。イデオロギーというのは、世界はどのように動いている
  のか、あるいは動くべきかについての考え方であり、世界観
  とも言えるものです。
   3つのイデオロギーのうち、私たちに最もなじみがあるの
  が「経済自由主義」です。経済の動きは、いわゆる「市場の
  メカニズム」にゆだねるべきであるというもので、今日の多
  くの経済学者の基本的な考え方になっています。これは資本
  主義を支えてきた理論体系で、アダム・スミスの『国富論』
  を発端として、膨大な理論がこれまで積み上げられてきてい
  ます。2つ目は、「マルクス主義」です。創始者は言うまで
  もなくマルクスで、東西冷戦時代には、自由主義経済を標榜
  する西側諸国に対して、東側諸国が採用した経済理論です。
  こちらも、しっかりした理論体系が作られています。
   3つ目が中野氏が主な研究分野として取り組んできた「経
  済ナショナリズム」です。経済ナショナリズムは、確固たる
  理論体系がなかったこともあり、学術的ではないと考えられ
  てきました。それは、国の指導者の思い込みや偏見、利己的
  な感情に基づく、「態度」や「姿勢」であり、間違った思想
  だともみなされてきたのです。たとえば、オイルショックは
  中東産油国が協調して行なった、原油価格の一方的な引き上
  げがもたらしたものですが、資源ナショナリズムと非難され
  ました。            https://bit.ly/3wX8Vct
  ───────────────────────────
ジェイク・サリバン大統領補佐官.jpg
ジェイク・サリバン大統領補佐官
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2022年05月30日

●「経済安全保障を正面に据える政権」(第5739号)

 日本の現岸田政権は、看板政策として「新しい資本主義」を掲
げています。しかし、なかなかその原案が出てこないのです。し
かし、5月28日付、朝日新聞はその原案を次のように報道して
います。
─────────────────────────────
 原案は「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画〜人
・技術・スタートアップへの投資の実現」と題し、デジタル化や
最先端技術の開発、サプライチェーン(供給網)の再構築などに
ついて、官民一体となった大規模投資を進めるとうたう。その上
で、経済安全保障の強化は新しい資本主義の「根幹」だと位置づ
けた。重点投資する4本柱として、「人」「科学技術・イノベー
ション」「スタートアップ」「グリーン・デジタル」を掲げ、具
体策を列挙。人への投資では、貯蓄から投資へのシフトを進める
ため、NISA(少額投資非課税制度)の拡充や、国民の預貯金
を資産運用に誘導する新たな仕組みを創設し、「資産所得倍増プ
ラン」を検討する。  ──2022年5月28日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 岸田政権は、経済安全保障の強化は新しい資本主義の「根幹」
であると位置づけたうえで、経済安全保障大臣に47歳の小林鷹
之氏を任命し、5月11日に「経済安全保障推進法」を国会で成
立させています。
 そして、重点投資をする柱は4つ──人、科学技術・イノベー
ション、スタートアップ、グリーンデジタルと決まりましたが、
肝心の投資の財源はどうするのかについては、明らかになってい
ないのです。まして、小林鷹之氏は、東大法学部卒の財務省官僚
出身のエリートであり、財務省の財政健全化の分厚いバリアを果
たして本当に破れるのか、まったく未知数です。
 これに対して米国のバイデン政権は、小林大臣よりもさらに3
歳若いジェイク・サリバン氏を大統領補佐官(国家安全保障問題
担当)に任命し、経済哲学そのものを、新自由主義的なものから
財政政策中心へと、パラダイム・チェンジさせようとしているの
です。だからこそ米国は「米国救済計画」のような経済対策に対
して、1・9兆ドル(約200兆円)もの巨額な予算をつけるこ
とができるのです。
 さて、日本では、はじめとなる「経済安全保障推進法」には、
4つの柱があります。
─────────────────────────────
          @   供給網の強化
          Aインフラの安全確保
          B先端技術の研究開発
          C  特許の非公開化
─────────────────────────────
 これら4つの柱について、小林鷹之大臣は、5月26日放送の
「NEWS WEB」で次のように述べています。
─────────────────────────────
◎経済安全保障担当小林鷹之大臣に問う日本の針路
 これまでさまざまな産業の脆弱性というものを洗い出してきた
中で、分野横断的な課題ということで4つ提示しました。この4
つの項目はバラバラで存在しているわけではなくて、当然いろい
ろリンクしてくるわけです。例えばサプライチェーンを強じん化
するといったときに、ある物資の供給も強じん化しようとすると
いろんな手法があります。例えば国内の生産基盤を強化するとい
うこともあるし、備蓄もあろうし、それに加えて例えば代替物資
を開発するというアプローチもあると思います。
 例えば代替物資を開発するといったときに新しい技術というも
のが生まれてくる可能性もあります。別途、重要技術を官民でし
っかりと育成していこうという、そういうパーツも柱として1つ
入ってるんですけれども、そうするとこのサプライチェーンの強
じん化のところと、官民で先端技術を育成していこうというとこ
ろは当然親和性がありますし、リンクしうる。そういう中でこの
4つの項目をばらばらにではなくて、一体としてやっていこうと
いうのがまず1つです。
 もう1つ、この4つの項目の中に基幹インフラの信頼性と安全
性の確保という項目があります。これは例えば電気やガスや水道
あるいは金融。こういう国民生活の基盤となるインフラに、主に
サイバー攻撃をイメージしていただければと思うんですが、基幹
インフラの重要な設備がある外部の主体によって妨害行為のツー
ルとして使われて何か起こってしまった場合、国民生活あるいは
国民の生命に甚大な影響が生じうるわけです。今、大変なことに
なっているウクライナも2015年に変電所が大規模なサイバー
攻撃受けて、あるいは去年もアメリカ最大の石油パイプラインが
サイバー攻撃を受けて大変なことになりました。日本もそういう
リスクがある。これはそれぞれの基幹産業が共通に抱えているリ
スクでございますので、当然ひとつひとつの業法を改正していく
という選択肢ももちろんあったと思いますけれども、今回こうし
たサイバー上のリスクについては各業種、結構共通するところも
ございますので、これは一体として変えていく、整備していくと
いうことで今回、新規の立法といたしました。
                 https://bit.ly/3wUNcBK
─────────────────────────────
 そもそも「経済安全保障推進法」は、岸田政権発足前から甘利
明前幹事長が中心になって進めてきた自民党の新国際秩序創造戦
略本部が、2020年12月に示した「経済安全保障戦略策定」
の提言に基づいて、2021年5月に「経済財政運営と改革の基
本方針2021」としてまとめたものがベースになっています。
 甘利前幹事長は小選挙区での議席を失ったことで、幹事長を辞
任したものの、岸田政権の政策として「経済安全保障推進法」の
制定につながっています。このように「経済安全保障」を政権の
正面に据えることは多くの注目を集めることは確かです。
              ──[新しい資本主義/095]

≪画像および関連情報≫
 ●(社説)経済安保法 懸念残した国会審議/朝日新聞
  ───────────────────────────
   経済安全保障推進法が国会で成立した。経済活動に国が介
  入するうえでは透明性と民主的決定の確保が不可欠だが、こ
  の法律では、具体的な運用の多くが政府が今後決める政省令
  に委ねられた。国会の審議でも政府側はあいまいな説明に終
  始した。過度な介入につながらないか、懸念を抱かざるをえ
  ない。
   推進法は、(1)経済や国民生活に不可欠な「特定重要物
  資」の供給網を強化(2)基幹インフラ14業種の設備に懸
  念のある製品が導入されないか事前に審査(3)先端技術で
  の官民協力(4)原子力や高度な武器に関する技術の特許非
  公開――が柱だ。違反には最大懲役2年の罰則がある。
   政府は特定重要物資の供給を担う企業に助成したり、基幹
  インフラを担う企業への審査結果次第で勧告や命令を出した
  りできる。「アメとムチ」で企業に協力を促す仕組みだ。
   朝日新聞の社説は、国際環境や技術の変化を踏まえた政策
  対応の必要性は認めつつ、経済活動や国際分業への悪影響を
  軽視せず、介入は、最低限度にとどめるべきだと主張してき
  た。推進法も、規制措置で「経済活動に与える影響を考慮」
  し、「合理的に必要と認められる限度」にとどめると明記し
  た。しかし一方で、特定重要物資や事前審査対象になる設備
  の指定など、政令や省令に委ねられた項目が、138カ所に
  上った。これでは、どんな経済活動がどの程度規制されるの
  かがはっきりしない。      https://bit.ly/3lNE63s
  ───────────────────────────
小林鷹之経済安全保障大臣.jpg
小林鷹之経済安全保障大臣
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2022年05月31日

●「国の自由度をランキングで決める」(第5740号)

 ロシアによるウクライナ侵攻──今どき主権国家に対し、いき
なり大量の戦車で攻め込む──はっきりいって無茶苦茶な話です
が、このロシアがいうところの「特別軍事作戦」は、既に3カ月
が過ぎて、当初劣勢だったロシア軍が巻き返し、じりじりと大勢
の民間人を殺して、ウクライナの都市を奪っていきます。ロシア
がいったん奪ったところを絶対返還しないことは、目下不当に占
拠されている日本の北方領土をなんだかんだといって返さないこ
とを考えると、ウクライナも同じ運命をたどると思われます。し
かし、国際社会はロシアをもはや許さないでしょう。
 ロシアは一応民主主義国であり、かつては、G8のメンバーで
あったのです。しかし、2014年のロシアによるウクライナ領
クリミア半島の併合を受け、ロシアの行動が戦後の国際秩序を大
きく揺るがしたとみなし、G8から外されたのです。これをきっ
かけにして、ロシアはかつてのソ連と同じ体制に戻ろうとしてい
るようで、もはやロシアは民主主義国ではありません。
 一時トランプ米前大統領は「ロシアをG7に戻し、G8を再現
しよう」と提案しましたが、G7では、それならクリミア半島を
ウクライナに返すべきという意見が出て、実現しませんでした。
今やロシアは、G7にはまったく興味を持っていないし、プーチ
ン大統領自身、戻る気などさらさらなかったようです。
 フリーダム・ハウスという米国の組織があります。1941年
に米国で設立された無党派・独立組織であり、「政府が国民に対
して、説明責任を果たしている民主主義国家でこそ、自由は繁栄
する」との信念の下、民主主義を守るために活動しているとする
組織です。
 フリーダム・ハウスでは、各国の自由度を次の3つの区分で評
価しています。
─────────────────────────────
        @自由なし(Not Free)
        A一部自由(Partly Free)
        B  自由(Free)
─────────────────────────────
 問題は、どのようにして3つを区分するかですが、次の2つの
スコアを基準として決めています。しかし、この評価法は、毎年
評価の仕方に若干の変更があります。直近の2020年調査(2
021年版)では次のようになっています。
─────────────────────────────
          @政治的権利スコア(PR)
           ・Political Rights score
          A自由権スコア(CL)
           ・Civil Liberties score
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 どの国がどの位置づけになるかは、添付ファイルを参照してく
ださい。日本のスコアは、「PR40/CL56」で、かなりの
高得点であり、カナダが「PR40/CL58」で、満点に近く
トップを占めています。
 2020年のデータで、「自由なし/一部自由/自由」の国が
それぞれどのくらいの割合で存在するかについては、次のように
なっています。「自由」の国は、2005年時点で89あったも
のの、2020年には82に減少しています。
 それに対して「自由なし」の国は、2020年には54に増加
しています。国の指導者から見ると、面倒な手続きがいらない分
「自由なし」の国の方が何かと便利なのでしょう。「一部自由」
な国が「自由なし」にならないよう、「自由」な国は努力する必
要があります。
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◎自由度別の国数推移(2020年)
          自由なし  一部自由    自由
    1990    50    50    64
    1995    53    67    76
    2000    48    58    86
    2005    45    58    89
    2010    47    60    87
    2015    50    59    86
    2020    54    59    82
                 https://bit.ly/3MSoUxP
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 問題は、「自由なし」の国が経済力で力を持つことです。経済
力が豊かな国が「自由なし」の国になると、それは軍事大国にな
る可能性があり、世界のリスクが大きくなるからです。
 世界のGDPの自由度別構成比で比較してみると、次のように
なります。「自由」な国のGDP比率が2005年の85・3%
から2021年の61・3%に減少する一方で、「自由なし」の
国は、2005年の10・2%が2025年の27・4%に拡大
しています。それだけ自由主義陣営として、リスクが大きくなっ
ているといえます。
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◎世界GDPの自由度別構成比の推移(名目USドル)
          自由なし   一部自由     自由
   1990   6.2%  10.8%  83.1%
   1995   5.8%  11.4%  82.7%
   2000   7.3%   6.9%  85.8%
   2005  10.2%   4.5%  85.3%
   2010  16.5%   7.8%  75.8%
   2015  22.2%   8.9%  68.9%
   2020  25.6%  10.7%  63.7%
   2025  27.4%  11.3%  61.3%
                  https://bit.ly/3LUPJ35
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              ──[新しい資本主義/096]

≪画像および関連情報≫
 ●民主主義と専制主義の戦い:その歴史と今後の行方
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   英南西部コーンウォールで2021年6月11〜13日に
  主要7カ国首脳会議(G7サミット)が開催された。サミッ
  トに先立ち行われた10日の米英首脳会議で、ジョー・バイ
  デン米大統領とボリス・ジョンソン英首相は、法の支配など
  民主主義の基礎となる、価値の順守をうたった「新大西洋憲
  章」に合意・署名した。
   これにより、第2次大戦後の国際秩序を構想した旧憲章を
  80年ぶりに刷新し、新たに中国やロシアが代表する専制主
  義への対抗軸を打ち出した。旧憲章はファシズムと戦う諸国
  の支持を受けて、その共同指針としての役割を、担うことと
  なった。新憲章も8項目からなり、民主主義の価値の擁護、
  領土保全の尊重などを明記した。
   米政府高官は両憲章の共通点を「民主主義がベストな統治
  形態だと示すことだ」と語る。さて、バイデン大統領は、就
  任後初めてとなる記者会見(2021年3月25日)で、中
  国との関係について「民主主義と専制主義の闘いだ」と位置
  づけたうえで、中国との競争を制することに力を注ぐと強調
  した。ちなみに、民主主義の対抗軸とされる言葉には、専制
  主義(absolutism)や権威主義(authoritarianism)などが
  あるが、本稿ではこうした個別の言葉の定義にはこだわらず
  相互交換用語として自由に使用している。
                  https://bit.ly/3lRQwaj
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主要国の自由度スコア.jpg
主要国の自由度スコア
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする