2022年02月01日

●「需給ギャップ埋まらない経済対策」(第5662号)

 2021年11月10日のことです。ニッポン放送「飯田浩司
OK! Cozy up!」に、数量政策学者の高橋洋一氏が出演し、内閣府
が発表した需給ギャップについて話しているので、その部分を取
り上げます。
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飯田:需給ギャップは、内閣府の推計だと「22兆円」と書いて
 ありますけれど。
高橋:あれは蹴上げが入っているのです。いちばん上のところを
 少し低めに見積もっているのですよ。内閣府の推計だと、失業
 が多いところを見ているわけです。簡単に言うと、前は550
 兆くらいあったけれど、「いまはそれより30兆くらい低いで
 しょう」という言い方の方が簡単なわけです。
飯田:要するに、100%の実力を出したら稼げるGDPの額を
 低く見積もれば、その差は縮まると。
高橋:それは需給ギャップが小さく見えますよ。だから逆に言う
 と、需給ギャップが埋まっていても、物価が上がらないという
 状況になるわけです。
飯田:その推計値通りに需給ギャップが埋まっても。
高橋:だから実績値が、内閣府の推計値を上回れば普通、物価が
 上がるはずなのに、上がらないのです。
飯田:なるほど。
高橋:すぐに「これは想定しているところが低過ぎる」とわかり
 ますよ。私はそれを補正して計算しました。そうすると35兆
 円くらいになるのです。
飯田:なるほど。確かにコロナ前の景気がいいときは、550兆
 くらい日本は稼げていたと。
                  https://bit.ly/3IFnPaa
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 高橋洋一氏の言葉には若干解説が必要です。「蹴上げ」とは何
でしょうか。
 「蹴上げ」とは、階段の一段の高さのことです。建築基準法で
は住宅の階段(共同住宅の共用の階段を除く)の蹴上げは23セ
ンチ以下と決められている。足が乗る平らな部分を「踏み面」、
階段の垂直になった部分を「蹴込み」といいます。何をいいたい
のかというと、内閣府の推計は、下限となる失業率を高めに見て
いるので、潜在GDPが低めに出ます。失業率が高いところを基
準にすると、総労働力が低くなるので、供給力は低くなり、潜在
GDPは低くなります。
 この対談でも高橋氏はいっていますが、高橋氏の計算によると
日本の需給ギャップは年換算で約35兆円です。2021年第三
四半期(7〜9月)は、第二四半期よりも拡大しており、年換算
で45兆円ぐらいになると高橋氏はいっています。
 そうであるとすると、22兆円程度の新規国債発行ではぜんぜ
ん足りないのです。需給ギャップは必ず全部埋めるというのが大
原則です。いずれにしても、岸田政権の経済政策は、あまりにも
「ショボい」の一言に尽きると高橋氏はいっています。要するに
経済というものがよくわかっていないというのです。
 岸田政権にはもうひとつ大きな懸念があります。それは、必ず
増税を仕掛けるといわれていることです。内閣発足時に「聞く耳
を持っている」という首相に対し、ネットにおいて、次のような
失礼な質問をした人がいます。
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 岸田さんは「『財務省のイヌ』、『財務省のポチ』といわれ
 ているそうですが・・・」
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 非常に失礼きわまる質問であり、普通であれば無視するでしょ
うが、岸田首相は次のようにていねいに答えています。
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 先日の配信でお答えしましたが、正直言って、なんでだろうか
なと(苦笑)私は自民党政調会長時代、去年の前半だけで100
兆円を超える経済対策を実施し、財務省の反対を押しきって10
兆円の予備費も確保しました。今後も新型コロナ対策や成長戦略
実現のために、大胆な財政出動を続けてまいります。
                       ──岸田文雄
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 しかし、岸田政権は、参院選を乗り切ったら、増税を考えてい
るといわれます。岸田首相は、既に布石を打っています。自民党
総裁選で勝利し、第1次岸田内閣が発足した2021年10月4
日の翌日、岸田総裁は、自民党の税制調査会長に宮沢洋一氏を決
めています。宮沢洋一氏は、自らの従兄弟で、宮沢喜一元首相を
伯父に持つ人物で、広島県選挙区を守っています。この人はゴリ
ゴリの財務畑の出身です。
 この宮沢税制調査会長は、昨年の11月19日に時事通信のイ
ンタビューにおいて、既に増税をブチ上げています。
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 自民党の宮沢洋一税制調査会長は、11月19日、党本部で時
事通信などのインタビューに応じた。2022年度改正に関し、
企業による持続的な賃上げを促すための税制の実現に改めて意欲
を示した。また、将来的な課題として、高齢化で膨らむ社会保障
支出を賄うための消費税増税について、「かなり有力な選択肢と
して議論されることは間違いない」との見方を明らかにした。
                  https://bit.ly/3KYMJTZ
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 「失われた30年」といわれる日本の長期デフレは、財務省に
大きな責任があります。EJではそのことを何回も検証していま
す。しかし、彼らは何も反省していません。安倍前首相は、消費
税を10%までに上げたとき、あと10年は消費税率はいじらな
いといっています。ところが、あれからまだ2年しかたっていな
いのに、増税を口にしています。彼の頭のなかは、きっと増税し
かないのでしょう。    ──[新しい資本主義/第019]

≪画像および関連情報≫
 ●首相と税調会長のはざま
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   1997年、橋本龍太郎首相が行財政改革を進めていると
  きのことだ。橋本政権で進める改革にアドバイスをもらうた
  め、官僚が竹下登元首相を訪ねると「中曽根財政、竹下税制
  という言葉があったんだ」とにこやかに語ったという。
   竹下氏は大平正芳政権、その後の中曽根康弘政権で蔵相を
  務めている。この時、話を聞いた元官僚は「中曽根政権の蔵
  相時代を含め「あの頃の税財政はすべて自分が仕切った」と
  いう自負を感じた」と振り返る。
   「竹下税制」と誇ったのは89年に首相として消費税を導
  入したからだ。竹下氏はよく「79年に財政再建の国会決議
  をして10年かけて89年の消費税に持っていった」と口に
  した。79年には大平首相が導入を目指した一般消費税が頓
  挫。すると与野党で「財政再建は一般消費税(仮称)によら
  ず、まず行政改革、歳出合理化などを推進」と決議した。当
  時蔵相だった竹下氏が幅広い与野党人脈を生かし、決議に持
  ち込んだ。
   決議は当初「消費税を導入させないため」とみられたが、
  その後の中曽根政権は行革と歳出改革を実施した。竹下氏が
  「中曽根財政」も高く評価したのは、79年決議で設定した
  ハードルを、竹下氏が蔵相を務めた中曽根政権でクリアして
  消費税を導入したからだ。https://s.nikkei.com/32ILW8B
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宮沢洋一税制調査会長.jpg
宮沢洋一税制調査会長
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2022年02月02日

●「減税だけは絶対にしない岸田政権」(第5663号)

 2022年1月31日付の日本経済新聞の一面に次の記事が出
ています。
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 ◎ガソリン税の一時軽減/経産相「否定しない」
  萩生田光一経済産業相は、30日のフジテレビの番組で、ガ
 ソリン税を一時的に引き下げる「トリガー条項」の凍結解除に
 ついて「否定しない」と述べた。
         ──2022年1月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ガソリンのトリガー条項については、1月28日のEJで取り
上げていますが、萩生田経産相の発言を聞くと、その解除に前向
きの姿勢であることがわかります。しかし、岸田政権は、減税だ
けは、何があってもやらない政権です。そのため、トリガー条項
の解除については、岸田首相自身が「買い控えや税収への影響な
どがあるため適当ではない」として、凍結解除に否定的な姿勢を
示しており、明らかにこの政権が財務省支配政権であることを示
しています。ちなみに31日の国会でも、岸田首相は「トリガー
条項は使わない」と明言しています。
 しかし、萩生田経産相は、岸田首相とはかなり意見が違うよう
です。なぜなら、萩生田経産相は、トリガー条項について次のよ
うに述べ、使わなかった理由を釈明しているからです。
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 トリガー条項は就任当初から視野に入れて検討してきたが、年
末には対応できないと判断し、補助金をつくった。トリガー条項
という制度がある以上は使うことを常に考えなければならない。
                     ──萩生田経産相
         ──2022年1月31日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 安倍前政権のときは、経済産業省が官邸を仕切っていましたが
岸田政権では財務省が官邸を仕切っています。財務省はトリガー
条項の凍結を解除するのは税収が減るので絶対反対の姿勢ですが
経産省は違うぞと安倍派の大臣である萩生田経産相は、アナウン
スしているように感じます。
 財務省の高官はもちろんのこと、財務省の息のかかった政治家
にとって、増税に尽力したことは勲章になるので、やりたくて仕
方がないといいます。とくに同じ増税でも、消費税の増税を一番
やりたいと思っています。
 なぜ、消費税の増税が勲章ものかというと、徴税コストが他の
税金に比べて安いことと、国民全員にかけることができるので、
徴収額が馬鹿にならないことです。それに消費税では「相互牽制
性」が働くので、誤魔化すのが難しいのです。
 「相互牽制性」とは何でしょうか。
 商品を売る方が消費税を誤魔化そうと考えたとします。しかし
仕入れる方は、消費税は控除の対象になるので、消費税分を明確
にします。逆も同じです。一方がキチっと消費税を払っていれば
もう一方も支払わざるを得ないのです。そうしないと、商取引が
うまくできなくなります。これが相互牽制性です。このように、
税務当局が介入しなくても、相互牽制で消費税は確実に徴収でき
るのです。したがって、財務省にとって消費税は、とてもよい税
制なのです。
 我々がうっかり忘れてしまっていることがあります。それは、
2019年10月の消費税増税です。消費税率8%が10%に引
き上げられていることです。消費税を引き上げると、確実に景気
は悪くなります。確かに、2019年10〜12月のGDPは、
対前期比で7・1%減(年率換算)だったのです。この時点でコ
ロナはあまり話題になっていなかったはずです。
 2020年1〜3月期のGDPは2・2%減(年率換算)の2
期連続のマイナス成長になり、コロナ禍とのダブルパンチとなっ
てしまいました。通常消費増税をした後の四半期の景気は確実に
下がりますが、その後の四半期では少し持ち直すものです。
 しかし、それにコロナの影響が重なり、景気はさらに後退して
しまったのです。それから2年以上にわたってコロナ禍の影響を
受けて、景気はさらにひどいことになっています。忘れていると
いうことは、景気が悪いのは、コロナ禍のせいばかりではなく、
日本の場合は、短い期間の間に、5%から8%、8%から10%
へと消費税率が引き上げられた後に、コロナに襲われたというこ
とをです。すべてがコロナのせいではないのです。
 米国の大統領は、日本と違い、よく大規模減税を行いますが、
その財源のひとつとして、富裕層の増税を行っています。そのよ
うな当たり前のことが日本ではできていません。逆に消費税を上
げたときは、その分、法人税を減税しています。日本国民はなぜ
怒らないのでしょうか。やることが真逆です。きちんと徴収すべ
きところから、税が徴収されず、取りやすいところからを取ろう
とします。財務省が仕事をしていないのです。
 岸田氏は、総裁選で分配の強化として、「金融所得課税」をや
ることを口にしていましたが、投資家と富裕層の強い反発があり
株価が下がると、あっという間に引っ込めてしまいました。要す
るに自分の発言に覚悟がないのです。今の自民党は、財界などの
富裕層との結びつきが強く、彼らのマイナスになる政策は実施し
にくいのです。
 ちなみに、金融所得課税とは、株式の配当金や譲渡益といった
金融所得にかかる税のことですが、一律20%になっている税率
を岸田首相は引き上げることを発言したのです。
 今は深刻なコロナ禍で、消費増税をいえるような環境ではあり
ませんが、経済状態が少し落ち着くと、財務省は必ず消費増税を
迫ってくると思います。そのとき、彼らが必ず口にするのは「こ
のままでは日本の財政は破綻する」という国民に対する脅しを仕
掛けてきます。そう、現矢野財務事務次官の論文です。この論文
についてはいずれ取り上げます。
             ──[新しい資本主義/第020]

≪画像および関連情報≫
 ●「金持ち優遇」の金融所得課税 岸田首相はなぜ切り込め
  ないのか
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   成長と分配の好循環を目指す岸田文雄首相が自民党総裁選
  時から主張していた「金融所得課税強化」。政府与党が12
  月10日に取りまとめた2022年度税制改正大綱では、金
  融所得課税強化について「検討が必要」とされ、いったんは
  見送られた格好だ。市場では、金融所得課税が強化されると
  これまでの「貯蓄から投資へ」の流れに水を差されることに
  なるのではないか、と批判的な声も多いが、経済アナリスト
  の森永卓郎氏は、「いまの日本の金融所得課税は不公平税制
  の象徴」と指摘する。どういうことなのか。森永氏が解説す
  る。岸田首相が掲げる「成長と分配」の重要な柱だった金融
  所得課税強化が、あっけなく見送られた。2023年度の改
  正以降の検討対象として位置付けられたものの、市場関係者
  や経済界の反発も強く、このまま立ち消えになる可能性もあ
  るだろう。
   金融所得課税とは、株式の配当金や譲渡益などの金融所得
  にかかる税のこと。現在、給与などに対する所得税は、収入
  が多いほど税負担が重くなる「累進課税」が適用され、税率
  は最大45%。一方で、金融所得への課税は一律15%(所
  得税のみ)となっており、金融所得が多い人ほど税負担が軽
  くなる。本来、所得が増えれば税負担が上がって当然なのだ
  が、金融所得に適用されている分離課税および定率課税のお
  かげで、金融所得が多い人はどんなに稼いでも税率が変わら
  ない不公平がまかり通っているのだ。
                  https://bit.ly/3ukKdl9
  ───────────────────────────
改めて「トリガー条項」使わないの発言.jpg
改めて「トリガー条項」使わないの発言
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2022年02月03日

●「財務省官僚が脇を固める岸田政権」(第5664号)

 かつて安倍政権において、「1億総活躍」が目玉政策として取
り上げられたことがあります。なぜ、1億総活躍かというと、そ
のときの目標が、老若男女の誰もが頑張って、GDP600兆円
の達成を成し遂げようとしたのです。
 アベノミクスのはじめの刺激によって、そのときは、国全体が
活気づくのではないかと期待は多少はあったのですが、現実はそ
んなに甘いものではなかったのです。現在はっきりしていること
は、600兆円への道のりは遠く、世界に占める日本のGDPへ
のシェアは、30年前の18%から現在は6%になっています。
忘れられた30年、30年デフレが深く影を落としています。
 そして、豊かさの指標とされる1人当たりGDPにいたっては
世界24位まで後退し、アジアでもシンガポールや香港の後塵を
排しています。今のところ日本は韓国よりも上位にいますが、韓
国の成長率を考えると、このままではいずれ韓国にも抜かれてし
まうことは必至です。日本は何をしているのでしょうか。岸田政
権はそれを達成できる政権なのでしょうか。
 30年もデフレが続く国──そんな国は他にあるでしょうか。
ここまでくると、日本の経済戦略は、明らかに間違えていると思
わざるをえません。日本は、何よりも優先して経済を成長させる
必要がありますが、それをやれるのは政権党である自民党であり
自民党に重大な責任があります。
 岸田首相は当初所得倍増政策を口にして、すぐ引っ込めていま
すが、その達成はけっして不可能ではありません。それを達成す
るためには、計算上次のことを実現する必要があります。インフ
レ率を4%にして、名目成長率が5%になると、14年間で所得
倍増は実現します。もし、名目成長率が7%になれば、10年で
所得倍増は実現します。これでやっとEUや米国に追いつけるレ
ベルです。ところが日本は、それと真逆のことをしています。他
の国にはできるのに、なぜ、日本ではできないのでしょうか。
 複数の要因があると思いますが、日本が経済成長できないこと
に責任があるのは、財務省とその考え方です。簡単にまとめて書
くと、次のようになります。
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 日本の財政は健全ではない。したがって、何よりも優先して
 財政再建を急ぐべきである。     ──財務省の考え方
─────────────────────────────
 安倍元政権は、経済の面ではよく頑張ったと方だと思います。
アベノミクスの方向は間違っていなかったのですが、その前政権
(民主党政権)と自民党が結託し、法律化されていた消費税の増
税計画を変更せず、無謀にも、2回にわたり、消費税の税率を5
〜10%に倍増させた責任があります。これによって、アベノミ
クスによるデフレ脱却はできないで終わっています。
 岸田現政権は、財務省の包囲網に囲まれています。岸田首相の
派閥である宏池会が財務省と深い関係があるからですが、岸田首
相を支える大臣や補佐官などに財務省出身者がズラリです。添付
ファイルに写真を付けておきます。
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        寺田 稔内閣総理大臣補佐官
        村井英樹内閣総理大臣補佐官
          木原誠二内閣官房副長官
           後藤茂之厚生労働大臣
         小林鷹之経済安全保障大臣
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 高橋洋一氏の著書に面白い話が出ています。財務省の力の源泉
は、下部機関の国税庁を有していることです。財務省のキャリア
は、40歳前半で国税庁に出向します。その出向先の役職は、東
京国税局調査査察部長です。このポストを務めた後、官邸勤務に
なるのです。
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 官邸勤務になって官房長官などの秘書官になります。その秘書
官になった時の最初の挨拶が、「前職は東京国税局調査査察部長
です」から始まります。この挨拶を聞くと、官房長官や副長官の
政治家は、「おおっ」とものすごく驚きます。
 そして、続いて、「東京国税局調査査察部長でしたので、部長
として、今回の査察部の人事は私がやりました。何かありました
ら、何なりと私に申し付けてください」と挨拶するのです。
 これを言われると、政治家がみなビックリします。東京国税局
の調査査察部長をやった人間が、自分の秘書官か、ということと
同時に、その政治家を査察できる能力と人脈を持っているという
ことを宣言されたからです。         ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 自分の前職が東京国税局調査査察部長であることを伝えるだけ
でなく、そこの人事は私がやったので、どのようなことでもやろ
うと思えばできますよと政治家に暗に伝えることによって、一種
のプレッシャーをかけているのです。こんなことができるのは、
財務省が国税庁という実行部隊を傘下に持っているからこそであ
り、財務省は国税庁を手放すことはないのです。
 政治の側からいうと、財務省から国税庁を切り離して、歳入庁
として内閣府に移管したいのです。実際にそういう案は何回も野
党から出ています。
 しかし、財務省は、絶対にこれを拒否し、あらゆる手段を駆使
して、この案を主張する政治家をスポイルしようとします。政治
家というものは、何らかの秘密を持っているものであり、彼らに
対しては絶対に抵抗不能です。
 まして国を統治した経験のない野党の議員に増税についていう
ことをきかせるくらい朝飯前のことであるといえます。だから、
旧民主党が政権をとったとき、財務省のいいなりになってしまっ
たのです。        ──[新しい資本主義/第021]

≪画像および関連情報≫
 ●「歳入庁」という誰も反対しない構想が実現しない理由
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   世の中には、その建前に対しては有効な反論が全くないの
  に、実現しないものがある。世界のレベルでは、例えば「世
  界平和」だ。世界が平和になることに対して、誰も表立って
  反対しない。これは昔からそうなのだが、実現していない。
  世界のどこかで深刻な戦争・紛争があるし、将来の戦争・紛
  争の種になりそうな対立関係が常に存在する。
   率直に言って、世界平和が実現しないのは、直接的には戦
  争・紛争を自分にとって有効な手段として使いたい為政者が
  存在するからだし、間接的だがより本質的には戦争・紛争・
  対立関係がある方が好都合な勢力が存在するからだろう。
   日本のレベルに目を転じると、「歳入庁」がこれによく似
  ている。税金に加えて、年金、健康保険、雇用保険などの社
  会保険料の徴収、ついでに付け加えるならNHKの受信料な
  ども、「公の制度として集めることが必要なお金」なのだか
  ら、一括して強制的に集めて、それぞれの財源として配分す
  るなら、効率がいいし、何よりも徴収漏れに伴う不公平が起
  きにくい。これを実現する仕組みとして、海外に例があるこ
  ともあって、期待されている有力なアイデアが、「公の共通
  集金人」とも言うべき歳入庁だ。 https://bit.ly/3LdUgyC
  ───────────────────────────
岸田首相の脇を固める財務官僚.jpg
岸田首相の脇を固める財務官僚
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2022年02月04日

●「首相が緊急事態宣言を避けたい訳」(第5665号)

 東京都の新型コロナ病床使用率が、都が「緊急事態宣言」の発
出の要請を検討するとしていた50%を超えています。これに対
して岸田首相は、社会経済活動を維持するためにも「宣言の発出
は検討していない」という否定的考え方です。これには、岸田首
相なりの思惑があると考えます。
 この件に関して、2月1日放送 「飯田浩司のOK! Cozy up!」
が取り上げているので、ご紹介します。この番組は、忙しい現代
人の朝に最適な情報を送るニュース情報番組で、多彩なコメンテ
ーターと朝から熱いディスカッションが行われるので、ときどき
チェックしています。この日は、経済アナリストのジョセフ・ク
ラフト氏がコメンテーターとして出演していました。
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飯田:重症者用の病床使用率は5・1%ということですが、全体
 としてどうご覧になりますか?
クラフト:昨日(1月31日)、政権幹部と話しましたが、政府
 はやるつもりはないと思います。
飯田:やるつもりはない。
クラフト:緊急事態宣言というのは、経済を犠牲にしてでも命を
 守るために行うものです。今回は、飯田さんがおっしゃったよ
 うに重症者用の病床使用率はまだ5%程度です。まん延防止等
 重点措置が始まったばかりですから、その効果を見極めるとい
 うこともあるでしょう。
飯田:効果を。
クラフト:予想通り、沖縄で感染者が減って来ています。おそら
 く今週がピークで、東京や大阪でも減って来るのではないかと
 いう予想もできます。それらを見極めてから考えるということ
 だと思います。ウィズコロナということも考えて、経済を回し
 ながらやって行くのではないでしょうか。緊急事態宣言は発令
 されないと思います。
飯田:都知事などは緊急事態宣言の発令基準を明確化して欲しい
 と、ある意味でジャブを投げていますけれども。
クラフト:岸田総理も言っていましたが、要請は構わないのです
 けれども、まん延防止等重点措置は自治体が決めて、緊急事態
 宣言は政府が決めるということです。基準を決めるのもいいで
 すが、デルタ株とオミクロン株では感染力などが全然違う。同
 じ基準では計れません。その都度変えて、臨機応変に対応して
 行かなければなりません。今回は感染力がデルタ株の3倍だと
 言われていますが、重症化リスクは3分の1とも考えられてい
 ます。そのような状況で、果たして経済を止めてまで、緊急事
 態宣言が必要でしょうか。     https://bit.ly/3GgegN7
─────────────────────────────
 岸田首相は、政府として今の時点で緊急事態宣言を発出するつ
もりがないことを繰り返し強く発言しています。しかし、オミク
ロン株による感染は拡大の一途をたどっており、大都市における
病床は、日に日にひっ迫しつつあります。これを放置しておいて
いいのでしょうか。
 実は、これにはウラの事情があります。緊急事態宣言が発出さ
れると、首相自身も自由に動けなくなることです。現在、自民党
はいくつもの問題を抱えています。不穏な動きをしている派閥も
あるし、キーマンとはコンタクトを図る必要もあります。公明党
との参院選での選挙協力についてもギクシャクしており、早急に
手を打つ必要があります。
 そのため、岸田首相としては、根回しとして、多くの人と会い
会食をする機会が増えているのです。しかし、これは、かなりリ
スクのある行動です。もし、岸田首相自身が感染しなくても、濃
厚接触者になる可能性は十分あります。もしそんなことがあると
衆議院で始まっている予算案の審議にも重大な影響を与えること
になります。
 岸田首相は、年明け早々、自民党副総裁の麻生太郎氏と、選対
委員長の遠藤利明氏に、帝国ホテルの鉄板焼き店「嘉門」で三者
会談を行っています。麻生氏は麻生派会長、遠藤氏は谷垣グルー
プの代表世話人の一人です。岸田氏が率いる岸田派を含め、宏池
会を源流にした「大宏池会構想」の実現には、欠かせない顔ぶれ
であるといえます。
 そして、1月7日は、東京大手町の読売新聞本社のビューラウ
ンジで、同読売新聞本社主筆の渡邊恒雄氏と会食しています。安
倍元首相、菅前首相に続いて岸田首相も「ナベツネ詣で」をやっ
ています。本来あってはならないことであるのに、日本のメディ
アは一切批判しないでスルーしています。
 そして、1月11日、午後6時47分、東京・丸の内パレスホ
テル内の日本料理店「和田倉」で、安倍元首相と1時間20分に
わたって2人だけで会食をしています。この会談をセットしたの
は、萩生田光一経産相ですが、本人は当日、インドネシア訪問の
予定が入ったので、この会合には参加していません。
 1月14日、岸田首相は、高市早苗政調会長、古屋圭司政調会
長代行、木原稔政調副会長の3人と、オークラ東京内の日本料理
店「山里」で会食をしています。安倍元首相に最も近いメンバー
であり、政策を実現するには、十分な根回しをしておく必要があ
ります。
 このように、今年に入ってから、1月17日の通常国会召集前
に、コロナ対策の間隙を縫って、岸田首相は、これだけの人間に
会っていますが、読売の渡邊恒雄氏を含めて、驚くべきほど安倍
偏重のメンバーばかりです。何としても通常国会召集前に、会っ
て会っておかなければならなかったものと思われます。それほど
現在の自民党は、安倍支配が広がっているのです。
 これに加えて、岸田首相にとって頭が痛いのは、幹事長に抜擢
した茂木敏充氏と公明党との折り合いが悪いことです。そのため
これまで参院選で定着していた「相互推薦」が風前の灯火になっ
ています。この件も岸田首相が公明党と話し合う必要が出てくる
と思います。       ──[新しい資本主義/第022]

≪画像および関連情報≫
 ●岸田首相、東京への緊急事態宣言は「現時点で検討していな
  い」答弁で「総合判断」連発
  ───────────────────────────
   岸田文雄首相は1月31日の衆院予算委員会の質疑で新型
  コロナウイルスの感染拡大対応し、東京都から緊急事態宣言
  発令の要請があった場合について「現時点では検討していな
  い」と否定的な認識を示した。この日、東京都は新規感染者
  数は1万1751人が確認された。25日から1週間連続で
  1日あたり1万人超となり、病床使用率は49・2%で、都
  が緊急事態宣言の要請を検討する基準とした50%が目前に
  迫っている。
   現在、34都道府県からの要請を受けて、まん延防止等重
  点措置が適用されているが、コロナ対応の病床使用率が上昇
  し、一般医療との両立が困難となっている地域が急増してい
  る。立憲民主党の江田憲司氏から緊急事態宣言の発令につい
  て「自治体から要請があれば認めるのか」と問われた首相は
  「まん延防止等重点措置の効果も見極めて、総合的に判断す
  る。少なくとも現時点では緊急事態宣言の発出は政府として
  は検討していない」と明言した。首相は江田氏から重ねて宣
  言発令の可能性を問われたが「政府として総合判断する」な
  どと「総合判断」を連発し、最後まで答弁を変えなかった。
   東京都の小池百合子都知事は30日、緊急事態宣言発令の
  要請について「繁華街の夜の滞留人口は抑制されている。病
  床は重症、中等症など中身もあり、総合的に検討する」と慎
  重な構えを示していた。     https://bit.ly/3IXVjAH
  ───────────────────────────
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緊急事態宣言発令は現時点では考えていない/岸田首相
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2022年02月07日

●「矢野次官の論文がもたらす大波紋」(第5666号)

 岸田政権が発足して3カ月が経過して、この政権についていろ
いろなことがわかってきています。政権発足当初は、さしたる実
績を上げたとは思えないのに、これまで支持率がジリジリと上昇
していました。
 それは、過去の政権とどこが違うかというと、反発があると見
るや、自説をあっさりと引っ込めて善後策を検討して見せる融通
無碍の手法が成功しているように見えます。そして、何よりもわ
かってきたのは、岸田文雄氏という政治家が、どこにでもいる調
整型の普通の政治家の1人であるということです。
 しかし、オミクロン株による感染が猛威を振るう「第6波」に
なってから、ワクチンの3回目接種の致命的な遅れが、誰の目に
も明らかになったことで、はじめて支持率を下げています。岸田
政権が発足したとき、感染が下火になっていたので、河野大臣の
ときに比べて、ワクチンチームの人数削減、チームの部屋の場所
の移動、ワクチン交渉の権限を厚労省がすべて握ることによって
情報を出さなくなるなど、接種は都道府県任せになり、それが3
回目接種の遅れにつながっていると考えられます。
 もうひとつ岸田政権で気になることは、財務省寄りの政権であ
ることが鮮明になっていることです。それを象徴しているのが、
政権発足と同時に『文藝春秋』2020年11月号に掲載された
現職の矢野康治財務事務次官による岸田政権の政策批判ともとれ
る次の論文の扱いです。
─────────────────────────────
                        矢野康治著
 「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」
           ──『文藝春秋』/2020年11月号
─────────────────────────────
 この論文は、日本の財政が危機に瀕しているのに、いわゆる各
党がこぞって掲げる”バラマキ”政策を批判したものですが、そ
れは、財務省が支える自民党の政策も歯に衣を着せず、批判した
ことになります。この矢野論文は次のように書かれています。そ
れは、日本の財政破綻を予告する内容です。
─────────────────────────────
 私は一介の役人に過ぎません。しかし、財政をあずかり国庫の
管理を任された立場にいます。このバラマキ・リスクがどんどん
高まっている状況を前にして、「これは本当に危険だ」と憂いを
禁じ得ません。すでに国の長期債務は973兆円、地方の債務を
併せると、1166兆円に上ります。GDPの2・2倍であり、
先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている。それなのに、さら
に財政赤字を膨らませる話ばかりが飛び交っているのです。
 あえて今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向
かって突進しているようなものです。氷山(債務)はすでに巨大
なのに、この山をさらに大きくしながら、航海を続けているので
す。タイタニック号は衝突直前まで氷山の存在に気づきませんで
したが、日本は債務の山の存在にはずいぶん前から気づいていま
す。ただ、霧に包まれているせいで、いつ目の前に現れるかがわ
からない。そのため衝突を回避しようとする緊張感が緩んでいる
のです。             https://bit.ly/34BQ2Qm
─────────────────────────────
 この論文は大きな反響を巻き起こしたのです。こともあろうに
国の財政を担当する財務事務次官の地位にある者が、こういう内
容の論文を誰でも買える一般の雑誌に発表することが前代未聞で
あるからです。
 この矢野論文については、多くの識者から意見が出されていま
すが、それらを要約すると、次の3つになります。
─────────────────────────────
 第1の問題は、矢野次官が自ら言うように「財政をあずかり国
庫の管理を任された立場」という重要な立場にいながらそういう
立場にはあるまじき行為に及んだことにある。
 第2の問題は、矢野次官のように責任ある立場の人間がこのよ
うな論文を公表することは、格付け会社が、日本国債の格付けを
下げるリスクをわざわざ犯すことにつながる。
 第3の問題は、矢野次官が「このままでは、日本は財政破綻す
る」と乾坤一擲のメッセージを発したのに、長期金利は高騰せず
超低金利のまま、反応しなかったことである。
─────────────────────────────
 朝日新聞系の言論サイト「論座」は、矢野論文について、キー
パーソンに意見を求めて特集しているので、その一部を以下にご
紹介することにします。
─────────────────────────────
◎鈴木俊一財務相
 財政健全化に向けた一般的な政策論を述べたもの。手続き面も
問題ない。政府の考えに反するようなものでもない。財政健全化
はとても大切なものと思っている。
◎高市早苗・自民党政調会長
 大変失礼な言い方だ。基礎的な財政収支にこだわって、本当に
困っている方を助けない。子供たちに投資しない。これほどばか
げた話はない。
◎山口那津男・公明党代表
 財政を維持する観点からの一つの見識を示したもの。政治は国
民の生活や要望を受け止めて合意を作り出す立場だ。
◎櫻田謙悟・経済同友会代表幹事
 書かれていることについては100%賛成。ファクト(事実)
だと思う。常識的に考えても最も多くの政府債務を抱えている国
そしてOECD加盟諸国の中で最も成長率と生産性が低いといわ
れている国が無視してよいはずがない。    ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第023]

≪画像および関連情報≫
 ●矢野論文が投げかけたもの
  ───────────────────────────
   矢野康治財務次官が債務膨張を続ける財政の現状を憂える
  論文を月刊誌に発表してからもうすぐ2カ月。衆院選公示日
  直前の論文発表はインパクトこそあったものの、国民の意識
  を財政健全化の方向へ転換させたとまでは言えないようだ。
  政府の2021年度補正予算案は、消費税増税などの効果も
  あって税収を6兆4320億円積み増した。同年度の税収は
  過去最高となる見込みだ。一方、追加歳出総額も巨額で、補
  正としては過去最大の35兆9895億円。特例公債(赤字
  国債)と合わせ22兆580億円の国債追加発行も盛り込ま
  れている。政治はバラマキ批判に痛痒(つうよう)を感じな
  いのか、大盤振る舞いの感は拭えない。
   日本財政を「氷山に向かうタイタニック号のようなもの」
  にたとえた矢野論文だが、「財政破綻」を厳密には定義して
  いない。財政への信認低下から金利が急激に上昇したり、国
  債格付けが大幅に下がったりする状態なのか、さらに踏み込
  んで利払いが滞る事態なのか。
  「財政破綻」が「いつどんな形で起きるか」を予測する能力
  は政府にも経済アカデミズムにも、そして市場にもない。日
  本の財政悪化リスクを重く見て、金利上昇にかける外国人投
  資家はこれまでも出現した。思惑に反して金利は上昇せず、
  こういった取引はいつしか負け続きの「ウィドー・メーカー
  ・ディール」と呼ばれるようになった。敗戦で夫を亡くす人
  が続出するようなもの、というわけだ。
              https://s.nikkei.com/3orWLDJ
  ───────────────────────────
矢野次官論文.jpg
矢野次官論文
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2022年02月08日

●「矢野論文には大きな間違いがある」(第5667号)

 『文藝春秋』/2021年12月号に、岸田首相と作家でタレ
ントの阿川佐和子さんとのインタビューが出ています。聞き手の
阿川さんは、『聞く力』(文春新書)の著者です。話は矢野論文
に及びますが、その部分のやり取りを再現します。
─────────────────────────────
阿川:本誌(『文藝春秋』)先月号で、財務省の矢野康治事務次
 官が、政治家によるバラマキ政策を批判された。どう受けとめ
 ていらっしゃいますか。
岸田:いろんな議論があっていいと思っています。ただ、政府の
 結論が出てから「自分の意見はこうだから」と言うのでは、政
 府としてけじめがつかない。最後に結論が出たら従ってもらえ
 ると、私は信じております。
阿川:現時点で矢野次官の処分はお考えですか?
岸田:全く考えていません。     https://bit.ly/3LdUaXv
─────────────────────────────
 本来であれば、これは処分ものです。本人は、麻生副総理や直
接上司の鈴木財務相の了解を得ているので、平然としていますが
財務次官が自分の担当の財政の問題点を論文にして、一般誌に寄
稿するなど前代未聞であり、あってはならないことだからです。
 今後のこともあるので、岸田首相は、矢野事務次官を更迭すべ
きであったと思います。なぜなら、矢野事務次官の論文には誤り
があるからです。どこが違うかについては今後EJで詳しく説明
するつもりです。もし、岸田首相が矢野事務次官を即座に更迭し
ていたら、多くの人が岸田首相を大きく見直して、支持率がさら
に上がったと思います。
 矢野康治財務次官は、論文の核心部分において、次のように記
述しています。
─────────────────────────────
 国民は、永田町や霞が関に対して、「やるべきこと(真に必要
なこと)だけをちゃんとやってくれよ」と思っている方が多いの
ではないだろうか。だとすると国の将来を心配している国民の期
待に、自分たちは的確に応えられていないのではないかと思って
きました。ですから、この原稿では、国民のみなさんにも、事実
を正直にお知らせし、率直な意見を申し上げて、注意喚起をさせ
ていただきたいのです。
 わが国の財政赤字(「一般政府債務残高/GDP」)は256
・2%と、第2次大戦直後の状態を超えて過去最悪であり、他の
どの先進国よりも劣悪な状態になっています(ちなみにドイツは
68・9%、英国は103・7%、米国は127・1%)。
                  https://bit.ly/3B5aIN0
─────────────────────────────
 高橋洋一氏は「矢野論文は、財務全体を見ないで、一般会計の
ひとつの会計しか見ておらず、資産を無視している」と問題点を
指摘しています。すべての会計を合わせて、資産と負債の両方を
見るのが、会計学の基本ですが、一部を見て、資産を無視してい
るのです。財務省は一貫してこの姿勢です。
 矢野論文では、なぜか日本の債務残高については書かれておら
ず、政府債務のGDP対比の数字を強調しています。GDP対比
256・2%。この方が負債の大きさをわかりやすく示せると考
えているのでしょう。
 地方と政府の債務残高は約1500兆円です。巨額ではありま
すが、日本政府(地方を含む)には1000兆円の資産がありま
す。これでも500兆円の赤字ですが、これは日本銀行との連結
で考えれば問題は解消します。日本銀行は日本の国債500兆円
を保有しています。日本銀行は日本政府の子会社ですから、連結
決算が会計学の常識であると高橋洋一氏はいいます。つまり、連
結で見ると、日本の政府債務は「プラスマイナス=ゼロ」という
ことになります。
 この矢野論文について、はっきりと間違いであると明言したの
は、政治家では安倍元首相だけです。安倍首相は、矢野論文につ
いて、次のように述べています。
─────────────────────────────
 矢野さんは、一般会計における税収と歳出の不均衡と債務残高
をもとに、財務危機を論じています。しかし、一般会計だけでな
く、特別会計を含めたすべての政府関係予算を合算して見なけれ
ばならない。日銀は金融政策において政府から独立していますが
会計的には政府と連結して考えるべきです。
 政府と日銀の連結バランスシートを見ると、1500兆円の資
産に対して、負債は国債の1500兆円と銀行等の500兆円。
銀行券には金利がつかないし、償還しなくてもいいので、形式的
な負債といえる。少しでも会計を勉強すれば、日本が債務超過に
陥っていないことがわかるはずです。     ──安倍元首相
         ──月刊『WILL』/2021年12月号
─────────────────────────────
 「統合政府」という考え方があります。これは、政府と中央銀
行を一体と捉える考え方で、「現代貨幣論/MMT」と呼ばれる
非主流派の経済理論がとっている考え方です。高橋洋一氏もこの
考え方に立っており、著書に「統合政府のバランスシート」の図
が掲載されているので、添付ファイルにしてあります。
 資産に「徴税権」がありますが、これは将来にわたって税金を
徴収する権利です。見えない資産といえます。これをどのくらい
のタイムスパンで考えるかで、金額が変わってきますが、50兆
円を8年としても400兆円です。日本政府には、毎年50兆円
以上の税収があるので、日本はまったく財政的に問題はないとい
えます。財政破綻などありえないのです。
 MMTは、メインではないものの、EJのテーマとして一度取
り上げていますが、もう一度ていねいに研究し直す必要があると
思います。なぜなら、MMTの視点に立つと、何か新しいもの、
新しい考え方が見えてくるからです。
             ──[新しい資本主義/第024]

≪画像および関連情報≫
 ●財務次官論文を考える
  ───────────────────────────
   財務省の矢野康治事務次官が「財務次官、モノ申すこのま
  までは国家財政は破綻する」と題する論考を月刊文藝春秋に
  寄稿した。「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いてい
  て、もうじっと黙っているわけにはいかない」という矢野次
  官の論考には賛否両論の議論がある。
   矢野氏は、国と地方あわせて国内総生産(GDP)の2・
  2倍にあたる長期債務がありながら、「さらに財政赤字を膨
  らませる話ばかりが飛び交っている」と指摘。向こう半世紀
  近く続く少子高齢化を乗り切るため、「平時は黒字にして有
  事に備える」という歳出・歳入の構造改革が不可欠だと主張
  する。
   これに対して、矢野氏の論考の反対論者は、@日本経済が
  低迷する状況での緊縮政策は国民生活を悪化させる、A自国
  通貨建て国債は債務不履行(デフォルト)にならない、B増
  発する国債の元利払いは日本銀行の通貨発行で賄えるーーな
  どとして、歳出・歳入の改革よりも新型コロナ対策を優先せ
  よと主張する。
   そもそもバブル崩壊後、税収減と景気対策で発行残高が急
  増していた日本国債のデフォルトリスクを指摘する海外の格
  付け会社に対して、財務省が「日本国債のデフォルトリスク
  はない」と主張していたことも反対論者が緊縮政策は不要と
  する根拠になっている。     https://bit.ly/3grhQcP
  ───────────────────────────
統合政府のバランスシート.jpg
統合政府のバランスシート
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2022年02月09日

●「矢野論文を小林/中野両氏が激論」(第5668号)

 矢野財務次官の論文について、「文春オンライン」において、
きわめて興味ある議論が行われています。論文に賛成の立場に立
つ小林慶一郎氏と反対の立場に立つ中野剛志氏による討論です。
─────────────────────────────
 ◎文春オンライン/2021年12月16日配信
  「この程度の認識だったのか」バラマキ批判の”矢野論文”
  をめぐり、財政再建派と反対派が激突!
                  https://bit.ly/3GyFHSq
─────────────────────────────
 小林、中野両氏ともに経済産業省の官僚からスタートし、今や
2人ともに著名なマクロ経済学の専門家です。どちらかというと
小林慶一郎氏は正統派であり、財務省の考え方に近く、中野剛志
氏は革新派であり、MMT研究の大家でもあります。この討論を
再編集し、分析を行いたいと思います。
─────────────────────────────
司会:本日は、矢野氏に近い「財政再建派」の小林さんと、反対
 の立場をとる中野さんとで議論していただくわけですが、まず
 論文に対する率直な感想をお聞かせください。
小林:わりと「正統派の財務省の言い分がそのまま書いてある」
 という印象ですね。ちょっと財政破綻の危機感を煽りすぎてい
 る嫌いはありますが、大筋では同意できます。矢野さんがイメ
 ージする「財政破綻」とは、国の借金が膨らみ続けることで日
 本国債の格付けが下がり、金利が暴騰して、ハイパーインフレ
 を招くシナリオだと思いますが、その懸念は私も共有するとこ
 ろではあります。
中野:財務省がなぜそこまで財政再建にこだわるのか、実はあま
 りよく分かっていなかったんですが、この論文を読んで「この
 程度の認識だったのか」と驚きました。もちろん内容には何一
 つ賛同できません。日本の財務次官がいかに間違っているかを
 示したという意味で、歴史的文献としての価値は高いと思いま
 すが(笑)、この論文には、少なくとも3つの大きな問題点が
 あると思います。
小林:では、ひとつずつうかがいましょう。
中野:第一に日本財政の破綻を懸念するこの論文自体が、日本財
 政の信認を毀損している点です。矢野さんがご自身で書かれて
 いる通り、財務次官は(財政をあずかり国庫の管理を任された
 立場)にあります。学者や評論家ではない。そういう責任ある
 立場の人が日本の財政について「タイタニック号が氷山に向か
 って突進しているようなもの」と書いたわけで、そのこと自体
 が日本国債の格付けを下げて、日本経済全体に悪影響を及ぼす
 ことになりかねない。日本財政の信認を守るべき財務次官とし
 て、あるまじき行為です。
小林:しかし例えば90年代の不良債権のときは、誰もがその問
 題を認識しながらも、そこに触れると「マーケットや国民がパ
 ニックになる」という理由で多くの官僚は口を噤んでいたわけ
 です。それが官僚として正しい態度だったのか。
  私は、大きな問題が存在し、現状で解決の方法が見出されて
 いない場合は、その問題を国民に明らかにしたうえで、「一緒
 に解決法を考えましょう」と呼びかけるべきだと思う。その意
 味で矢野さんの行動は評価されていいのではないでしょうか。
─────────────────────────────
 中野剛志氏の指摘する3つの問題点のうちの第1点については
私は中野氏の意見に賛成です。矢野次官は財務省の事務方のトッ
プとして、財政をあずかり、国庫の管理を任された立場にあるの
ですから、各党の政策に関して異論があるのであれば、自分の仕
事として、政策に反対し、財務省として撤回に努力すべきです。
それは、おそらく非常に困難なことでしょうが、そういう意見を
論文にして、たとえ上司の許可を得たとしても、職名を使って一
般誌に寄稿するなど、もってのほかです。そのようなことは、上
司に相談があった時点で、上司がストップをかけるべきです。
 もし、ある企業でそのようなことを担当職の管理者がやったと
したら、間違いなく、その担当職は職を解かれるはずです。それ
に、そもそも今回矢野次官が論文として発表した内容は、改めて
矢野次官から説かれるまでもなく、財務省の見解として、繰り返
し、国民に対し、訴えかけてきた内容と同じであり、そこに新し
さはほとんどありまぜん。もし、新しさがあるとすれば、日本を
タイタニック号に喩えたぐらいのことです。
─────────────────────────────
中野:そこで私が考える矢野論文の第二の問題点が出てきます。
 それは財政を掌る財務次官が官僚としてのタブーを破ってまで
 「このままでは財政破綻する」というメッセージを発したのに
 マーケットがほとんど無反応だった点です。矢野さんのメッセ
 ージ通り、日本が本当に財政破綻に向かっているのなら、この
 論文が出た直後に長期金利が上がってもおかしくないのに、実
 際には0・1%に満たないままです。要するに、日本は財政破
 綻に向かっていないということです。矢野さんはご自身の主張
 の間違いを自ら証明した恰好になったんですよ。
小林:私はマーケットが反応しない状況だからこそ、このタイミ
 ングで論文を出したんだと思います。つまり今はコロナの影響
 もあり、日本はデフレ下にあり、日銀が国債を買い支える状況
 が続いている。だから論文が出ても、金利や物価が急に上がる
 心配はなかったわけです。問題は日銀が買い支えられなくなっ
 たときで、このままならいずれその日が来る。だから今、警鐘
 を鳴らすんだというのが矢野さんの主張ですよね。
─────────────────────────────
 小林慶一郎氏は、矢野次官は、自分の意見がマーケットに反応
しない時期を見計らって論文を出したといっていますが、これは
おかしな意見です。それはさておき、なぜ長期金利が上がらない
のかは重要です。これについては、明日のEJで解説します。
             ──[新しい資本主義/第025]

≪画像および関連情報≫
 ●公然とバラマキ批判/財務次官の乱心ではなかった
  ───────────────────────────
   冷静に考えれば、財務省の事務次官が勝手に『文藝春秋』
  でバラマキ合戦と化した与野党の政策論争を公然と批判する
  わけがない。矢野次官は財務省内でも財政再建原理主義者と
  して知られる過激派だ。だが、官僚としてわきまえる範囲を
  軽々しく乗り越えてしまうほどバカではない。そんな男が事
  務次官まで登りつめるはずがない。
   しかし、これには自民党が猛反発。高市成長会長は「失礼
  だ」とNHKの討論番組で怒りにあらわにした。また自民党
  内からは「たかが役人ふぜいが政治家を批判するなど許し難
  い。罷免しろ」という声が溢れ出している。
   だが、矢野次官の裏には麻生前財務大臣がいるのだ。だか
  ら後任の鈴木財務大臣も記者会見で矢野次官の寄稿は「手続
  き的にも、これまでの政府の基本方針にも反してはいない」
  と擁護した。
   総裁選で金融所得課税を強く訴えてた岸田総理は、株式市
  場の下落をみて、あっという間に課税案を引っ込めてしまっ
  た。矢野次官の造反劇は岸田総理の軽さと比べたらじつに立
  派である。もちろん、コロナので痛んだ今、財政出動は必要
  だ。誰に、どう配るのか。中身を精査することなく、またど
  んぶり勘定のバラマキの規模を競うことが、衆院選勝利の決
  め手だと信じ込んでいる政治家どもは、国民はバカにしてい
  る。矢野次官のバラマキ批判に怒り心頭してるひまがあるな
  ら、メリハリのある精緻なバラマキにバージョンアップすべ
  きだ。             https://bit.ly/3speWLp
  ───────────────────────────
小林慶一郎氏VS中野剛志氏.jpg
小林慶一郎氏VS中野剛志氏
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2022年02月10日

●「国債供給過多なのに金利が下がる」(第5669号)

 矢野康治財務次官にとって一番ショックだったのは、論文が発
表されても、マーケットがまるで反応しなかったことでしょう。
財政を掌る一国の財務次官がタブーを破ってまで、「日本は、こ
のままでは、タイタニックのように巨大な氷山にぶつかって破綻
する」とまでいっているのに、実際にはマーケットはピクリとも
反応していないのです。
 もし、矢野次官のいっていることが本当のことなら、発表直後
に長期金利(10年物国債金利)が跳ね上がってもおかしくない
はずです。しかし、金利は0・1%に満たない状態のままです。
これは日本が財政破綻に向かっていないことを意味しています。
どうしてこのようなことが起きるのでしょうか。
 添付ファイルのグラフを見てください。これは、財務省のウェ
ブサイトに出ているもので、「利払費と金利の推移」をあらわし
たものです。
 まず、棒グラフは、国債の残高をあらわしています。よく知ら
れているように、1975年から2020年まで、国債の残高は
右肩上がりで上昇を続けています。どうしてこうなるのかという
と、償還期日のきた国債は、そのつど同額ないし一部の借換債を
発行して償還されるからです。
 しかし、これとは対照的に金利(国債利回り)は低下の傾向を
たどっています。国債利回りは国債価格とは逆の動きをします。
─────────────────────────────
    国債利回りの上昇 ─→ 国債価格の値下がり
    国債利回りの下落 ─→ 国債価格の値上がり
─────────────────────────────
 普通は、モノの供給を増やすと、需給が悪化して、値段は下が
るものですが、国債の場合はたくさん発行するほど、値段は高く
なるのです。
 国債は政府の借金です。もし家計(個人)や企業が多額の借金
をすると、それに応じて信用は下がります。借金が返済できず、
借り換えをすると、貸し手は貸し倒れリスクを考えて、金利を高
くします。したがって、借金が増えるほど金利は上昇し、返済が
困難になります。しかし、日本政府の場合は、借金が増えるほど
信用力が高くなり、金利が下がっているのです。グラフによると
確かに金利は一貫して下がっています。その結果、利払い費も下
がっているのです。
 なぜ、利払い費まで下がるのでしょうか。
 それは、金利が低下しているからです。国債は償還日がくると
償還する金額の借換債が発行され、償還されますが、これは、過
去に発行された金利の高い国債が金利の低い国債に置き換わるこ
とを意味します。これによって、金利負担が軽減され、利払い費
が安くなるというわけです。
 この場合、最大の問題は、なぜ、借換債で国債を償還するのか
ということです。借換債というのは、普通国債の一種で、国債整
理基金特別会計において発行され、その発行収入は同特別会計の
歳入の一部となります。国債の借換債の発行に当たっては、その
発行限度額について国会の議決を経る必要はありませんが、これ
は、建築国債や特別国債(赤字国債)のような新規財源債と異な
り、債務残高の増加をもたらさないという借換債の性格に基づく
ものです。この国債の償還に関しては、小林慶一郎氏と中野剛志
氏の間では、次のように完全に意見が異なり、激しい論争が行わ
れています。
─────────────────────────────
小林:矢野論文の背景にあるのは、「将来世代にツケを残しては
 いけない」ということだと思うんです。国債は将来世代からの
 前借りで、いずれその金は返さなきゃいけない。これまでのよ
 うに日銀が買い支えられるうちはいいけど、もし将来において
 例えば制御できないようなインフレが起きたら、将来世代への
 大きな負担を残すことになる。それは避けたいという矢野さん
 の思いは否定すべきではないでしょう。
中野:違います。国債は将来の増税で償還しなきゃいけないと思
 い込んでいるから「将来世代へのツケ」だと誤解するのです。
 国債の償還は、増税ではなく借換債の発行によって行うべきで
 す。それから、私は制御できないインフレは基本的に「起きな
 い」と考えています。
小林:国債の償還を借換債で出来るなら、国家運営に税は不要と
 いう話になり、まったく同意できません。これは後ほど議論し
 ましょう。
─────────────────────────────
 日本の場合、国債残高が積み上がっているのに、なぜ、金利は
下がるのでしょうか。これについては、さらなる分析が必要であ
り、来週のEJで解明することにします。矢野論文の最大の問題
点は、インフレについて言及していないことです。これについて
小林慶一郎氏と中野剛志氏は次のように議論しています。
─────────────────────────────
中野:矢野論文の3つ目の問題点は、今、私と小林先生の間で議
 論したようなインフレの問題について、矢野論文はまったく触
 れていないことです。
小林:そこは端折ってますね。
中野:でも人を説得しようとしているのだから、端折ってはダメ
 でしょう。「財政再建か、積極財政か」の議論は国内外含めて
 山ほどあったのですよ。この論争に関する積極財政派の主張は
 だいたい次の3つです。
 @日本政府は自国通貨を発行し、国債は自国通貨建てなので、
  財政破綻しようがない。
 A財政赤字の拡大は金利の高騰を招くことはない。
 B財政赤字が制御不能なインフレを引き起こす可能性は低い。
小林:非常にわかりやすく整理されていると思います。
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第026]

≪画像および関連情報≫
 ●「矢野論文」やぶへび・・積極財政派が反発、膨張止まらぬ
  22年度予算案
  ───────────────────────────
   政府による2022年度当初予算案の編成作業が、大詰め
  を迎えている。新型コロナウイルス禍で一般会計歳出総額は
  107兆円を超え、10年連続で過去最大となる見通しだ。
  「このままでは国家財政は破綻する」−。財務省事務次官が
  月刊誌に寄稿した「矢野論文」は、自民党など積極財政派の
  猛反発に遭い、財政膨張に歯止めがかからない。
   「予想外に反響が大きかった。申し訳ない」。東京・霞が
  関にある財務省の会議室。10月中旬の幹部会合に、審議官
  や各局の局長ら約30人が一堂に集まった。出席者によると
  矢野康治事務次官はその場で謝罪の言葉を口にしたという。
  財務官僚トップの異例の謝罪は、同月8日発売の月刊誌「文
  芸春秋」への寄稿に対するものだ。自民党総裁選や衆院選を
  めぐる与野党の政策論争を「ばらまき合戦」と痛烈に批判。
  「矢野論文」と名付けられた寄稿の波紋は広がり、自民党か
  らも「大変失礼な言い方だ」(高市早苗政調会長)と表立っ
  て批判が上がった。
   財務省関係者によると、矢野氏は幹部会合で、当時の麻生
  太郎財務相に加え、首相だった菅義偉氏に事前に説明したこ
  とも明かしたという。会合に出席した同省幹部は「内容も手
  続きも問題はなかったが、与党への釈明に走り回った現場へ
  のおわびの意味があるのだろう」と解釈する。
                  https://bit.ly/3rE86m9
  ───────────────────────────
利払費と金利の推移.jpg
利払費と金利の推移
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2022年02月14日

●「日本の長期金利が上がらない理由」(第5670号)

 国債は政府の借金です。その国債を増発し、供給量を増やし、
その残高が積み上がると、普通であれば長期金利(以下、金利)
は上昇するはずです。
 しかし、日本の場合は、そうなっていないのです。なぜ、そん
なことが起きているのでしょうか。それは、次の2つに分けて考
える必要があります。
─────────────────────────────
            @経済要因
            A需給要因
─────────────────────────────
 @の「経済要因」について考えます。
 「経済要因」としては、日本が低成長・低インフレに陥ったこ
とが上げられます。もともと低いインフレ率はさらに低くなり、
若干マイナスになってデフレに陥っています。そのデフレが30
年も続いているのです。そのような国は日本しかなく、デフレの
長期化のせいで金利が上昇しないのではないかというわけです。
 Aの「需給要因」について考えます。
 しかし、たとえデフレであったとしても、際限なく国債を発行
し続ければ、値崩れが起こり、金利は上昇するはずです。しかし
その国債の供給を受け入れる強い需要があったとすれば、どうで
しょうか。それがあったのです。
 それは、銀行や生損保などの金融機関からの旺盛な国債の需要
です。長期的に経済が低迷しているので、民間からの資金需要が
乏しく、金融機関は資金運用難に陥っており、国債ぐらいしか有
力な運用先がなかったからです。
 日本は世界有数の預金大国です。いかに金利が低下しても国民
は貯蓄性向を高めています。それは、長期経済低迷のせいでもあ
りますが、国民が強い将来不安を抱いているからです。最も多く
の預金を持つ高齢者は、年金制度が揺らぐことへの不安から、預
金を積み上げています。
 添付ファイルを見てください。2つの棒グラフがあります。財
務省のウェブサイトに出ていたものです。上のグラフは、「家計
の金融資産」の推移をあらわしています。
 現金・預金を見ると、その直近残高は、2021年6月の時点
で、約1000兆円あります。この額はおおむね国債の発行残高
と見合っています。累増する国債は、金融機関を介して、増え続
ける預金で消化されることになります。財務省は、「国債の発行
残高が1000兆円を突破」とか、「GDP対比200%の国債
の残高」と債務だけを強調しますが、家計の金融資産は、現金・
預金だけで、1000兆円を超えているのです。
 つまり、政府が国債で調達した資金は、各種の公共事業や、補
助金などで民間に支払われます。使われた資金は、最終的には銀
行預金として着地するはずです。それは、あたかもお金が政府と
銀行預金の間で、増殖しながら循環しているようなものです。
 通常の金融理論によると、金利がゼロになると、高い金利を求
めて資金は移動し、国内に有望な投資先がないと、金利の高い外
貨にシフトするものです。しかし、日本人は、「リスク回避」の
性向が非常に強いので、積極的に外貨リスクを取ろうとせず、資
金は国内に滞留することになります。
 この傾向は、企業部門においても同じなのです。添付ファイル
の下の棒グラフは、金融機関を除く企業の金融資産をあらわして
います。成長期待が乏しいという見通しから、設備投資をしてリ
スクを取るより、将来不安に備えて内部留保を厚くしておきたい
ためであると思われます。ちなみに、2020年度末の金融業を
除く企業の金融資産は1287・4兆円です。
 自民党の高市政調会長は、2021年10月13日夜のBSフ
ジの番組で、税制について次の発言をしています。
─────────────────────────────
 法人税に手を突っ込む予定だ。現預金に課税するかわりに、賃
金を上げたらその分を免除する方法もある。
                 ──自民党の高市政調会長
─────────────────────────────
 この高市発言について、野村総合研究所/金融ITイノベーシ
ョン事業本部・エグゼクティブ・エコノミストの木内登英氏は、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 高市政調会長が課税対象として検討する企業の現預金は、企業
の貸借対照表では、左側(借方)の資産に計上される。内部留保
とは逆側である。そして、企業の現預金、あるいは手元流動性は
内部留保と連動している訳ではない。それにも関わらず、両者を
混同した議論は多い。(一部略)企業の金融資産全体に占める現
預金の比率は、20〜25%程度で、90年以降ほぼ横ばいであ
る。この点からも、企業が利益を現預金に死蔵させており、経済
活動の活性化のために前向きに使っていない、また、その傾向を
強めているとの指摘は当たらない。      ──木内登英氏
                  https://bit.ly/3HFtIUF
─────────────────────────────
 高市発言はさておき、金融市場が矢野論文を無視したのは、こ
れまで述べてきたことをすべてわかったうえで、「変化が生ずる
ことは当面ない」と判断したからです。
 矢野論文に近い内容は、国債発行残高が100兆円未満だった
1981年の「経済白書」にも見られます。そこには、次のよう
に書いてあります。
─────────────────────────────
 最も現実的な問題である財政赤字の現状からみてみよう・・・
景気回復過程にもかかわらず、公債依存度はむしろ逆に上昇の一
途をたどり・・公債依存度は主要国中最大となっている。
          ──1981年経済白書「経済白書」より
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第027]

≪画像および関連情報≫
 ●[FT]長期金利が低いナゾ 各国財政、債務膨張で脆弱に
  ───────────────────────────
   これまでアナリストは、この奇妙な市場の振る舞いについ
  て、新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)が
  再び悪化する恐れがあること、中央銀行(中銀)が大量に資
  産を買い入れていること、あるいは何より、現在のインフレ
  率の急上昇は一時的であるとの見方が強いこと、などが原因
  だと説明してきた。最近の統計をみると、どれも説得力に欠
  ける。だが1つ、筋の通る説明が存在する。それは世界が、
  「債務の罠(わな)」に陥っているというものだ。
   過去40年で世界の国債残高は3倍以上に増加し、全世界
  の国内総生産(GDP)の350%に達した。中銀が金利を
  ゼロやマイナスまで引き下げる歴史的な緩和措置をとったた
  め、マネーが株式、国債をはじめとした資産に流れ込んだ。
  世界の投資市場の規模はGDPと同程度から4倍にまで膨れ
  上がった。        https://s.nikkei.com/3sts95S
  ───────────────────────────
家計と民間法人企業の金融資産.jpg
家計と民間法人企業の金融資産
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2022年02月15日

●「財政破綻はないがインフレは注意」(第5671号)

 小林慶一郎氏と中野剛志氏の矢野康治財務次官の論文に対する
論争に戻ります。中野氏は矢野論文には3つの問題点があると考
えていますが、それらの問題点とは次の通りです。
─────────────────────────────
 第1は、日本財政の破綻を懸念するというこの論文発表自体が
  日本財政の信認を毀損しているということ。
 第2は、「このままでは財政破綻する」というメッセージを発
  したのに、マーケットが無反応だったこと。
 第3は、インフレの問題が重要であるが、これについて、矢野
  論文においてはまったく触れていないこと。
─────────────────────────────
 この論争においては、中野剛志氏が積極的に自分の意見を述べ
ているのに対して、小林慶一郎氏は、一歩引いて議論しているよ
うに感じます。正面切って議論しようとしていないのです。
 一番意見がぶつかったのは、国債をどのように捉えるかという
点です。小林氏が「国債は将来世代からの前借りで、いずれその
金は返さなきゃいけない。これまでのように日銀が買い支えられ
るうちはいいけど、もし将来において、例えば制御できないよう
なインフレが起きたら、将来世代への大きな負担を残すことにな
る」と強調したのに対して、中野氏は「制御できないインフレな
ど起きない」としたうえで、「国債は将来の増税で償還しなきゃ
いけないと思い込んでいるから、『将来世代へのツケ』だと誤解
する。国債の償還は、増税ではなく、現行の借換債の発行によっ
て行うべきである」と反論しています。
 この論点について、小林氏は「国債の償還は本来なら借換債で
すべきではない」と強調し、「そんなことができるなら、国家運
営に税は不要ということになるので、同意できない」と強く反対
しています。それ以降の論争です。
─────────────────────────────
中野:与野党の政治家たちは、こうした論点を踏まえた上で積極
 財政を唱えているわけです。ですから矢野さんが、「やむにや
 まれぬ大和魂」で彼らを批判するなら、先ほどの三つの点に論
 理的に反論すべきなんです。とくに2019年にMMT(現代
 貨幣理論)が話題となり、「自国通貨を発行できる政府は財政
 赤字を拡大しても債務不履行になることはない」と主張して、
 大論争になったわけです。
  ところが矢野論文は、自国通貨建て国債の性格についても、
 金利についても、インフレについても、反論どころか言及さえ
 していない。それで、政治家を「バラマキ合戦」呼ばわりです
 から、これは相当レベルの低い議論ですよ。
─────────────────────────────
 議論はここで終わっています。この中野剛志氏の発言に対する
小林氏の反論は、掲載されていません。したがって、矢野論文に
対する議論はきわめて中途半端なものに終わっています。
 発言から、小林氏と中野氏の違いをいうと、インフレに関して
の主張が異なります。政府の借金がこのまま増加し続けると、制
御できないインフレになる」と主張する小林慶一郎氏に対して、
中野氏は「制御できないインフレなど起きない」と逆の主張をし
ています。
 小林慶一郎氏は、この論点に対して、別の企画のMMTに対す
る討論のなかで、次のように述べています。この討論には、MM
Tの提案者であるニューヨーク州立大のステファニー・ケルトン
教授も参加しています。
─────────────────────────────
 主流派の経済理論とMMTとの違いは、政府の債務膨張を深刻
な問題ととらえるかどうか、にある。主流派は国内総生産(GD
P)に対する政府債務の比率が高くなりすぎると、やがて国債価
格が暴落し、貨幣価値が下落するハイパーインフレが起きると警
戒する。
 一方、MMT論者は、自国通貨建てで国債を発行する主権国家
は、決して破綻せず、政府債務を問題にする必要はないと主張す
る。私は主流派の理論をもとに政府債務の問題をとらえ、日本の
政府債務がこのまま膨張し続ければ、安定した経済環境を維持で
きなくなると警鐘を鳴らしてきた。MMT論者は財政支出を増や
す過程でインフレが起きそうになったら対策を打てばよいという
が、政府債務が大きいときに金利を上げたら財政への信認が失わ
れる。それを防ぐために日銀が国債を買えば、今度はインフレを
抑えられない。              ──小林慶一郎氏
              https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
 MMT論者は、自国建て国債が発行できる国であれば、いかに
政府債務が積み上がっても、それによって財政破綻が起きること
はないが、インフレには警戒すべきであるといいます。これに関
してMMTの強力な提唱者であるニューヨーク州立大のステファ
ニー・ケルトン教授は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 政府が支出を考える際、制限となるのは財源ではない。インフ
レが起きるかどうかだ。誤解があるが、MMTはいくらでも通貨
を発行すればよいというのではない。通貨を発行する政府があら
ゆるレベルの支出を承認できるということだ。
 日本が完全にMMTを実践しているわけではないが、MMTが
数十年間主張してきたことが正しいと証明しているのが日本だ。
財政赤字が自動的な金利上昇につながるわけではないし、量的緩
和も機能している。MMTについては、どのようにインフレを避
けるのかという批判が強い。ただインフレを生もうと20年間苦
心している日本がインフレの回避法を考えるのはおかしなところ
もある。          ──ステファニー・ケルトン教授
              https://s.nikkei.com/3uLYWpn
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第028]

≪画像および関連情報≫
 ●MMT「インフレ制御不能」」批判がありえない理由
  ───────────────────────────
   去る2019年4月2日に寄稿した論考「異端の経済理論
  /MMTを恐れてはいけない理由」で、筆者はMMT(現代
  貨幣理論)が、日本で一大ムーブメントを起こすかについて
  「残念ながら、筆者は悲観的である。権威に弱く、議論を好
  まず、同調圧力に屈しやすい者が多い日本で、異端の現代貨
  幣理論の支持者が増えるなどということは、想像もつかない
  からだ。そうでなければ、20年以上も経済停滞が続くなど
  という醜態をさらしているはずがない」と予測した。
   実際のところは、国会でMMTが頻繁に論議されるように
  なり、また、自民党などの一部にMMTを支持あるいは研究
  しようという動きが予想以上に出てきた。
   その一方で、政策当局(財務大臣・日銀総裁など)は、M
  MTを一蹴しており、マスメディアに登場する学者・評論家
  ・アナリストの大半もまた、MMTを批判を展開している。
  やはりMMTは、「異端」の烙印を押されたままである。
   典型的なMMT批判というのは、次のようなものである。
  「(財政赤字を拡大させれば)必ずインフレが起きる。(M
  MTの提唱者は)インフレになれば増税や政府支出を減らし
  てコントロールできると言っているが、現実問題としてでき
  るかというと非常に怪しい」 MMT批判のほとんどは、こ
  のような「インフレを制御できない」というものに収斂して
  いる。            https://bit.ly/34W673p
  ───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授.jpg
ステファニー・ケルトン教授
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2022年02月16日

●「自国通貨建国債発行国の破綻なし」(第5672号)

 新しい資本主義を考えるとき、日本経済成長の政策を考えると
き、MMT(現代貨幣理論)の理解は欠かせないと思います。M
MTはEJで一度取り上げていますが、消化不良で終わった感が
あります。そこで、このテーマで、もう一度チャレンジしてみる
ことにします。
 日本のMMTの主唱者の一人、中野剛志氏について、日本の経
済学者で、日本銀行副総裁の若田部昌澄氏と、経済アナリストの
森永卓郎氏は、次のような評価を下しています。
─────────────────────────────
◎若田部昌澄氏
 中野が経済学を理解した上で、自説に適した理論を的確に選び
「そう言われればそうかな」と思ってしまうような論を展開して
いる。
◎森永卓郎氏
 中野の議論もきちんと経済学に基づいたもので立つ経済学が違
うのだと若田部が指摘していると書評に書いている。「国内市場
の保護のために最も強力な手段は為替である」という点に関して
は、若田部と中野の立場は一緒であり、円高やデフレは基本的に
は貨幣問題で、資金供給量の多寡が為替・物価を決定するという
基本的な経済理論を共有していると述べている。
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 ダイヤモンドオンラインにおいて、素人の記者が、中野剛志氏
に対して、徹底的にMMTについて迫るという興味ある次の企画
が出ています。
─────────────────────────────
 中野剛志さんに「MMTっておかしくないですか?」と聞い
 てみた。          ──ダイヤモンドオンライン
                 https://bit.ly/33lPZbe
─────────────────────────────
 しかし、この連載は13回もある長文であり、EJでは重要な
要点を絞って、要約することにします。狙いは、MMTに対する
正しい理解です。
 MMTというのは、ポッと出の新奇な理論という印象がありま
すが、中野剛志氏はそれは間違いであるとしたうえで、MMTは
20世紀初頭のクナップ、ケインズ、シュンペーターらの理論を
原型として、アバ・ラーナー、ハイマン・ミンスキーなどの卓越
した経済学者の業績も取り込んで、1990年代に成立した経済
理論であると説いたうえで、世界中の経済学者や政策担当者が受
け入れている主流派経済学が、大きな間違いを犯していることを
指摘しています。
─────────────────────────────
──もしも、現実の経済政策に影響を与えている主流派経済学が
 大きな間違いを犯しているとしたら一大事です。しかし、「主
 流派経済学の理論が基盤から崩れ去る」と聞くと、やはり「ま
 さか」という気がします。そこで、改めてMMTについてご説
 明いただけませんか?
中野:MMTを最も手短に説明するとこうなります。日英米のよ
 うに自国通貨を発行できる政府(中央政府+中央銀行)の自国
 通貨建ての国債はデフォルトしないので、変動相場制のもとで
 は政府はいくらでも好きなだけ財政支出をすることができる。
 財源の心配をする必要はない、と。
──「政府はデフォルトしないから、いくらでも好きなだけ財政
 支出できる」と聞くと、やはり抵抗を感じます。政府やマスコ
 ミはずっと「これ以上財政赤字を増やしたら、財政破綻する」
 と言い続けているし、多くの国民もそう思っているはずです。
中野:まぁ、そうですね。それが社会通念でしょう。でも、「日
 本政府はデフォルトしないから、いくらでも財政支出できる」
 というのは、MMTを批判する人々も同意している、あるいは
 同意できる、単なる「事実」を述べているにすぎないんです。
──単なる事実ですって?しかし、「GDPに占める政府債務残
 高」は240%に近づいており、主要先進国と比較しても最悪
 の財政状況です(添付ファイル参照)。これも厳然たる事実で
 すよね?
中野:ああ、これはよく見るグラフですね。たしかに、「GDP
 に占める債務残高」は深刻な財政危機に陥っているギリシャや
 イタリアよりずっと悪くて、日本はダントツの最下位です。
                 https://bit.ly/3HRwrdU
─────────────────────────────
 確かに、グラフを見ると、日本の債務残高がダントツで高いで
す。これは否定できない事実です。しかし、ダントツ1位の日本
は財政破綻せず、2位のギリシャ、3位のイタリアが財政危機に
陥っているのはなぜでしょうか。
 これは、明確な根拠があります。それはギリシャもイタリアも
ユーロ加盟国であるからです。もともとギリシャは「ドラクマ」
イタリアは「リラ」という自国通貨を持っていたのですが、両国
は、自国通貨を放棄し、ユーロという共通通貨を使っており、そ
のため、自国通貨建ての国債は発行できないのです。
 しかし、ユーロ建ての国債は発行できます。ところがその発行
権を持つのは欧州中央銀行だけであって、ユーロ加盟各国にユー
ロ建て国債を発行する権限はないのです。このことから、自国通
貨建て発行権を持つことがいかに有利か理解できると思います。
 これに対して反論もあります。自国通貨建ての国債を発行でき
る国でも財政が破綻した国があるというのです。アルゼンチンが
そうです。アルゼンチンには「ペソ」という通貨があり、自国通
貨建て国債を発行できるのに、2001年に破綻しています。
 これに対して中野氏は、「アルゼンチンの場合は、外貨建ての
国債がデフォルトしたことによる財政破綻である」と主張してい
ます。外貨建て国債の場合は、その外貨の保有額が足りなければ
デフォルトします。    ──[新しい資本主義/第029]

≪画像および関連情報≫
 ●救世主かトンデモ理論か・・・MMTは世界経済を
  本当に救えるか?
  ───────────────────────────
   「なぜ景気後退局面にもかかわらず、経験則から消費を弱
  らせるとわかっていた消費増税を実施したのか」「なぜ政府
  の財政出動は事業規模で見れば多額だが、実際の真水の部分
  はこんなに渋いのか」という疑問を持っていただければ、こ
  こから先は興味深く読んでいただけるのではないか。
   MMTとは、Modern Monetary Theory の頭文字を取って
  作られた略称である。日本ではMMTは「現代貨幣理論」と
  いう訳で知られている。MMTの特徴については後述すると
  して、まずはMMTが注目を集めた背景を説明したい。景気
  後退の真っただ中で、消費増税をした理由は何か。内閣府の
  『令和元年度年次経済財政報告』では今回の消費増税を「財
  政健全化のみならず社会保障の充実・安定化、教育無償化を
  はじめとする『人づくり革命』の実現に不可欠なもの」と説
  明している。財政健全化が消費増税の理由の1つだ。
   また、新型コロナウイルス禍のいま、実態としては他国に
  見劣りする財政出動しかしないのも財政健全化を優先したい
  からだろう。要は財政健全化のために現在ある財政赤字を減
  らして、黒字に持っていきたい。そうしないと国家が破綻す
  るという考え方だが、MMTは「財政黒字こそ、経済にブレ
  ーキをかける元凶だ」と考える。そもそも、EU加盟国とは
  違って、日本は日銀が自国通貨の「円」をお札として刷るこ
  とができる。これを「自国通貨発行権がある」という。
                 https://bit.ly/3rMG0oJ
  ───────────────────────────
債務残高国際比較(対GDP比).jpg
債務残高国際比較(対GDP比)
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2022年02月17日

●「国家の財政運営を家計に例える愚」(第5673号)

 前回に続いて、素人が当然と考える日本財政の危機についての
疑問を中野剛志氏にぶつけていきます。
─────────────────────────────
──いまの日本の一般歳出のうち、税収等で賄えているのは約3
 分の2。残り3分の1は新規国債で賄っている状態です。そし
 て累積赤字はどんどん積み上がっています。これが民間企業や
 家計なら確実に破綻しますよね?だからこそ、政府はプライマ
 リーバランスの黒字化を訴えているのでは?
中野:たしかに、政府債務は積み上がっています。しかし、国家
 の経済運営を企業経営や家計と同じ発想で考えるのは、絶対に
 やってはならない初歩的な間違いです。なぜなら、政府は通貨
 を発行する能力があるという点において、民間企業や家計とは
 決定的に異なる存在だからです。  https://bit.ly/3LvMhNk
─────────────────────────────
 政府の借金(国債)を家計に例えるのは、財務省の常套手段な
のです。具体的には次のようにいっています。
─────────────────────────────
 歳出と歳入には大きなギャップ(財政赤字)があります。国の
財政を、家計に例えると、年収(税収)約630万円ありますが
このうち約237万円を借金の返済(国債費)に充てなければな
りません。実際に使える残りのお金は約393万円です。
 ただし、この家では家計費(一般歳出等)として年間約829
万円を必要とするので、不足分の約436万円を新たに借金する
ことになります。その結果、年々借金が増え続け、その残高は約
9990万円に達しています。 ──国税庁/税の学習コーナー
                 https://bit.ly/3GSWZKc
─────────────────────────────
 この表現のなかに「国の財政を、家計に例えると・・」とあり
ますが、国の財政と家計を同一視するのは問題があります。なぜ
なら、国の財政と家計はぜんぜん違うものだからです。政府には
通貨発行権というものがあり、家計と同一に比較すべきでないか
らです。国税庁のウェブサイトでこのような表現を使っているこ
とは問題です。しかし、「政府には通貨発行権がある」という表
現にも厳密には違和感があります。
 厳密にいうと、通貨には紙幣と硬貨がありますが、発行権とし
ては硬貨は政府、紙幣は日本銀行にあるからです。だからこそ、
中野剛志氏はここでは「国家の経済運営」という言葉を使い、そ
ういう批判を回避しています。中野氏への質問は続きます。
─────────────────────────────
──そもそも政府がこれ以上借金ができなくなるときが来るので
 はないですか?いまの日本には、民間の金融資産(預金)が豊
 富にあるから、銀行は国債を引き受けることができますが、い
 ずれ民間の金融資産が逼迫してくれば、国債を引き受けること
 ができなくなるはずです。
中野:それも世間でよく言われることで、主流派の経済学者もそ
 う主張しています。だけど、それは完全な誤りです。その証拠
 に、添付ファイルを見てください。国債引受のために民間の金
 融資産が減っているならば、国債金利を上げなければ新たな国
 債を引き受けてもらえないはずですよね?
  しかし、1990年代から国債を発行しまくって政府債務残
 高がどんどん増えて、「国債金利が高騰する、高騰する」と言
 われ続けてきましたが、ご覧のとおり長期国債金利は下がり続
 けています。世界最低水準で、ついにはほとんどゼロにまで下
 がっています。あなたが言うのが本当ならば、こんなことは起
 きるはずがないですよね?
――そうですよね。
中野:しかも、国債金利が世界最低水準にあるということは、世
 界中のどの国よりも、国家財政が信認されている証拠でもあり
 ます。なぜ、そんな国が財政危機なんですか?
――うーん            https://bit.ly/3LvMhNk
─────────────────────────────
 「なぜ、長期金利が高騰しないのか」については、2月10日
のEJ第5669号で説明しています。ところが、2月4日のこ
とですが、6年ぶりに長期金利が上昇したのです。そのときの日
本経済新聞は、次のように報道しています。
─────────────────────────────
◎日本にも金利上昇圧力 迫る0・25%、日銀は抑制策検討
 米欧発の金利上昇圧力が、日本にも波及してきた。日本の新発
10年物国債の利回りは0・20%と6年ぶりの高水準をつけ、
日銀が許容範囲の上限としている0・25%が視野に入る。接近
すれば、日銀は無制限に国債を買う「指し値オペ」を3年半ぶり
に発動する見通し。金利上昇を抑え込むことで、緩和を続ける姿
勢を明確にする構えだ。
 4日の米債券市場で米10年債利回りが一時1・93%と前日
より0・10%上昇し約2年ぶりの高水準をつけた。1月の米雇
用統計で雇用者数や賃金の伸びが市場予想を上回り、米連邦準備
理事会(FRB)が利上げを加速するとの見方が強まった。
              https://s.nikkei.com/367Hnpy
─────────────────────────────
 この金利上昇に対して日銀は「指し値オペ」という異例の公開
市場操作を発動して金利上昇を抑え込んでいます。具体的には、
0・25%の金利で10年物国債を無制限に買うと市場に通知し
たのです。銀行など民間の投資家は、これによって0・25%よ
り、高い金利(安い国債価格)で他の投資家に売れなくなるので
金融市場の金利は、0・25%が事実上の上限になります。
 しかし、日本の長期金利が上昇しない理由は、確かにあります
が、こういう事態も十分あり得るのです。政府債務の拡大が金利
上昇の理由ではありませんが、このような不測の事態も将来十分
起こり得ることを知っておく必要があります。
             ──[新しい資本主義/第030]

≪画像および関連情報≫
 ●指値オペで長期金利抑制に動く/第一生命経済研究所
  熊野英生氏
  ───────────────────────────
   なぜ、日銀が急いで金利上昇を止めにかかったかという理
  由には、日本のCPIに事情がある。2月18日には1月の
  CPIが発表されるが、そこでの発表にはマーケットは一喜
  一憂することはない。米国の場合は、目先の1月と2月のC
  PIをみてFRBが3月16日に政策金利引き上げを開始す
  る公算が高いということがある。もしかすると、3月の利上
  げは2回分の+0・50%の大幅利上げもあり得ると警戒す
  る人もいる。
   日本では、1・2月ではなく、4月のCPIが重要だ。昨
  年4月の携帯電話料金プランの引き下げが一巡して、前年比
  1・5%前後まで上昇率は跳ね上がるだろう。ウクライナ情
  勢次第では、ガソリン・灯油もさらに上がる。政府は、価格
  抑制の補助金を支給し、それを止めにかかっているが、完全
  に価格統制ができるとは考えにくい。
   日銀の立場からすれば、消費者物価が2%に達したときは
  金融緩和解除に向けた軌道修正を勘ぐられる。黒田総裁は、
  それを徹底的に否定するが、そうした観測は消えにくい。そ
  こで、指値オペを使って、緩和姿勢をことさらに強調する必
  要があるという訳だ。FRBは3月利上げ開始、ECBは年
  内利上げ開始が予想される。  https://bit.ly/3uVbye2
  ───────────────────────────
政府債務残高及び長期国債金利の推移.jpg
政府債務残高及び長期国債金利の推移
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2022年02月18日

●「国債発行で民間の金融資産増える」(第5674号)

 前回、質問者は、「いまの日本の一般歳出のうち、税収等で賄
えているのは約3分の2。残り3分の1は新規国債で賄っている
状態」といっていますが、2021年度予算で、事実を数字で確
認してみます。
 2021年度予算の一般会計歳出総額は、106・6兆円です
が、その内訳は次のようになっています。
─────────────────────────────
 社会保障      ・・・ 33・6%(35・8兆円)
 国債費       ・・・ 22・3%(23・8兆円)
 地方交付税交付金等 ・・・ 15・0%(15・9兆円)
 公共事業      ・・・  5・7% (6・1兆円)
 文教科学振興    ・・・  5・1% (5・4兆円)
 防衛        ・・・  5・0% (5・3兆円)
 その他       ・・・ 13・4%(14・3兆円)
─────────────────────────────
 要するに、2021年度においては、これだけのお金が必要に
なるということですが、これに対する歳入の内訳は、次のように
なっています。
─────────────────────────────
 所得税       ・・・ 17・5%(18・7兆円)
 法人税       ・・・  8・4% (8・4兆円)
 消費税       ・・・ 19・0%(20・3兆円)
 その他税収     ・・・  8・9% (9・5兆円)
 その他収入     ・・・  5・2% (5・6兆円)
 公債金       ・・・ 40・9%(43・6兆円)
─────────────────────────────
 2021年度予算の国の一般会計歳入106・6兆円は、税収
等と公債金(借金)で構成されますが、税収等では歳出全体の約
3分の2しか賄えておらず、そこりの3分の1は公債金(借金)
に依存しています。質問者の指摘の通りです。
 これでみると、消費税の税収は、所得税・法人税よりもダント
ツに大きく、歳入全体の19%を占めています。財務省が消費税
率の引き上げにやっきになる気持ちはわかります。
 日本経済はバブル崩壊後の1990年度を境に低迷し、税収は
減少傾向にあります。つまり、出て行くお金が大きく、入ってく
るお金が少ないのですから、歳出と税収の差は開くばかりです。
これを「ワニの口」のように開くばかりと例えるのです。
 以上のことを前提として、議論は今日から核心に入ります。中
野剛志氏によると、主流派経済学者は重要な事実誤認をしている
といっています。
─────────────────────────────
中野:実はなぜこんなことになるのか、「国債金利が高騰する」
 「財政破綻する」と言い続けてきた経済学者もまともに説明で
 きていません。いや、説明できるはずがないんです。というの
 は、彼らが根本的な「事実誤認」をしているからです。
――事実誤認ですか?
中野:ええ。あなたは先ほど「民間の金融資産(預金)が豊富に
 あるから、銀行は国債を引き受けることができる」とおっしゃ
 いましたね?つまり、銀行が国債を買う原資は民間が銀行に預
 けている金融資産だというわけです。そして、政府は、国債を
 発行することで民間の金融資産を吸い上げて、それを元手に財
 政支出を行っているのだから、国債を発行すればするほど民間
 の金融資産は減ると考えているわけですよね?
――そうですね。
中野:しかし、そこが、決定的な間違いなんです。事実は逆で、
 「国債を発行して、財政支出を拡大すると、民間金融資産(預
 金)が増える」んです。
――ちょっと理解できません・・・。「国債を発行して、財政支
 出を拡大すると、民間金融資産(預金)が増える」なんてこと
 があるわけないじゃないですか?
中野:しかし、それが事実です。理解できないのは、あなたが、
 「貨幣とは何か?」を正しく理解していないからです。もっと
 も、主流派経済学も貨幣について正しく理解していません。さ
 きほど、「世界中の経済学者や政策担当者が受け入れている主
 流派経済学が大きな間違いを犯していることを、MMTが暴い
 てしまった」と言いましたが、このポイントがまさにそれなん
 です。              https://bit.ly/34E0K9C
─────────────────────────────
 毎年毎年長期にわたって、国債の残高が積み上がっていること
は動かすことのできない事実です。「借金が積み上がっている」
わけです。質問者は、このような状態でも国債が発行できている
のは、民間の金融資産(預金など)が豊富であるから、銀行など
の金融機関が国債を引き受けてくれているというのです。
 しかし、毎年のことですから、そのようにして政府が民間の金
融資産を吸い上げていくと、金融資産は減少し、やがて国債を引
き受けられなくなる──国債を発行すればするほど、民間の金融
資産は減ると考えているわけです。
 これに対して、中野剛志氏は、そこが決定的な間違いであると
指摘し、次のようにいっているのです。
─────────────────────────────
 国債を発行して、財政支出を拡大すると民間金融資産(預金)
が増える。それが理解できないのは、「貨幣とは何か?」という
ことを正しく理解していないからである。   ──中野剛志氏
─────────────────────────────
 国が借金をしているといっても、国が返す円というお金自体を
発行しているのですから、国がお金を返せなくなるという事態は
発生しえないわけです。
 この中野氏のMMTロジックについては、来週のEJで掘り下
げることにしたいと考えています。
             ──[新しい資本主義/第031]

≪画像および関連情報≫
 ●財務次官のバラマキ政策批判が話題、国の借金「ワニの口」
  はなぜ開き続けるのか
  ───────────────────────────
   ワニの口とは、一般会計の歳出と税収の推移を示す折れ線
  グラフが「ワニの口」のようにどんどん開いていく状態をた
  とえた表現です。矢野次官が平成10年頃に命名したもので
  す。なぜ、歳出と税収で乖離が生まれてきたのかと言えば、
  歳出を増加せざるを得ない事情がその都度生じてきたからで
  す。ワニの口が開き始めたのは、1990年ですが、この時
  はバブルが崩壊して株価や不動産価格が暴落しました。政府
  は、その後、経済対策として公共投資、減税、地域振興券の
  配布、規制緩和などを行いました。その結果、歳出は増え、
  税収が減ったので、ワニの口が開きました。1999年にな
  ると、ITバブルにより株価が上昇し、税収が増え、歳出も
  減少に転じました。2001年から小泉政権となり、道路公
  団民営化や郵政民営化など行政改革に取り組み、歳出削減も
  なされたため、ワニの口は閉じかけました。
   ところが、2008年にリーマンショックが起こり、政府
  は2009年4月、「経済危機対策」を発表し、国民1人に
  つき、1万2000円(18歳以下と65歳以上は2万円)
  の「定額給付金」が支給されました。そのためワニの口は再
  び広がりました。2014年になると、アベノミクスによる
  る効果と、消費税を8%に引上げたことによる税収の増加に
  よって、ワニの口は閉じてきました。さらに、2019年に
  消費税を10%に引上げ、さらに税収を増やそうとしました
  が、新型コロナウイルスの感染拡大によって、2020年、
  大幅に歳出の増加をせざるを得ない状況となりました。この
  ように、ワニの口が広がったのには理由があるわけです。
                  https://bit.ly/3oTpeT9
  ───────────────────────────
「貨幣が理解できていない」/中野剛志氏.jpg
「貨幣が理解できていない」/中野剛志氏
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2022年02月21日

●「貨幣は物々交換から始まっている」(第5675号)

 2月19日付、日本経済新聞の有名コラム『大機小機』は、次
のように記述しています。
─────────────────────────────
 永田町でMMT(現代貨幣理論)が流行している。国債をいく
ら出しても大丈夫だ、と与党の政治家が公然と議論している。政
治家が「財政破綻はあるはずないからいくら金を使っても大丈夫
だ」という姿には、「北朝鮮が攻めてくるはずはないから自衛隊
は遊んでていい」という主張と同じくらい違和感を持つ。国民が
「財政破綻はない」と安心して信じることを政治の目標にするの
には賛成だが、それは政治家自らが「財政破綻は起きない」と信
じ込むこととは違う。危機に備える心構えを政治家が示して初め
て国民は危機が起きないと信じられる。
   ──2022年2月19日付、日本経済新聞「大機小機」
─────────────────────────────
 MMTをごく簡単にいうと、「自国通貨を持つ国は、過度なイ
ンフレにならない限り、政府はいくらでも借金できる」というこ
とになります。これに対して、「そんなバカなことがあるか」と
『大機小機』の筆者は怒っているのです。
 しかし、1万円札を発行するコストはわずか20円ほどです。
したがって、いささか極端なことをいえば、国債の償還をしたい
なら、お札を印刷して返せばよいのです。1万円札は単なる紙切
れであり、日本銀行が「1万円」と印字しているから価値を持っ
ているに過ぎないとMMT論者はいいます。
 しかし、主流派経済学者や財務省は、国債償還は増税で行うべ
きであると主張します。そして彼らの決まり文句の「次世代にツ
ケを回すべきでない」とエラソーに主張します。財務省が実質支
配する岸田内閣は、きっとコロナが収束したら、増税しようと考
えていると思います。東日本大震災の「復興特別所得税」のよう
にです。これは、現在も所得税に2・1%上乗せされ、2038
年まで徴収されることになっています。旧民主党の菅政権のとき
でしたが、増税を主張したのは「日本学術会議」です。旧民主党
の菅政権も日本学術会議も何もわかっていません。旧民主党の菅
政権と野田政権は、首相が財務省に完全に洗脳され、公約にない
増税路線を取り、日本の「失われた30年」に貢献しています。
 中野剛志氏によると、主流派の経済学者は、「貨幣とは何か」
がわかっていないことに問題があるといいます。主流派経済学の
標準的な教科書とされる『マンキュー・マクロ経済学I入門編』
には、貨幣について、次のように記述されています。ニコラス・
グレゴリー・マンキュー氏は、著名なハーバード大学経済学部教
授です。
─────────────────────────────
 原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのうちに何
らかの価値をもった「商品」が便利な交換手段(つまり貨幣)と
して使われるようになった。その代表的な「商品」が貴金属、と
くに金である。これが、貨幣の起源である。
 しかし、金そのものを貨幣とすると、純度や重量など貨幣の価
値の確認に手間がかかるので、政府が一定の純度と重量をもった
金貨を鋳造するようになる。
 次の段階では、金との交換を義務づけた兌換紙幣を発行するよ
うになる。こうして、政府発行の紙幣が標準的な貨幣となる。最
終的には、金との交換による価値の保証も不要になり、紙幣は、
不換紙幣となる。それでも、交換の際に皆が受け取り続ける限り
紙幣には価値があり、貨幣としての役割を果たす。
             ──N・グレゴリー・マンキュー著
  『マンキュー・マクロ経済学I入門編』/東洋経済新報社刊
─────────────────────────────
 要するに最初は物々交換から始まったといっているのです。し
かし、物々交換はやはり不便であり、金や銀などの貴金属、つま
りそれ自体で価値のあるモノを選んで、それを「交換の手段」と
したというわけです。これを「商品貨幣論」といいます。
 中野剛志氏は、この「商品貨幣論」が間違っているといってい
るのです。これでは、「不換貨幣」の普及がきちんと説明ができ
ないからです。中野氏は次のようにいっています。
─────────────────────────────
 いや、この考え方は間違いだと、本当は私たちはすでに知って
います。なぜなら、1971年にドルと金の兌換が廃止されて以
降、世界のほとんどの国が、貴金属による裏付けのない「不換貨
幣」を発行しています。ところが、誰も貨幣の価値を疑いはしま
せんでした。そして、マンキューがそうであるように、商品貨幣
論では、なぜ不換貨幣が流通しているのかについて納得できる説
明ができないのです。
 そもそもイギリスでは、17世紀後半、すり減って重量が減っ
た銀貨が流通していましたが、物価や為替相場にまったく影響を
与えませんでした。銀貨にはそれ自体に価値があるから流通して
いるのだとすれば、すり減った銀貨が同じ価値で流通しているの
は“おかしな現象”ということになりますよね?
                 https://bit.ly/36pRM05
─────────────────────────────
 この商品貨幣論は、主流派経済学では定説になっていますが、
MMTではこれが間違いであると主張するのです。交換の手段と
して使っている兌換紙幣そのものには価値はないが、金などに交
換できるので価値があるとする考え方は、不換紙幣になったとき
問題を起こすはずです。しかし、そういう問題は、一切起きてい
ないし、スムーズに不換紙幣に移行しています。
 それに、かつて貨幣の起源を研究した歴史学者や人類学者、社
会学者たちも、今日に至るまで誰ひとりとして、「物々交換から
貨幣が生まれた」という証拠資料を発見することができないでい
ます。それでは、MMTでは、貨幣をどのようにとらえているの
でしょうか。明日のEJで検討します。
             ──[新しい資本主義/第032]

≪画像および関連情報≫
 ●お金の起源を教えます!過去から現在までのお金の歴史
  ───────────────────────────
   一度は社会科の授業などで聞いたことがあるかもしれませ
  んが、お金が生まれる前は「物々交換」を行っていた、とい
  うのが現在の通説となっています。
   その昔、各集落で猟師や漁師、農夫といった得意分野を持
  つ人々が、それぞれの得意分野の食糧を多めに確保し、必要
  に応じて不得手な分野の食糧と交換していました。また、食
  糧以外のものが交換対象となることもしばしばありました。
   しかしこの方法では、相手が自分の持っているものを欲し
  くない場合には、相手のものと交換してもらうことができま
  せん。また食糧同士で交換すると、鮮度が異なる・得意分野
  のものと価値が釣り合わないといった問題も出てきます。
   その後、人々は「物品交換」を行うようになります。物々
  交換では直接欲しいもの同士を交換しますが、物品交換では
  「布・塩・貝・砂金(金と銀を配合したもの)」などの比較
  的価値が下がりにくい物品と欲しいものを交換します。
   現在のお金の役割を特定の物品が担っていた、と考えると
  分かりやすいですよね。とくに中国では貝(貝貨)を用いた
  物品交換が一般的となりました。今でも「財」「貯」「貨」
  などお金に関する漢字に「貝」が多く使われているのはこの
  ためだといわれています。ただ、この物品交換にも欠点があ
  りました。布や塩、貝などは物品交換を行わなくても製造や
  入手が可能でした。また、砂金の配合率を変えること、つま
  り偽造が比較的容易で、適正な価値で取引をすることが困難
  なケースがあったのです。   https://bit.ly/3gVEwlV
  ───────────────────────────
グレゴリー・マンキュー教授.jpg
グレゴリー・マンキュー教授
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2022年02月22日

●「信用貨幣論に立脚しているMMT」(第5676号)

 MMTの主唱者といえば、ステファニー・ケルトン氏の名前が
上げられます。ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校教授
(経済学/公共政策)です。2016年及び2020年の米大統
領選(民主党予備選)において、バーニー・サンダーズ上院議員
の政策顧問を務めています。
 ブルームバークの「2019年の50人」、プロスペクト誌の
「2020年世界のThinkerトップ50」に選出されています。
 ステファニー・ケルトン教授の著書としては、2020年刊行
の次の本があります。ニューヨーク・タイムズのベストセラーに
なった本です。
─────────────────────────────
           ステファニー・ケルトン著/土方奈美訳
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
                        早川書房刊
─────────────────────────────
 この本のなかに「モズラー家のエピソード」という話が紹介さ
れ、主権通貨を発行する国の資金調達に関する基本原則や貨幣と
いうものの本質を説いています。EJでも一度取り上げたことが
ありますが、この話はあまり現実的でないし、少しわかりにくい
ところがあります。
 これに対して中野剛志氏は、イングランド銀行の季刊誌(20
14年春号)の『現代の経済における貨幣創造』をベースに解説
しているので、それをフォローしてEJ風に説明します。
 主流派経済学が説く貨幣の説明は「商品貨幣論」ですが、MM
Tは「信用貨幣論」に立脚しています。「信用貨幣論」とは何で
しょうか。
 設定は、「ロビンソン・クルーソーとフライデーしかいない孤
島」になっています。その孤島において、ロビンソン・クルーソ
ーは、春に野苺を収穫してフライデーに渡します。その代わりに
フライデーは、秋に獲った魚をクルーソーに渡すことを約束する
のです。その意味することは次の通りです。
 春の時点で、クルーソーがフライデーに対して「信用」を与え
るとともに、フライデーにはクルーソーに対して獲れた魚を渡す
という「負債」が生じています。そして、秋になって、フライデ
ーがクルーソーに魚を渡した時点で、フライデーの「負債」は消
滅するわけです。
 しかし、口約束では証拠が残らず、後でもめることになるので
フライデーがクルーソーに対して、「秋に魚を渡す」という「借
用証書」を渡すのです。この「借用証書」が貨幣になるというの
です。
 これに対する経済学が素人の記者と中野剛志氏の対話が次のよ
うに展開されます。
─────────────────────────────
――たしかに、クルーソーは、秋になってその「借用証書」をフ
 ライデーに渡せば、魚と交換できますから“貨幣っぽい”よう
 な気はしますが、あくまでもクルーソーとフライデーの間での
 取り決めというだけではないですか?
中野:では、話を少しアレンジしましょう。
 この島には、クルーソーとフライデー以外に火打ち石をもって
 いるサンデーという第三者がいるとします。そして、サンデー
 が「フライデーは約束を守るヤツだ」と思っているとともに、
 「魚が欲しい」と思っていれば、クルーソーはフライデーから
 もらった「秋に魚を渡す」という「借用証書」をサンデーに渡
 して、火打ち石を手に入れることができるでしょう。
  さらに、この三人に加えて、干し肉を持っているマンデーと
 いう人もいたとします。そして、マンデーも「フライデーは約
 束を守るヤツだ」「魚が欲しい」と思っているとすれば、今度
 は、サンデーが例の「借用証書」をマンデーに渡して干し肉を
 手に入れることができるでしょう。その結果、フライデーは、
 「秋に魚を渡す」という債務を、マンデーに対して負ったこと
 になります。そして、秋になってマンデーがフライデーから魚
 を手に入れれば、フライデーの「借用証書(負債)」は破棄さ
 れるわけです。          https://bit.ly/3BA4vZA
─────────────────────────────
 ここで重要なことが2つあります。
 第1は、クルーソーとフライデーの取引が、春と秋という異な
る時点で行われるということです。もし、同時に行われるのであ
れば、それはクルーソーの野苺とフライデーの魚による物々交換
ということになります。この場合は、取引が一瞬で成立するので
「信用」や「負債」は発生しないのです。
 取引が異なる時点で行われるからこそ、そこに「信用」と「負
債」が生まれ、フライデーが負った「負債=借用証書」が貨幣と
して機能しているのです。
 第2は、「借用証書」というものは必ずデフォルト(債務不履
行)リスクがあり、よほど強い信用性がないと、流通しないとい
うことです。そこには、つねに「不確実性」が存在していること
になります。
 ここにわからないことがひとつあります。デフォルトの可能性
がほとんどなく、すべての人々から信頼される「特殊な負債」の
みが貨幣として受け入れられ、流通するようになるのかというこ
とです。これでは通貨にはならないと思います。
 ロビンソン・クルーソーの例では、一定の時期が過ぎ、借用証
書の約束のものを相手に渡した時点で負債は消えますが、その約
束のものとは何であるかです。
 これに対して中野剛志氏は「政府は国民に対して税を課して、
法律で定めた通貨を『納税手段』として定める」というのです。
つまり、国民にとって法定通貨は「納税義務の解消手段」として
の価値を持つことになります。これについては、24日のEJで
さらに詳しく説明することにします。
             ──[新しい資本主義/第033]

≪画像および関連情報≫
 ●実録!「連帯保証人」になってわかったMMTの本質
  ───────────────────────────
   今日の貨幣論であるMMTは、この3つの貨幣論のいずれ
  にも不備があるとする。商品貨幣論は、もともと貨幣とは、
  物々交換の不便を補うものとして発展し、保存が可能で、持
  ち運びが便利な、交換の万能性を有した価値、つまりは万能
  商品のようなものだというものだが、物々交換による経済な
  ど歴史上存在していないという事実によって覆される。
   2番目の国定貨幣論は、国家は貨幣を作り出すことは可能
  だが、国家権力が及ばないところでも流通する地域マネーを
  うまく説明できない。
   3番目の信用貨幣論は、前2者に比べればはるかに現代貨
  幣の本質に近づいているものだが、最初に貨幣への信頼が生
  まれたのは何によってなのかという問いにうまく答えること
  ができない。
   MMTは、上記のうち、国定貨幣論と信用貨幣論を架橋し
  てみせたのである。MMTが主張するのは、貨幣とは社会的
  技術であり、貨幣とは国家が税の受領という行為によって信
  頼を供与した負債であるという、国定信用貨幣論である。
   「貨幣とは負債」という当たり前のことを理解するために
  は、現代貨幣というものが「通貨と預金」であるという事実
  に注目する必要がある。     https://bit.ly/3I3DcJn
  ───────────────────────────
 ●図の出典:https://bit.ly/3Bz0Zi0
貨幣とは「借用証書」である.jpg
貨幣とは「借用証書」である
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2022年02月24日

●「不換紙幣がなぜ流通しているのか」(第5677号)

 製造原価がわずか20円でしかない1万円札が、なぜ1万円と
しての価値を持つのでしょうか。この素朴な疑問に答えるために
「商品貨幣説」と「信用貨幣説」があり、MMTは後者に属して
いるというところまで説明が進んでいます。正確にいうと、貨幣
をめぐる学説には、もうひとつあります。
 ドイツの統計学者であるゲオルク・フリードリッヒ・クナップ
は、貨幣の価値を担保しているのは、国家による法的な強制力で
あるといっています。これを「貨幣固定説」といいます。MMT
が立脚する「信用貨幣論」はその一種です。貨幣固定説について
は、ウィキペディアに次の解説があります。
─────────────────────────────
 マクロ経済学において、貨幣国定説とは、お金は物々交換に付
随する問題に対する自然発生的な解決策あるいは債務を代用貨幣
化する手段というより、経済活動を管理しようとする国の試みに
起因し、不換紙幣(法定通貨)の交換価値は国が発行する通貨で
支払われる税金を経済活動に対して賦課する権力に由来すると主
張する貨幣理論である。         ──ウィキペディア
                  https://bit.ly/3sVJd4y
─────────────────────────────
 信用貨幣論は、実質的に価値のない紙幣が価値を持ちうるのは
それを使って税が納められるからであるという説です。すべての
国民は税を納めるという「負債」を負っており、その納める手段
が貨幣だというのです。納税すると、負債は消滅します。この点
に関して、中野剛志氏と記者は次のやり取りをしています。
─────────────────────────────
中野:政府は円やポンドやドルを自国通貨として法律で定めます
 が、次に何をするかというと、国民に対して税を課して、法律
 で定めた通貨を「納税手段」として定めるわけです。これで何
 が起こるかというと、国民にとって法定通貨が「納税義務の解
 消手段」としての価値をもつことになります。納税義務を果た
 すためには、その法定通貨を手に入れなければなりませんから
 ね。ここに、その貨幣に対する需要が生まれるわけです。こう
 して人々は、通貨に額面通りの価値を認めるようになり、その
 通貨を、民間取引の支払いや貯蓄などの手段として──つまり
 「貨幣」として──利用するようになるのです。要するに人々
 がお札という単なる紙切れに通貨としての価値を見出すのは、
 その紙切れで税金が払えるからというのがMMTの洞察です。
 貨幣の価値を基礎づけているのは何かというのを掘って掘って
 掘り進むと、「国家権力」が究極的に貨幣の価値を保証してい
 るという認識に至ったのです。
――なるほど・・。つまり、フライデーが発行した「借用証書」
 をクルーソーがフライデーに持っていったら魚がもらえるよう
 に、政府が発行した「借用証書」を政府に持っていったら「租
 税債務」を解消してもらえるということですね?
中野:そういうことです。      https://bit.ly/3H906hb
─────────────────────────────
 貨幣は、納税の手段としての価値を持ちますが、それを担保し
うる徴税権力が確立した国家においては、必ず貨幣として流通す
るようになります。そのうえで、しだいに納税だけでなく、社会
習慣として貨幣が一般の交換手段としても受け入れられるように
なるです。実際にそうなっています。
 しかし、これだけの説明では、いまひとつ納得できない人もい
ると思います。そもそも現在使われている通貨は貴金属などの物
理的価値による裏付けがないのにもかかわらず、なぜ流通してい
るのかという基本的な問いに、物々交換からスタートしたとする
主流派経済学では、次のような説明しかできないでいます。
─────────────────────────────
     みんなが受け取ると信じているからである
─────────────────────────────
 これをMMT論者は、「答えになっていない。無限後退に陥っ
ている」と強く批判しています。「無限後退」とは、ものごとの
説明または正当化を行うさい、終点が来ずに同一の形の説明や正
当化が、連鎖して無限に続くことをいいます。
 MMTでは、1万円と印刷されている紙幣を、1万円分の何か
と交換できるという意味にとらず、「政府が納税時に1万円分と
して受け取ってくれる証」として考えます。そして貨幣が流通す
る理由を「納税義務に必要だから」と説明するのです。そこに政
治権力がかかわっているからこそ流通するというのです。この考
え方に立つと、納税時に使えないビットコインなどの暗号資産は
通貨ではないということになります。
 これに関して、ステファニー・ケルトン教授は、自著で次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 MMTは、このような歴史的に不正確な物々交換説を拒絶し、
代わりに表券主義(チャータリズム)に関する膨大な研究に依拠
している。表券主義とは古代の統治者や初期の国民国家が独自通
貨を導入することを可能にしたのは税金制度であり、それによっ
て通貨が個人間の交換手段として使われるようになったと考える
立場だ。           ──ステファニー・ケルトン著
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
                        早川書房刊
─────────────────────────────
 MMTをバカにせず、ていねいに調べて考えてみると、今まで
多くの人が常識的に正しいと信じていた経済財政の知識が、まる
で間違っていたことがわかってきます。しかもそれが、それなり
に強い説得力を持っているのです。
 政府が貨幣を納税の手段として認めるということは、国家がそ
れを認めることを意味しています。それこそ、それが、なぜ、流
通しているのかの正解であるからです。
             ──[新しい資本主義/第034]

≪画像および関連情報≫
 ●MMTが、こんなにも「エリート」に嫌われる理由
  ───────────────────────────
   MMT(現代貨幣理論)は、高インフレでない限り、財政
  赤字を拡大してよいと主張する。これに対して、主流派経済
  学者は、「そんなことをしたら、超インフレになる」と激し
  く批判している。(中略)
   問うべきは、なぜ、このような極端な議論がまかりとおっ
  ているかということである。日本は、20年という長期のデ
  フレに苦しんでいる。そんな日本が超インフレを懸念して、
  デフレ下で政府支出の抑制に努めたり、増税を目指したりし
  ている姿は、どう考えても異常である。「インフレ恐怖症」
  とでも言いたくなるほどだ。
   なぜ、これほどまで極端にインフレが恐れられているので
  あろうか。
   そして、なぜ、MMTは、こんなに嫌われているのであろ
  うか。その理由の根源は、貨幣の理解にある。主流派経済学
  の標準的な教科書は、貨幣について、次のように説明してい
  る。原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのう
  ちに、何らかの価値をもった「商品」が便利な交換手段(つ
  まり貨幣)として使われるようになった。その代表的な「商
  品」が貴金属とくに金である。これが、貨幣の起源である。
                  https://bit.ly/36igXS4
  ───────────────────────────
ステファニー・ケルトン教授の本.jpg
ステファニー・ケルトン教授の本
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年02月25日

●「国家財政を家計に例える狙い探る」(第5678号)

 1983年、当時の英国首相のマーガレット・サッチャー氏は
次の演説をしています。
─────────────────────────────
 「国家には国民が自ら稼ぐ以外に収入源はない。国家が支出を
増やそうと思えば、国民の貯蓄から借りるか課税を増やすかしか
ない」。政府の財政には私たち個人のそれと同じような制約があ
る、と言ったわけだ。支出を増やすには、そのための資金を調達
する必要がある、と。「政府のお金などというものが存在しない
ことはわかりきっている。存在するのは納税者のお金だけだ」。
国民が政府により多くを望むのであれば、その費用を負担しなけ
ればならない。  ──ステファニー・ケルトン著/早川書房刊
    『財政赤字の神話/MMTと国民のための経済の誕生』
─────────────────────────────
 ステファニー・ケルトン教授は、自著の第1章に「家計と比べ
ない」という章を設けて、このサッチャー演説を取り上げていま
す。問題は、サッチャー元首相が本当のことが分かっていてこの
発言を行ったのか、知らなかったのかということです。ところで
テリーザ・メイ元首相も「政府は金の成る木を持っているわけで
はない」という発言をしています。
 要するに、政府にはカネのなる木はないので、政府が野心的な
新事業をやるには、納税者からもっとお金を集めないとできない
といっているのです。つまり、増税が必要なのであるということ
をいっています。
 つまり、増税が必要であることを国民に分かってもらうには、
国家の財政運営を家計に例えることは、国家にとってきわめて都
合がよいのです。そのため、政府はあえてそれをやるのです。日
本の財務省も同じです。ウェブサイト(国税庁)ではっきりとそ
う書いています。しかし、これは、正しくないのです。ただ、な
ぜ正しくないかを説明するのは、かなり面倒なのです。
 まず、前提として、流通している通貨とは何かを明らかにする
必要があります。現代経済において流通している通貨には、次の
2種類あります。
─────────────────────────────
            @現金通貨
            A銀行預金
─────────────────────────────
 @の「現金通貨」には紙幣と鋳貨があります。紙幣は日本銀行
が発行し、鋳貨は政府が発行することになっています。通貨には
Aの「銀行預金」が入るのです。日本の場合、貨幣のほとんどは
銀行預金であり、現金通貨は貨幣の約20%でしかありません。
銀行預金は、給料の受け取りや貯蓄、公共料金の支払いなどに使
われており、事実上、貨幣として機能しているからです。まして
スマホ決済が普及している現代では、現金預金はますます少なく
なっています。
 それでは「銀行預金」を創造しているは誰でしょうか。これに
関して、中野剛志氏は記者との対談で、次のやり取りを展開して
います。これは、きわめて重要な対話です。
─────────────────────────────
中野:貨幣の大半は銀行預金として存在しているんです。ここで
 質問です。どのお札にも「日本銀行券」と印刷されているよう
 に、紙幣は中央銀行(日本銀行)がつくっていますが、では、
 銀行預金(預金通貨)を創造しているのは誰だと思いますか?
――私たちが稼いだ現金を銀行に預けているのが「銀行預金」で
 すから、私たちが創造しているのでは?
中野:多くの人が直感的にそう思いますが、よく考えるとおかし
 いんです。たとえば、あなたが手元にある現金1万円を銀行に
 預けたら、預金は1万円増えるけれど、手元の現金は1万円減
 りますよね?つまり、あなたの総資金に増減はないわけですか
 ら、それを「創造」と言うことはできません。
――そう言われればそうですね・・・。では、誰が銀行預金を創
 造しているんですか?
中野:銀行です。実は、預金通貨は、銀行が「無」から創造して
 いるんです。
――そんなバカな・・・。
中野:いえ、それが「事実」です。銀行が個人や企業に融資をし
 たときに、新たな銀行預金が生み出されるのです。
――いやいや。銀行は、私たちが預けた銀行預金を元手に融資し
 ているんですよね?だから、銀行が創造しているわけではない
 でしょう。
中野:そう思っている人が多いですが、それも間違いです。実際
 には、銀行は預金を元手に貸出しを行うのではなく、貸出しに
 よって預金という貨幣を創造しているのです。そして、借り手
 が債務を銀行に返済すると、預金通貨は消滅します。
                  https://bit.ly/35fQDaW
─────────────────────────────
 常識的には、銀行は、預けた預金をもとにして、融資をしてい
ると思います。そうだと思い込んでいる人が大半です。これは、
国家財政を家計に例えるのと同じ発想です。全然違うのです。
 中野氏のいう「銀行は預金を元手に貸出しを行うのではなく、
貸出しによって預金という貨幣を創造している」が、正解なので
す。そして、もうひとつ大切なことは、「そして、借り手が債務
を銀行に返済すると、預金通貨は消滅する」という部分です。
 例えば、銀行がある企業に1000万円を融資するとき、銀行
はその企業の銀行口座に1000万円と電子的に記帳するだけで
銀行が保有している1000万円を振り込むのではないのです。
この場合、融資金の1000万円は銀行がまさしく創造したこと
になります。いうまでもないことながら、もちろん、その企業は
その1000万円を事業資金として使えます。しかし、返済と同
時に経営者にとってその債務はなくなるので、消滅するのです。
             ──[新しい資本主義/第035]

≪画像および関連情報≫
 ●財政赤字を家計の赤字にたとえるべからず
  ───────────────────────────
   財務省のホームページは、予算を家計にたとえて説明して
  います。生活費がいくら、収入がいくらで、不足する分は借
  金をしている、という説明です。
   加えて財務省は「家計の抜本的な見直しをしなければ、子
  供に莫大な借金を残し、いつかは破産してしまうほどの危険
  な状況です」「毎月の生活費の水準を抑えることにより・・
  ・」としています。わかりやすい例えで国民の危機感を煽り
  増税や歳出削減等に理解を得よう、ということなのでしょう
  が、いささかミスリーディングです。
   第一は、「家の外に借金をしている」という例えです。日
  本国と外国との関係で言えば、巨額の対外純資産を持ってい
  るので、日本が外国からの借金に苦しんでいるわけではあり
  ません。ここがミスリーディングです。「父さんが給料以上
  に使っているので不足分を母さんから借金をしている。一方
  で母さんは倹約家でしっかり貯めている。そこで、母さんは
  父さんに貸して、残りを銀行に預けている。
  父さんは銀行や高利貸から借りているわけではないので、家
  計としては問題ない」という例えの方が、遥かに良いでしょ
  う。問題は、父さんと母さんの夫婦喧嘩が絶えないことくら
  いでしょう(笑)。とはいえ、母さんからの借金を減らすの
  は容易なことではありません。それは、父さんの支出が家族
  のためのものだからです。    https://bit.ly/3h6247z
  ───────────────────────────
マーガレット・サッチャー元英国首相.jpg
マーガレット・サッチャー元英国首相
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2022年02月28日

●「信用創造の原理を深く理解すべし」(第5679号)

 前回を少し振り返ります。ある企業が銀行から1000万円の
融資を受けたとします。そのさい、銀行はその企業の口座にキー
ボードを使って「1000万円」と記帳します。そのため、これ
を「キーストロークマネー」と呼んでいます。このさい、重要な
のは、この1000万円は銀行にある1000万円の預金をその
企業に融資したのではなく、純粋に1000万円が創造されたも
のであるということです。これを「信用創造」と呼んでいます。
 これに対して「そんなことどうしていえるのか」という反論も
あります。企業はその融資金の1000万円の資金を引き出して
使うわけで、それは銀行にストックされている預金から1000
万円を引き出しているといえるのではないかというわけです。
 しかし、全国銀行協会が編集している『図説わが国の銀行』に
は次の記述があります。
─────────────────────────────
 銀行が貸出を行う際は、貸出先企業Xに現金を交付するのでは
なく、Xの預金口座に貸出金相当額を入金記帳する。つまり、銀
行の貸出の段階で預金は創造される仕組みである。
         ──全国銀行協会編/『図説わが国の銀行』
─────────────────────────────
 もうひとつ動かぬ証拠もあります。2019年4月4日の参議
院決算委員会において、「銀行は信用創造で十億でも百億でもお
金を創り出せる。借入が増えれば預金も増える。これが現実。ど
うですか、日銀総裁」という野党の質問に対して、黒田日銀総裁
は次のように答弁しています。
─────────────────────────────
 銀行が与信行動をすることで預金が生まれることは、委員ご指
摘の通りです。              ──黒田日銀総裁
─────────────────────────────
 この黒田日銀総裁の発言で、企業や個人の借り入れで、預金が
創造されることは理解できると思います。これをバランスシート
で書くと、企業では次のようになります。
─────────────────────────────
    ≪企業の場合≫
           資産         負債
     預金1000万円  借入金1000万円
─────────────────────────────
 このように企業には負債が発生します。つまり、企業が銀行に
「1000万円を期日までに返す」という負債であり、これによ
って、1000万円の預金が創造されます。この場合、銀行のバ
ランスシートは次のようになります。
─────────────────────────────
    ≪銀行の場合≫
           資産         負債
    貸出金1000万円   預金1000万円
─────────────────────────────
 この場合、銀行の「預金1000万円」がなぜ負債になってい
るのかというと、それは企業の引き出しに備えるためです。つま
り、銀行は企業に対して1000万円の現金通貨を支払う負債を
負っていることになります。
 以上の話の後、中野剛志氏と記者との間には、次のやり取りが
展開されます。
─────────────────────────────
――ところで、信用創造に元手となる資金が不要なのだとしたら
 銀行は、いくらでも、好きなだけ貸し出すことができるわけで
 すか?
中野:いやいや、さすがにそんな“ドラえもん”のような話には
 なりません(笑)。さすがに借り手側に返済能力がなければ、
 銀行は貸出しを行うことはできません。だからこそ、銀行は、
 融資の際に借り手を審査するわけです。
  つまり、銀行の貸出しの制約となるのは貸し手(銀行)の資
 金保有量ではなく、「借り手の返済能力」ということになりま
 す。大雑把にいえば、「借り手側に返済能力がある限り、銀行
 はいくらでも貸出しを行うことができてしまう」ということ。
 もっと言えば、「借り手側に返済能力がある限り、銀行はいく
 らでも預金貨幣を生み出すことができる」ということです。念
 のために付け加えておくと、民間銀行の信用創造には法令によ
 る制約はありますが、本質的には、信用創造の制約となるのは
 借り手の返済能力だと考えてよいでしょう。
――なるほど。          https://bit.ly/3MeV078
─────────────────────────────
 以上のことで明確になったことがあります。それは、信用創造
の原理が、政府が国債を発行するときにも当てはまるということ
です。現在、政府が国債を発行して、その大多数を日本銀行や民
間銀行が引き受けていますが、これは銀行が政府に対して信用創
造することを意味しており、そのさい民間の金融資産(預金)の
制約は一切受けないのです。
 したがって、国債をいくら発行して赤字財政支出が膨れ上がっ
たとしても、民間の金融資産が減ることなどないので、国債金利
が高騰するという事態も起こらないのです。
 それどころか、国債を発行して、財政支出を拡大させることに
よって、財政支出額と同額だけの預金通貨が増えるのです。信用
創造の原理が働いているからこそこういうことが起こります。国
債の発行や償還については、正確に理解されていない部分が多く
これについてもEJで取り上げて説明します。
 しかし、政府は、日本銀行にしか口座をもっていないし、民間
銀行から直接融資を受けられないのです。したがって、いささか
複雑なオペレーションが必要になりますが、これについては、明
日のEJで詳しく説明します。この信用創造の原理は大切な知識
であり、正確に理解しておく必要があります。
             ──[新しい資本主義/第036]

≪画像および関連情報≫
 ●「寓話で学ぶ信用貨幣論」の補足説明1
  ───────────────────────────
   お金ってどうやって生まれるの?
  あらゆる経済の根幹をなすこの問の答えを、特に日本では、
  驚くほど多くの人が間違えています。私の肌感覚では、専門
  家も含め、概ね日本人の9割くらいが間違えていると思いま
  す。経済学部の私のゼミ生も最初は全員間違えていました。
   典型的な間違いを挙げます。下記のリンクはグーグルで、
  で「信用創造」と日本語で検索した結果に出てきた上位3つ
  です。             https://bit.ly/3HlBli3
   そして、全部の解説が間違っています。ちなみに、「信用
  創造」とは英語の「money creation」の訳語。つまり、より
  平易に訳せば「お金の創造」のことです。
   3つの解説に共通しているのは、「銀行は預かった(もし
  くは借りた)お金を又貸ししてお金を増やしている」という
  部分です。これ、間違いです。もしこれが本当だったら、銀
  行って何なのでしょう。金主のお金を高利で貸し出す闇金と
  何が違うのでしょうか。
   もちろん、現実社会の近代的な「銀行」は、400年くら
  い前のその誕生時から現在に至るまでそんな「又貸しビジネ
  ス」はしていません。「何もないところから」借り手の信用
  を担保にお金を生み出す。これが現実社会の信用創造です。
                 https://bit.ly/3M00Lpb
  ───────────────────────────
国会で答弁する黒田日銀総裁.jpg
国会で答弁する黒田日銀総裁
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●「政府と日銀による統合政府B/S」(第5698号)

 なぜ、日本の財政出動は少ないのでしょうか。一般論として考
えれば、それは日本の借金(国債残高)があまりも巨額であるか
らでしょう。少なくとも多くの日本人はそう考えていると思いま
す。借金に借金を重ねると、日本の財政は破綻してしまうのでは
ないかと不安になるからです。
 しかし、思い切った財政出動をしないと、日本経済はデフレか
らいつまで経っても脱却できないのも事実です。国債の発行を少
しでも減らし、プライマリーバランスを黒字にすると、いつまで
もデフレから抜け出せなくなるはずです。しかし、借金が多い財
政がトラウマになって、思い切った財政出動ができないでいると
いえます。
 1995年にデフレが始まったとすると、今年で実に27年に
なります。こんなに長期間デフレに陥っている国は、日本だけで
す。そろそろ「20年デフレ」を卒業して、「30年デフレ」と
いっても過言ではありません。
 本当に日本は財政危機ではないのでしょうか。このことを明ら
かにする必要があります。このテーマは、EJでは何回もやって
いるのですが、以前から「日本に財政問題はない」と主張する高
橋洋一氏の新著も参考にしながら、改めてていねいに考えてみた
いと思います。
 「日本は重い財政問題を抱えている」という人は、何を根拠に
そういっているのでしょうか。これについて、高橋洋一氏は会計
学の観点から、次のように述べています。
─────────────────────────────
 会計学では、負債の総額を「グロス」、負債から資産を引いた
額を「ネット」という。このうちどちらに着目するかが、ポイン
トだ。ひとことでいえば、財政問題があるといっている人たちは
政府のバランスシートの右側(負債だけ)、つまりグロス債務ま
たはグロス債務残高の対GDP比を見ているのだ。
 政府のグロス債務残高は1000兆円、これはGDPの2倍で
ある。だから「日本は大変な財政問題を抱えている」「財政再建
が必要だ」「そのためには増税と歳出カットだ」と主張している
わけである。
 これほどの財政難のなかで借金がさらに増えては困るから、増
税で税収を増やす一方、政府の支出を減らそう、もっと倹約しよ
うというわけだ。
 これの何がおかしいか。すでに「答え」をいってしまったよう
なものだから、もうわかるはずだ。要するに彼らは、借金だけを
見て騒いでいるのである。     ──高橋洋一著/あさ出版
      『99の日本人がわかっていない新・国債の真実』
─────────────────────────────
 「資産があるじゃないか」というと、財務官僚は必ず「資産と
いっても売れない資産が多い」と反論します。確かに道路や橋な
どは売れないと思います。
 しかし、高橋氏によると、日本政府の資産の大半は金融資産で
あり、売ろうと思えば、すぐ売れるのです。かつて、大蔵官僚で
あった高橋洋一氏がいうのですから、間違いがないことです。た
だ、財務省としては、売りたくないと考えているのです。
 実は日本政府の金融資産は、政府関連子会社への出資金、貸付
金が多いのです。民間企業でも経営が苦しくなってきたら、関連
子会社を処分することはあり得ることです。政府の借金の額が本
当に多くてみっともないと思うなら、そういう政府関連子会社を
いくつか売却すればよいのです。
 しかし、財務官僚の上層部は、絶対にそういう資産は売りたく
ないのです。だから、道路とか橋とかいうのです。本当は売る必
要がない(財政問題はない)からですが、政府関連子会社を売っ
てしまうと、財務省の幹部は、自分たちの天下り先がなくなって
しまうからです。だから、国民に負担を押し付けて、増税や歳出
削減で、財政の見映えをよくしようとしているのです。自分の再
就職先ぐらい自分で探せ!といいたいです。日本がデフレから抜
け出せないのは、財務省に重大な責任があります。実にけしから
んことです。
 2017年のことです。ノーベル経済学賞を受賞したコロンビ
ア大学教授、ジョセフ・スティグリッツ氏が来日し、経済財政諮
問会議に出席したことがあります。そのとき、スティグリッツ教
授は、次の趣旨の提言をしています。
─────────────────────────────
 日本は財政政策による構造改革を進めるべきである。具体的に
いうと、政府や日銀が保有する国債を相殺することで、政府の債
務は瞬時に減少する。   ──ジョセフ・スティグリッツ教授
           ──高橋洋一著/あさ出版の前掲書より
─────────────────────────────
 スティグリッツ教授は「政府や日銀が保有する国債を相殺する
ことで」といっていますが、これは、政府の財務状況を「統合政
府バランスシート」でとらえていることを意味します。日銀は、
政府の子会社であり、民間企業が関連子会社と連結決算をするよ
うに、統合政府のバランスシートはあり得るのです。高橋氏によ
ると、一国の財務状態を「統合政府バランスシート」で考えるこ
とは海外ではそれが当たり前のことであるということです。
 「日本銀行は独立性がある」とよくいわれますが、これは日銀
が金融政策を執行するときのことであって、政府は、金融政策に
基本的には介入できないのです。しかし、組織的には、日銀は政
府の子会社なのです。
 そもそも国債残高の対GDP比も、日本の場合、国債残高が多
いのは事実ですが、それぞれの国の考え方によって算出された国
債残高を比較したものに過ぎず、必ずしも公正な比較とはいえな
いのです。日本の場合も、統合政府で考えると、政府の債務は、
大幅に減少してしまうのです。したがって、日本に深刻な財政問
題は存在しないということになります。
              ──[新しい資本主義/055]

≪画像および関連情報≫
 ●日本の問題をはき違えてい「財務省」の大きな罪
  /リチャード・カッツ氏
  ───────────────────────────
   日本の財政赤字は「氷山に向かうタイタニック号」のよう
  なものだという矢野康治財務事務次官の発言で唯一新鮮だっ
  たのは、選挙で選ばれた政府の政策を、水面下での会話では
  なく、影響力のある『文藝春秋』誌上で厳しく批判したこと
  だ。約半世紀前、1978年から財務省は政府が抜本的な歳
  出削減と増税をしない限り「日本は崩壊ししかねない」と、
  首相を脅し続けて自分たちのいいなりにしようとしてきた。
  最近は国債市場の暴落を”ネタ”にしている。財務官僚たち
  は影で、首相を次々と「犠牲」にすることで消費増税を繰り
  返せると影でジョークを言っているほどだ。
   仮に財務省の警告が正しければ、それは国益のためだった
  と言えるだろう。しかし現実には、財務省は何度も間違って
  きたし、かたくなに主張を改めようとしなかった。公平のた
  めに言うと、確かに財務省の見解は多くの高名なエコノミス
  トの間でも共有されている。2012年にはエコノミスト2
  人が、財政緊縮策を実施しなければ2020年から2030
  年までの間に国債の暴落が起こると予測していた。
   1990年代半ば、財務省は橋本龍太郎首相を説得して消
  費税を3%から5%に引き上げさせた。引き上げ幅は健全な
  経済状態では問題にならないほど小さかったが、不良債権の
  肥大化により日本の体力が低下しているというアメリカ政府
  の指摘が無視されていた。    https://bit.ly/3uyUkBz
  ───────────────────────────
ジョセフ・スティグリッツ教授.jpg
ジョセフ・スティグリッツ教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする