2022年04月01日

●「現実を説明できない主流派経済学」(第5702号)

 2008年11月のことです。英国の女王エリザベス二世は、
著名な経済学の世界的権威たちに対し、リーマン・ショックの金
融危機に関して、次のように問いかけたそうです。しかし、みな
押し黙ったままであったといいます。
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 なぜ、誰も、このような危機が来ることを、わからなかったの
でしょうか。              ──エリザベス二世
─────────────────────────────
 エリザベス女王がいうように、権威あるエライ経済学者たちが
なぜ、金融危機を予測できなかったのか疑問です。私は、大学で
経済学を学びましたが、正直いって、何となく現実と乖離した学
問のように感じたものです。むしろ、トンデモといわれるMMT
の方が、現実を説明てきるように感じるのです。
 こんな話があります。ある理論経済学者が、「実際の日本経済
について講義してくれと言われて困ったことがある」と書いてい
るそうです。つまり、主流派経済学の理論では、現実のことを説
明できないようです。
 中野剛志氏は、権威ある経済学者たちが、金融危機を予測でき
なかった理由について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 主流派経済学が「危機」を予測できなかったのは、むしろ当然
のことですよ。主流派経済学の理論モデルは、信用貨幣を想定し
ていないのだから、当然、信用創造を行う銀行制度も想定してい
ません。銀行の存在がきちんと想定されていない理論モデルが、
金融危機を予想できるわけがないじゃないですか。
 もっと言えば、そのような非現実的な経済理論が世界中の経済
政策に影響を及ぼしていたことこそが、金融危機を引き起こした
とすら言えるでしょう。そのことを指してクルーグマンらは、主
流派経済学の理論モデルを「有害無益」と批判したんです。(中
略)要するに、主流派の経済学者たちは、アダム・スミス以来、
200年以上にもわたって、貨幣についての正確な理解を欠いた
まま、物々交換経済の幻想を前提に、精緻を極めた理論体系を組
み上げてきたということです。そして、いまや主流派経済学のな
かからも、それに対する強い批判が生まれつつあるんです。
                 https://bit.ly/3wLmKLd
─────────────────────────────
 確かに、経済学では「信用創造モデル」というのは、出てこな
かったと記憶しています。信用創造モデルのことを知ったのは、
銀行論の本を読んだときで、非常に新鮮に感じて、信用創造モデ
ルについて、EJでひとつのテーマとして取り上げたことを覚え
ています。
 MMTに対する反対論には、やや感情的なものが多いですが、
「数学モデルがない」ことを指摘する人もいます。EJでもたび
たび取り上げている高橋洋一氏がそうです。
 高橋洋一氏は、リフレ派といわれる一派に属していますが、M
MTがよくわからないという理由について、次のようにコメント
しています。
─────────────────────────────
 リフレ派は今から20数年前に萌芽があるが、筆者らは世界の
経済学者であれば誰でも理解可能なように数式モデルを用意して
きた。興味があれば岩田規久男編『まずデフレをとめよ』(20
03年/日本経済新聞社)を読んでほしい。数式モデルは、@ワ
ルラス式、A統合政府、Bインフレ目標で構成されている。
 これらのモデル式から、どの程度金融政策と財政政策を発動す
るとインフレ率がどう変化するのかが、ある程度定量的にわかる
ようになっている。この定量関係は黒田日銀で採用されている。
 リフレ派は数式モデルで説明するので、アメリカの主流経済学
者からも批判されていないどころか、スティグリッツ、クルーグ
マン、バーナンキらからは概ね賛同されている。しかし、日本で
は、リフレ派の主張は、しばしばMMTの主張と混同される。筆
者からみると、MMTでは数式モデルがないので、どうして結論
が出てくるのかわからない。         ──高橋洋一氏
                  https://bit.ly/3iHBv9t
─────────────────────────────
 中野剛志氏によると、経済学は、狭隘な専門主義が進行してい
て、地政学はおろか、歴史学、政治学、社会学への接近すら拒否
しているという無残なありさまであると述べています。
 MMTに数学モデルが欠落していることに関して、『21世紀
の資本論』の著者、トマ・ピケティ氏は、同書で現在の経済学に
ついて、次のように批判しています。
─────────────────────────────
 率直に言わせてもらうと、経済学という学問分野は、まだ数学
だの、純粋理論的でしばしばきわめてイデオロギー偏向を伴った
憶測だのに対するガキっぽい情熱を克服できておらず、そのため
に歴史研究やほかの社会科学との共同作業が犠牲になっている。
経済学者たちはあまりにもしばしば、自分たちの内輪でしか興味
を持たれないような、どうでもいい数学問題にばかり没頭してい
る。この数学への偏執狂ぶりは、科学っぽく見せるにはお手軽な
方法だが、それをいいことに、私たちの住む世界が投げかけるは
るかに複雑な問題には答えずにすませているのだ。
    ──トマ・ピケティ著/山形浩生/守岡桜/森本正史訳
             『21世紀の資本論』/みすず書房
─────────────────────────────
 ウクライナ紛争を見ていて、わかったことがあります。それは
もし、中国が尖閣諸島を獲りにきたとき、米国は直接介入してこ
ないと思われることです。それは、今回と同様に第3次世界大戦
になるのを恐れるからです。したがって、日本は「自分の国は自
分で守る」ためにいろいろなことをやるべきです。そのためには
応分の財政出動は不可欠です。日本はもっとMMTを研究すべき
です。           ──[新しい資本主義/059]

≪画像および関連情報≫
 ●中国が「台湾侵攻」「尖閣侵奪」すればアメリカはどう動く
  沖縄に中国兵が上陸する可能性も/デイリー新潮
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   米国のバイデン大統領はこれまでも、現地への派兵を否定
  してきた。核保有国である英仏を含むNATOもまた、直接
  的な軍事行動は控えている。この状況にほくそ笑んでいるの
  が、中国の習近平国家主席。そのまなざしの先には台湾、そ
  して尖閣諸島が見据えられている。
   中西輝政・京都大学名誉教授(国際政治学)が言う。「米
  インド太平洋軍の司令官(当時)は昨年3月、米国議会の公
  聴会で“今後6年以内に(中国の台湾への)脅威が顕在化す
  る”と明言しています。習近平の3期目の任期が27年末に
  終わる前に、台湾奪取という成果を上げるのでは、と警戒さ
  れているのです。また、中国の軍備増強のペースが極めて速
  いというのも懸念材料とされています」
   河野克俊・前統合幕僚長も、中国の現実的な脅威について
  次のように語る。「中国はこの30年間で軍事費を42倍と
  驚異的に伸ばしています。米海軍が保有する艦隊の数は、約
  290隻であるのに対し、中国海軍は350隻と上回ってい
  ます。また、昨年11月に公表された米国の報告書では、中
  国が核戦力の増強を進め、強化をしているとありました」
   当然、彼の国が台湾へ軍事行動を起こせば、日本もただで
  は済まないという。「台湾と110キロしか離れていない尖
  閣が、巻き込まれないわけがありません。台湾有事は日本有
  事です」(同)さらに、元外務省国際法局長で同志社大学の
  兼原信克特別客員教授は、尖閣諸島に限らないと警鐘を鳴ら
  す。「石垣などの各島には陸上自衛隊の基地があり、米国と
  同盟関係にある日本の基地を無力化したい中国に攻撃される
  恐れがあります。最悪の場合、中国兵が上陸してくることも
  想定しなくてはなりません」  https://bit.ly/3DmN0Nq
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トマ・ピケティ.jpg
トマ・ピケティ
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2022年04月04日

●「日本は『安い国』に堕落している」(第5703号)

 今年に入ってから、連日円安が急加速しています。この円安は
「悪い円安」といわれています。人口減少、少子高齢化を背景と
する日本の国力低下や、先進国のなかで突出して悪いといわれる
財政状況などの日本特有のネガティブな事情から「悪い円安」と
いわれているのです。
 3月28日の外国為替市場での円相場は一時「1ドル=125
円10銭」と、6年7か月ぶりの円安/ドル高水準をつけたので
す。「有事の円買い」どこへやらです。
 原因は、米連邦準備委員会(FRB)がインフレを防ぐために
急速に金利を上げたのに対し、日銀は「物価安定目標」2%の持
続的な達成に向けて、依然として、異次元金融緩和を維持してい
るからです。つまり、日本と米国の金利差が開くことによって、
円を売ってドルを買う動きが加速しているのです。
 テレビのワイドショーでは、この急速な円安に対して日銀が金
利引き上げに動けないのは、1000兆円を超す政府の借金のせ
いであるとコメンテーターがいっていましたが、これはためにす
る意見です。つまり、日銀が金利を上げようとすると、利払い費
が暴騰してしまうからというのです。しかし、何でもかんでも政
府の借金のせいにするのは考えものです。
 これに関する黒田日銀総裁は、次のように「悪い円安」を否定
しています。
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 黒田東彦日銀総裁は1月18日の金融政策決定会合後の記者会
見で、この「悪い円安」論について問われた際、「為替円安が全
体として経済と物価をともに押し上げて、わが国経済にプラスに
作用しているという基本的な構図に今のところ変化はないと考え
ています。従って、悪い円安ということは考えていません」と明
言。「為替円安の影響が、業種や企業規模、あるいは経済主体に
よって不均一であるということには十分留意しておく必要がある
と思っている」ものの、「いずれにしても、悪い円安というよう
なものは、今考えていませんし、考える必要がないと考えていま
す」と、否定的な見解を何度も繰り返した。
        ──2022年3月29日/日経ビジネスより
─────────────────────────────
 3月30日の昼、首相官邸で、岸田首相と黒田日銀総裁が会談
をしています。会見後、黒田総裁は記者団に対して「為替は経済
情勢を反映し、安定的に推移することが望ましいと申し上げた」
と語っています。
 外国為替市場では、この会見の様子が伝わると、一時「1ドル
=121円台」と前日の夕刻に比べて2円以上円高が進んでいま
す。政府・日銀が協調して円安対策を打つとの思惑から、円買い
が進んだものと思われます。「1ドル=124〜5円」が黒田ラ
インと呼ばれ、このラインを超えて戻らないと、何らかの手が打
たれる可能性はあります。
 しかし、このところ日本はずっと円安です。最近の円安は、こ
こまで述べてきたことと無関係ではないのです。日本は、国力を
強くするための大事な投資──インフラ投資も、教育投資も、デ
ジタル投資も、その他の投資も、政府の借金が多いというトラウ
マにとらわれて、何もしてきていないのです。
 国が行う投資だけではないのです。個人も投資しないのです。
元本を失いたくない、損をしたくないと思っているからです。リ
ーマンショックのときの日経平均株価は7162円です。それが
アベノミクスでは3万円を超えているのです。もし、そのとき、
日経平均株価に連動する投資信託を購入していたら、大きく資産
を増やせたはずです。
 日本の家計金融資産構成比率は、「現金・預金」が54・3%
です。他国と比較すると、米国は13・3%、ユーロエリアでは
34・3%。日本の現金・預金保有率は、他国を大きく上回って
います。損したくないと考える人が、日本では、他の先進国と比
較して実に多いのです。
 日本でビックマックを買うと390円です。これを2021年
当時の為替レート「1ドル=110円」で換算すると、3・55
ドルになります。ところが、米国のビックマックは5・65ドル
です。日本円にすると621・5円。つまり、日本のビックマッ
クは、米国の62・8%ということになります。
 米国人が日本に来て、ビックマックを買うと、「なんて安いん
だ」と感じますし、日本人が米国でビックマックを買うと、「米
国は物価が高い」と感じるわけです。
 ちなみに、ユーロ圏のビックマックは、ドル換算で5・02ド
ル、英国のビックマックは3・5ドル、韓国は4・0ドル。日本
は、韓国よりも安いのです。海外旅行をしたとき、米国など先進
国の国民は豊かな旅行を楽しむことができ、日本人は貧乏旅行し
かできないことになります。これに関して「ビックマック指数」
というものがあります。次の算式で計算します。
─────────────────────────────
 ビックマック指数=「(ドル表示のその国のビックマック価
 格)÷(米国のビックマック価格)−1」×100
─────────────────────────────
 2022年2月5日時点のビックマック指数のベスト5を以下
に示します。日本は33位の390円です。
─────────────────────────────
             価格(円)   価格(ドル)
  1位:   スイス 804円     6・98ドル
  2位: ノルウェー 734円     6・39ドル
  3位:  アメリカ 669円     5・81ドル
  4位:スウェーデン 667円     5・79ドル
  5位:ウルグアイ  625円     5・43ドル
 33位:    日本 390円     3・38ドル
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/060]

≪画像および関連情報≫
 ●ひろゆきが断言、日本はどんどん安い国になって「アフリ
  カ化」していく
  ───────────────────────────
   日本は安い国になりつつあります。これは事実。そしてお
  金を持っている人にとっては、すごく快適な国です。ビジネ
  スをするときには低い給料で人を雇えるし、オフィスでも住
  宅でも家賃が安い。ご飯が安くておいしい。治安もいい。
   この日本の「快適さ」の裏にあるのは、人のコストが安い
  ということです。そしてなぜ安いかというと、非正規労働者
  という立場の弱い働き手がいるから。
   労働者はずっと雇ってもらえるという安心感がないと、雇
  う側と対等に戦えない。「働けなくなったら怖い」なんて思
  って、嫌でもサービス残業を受け入れてしまう。日本は最低
  賃金が低いのに、サービス残業まで受け入れているから、実
  際の時給に換算するとかなり低くなりますよね。
   20代ならまだしも、30代や40代になって非正規で体
  を壊しでもしたら「あ、俺もうアウトだわ」ってなる。お金
  はなくて、自分の頭脳と肉体しか戦えるものがないという人
  にとっては、日本はすごく厳しい国です。
   フランスには派遣労働がなくて、人のコストが高い(注:
  フランスにも派遣のような間接雇用の制度はあるが、厳しい
  制限が設けられている)。だから企業は人間の代わりに機械
  を使ってコストを下げようってなる。たとえばファストフー
  ド店には大体、タッチパネル式の注文端末が導入されていて
  人が注文を受けることがすごく少なくなっています。それが
  日本だと今でも、「人のぬくもりが大事」なんて言って、人
  を減らす方向にいかないじゃないですか。
                  https://bit.ly/3Lzyp3I
  ───────────────────────────
ビックマック.jpg
ビックマック
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2022年04月05日

●「ユーラシア大陸の覇者が世界制覇」(第5704号)

 3月12日のBSフジの番組「プライムニュース」での出来事
です。この番組の反町MCが、ロシアの軍勢は圧倒的多数であり
ウクライナは、とても勝てるとは思えないのに、市民の多くが命
を失う状況において、ゼレンスキー大統領は「なぜ、降伏しない
のか」と不思議そうにコメントしたのです。
 そのときコメンテーターの一人として出演していた軍事評論家
の小泉悠氏は、半ば呆れたように「反町さんは、たとえ勝てそう
もない相手でも、何とか自分の国を守ろうと必死にがんばってい
ることがそんなに不思議なことなのですか。自国が侵略を受けて
いるときに、国民として戦うのは当然のことじゃないですか」と
反論するシーンがあったのです。
 この反町MCと同様の発言をしている元大都市の著名な知事も
いますが、平和ボケの権化といえます。現代の日本人の多くがこ
のように考えているのでしょうか。実に情けない限りです。小泉
悠氏の発言は、至極当然のことであると私は思います。
 もし、中国軍が大挙して尖閣諸島に進出してきたときに、日米
同盟があっても米国は、積極介入を躊躇うのではないかと思われ
ます。なぜなら、尖閣諸島は日本の領土であっても、人の住んで
いない無人島であるし、やはり第3次世界大戦になることを米国
は何よりも恐れているからです。
 やはり、日本は「自分の国は自分で守る」という気概を持つべ
きであり、軍事費の増強などに取り組むべきです。2000年代
に、中国が軍事費を年率2桁台のペースで増大させていたにもか
かわらず、平和ボケしている日本は、財政再建を優先するために
防衛費を削減したのです。2003年以降の10年間で中国が軍
事費を3・89倍にしたのに対して、日本の防衛費は0・95%
と逆に減額していたのです。
 これに関連して、中野剛志氏が指摘している歴史的事実があり
ます。第2次世界大戦が起きる前のイギリス、フランス、ドイツ
の関係です。中野氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 第1次大戦後のフランスは、金本位制の下でフランの価値を維
持するために均衡財政を志向していたため、1930年から33
年にかけて軍事費を25%も削減し、1930年の軍事費の水準
は1937年まで回復しませんでした。これに対して、1933
年から38年までの間、ナチス・ドイツは軍事費を470%も増
やしたんです。
 イギリスも同様です。当時のイギリスの政府内では大蔵省の影
響力が支配的で、外務省がヨーロッパにおける政治的危機に対す
る積極的な関与を主張しましたが、大蔵省はこれに反対して宥和
政策を唱えて、外務省を抑えました。しかも、大蔵省は、財政上
の理由から、1939年3月まで陸軍の拡張に反対し続けたので
す。このように、健全財政論のイデオロギーがフランスやイギリ
スを縛っていたためにヨーロッパの勢力均衡の崩壊とナチス・ド
イツの台頭を招いて、それが第2次世界対戦の勃発へとつながっ
ていったんです。          https://bit.ly/3LoNpBE
─────────────────────────────
 ズビグネフ・ブレジンスキーという人がいます。カーター政権
の国家安全保障担当の大統領補佐官や、オバマ政権の外交顧問な
どを務め、米国外交に隠然たる影響力をもった政治学者です。彼
は、地政学的な観点から、ソ連崩壊後の世界の動きを洞察し、米
国外交の基軸にしていた人物です。
 ブレジンスキーは、英国の地理学者で政治家のハルフォード・
マッキンダー卿の「ハートランド論」に着目したのです。ハート
ランドというのは、東ヨーロッパ(ユーラシア大陸)の中核地域
のことで、次の仮説を立てています。
─────────────────────────────
   ユーラシア大陸の支配者こそが世界の支配者になる
─────────────────────────────
 ブレジンスキーは、この仮説を前提に1991年12月のソ連
崩壊によって、米国としては、西側からはNATO、南側からは
中東諸国との同盟、東側からは日米同盟の3方向からユーラシア
大陸を取り囲み、ユーラシア大陸にはいない米国が、覇権国家と
して、そこを支配するという壮大な構図を描き、それを外交の指
針にしたのです。
 米国のこの外交方針に基づいて、グローバル化の時代が、はじ
まったといえます。グローバル化とは、資本や労働力の国境を越
えた移動が活発化するとともに、貿易を通じた商品・サービスの
取引や、海外への投資が増大することによって世界における経済
的な結びつきが深まることを意味します。
 問題は、ユーラシア大陸の西側を占めるロシアの覇権を封ずる
ことです。そのため、EUとNATOを東に展開し、ロシアの覇
権を牽制しようとします。このとき、重要な地域になるのがウク
ライナです。米国としては、ウクライナを何とか西側に帰属させ
ロシアを民主国家化させるべく働きかけます。現在、まさにこの
地域において、ロシアとウクライナの紛争が起きているのです。
ロシアとしてはウクライナをむざむざと西側陣営に渡すことは自
国の破滅につながると考えて戦争を起こしたのです。
 ユーラシア大陸の東側においては、日米同盟によって中国の領
土的な野心を牽制しつつ、東アジアを安定化させる地域大国であ
る中国と米国との協調関係を維持・構築させます。これによって
米国は、東アジアにおいて米中日の勢力均衡を保つバランサーの
役割を演じるべきであるとブレジンスキーは論じたのです
 確かに、世の中はブレジンスキーの予測したように、動いてい
るように見えたのですが、必ずしも米国の思惑通りの展開には、
なっていないのです。
 まず、一番大きな誤算は、このところ米国の覇権が目に見えて
衰えてきていることです。それに中国の台頭です。中国は経済的
にも軍事的にも米国を上回る勢いで、目下国力を伸ばしてきてい
ます。           ──[新しい資本主義/061]

≪画像および関連情報≫
 ●米外交に潜む独善性 対中政策を転換させた男が警鐘
  ───────────────────────────
   ホワイトハウスに陣取る外交・安全保障政策の司令塔(国
  家安全保障担当大統領補佐官=ナショナル・セキュリティー
  ・アドバイザー)といえば、読者の多くはヘンリー・キッシ
  ンジャー氏(ニクソン政権およびフォード政権、98歳)や
  ズビグニュー・ブレジンスキー氏(カーター政権、故人)を
  思い浮かべるかもしれない。2人とも退任後も論客として鳴
  らし、著書の大半が日本語に翻訳された。
   このポストをトランプ政権の前半、2017〜18年に務
  めた、ハーバート・レイモンド(H・R)・マクマスター氏
  (59歳)も骨太の論理構成と透徹した歴史観を基に国家安
  全保障会議(NSC)を切り盛りした。陸軍中将にして歴史
  学者でもある同氏が任期中を振り返りつつ、アメリカと世界
  が現在、直面する数々の脅威を鋭く分析した『戦場としての
  世界:自由世界を守るための闘い』の日本語版が日本経済新
  聞出版から刊行された。訳者の村井浩紀・日本経済研究セン
  ター・エグゼクティブ・フェローに、読みどころを語っても
  らった。
   トランプ政権は2017年12月に発表した文書、「国家
  安全保障戦略」で中国を競争相手と明記し、それまでの歴代
  政権が続けてきた「関与政策」に終止符を打った。党派によ
  る分断が著しい米国にあって、この対中強硬策に対する支持
  は超党派で広がり、現在のバイデン政権にも引き継がれてい
  る。つまりマクマスター氏が率いていた当時のNSCのチー
  ムが米国の対中戦略の歴史的な転換を実現させた。
                  https://bit.ly/3iYkk3M
  ───────────────────────────
スビクネフ・ブレジンスキー氏.jpg
スビクネフ・ブレジンスキー氏
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2022年04月06日

●「ウクライナは緩衝地帯であるべき」(第5705号)

 ズビグネフ・ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交
指針を振り返ります。米国は、西側からはNATO、南側からは
中東諸国との同盟、東側からは日米同盟の3方向からユーラシア
大陸を取り囲み、ユーラシア大陸にはいなくても、覇権国家とし
て、そこを事実上支配する──壮大な外交戦略です。
 この外交戦略を壊したのは、ブッシュ(子)大統領です。20
01年9月11日のテロが起きると、ブッシュ政権は、確たる証
拠もないのに「イラクは大量破壊兵器を保有している」という情
報に基づいて、いきなり戦争を仕掛けたのです。中東諸国の民主
化を企てるという途方もない目標を掲げての戦争です。これは、
現在起きているロシアによるウクライナ侵攻に酷似しています。
 イラクの侵攻については、父親のブッシュ政権も行っています
が、こちらは、十分な配慮をもって行っているのです。戦争の原
因は、イラクのフセイン大統領が、隣国クウェートに軍を侵攻さ
せたことにあります。
 ブッシュ(父)大統領は、武力による侵略は黙認できないと考
えて、辛抱強く国際包囲網を築き、国連安全保障理事会決議とい
うお墨付きを得て、武力行使に踏み切っています。しかも、短期
間の戦闘でイラク軍をクウェートから追い出し、そこで軍事作戦
を止めています。米国の大統領としてきわめて思慮深い適切な対
応であったといえます。
 しかし、ブッシュ(子)大統領は、本気でイラクのフセイン大
統領を潰しにかかったのです。しかも、国連安全保障理事会の許
可があるかどうか明確でないまま、イラクへの攻撃が行われたこ
とです。ブッシュ(父)大統領の慎重さに比べると、大きな違い
があります。
 この戦争は、ブレジンスキーの戦略である「南側の中東諸国と
の同盟」を不安定にするだけの愚挙であったことは確かです。し
かも、肝心の大量破壊兵器は発見できなかったのですから、お粗
末の極みといえます。だからこそ、今回のロシアによるウクライ
ナ侵攻を猛烈に批判する米国に対し、ロシアは「イラク戦争で米
国も同じことをやっているじゃないか」と批判を返しています。
 この米ブッシュ政権の愚挙に関して、真っ先に賛成したのは、
当時の日本の小泉政権です。
 これに関して、中野剛志氏は、日本の対応について、次のよう
に厳しく批判しています。
─────────────────────────────
 私は、2003年にイラク戦争が起こったときに、「これはま
ずい」と思いました。これで、アメリカの覇権国家としての寿命
が縮まる、と。
 アメリカがフセインを叩き潰すのは簡単かもしれないけれど、
フセインがいることでなんとか均衡状態を保っていた中東は混乱
を極めて、泥沼状態になるに違いない。そうなれば、アメリカは
もっとはやく疲弊していくことになる。当時、私はイギリスのエ
ディンバラ大学に留学して、経済ナショナリズムの研究を深めて
いたこともあって、そう直観しました。
 ところが、その頃、日本では、大多数の識者が「日米同盟が大
事だから、イラク戦争賛成」などと言ってましたが、「バカな・
・・」と思いました。アメリカの覇権が衰えればアメリカの一極
体制で最も恩恵を受けていた日本が最もまずいことになります。
本当はあのとき、日本は「日米同盟が大事だから、イラク戦争反
対」と主張すべきだったんです。   https://bit.ly/37gaVC9
─────────────────────────────
 ブレジンスキーはかねてからこういっていたのです。「NAT
Oの東方拡大によってウクライナまでを米国の勢力圏に収める。
ロシアは西洋化し、無害化すればよい」と。エリツィン政権なら
それは十分可能であると考えたのでしょう。
 しかし、ロシアでは、その後、プーチンが政権を握り、かつて
の軍事大国ソ連の復活をひそかに狙っていたのです。そのさい、
ロシアの立場に立つと、ポーランドやバルト3国まではNATO
加盟を何とか容認したものの、ウクライナのNATO加盟だけは
絶対に許せない限界だったのです。
 なぜなら、ロシアにとって、もしウクライナが敵国に回ると、
黒海に出る道をすべて奪われてしまうし、もし、ウクライナにミ
サイルを置かれると、ロシアは米国によって本当に無害化されて
しまうと考えたからです。そこで、2014年にウクライナにお
いて、親ロシア政権が倒れ、親ヨーロッパ派による政変が起きた
とき、ロシアは慎重に作戦を練り、ウクライナに侵攻してクリミ
アを奪取したのです。今考えると、今回の事態は、プーチン大統
領の考え方に立てば、十分予測できたことであったといえます。
 今回のロシアによるウクライナ侵攻について、米国の戦略の失
敗であると、中野剛志氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 この結末を予測していたアメリカの要人もいました。たとえば
冷戦初期のアメリカの外交政策立案者で、ソ連の封じ込めなどの
戦略を立てたジョージ・ケナンです。彼は、1998年当時、N
ATOの東方拡大はロシアの反発を招くとして強く反対していま
した。しかし、アメリカは「攻撃的」な戦略をとってしまった。
そして、ウクライナ侵攻を目の当たりにしたブレジンスキーは、
「欧米諸国はウクライナをNATOに引き込むつもりはないとロ
シアに保証するべきである」と言わざるを得なくなったんです。
 ヘンリー・キッシンジャーが「西側諸国はウラジミール・プー
チンのことを悪魔のごとく扱うが、そんなものは政策ではない。
政策欠如の言い訳に過ぎない」と断じましたが、結局のところ、
東ヨーロッパの現実を冷徹に見据えれば、ウクライナを西側陣営
に組み入れようとするのではなく、ロシアとの間の中立地帯とし
て、緩衝地帯におく「防衛的」な戦略が、賢明だったということ
です。               https://bit.ly/3LCZjIi
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/062]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシアはなぜウクライナに侵攻したのか?背景は?
  ───────────────────────────
   ロシアはなぜウクライナの軍事侵攻に踏み切ったのか?そ
  の背景を、ロシアの外交・安全保障の専門家などに詳しく聞
  くと、2つのキーワードが浮かびあがってきました。
   @  「同じルーツを持つ国」
   A「NATOの”東方拡大”」
  そもそもから、わかりやすく解説します。
   それを知るカギは、30年前のソビエト崩壊という歴史的
  な出来事にさかのぼる必要があります。
   もともと30年前まで、ロシアもウクライナもソビエトと
  いう国を構成する15の共和国の1つでした。ソビエト崩壊
  後、15の構成国は、それぞれ独立して新たな国家としての
  歩みを始めました。
   これらの国では新しい国旗や国歌が制定されました。ソビ
  エト崩壊から30年たっても、ロシアは同じ国だったという
  意識があり、とりわけウクライナへの意識は、特別なものが
  あると言われています。
   ロシアの外交・安全保障政策に詳しい笹川平和財団の畔蒜
  泰助主任研究員は、ロシアとウクライナの関係を考えるうえ
  ではさらに歴史をさかのぼる必要があると指摘しています。
  8世紀末から13世紀にかけて、今のウクライナやロシアな
  どにまたがる地域に「キエフ公国=キエフ・ルーシ」と呼ば
  れる国家がありました。    https://bit.ly/3qWCO91
  ───────────────────────────
ジョージ・ケナン.jpg
ジョージ・ケナン
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2022年04月07日

●「『地政経済学』という学問がある」(第5706号)

 今回のEJのテーマは「新しい資本主義」です。岸田政権が実
現すべきテーマとして取り上げたからです。このテーマでは、新
しい視点から経済を分析するために、経済評論家の中野剛志氏に
よるMMT(近代貨幣論)の考え方をベースに解説しています。
 ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交指針──この
構想は、既に完全に壊れています。まず、ジョージ・ブッシュ米
(子)大統領がイラクに侵攻したことによって、中東との関係が
不安定化しています。しかし、オバマ米政権によって、イランと
6カ国(米・英・仏・独・ロ・中)の核合意が結ばれ、修復が行
われたものの、2018年にトランプ米大統領が、何の戦略もな
しに、この合意から米国は離脱し、経済制裁を復活させると表明
しています。
 さらにトランプ米政権は、中国を敵視し、熾烈な関税戦争を仕
掛けて、中国との対立を深めています。それに加えて、今回のウ
クライナ紛争によって、ロシアと米国は深刻に対立してしまって
います。これに対して西側諸国の経済制裁は、非常に厳しいもの
であり、これによって、中国、ロシア、北朝鮮を必要以上に接近
させる結果になっています。このように、ブレジンスキーによる
ソ連邦崩壊後の米国の外交指針は完全に崩壊したといってよいと
いえます。
 さて、経済学の話が、なぜ、現在のウクライナ紛争に話になっ
たのかということですが、中野剛志氏は「地政経済学」というも
のを提唱しているからです。この地政経済学について、中野剛志
氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 私は、日本の経済成長の低迷し始めた時期と、冷戦終結のタイ
ミングが一致しているのは偶然ではないと思っています。日本の
高度経済成長は冷戦構造という下部構造の上に実現し、日本の経
済停滞は冷戦終結という下部構造と関係があるというふうに見て
おかなければならない。つまり、経済学と地政学は密接に関係し
ているということです。
 この視点なくして、まともな国家政策などありえません。経済
が地政学的環境にどのような影響を与えるのか、そして地政学的
環境が経済をどのように変化させるのかについても考察しなけれ
ば、国際政治経済のダイナミズムを理解できず、国家戦略を立案
することもできないのです。このことを訴えるために書いたのが
『富国と強兵/地政経済学序説』という本だったんです。
 地政経済学は、私の造語ですが、経済力(富国)と政治力・軍
事力(強国)との間の密接不可分な関係を解明しようとする社会
科学です。地政学なくして経済を理解することはできず、経済な
くして、地政学を理解することはできない。だから、地政学と経
済学を総合した「地政経済学」という思考様式が必要だと考えた
んです。              https://bit.ly/3DNrIIP
─────────────────────────────
 「地政学」とは、その国がどこにあるのか、どんな海と山に囲
まれているのか、資源は豊かなのか・・・といった地理的要素か
ら、その国の政治や外交、行動原理などを読み解く学問です。世
界の動き、国際政治の思惑が見えてくる「地政学」は、ビジネス
につながる学問・教養としてニーズが高まっています。
 この地政学と経済学を結びつけて考えるのが「地政経済学」で
すが、経済は所与の政治的秩序の上に成り立っているものであり
政治から切り離しては、有意義な研究をすることができないと中
野氏は主張しています。
 例えば、日本の場合、隣国にロシア、中国、北朝鮮といういず
れも核兵器を持つ、価値観の異なる国があります。しかるに、日
本経済はデフレに沈んでおり、隣国が着々と軍事費を積み上げて
軍備を強化しているのに、日本はリスクに対する何の対応措置も
とってきていない状態です。
 今回のロシアとウクライナの戦争をみてもわかるように、IT
デジタル技術が重要な戦力になることがわかっていますが、日本
は、そのITデジタル技術においても、他国に大きく遅れていま
す。つまり、地政学的には何もしていないのです。これは、ノー
テンキ以外のなにものでもないといえます。
 ところが、日本の同盟国の米国も、経済学と地政学は分離して
しまっています。なぜ、地政学と経済学は分離してしまったので
しょうか。これらの疑問に対して、中野剛志氏は次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 興味深いのは、地政学と経済学が分離した理由について、ダー
トマス大学教授のマイケル・マスタンドゥノが、冷戦構造の影響
を指摘していることです。
 冷戦下においては、アメリカにとって安全保障上の脅威はソ連
でしたが、ソ連は経済的な競合相手ではありませんでした。一方
アメリカの経済上の脅威は、西ドイツや日本だったけれど、これ
らの国々は同盟国であり、安全保障上の脅威ではありませんでし
た。そのため、対ソ連を想定した軍事研究から経済への関心が脱
落し、経済研究は安全保障を無視したというわけです。
 しかし、1998年の時点でマスタンドゥノは、冷戦が終結す
れば、安全保障と経済は再び結びついていくであろうと論じてい
たのですが、それから20年がすぎても、依然として地政学は経
済学との接点を欠落させたままです。ただし、地政学者や国際政
治学者の多くは国力の基礎に経済力があることは認めています。
どうやら、彼らが経済に関する知識に乏しいのが原因となってい
るようなんです。          https://bit.ly/3LHhf4t
─────────────────────────────
 経済学──主流派経済学では、数学で武装された偏狭な専門主
義が進行しており、ますます現実とは隔離している状況です。そ
れは、地政学はおろか、歴史学、政治学、社会学への接近すら拒
否しているという偏狭主義に陥っています。
              ──[新しい資本主義/062]

≪画像および関連情報≫
 ●評論家、小浜逸郎が読む『富国と強兵 地政経済学序説』
  (中野剛志著)主流派経済学を超える試み
  ───────────────────────────
   古い経済学を捨てて、地政学と経済学との融合を、目指す
  600ページ超の野心的な大作。利益を目指して合理的に行
  動する経済人という主流派経済学の人間規定は根本から問い
  直されるべきだ。それは動態としての人間をとらえず、未来
  への行動に付きまとう不確実性や、制度を通して動く集団と
  しての人間を視野から外してしまう。政治と経済とは密接・
  複雑に関係しているのに、主流派経済学は自律的な科学のよ
  うに君臨してきた。しかしこの経済学の基礎にあるのは新自
  由主義というイデオロギーである。これが生み出したグロー
  バリズムは、国家が経済活動に対して持つ欠くべからざる意
  義を無視し、格差の拡大、成長の行き詰まり、金融危機、世
  界不況、技術開発の鈍麻、政治的秩序の混乱など、経済自由
  主義が潜在的にもつ危機的な側面を露呈させただけだった。
   著者は西欧近代の黎明(れいめい)期から現在の国際社会
  に至るまで、人間の政治経済活動を大きく動かしてきた動因
  と原理に詳細な視線を巡らす。特に著者が強調するのは、時
  代や国に応じて戦争が古い経済体制を塗り替え、行き詰まっ
  ていた体制に息を吹き返させてきた経緯である。それは経済
  のみならず、技術、組織形態、国民的意識や政治制度をも刷
  新する。そして重要なのは、それらが戦後終息してしまうの
  ではなく、そのまま残り続けるという事実である。
  ───────────────────────────
『富国と強兵/地政経済学序説』.jpg
『富国と強兵/地政経済学序説』
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2022年04月08日

●「ドゥーギンの新ユーラシアリズム」(第5707号)

 ズビグネフ・ブレジンスキーによるソ連邦崩壊後の米国の外交
指針について説明してきましたが、ロシアによる2月24日から
のウクライナ侵攻について、プーチン大統領の決断に影響を与え
たとみられる、ある論文が注目を集めています。それは、ロシア
の極右地政学者、戦略家として知られるアレクサンドル・ドゥー
ギン氏による次の論文です。
─────────────────────────────
    アレクサンドル・ゲレヴィチ・ドゥーギン著
    『地政学の諸基盤─ロシアの地政学的将来』
        “The Foundations of Geopolitics:
        The Geopolitical Future of Russia”
─────────────────────────────
 この論文が話題になったきっかけは、米ワシントン・ポスト紙
が、3月22日に今回のロシアによるウクライナ侵略にからみ、
著名コラムニスト、デービッド・フォン・ドレール氏による「プ
ーチンの思想基盤」と題する論考を掲載したことにあります。
 ドゥーギン氏の論文は、2014年にプーチン大統領が軍事力
投入によって奪ったウクライナ南部のクリミア併合の直後、国際
オピニオン雑誌『フォーリン・アフェアーズ』で詳しく取り上げ
られ、欧米諸国で話題になっていたのです。
 ドレール氏は、ワシントン・ポスト紙において、プーチン大統
領がどのような考え方のもとにウクライナ侵攻に踏み切ったのか
について、次のように述べています。少し長いですが、プーチン
大統領が、なぜウクライナ侵攻を決断したのかがよくわかるので
そのまま以下にご紹介します。
─────────────────────────────
◎プーチン大統領は、ウクライナ侵攻開始3日前の去る2月21
 日、国民向け演説で、ウクライナ国家および国民の存在を否定
 する演説を行い、その真意を測りかねた西側専門家たちを困惑
 させた。しかし、発言は決してタガの外れたものではなく、実
 はファシスト的予言者であるアレクサンドル・ドゥーギンなる
 人物の所業を踏まえたものだった。プーチンの頭脳≠ニもい
 われるドゥーギンは、欧州では、30年近く前から新右翼とし
 てその名が知られ、米国においても、極右思想家の評判が高か
 った。
◎ドゥーギンは、欧州とアジアをリンクさせたユーラシア統合が
 ロシアの戦略目標であるとの観点から、ライバルである米国に
 おいては、人種的、宗教的、信条的分裂を醸成させると同時に
 英国についても、スコットランド、ウェールズ、アイルランド
 間の歴史的亀裂拡大の重要性を唱えてきた。
  英国以外の西欧諸国については、ロシアが保有する豊富な石
 油、天然ガス、農産物などの天然資源を餌食にして自陣に引き
 寄せ、いずれ北大西洋条約機構(NATO)自体の内部崩壊に
 いく、とも論じてきた。
◎プーチンはまさに、この指示を忠実に見守ってきた。米国では
 極右活動家グループが連邦議事堂乱入・占拠事件を引き起こし
 英国はEU離脱を実現させ、ドイツはロシア産天然ガスへの依
 存を強めてきた。これらの動きに気を良くしたプーチンはドゥ
 ーギンの作成したプレイブックの次のページに目を転じ、「領
 土的野心を持った独立国家としてのウクライナこそが、全ユー
 ラシアにとっての大いなる脅威となる」と宣言、今回侵略に踏
 み切った。
◎プーチンがいずれ、仮にウクライナにおけるロシア問題≠
 処理できたとして、次に目指すものは何か?ドゥーギンが描く
 構図によれば、今後、ドイツがロシアへの依存度を一段と高め
 ることによって、欧州は次第にロシア圏とドイツ圏へと分断さ
 れていく。英国は(EU離脱後)ボロボロの状態となり、ロシ
 アは漁夫の利を得ることで「ユーラシア帝国」へと拡大・発展
 していく・・・というものだ。
◎ドゥーギンはさらに、アジア方面についても、ロシアの野望を
 実現するために、中国が内部的混乱、分裂、行政的分離などを
 通じ、没落しなければならないと主張する一方、日本とは極東
 におけるパートナーとなることを提唱する。
  つまるところ、ドゥーギンは第二次大戦後の歴史の総括とし
 て、もし、ヒトラーがロシアに侵攻しなかったとしたら、英国
 はドイツによって破壊される一方、米国は参戦せず、孤立主義
 国として分断され、日本はロシアのジュニア・パートナー
 として中国を統治していたはずだ、と論じている。
                  https://bit.ly/3LLpCvW
─────────────────────────────
 以上のデービッド・フォン・ドレール氏の論考によると、プー
チン大統領が、ドゥーギン氏の「新ユーラシアリズム」を参考に
して、ウクライナ侵攻を決断したことはほぼ間違いないと考えら
れます。それならば、ウクライナ侵攻開始後、40日を過ぎてい
るのに、まだ目標を達成していないのはなぜでしょうか。
 ロシアは、サイバー攻撃が得意な国というイメージがあります
が、プーチン大統領自身は、スマホもPCも使えない、ITオタ
クといわれています。部下への命令も固定電話で行い、執務室に
は固定電話がズラリと複数並んでいるだけだそうです。
 一方、ウクライナは、「東欧のシリコンバレー」といわれるほ
ど、ITが発達している国です。今回のロシアによるウクライナ
侵攻で、ウクライナが大国ロシアの進撃に対し、意外に強い抵抗
を示しているのは、もちろん、欧米による最新兵器の提供の効果
もあるものの、ウクライナの30万人ともいわれる「IT軍」が
バックグラウンドで戦況を支えているからです。ロシアは情報戦
ではウクライナに完敗しています。
 ロシアは、そういうウクライナに対して、ソ連時代の旧態依然
たる戦法で攻め込んだのです。それが戦況が思わしくない原因と
されているのです。確かにロシア軍は弱いです。
              ──[新しい資本主義/063]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜロシア軍は弱いのか…ウクライナの頑強な抵抗を支える
  対戦車砲「ジャベリン」は勝利の象徴
  ───────────────────────────
   ウクライナ侵攻を続けるロシア軍が「弱すぎる」との見方
  が強まっている。報道によればNATO(アメリカ軍中心の
  軍事同盟)関係者は、この1カ月で7000〜1万5000
  人のロシア兵が死亡したと推定しているという。ロシアのタ
  ブロイド紙『コムソモリスカヤ・プラウダ』も、ロシア兵、
  9861人が死亡、1万6153人が負傷したと報じている
  (現在は削除済み)。
   ロシアは、侵攻を始める直前、ウクライナとの国境付近に
  15万人以上の兵を集結させ、軍事訓練をおこなった。しか
  し、アメリカ国防総省によると、現在のロシア軍は、侵攻前
  と比較して10%以上の戦力を喪失している可能性があると
  いう。長期化する戦いのなかで、ロシア軍の将校6人が死亡
  したとされている。ウクライナで指揮を執る将校は20人程
  度とされており、この情報が確かなら3割が死亡した計算に
  なる。ロシアの軍事力は世界2位と言われ、約7兆2600
  億円の年間軍事予算を誇る。約4800億円のウクライナを
  圧倒してもいいはずなのに、なぜここまで苦戦しているのだ
  ろうか。
   ロシア軍が停滞する理由について、軍事ジャーナリストの
  黒井文太郎氏は、「管理がうまくできていないことによる混
  乱」と語る。「まず、電子戦がうまくいっていません。通常
  だったら、自分たちが安全に電波を使えるようにして、相手
  は使えないようにする。それがロシア軍は全然できていない
  んです。たとえば、ウクライナ側が普通にドローンを飛ばし
  てロシア側の偵察ができている。電子戦を徹底すれば、ドロ
  ーンなんて飛ばせないはずです」 https://bit.ly/3xchLDs
  ───────────────────────────
アレクサンドル・ドゥーギン氏.jpg
アレクサンドル・ドゥーギン氏
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2022年04月11日

●「ロシアへの経済制裁効いていない」(第5708号)

 「経済安全保障」ということが最近盛んにいわれています。岸
田政権では、経済安全保障担当大臣が新設されるなど、重要な政
策分野として浮上しています。経済と安全保障が密接に結びつい
ているという考え方は新しいものではありませんが、近年、中国
が経済規模や技術水準、軍事力などの様々な面で、米国と競合す
るなか、外交・安全保障における経済的要素の重要性が認識され
るようになってきているからです。
 その流れにおいて、経済制裁が戦争に代わる有効な手段として
重視されてきています。ウクライナ侵攻で、ロシアには今までか
つてなかったほどの厳しい経済制裁が科せられているとされ、や
がてロシアはデフォルトに陥るといわれていますが、一向にその
気配はありません。プーチン大統領は、かねてから、「経済制裁
には十分耐えられる」と豪語しています。
 確かに、ロシアの通貨の対ドルレートは、侵攻前の「1ルーブ
ル=1・3セント前後」から、3月7日には0・73セントまで
約44%も下落しています。しかし、3月25日以降は、「1ル
ーブル=1・2セント台」まで回復しているのです。
 それでは、3月上旬のルーブル急落は何だったのかというと、
経済制裁に直面したロシアの富裕層たちが、国内のルーブル建て
資金をドル・ユーロなどの外貨や金、暗号資産にシフトして、資
金を保全しようとしたからです。
 このとき、ロシアの中央銀行総裁であるナビウリナ氏は、中央
銀行総裁として、実に適切な手を打っています。ナビウリナ総裁
は、プーチン大統領が、ウクライナ侵攻を命令した時点で辞任し
ようと申し出たのですが、プーチン大統領による必死の引き留め
によって、留任したといわれています。
 ナビウリナ総裁は、金利を一時20%まで引き下げ、輸出で受
け取った外貨の売却義務などの厳しい為替管理を課して、資本の
流出を抑えたのです。こうしておけば、ルーブルの相場を決める
のは、経常収支ということになりますが、ロシアの経常収支は、
過去10年くらいは、GDP対比2〜7%の黒字であり、これに
よって、ルーブルは安定したのです。史上最強の経済制裁は、今
のところまるで効いていないといえます。
 それだけではないのです。ロシアは2014年のクリミア併合
後、ロシアの中央銀行は金をコツコツと貯め込んできたのです。
プーチン大統領はなかなかしたたかです。このロシアの金保有に
関して、4月9日付の「日刊ゲンダイ・デジタル」は、次のよう
に報道しています。
─────────────────────────────
 ロシアという国の信用によってお金の価値が決まる通貨管理制
度では、ルーブルはジリ貧です。ロシア中銀が金を買っているの
はルーブルと金を結びつけ、ルーブルの信用を金で担保する“金
本位制”を実行しているのです。3月末以降のルーブル高はこの
影響が大きい。2014年のクリミア併合以降、ロシアは金の保
有を増やしてきました。
 海外にある金の一部は凍結されている可能性がありますが、何
より、世界3位の金産出国です。掘れば金の保有量は増えます。
当面、ルーブルを担保する金は準備できるとみられます」(金融
ジャーナリストの森岡英樹氏)    https://bit.ly/3rzMln9
─────────────────────────────
 オレグ・ウステンコ氏という経済の専門家がいます。2019
年5月からウクライナのゼレンスキー大統領の経済アドバイザー
を務めていますが、ウステンコ氏は、ロシアのウクライナ侵略を
止めるためには、金融制裁だけでは力不足で、米欧の西側諸国が
ロシアからのエネルギー輸入を完全に止めなければならないと主
張しています。
 なぜかというと、ロシアは今でも石油とガスの輸出を続けてい
るからです。しかも、今回のロシアのウクライナ侵攻によって、
これらの製品の価格は上昇し、ロシア経済の最も重要な部門に大
きな利益をもたらしているからです。
 しかし、米国は4月6日になって、今まで影響が大きいとして
見送っていたロシア最大手銀行ズベルバンクとの取引禁止を決め
ましたが、焦点のエネルギー分野で特例を設定しているし、EU
もエネルギー輸入禁止には及び腰です。これでは、ロシアを追い
詰めることは不可能です。これに関して、ゼレンスキー大統領は
次のように批判しています。
─────────────────────────────
   戦争犯罪よりも西側諸国は経済的損失を恐れている
         ──ウクライナ・ゼレンスキー大統領
─────────────────────────────
 3月になると、外国企業の事業休止が相次いでいます。IKE
A、スターバックス、マクドナルド、ユニクロと、ロシア人に愛
されるブランドが次々と閉店しています。しかし、その一方で、
KFCやバーカーキングなどは、ロシア人がオーナーのフランチ
ャイズ店はそのままです。
 赤の広場に面する130年の伝統を誇るグム百貨店では、ルイ
・ヴィトン、ディオール、ブルガリ、カルティエ、エルメス、グ
ッチ、シャネルなどの高級ブランドが軒並み店を閉じていますが
撤退を決めたわけではないのです。
 注意すべきは、「ロシアから撤退」ではなく、「一時休業」で
あることです。ロシアには、企業側の理由で従業員を解雇する場
合、次の仕事が見つかるまでの期間、最大3か月は給与を補償し
なければならないという法律があります。仮に今から企業が一時
休業ではなく完全撤退を決めたとしても、ロシアで失業問題が本
格化するのは6月かそれ以降になるはずです。したがって、ロシ
ア人は西側諸国が期待するように、経済の面では何も困っていな
いのです。せいぜい砂糖などが不足する程度です。
 しかし、ブチャでの惨劇などは、ロシアにとって大ダメージに
なります。これによって、ウクライナ問題は、節目が変わる可能
性があります。       ──[新しい資本主義/064]

≪画像および関連情報≫
 ●ロシアへの経済制裁が「まだ十分に効果を発揮していない」
  これだけの理由
  ───────────────────────────
   ウクライナ侵攻に伴い、西側各国がロシアに科した経済制
  裁が十分な効果を発揮していないとの見方が出ている。最大
  の原因は、ロシアにとっての生命線である原油の禁輸措置を
  実施しているのが、米国だけにとどまっていることである。
  ロシアに致命的な打撃を与えるには、欧州への天然ガス供給
  を止める必要があるが、これは西側経済にとって大打撃とな
  るため、なかなか踏み切れないという事情がある。
   西側各国は、ロシアに対して主に2つの経済制裁を実施し
  ている。ひとつはロシアが保有する外貨準備の引き出しを制
  限する措置、もう1つはSWIFTと呼ばれる国際送金ネッ
  トワークからのロシアの排除である。どちらもロシア経済に
  とって大打撃であることは間違いないが、致命的な影響を与
  えているとまでは言えない。実際、プーチン政権は譲歩する
  構えを見せていないし、ロシア国内ではインフレが進んでい
  るものの、経済が、壊滅状態という状況にはなっていない。
  厳しい経済制裁を科しているにもかかわらず、ロシア経済が
  完全に破綻していない理由の1つは、経済制裁が効果を発揮
  するまでには時間がかかるというタイムラグの存在である。
  だが、それ以上に大きいのは、ロシアにとって最大のアキレ
  ス腱である石油と天然ガスの禁輸措置が実施されていないこ
  とである。          https://bit.ly/3NS2sG5
  ───────────────────────────
ナビウリナロシア中央銀行総裁.jpg
ナビウリナロシア中央銀行総裁
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2022年04月12日

●「主流派経済学の貨幣論に問題あり」(第5709号)

 「経済安全保障」が重視される現代──それだけに国の経済政
策の是非が問われますが、そのベースになる経済学が間違ってい
るといわれています。したがって、現岸田政権が、日本経済を成
長させるために、「新しい資本主義」を内閣のメインテーマに取
り上げたことは間違ってはいないといえます。
 しかし、この内閣の閣僚やそれを支える官僚には、間違った経
済学をベースに経済政策を実施しようとする財務省出身者があま
りにも多いので、その改革は期待できそうにはないのです。
 主流派経済学者たちは、MMT(現代貨幣論)をトンデモ経済
学といってバカにしますが、主流派経済学にも大きな間違いがあ
ることは、多くの学者から指摘されています。しかし、それを修
正しようとはしないのです。このままでは日本はどんどん貧しく
なり、衰退してしまいます。主流派経済学者のなかにも革新派の
学者もいて、現在の経済学には問題があることを認めており、そ
れぞれ手厳しく論評しているので、そのいくつかを紹介します。
─────────────────────────────
◎サイモン・ジョンソン氏/IMFチーフエコノミスト
  世界金融危機によって経済学もまた危機に陥っており、主流
 派経済学とは異なる新たな経済理論が必要である。
◎ポール・クルーグマン氏/2008年ノーベル経済学賞受賞
  過去30年間のマクロ経済学の大部分は、よくて華々しく、
 役に立たなく、悪くてまったく有害である。
◎トマ・ピケティ氏/著作が有名
  経済学という学問分野は、まだ数学だの、純粋理論的で、し
 ばしばきわめてイデオロギー偏向を伴った憶測だのに対するガ
 キっぽい情熱を克服できておらず、そのために歴史研究やほか
 の社会科学との共同作業が犠牲になっている。
◎ポール・ローマー氏/2018年ノーベル経済学賞受賞
  主流派経済学の学者たちは画一的な学界の中に閉じこもり、
 きわめて強い仲間意識をもち、自分たちが属する集団以外の専
 門家たちの見解や研究にまったく興味を示さない。彼らは、経
 済学の進歩を権威が判定する数学的理論の純粋さによって判断
 するのであり、事実に対しては無関心である。その結果、マク
 ロ経済学は過去30年以上にわたって進歩するどころかむしろ
 退歩したといえる。
─────────────────────────────
 それでは、主流派経済学、いま世の中で最も主流とされる経済
学のどこが問題なのかについて、なるべくわかりやすく説明する
ことにします。なお、必要に応じて、前に述べた同じことを繰り
返すことがあるので、承知しておいてください。
 中野剛志氏によると、何が問題なのかというと、主流派経済学
が「商品貨幣論」に立脚し「信用貨幣論」を認めないことです。
それでは、商品貨幣論とは何でしょうか。
 それは世の中の多くの人々が考える貨幣論です。1万円札の原
価は22円から24円程度です。仮に30円としましょう。原価
が30円でしかないのに、1万円札が1万円の価値があるのは、
それが同じ価値のあるモノと交換できるからであり、そのように
人々が信じているからです。さかのぼると、それは「物々交換」
に行き着くのです。
 経済学の標準的教科書である『マンキュー・マクロ経済学』に
は、貨幣について、次の記述があります。
─────────────────────────────
 交換の際に皆が紙幣を受け取り続ける限り、紙幣には価値があ
り、貨幣としての役割を果たす。
      ──『マンキュー・マクロ経済学T/入門編』より
─────────────────────────────
 これは、貨幣の説明としては、きわめて曖昧模糊であり、中野
剛志氏は、これについて、次のように厳しく批判しています。
─────────────────────────────
 この主流派経済学の説が正しいとすると、貨幣の価値は「みん
なが貨幣としての価値があると信じ込んでいる」という極めて頼
りない大衆心理によって担保されているということになります。
そして、もし人々がいっせいに貨幣の価値を疑い始めてしまった
ら、貨幣はその価値を一瞬にして失ってしまうわけです。
                  https://bit.ly/3rCGVI3
─────────────────────────────
 1万円札の話をしましたが、1万円札は貨幣です。しかし、銀
行預金も貨幣に含まれます。しかも、貨幣の大半を占めるのは、
現金よりもむしろ銀行預金のほうです。日本では、貨幣のうち現
金が占める割合は2割未満です。銀行預金は、給与の受け取りや
貯蓄、公共料金の支払い、クレジットカードの引き落としなどに
使われており、それは貨幣そのものになっています。
 しかし、人々は貨幣というと、現金をイメージしてしまうもの
です。貨幣には「使用価値」というものがあります。使用価値と
いうのは、もし金であれば、置物に形を変えることができますし
貴金属なら自分を飾れます。もし、コメであれば、食べることが
できます。これは主流派経済学における「財」に近い概念である
といえます。
 しかし、貨幣には、そのような使用価値はありません。ただし
貨幣は商品に交換できますが、商品が貨幣に交換できるという保
証はないのです。交換できると信じているだけです。したがって
貨幣はモノと交換できると信じる媒体になります。信用できない
状態になれば、ただの紙切れになります。
 しかし、貨幣の大半は、いわゆる現金ではなく、銀行預金とい
うことになると、人々の考え方は変わってきます。ITデジタル
化が進むにつれて、人々は現金を使わなくなり、カードやスマホ
で決済をするようになります。事実そうなりつつあります。そう
なると、「貨幣=銀行預金」のイメージが強くなってくることは
確実です。現在はその過程にあります。
              ──[新しい資本主義/065]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ1万円札は「原価24円」なのにモノが買えるか説明で
  きますか?               ──佐藤 優氏
  ───────────────────────────
   それでは人為的に貨幣を作ることが出来るのであろうか。
  これについては、肯定論と否定論がある。肯定論者はブロッ
  クチェーン技術を使えば、仮想通貨を作ることができると主
  張する。しかし、この見方は、恐らく間違っている。
   筆者の貨幣観に大きな影響を与えたのは、ユニークなマル
  クス経済学者の宇野弘蔵(1897〜1977年)だ。
   マルクス経済学者というと、共産主義者であるという印象
  が一般的だが、宇野はそうではない。宇野は、マルクス『資
  本論』の理論を継承する者という意味でマルクス経済学者と
  いう言葉を使っており、共産主義イデオロギーによって『資
  本論』を革命の書として読む人たちをマルクス主義経済学者
  と呼んで区別している。
   宇野は、『資本論』の内容であっても、論理性が崩れてい
  る箇所については修正すべきであると考える。その主張を初
  めて展開したのが1947年に河出書房から上梓された『価
  値論』だ。その後、青木書店から出た版が長らく読まれてい
  たが(筆者も学生時代にこの版を読んだ)、現在はこぶし書
  房から復刊されている。商品の交換を円滑に行うためには貨
  幣が不可欠だ。
   「貨幣による商品の購買は、その商品の販売者をしてふた
  たびまた同じ貨幣による商品の購買を可能ならしめる手段を
  あたえる。商品はつねに流通から消費にはいってゆくにすぎ
  ないが、その価値は、貨幣として運動を継続してゆく」
                  https://bit.ly/3LVca8J
  ───────────────────────────
ポール・ローマー氏.jpg
ポール・ローマー氏
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2022年04月13日

●「主流派経済学が貨幣論に弱い理由」(第5710号)

 主流派経済学における貨幣の考え方は、商品貨幣論といわれ、
この考え方をさかのぼると、物々交換に行き着くのです。貨幣は
商品との交換を前提としたツールであり、貨幣それ自体の使用価
値はありません。
 16世紀から18世紀の話ですが、ヨーロッパ地域では「重商
主義」というものが支配的な考え方だったのです。重商主義とは
国家の輸出を最大化し、輸入を最小化するように設計された国家
的な経済政策です。重商主義では、富を代表するものは金銀また
は「財宝」です。これは金銀貨幣を最大に重視し、これらの増大
を重視する経済政策のことです。
 これを獲得する唯一の手段は海外貿易のみ。したがって、富の
獲得される場所は海外市場ということになります。国家は自国の
生産物を海外に輸出し、海外からの輸入をできるだけ抑制し、そ
の貿易差額を金・銀で受け取って貯め込むことによって目的は達
成できると考えたのです。
 アダム・スミスはこれに異を唱えます。富は特権階級(金銀を
重視する階級)ではなく、諸階層の人々にとっての「生活の必需
品と便益品」を増すことであると説いたのです。つまり、自国の
労働によって、生産力が高くなれば、それだけ富の量は増大する
──スミスはその著『国富論』において、重商主義の批判から自
由放任の思想を展開しています。
 そのさい、アダム・スミスは、『国富論』において、貨幣は商
品交換用のツールであるとする商品貨幣論を唱えています。これ
が商品貨幣論の元祖です。これについて、アダム・スミスは、重
商主義を批判するあまり、貨幣に関しては理論の隅に追いやって
しまったと批判され、これをアダムとイブの故事に因んで、「ア
ダムの罪」と呼ぶ学者もいます。
 この「アダムの罪」に関して、三橋貴明氏は、自著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 アダム・スミスにしても、貨幣について物々交換の不便性を解
消するために生まれ、「貨幣がすべての文明国で普遍的な商業用
具となったのはこのようにしてであり、この用具の媒介によって
あらゆる種類の品物は売買され、相互に交換されている」と、お
カネを「用具」呼ばわりしているのです。用具ということは、物
理的な形を持つという話になります。
 おカネは「交換用の商業用具である」と説明したアダム・スミ
スの考え方が、最終的には金本位制や金属主義に繋がっていきま
す。これが、いわゆる「アダムの罪」です。
                  https://bit.ly/3E3rPAk
─────────────────────────────
 この「アダムの罪」を引き継いで「ドグマ」にまで仕立て上げ
たのが、フランスの古典派経済学者であるジャン・バティスト・
セイです。「セイの法則」といわれるものがあります。
─────────────────────────────
       供給はそれ自体の需要を生み出す
─────────────────────────────
 ある商品を生産して市場に供給すると、それに見合う需要が生
じるというものです。この考え方に立つと、過剰生産はありえな
いということになります。
 セイは、あらゆる経済活動は物々交換にすぎず、需要と供給が
一致しないときは価格調整が行われ、仮に従来より供給が増えて
も価格が下がるので、ほとんどの場合、需要が増え、需要と供給
は一致すると考えたのです。したがって、国の購買力(国富)を
増やすには、供給を増やせばよいと主張したのです。
 つまり、こういうことです。ある商品を市場に供給しても、そ
れに見合う需要が生じないことがあります。そういう場合、その
商品の価格が下がるので、結果として供給と需要はバランスする
と考えるわけです。セイの法則は、「近代経済学の父」といわれ
るリカードが採用したことから、マルクス、ワルラス、ヒックス
などの多くの経済学者によって継承されたのですが、ケインズに
よって否定され、修正されています。
 この間のやり取りについて、中野剛志氏と記者の議論をご紹介
します。セイの法則はドクマと化していたのです。
─────────────────────────────
中野:現実の世界では、供給は常に需要を生み出すなどというこ
 とはあり得ません。モノを作って売り出したら、必ず誰かが買
 うなどということがあるはずがない。「セイの法則」など、現
 実には存在しないんです。ただ、物々交換の世界であれば、た
 しかにありうるかもしれない。物々交換経済では、何らかの財
 を購入するときには、必ず別の誰かが供給した何らかの財と交
 換されるからです。物々交換では、供給と需要は表裏一体の関
 係にあるわけです。
――なるほど・・・。
中野:ただし、そのような物々交換経済を想定すると、私たちが
 日々使っているリアルな貨幣は“蒸発”してしまいます。実際
 セイは、貨幣は、単に生産物と生産物の交換における媒介物に
 すぎないとみなしていたんです。
――しかし、貨幣は貯蓄のためにも使われますよね?
中野:そうそう、セイの貨幣観はおかしいんです。結局のところ
 「セイの法則」は「物々交換幻想」に導かれた仮説にすぎない
 ということです。ところが、生産物が常に生産物に交換され、
 供給が常にその需要を生み出すという「セイの法則」が成立す
 るのであれば、需要と供給は常に均衡するので、過剰生産やそ
 れによる不況や失業といった事態は、たしかに生じなくなりま
 す。そして、そこから、「自由市場に委ねれば需給は常に均衡
 する」という市場原理が導き出されるわけです。
                  https://bit.ly/3uuOnGK
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/066]

≪画像および関連情報≫
 ●セイの法則と経済学の間違い
  ───────────────────────────
   セイの法則とは、ジャン=バティスト・セイが考えた「供
  給は自ら需要を作り出す」という考えです。分かり易く言う
  と、「何かモノを作れば、必ず欲しがる人がいる」というこ
  とです。この考えは、生産物が他の生産物と交換される、物
  々交換の世界では成立します。しかし、人類の歴史上物々交
  換が行われていた歴史は存在しません。あえて、物々交換が
  行われていた時代は、金貨が使われていたヨーロッパです。
  これについては、物々交換で詳しく説明しています。そして
  セイの法則が出来たのもまさにこの時代です。人類が、お金
  の認識を間違えた頃に生まれた法則など、正しいはずがない
  のです。
   セイの法則は主流派経済学の理論モデルとなっています。
  セイの法則については、「供給は自ら需要を作り出す」とい
  う考えが元になっているため、デフレを一切考慮していませ
  ん。なぜなら、生産に対して需要が必ず生まれるのであれば
  生産に対して需要が不足するということは起きません。つま
  り、デフレは起きないということになります。つまり、主流
  派経済学はインフレ対策の学問であり、デフレでは全く使え
  ないのです。しかし、世界恐慌を始めとするデフレ不景気は
  実際に世界で起きます。日本なんかは、ここ20年間ずっと
  デフレです。その日本では、20年間ずっと主流派経済学者
  の言うことを聞いてきました。つまり、日本はデフレの状況
  で20年間ずっとインフレ対策を行ってきたのです。
                  https://bit.ly/37Dtsbs
  ───────────────────────────
ジャン・パティスト・セイ.jpg
ジャン・パティスト・セイ
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2022年04月14日

●「レオン・ワルラスの一般均衡理論」(第5711号)

 「セイの法則」に関連して、もう一人どうしても紹介しなけれ
ばならない人物がいます。現在の主流派経済学に深く関係する人
物です。それは、レオン・ワルラス(1834年〜1910年)
というフランスの経済学者です。ワルラスは、次の2つのことを
提唱した人物です。これらは、「セイの法則」が成り立つことを
前提として構築された理論といえます。
─────────────────────────────
           @ワルラスの法則
           A 一般均衡理論
─────────────────────────────
 第1は「ワルラスの法則」です。
 ワルラスの法則とは、「各経済主体の予算制約条件を総計する
と、全ての財の需要量と供給量の価値額は常に等しくなる」とい
う法則のことです。
 簡単にいうと、完全競争の市場においては、一方の市場におい
て「超過需要」(品不足)が生じているときは、もう一方におい
て「超過供給」(売れ残り)が必ず生じていると仮定するのが、
ワルラスの法則です。
 第2は「一般均衡理論」です。
 上記ワルラスの法則に基づいて、完全競争下では、社会全体に
おける財市場は、最終的に需要と供給が均衡状態に至るというの
が「一般均衡理論」です。
 このレオン・ワルラスがどのような人物であり、主流派経済学
にどのような貢献をしたかについては、中島剛志氏と記者のやり
とりを読むとよくわかるので、ご紹介します。
─────────────────────────────
中島:なかでも重要なのが、ワルラスです。彼は「セイの法則」
 が成り立つことを前提として、経済全体の市場の需給が均衡す
 ることを数理的に体系づけた「一般均衡理論」を確立すること
 で、新古典派経済学を主流派の地位へと押し上げた人物です。
  そして、主流派経済学は、今日もなお、ワルラスが確立した
 「一般均衡理論」から出発して、分析を精緻化させたり、拡張
 させたりしているんです。
  1980年代以降、主流派経済学の世界では、この「一般均
 衡理論」を基礎としたマクロ経済理論を構築しようとする試み
 が流行しました。経済全体を扱うマクロ経済学も、「一般均衡
 理論」で全部説明してしまおうというのです。
  この試みは、「マクロ経済学のミクロ的基礎づけ」と呼ばれ
 ています。これは、簡単に言えば、経済全体(マクロ)に生じ
 るあらゆる現象を個人(ミクロ)の合理的行動から説明すると
 いう考え方です。世の中に起こることはすべて個人の合理的選
 択の結果だという想定になります。
──本当ですか?僕自身、合理的選択ができているとは思えない
 ですが・・・。
中野:でも、そう想定しているのです。それで、この「マクロ経
 済学のミクロ的基礎づけ」の挑戦から、RBCモデル(実物的
 景気循環モデル)、さらにはDSGEモデル(動学的確率的一
 般均衡モデル)という理論モデルが開発され、1990年代以
 降のマクロ経済学界を席巻することになりました。
  DSGEモデルは、小難しい数学を駆使した理論モデルで、
 いかにも科学的な装いをしています。しかし、問題なのは、こ
 の理論モデルの基礎にあるのが「一般均衡理論」だということ
 です。
――「一般均衡理論」が、仮説にすぎない「セイの法則」を前提
 にしたものだから問題だと?
中野:そうです。ワルラスは、一般均衡理論を構築するにあたっ
 て、消費者と生産者の取引の量やタイミングはすべて正確に知
 られているという仮定を導入していました。取引における一切
 の「不確実性」がないものとしたんです。別の言い方をすれば
 市場の一般均衡が実現するのは、デフォルトという事態が起き
 得ない世界においてなのだということです。
――だとすれば、あまりに仮想的な話ですね・・・。
                  https://bit.ly/3xhqVid
─────────────────────────────
 要するに、ワルラスの一般均衡理論は、少し難しくいうと、変
動する現実をある一時点でせき止め、与件を固定化し、そこにお
いて競争を徹底的に行うと、社会全体がこれ以上変化しない均衡
状態に至るとした理論です。
 しかし、そのような市場は実際に存在するでしょうか。
 実際のビジネス上の取引は、同時的に行われる物々交換とは大
きく異なります。製造業であれば、製品を製造する時点と製品を
売る時点が異なる時点間で行われます。製造するための機械の搬
入や原材料の調達、社員の雇用も必要です。すなわち、ビジネス
は、それぞれ異なった時点間で行われるのが通例です。そこには
時間というものが存在しているのです。
 そういう状況において、モノやサービスを受け取る人や企業に
は、必然的に「負債」が発生しますが、将来は何が起きるかわか
らないので、「負債」には常にデフォルトの可能性があります。
この不確実性を克服しなければ、経済活動が活発化することはな
いのです。そこに貨幣が必要になってくるのです。
 一般均衡理論は前提として、売買において不確実性がなく、デ
フォルトの可能性がないのであれば、「信頼の欠如」という問題
を克服する必要もなくなります。そうであるとすると、貨幣とい
うものは不必要になるわけです。つまり、ワルラスの一般均衡理
論では貨幣というものは存在しないのです。
 これに対して、ジョン・メイナード・ケインズは、ワルラスの
一般均衡理論で想定されている経済が現実の市場と大きく乖離し
ていることを強く批判し、ワルラス流の価格決定モデルは非現実
的であると強く批判したのです。
              ──[新しい資本主義/067]

≪画像および関連情報≫
 ●量的緩和の理論的根拠としての「ワルラス法則」
  武田真彦氏
  ───────────────────────────
   量的・質的金融緩和(QQE)の下で大胆な量的緩和が実
  行されたにもかかわらず、マネーサプライに目立った影響が
  及ばなかったことを第4回に示した。これはリフレ派の想定
  する「マネタリーベース→マネーサプライ→物価・景気」と
  いう重要な政策波及経路が、ワークしなかったことを意味し
  ている。
   この経路はその第1段階(マネタリーベース→マネーサプ
  ライ)で頓挫しているので、第2段階(マネーサプライ→景
  気・物価)を論じる意味は乏しいかもしれない。しかし、リ
  フレ派の主張を評価するためには、彼らが第2段階について
  何を言っていたかも検討する必要がある。そこで今回は、リ
  フレ派が量的緩和の根拠としてきた「ワルラス法則」につい
  て説明する。
   リフレ派は「ワルラス法則」に言及しつつ、「日銀がより
  多くの貨幣を供給して貨幣の超過需要を解消すれば不況や失
  業を解消できる」と主張してきた。事の発端は、2010年
  2月16日、衆院予算委で山本幸三議員(自民)がした質問
  と、白川方明総裁(当時)による答弁である。ここにその要
  点を再現しよう。
  山本:「今、GDP(国内総生産)ギャップが35兆円ぐら
   いあるといわれていますね。物の世界で35兆円の超過供
   給の状況だ。そうするとお金の世界ではどうなるんだと。
   ワルラスの法則というのがありますね、ワルラスの一般均
   衡。これは、あなたはご存じでしょうけれども、どういう
  ことになるか分かりますね」   https://bit.ly/3E3Fg38
  ───────────────────────────
レオン・ワルラス.jpg
レオン・ワルラス
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2022年04月15日

●「現実に立脚した経済学は存在する」(第5712号)

 昨日のEJで取り上げたワルラスの一般均衡理論──これが新
古典派経済学を主流派の地位に押し上げた理論ということですが
必要以上に難解です。これを単行本で読むと、数式がズラリと出
てきてさっぱりわかりません。経済学部の大学生は、これには閉
口しているようです。
 要するに、ワルラスの一般均衡理論は「市場取引では需要と供
給の一致点で価格と取引量が決定される」という、当たり前のこ
いっているだけですが、ワルラスはそれを数学的に厳密な分析を
行って、均衡が存在する前提条件や均衡が決定されるまでのプロ
セスを説明しています。
 中野剛志氏にいわせると、この理論は、小難しい数学を駆使し
た理論モデルであり、数学によっていかにも「科学的な装い」を
しているだけのように見えるといっています。その点、MMTで
は数学なんか出てきませんが、非常によく現実を理解できます。
経済学はそうあるべきです。
 しかし、現実をちゃんと説明できる経済学もあります。それが
ケインズ経済学です。このケインズ経済学についての中島剛志氏
と記者の対話をご紹介します。
─────────────────────────────
──中野さんは、主流派経済学が「非現実的」な前提をもとに構
 築されている問題点を指摘されました。特に、「不確実性」を
 排除した理論体系であることが問題である、と。
中野:しかし、現実に立脚した経済学はちゃんとあるんです。た
 とえば、ケインズ経済学です。ジョン・メイナード・ケインズ
 は、ケンブリッジ大学で数学を修め、分析哲学者でもあり、ま
 た、インド省や大蔵省で役人として勤務したほか、投資家とし
 ての一面ももつ多面的な人物です。そして、彼は自らの経験や
 実社会の観察を通して、1980年代の世界恐慌に有効な手立
 てを打つことのできない主流派経済学の根本的な問題を見抜い
 たうえで、信用貨幣論をベースにした現実的な経済理論を構築
 しました。古典的な経済学を否定する理論的革新であり、「ケ
 インズ革命」と呼ばれるものです。
――20世紀において、ケインズは最も重要な人物のひとりとさ
 れていますね?
中野:ええ。まさに天才だと思います。そのケインズ理論の根底
 にある概念が「不確実性」です。彼は、人々が、将来に向かっ
 て経済活動を行うなかで、本質的に予測不可能な「不確実性」
 に直面しているという現実を出発点に、市場不均衡、有効需要
 の不足、失業、デフレは、構造的に不可避の現象であることを
 論証しました。「自由放任で市場が均衡する」という主流派経
 済学の主張を否定したんです。
  そのうえで、雇用を生み出すためには、自由市場に委ねるの
 ではなく、政府の公共投資(財政政策)によって有効需要の不
 足を解消しなければならないと主張しました。つまり、世の中
 の「不確実性」を低減するためには、国家(政府)が適切に市
 場に関与する必要があると論じたわけです。
                  https://bit.ly/3uBnzEN
─────────────────────────────
 ジョン・メイナード・ケインズは、貨幣論には力を入れており
1923年には『貨幣改革論』、1930年には『貨幣論』を発
表しています。そしてそれらを踏まえて、1936年には『雇用
・利子および貨幣の一般理論』を発表。これは、ケインズの代表
作であり、以後、ケインズ経済学と称されるようになり、経済学
の主流になったのです。
 ケインズは、古典派経済学の矛盾点を修正して伝えています。
「セイの法則」に関しては、この法則が働かない局面を想定し、
その局面での有効な経済政策を提示しています。これについて、
経済評論家の植草一秀氏は自著で、次のように述べています。
─────────────────────────────
 仕事をしたいという人がいれば、その人がなんらかの仕事につ
けるように賃金が変動する。時給1000円であれば人を雇おう
と思わない企業が、時給が800円であれば人を雇うかもしれな
い。この場合は、労働力の価格、すなわち賃金が下落することに
より、仕事を欲する労働者に仕事が行き渡るわけである。
 これに対し、たとえば、賃金などがそれほど自由に変動しない
局面では、働きたいと思う人が手を挙げても、誰も雇う企業が現
れない状態が長期北してしまうことがあるのだと、ケインズは考
えるわけだ。
 この場合には、供給量は需要の水準によって制約を受ける。つ
まり、供給能力をフルに生かすためには、政府が人為的に需要を
追加してやることによって、その遊休化してしまった供給力を生
かせると考えるのである。いわゆる裁量的な政府支出の追加=有
効需要の追加によって、失業問題を解消するという処方箋が生ま
れてくる。            ──植草一秀著/青志社刊
  『機能不全に陥った対米隷属経済からの脱却/日本の再生』
─────────────────────────────
 市場にまかせておけば、見えざる神の手によって、自然に供給
と需要は一致するというのではなく、供給能力をフルに生かすた
めに、政府が人為的に需要を追加する措置をとることによって、
「セイの法則」は成立するというのです。きわめて現実的な考え
方であるといえます。
 しかし、このようなケインズ経済学に基づく裁量的な政策には
問題点もあったのです。政府が財政支出を拡大すれば、経済が浮
上しますが、その副作用として、財政赤字を拡大させてしまう側
面を持つからです。
 その結果、1970年代を通じて、各国で激しいインフレをも
たらしています。そのため、このケインズ経済学による経済政策
には見直しの機運が強まっていったのです。日本もこの経済政策
で失敗した国のひとつであるといえます。
              ──[新しい資本主義/068]

≪画像および関連情報≫
 ●生き返ったケインズ理論/今さら聞けない経済学
  ───────────────────────────
   経済学の門を叩いた人は、洋の東西を問わず等しくケイン
  ズの理論を学びます。なぜなら、誰しもが学ぶ「マクロ経済
  理論」の生みの親がケインズだからです。ケインズを知らず
  して経済学を語ることなかれ、ともいわれ、世界中がケイン
  ズの理論を用いて経済政策を立案してきました。
   しかし1970年代の中頃、経済理論家の中の「マネタリ
  ズム」と呼ばれる理論を推し進めたグループは、「世界はも
  はやケインズ理論を必要としないし、ケインズの理論はむし
  ろ古くて間違ってさえいる」「ケインズ理論は死んだ」とい
  う意見を唱えるようになりました。ところが20世紀末から
  21世紀に入って世界経済が危機的状態に突入したことで、
  再びケインズ理論は生き返ったとも言われています。今回は
  こうしたケインズ理論の変遷を考えてみましょう。
   ケインズが世界経済の再生を主張し、さっそうと現れたの
  は30年代の初めで、世界経済が「大不況の嵐」に直面して
  いる時でした。この大恐慌から世界経済を立て直すためにケ
  インズは、経済の再生・拡大には、まず、「物がどんどん売
  れる」ということが何よりも重要であると強調したのです。
  つまり、人びとの旺盛な購買力があってこそ、その国の生産
  力は増強され、より生産規模は拡大するものだということ。
  旺盛な購買力とは、その国で作りだされる物とサービスを人
  びとがどんどん買うことを意味し、それを経済学では、「需
  要」と呼びます。        https://bit.ly/3E7GZo9
  ───────────────────────────
ケインズ.jpg
ケインズ
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2022年04月18日

●「ケインズ経済学の逆をやった日本」(第5713号)

 国の経済を活性化させるには、「供給」を高めるべきか、「需
要」を高めるべきかによって経済学が違ってきます。「セイの法
則」は、「供給」を高めれば、それに見合う「需要」は自然に生
み出されるというのですから、供給重視派、サプライサイド経済
学ということになります。新古典派経済学の基本的な考え方は供
給重視の経済学です。
 これに対して、ケインズ経済学は、国の経済力を高めるには、
「需要」の増大が必要であるという考え方に立ちます。需要の増
大には、人々の購買力を高める必要があります。問題は、購買力
を高めるには、どうすべきかです。そのために、政府は仕事を作
り出して、人々に与えなさいというのが、ケインズ経済学の考え
方です。具体的には、政府の公共投資(財政政策)によって仕事
を作り出せというわけです。
 しかし、政府の公共投資によって景気が上昇すれば、今度は政
府支出を減らして、経済にブレーキをかけることが必要です。イ
ンフレを抑制すること、すなわち、バブルを防止するためです。
 ところが、日本は、これと真逆のことをやって、バブルが発生
し、その後の政府の対応がまずかったために、デフレに突入して
しまったのです。日本政府は、デフレ期においても、3回も消費
税増税を行うなど、真逆のことを行い、現在もデフレから脱却で
きないでいます。
 この間の事情については、中島剛志氏と記者の問答がわかりや
すいので、読んでください。
─────────────────────────────
中野:ケインズ経済学は、簡単に言うと、景気がよいときには政
 府支出を減らすことでインフレを抑制(バブルを防止)し、景
 気が悪いときには、政府支出を増やすことでデフレを回避する
 というものです。ところが、この30年間、日本はケインズ経
 済学と正反対のことをやり続けてきたんです。
  1980年代後半から90年まではバブルでした。景気がい
 いから民間はどんどん借金をして、土地や株式に投資しまくっ
 た。そして、バブルが崩壊して、1998年からデフレが始ま
 ると、民間負債はどんどん減っていったわけです。
――バブル期に過剰に信用創造がされ、デフレになって信用創造
 が行われなくなったということですね?
中野:そういうことです。では、この間、政府は何をやっていた
 か?ケインズ経済学では、景気がよいときには公共投資を減ら
 すとされているのに、1985年から政府は金利を低めに維持
 し、かつ公共投資をがんがん増やしたのです。だから、バブル
 になったのです。なぜ、こんなことをやったのか?アメリカの
 要求なんです。アメリカの対日貿易赤字が膨らんでいたので、
 日本の内需を拡大して、アメリカ製品の輸入を増やすように要
 求したのです。その政治的圧力に屈する形で低金利を維持し、
 かつ公共投資を増やしたために、バブルを引き起こしてしまっ
 たわけです。
――そうだったんですね・・・。
中野:ええ。そして、1991年にバブルが崩壊して、今度はデ
 フレの危機になった。それに対応して、当初、政府は公共投資
 を増やしたことで、デフレ化するのを食い止めていたんですが
 1996年に橋本内閣が成立して以降、財政再建を優先するた
 めに、公共投資を減らしたうえに、消費税増税をやってしまっ
 た。その結果、1998年からデフレに突入したわけです。だ
 から、ケインズ経済学に意味がなかったのではなく、その逆で
 日本はケインズ経済学とは正反対のことをやったから失敗した
 んです。それも2度も。こんなことをやれば、どんな国だって
 「20年」くらい簡単に失われますよ。
                  https://bit.ly/3jIOnwx
─────────────────────────────
 ここで考えてみることがあります。日本のバブルはなぜ発生し
なぜ崩壊したのかということです。ハイマン・ミンスキーという
米国シカゴ出身の経済学者がいます。この人は、金融不安定説を
唱えた経済学者ですが、この主張は、「市場メカニズムが経済を
安定化させる」という主流派経済学に反逆するものでしたから、
生前のミンスキーは、経済学界で異端視され、経済学者としては
認められていませんでした。
 そのため、ミンスキーの著作はさっぱり売れず、絶版になって
しまったのですが、2007年〜2008年の金融危機が起きる
と、突然注目され、広く受け入れられるようになったのです。な
ぜなら、ミンスキーの理論が金融危機がなぜ起きたのかについて
最も妥当な説明を提供しているからです。
 なぜなら、既に述べているように、リーマンショックについて
は、経済学者は誰も予測ができなかったからです。
 そのミンスキーの著作は次の通りです。日本語版は、1989
年に多賀出版から『金融不安定性の経済学』のタイトルで出版さ
れています。
─────────────────────────────
           ハイマン・ミンスキー著
       『不安定な経済を安定化させる』
       Stabilizing an Unstable Economy
─────────────────────────────
 この本に書かれていることは、資本主義という経済システムは
本質的に不安定であり、必ずバブルとその崩壊を引き起こすとい
うものです。この本について、前FRB議長で、現米財務長官の
ジャネット・イエレン氏や、イングランド銀行のマーヴィン・キ
ング氏を含む上級中央銀行家たちは、ミンスキーの洞察を引用し
始めています。
 ノーベル賞を受賞したエコノミストのポール・クルーグマン氏
は、この金融危機で注目を集めた講演のタイトルを「皆がミンス
キーを読み直した夜」としています。
              ──[新しい資本主義/069]

≪画像および関連情報≫
 ●復活したケインズの不確実性
  ───────────────────────────
   9395円──本紙恒例の年初特集で経営者に聞いた20
  11年の日経平均株価予想の安値平均である。回答者20人
  の中で9000円を割ると予想したのは2人、最安値予想で
  も8500円だった。対ドル円相場の高値予想は平均で82
  〜83円。80円を突破する円高を予想した経営者は一人も
  いなかった。
   予想が外れたことを責めるつもりはない。本来、未来は不
  確実だからだ。しかも、その不確実性は保険でカバーできる
  ようなリスクではない。予想が外れたら保険にまで破綻が飛
  び火するようなリスクかもしれないからだ。
   経済史家のスキデルスキーによれば、こうした計算できな
  いリスクに多くの市場参加者は直面していると考えたのがケ
  インズである。これに対し新古典派の経済学者は、市場参加
  者が将来の変化や動きの確率分布に関して完全な知識を持ち
  計測可能なリスクだけに直面するとみていたという。
   どちらの見方が的を射ていたかは3年前の金融危機を想起
  すれば明らかだ。その意味で危機後に復活したケインズとは
  実体経済が落ち込んだときに財政政策の有効性を唱えたケイ
  ンズよりも、むしろ将来の価格や利益を予想して投資が行わ
  れる資本主義経済では常に不確実性が伴うことを洞察したケ
  インズだった。     https://s.nikkei.com/3rqsHtA
  ───────────────────────────
ハイマン・ミンスキー.jpg
ハイマン・ミンスキー
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2022年04月19日

●「ミンスキー安定性は不安定化する」(第5714号)

 ハイマン・ミンスキーの話を続けます。彼の説は、極めてシン
プルそのものです。それは、英単語3つであらわされています。
─────────────────────────────
            安定性は不安定化する
        Stability is destabilising.
─────────────────────────────
 主流派経済学では「市場は基本的に安定している」という考え
方に立っています。安定といっても何も変わらないという意味で
はありませんが、経済は着実に成長している状態であるという意
味です。市場で経済危機などを引き起こすには、石油価格の上昇
や戦争の勃発、インターネットの発明など、何らかの外部ショッ
クが発生する必要があるという考え方です。
 しかし、ミンスキーはこれには絶対に同意しなかっのです。ミ
ンスキーは、そのような外部ショックではなく、経済のシステム
自体が内部のダイナミクスを通じてショックを引き起こす可能性
を内包していると考えたのです。なぜかというと、経済が安定し
ていると、銀行、企業、その他の経済主体は、どうしても楽観的
になるものであり、彼らは好況が今後も続くと想定し、利益を追
求するためには、これまで以上に大きなリスクを冒し始めるもの
であると考えるからです。つまり、次の危機の種は好況のときに
蒔かれると考えたのです。これがミンスキーの「安定性は不安定
化する」という意味です。
 ミンスキーは、「債務には次の3つの段階がある」と考えてい
ます。これがわかると、「安定性は不安定化する」ということが
一層わかりやすくなります。
─────────────────────────────
           @ ヘッジ段階
           A 投機的段階
           Bポンツィ段階
─────────────────────────────
 第1は「ヘッジ段階」です。
 「ヘッジ段階」では、銀行と借り手は危機の発生のことも考え
て、慎重になります。これによって、ローンは適度な金額で組ま
れ、借り手も最初の元本と利息の両方を返済する余裕がある場合
にローンは成立します。
 第2は「投機的段階」です。
 危機がなく、楽観が高まるにつれ、銀行は借り手が元利返済で
はなく、利息を支払うだけの余裕があると見られると、ローンを
組み始めます。事態を甘く考えるからです。ローンの抵当資産の
価値が上昇している場合などはこの段階になります。
 第3は「ポンツィ(ポンジー)段階」です。
 「ポンツィ」とは何でしょうか。「ポンツィ」とは、金融詐欺
師チャールズ・ポンツィから来ています。ここで銀行は、利息も
元本も支払う余裕のない企業や家計に対してでも、融資を行うよ
うになります。繰り返しになりますが、これは資産価格が今後も
上昇するという信念によって支えられています。
 これは、どうみても日本のバブルの発生と崩壊を想起させる理
論です。日本のバブルは、「投機的段階」を経て、「ポンツォ段
階」になり、崩壊しています。
 ミンスキーに関しては、後の経済学者によって造られた用語で
ある「ミンスキー・モーメント」という言葉が有名です。これは
ちょうど、トランプ(カード)で建てた家全体が倒れる瞬間を指
しています。ポンツィ金融は資産価格の上昇に支えられており、
資産価格が最終的に下落し始めると、借り手と銀行はシステムに
返済できない負債が存在することに気づき、人々は急いで資産を
売り払い、さらに大きな価格の下落を引き起こすのです。それが
「ミンスキー・モーメント」です。
 ミンスキーについて、東京大学名誉教授の吉川洋氏は、次のよ
うにコメントしています。吉川洋氏は、日本の主流派経済学を代
表する人物です。主流派経済学はリーマンショックを予測できな
かったのです。
─────────────────────────────
 ミンスキーの理論で中心的な役割を果たすのは、「負債」であ
る。負債がなくても「過剰」な、あるいは事後的に見て誤った投
資が行われることはありうる。しかし負債が存在すると、過剰な
投資の規模はより大きくなるし、借り手が破綻した場合に貸し手
にコストが発生し連鎖反応が生じる。こうした意味でミンスキー
理論が強調するとおり、過大な負債は金融危機の温床となるので
ある。それにしても「過剰」な投資、「過大」な負債はどのよう
に生まれるのか。
 彼の理論では、企業や銀行、あるいは個人も、結局のところ、
長期的な好況の下では「強気」となり、ポンジーファイナンスに
も手を出すようになる、しょせん人間とはそういうものなのだ、
という前提に立つ。
 これは「合理的期待」や「市場の効率性」を仮定する新古典派
経済学の考え方とはまったく異なる。主流派マクロ経済学の立場
からは、ミンスキーはほとんど論じるに値しないものとして無視
されてきた、といっても過言ではない。
 だが現実の経済でバブルが発生し、金融危機が起きることは、
今や誰も否定できない。さすがに経済学の世界でも、金融市場が
いつも効率的に機能するわけではない、ということを認めたうえ
で「バブル」を正面から分析しようとする試みがなされてきた。
 例えばロバート・シラー米エール大学教授は、投資家心理を従
来の経済学よりはるかに柔軟に取り入れ、金融市場の不安定性に
関する分析を行い、著書「根拠なき熱狂」はベストセラーとなっ
た。こうした分析に基づき、シラー教授は早くから米国の住宅価
格上昇の行き過ぎを警告していた。
              https://s.nikkei.com/3Oazq4w
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/070]

≪画像および関連情報≫
 ●ミンスキーモーメントとは?
  ───────────────────────────
   ミンクシーの瞬間は、金融市場の安定性について悲観的な
  見方をしていた20世紀の米国経済学者であるハイマン・ミ
  ンスキーの哲学にちなんで名付けられたフレーズです。ミン
  クシーは、投機が価格を不自然に高いレベルに引き上げ、必
  然的に壊滅的な崩壊につながるため、自由市場は根本的に不
  安定であると考えていました。
   この考えは、投機は強気市場として知られる成長の幻想の
  みを作成するという前提に基づいており、それは後に流動性
  の圧迫が発生すると持続不可能であることが証明されていま
  す。流動性の圧迫は、貸し手の間で支配的な認識の成長であ
  り、ミンスキーの瞬間に達します。そこでは、市場で利用可
  能な投資資金が不足しているという信念が、銀行による貸付
  の引き締めにつながります。
   これはさらに、経済における金利と銀行の信用要件を高め
  るためのフィードバックループメカニズムとして機能し、全
  体的な資本の流れを減らします。ミンスキーのモーメントの
  概念は、ハイマンミンスキーの経済哲学にちなんで名付けら
  れましたが、1998年に、当時のアジアの金融危機に言及
  するために使用した世界的な投資マネージャーであるポール
  マカリーによって最初に造られました。アジアの危機は、投
  機家が米ドルに結び付けられたアジア市場の通貨の価値を、
  そのような通貨の価値が最終的に急落する程度まで引き上げ
  たために発生しました。    https://bit.ly/3uHVbRJ
  ───────────────────────────
異端の経済学者ミンスキー.jpg
異端の経済学者ミンスキー
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2022年04月20日

●「資本主義は繁栄により脆弱化する」(第5715号)

 ハイマン・ミンスキーの話をしていますが、実は彼の「銀行シ
ステム論/金融不安定性論」は、MMT(現代貨幣論)に大きな
影響を与えたMMTの先行理論の1つなのです。
 MMTに影響を与えた先行理論としては、ゲオルグ・フリード
リヒ・クナップの表券主義、アルフレッド・ミッチェル=イネス
の信用貨幣論、アバ・ラーナーの機能的財政論、ウェイン・ゴド
リーの部門バランス論などに続き、ハイマン・ミンスキーの「銀
行システム論/金融不安定性論」があります。MMTは、こうし
た先行理論を統合した理論といえます。
 なお、これまでMMTといえば、ステファニー・ケルトン教授
をEJでは紹介していますが、MMTの源流といえる重要人物が
います。L・ランダル・レイ氏です。現在、ニューヨークのバー
ド大学教授兼レヴィ経済研究所上級研究員をしていますが、MM
Tのテキストというべき次の書籍を上梓しています。中島剛志氏
はこの本の解説を担当しています。
─────────────────────────────
          L・ランダル・レイ著/島倉原訳
             中島剛志/松尾匡(解説)
    『MMT現代貨幣理論入門』/東洋経済新報社
─────────────────────────────
 実は、L・ランダル・レイ氏は、ミンスキー教授のティーチン
グ・アシスタント(授業助手)を務めていたことがあるのです。
そのとき、ミンスキー教授は、レイ氏に対して、次のように小言
を言ったそうですが、レイ氏はそのときのことを次のように記述
しています。
─────────────────────────────
 私がミンスキーのティーチング・アシスタント(授業助手)を
務めていたとき、彼は私を自分のオフィスに呼び、「考え方は急
進的でも構わない。だが、服装はそうはいかない」と小言を言っ
た。タンクトップに短パン、ビーチサンダルという私のお気に入
りスタイルに彼は眉をひそめ、オフィスでは必ずワイシャツ、ス
ラックス、ネクタイを着用するように言ったのだ。何年か後に、
知ったのだが、実は彼も大学院生のときランゲ教授から全く同じ
小言をもらっていた。        https://bit.ly/3M5425z
─────────────────────────────
 ミンスキー教授の講義は実にユニークであったものの、学生に
対しては、とてもていねいに話したといいます。ミンスキー教授
の講義の様子がユーチューブで公開されています。日本語訳は付
いていませんが、雰囲気はわかります。興味があったら、覗いて
見てください。約15分の動画です。
─────────────────────────────
        ハイマン・ミンスキー教授の講義風景
     Hyman Minsky in Colombia, November 1987
              https://bit.ly/3jFkGN3
─────────────────────────────
 ミンスキーは、資本主義というシステムは、繁栄によって安定
化せず、むしろ脆弱化するといっているんです。とくに好景気の
時に金融危機の種が蒔かれるといいます。好景気になると、人々
の心は「楽観」が支配的になり、経済全体に負債の割合が高くな
ると、ほんのちょっとした資産価値の下落でも、それが引き金に
なって金融危機が勃発し、デフレ不況に転落する──これが、ミ
ンスキーのいう「金融不安定性論」です。日本のバブル発生から
崩壊、そしてデフレ不況の状況とそっくりです。
 以上のことに関連する中野剛志氏と記者の問答をご紹介するこ
とにします。この問答もそろそろ終わりです。
─────────────────────────────
――バブルとデフレとは真逆の現象ですが、本質は同じですね?
 「楽観」が支配的な時期には、どんどん融資を受けて投資する
 ことが経済合理的であり、その結果、バブルが生まれる。
  「悲観」が支配的な時期には、節約することが経済合理的で
 あり、その結果、デフレが進行する。だとすると、やはり、市
 場に任せれば需要と供給が自然と均衡することはないというこ
 とになりますね?
中野:そうそう。だからこそ、ミンスキーは、「一般均衡理論」
 を信奉する主流派経済学から「異端視」されたわけです。
――あと、ミンスキーは、「信用創造」こそがバブルとデフレの
 原因となっていると言ってるようにも聞こえます。
中野:そのとおりです。銀行が、「無」から預金通貨を生み出す
 「信用創造」のメカニズムが資本主義の発展の原動力になった
 わけですが、それは同時に、資本主義の構造的な不安定性の主
 因でもあったわけです。
  もちろん、ミンスキーは信用創造という銀行制度を否定して
 いるわけではありません。彼はこう言います。「銀行制度と金
 融は、我々の経済においてきわめて撹乱的な力となりうる。し
 かし、動態的な資本主義にとって必要となる金融とそのビジネ
 スへの対応の柔軟性は、銀行制度の過程なしには、あり得ない
 のである」と。
  つまり、彼は、資本主義の中核となる銀行制度を積極的に評
 価していたということです。だから、社会主義者のように、資
 本主義に代わる全く新しい経済システムを構築しようとは考え
 ませんでした。そうではなく、本質的に不安定な資本主義を救
 出するためには、どうすればよいかを考えたのです。
――常識的な考え方ですね?     https://bit.ly/3Ma4kID
─────────────────────────────
 やはり、日本経済再生のカギは、主流派経済学が絶対に認めな
い「信用創造」にありそうです。「信用創造」については、既に
何回も取り上げて説明していますが、MMT(現代貨幣論)の基
本の基本でもあり、明日のEJでもう一度、この問題について検
証してみたいと考えております。
              ──[新しい資本主義/071]

≪画像および関連情報≫
 ●「MMT」は誤解されている/赤字容認より重要な「完全雇
  用」とは何か=佐藤一光(岩手大准教授)
  ───────────────────────────
   現代貨幣理論(MMT)への注目が高まっている。米国で
  民主党のアレクサンドリア・オカシオコルテス下院議員が支
  持したのを皮切りに、日本でも注目を集め、賛成・反対双方
  の論者がメディアなどで持論を展開している。もっとも、M
  MTには数十年にわたる議論の膨大な研究蓄積がある。
   政治的オピニオンに流されるのではなく、学術的蓄積に敬
  意を払って注意深く読み解く必要がある。賛否のいずれにし
  ても、MMTの論理構成を正確に理解することが建設的な議
  論の第一歩となろう。本稿はMMTへの批判を念頭に置いて
  その提唱者のひとりであるランダル・レイの考え方について
  解説する。
   レイの政策的主張は、失業率をゼロにすることが中心であ
  る。レイによれば、政府の財政赤字の水準を高めることで完
  全雇用を実現できるという。この考え方は経済学者のアバ・
  ラーナーの機能的財政(functional finance)という考え方
  に基づいている。機能的財政の考え方によれば、失業が存在
  しているということは財政赤字が少ない、すなわち租税負担
  が重過ぎるか、政府の支出水準が低過ぎることを意味してい
  る。この考え方はケインジアンの考え方に似ている。ケイン
  ジアンは不況の時に失業が増加するのは有効需要が不足する
  からであると考える。したがって、不況期には公共事業など
  の政府支出を増加させるか、減税を行うことによって失業を
  減らすことができるという。  https://bit.ly/38SqdOd
  ───────────────────────────
L・ランダル・レイ氏とその著作 - コピー.jpg
L・ランダル・レイ氏とその著作 - コピー
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2022年04月21日

●「信用創造によってGDPが増える」(第5716号)

 内閣府が公表したGDPの2次速報値によると、日本の実質成
長率は1・6%。しかし、米国は5・7%と37年ぶりの高成長
を記録しています。IMF(国際通貨基金)によると、昨年の先
進国の平均成長率は5・0%。日本は1%台。日本は突出して低
すぎます。
 それでいて、家計の金融資産と企業の現預金は史上最高水準を
記録し続けています。なぜか貯蓄にはとても熱心なのです。成長
していないのに、政府は何かを大きく間違えています。
 そもそも企業は、不確実な未来に対してリスクをとって積極的
に投資し、個人は生活を豊かにするために消費をする──これが
経済を成長させるのですが、日本の現状は、ぜんぜんそうなって
いないのです。最大のマイナス要因は、給与がぜんぜん上がって
いないことです。
 しかし、日本のGDPは、現在のところ、米国、中国に続き世
界第3位です。世界第4位のドイツは、日本に迫ってきています
が、まだ差があります。しかし、日本のGDPは20年以上成長
していない。「失われた30年」といわれはじめています。
 ちなみに、2012年からの10年間の日本の名目GDPの数
字を並べてみると、次のようになります。
─────────────────────────────
    ◎日本の名目GDP推移
     2012年 ・・・・・ 500.4兆円
     2013年 ・・・・・ 508.7兆円
     2014年 ・・・・・ 518.8兆円
     2015年 ・・・・・ 538.0兆円
     2016年 ・・・・・ 544.3兆円
     2017年 ・・・・・ 553.0兆円
     2018年 ・・・・・ 556.1兆円
     2019年 ・・・・・ 559.8兆円
     2020年 ・・・・・ 538.6兆円
     2021年 ・・・・・ 553.4兆円
                  https://bit.ly/3KNX98r
─────────────────────────────
 日本の名目GDPの推移を見ると、少しずつ伸びているように
見えます。ところが、20年前の2001年の名目GDPは53
1・6兆円であるし、さらに5年前の1996年のそれは535
・6兆円であって、現在の名目GDPが、25年前の名目GDP
とあまり変わっていないのです。明らかに、日本経済は伸びてい
るといえない状況にあります。
 安倍政権では、名目GDP600兆円の達成を目指したのです
が、デフレ期に2回にわたる消費税増税によって、それを潰して
います。経済政策が何たるかがわかっていないのです。
 経済の問題を考えるとき、常識的に正しいと思っていることが
間違っていることがよくあります。前財務大臣の麻生太郎氏は、
よく記者団に次のようにいっていたものです。
─────────────────────────────
 政府の財政を黒字化する目標(プライマリーバランス『PB』
黒字化目標)を堅持する。そうしないと日本国債が投げ売られる
からね。               ──麻生太郎前財務相
─────────────────────────────
 これは間違っています。なぜなら、国の経済というものを家計
に例えているからです。経済をコントロールする本家本元の財務
省自体がわかっていないのです。彼らに任せていると、日本は先
進国の座から滑り落ち──もう滑り落ちていますが、世界第3位
の経済大国からもいずれ脱落するでしょう。このところ、鈴木現
財務相も認める「悪い円安」がどんどん進行し、日本はますます
貧しくなっています。
 まず、「信用貨幣論」について知る必要があります。ある個人
が、自分の家のリフォームをしようとして、銀行に500万円の
融資を申し込んだとします。銀行は、その人が融資金を返済でき
るかどうかを審査して融資するかどうか、利子をどのくらいにす
るかを決定します。
 融資が決まったとします。銀行はその人の銀行口座にキーボー
ドを操作して「500万円」と印字します。これをキーストロー
クマネーといいます。それと引き換えにその人は500万円の借
用書を銀行に渡します。これで融資成立です。銀行は、いざとい
うときの現金通貨の引き出しと融資後の銀行間決済に備えて、法
律で決まっている一定額を日本銀行の当座預金に預け入れます。
これで銀行の融資業務は終わりです。
 このさい、大事なことは、その人の銀行口座に500万円と書
き込んだ瞬間に、日本の貨幣が500万円増えるのです。キース
トロークマネーによる信用創造です。銀行が保有している500
万円をその人に融資したのではなく、新しく500万円が生み出
されるのです。これを信用創造(money creation)といいます。
 断っておきますが、これはMMTではなく、銀行では常識的に
行われていることです。銀行は、預金者から預かったお金、すな
わち、預金を又貸ししたのではなく、融資金を500万円と印字
した瞬間に、何もないところから、借り手の信用をベースにして
500万円を創造させたのです。
 リフォームの資金を手に入れたその人は、資金を全額使い、そ
れらは工務店や大工さん、家財メーカーなどの所得になり、その
500万円は日本のGDPに計上されます。つまり、日本のGD
Pが500万円増えたことになります。このように、銀行から資
金の融資を受ける人が多ければ多いほど、GDPは増加すること
になるのです。
 しかし、これは借金ですから、その人は、銀行に返済する義務
があります。そして、返済がすべて行われると、キーストローク
マネーの500万円は消滅します。これによって、日本のマネー
ストック(市中に流通するお金)から500万円が消失します。
              ──[新しい資本主義/072]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の中と現実の経済学――7分で読める「信用創造論」
  ───────────────────────────
   「銀行預金は、企業や家計の資金需要を受けて銀行などが
  貸出しなどの与信行動、信用を与える行動、すなわち信用創
  造を行うことにより増加することになるということで、この
  点も委員ご指摘の通りであります」(平成31年4月4日参
  議院決算委員会における黒田東彦日本銀行総裁の答弁より)
  「預金という元手がなくても、貸出をすれば、それと同額の
  預金が生まれる」。これは金融の実務に携わる人にとっては
  自然な話ですが、この説明に対してはしばしば拒否反応がみ
  られます(なお、信用創造についてのこのような説明はしば
  しば「万年筆マネー」と呼ばれます)。その理由のひとつは
  この説明が「無から有が生まれる」という印象を与えるもの
  になっていて、このような説明をする人が錬金術師のように
  見えてしまうというところにあるようです。もうひとつの理
  由は、「お金」という公的な性格を有するものを、民間の銀
  行が勝手に創り出せてしまうということに対する違和感にあ
  るようです。
   中学や高校の教科書に出てくる信用創造のモデルには本源
  的預金(現金)という「元手」がきちんとあります。これに
  対し、「貸出をすると預金が生まれる」という説明では、現
  金という確固たる元手がないまま、実体のないお金が勝手に
  増殖していくように見えるので、この説明を怪しいと感じる
  のは致し方ないことなのかもしれません。
                  https://bit.ly/3jNT1JG
  ───────────────────────────
麻生前財務相.jpg
麻生前財務相
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2022年04月22日

●「インフレ率2%達成されない理由」(第5717号)

 いわゆる「お金」のことを「通貨、貨幣、現金、マネー」と呼
称していますが、それぞれの意味は混乱しています。「通貨の単
位及び貨幣の発行等に関する法律」では、「通貨とは、貨幣及び
日本銀行が発行する銀行券を言う」としています。
 ここで「貨幣」とは、政府貨幣(硬貨)のことであり、日本銀
行の発行する銀行券とは紙幣(お札)を意味し、両方合わせて、
いわゆる「現金通貨」ということになります。
 しかし、日本銀行の定義によると、「預金」も通貨の一種とし
ています。なぜかというと、現代経済では、支払いの大部分が銀
行預金を用いて行われているからです。まして、現代はデジタル
社会であり、カードやスマホでの支払いが増加し、現金通貨を使
う人は急激に減りつつあります。
 預金には、M1、M2、M3の種類があって、全体のほぼ80
%を占めています。市中に流通する通貨量の残高のことを「マネ
ーストック」といいますが、そのなかで、「通貨の単位及び貨幣
の発行等に関する法律」でいうところの現金通貨はわずか20%
に過ぎないのです。
 さて、どうしたら、景気を良くし、経済を活性化することがで
きるでしょうか。
 はっきりしていることがあります。それはマネーストックを増
やせばよいのてです。つまり、市中に流通する通貨の量を増やせ
ばよいのです。もっと具体的にいうと、マネーストックの約80
%を占める銀行預金を増やすのです。
 といっても、何らかの方法で預金者を増やすということではあ
りません。それは銀行の営業の仕事です。信用創造のメカニズム
を使って、マネーストックを増やすのです。つまり、信用創造で
銀行預金を劇的に増加させることです。
 角谷快彦氏という学者がいます。現在、広島大学大学院社会学
研究科准教授です。その角谷准教授からの設問です。
─────────────────────────────
【問題】
 安倍政権で「黒田バズーカ」と言われた大規模な量的緩和(日
銀が市中銀行の持つ国債を大量に買い取ってのマネタリー・ベー
ス増加)に関する質問です。黒田日銀総裁は「インフレ率2%」
を目標に、2013年3月から、マネタリー・ベースをおよそ、
380兆円増やしましたが、その間、日本の実質の物価はほとん
ど何も変化しませんでした。これは要するに、市中銀行が持って
いる大量の国債を、日銀が現金化し、市中銀行の日銀当座預金を
380兆円程度も積み上げたということです。この政策が物価に
ほとんど何も影響しなかった理由について考えてみてください。
─────────────────────────────
 この問題中の「マネタリーベース」とは、市中に流通している
現金通貨(預金を含む)、すなわち、マネーストックに、各金融
機関が日銀に設けている日銀当座預金の合計額のことです。
 さて、インフレ率を上げるには、マネーストックを増やす必要
があります。そのためには、銀行に大量の資金を提供しなければ
ならないと日銀は考えるわけです。そのため、黒田総裁は、大規
模な量的緩和を行い、銀行の保有する国債を買い取って、その代
金を金融機関の日銀当座預金に積み上げたのです。それが380
兆円です。しかし、2022年4月現在でも2%のインフレ目標
は達成されていません。なぜ、でしょうか。
 日銀としては、マネタリーベースを増やせば、銀行はそれを引
き出し、企業や個人の融資に回せると考えたのです。セイの法則
ではありませんが、供給を増やせば、それに見合う需要が増える
はずと考えたのでしょうか。
 しかし、日銀が提供した膨大な資金は、一向に引き出されるこ
となく、日銀当座預金に「ブタ積み」にされたままです。肝心の
企業や個人に資金需要がないからです。それは、デフレが原因だ
からです。
 こういう場合、どうすればよいのでしょうか。
 企業や個人に資金需要がない場合、その分政府がお金を使って
何かをやる必要があります。金融政策ではなく、大規模な財政政
策をやる必要があるのです。具体的には、政府が借金をして、公
共投資を増やし、信用創造によって、マネーストックを増やすの
です。そうすれば、インフレ率の2%は達成できます。しかし、
これは、信用貨幣論に立った考え方です。ただ、過度のインフレ
にならないよう留意する必要があります。
 ところが、主流派経済学が立脚する商品貨幣論に立つと、ただ
でさえ政府の借金が膨大なのに、そのうえまだ借金をするなんて
考えられない。そんなことをすれば日本は財政が破綻するという
武藤財務事務次官のような考え方になってしまいます。そのため
には、政府の借金を少しでも減らすために、消費税をさらに増税
して、プライマリーバランス(PB)を黒字化する必要があると
いう、一見正しく思える政策が推進されるのです。なぜ、正しく
見えるかというと、国の財政を家計と同一視しているからです。
だから、20年以上デフレから脱却できないのです。
 「信用創造」の仕組みを1分40秒で説いた珍しい動画がある
ので、ご紹介することにします。広島大学大学院の角谷快彦准教
授のサイトに出ていたものです。残念ながら、英語ですが、何と
か理解できます。
─────────────────────────────
  ◎Where does money come from?/お金はどこから来るか
                 https://bit.ly/3ry0eSB
─────────────────────────────
 角谷快彦氏によると、フローニンゲン大学の Dirk Bezemer 教
授の説明に加え、後半でIMFエコノミスト Michael Kumhof 氏
氏が「銀行の又貸し説は完全に間違っている」とした上で「銀行
は何もないところからお金を生み出す」と証言しています。手品
ではありません。これが信用貨幣論の考え方です。
              ──[新しい資本主義/073]

≪画像および関連情報≫
 ●日本景気はコロナ以前から重症ですよね
  ───────────────────────────
   お金を作り出しているのは日銀だけではない。民間銀行も
  お金を作り出している。ここを理解するのに邪魔になる概念
  が存在し、それを作り出しているのは貴方自身なのです。
   ここで貴方がお金を借りると想定します。貴方は20万円
  が必要になり、知人に借金を申し込みます。知人は子供時代
  からの親友でAさんとBさんです。
   Aさんは預金が5万円。
   Bさんは預金が200万円。
   当然ですが貸してくれるのはBさんです。理由は現金(預
  金)を20万円以上持っていなければ貸すことができないか
  らです。しかしこの発想が「管理通貨制度」「信用創造」を
  理解する障害になるのです。個人レベル(価値観や常識)で
  考えてはいけません。何故ならお金は物ではないからです。
   2022年現在、現金で商品を購入する人は昭和の時代と
  比較すると減少しています。クレジット・カードを利用する
  人が増えているからで、現金を持ち歩かなくても買い物がで
  きます(100円ショップでも利用できる)。
   昭和の時代は現金が主流でしたので、「お金=物」と感じ
  ていたと思います。今でも現金主義の人は存在しますが・・
  財布にお金が無くても買い物ができる。この現実を受け止め
  ることは可能だと思います。何故ならお金は物ではなくデジ
  タル・データーだからです。では、貴方が優良企業の社長だ
  と仮定します。貴方の会社は新規ビジネスを起こすことにな
  り、取引銀行に20億円の融資を持ち掛け承諾されました。
  しかし取引銀行の金庫には1億円しか存在しません。取引銀
  行はどのように貴方の会社の口座に20億円を振り込むので
  しょうか?          https://amba.to/3JTFIC5
  ───────────────────────────
「信用創造」の解説動画.jpg
「信用創造」の解説動画
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2022年04月25日

●「岸田内閣ではデフレの脱却は無理」(第5718号)

 コロナ禍、ウクライナ情勢、急速な円安などが原因で、物価が
急激に上昇しています。これらに対する緊急対策の財源として、
当然補正予算を組むべきです。しかし、岸田内閣は、今年度予算
の予備費で対応すると主張し、あくまで補正予算を組むべきとす
る公明党とモメていたのですが、4月21日、自民党と公明党は
2022年度補正予算案を編成し、今国会中の成立を目指すこと
で合意しました。
 実は、一時は決裂しそうになったのですが、夏の参院選が迫っ
てくるなかで、連立を組む公明党とゴタゴタを起こすのはマイナ
スと考えて、岸田首相が公明党の山口代表と協議して、補正予算
を組むことで合意したのです。茂木自民党の幹事長の調整能力の
低さが露呈した感があります。
 はっきりしていることがあります。岸田内閣では、デフレから
の脱却は無理であるということです。最初は「所得倍増」といっ
ていたのに最近は一切口にしていません。それから看板に掲げた
「新自由主義との決別」は、新自由主義のシンボルである竹中平
蔵氏を政府の会議メンバーに入れて事実上ダメにし、「プライマ
リーバランス(PB)の黒字化は先延ばし」といっていたのに、
最近では「PBは堅持する」に変わっています。それでいて、支
持率は60%台を維持しています。
 今回、当初は、補正予算を組まず、今年度予算の予備費で対応
すると自民党が主張したのは、参院選を意識したからです。なぜ
なら、補正予算の場合は、国会で審議しなければならず、参院選
直前に予算委員会で野党にいろいろとやりこめられるリスクを避
けたかったという動機からです。今年度の予備費を使うのであれ
ば、そういう国会審議はスルーできるからです。
 しかし、肝心の補正予備案の額は、まさに妥協の産物で、緊急
対策で使った予備費の補充と、原油価格高騰対策も合わせて、2
兆7000億円程度というミミッチイ額なのです。これは、完全
に、ケタが1桁違います。2兆円ではなく、20兆円以上必要で
す。これについて高橋洋一氏は、夕刊フジの自身の22日のコラ
ムで、次のように述べています。
─────────────────────────────
 今回のロシアによるウクライナ侵攻では、エネルギー価格上昇
や原材料価格上昇が懸念されている。しかしながら、本コラムで
強調してきたように、国内には供給が需要を上回る「GDPギャ
ップ」が相当額ある。筆者は30兆円程度以上と試算しており、
約17兆円とする政府の試算は過少推計だと考える。
 GDPギャップにより、エネルギー価格や原材料価格の上昇が
最終消費価格に転嫁できないことへの対策は比較的シンプルだ。
それらの価格上昇を抑えるために、ガソリン税や個別消費税を減
税することだ。その一方で、値上がり分を価格転嫁し、その悪影
響を吸収するために、GDPギャップを解消するくらいの有効需
要を作る補正予算が必要だ。要するに、減税財源を含んだ大型補
正予算が最良の経済対策になる。       ──高橋洋一著
    2022年4月22日付、「日本の解き方」/夕刊フジ
─────────────────────────────
 高橋洋一氏は、減税財源を含めた30兆円程度の補正予算を組
むべきといっているのです。それがたったの2兆7000億円。
どうしてこんな少額なのでしょうか。ケチというか、先が見えて
いないというか、国民のことなんか考えていないというか、唖然
とせざるを得ません。
 岸田内閣は前にも指摘したとおり、岸田首相の周りを財務省出
身の補佐官や大臣がぎっちり固めており、岸田首相は彼らの意見
を聞いて、政策を進めています。それによって、何か問題が起き
ると、首相が足して2で割る政策にする。したがって、政策が中
途半端になり、効果のある政策にならないのです。今回も茂木幹
事長と山口代表の両方の顔を立てたのです。
 はっきりしていることは、この内閣では絶対に減税をやらない
ということです。このコロナ禍で、米国をはじめ主要国のほとん
どは、大規模な減税を行い、そのうえで巨額の特別給付金を繰り
返し給付しています。ところが、日本では、特別給付金の話が出
ると、特定の貧困者に絞って、わずかばかりの給付金案に矮小化
し、間違っても減税はしない方針です。貧困者も税金を払えとい
うわけです。もしかすると、矢野康治財務次官の例の論文は、必
ず出てくる消費税の特定期間減税の話を潰すため、財務省が仕組
んだ画策だったのではないかと思われます。つまり、財務大臣以
下、財務省全体が仕組んだ減税潰しです。
 それにしても、予備費を積み増す補正予算とは前代未聞です。
なぜなら、予備費を多く持っていると、与党にとっては、国会審
議をしないで、好きなことに使えるので便利だからです。しかし
予備費は国民の税金であり、自民党や公明党のポケットマネーで
はないのです。おそらく、補正予算の審議では、与党は野党に相
当厳しく追及されると思います。
 予備費とは何でしょうか。内閣は、予見し難い予算の不足に充
てるため、予備費として相当と認める金額を歳入歳出予算に計上
することができます。さらにすべての予備費の支出について、日
本国憲法第87条により、事後に国会の承諾が必要ですが、国会
の承諾が得られない場合でも、取引の安全を保つため支出は有効
になっています。ただし内閣の政治責任が問われます。過去には
1989年12月1日と2008年5月28日に参議院が予備費
を承諾しなかったことがあります。
 4月23日付、日本経済新聞は、トップ記事として、次の記事
を掲げています。
─────────────────────────────
      「予備費」使途9割追えず/12兆円
              コロナ以外流用懸念
   ──2022年4月23日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/074]

≪画像および関連情報≫
 ●トリガー条項の凍結解除が先送りされる「本当の理由」
  ───────────────────────────
   中央大学法科大学院教授で弁護士の野村修也が4月11日
  ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」に出演。燃油価格
  の高騰対策に関する検討チームがトリガー条項の凍結解除を
  先送りにする理由について解説した。
   自民、公明、国民民主の3党は4月8日、燃油価格の高騰
  対策に関する検討チームで協議を行った。ガソリン税の一部
  を減税する「トリガー条項」の凍結解除については結論を先
  送りする方向で、国民民主党は凍結解除が困難な場合、同等
  の効果が見込める対策を講じるよう求めた。
  野村)今回、国民民主党は予算に賛成しました。その理由と
   して、トリガー条項の凍結解除をするのであれば、という
   話がありました。それにも関わらず先送りになっている。
   それが、「一体なぜなのか」、ということが重要だと思い
   ます。
  飯田)予算に賛成したにも関わらず。
  野村)ガソリン価格が上がっているということは、重要な問
   題です。これからウクライナの戦況悪化が予想されるなか
   で、原油価格は上がる一方なわけです。そうすると、ガソ
   リンも含めて、さまざまなものの値上がりにつながってい
   く。「悪いインフレ」という言葉がありますけれども、原
   材料が上がることによって、経済が悪化するという問題が
   生じるわけです。       https://bit.ly/38fV6LX
  ───────────────────────────
トリガー条項解除をめぐる会談.jpg
トリガー条項解除をめぐる会談
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2022年04月26日

●「なぜ信用貨幣論を採用しないのか」(第5719号)

 2022年度の国家予算は、107兆5964億円です。この
金額は2021年度当初予算対比0・9%増で、10年連続で過
去最大を更新しています。なお、この予算のなかには、新型コロ
ナウイルスの感染再拡大に備えて、5兆円の予備費を引き続き積
んでいます。
 さて、この予算は、4月1日から執行されていますが、その金
額は、どこにあるのでしょうか。どこから調達しているのでしょ
うか。政府には、どこかに税金を貯めておく大きな金庫のような
ものがあって、そこから支出している──そのようなイメージを
描いていませんか。
 確定申告の時期ですから、巨額の税金が納められており──そ
れは前年度の税金ですが、それを使って新年度の予算を執行して
いるのでしょうか。
 それも違います。税金として納められたお金は、納められた瞬
間に消滅するのです。したがって、そのお金を使うことはあり得
ないのです。これについて、広島大学大学院教授の角谷快彦氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本で暮らす私達は日本円で税金を払いますが、日本に最初か
ら日本円があったわけではありません。最初に政府が「何もない
ところから」創出したから日本円があるのです。
 このことは、政府の予算執行にも表れていて、年度はじめの4
月1日に政府が国会の議決を経た予算を「何もないところから」
執行し、確定申告によってその年度の税収が確定する(税の払込
が終わる)のは翌年の5月頃です。ですので、そもそも政府は、
町内会のように集めた会費で成り立っているのではなく、「何も
ないところから」貨幣を生み出して供給し、その後に税金を徴収
しているのです。そして、これらは仮説や意見や学説ではなく、
単なる事実です。   ──【角谷快彦】寓話で学ぶ信用貨幣論
                  https://bit.ly/3vHvIqL
─────────────────────────────
 角谷教授の主張する「政府は、『何もないところから』貨幣を
生み出して供給し、その後に税金を徴収している」とは本当のこ
とでしょうか。
 この「何もないところから、生み出して供給」というのは事実
です。よく「政府はお札を刷って」という表現が使われますが、
実際にお札を刷るわけではなく、しかるべき手続きを行い、キー
ボードで必要な金額をタイプし、まさに「何もないところから」
お金を生み出しているのです。
 これに関連する中野剛志氏と記者の問答を次に掲載します。し
かし、これは、MMTの主張というわけではなく、事実です。
─────────────────────────────
中野:だけど、実際に予算執行の実務もそうなっているんです。
 政府が予算執行するとき、政府は、まず政府短期証券を発行し
 て、日銀に買わせて、財源を賄っています。そして、徴税は事
 後的な現象です。実際、確定申告を行うのは会計年度が終わっ
 たときですよね?つまり、実務上も、集めた税金を元手に政府
 が財政支出しているわけではないんです。
  これは、論理的に考えても当たり前のことです。なぜなら、
 政府が、国民から税を徴収するためには、国民が事前に通貨を
 保有していなければならないからです。
――あ、そうか。「ない」ものは払えないですもんね。
中野:そうですよね?では、国民は、その通貨をどこから手に入
 れたのでしょうか?
――通貨を発行する政府からですよね。
中野:そうです。ということは、政府は徴税する前に支出して、
 国民に通貨を渡していなければならない、ということになりま
 す。国民に通貨を渡す前に、徴税することは、できないからで
 す。つまり、税を財源に政府支出をするのではなく、政府支出
 が先にあって、徴税はその後だということです。これをMMT
 は「Spending First」 と表現します。「支出が先だ」という
 わけです。
――なるほど。          https://bit.ly/37BXqgG
─────────────────────────────
 中野剛志氏の言葉に「政府は、まず政府短期証券を発行して、
日銀に買わせて、財源を賄っています」というのがあります。し
かし、これは「財政ファイナンス」といい、財政法で禁じられて
います。しかし、それはあくまで表向きのことです。
 財政ファイナンスについて、井上智洋という駒澤大学経済学部
准教授が次のように述べています。井上准教授は、MMT系の学
者ではありませんが、MMTの研究者として知られています。
─────────────────────────────
 財政ファイナンスというのは、政府が貨幣発行を財源に支出を
行うことです。これは実際に行われていることで、MMTの文脈
では、中央銀行がキーストロークによって作り出したお金を、政
府が支出に充てることを意味します。ただし、実際には政府支出
の財源が租税や国債であるかのように偽装されています。支出と
同額の税金を徴収したり国債を発行したりすることによって、あ
たかも財政ファイナンスを行っていないかのような装飾が施され
ているというわけです。           ──井上智洋著
     『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社新書メチュ
─────────────────────────────
 井上智洋准教授の言葉に「中央銀行がキーストロークによって
作り出した政府支出の財源が、租税や国債であるかのように偽装
されている」という表現があります。
 なぜ、そんなことをしなければならないのでしょうか。禁止さ
れている財政ファイナンスは、堂々と行われており、慣例になっ
ているのに、なぜ国民に隠すのでしょうか。その方が政府にとっ
ては都合がよいからでしょうか。
              ──[新しい資本主義/075]

≪画像および関連情報≫
 ●教科書の経済学を絶対視する危うさ:大学共通テストの出題
  から考える
  ───────────────────────────
   教科書に載っている主流経済学は、必ずしもすべてが正し
  いとは限らない。経済学は物理学など自然科学と異なり、学
  派ごとの意見の対立が大きく、決着のついていない問題が少
  なくないからだ。
   ところが主流経済学をかじっただけの人は、それがすべて
  だと思い込み、絶対の真理であるかのように主張する。危う
  い議論だと言わざるをえない。その一例が今年1月、大学入
  学共通テストの出題で「信用創造」が話題になった際の反応
  だ。信用創造(預金創造とも呼ばれる)は、これまで伝統的
  な解説では、「銀行が貸し出しを繰り返すことによって、銀
  行全体として最初に受け入れた預金額の、何倍もの預金通貨
  (当座預金など現金に非常に近い機能を備えた預金)を作り
  出すこと」と説明されてきた。
   たとえば、最初にAさんがa銀行に100万円を預金する
  と、a銀行は1万円を支払い準備として手元に残し、99万
  円をBさんに貸し出す。Bさんがその99万円をb銀行に預
  けると、b銀行は1万円を手元に残して98万円をCさんに
  貸し出す。Cさんが98万円をc銀行に預け・・・と預金と
  貸し出しが繰り返され、預金通貨の量は「100万円+99
  万円+98万円・・・」と膨らんでいく。この伝統的な説明
  は、直感的にはわかりやすいものの、「銀行は預金を元手に
  貸し出しを行う」という誤った理解を招くとされる。
                 https://bit.ly/37EAEoh
  ───────────────────────────
角谷快彦広島大学大学院教授.jpg
角谷快彦広島大学大学院教授
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2022年04月27日

●「デフレのこわさを知らない日本人」(第5720号)

 こんな話があります。長期化するコロナ禍で日本経済がおかし
くなっています。2020年4月のことですが、新型コロナウイ
ルス対策の一環として、国民全員に一律10万円を給付する「特
別定額給付金」が決定されたときのことです。
 所得制限を設けないで国民全員に一律に現金を給付する──こ
れは、日本としては画期的な政策だったのですが、あまりにも金
額が少な過ぎたといえます。なぜなら、コロナによる政府の行動
自粛要請によって、仕事や収入を突然失う人が大勢出て、それら
の人々が当面暮らしていくには、最低でも、20万円程度は必要
だったからです。
 これについて、「少ない」と考える学者グループが立ち上がり
それを政府に伝える努力をしたのですが、どうしても叶わなかっ
たそうです。MMT(現代貨幣論)に詳しい駒澤大学経済学部の
井上智洋准教授もその一人です。政府としてはこの他に、持続化
給付金や雇用調整助成金の拡充なども合わせて行っており、これ
で何とかやれると考えていたものと思われます。
 しかし、日本以外の先進国では、消費税の減税を行ったり、給
付金を複数回給付したりしていますが、日本では給付金は1回限
りであるし、減税は完全に無視されています。それどころか、東
日本大震災のときのように、頃合いを見て、増税実施を口にする
議員もいるのですから驚きです。
 それでも安倍政権は、決まっていた「低所得層に30万円を配
る」という案を公明党の意見を受け入れて撤回し、所得制限なし
に国民全員に10万円の定額給付金を配布したのは、正しい決断
だったといえます。その「30万円の案」をプランニングしたの
は、当時の岸田政調会長、現在の岸田首相なのです。
 この日本政府の姿勢について、井上智洋准教授は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 国民の間に、追加給付を切望する声が挙がっていたにもかかわ
らず、政府が採用しなかった理由は明確だ。お金をケチるという
「緊縮」体質が政府にしみついているからだ。この非常時におい
て一見意識が変わってきているように思えるが、政府は「財政規
律を守るべきだ」という基本的なスタンスを捨て切れていないだ
ろう。財政支出の大幅な増大は避けられないが、それでもなるべ
く少なく抑えたいという思惑が見え隠れする。政府のこの緊縮路
線は、コロナ対策に十分な予算を確保しないという問題だけでな
く、コロナ収束後の増税という次なる問題を生み出すだろう。
         ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
         井上智洋駒澤大学経済学部准教授/解説より
─────────────────────────────
 上記ステファニー・ケルトン教授の著書の井上准教授の解説に
はさらに興味あるエピソードが載っています。MMTの考え方は
「自国通貨を持つ国にとって、政府支出が過剰かどうかを判断す
るバロメータは、赤字国債の残高ではなく、インフレの程度であ
る」ということになります。
 つまり、日本を悩ませている例のGDP対比240%の国債残
高というのは関係ないというわけです。日本の場合、インフレど
ころか、デフレであり、このさい財政出動を思い切って行い、一
刻も早くデフレから脱却する努力をするべきです。
 2019年7月、MMTの旗手であるステファニー・ケルトン
教授の講演が日本で行われましたが、そのさい、聴衆からインフ
レに関する質問をいくつも浴びせられて、ステファニー教授は、
次のようにいっていたそうです。
─────────────────────────────
 日本はデフレ気味なのに、みなさんインフレの心配ばかりし
 ている。        ──ステファニー・ケルトン教授
─────────────────────────────
 日本は、デフレの怖ろしさがわかっていないのです。デフレに
慣れてしまったといえます。インフレは物価が異常に高騰するな
ど、直接目に見える現象があらわれるし、お金の価値が下がるの
で、直接生活にも影響します。これに対してデフレは、物価が少
しずつ続落するほかは、その他に目に見える現象があらわれない
し、ある程度の年数を重ねてじわじわと経済力が弱まり、気が付
いたときは、現在の日本のように賃金が上がらず、経済が成長し
ない状況に陥ってしまうのです。
 第2次世界大戦後、世界中の経済政策担当者が最も恐れたのは
デフレであり、大戦後、何とかしてデフレにならないよう努力し
てきたのです。ところが、日本は1991年ごろにバブルが崩壊
し、1997年の消費増税などの緊縮財政を主因として、デフレ
に突入し、20年以上が経過した現在も、デフレから完全に脱却
できていません。このように日本は、第2次世界大戦後、世界で
初めてデフレになった国なのです。
 日本人はその言い訳として、「日本は成熟化した社会になって
いて、もはや経済成長は望めない」という人がいますが、それは
おかしな意見です。確かに新興国のように高度成長は望めないと
しても、日本以上に成熟しているはずの欧米先進国は、ちゃんと
成長しているのですから・・・。
 デフレになると、人々はモノを買わなくなるので、マーケット
が縮小します。その結果、企業の売り上げが下がり、対応を誤る
と赤字に転落し、倒産する企業が増えます。労働者は、給与が下
がり、やがて仕事そのものがなくなり、失業者が増加します。そ
の結果、現代の世代がどんどん貧困化していくことになります。
 加えて、デフレ下では、企業は投資しなくなります。マーケッ
ト自体が縮小して行くので、投資はリスクがあるからです。その
結果、将来世代も貧困化していくことになります。長い年月をか
けて、そういう現象が起きていくのです。日本は、もっと真剣に
デフレと向き合う必要があります。
              ──[新しい資本主義/076]

≪画像および関連情報≫
 ●コロナ後はインフレかデフレか/上智大学/中里透氏
  ───────────────────────────
   コロナ前の状況を振り返ると、日本だけでなく米国や欧州
  各国でも、低インフレ、低金利と低成長の併存が大きな関心
  事となっていた。金利の引き下げの余地が限られる中で経済
  がデフレに陥ると、通常の金融緩和政策によってそこから抜
  け出すことは困難になり、経済の停滞が続いてしまうおそれ
  があるからだ。
   もっとも、コロナ禍を経てこのような状況には変化が生じ
  最近ではむしろインフレの高進を懸念する声が聞かれるよう
  になった。コロナ禍によって生じた供給制約と財政金融両面
  からの大規模な対策が物価を押し上げるというのがその理由
  だ。資源価格の高騰が、それに加わる。コロナ前に経済の緩
  慢な動きをとらえて真っ先に「長期停滞論」を唱えたローレ
  ンス・サマーズ教授(ハーバード大学・元財務長官)が、最
  近ではインフレの高進に対する懸念を繰り返し表明している
  ことは、やや極端ではあるが、象徴的な出来事といえるだろ
  う。実際、米国の消費者物価指数の前年同月比は足元6・2
  %と31年ぶりの高い伸びを示しており(エネルギーと食料
  品を除いた指数でみると4・6%上昇)、インフレに対する
  懸念が一定の広がりをみせている。
   日本については原油高の影響などにより、9月の消費者物
  価指数(生鮮食品を除く総合)が1年半ぶりに前年同月比プ
  ラスに転じた。円安の進行による食品や日用品の値上がりも
  懸念される。         https://bit.ly/3OzCHuu
  ───────────────────────────
井上智洋駒澤大学経済学部准教授.jpg
井上智洋駒澤大学経済学部准教授
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2022年04月28日

●「なぜ2%目標は達成できないのか」(第5721号)

 デフレの話を続けます。そして、どうしたら、日本は、デフレ
から脱却できるかについて考えたいからです。
 デフレとインフレには、次の違いがあります。
─────────────────────────────
   ・インフレ ・・・ 継続的に物価が上昇する状態
   ・ デフレ ・・・ 継続的に物価が下落する状態
─────────────────────────────
 市中に流通する通貨の供給量を増やすとします。そうすると、
商品に対して通貨の価値が下落します。これによって、商品の価
値が上がるので、物価が上がることになります。これがインフレ
の状態です。
 これに対して、通貨の量が少ない場合は、商品に対して通貨の
価値が上がるので、商品の価値が下がります。これによって、物
価が下がることになります。これがデフレの状態です。
 安倍政権時のアベノミクスによると、インフレもデフレも貨幣
現象であるとして、「マネタリズム」の立場で、デフレ脱却を目
指したのです。
─────────────────────────────
◎マネタリズムとは何か
 ケインズ経済学に基づく裁量的経済政策に反対し、市場機構の
作用に信頼をおき、貨幣増加率の固定化を主張する政策的立場の
こと。ミルトン・フリードマンによって代表される。
─────────────────────────────
 現在、日本はデフレ下にあります。日本がデフレから脱却する
には、通貨量をもっと増やせばよいということになります。そう
すれば、通貨の価値が下がり、商品の価値が上がるので、結果と
して、物価が上がることになるからです。
 そこで日銀は、安倍政権時の2013年から、インフレ目標を
2%に定め、日銀と政府の政策協定による異次元金融緩和を始め
たのです。しかし、この金融政策は、安倍政権から菅政権、そし
て現在の岸田政権まで引き継がれてきていますが、現在でも2%
のインフレ目標は達成されてはいない状況です。
 マネタリズムでは、日銀は民間銀行から国債などを買い入れて
その代金を銀行が日銀に設けている「日銀当座預金」に積み上げ
ます。これを「マネタリーベース」といいます。そうすれば、銀
行は必要に応じて、当座預金から資金を引き出して、融資のかた
ちで、市中に流すことができます。つまり、資金需要が旺盛であ
れば、市中に循環する資金量は増加します。この市中に循環する
通貨量のことを「マネーストック」といいます。
─────────────────────────────
   ◎マネタリーベース ・・・ 日銀当座預金の金額
   ◎マネー・ストック ・・・ 市中に循環する通貨
─────────────────────────────
 日銀は、国債残高を毎年80兆円ずつ増加させ、結果として、
約450兆円もの巨額な資金を日銀当座預金に積み上げたのです
が、それでも2%のインフレ目標が達成できなかったのです。な
ぜ、達成できなかったのでしょうか。
 問題の核心はここです。マネタリズムが正しければ、約450
兆円もの巨額の金額を当座預金に積み上げたのですから、それに
よって市中に通貨供給ができるはずです。条件は整っています。
しかし、そのとき日本は深刻なデフレ下にあり、日銀の思うよう
にならなかったのです。
 確かに、日銀がやれることは資金を当座預金に積み上げるまで
であって、それらの資金が市中に通貨として供給されるには、銀
行が資金を引き出して、企業や個人などに幅広く融資する必要が
あります。しかし、その肝心の資金需要がなく、資金は空しく当
座預金に積み上げられるのみ。これを「ブタ積み」といいます。
 しかし、日銀の黒田東彦総裁ほどの金融のプロが、それをなぜ
予測できなかったのでしょうか。これは、私の推測ですが、黒田
総裁は「信用乗数は一定である」と信じていたのではないかと思
います。信用乗数とは次のことを意味しています。
─────────────────────────────
◎信用乗数とは何か
 中央銀行が市場に供給する資金量(マネタリーベース)と経済
全体の通貨供給量(マネーストック)との比率。「貨幣乗数」と
も呼ばれる。「マネーストック=信用乗数×マネタリーベース」
で表すことができる。信用乗数が低下すると、マネーストックも
低下することになる。
─────────────────────────────
 わかりやすくいうと、マネタリーベースは中央銀行が当座預金
に積み上げた資金量のことであり、これに対してマネーストック
は、銀行が当座預金から資金を引き出し、融資などのかたちで市
中に流した通貨量のことです。この割合がプラスで一定であれば
中央銀行がマネタリーベースを増やせば、その一定割合は市中に
流れ、マネーストックは増加するはずです。主流派経済学では、
そう考えられているのです。
 これに対して、MMT(現代貨幣論)の考え方では、信用乗数
は一定ではなく、そもそも信用乗数は、後から計算されるもので
あって、最初から決まっているものではないとします。井上智洋
駒澤大学准教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 マネタリーベースを減少させることでマネーストックを減少さ
せられても、マネタリーベースを増大させることで、マネースト
ックを増大させることは必ずしもできなくて、その際に信用乗数
が低下してしまうことがあります。これはよく「ひもで引っ張れ
ても、ひもで押せない」というたとえで説明されています。
                      ──井上智洋著
     『MMT/現代貨幣論とは何か』/講談社新書メチュ
─────────────────────────────
              ──[新しい資本主義/077]

≪画像および関連情報≫
 ●鵜呑みにできない!現代日本のリフレ派経済学
  /経済学者・青木泰樹氏
  ───────────────────────────
   それではなぜ支配的な経済学の貨幣の定義には、預金通貨
  が含まれていないのでしょう。先に示した国民経済の簡略イ
  メージを思い出してください。個人や企業(実体経済)の保
  有する預金とは、「預け入れ」という名称がついております
  が、実際は銀行への「貸し付け」のことです。
   すなわち実体経済の預金(資産)は、銀行にとっての同額
  の負債であり、民間経済内で合計すると、純額としてゼロに
  なってしまうのです。その場合、民間ムラで資産(購買力)
  として残るのは現金だけとなります。
   このように経済学の基本的な考え方は、単純に「政府」と
  「民間」を対峙させるだけで、各部門の内部(2軒の家の存
  在)にまで洞察を加えないために、どうしても現実経済を考
  える場合に齟齬が出てしまうのです。
   しかし、経済学の貨幣の定義と現実のそれが異なっていよ
  うと、両者を関連づける概念があります。それが、マネース
  トック(M)とベースマネー(H)の比率として定義される
  「貨幣乗数(M/H)」です。この貨幣乗数の値が一定の値
  として安定しているならば、「貨幣とは現金のことだ」とす
  る経済学の定義を現実に適用しても問題はなくなります。そ
  の場合、ベースマネーとマネーストックの間に一定の比例関
  係が常に維持されます(貨幣乗数の定義式を因果式と解釈す
  れば)。            https://bit.ly/3Lis2Cp
  ───────────────────────────
黒田東彦日銀総裁.jpg
黒田東彦日銀総裁
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする