2022年01月01日

●「新年のご挨拶/2022.1.1」( 新年特集号)

 2021年のEJは、例年同様、1月4日の第5400号から
12月28日の第5643号までの242本を、営業日の毎日、
一日も欠かさず、お届けしました。その間、同じコンテンツをブ
ログにも投稿しています。
 今年は、すべてデジタルのテーマを書こうと最初から決めてい
て、同一テーマで最後まで貫いています。
―――――――――――――――――――――――――――――
 1.デジタル社会論T ・・・・・・・・・  72回
 2.デジタル社会論U ・・・・・・・・・  73回
 3.デジタル社会論V ・・・・・・・・・  97回
 ―――――――――――――――――――――――――――
                      242回
―――――――――――――――――――――――――――――
 少し昔の話になりますが、グーグルが、いわゆる検索エンジン
を無料公開したのは1998年のことです。ウェブサイト上でそ
れを発見し、ダウンロードしたことを今でも覚えています。それ
までにも検索エンジンはあったし、検索の機能は無料にしては高
性能であるし、こんなものを無料で配って大丈夫なのかなと思っ
たものです。
 やがてグーグルは「ウェブ検索といえばグーグル」といわれる
ようにこの分野でトップシェアを固めます。それは、検索という
ものに対し、ひとつの思想というか、アルゴリズムがあったから
です。そのアルゴリズムの名称は「ページランク」といい、グー
グルはこのアルゴリズムに基づいて、検索結果の表示の順位を決
定しているのです。既にグーグルはこのアルゴリズムの特許を取
得していますが、その特許はグーグルではなく、スタンフォード
大学に帰属しており、グーグルは大学から同特許の権利を独占的
にライセンスされています。
 グーグルの創業者は、ラリー・ページとセルゲイ・プリンの2
人ですが、「ページランク」の名称は、ウェブページのページと
ラリー・ページのページをかけたものといわれています。しかし
検索機能を無料で使わせていて、グーグルはどのようにして利益
を得ているのかというと、それは検索連動広告であり、グーグル
の本職は実は広告会社であるというのですが、最初のうちはそれ
が今ひとつピンとこなかったのも事実です。
 実は、グーグルとしては、最初から顧客のIDをひたすら大量
に収集することが目的だったのです。さらにそれに加えて、大量
のビッグデータを生み出す無料のサービス(Gメールなど)を提
供し、その収集を可能にしたのです。これは、他のいわゆるプラ
ットフォーム企業(GAFA)はすべて同じです。彼らは早くか
ら、ビックデータが価値を生み出すことを知っていたからです。
 それらの無料サービスが検索(グーグル)であり、ネット通販
(アマゾン)であり、SNS(フェイスブック)であり、それを
いつでもどこでも手軽に実行できるマシンの開発(アップル)で
あったのです。これについて、野村総合研究所社長の此本臣吾氏
は次のように述べています。
─────────────────────────────
 デジタル時代に何が価値を生むか。それに早く気づいた人たち
が、データを集める場、つまりプラットフォームにものすごい先
行投資をしたということ。大量のIDを集めてドミナントを目指
すわけです。
 中国のライドシェア滴滴出行に行った際、日本のある自動車メ
ーカーの方が、そんな先行投資してどう回収するのかと聞いたら
そういう発想ならプラットフォームビジネスはやめた方がいいと
言われた。顧客のIDを大量に集めるまでは我々は、投資回収な
んて考えたこともない。だから、最初は非上場を貫く。IDさえ
集まれば、多様なサービスを提供するエコシステムができあがり
投資回収は自然と進む、と。      ──日経産業新聞=編
               『XaaS(ザース)の衝撃/
すべてがサービス化する新ビジネスモデル』/日本経済新聞出版
─────────────────────────────
 いわゆるGAFAの各企業の創業年月を並べてみると、次のよ
うになります。
─────────────────────────────
    G──   グーグル ・・・・ 1998年
    A──   アマゾン ・・・・ 1993年
    F──フェイスブック ・・・・ 2004年
    A──   アップル ・・・・ 1976年
─────────────────────────────
 GAFAのうち、アップルだけが創業時期も古く、他の企業と
は異質の企業ですが、アイフォーンの開発により、仲間に入って
います。このアップルを除くGAFは、いずれも2000年前後
の創業であり、ほぼ20年ほどの短期間で、ここまで急成長を遂
げたことになります。
 これまで世界をコントロールしてきた企業は、資金力と権力で
したが、GAFAはビッグデータを資本として収益を生み出して
いる点が違います。GAFAは、いわゆる「データキャピタリズ
ム」、データ資本主義であるといえます。
 しかもこれらの企業が収集したビックデータは一度使えばなく
なってしまうものではなく、何回でも繰り返し使えるのです。野
口悠紀雄教授によると、それらのデータは「原材料」ではなく、
「資産」として捉えるべきものであるといっています。いい換え
ると、フローの情報ではなく、ストックとしての情報なのです。
そのため現在起きていることは「21世紀のゴールドラッシュ」
であるといえるのです。
 GAFAは今後どうなっていくのでしょうか。新年からEJは
新しいテーマを立てますが、どうしてもテクノロジーが中心にな
らざるを得ないと思います。新年のEJの配信は、1月5日から
になります。

≪画像および関連情報≫
 ●監視資本主義とはなにか/「スーパーシティ 」の内実
  を暴く/小笠原みどり氏
  ───────────────────────────
   監視資本主義とは、企業が個人情報を収集することで、消
  費者の行動を個別に分析し、予測し、変容させ、利益を上げ
  る仕組みを指す。個人情報の収集は現在、私たちがインター
  ネットにアクセスする度にほとんど自動的に生じている。
   ズボフ教授は、特に米IT大手企業グーグルに焦点を当て
  る。例えばグーグルで何を検索したか、グーグルの管理する
  Gメールで誰に何回、どんなメッセージを送ったか、などの
  データから、私たちの興味や関心、人間関係がわかる。グー
  グルはこうして大量に抽出したデータを他の企業に売って、
  企業が私たち一人ひとりに狙いを定めたターゲット広告を打
  つことを可能にしてきた。だから個人情報によって収益を上
  げる仕組みは、IT企業だけでなく、他の小売業やサービス
  業を含む市場全体に及び、実際のところ、日本でも多くの企
  業が「21世紀の石油」とばかりに、個人情報集めに躍起に
  なっている。
   グーグルは便利だし、何を検索しているか、メールに何を
  書いているか見られても別に構わない、と感じる人もいるか
  もしれない。が、企業があなたの仕事や週末の行動パターン
  を探るだけでなく、秘密や弱みや悩みにつけ込み、不安を
  ってダイエット商品を買わせたり、興奮を誘ってゲーム中毒
  にさせたりしているとしたら、どうだろうか。
                  https://bit.ly/3pFKtZ7
  ───────────────────────────
2022年元旦.jpg
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2022年01月05日

●「『新しい資本主義』は実現可能か」(第5644号)

 2021年10月4日、岸田内閣が発足しました。岸田元政調
会長は、9月の自民党総裁選に向けた政策集として、「新しい日
本型資本主義」という項目を立て、この言葉を選挙戦のキャッチ
フレーズに使って総裁選を戦い、勝利しています。
 具体的にいうと、新自由主義的政策を転換し、中間層への分配
を手厚くする「令和版所得倍増」を実現する──この政策を目玉
に掲げたのです。そして、10月4日に閣議決定した岸田内閣の
基本方針には、この「富める者と富まざる者の分断を防ぎ、成長
のみ規制改革・構造改革のみでない経済をめざす」という文言が
盛り込まれていたのです。
 この「新しい資本主義創設」は、単なる選挙のスローガンだっ
たのかというと、そうではないようです。それは、総裁選にさか
のぼること3か月の6月11日に、次のようなことがあったから
です。それは、岸田氏が、派閥横断型の「新たな資本主義を創る
議員連盟」を発足させ、岸田氏自身が会長に就任したからです。
 この議員連盟には、菅義偉首相の総裁任期が満了する前に党内
の足場を構築する狙いで、「3A」といわれる安倍晋三首相、麻
生太郎副総理兼財務相、甘利明税制調査会長ら150人近い自民
議員が顔を揃えたのです。しかし、この時点で、新議連の方向性
は定まっておらず、他の党内抗争に利用されて終わりかねないと
足元の岸田派から不満も出ていたといわれます。
 問題はこの「新しい資本主義」とは何かということです。
 岸田氏は「新自由主義からの転換」といっているので、現在の
資本主義が「新自由主義」であって、これが大きな格差を生み出
している元凶であるから、これを転換し、分厚い中間層を育て、
格差のない社会を創るといっているのです。そのためには「経済
を成長させ、多くの富を生み出し、それを公平に分配する」しか
ないことになります。
 確かに、日本経済はこのところさっぱり成長しない。それも、
2年や3年ではない。10年、20年以上にわたって成長してい
ないのです。国民の多くは、日本は世界第3位の経済大国である
ことは意識していますが、「経済がまるで成長していない」こと
を知っている人は少ないと思います。
 これを証明する最も衝撃的なデータが添付ファイルにしてあり
ます。1995年から2015年の20年間の名目GDP成長率
推移のデータです。これによると、世界平均がプラス139%で
あるにもかかわらず、日本は断トツの世界最下位のマイナス20
%です。日本の一つ上にドイツがいますが、その成長率はプラス
30%であってプラス成長です。
 問題は、なぜ成長しないかです。要因はいろいろありますが、
最大の原因は日本がデフレだからです。デフレであるのに、最悪
のタイミングで、消費税率を5%から10%へ倍増させたことに
あります。これについてはEJで何回も指摘しています。
 デービッド・アトキンソンという人を知っていますか。
 小西美術工藝社社長で、日本経済の研究を続け、『新・観光立
国論』『新・生産性立国論』など、日本を救う数々の提言を行っ
てきており、BSフジ「プライムニュース」などによく出演して
います。アトキンソン氏は、日本の消費税増税の失敗の原因につ
いて次のように述べています。
─────────────────────────────
 これまでの消費税増税のマイナスは、人口、とりわけ生産性年
齢人口という最大の消費者の数が減っているのに加えて、給料が
上がらない中で、消費税を増税したことが原因です。3%の消費
税が導入された1989年4月、統計局の調査によると日本人の
給与は平均して4・3%増加していました。もちろん消費税導入
への抵抗はあったでしょうが、給料がそれ以上に上がっているの
で、内需がマイナスになることはありませんでした。
             ──デービッド・アトキンソン氏
─────────────────────────────
 これは実に納得できる指摘です。生産性人口の減少に加えて、
給料が上がっていないのに消費税が増税されれば消費が減るに決
まっています。それにしてもデフレの状況下では増税すべきでは
ないのです。デービッド・アトキンソン氏の指摘は、改めて詳し
くご紹介したいと思っています。
 新しい資本主義の問題では、「デジタル社会論/V」でも述べ
たように、データを資本とする資本主義、資本なき資本主義とい
われる「データ資本主義」の問題もあります。そういうわけで、
今年の第1回のテーマは、次のようにしたいと思います。
─────────────────────────────
  「新しい資本主義」とは何か。日本経済は成長できるか
     ── データを制する者が世界を制する ──
─────────────────────────────
 コロナはどうなるでしょうか。
 都内在住の内科医は「この冬、日本ではオミクロン株は流行し
ない可能性が高い」と予測しています。この内科医が注目するの
は今冬のデルタ株の流行状況です。「アワ・ワールド・イン・デ
ータ」によると、12月21日に確認された人口100万人当た
りの感染者数は、欧州516人、北米276人です。これに対し
て、南米は40人、アフリカ27人、アジア16人と地域によっ
て大差があります。
 1か月前の感染者数と比較すると、欧州は17%、北米は61
%、アフリカは900%感染者が増加しています。しかし、南米
では7%、アジアは16%感染者が減少しているのです。東アジ
アから西アジアまでアジア全体で感染者が増加しているのは、韓
国、ベトナム、ラオスなど数カ国しかないのです。アジアの多く
の地域では、夏以降にデルタ株による感染が急速に収束し、再燃
していないのです。日本も同様です。内科医の予測が当たること
を祈るのみです。    ──[新しい資本主義/第001]

≪画像および関連情報≫
 ●「10%消費税が日本経済を破壊する」/藤井聰教授
各国の経済成長率ランキング.jpg
各国の経済成長率ランキング
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2022年01月06日

●「新自由主義における3キーワード」(第5645号)

 新しい資本主義を目指すとか、転換するというのは、現在の資
本主義に問題があると岸田内閣が考えているからです。現在の資
本主義は「新自由主義」といわれていますが、それと決別すると
いうのです。
 新自由主義というのは、政府が経済に積極的に介入すべきであ
るとするケインズ主義とは対照的に、自由放任や自己責任を強調
する経済学の思想のことです。オーストリアの経済学者のハイエ
クや米シカゴ派のミルトン・フリードマンらが唱えた思想です。
その基本的なキーワードは次の3つです。
─────────────────────────────
           @市場万能主義
           A 小さい政府
           B金融万能主義
─────────────────────────────
 第1のキーワードは「市場万能主義」です。
 フリードマンによると、自由な市場は価格機能によって資源の
最適配分ができるようになるので、富を最も効果的に配分できる
とします。そのためには、経済活動を可能な限り自由にすべきで
あると主張するのです。
 さらに、市場に任せれば、失業問題は自然に解決するので、経
済活動の中心である企業活動を活性化させることを優先すべきで
あり、経済は供給サイドの強弱で決まるので、産業政策などは必
要なく、規制緩和と減税をすれば、供給サイドは強くなると主張
します。これが「供給サイドの経済学」です。
 これは、政府が需要を管理し、調整することによって、経済は
安定し、成長するとするケインズ主義とは真っ向から対立するこ
とになります。
 第2のキーワードは「小さい政府」です。
 第1のキーワードの市場万能主義を実現するには、政府機能を
できるだけ縮小して小さい政府にし、富裕層に対して減税し、社
会保障制度を否定すればよいと主張します。そうすれば、富裕層
に富が集中し、経済が成長し、国家が栄える──これが新自由主
義者の主張です。しかし、これによって富裕層は栄えるが、中間
層以下はどうなるのかという批判が出るので、その理由付けのた
めに作られたのが「トリクルダウン」という考え方です。
 経済政策は、所得を再配分することではなく、富を創造するた
めにあり、富裕層に富を集中させれば、富裕層は消費をするし、
投資もするので、中間層以下の人々は、そのおこぼれにあずかる
ことができるというのがトリクルダウンの考え方です。
 第3のキーワードは「金融万能主義」です。
 新自由主義は、小さい政府を主張するので、政府が行う財政政
策を否定し、中央銀行の行う金融政策を重視します。したがって
景気対策などは金融政策で行うべきであると主張します。しかし
そういう論拠に立つと、「大恐慌を解決したのは政府が大量の財
政出動をしたニューディール政策である」とする歴史的事実と論
理矛盾が起きてしまいます。
 したがって、新自由主義者は「大恐慌を解決したのは、金本位
制を停止して管理通貨制にし、FRBが市場に資金を潤沢に放出
したからである」と主張します。これを「金融緩和回復説」と呼
んでいます。なお、このような金融万能主義のことを「マネタリ
ズム」といい、信奉者のことをマネタリストといいます。
 ベン・バーナンキ氏という人物がいます。大恐慌の研究家とし
て著名な大学教授であり、あのリーマンショックの時のFRB議
長(日本でいえば日銀総裁)を務めていた人物です。彼は、根っ
からのマネタリスト、つまり、ミルトン・フリードマンの信奉者
として知られています。2002年にブッシュ米大統領(子)が
開催したフリードマンの誕生祝賀会において挨拶し、大恐慌につ
いてフリードマンに対し、次のように語っています。バーナンキ
氏は当時FRBの理事を務めていたのです。
─────────────────────────────
 大恐慌の原因は、FRBの資金供給が不十分であったからだと
するあなたのご指摘は正しかった。FRBは2度と過ちはいたし
ません。               ──ベン・バーナンキ
─────────────────────────────
 バーナンキ氏は「デフレを克服するには、ヘリコプターからお
札をばらまけばよい」と発言したことから、「ヘリコプター・ベ
ン」とか、「ヘリコプター印刷機」の異名をつけられ、デフレで
苦しむ日本に対しては、2001年3月からの日銀の量的金融緩
和政策は中途半端であり、物価がデフレ前の水準に戻るまで、紙
幣を刷り続け、さらに日銀が国債を大量に買い上げ、減税財源を
引き受けるべきだと訴えています。
 安倍前政権になってからの日本は、「アベノミクス」と称して
黒田日銀総裁は、ほぼバーナンキ氏の主張に近い政策を取り続け
てきているものの、デフレからの脱却もトリクルダウンも起きて
おらず、株価が上昇しただけです。
 バーナンキ氏は、2017年に来日し、5月24日に日本銀行
内で講演したさい、次のように語っています。これは、どのよう
に考えても反省の弁として受け取れます。
─────────────────────────────
 私はよく理解できていなかった。特に初期の論文では楽観的過
ぎた。中央銀行がデフレを克服できると決意して金融緩和策を行
うことに私は確信を持ち過ぎた。   ──ベン・バーナンキ氏
─────────────────────────────
 リーマンショック時の2006年から2014年までFRB議
長を務めたバーナンキ氏は、かねてからの主張通り、超金融緩和
を実施していますが、どうも彼はその結果に納得がいかなかった
ようで、FRB議長を退任するとき、「量的金融緩和の経済効果
は理論的に証明されていない」と周囲に打ち明けたということが
伝えられています。これは、バーナンキ氏の疑問として伝えられ
ています。        ──[新しい資本主義/第002]

≪画像および関連情報≫
 ●バーナンキFRB前議長、リーマン破綻「不可避だった」
  ニューヨークのシンポで
  ───────────────────────────
  【ニューヨーク=佐藤大和】米連邦準備理事会(FRB)の
  ベン・バーナンキ前議長(60)は、2014年10月8日
  ニューヨークで「日経アジアン・レビュー(NAR)」が協
  賛した、シンポジウムで講演し、任期の大半を費やした20
  08年の金融危機への対応を振り返った。米大手証券リーマ
  ン・ブラザーズの破綻は「不可避だった」と釈明した一方で
  その後の一連の対策で「金融システムはより強固になった」
  と自信も示した。
   バーナンキ氏が講演の冒頭で強調したのはリーマンの経営
  問題が取り沙汰されていた08年9月当時の雰囲気だ。そも
  そもなぜリーマンを救わずつぶしたのか――。破綻の影響が
  あまりに甚大だっただけに、いまもFRBが最大の批判を浴
  びるのはこの点だ。
   この批判を心外だとバーナンキ氏はいう。「むしろ(放漫
  経営の)リーマン破綻やむなしと傾いていたのは英米経済紙
  の社説や専門家。我々にそんな甘い認識はなかった」と反論
  した。「破綻回避に全力をあげたが、バンク・オブ・アメリ
  カはリーマンではなくメリルリンチを救済した。バークレイ
  ズは(英国)当局の介入でリーマンの買収を見送った」と内
  幕も明かした。「リーマンからは顧客、取引先のみならず従
  業員も逃げ出していた」という状態で、手の打ちようがなく
  なっていた。      https://s.nikkei.com/3sU6fdL
  ───────────────────────────
日本銀行で講演するバーナンキ氏.jpg
日本銀行で講演するバーナンキ氏
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2022年01月07日

●「新自由主義は英国病を克服したか」(第5646号)

 ハイエクやフリードマンが提唱する新自由主義政策を実施する
と何が起きるのでしょうか。
 その典型的な例として、英国と米国の例について、簡単にご紹
介することにします。まず、今朝は英国の例です。
 1960年〜1970年代の英国は、労使紛争の多さと経済成
長不振のため、ヨーロッパ諸国から「ヨーロッパの病人」といわ
れるほど、ひどい状態に陥っていたのです。行き過ぎた社会保障
政策によって、インフレ率がどんどん上がっていき、1970年
代には10%を超えたことはよく知られています。人々は真面目
に働かなくなり、その結果、悪性のインフレ(スタグフレーショ
ン)が進行したのです。
 とくにひどかったのは、1978年から1979年。その冬は
「不満の冬」と呼ばれ、頻発するストライキによって、暖房の石
炭にすら不自由する状況で、それはゴミの回収にも及び、ロンド
ンの町のいたるところでゴミ袋がうず高く積み上がっていたので
す。さらに墓掘り人夫までストライキを行い、死体が6週間も埋
葬されないまま悪臭を放つというような状態になっていたといい
ます。おまけに、墓掘り人夫が墓地のゲートに施錠して、葬儀の
参列者が墓に行けなくなり、墓掘り人夫と葬式の参列者が小競り
合いになる事態も発生しました。
 それでも労働組合に守られた英国の労働者は、昼の日中から、
ティータイムを楽しみ、自分の権利を、ほんの少しも譲ろうとは
しなかったのです。このような状況を指して「英国病」と呼んで
います。鉄の女といわれるマーガレット・サッチャーは、このよ
うな時期に政治の世界に颯爽と登場したのです。
 保守党党首のサッチャーは、1979年の下院議員選挙で、停
滞している経済状況を打開するために、いわゆる新自由主義政策
を掲げて選挙に大勝します。政策を具体的にいうと、「小さい政
府」「規制緩和」「政府の市場への介入の制限」「政府の国民へ
の金品の無償供与禁止」などです。サッチャーは、ハイエクの政
策を支持しており、まさに新自由主義政策を公約として掲げ、国
民に支持を訴えたのです。
 英国にも自国の現状を憂い、何とか国を立て直してもらいたい
と願う国民は多数いて、その勢力が保守党党首のサッチャーを首
相に押し上げます。サッチャーは、首相になったとき、次のよう
に語っています。
─────────────────────────────
 私は、英国を依存社会から自立社会へと変えるつもりで首相に
なったのである。座って待っているのではなく、起き上がって進
む英国である。        ──マーガレット・サッチャー
─────────────────────────────
 首相に就任したサッチャーは、大企業に有利な大幅な減税と規
制緩和を実施し、強硬な反労働組合政策をとって、従来の経済政
策を大転換させたのです。その結果、社会は大混乱になり、労働
組合はストライキを連発して対抗します。そのため、製造業は低
迷し、失業率が大幅に上昇することになります。サッチャーは、
労働組合について次のように強く批判しています。
─────────────────────────────
 ストライキを頻発させて合理化に抵抗する労働組合こそがイギ
リス経済の元凶である。    ──マーガレット・サッチャー
─────────────────────────────
 その一方においてサッチャーは、小さい政府を実現するため、
財政支出面で医療関連費用や社会保障費、教育費を削減したため
国民皆保険制度が破壊され、病院の閉鎖が相次ぐなかで、優秀な
医師が続々と海外に移住し、世界に冠たる英国の医療システムが
崩壊してしまいます。しかし、サッチャーは、国営化されていた
国のインフラ事業を次々と民営化し、規制緩和によって、自由競
争を押し進めたのですが、トリクルダウンは一向に機能せず、経
済は活性化しなかったのです。そのため財政赤字は拡大し、ポー
ルタックス(人頭税)まで強行する事態に追い込まれます。
 人頭税というのは、従来の固定資産税に代るもので、所得額に
関係なく18才以上の住民が一律に支払う税です。1989年4
月から、イングランドとウェールズで実施されています。
 しかし、低所得者に大きな負担を強いる弱者切り捨ての政策は
国民の強い反発を招き、これが原因でサッチャーは辞任に追い込
まれることになります。
 しかし、サッチャーが最も力を尽くしたのは、ロンドン金融資
本市場の活性化です。製造業の停滞で縮小していた労働者の雇用
機会を金融関連事業で吸収しようとしたのです。それに合わせて
サッチャーは「ビックバン」と呼ばれる大胆な金融政策を実施し
ています。具体的にやったことは次の3つです。
─────────────────────────────
      @    売り上げ手数料の自由化
      A銀行と住宅金融公庫の区別の撤廃
      B 証券・金融市場の海外への開放
─────────────────────────────
 これによって何が起きたかというと、いわゆる「ウインブルド
ン現象」です。ロンドンで行われるテニス大会になぞらえたこと
ばです。英国への海外からの投資が増加し、これによって英国の
伝統ある金融機関が外資によって、次々と買収されたのです。し
かし、金融部門における専門職が増加し、英国の産業が工業から
金融への脱工業化が進行し、伝統ある「ロンドン・シティ」を世
界の金融センターとして復興させることに成功しています。
 このように英国については、新自由主義政策は、いささか荒療
治ではあったものの、国を変えることに成功したといえます。こ
の荒療治のなかでインフレも抑え込まれています。現在の日本も
英国と同じ「日本病」にかかっています。約30年間もデフレか
ら脱却できないでいるからです。岸田内閣は、果たしてこの日本
病をサッチャーのように修復できるでしょうか。
             ──[新しい資本主義/第003]

≪画像および関連情報≫
 ●小さな政府」に転換したイギリス/平山往夫氏
  ───────────────────────────
   資本主義は、儲けが少なくなることは嫌なんです。利益率
  を維持する、もしくは高めたいと常に考えるのです。そのた
  めに、大きな政府から、また成長力の高い小さな政府に戻る
  のです。それをやったのが、サッチャーです。サッチャーは
  こんな経済学的なことは意識していなかった。ただ、ケイン
  ズの対局で論戦をしていたハイエクの弟子のキース・ジョセ
  フという人が経済大臣で、サッチャーは彼のアドバイスを受
  けて、小さな政府への政策を選択実行しましたが、彼女を一
  番駆り立てたのは、このまま国営企業等が増えてゆくと英国
  は社会主義国家になるのではという強い懸念でした。
   小さい政府では、政府は余計なことをしない。福祉もカッ
  ト。大学の先生の給与も病院のお医者さんの給与もカット。
  国営企業が担っている8つの部門は、民営化する。企業活動
  がより自由に行えるように規制緩和。そしてもう1つ、重要
  なのが税制改正、累進の傾きを低くするということをしまし
  た。儲かったら、その分儲けた人がより多くの所得を自分で
  使えるようにしたということです。そのほうが人は頑張るの
  で、成長力が高まるからです。大きな政府では累進がきつい
  ので、稼いだ人からより多くの税をもらいます。その分で困
  っている人を救うことも含め多くの福祉を行います。ですか
  ら大きい政府では福祉は公助です。公がやる。それに対して
  小さな政府では国は極力余計なことはしない、自助が原則で
  す。税金も少ないから儲けた人はさらに儲けようとする。追
  加投資もするから、成長率が高くなる。逆に大きな政府のほ
  うは成長率が低い。      https://bit.ly/32VmsVb
  ───────────────────────────
サッチャー元英国首相.jpg
サッチャー元英国首相
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2022年01月11日

●「レーガノミクスと新自由主義政策」(第5647号)

 新自由主義政策を国家が取り入れて実施すると、何が起きるで
しょうか。今朝は米国の例です。
 第2次世界大戦前の米国の資本主義は自由放任資本主義といっ
て、個人の経済活動の自由を最大限に保障し、国家による経済活
動への干渉・介入を極力排除しようとする思想や政策をとってい
たのです。この思想を経済学的に体系化したのは、経済学の父と
いわれるアダム・スミスです。
 しかし、1930年代に大恐慌を起きたことにより、その修正
資本主義として、市場の機能は不完全だと考え、政府による福祉
への介入など、市場経済への介入を肯定するケインズ主義が取り
入れられたのです。米国は、ケインズ主義に基づくニューディー
ル政策によって、大恐慌を克服しています。
 新自由主義は、1970年代にケインズ主義を批判し、盛んに
なった考え方で、政府の市場への介入を最小限にし、市場の働き
で社会全体の利益を最大にできるという自由放任主義に似た考え
方です。特徴としては様々なサービスの民営化や規制緩和などが
上げられます。
 さて、米国の場合です。1970年代以降、米国には新保守主
義(ネオコンサバティズム)、略してネオコンという政治イデオ
ロギーがあり、彼らは、新自由主義・市場原理主義の思想が利用
できると歓迎したのです。
 ネオコンというのは、自由主義や民主主義を重視して、米国の
国益や実益よりも思想と理想を優先し、武力介入も辞さない思想
です。もともと民主党のリベラル・タカ派だったのですが、以降
に共和党支持に転向して、共和党のタカ派外交政策姿勢に非常に
大きな影響を与えています。
 これらのネオコン一派が、1980年11月の米大統領選挙に
元俳優のロナルド・レーガンを担いで、当選に導いたのです。自
分たちの利益になると判断したからです。ネオコンの支援によっ
て、大統領になったレーガンは、大統領就任後の2月に、次のよ
うな演説をしますが、これについて、経済アナリストの菊池英博
氏は自著で次のように書いています。
─────────────────────────────
 1981年1月に就任したレーガン大統領は、2月18日に議
会で演説し、「アメリカは、大恐慌以来の最悪の経済的混乱にあ
る。インフレ率は12%、失業率は7・5%、金利は年20%で
ある」と国民に訴え、「経済再生計画」として、@小さい政府に
するために社会福祉関連予算を削減するが、「強いアメリカ」を
作るために軍事費を増加する、A所得税の最高税率を引き下げ、
法人税はいくつかの減税措置をとって大幅に削減する、B政府の
規制を大幅に縮小し、とくに環境問題などの社会的規制を撤廃す
る、C金融規制を緩和して安定的な金融政策を実現する、と述べ
たのです。まさに「トリクルダウン理論」「フラット税制」「ラ
ップァ一理論」などに沿った「供給サイドの経済学」の具体化で
す。さらにCは、マネタリズムの考えに従って、インフレ抑制の
ために通貨量を抑制して「ドル高」政策をとり、インフレ率を低
下させる方策を模索します。これらの政策は総合して「レーガノ
ミクス」と称せられますが、まさにこれは、戦後の福祉型資本主
義を破壊し、富裕層中心の新自由主義型資本主義への歴史的な政
策転換でした。               ──菊池英博著
   『新自由主義の自滅/日本・アメリカ・韓国』/文藝春秋
─────────────────────────────
 富裕層に対して減税し、企業に対しては法人税を下げる──素
人的に考えると、そんなことをすれば税収が減るのではないかと
考えます。しかし、こんな考え方もあるのです。
 富裕層の所得税を下げ、企業の法人税を下げると、ものが売れ
多くの投資が行われ、企業では、従業員の賃金を上げるところも
あって、経済全般に良い影響をもたらし、税収も上がるという考
え方です。これが「トリクルダウンの理論」です。
 これがウソであることは、安倍政権のアベノミクスで株価を上
昇させ、企業には法人税を減税しましたが、庶民には賃金が上が
るどころか、何の恩恵もなく、トリクルダウンなどは起きないこ
とがわかっています。おまけに消費税の税率を倍増させられ、そ
の分生活が苦しくなり、デフレに沈んだままです。
 「ラッファー理論」という理論があります。所得税率が0%と
100%という極端なケースを考えます。これは、政府にとって
税収を得ることは不可能です。なぜなら、0%では当然税収はゼ
ロであるし、100%では勤労する意欲がなくなるからです。し
たがって、0%〜100%のうちのどこかに最大の税収が得られ
る税率があるとします。
 もし、現在の税率がその「最適税率」を超える水準にあるとす
れば、減税によって、税率を「最適税率」まで下げることにより
税収を増やすことは可能である──これが、経済学者アーサー・
ラッファーによって提唱された「ラッファー理論」です。
 しかし、この理論には、実証的なデータは乏しく、その正当性
には多くの疑問があり、単にレーガノミクスの正当性を支える理
論のひとつに過ぎないとされています。
 レーガンの前任はカーター政権ですが、そのときの個人所得税
は14%〜70%、法人税の最高税率は46%でしたが、レーガ
ン大統領は、個人所得税の最高税率の70%を徐々に下げ、28
%、法人税も46%から34%まで下げています。それに加えて
減価償却期間の短縮などの実質減税をしているので、全体として
大幅な減税になったことは確かです。
 しかし、トリクルダウン理論はまったく機能せず、税収が激減
しただけです。当然ですが、これによって財政収支は大幅な赤字
に陥ったのです。これは、本来適正な税率によっては入ってくる
べき税収が負債、つまり国債に転化してしまったことを意味して
います。新自由主義政策を取り入れたレーガン時代の米国の状況
については、明日のEJでも継続します。
             ──[新しい資本主義/第004]

≪画像および関連情報≫
 ●「トリクルダウン理論」の解説
  ───────────────────────────
   トリクルとは英語で水などがちょろちょろ漏れ出るの意。
  富裕層が潤い社会全体の富が増大すれば、富は貧困層にもこ
  ぼれ落ち、経済全体が良い方向に進むとする経済理論。その
  本質的なスタンスから「おこぼれ経済」とも言いなされ、現
  実的裏付けや社会科学的な立証はなされていない。
   この説が最初に注目されたのは、18世紀の英国の思想家
  で精神科医のマンデビルの著した『蜂の寓話』(1714年
  刊)からである。作中、蜂は巣の中で醜い私欲にまみれて葛
  藤するに過ぎないが、巣全体はその結果として豊かで富んだ
  社会となると考察した。こうした概念がアダム・スミスなど
  の古典派経済学を経て、ケインズらの近代経済学にも示唆を
  与えた。ただし、経済市場での需要(有効需要)に着目し政府
  が公共事業を増やすなどして、財政・金融的に介入する政策
  (総需要管理政策)に重きを置くケインズのマクロ経済学では
  トリクルダウン理論の部分はほとんど棄却されている。その
  一方で、供給側に着目する経済学派の中では、供給されたも
  のはいつかは消費され需要を生み出すという仮説に基づいて
  投資や供給力が拡大すれば経済成長が期待できるという論調
  もあり、この側面としてトリクルダウン理論が残っていた。
  1980年代にケインズ政策のほころびが大きくなる中で、
  米共和党レーガン政権が採用した経済政策では、後者の学説
  が色濃く反映され、トリクルダウン理論も強く主張されたが
  奏功しなかった。       https://bit.ly/3qPYD9D
  ───────────────────────────
レーガン元米大統領.jpg
レーガン元米大統領
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2022年01月12日

●「レーガン政策で対外純債務国転落」(第5648号)

 レーガン政権は、富裕層に対して大幅な減税を行いましたが、
想定した富裕層の投資はほとんど起こらず、膨大な財政赤字を招
いてしまいます。これによって米国の製造業は海外に移転し、そ
れによる完成品の輸入が増大し、貿易収支が赤字に陥り、いわゆ
る「双子の赤字」を招いてしまいます。そして、米国は1985
年に対外純債務国に転落しています。これは、1918年以来、
67年ぶりのことです。
 国単位でどのくらいの資産を持っているかは、「対外純資産」
として示されます。対外純資産とは、対外債務と対外債権を相殺
したものです。
─────────────────────────────
  対外債務:海外から色々なかたちで借り受けている負債
  対外債権:海外へと色々なかたちで貸し付けている債権
─────────────────────────────
 つまり、米国が対外純債務国に転落したということは、米国の
対外債権から対外債務を引いた額がマイナスになったことを意味
しています。国が対外純債務国に転落すると、政府債務を補填す
る国債を海外にも保有してもらう必要が生じます。
 2013年のデータですが、米国債の41%は政府内保有(年
金基金と中央銀行が保有)であり、59%は民間保有です。この
うちの外国人投資家は、全体の34%(民間保有の57%)、そ
の約20%ずつを中国と日本が保有しています。同盟国の日本は
ともかく、中国に約20%を握られていてることは、米国の中国
に対する外交姿勢に何らかの影響を与えることは必至です。
 ここに主要国の対外純資産のデータがあります。2019年の
データですが、対外純資産がマイナスである国は米国だけでない
ことがわかります。
─────────────────────────────
   ◎主要国対外純資産(2019年末)
       日本 ・・・・・  +364・5兆円
      ドイツ ・・・・・  +299・8兆円
       中国 ・・・・・  +231・8兆円
       香港 ・・・・・  +170・6兆円
    ノルウェー ・・・・・  +108・8兆円
      カナダ ・・・・・   +84・1兆円
      ロシア ・・・・・   +38・9兆円
     イタリア ・・・・・    −3・6兆円
     フランス ・・・・・   −69・1兆円
     イギリス ・・・・・   −79・9兆円
     アメリカ ・・・・・ −1199・4兆円
                  https://bit.ly/3HKyUX4
─────────────────────────────
 この表を見て驚く人は多いと思われます。それは、米国のマイ
ナスの大きさと日本のプラスの大きさです。実は日本ではあまり
話題にはならないものの、日本は、対外純資産の額では30年連
続で世界一なのです。とくに日本の財務省は、増税の雰囲気を妨
げるデータであると考えているのか、データは公表していますが
積極的にPRしようとしていません。
 しかし、為替市場において、円はしばしば「安全資産」や「逃
避先」と表現されますが、それは日本の対外純資産の大きさによ
る信用です。リーマンショックのときのように「雰囲気が危なく
なれば円が買われる」という風潮はまだ残っています。
 しかし、「対外純資産30年連続世界一」ということは、マイ
ナスでこそないものの、日本としてあまり誇るべきことではない
のです。それは長期デフレと関係があります。
 その理由について、みずほ銀行のチーフ・マーケットエコノミ
ストである唐鎌大輔氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 「世界最大の対外純資産国」というステータスは、その響きほ
ど素晴らしいものではない。対外純資産が増えること、つまり国
内から国外への証券投資や直接投資(端的にいえば外国企業の買
収・合併)が旺盛だということは、裏を返せば、国内への投資機
会が乏しいということにもなる。
 日本経済の1990〜2010年は「失われた20年」と呼ば
れるが、その間一度も転落することなく「世界最大の対外純資産
国」であり続けてきたということは、それは「失われた20年」
の産物だったともいえるのではないか。
 ちなみに、前節でふれた直接投資の急増は、この10年弱で進
んでいるトレンドだ。「失われた20年」を経て、多くの日本企
業が「国内市場には期待収益の高い投資機会はない」と判断した
結果なのだろう。より厳しい言い方をすれば、縮小し続ける国内
市場に投資するより、海外企業への買収や出資を通じて時間や市
場を買うほうが中長期的な成長につながると判断した結果だった
ともいえる。
 2010〜2020年の10年間は「日本の企業部門が日本と
いう国を見限り始めた期間」という解釈は、対外純資産の内訳を
見る限り、もはや的外れとは言えない現状がある。今後、199
0〜2020年が「失われた30年」と呼ばれる日もやってくる
のかもしれない。          https://bit.ly/3I1CpIT
─────────────────────────────
 要するに、唐鎌氏の指摘は、日本が30年も対外純債権国であ
り続けている最大の理由は、日本国内には「投資すべき対象がな
い」「国内企業に魅力がない」ことの裏返しであり、そんなに世
界に誇るべきことではないということです。
 上掲の表によると、2019年の時点では、G7のイタリア、
イギリス、フランス、アメリカは、対外純債務国ということにな
ります。いずれも新自由主義が浸透している国々であり、日本は
対外純資産国であるものの、新自由主義的なものは入ってきてお
り、岸田政権はそれと決別しようとしています。
             ──[新しい資本主義/第005]

≪画像および関連情報≫
 ●コラム:米「双子の赤字」、ドルへの影響力復活も
  ───────────────────────────
   [オーランド(米フロリダ州)2021年11月23日/
  ロイター]米国の「双子の赤字」がドルにとって重要な材料
  と考えられていた時代を思い出せるだろうか。
   ドル相場を注視する人々の視野に、米国の経常赤字と財政
  赤字が入っていたのはもう随分と昔のことだ。だが来年、世
  界経済が活況を維持し、米経済が他の地域より優勢であり続
  けるなら、話が変わってくるかもしれない。
   米国の経常収支は悪化している。4−6月期は、1900
  億ドル程度の赤字で、国内総生産(GDP)の3.4%に相
  当。これは過去最悪の6%強だった2005年と06年の半
  分程度にすぎないかもしれないが、絶対額としては07年以
  降で最も大きい。対GDP比は過去5四半期連続で3%を超
  えている。
   米議会予算局(CBO)の見積もりでは、来年の連邦政府
  の財政赤字は1兆ドルを上回り、少なくともGDPの4.7
  %に達する。対GDP比は過去最高だった昨年の14.9%
  今年見込みの13.4%からは大幅に下がる。とはいえ、歴
  史的にはなお高水準だ。経常赤字と合わせて考えると、ドル
  安を防ぐには米国に膨大なドル資金が流入しなければならな
  い。確かに、双子の赤字が来年のドルを左右する一番の要因
  にはならないだろう。その役割を務めるのは金利差で、米連
  邦準備理事会(FRB)が利上げを準備している一方、欧州
  中央銀行(ECB)や日銀などが政策変更を自重している関
  係で、これはドルに有利に働く。 https://bit.ly/3HKIJUL
  ───────────────────────────
みずほ銀行/唐鎌大輔氏.jpg
みずほ銀行/唐鎌大輔氏
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2022年01月13日

●「米国人に評価されているレーガン」(第5649号)

 新自由主義政策といっても、すべてに問題があるわけではなく
よい点もたくさんあります。選挙のときから導入することを宣言
して大統領になり、その政策を実施したロナルド・レーガン米大
統領の米国民の評価はどうなのでしょうか。
 米国の歴代大統領の人気ランキングは、多くのメディア・大学
・団体が行っていますが、最もスタンダードなものでベスト10
とワースト10を以下に示します。
─────────────────────────────
  ◎米大統領ベスト 10
    1位:エイブラハム・リンカーン   共和党
    2位:ジョージ・ワシントン     無所属
    3位:フランクリン・ルーズベルト  民主党
    4位:セオドア・ルーズベルト    共和党
    5位:トーマス・ジェファーソン   民主党
    6位:ドワイト・アイゼンハワー   共和党
    7位:ハリー・トルーマン      民主党
  ★ 8位:ロナルド・レーガン      共和党
    9位:ウッドロウ・ウイルソン    民主党
   10位:ジョン・F・ケネディ     民主党
                  https://bit.ly/3zDus9J
  ◎米大統領ワースト10
    1位:ジェイムス・ブキャナン    民主党
    2位:ドナルド・トランプ      共和党
    3位:アンドリュー・ジョンソン 国民統一党
    4位:フランクリン・ピアーズ    民主党
    5位:ウィルアム・ハリソン   ホイッグ党
    6位:ウォレン・ハーディング    共和党
    7位:ミラード・フィルモア   ホイッグ党
    8位:ジョン・タイラー       無所属
    9位:ハーバード・フーバー     共和党
   10位:ベンジャミン・ハリソン    共和党
                  https://bit.ly/3JWPd4L
─────────────────────────────
 この順位はスタンダードなもので、URLをクリックしてサイ
トを見ていただくとわかるように、功績や任期などが詳しく記述
されており、それらを踏まえての順位になっています。このベス
ト10の8位に、ロナルド・レーガンが入っています。
 「歴史上現在までの米国大統領全てについて考え、誰を米国の
最も偉大な大統領といえますか?」について尋ねたワシントン大
学の調査があります。そのベスト5を以下に示します。2005
年に実施された調査です。ロナルド・レーガンは第2位にランク
されています。
─────────────────────────────
    1位:エイブラハム・リンカーン  20%
  ★ 2位:ロナルド・レーガン     15%
    3位:フランクリン・ルーズベルト 12%
    4位:ジョン・F・ケネディ    11%
    5位:ビル・クリントン      10%
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 同様に「大統領の偉大さ」について尋ねたギャラップ世論調査
があります。2007年に行われた調査であり、そのベスト5を
以下に示しますが、この調査でもロナルド・レーガンは2位にラ
ンクされています。
─────────────────────────────
    1位:エイブラハム・リンカーン  18%
  ★ 2位:ロナルド・レーガン     16%
    3位:ジョン・F・ケネディ    14%
    4位:ビル・クリントン      13%
    5位:フランクリン・ルーズベルト  9%
                    ──ウィキペディア
─────────────────────────────
 上記のワシントン大学とギャラップ調査では、レーガンのほか
ビル・クリントンが、ベスト5に入っています。これは、偶然で
はなく、レーガンとクリントンには密接な関係があるからです。
大統領になった順番からいうと、レーガン、ブッシュ(父)、ク
リントンの順です。
 ここで忘れられているのは、ブッシュ(父)の役割です。これ
について、(財)国際貿易投資研究所の研究主幹の木内恵氏は、
2001年の論文で次のように述べています。
─────────────────────────────
 それにしても今、何故レーガンか。ひとつには、米国ではここ
にきてレーガノミックスと称される当時の経済政策に対する再評
価の気運が醸成されているからである。日本でも構造改革の必要
性がいわれて久しい。だが、構造改革の着手からその成果を享受
できるようになるまでには相当の時間がかかるのが常である。
 「織田がつき、羽柴がこねし天下餅、座りしままに、食うが徳
川」――織田信長、豊臣秀吉、徳川家康という戦国の3英傑の役
割を詠んだ戯れ歌である。天下統一のグランドデザインを描いた
のが信長、その跡を継いで国内統一を果たしたのが秀吉、そして
徳川家がそれを基に江戸300年の時代を享受する。信長・秀吉
の時代とは、その後に続く徳川時代を生み出す準備期間ともいう
ことができる。信長をレーガンに、秀吉をブッシュに、そして家
康をクリントンに置きかえると、レーガノミックスの着手からそ
の 成果享受に至るまでの流れが見えてくる。
                  https://bit.ly/330a3zG
─────────────────────────────
 レーガン、ブッシュ、クリントンは、重要な仕事を成し遂げて
います。これについては、明日のEJで究明します。
             ──[新しい資本主義/第006]

≪画像および関連情報≫
 ●米国の歴史の概要/新しい保守主義と新たな 世界秩序
  ───────────────────────────
   米国の社会構造の変化は、数年前、というより数十年前に
  すでに始まっていたが、1980年代が到来するころには、
  それが明らかな形となって現れた。米国社会における人口構
  成および最も重要とされる職や技能が大きな変化を遂げたの
  である。
   経済におけるサービス業の優勢が動かしがたいものとなっ
  た。1980年代半ばまでには、被雇用者全体のほぼ4分の
  3が、小売業の店員、事務員、教員、医師、および公務員と
  いったサービス部門で働いていた。
   サービス部門の業務は、コンピューターの導入とその使用
  の増加によって恩恵を得ていた。情報時代が到来し、ハード
  ウェアとソフトウェアによって、それまで予想もできなかっ
  た量の経済・社会動向のデータが集められるようになった。
  連邦政府は1950年代と60年代に、軍事および宇宙関連
  事業のために、コンピューター技術への巨額の投資を行って
  いた。1976年、カリフォルニアの2人の若い起業家が、
  ガレージでコンピューターを組み立て、これが家庭用コンピ
  ューターとして初めて広く商業化されることになった。アッ
  プルと名付けられたこの機種は、革命の火付け役となった。
  1980年代初めまでには、米国内の企業や家庭で何百万台
  ものマイクロコンピューターが使用されるようになり、19
  82年には「タイム」誌が、コンピューターを「マシン・オ
  ブ・ザ・イヤー」と呼んだ。   https://bit.ly/3fbzT65
  ───────────────────────────
レーガンとブッシュ(父).jpg
レーガンとブッシュ(父)
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2022年01月14日

●「レーガノミクスが支持される理由」(第5650号)

 1970年代の米国は、深刻な不況に見舞われ、国民にとって
それは大惨事であったといえます。それは、第二次世界大戦後の
経済ブームの終わりを示し、米国は高い失業率とインフレの組み
合わせであるスタグフレーションに苦しんでいたのです。
 そのとき米国の有権者は「経済を好転させてくれる政治家」を
求め、時の大統領のジミー・カーターを追放し、元ハリウッド俳
優でカルフォルニア州知事のロナルド・レーガンを大統領に押し
上げたのです。
 ロナルド・レーガン大統領の評価は、昨日のEJでも詳しく見
た通り、現在においても非常に高いといえます。それは、もはや
神話的大統領ともいえるリンカーンに次ぐ地位を占めているとい
うのですから驚きです。
 それは、単なる人気ではなく、大統領在任時の業績であるレー
ガノミクスが高く評価されてのことです。つまり、新自由主義政
策が評価されているのです。確かに、米国はこの政策によって、
いわゆる「双子の赤字」を抱える結果になったのにもかかわらず
レーガン大統領の評価は高い支持を集めています。
 なぜ、それほどまでにレーガノミクスが支持されるのかという
と、ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュ(父)、ビル・ク
リントンと続く3人の大統領が、それなりの良い仕事をやってい
るからです。それには米国にとって、いくつかの幸運も力を貸し
ているといえます。
 1981年1月20日に大統領に就任したレーガン大統領は、
小さい政府にするために社会福祉関連予算を削減し、「強いアメ
リカ」を実現するために軍事費を増大させ、所得税の最高税率を
引き下げるなど、公約の新自由主義的政策を次々と実施に移しま
す。そのため、レーガン大統領の8年間の財政収支は次のように
大きな赤字になっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/レーガン大統領時   単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1981   599   678   158  ▲79
 1982   618   745   185 ▲128
 1983   601   808   210 ▲207
 1984   667   851   227 ▲185
 1985   734   946   253 ▲212
 1986   769   990   273 ▲221
 1987   854  1004   282 ▲149
 1988   909  1064   290 ▲155
─────────────────────────────
 レーガノミクスと称されるサプライサイドを重視する経済政策
は、レーガン政権の副大統領を務めたブッシュ(父)が1984
年の大統領選で勝利し、1985年に大統領になって、引き継い
で行われています。
 実は、このブッシュ(父)政権時代には、2つの大きな政治的
出来事があったのです。その一つは、1990年の湾岸戦争であ
り、もう一つは1991年のソ連邦の崩壊です。
 ブッシュ(父)大統領は、1990年8月にイラクのクウェー
ト侵攻に端を発し、翌91年1月に米欧軍を主力とする多国籍軍
として米国は戦争に参加しています。
 1991年12月、ソビエト連邦共産党が解散し、連邦構成共
和国の主権国家としての独立が起こります。これは、ソ連との冷
戦の終わりを意味します。レーガノミクスによる国防費の増加は
ソ連への大きな圧迫となったことは確かです。
 しかし、経済の悪化が足かせとなり、ブッシュ(父)政権は2
期目の選挙で敗れ、4年で終了しています。ちなみに、ブッシュ
(父)政権時の財政収支は、次のようになっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/ブッシュ大統領時   単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1989   991  1143   303 ▲152
 1990  1032  1253   299 ▲221
 1991  1055  1324   273 ▲269
 1992  1091  1381   298 ▲290
─────────────────────────────
 1993年に大統領に就任した民主党のビル・クリントンは、
徹底的に米国経済の立て直しに全力を尽くします。クリントン大
統領は、@財政赤字削減の最重視、A政府部門における規制緩和
や職員数削減などを通じての効率化の促進、B投資促進による生
産性向上に尽力しています。この政策は「クリントノミクス」と
呼ばれることもあります。
 このクリントノミクスを効果あらしめたのは、冷戦の終結によ
る国防費の圧縮です。クリントン政権時代の8年間の財政収支は
次のようになっています。
─────────────────────────────
◎米国の財政収支/クリントン大統領時  単位:10億ドル
         歳入    歳出   国防費   収支
 1993  1154  1409   291 ▲255
 1994  1258  1461   281 ▲203
 1995  1351  1515   272 ▲164
 1996  1453  1560   265 ▲107
 1997  1579  1601   270  ▲22
 1998  1721  1652   268   69
 1999  1827  1703   274  124
 2000  2025  1788   289  236
─────────────────────────────
 これによると、米国の財政収支は1998年から黒字に転換し
双子の赤字のひとつ、財政収支の赤字は解消しています。幸運も
あったものの、レーガノミクスは、この時点で成功を収めている
といえます。       ──[新しい資本主義/第007]

≪画像および関連情報≫
 ●クリントノミクス(アメリカ)
  ───────────────────────────
   クリントノミクスとは、1993年に「アメリカの変革」
  を訴え当選した民主党のビル・クリントン大統領が掲げたマ
  クロ経済政策のことです。主な内容は、政府の産業協力拡大
  と財政赤字削減です。第40代のレーガン大統領、第41代
  のブッシュ大統領(父)は共和党でしたが、第42代のクリ
  ントン大統領は、久々の民主党の大統領です。そのため、経
  済政策の面での方針が共和党時代と大きく異なります。
   民主党は共和党と違って、徹底的なケインズ主義の政党で
  す。「政府は経済問題に積極的に参入すべき」という主張を
  持っています。しかも、クリントン時代はアメリカとソ連が
  対立した「冷戦」が終わっていますから、それまでのように
  軍事にお金をつぎ込まなくてもよくなりました。そのため、
  レーガン、ブッシュ大統領の共和党政権が軍事に重きをおい
  たのに対し、クリントン政権は経済に目を向けました。冷戦
  時代、軍事に割かれていた大幅な予算は削られ、代わって公
  共投資にお金がつぎ込まれるようになったのです。
   さらにクリントン政権は、積極的に対外政策を行ない、N
  AFTAの締結、APECへの積極的な参加などがその代表
  例といえるでしょう。これには二つの意図があると考えられ
  ます。一つは、冷戦後の世界においてアメリカが再び主導権
  を握ろうという意図、もう一つは強気の外交によって貿易赤
  字を解消し国内経済を好転させようという意図です。
                 https://bit.ly/3JOPWoC
  ───────────────────────────
ビル・クリントン元米大統領.jpg
ビル・クリントン元米大統領
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2022年01月17日

●「クリントン大統領日本パッシング」(第5651号)

 第42代米国大統領、ビル・クリントンは、一時的にせよ、米
国の「双子の赤字」のうち、財政赤字を解消した実績を持つ大統
領ですが、その実績は意外に知られていません。しかし、それは
1991年12月のソ連崩壊による冷戦の終結がクリントン政権
を利したことについては、既に述べた通りです。
 しかし、このクリントン政権の外交は、日本人にとっては強い
不満があります。それは、1998年6月にクリントン大統領が
日本を訪れることなしに訪中したことです。クリントン大統領は
まるで日本にあてつけるかのように中国を「戦略的パートナー」
として持ち上げ、日本の経済政策を批判する一方で、日本とはハ
イレベルな接触を避けたことです。
 なぜ、クリントン大統領は、当時は第2の経済大国であった同
盟国の日本を軽視し、意図的に中国を持ち上げるような行動を、
とったのでしょうか。
 それは、クリントン大統領としては、日本のリーダーとの対話
にうんざりしていたことにあると考えられます。クリントンが大
統領であった1993年から2000年までの8年間に、日本の
首相は6人も変わっていることです。宮沢、細川、羽田、村山、
橋本、小渕の6人です。クリントン大統領は、羽田首相を除く5
人とは、首脳会談を行っています。
 このなかで、クリントン大統領が、おそらく一番骨のあるリー
ダーであると買っていたのは、細川護熙首相ではなかったと思わ
れます。就任期間が263日と短かったにもかかわらず、細川首
相は、クリントン大統領と3回の首脳会談を行っています。
 就任直後の1993年9月に国連総会出席の機会に、1993
年11月にAPEC出席の機会にシアトルで、そして1994年
2月の日米包括協議のさいの公式会談の3回です。しかも、日米
包括協議では、細川首相は、数値目標などを主張する米国の要求
を突っぱね、合意に達することができなかったにもかかわらず、
その関係は一層強いものになったように見えることです。
 一体なぜクリントン大統領は、突然訪中したのか、その原因に
ついて、松下政経塾の平山喜基氏のレポートには、次の記述があ
ります。
─────────────────────────────
 当時、このクリントン外交は日本政府や政治家達の大きな反発
を起こし、このことで長期的な両国の国益である親密な日米関係
を崩すものと懸念する声を産み出すもととなった。この亀裂は翌
年の小渕首相の訪米によってやっと修復されたと捕らえられてい
るが、問題の突然のクリントンの行動の背景はアジアの通貨危機
に端を発したと言う見方がある。
 それはアメリカ経済が好調に推移する中でアジア経済の不安定
さがアメリカに波及することを恐れたクリントン政権や財務省は
日本の不良債権問題にも注目し、それが日本経済を崩壊させ、世
界経済に悪影響を与える懸念を持った。そこでクリントン政権、
財務省は日本が不良債権処理、景気刺激を効果的に行うよう圧力
を強めるが、一方で彼らは中国が通貨危機にあたり、通貨切り下
げを行わずアジア経済を安定させたことを称えていた。
                  https://bit.ly/3rjhHNO
─────────────────────────────
 実は、このクリントン外交については、米国内でも強い批判が
出ていたのです。アーミテージ氏やナイ氏などを含む超党派の外
交専門家たちは、レポートなどを通じて、クリントン政権の行動
について批判しています。
 朝鮮半島、台湾海峡、インドネシアなどの不安定なアジアの現
状を指摘し、それを乗り越えるためにも成熟した日米関係の構築
が重要であるとしています。日本は経済が世界2位の規模である
こと、そして軍事力が装備の整った、有能なものであり、それら
を鑑みれば、日米関係はアメリカがアジアへの関わる際の要石で
あり、アメリカの世界的安全保障の戦略にとっての中心的存在で
あると説いています。
 また、当時、ブッシュ(子)大統領候補の外交政策顧問を務め
るコンドリーサ・ライス女史は、ファーリン・アフェアーズ2月
号で、強い口調でクリントン大統領を批判しています。
─────────────────────────────
 今後、アメリカ大統領は9日間も北京に滞在しながら、東京に
も、ソウルにも立ち寄ることを絶対に拒否することをしてはなら
ない。            ──コンドリーサ・ライス女史
─────────────────────────────
 上記の平山喜基氏のレポートによると、クリントン大統領が短
い期間に目まぐるしく変わる日本のリーダーについて、次のよう
に考えていたのではないかと記述されています。
─────────────────────────────
 今、経済分野では日本は世界の足を引っ張らないかと言う懸念
が世界に充満している現状にある。政治においてはクリントンが
日本を飛び越して中国に行ったのは日本のリーダーとの対話が官
僚的でそのような関係に嫌気がさしたので日本を無視したという
見方もある。そのような中、日本の現首相に対してアメリカの議
会調査局のレポートは、「経験、能力に疑問があり、失言癖があ
る」と言及するなど日本政治に信頼を置いていない。我々は他国
に信頼されるに値するリーダーを国際社会で日本が積極的に役割
を果たす為につくっていく努力をすべきと言えるだろ。そうして
我々は国際社会の中で大国として必要とされる役割を日本が果た
しうる環境を真剣に作り出す努力をせねばなるまい。
                  https://bit.ly/3rjhHNO
─────────────────────────────
 この記述にある「日本の現首相」とあるのは、小渕首相のこと
ではないかと考えられます。クリントン大統領が唯一心に残った
日本のリーダーは、同盟国であっても、いうべきことをいい、で
きないことは「ノー」といった細川元首相ではなかったと思われ
ます。          ──[新しい資本主義/第008]

≪画像および関連情報≫
 ●大政変「非自民」細川政権の誕生と挫折/星浩氏
  ───────────────────────────
   93年8月6日、特別国会の衆院本会議が開かれた。議長
  には憲政史上初めて、女性の土井たか子元社会党委員長が選
  出され、首相指名が行われた。結果は、細川護熙氏が262
  票で河野洋平氏が224票。細川氏が第79代の首相に選出
  された。
   細川氏は朝日新聞記者、熊本県知事、自民党参院議員など
  を経て、日本新党代表。私は、朝日新聞の大先輩ということ
  もあって、話を聞く機会が多かったが、戦国武将・細川家の
  末裔で近衛文麿元首相の孫という経歴もあり、いつも「歴史
  の流れ」を考えている様子だった。
   自民党は1955年の結党以来、初めて野党に転落。自民
  社会両党による55年体制は幕を閉じた。細川政権の誕生に
  先立ち、宮沢内閣は8月5日に総辞職したが、その前日の4
  日、河野洋平官房長官が戦時中の従軍慰安婦についての報告
  書をまとめ、談話を発表した。92年1月の宮沢首相と韓国
  の盧泰愚大統領との会談で、調査の要請があったことを受け
  たものだ。談話は、慰安婦募集について「本人たちの意思に
  反して集められた事例が数多くある」などと指摘。河野氏は
  公式に謝罪した。この談話に基づいて、後に「アジア女性基
  金」が設立され、韓国の元「慰安婦」の方々に償い金などが
  支払われる。だが、韓国国内では日本への批判はやまず、こ
  の問題は日韓間の火だねとしてくすぶり続ける。
                  https://bit.ly/3FlP1bS
  ───────────────────────────
クリントン米大統領と細川首相(いずれも当時).jpg
クリントン米大統領と細川首相(いずれも当時)
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2022年01月18日

●「竹中平蔵氏どう扱うか/岸田政権」(第5652号)

 「岸田内閣の支持率が上昇している」──添付ファイルに自民
党内閣の発足後3カ月の支持率のグラフを付けていますが、これ
によると、岸田内閣は、小泉、安倍内閣に次ぐ第3位の地位を占
めています。菅内閣が74%からスタートし、3カ月で58%に
ダウンしたのとは対照的に、岸田内閣は、発足当時の59%から
65%に上昇しています。
 これは、岸田内閣が発足した秋口から、デルタ株の感染が大幅
に下がるという幸運と、国の水際対策を強化してオミクロン株の
流入を防ぎ、他国に比べて流入の時間稼ぎに成功したことです。
 もうひとつ「聞く耳を持つ首相」をアッビールし、一度政府と
して決めた政策でも、それに疑問が出されると、柔軟に変更する
などの対応も現在のところプラスに働いています。
 しかし、肝心の「新しい資本主義」に関しては、実は疑問だら
けです。昨年の9月6日、自民党総裁選に向けた記者会見で岸田
氏は、「新しい日本型資本主義」を掲げ、次のようにいっていた
のです。
─────────────────────────────
 新しい日本型資本主義とは、小泉改革以降の新自由主義政策を
転換することである。            ──岸田文雄氏
─────────────────────────────
 このとき、岸田氏の手元の想定問答集には「小泉改革以降の新
自由主義政策の転換」ではなく、「竹中路線からの転換」と書か
れていたのですが、岸田氏は、あえて「名指し」を避けて、「市
場原理に任せるだけではうまくいかなかった」と述べているに過
ぎないのです。さらに「日本型」は誤解を招きやすいとして「新
しい資本主義」に訂正しています。
 岸田首相が新自由主義からの転換を標榜したということは、誰
が考えても、竹中平蔵氏を政府から遠ざけることを意味していま
したし、それを期待する向きも多かったはずです。それほど、竹
中平蔵氏は、当時米国から強い要請のあった構造改革に辣腕をふ
るってきたからです。
 竹中氏は、2000年7月からの森喜朗政権でのIT戦略会議
での民間委員に就任すると、2001年からの第1次小泉純一郎
政権では、経済財政政策担当大臣とIT担当大臣として入閣。2
002年からの改造内閣では、経済財政政策担当大臣として留任
し、また、金融担当大臣も兼任するようになります。
 さらに竹中氏は、2003年の改造内閣でも留任し、内閣府特
命担当大臣として金融・経済財政政策を担当します。そして、2
004年7月の第20回参議院議員通常選挙に、自民党比例代表
で立候補し、70万票を獲得しトップ当選を果たしています。
 2004年9月、第2次小泉改造内閣において、今度は参議院
議員として、内閣府特命担当大臣(経済財政政策)、郵政民営化
担当大臣に就任。小泉内閣の経済閣僚として、日本経済の「聖域
なき構造改革」の断行に辣腕を振るったのです。
 2005年10月、第3次小泉改造内閣においては、総務大臣
兼郵政民営化担当大臣に就任。このとき、菅義偉前首相が副大臣
として竹中氏に仕えています。菅内閣が誕生したとき、真っ先に
会った民間人が竹中平蔵氏であったのも、このときの縁によるも
のと思われます。
 しかし、2006年9月に小泉首相が引退を表明すると、竹中
氏も任期を4年近く残し政界引退を表明し、9月28日に参議院
本会議で辞職が許可されると、自民党からも離党し、慶応義塾大
学に復帰しています。その後、2012年からの安倍政権におい
ても、竹中氏は、官邸の未来投資会議などの有識者として影響力
を保持し、菅義偉政権でも官邸の「成長戦略会議」に名を連ねる
など、政権のアドバイザーとして、自民党政権に強い影響力を現
在も保持しているのです。
 岸田首相としては、「新自由主義からの脱却」を標榜する以上
このさい、本人は否定するものの、その旗振り役であった竹中平
蔵氏をこのさい官邸から外すべきです。しかし、岸田首相には、
それができなかったのです。
 竹中平蔵氏は、世界から経営者や、政治家らが集まるダボス会
議を主宰する世界経済フォーラムの理事を長く務め、国際的な人
脈や発信力は気になるし、わざわざ虎を野に放つのはマイナスと
考えたのか、小細工をして竹中氏を官邸に残しています。このあ
たりが岸田政権の弱さであり、「新しい民主主義」の実現に疑問
を抱くところです。
 その小細工とは何でしょうか。
 まず、菅政権時代の竹中氏の入っている「成長戦略会議」を廃
止し、首相みずから議長として政権の1丁目1番地とする「新し
い資本主義実現会議」を立ち上げ、そこからは竹中氏を外したこ
とです。それでは、竹中氏をどこに起用したのでしょうか。これ
については、「日経ヴェリタス」の編集委員、清水真人氏は次の
ように書いています。
─────────────────────────────
 首相はデジタル社会の基盤となる規制・行政改革や法令見直し
を推進する司令塔として「デジタル臨時行政調査会」も主宰。さ
らに改革で実装が可能になるデジタル技術やサービスを都市と地
方の格差是正につなげる「デジタル田園都市国家構想実現会議」
も新設した。「田園都市国家」はかつて大平正芳元首相が提唱し
た構想が下敷きだ。首相は竹中氏をこちらに登用した。「官邸が
外すなら全て外せばよい。私もはや70歳。有識者も世代交代す
べきだ」と漏らしていた竹中氏も受け入れ、政権に「是々非々」
で動く。この微妙な落としどころには理由がある。
              https://s.nikkei.com/3Fw8s1S
─────────────────────────────
 竹中平蔵氏が政治に関わったのは2000年からです。しかも
彼は要職で経済・財政を担当しています。日本の長期デフレとは
無関係ではないはずです。一体彼は何をやったのでしょうか。
             ──[新しい資本主義/第009]

≪画像および関連情報≫
 ●竹中平蔵「アベノミクスは100%正しい」
  ───────────────────────────
   アベノミクスは、理論的には100%正しいと思います。
  最近私は、「TINA」という言葉をよく使いますが、これ
  は、英国の元首相のサッチャーの言葉です。TINAとは、
  「There is no alternative」の略、 つまり「これ以外の方
  法はない」という意味です。
   ただ、これが本当に実現できるかどうかはわかりません。
  これは政治の強い決意をもって実行してもらわないといけな
  い。「アベノミクスが正しいかどうか」を議論するよりは、
  「アベノミクスが本当に実現できるかどうか」を議論するほ
  うがいいと思います。
   今年のダボス会議では、参加者は皆、安倍さんを絶賛して
  いました。「彼の言っていることは、正しい」という意見で
  す。この間、経済学者のジョセフ・スティグリッツやアダム
  ・ポーゼンと内閣府で会議を行いましたが、彼らも同意見で
  した。「安倍首相の言っていることは正しいので、きちんと
  実行してほしい。それに尽きる」ということです。
   デフレを解消しようと思ったら、これは貨幣的現象ですか
  ら、金融を緩和しないといけない。財政については、短期に
  は需給ギャップを埋めるけれども、長期には財政再建が必要
  になる。そして、経済を成長させるためには、規制改革を進
  めなければなりません。これらは、否定しようがないことで
  す。まさしく、There is no alternative ですよ。繰り返し
  ますが、問題はこれを実現できるかどうかです。まだ道のり
   は、そうとう遠い状況です。  https://bit.ly/3qsZrSN
  ───────────────────────────
自民党内閣発足3か月の支持率.jpg
自民党内閣発足3か月の支持率
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2022年01月19日

●「毀誉褒貶が相半ばする竹中平蔵氏」(第5653号)

 現代の若者、大学生に「竹中平蔵氏という人を知っているか」
と聞くと、知っている人はほぼゼロ。写真を見せても首をかしげ
るばかり。もっとも竹中氏は、慶應義塾大学名誉教授であるので
慶応大学生に聞けば知っているだろうが、少なくとも若者からは
遠い存在の人であるようです。
 しかし、2000年前後にビジネスパーソンをしていた人、と
くに銀行や保険会社や証券会社などの金融機関に務めていた人で
竹中氏の名前を知らない人はいないはずです。
 「毀誉褒貶が相半ばする人物」という言葉があります。「相半
ばする」が「ちょうど半分」といった意味ですので、「いい評判
とわるい評判が半分半分でウワサされる人であると、よく言う人
もいれば、悪く言う人もいる、そんな人物だ」くらいの意味にな
ります。私は、竹中平蔵氏をそういう人物であるとみています。
 しかし、一部の著名人の竹中平蔵氏に対する評価はきわめて厳
しく、そのいくつかをひろってみます。
─────────────────────────────
・落語家の三遊亭鬼丸からは、「政府にすり寄り、恥知らずな我
 田引水を続け、私腹を肥やす傍ら納税(住民税)の義務を怠る
 いわば国賊です」と、厳しく批判されている。
・れいわ新選組の山本太郎は、名古屋市の中心部で「小泉・竹中
 ろくでもない」と批判する演説を行った。。また普段から竹中
 には厳しい批判を行なっている。
・漫画家の小林よしのりは自身の著書、『日本を貶めた10人の
 売国政治家』の中で竹中をワースト10の中に挙げ、「国民の
 最低限の願いすら打ち砕く」と、厳しく批判している。
・ハフポスト記者であるロッシェル・カップは竹中の「正社員を
 なくすべき」という意見を称賛し、「日本独特の正社員システ
 ムはマイナス面が多く、日本企業の人事管理を歪ませている」
 と述べた。            https://bit.ly/3nAI5Sa
─────────────────────────────
 クリントン米大統領は、冷戦の終結によって、ソ連という重し
のなくなった米国の次の戦略として、当時世界第2位の経済大国
である日本を標的にして、日本に対してさまざまな経済戦略を仕
掛けてきています。
 そのため、日本をパッシングして中国を持ち上げるなどの戦略
と並行して、ロイド・ベンツェン財務長官に命じて、1985年
9月22日の「プラザ合意」を締結しています。この日、米国、
日本、西独、英国、仏国の通貨当局代表が、ニューヨークのプラ
ザ・ホテルに集結し、ドル高是正のための為替市場への協調介入
強化で合意したのです。
 1985年の円・ドルレートは、「1ドル=238・54円」
でしたが、1986年には「168・52円」、1987年には
「144・64円」、1988年には「128・5円」というよ
に、短期間のうちにドルは急激に切り下げられ、日本には猛烈な
円高不況が襲ってきたのです。
 さらに米国政府は、日本政府に対して、減税や銀行への公的資
金の投入、スーパー301条に基づいた市場開放を高圧的に内政
干渉にも近い形で要求してきています。さらに、日米包括経済協
議の開催と、アメリカ合衆国連邦政府による日本政府への「日米
規制改革および競争政策イニシアティブに基づく要望書(年次改
革要望書)」を送りつけ、その実行を迫ったのも、クリントン政
権からのことです。
 折しも日本経済は、2000年10月に景気の山を越え、景気
後退局面に突入していたのです。その後、2001年を通じて、
生産は大幅に減少するとともに、失業率も既往最高水準を更新し
景気は悪化を続けていたのです。
 2001年以降、クリントン政権から政権を引き継いだのは、
ブッシュ(子)政権です。民主党の大統領から共和党の大統領に
なったので、日本としては期待したのですが、ブッシュ(子)政
権の本質は、脱冷戦以降の国際秩序を打ち立てようとし、基本的
には、一国主義、国益重視をとる大統領です。
 そのため、クリントン政権からの米国の対日要求は継続され、
日本は、森政権を経て小泉政権になります。2001年のことで
す。このときの閣僚人事は、これまでの自民党の慣習である派閥
からの推薦を全面的に廃止し、首相がこれぞと思う人物を一本釣
りして、大臣を決めていったのです。この政権で、竹中平蔵氏は
経済財政政策担当大臣とIT担当大臣として入閣しています。経
済のことはさっぱりわからない小泉首相は、森政権から引き継い
だ竹中平蔵氏にいっさいをまかせる気で、竹中氏を大臣に任命し
ています。
 2002年1月7日のことです。竹中氏は、経済財政担当大臣
として訪米し、カウンターパートであるハバードCEA(大統領
経済諮問委員会)委員長と会談しています。もともと竹中氏とハ
バード氏は、竹中氏がハーバード大学の客員研究員をしていた頃
からの旧知の間柄であり、いつでも電話で話の出来る間柄であっ
たのです。小泉首相は、そのことを十分知ったうえで、竹中氏を
経済財政政策担当大臣に任命しています。さらに、竹中氏は、リ
ンゼー大統領補佐官(経済政策担当)、そして、オニール財務長
官とも個別に会談しています。
 このとき日本と米国の間で大きなネックになっていたのは、銀
行への特別検査を2002年3月までに完了し、要注意先企業を
洗い直し、「銀行への貸倒引当金の積み増し」を強制し、不良債
権をあぶりだすことであったのです。
 この件については、2001年10月7日、ワシントンで日米
次官級会議が開催され、米国側のジョン・テイラー財務次官は、
不良債権のオフバランス処理(直接償却)だけでなく、企業の再
編が必要であることを強く求めていたのです。この銀行の不良債
権問題の早期処理は、当時日米間の最大の懸案事項になっていた
のです。その矢面に竹中平蔵氏は経済財政政策担当相として向き
合ったのです。      ──[新しい資本主義/第010]

≪画像および関連情報≫
 ●不良債権の発生は銀行と借り手企業の共同責任
  ───────────────────────────
   1997年10月以降、「貸し渋り」というテーマで銀行
  による与信削減の動きが大きな注目を集めるようになった。
  すなわち、膨大な金額にのぼる不良債権を処理するためには
  赤字決算が不可避となるが、その結果、赤字決算金額分だけ
  自己資本が毀損される。ここまでは一般事業法人と同じであ
  る。しかし、銀行の場合、財務内容の健全性維持を狙いとし
  て自己資本比率規制が課されているため、自己資本の減少は
  直ちに貸出を中心とした総資産の圧縮を意味する。
   銀行からみた場合、こうした資産圧縮行動は経営の健全性
  維持という観点から必要不可欠なものであり、私企業として
  はむしろ当然の行動とすらいえる。その一方で、借り手企業
  からみると、銀行の資産圧縮行動はたまったものではない。
   銀行が貸出を減少させるということは、少なくとも借入交
  渉に費やす労力も大きくなる結果、有形・無形の追加的なコ
  ストが発生するということを意味しているため、追加的なコ
  ストを負担しえない限界的な企業においては、借り入れが不
  可能になることすらありうるからである。それゆえ、銀行に
  よる与信機能の急激な低下を食い止め、資金の円滑な循環を
  維持するためには銀行の自己資本を充実させる以外に途がな
  いとして、1998年3月および99年3月の2度にわたっ
  て銀行に対して、公的資金による資本注入が行われた。この
  ように、銀行に対する公的資金注入に至る過程での議論や考
  え方は非常に論理的なものであり、それ自体批判できるもの
  ではない。          https://bit.ly/3qCfU7n
  ───────────────────────────
竹中平蔵経済財政担当大臣.jpg
竹中平蔵経済財政担当大臣
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2022年01月20日

●「バブルにおいて銀行は何をしたか」(第5654号)

 そもそもなぜ銀行の不良債権問題が起きたかについて知る必要
があります。通常であれば、銀行は融資のさいに不動産などの担
保を取ります。担保にもよりますが、融資希望額の60〜70%
をめどに貸し付けを行います。したがって、もし、貸し倒れが起
こっても、担保を回収することで損失は出さずに済みます。
 しかし、日本では、バブル景気時代に高騰した不動産を担保に
甘い融資が行われたのです。通常は多くても担保価値の70%ぐ
らいしか融資をしないのですが、今後の地価の高騰を見越して、
120%を融資した例や、融資を優先するあまり、抵当権の順位
が下位でも、担保を設定して貸し付けるなどの行為も、当時平然
と行われたのです。めちゃくちゃです。
 しかし、そのバブルが崩壊したのです。銀行は、融資先が事業
に失敗して融資の回収ができず、さらに、担保の不動産の価値が
暴落して融資額を下回り、下位の抵当権で担保を設定した金融機
関は、融資回収も担保も取れないという状況が相次いだのです。
こうして回収が不可能になった債権(不良債権)によって、日本
の銀行各行は、深刻な経営危機に陥ったというわけです。
 いくつかの銀行では、これらの事態に対して、若干の小細工を
行っています。債権を審査する基準を甘くして、本来不良債権と
するべき物件を正常債権として区分したり、所定の返済に必要な
資金を追い貸しして、不良債権ではなく正常債権とみなす操作を
行うなど、不良債権総額を低く見せて、経営状態を取り繕ろう行
為をやったのてです。
 これらバブル崩壊後の不景気、信用収縮(クレジット・クラン
チ)のなかで、これらの銀行の行為や疑いが広く報道され、金融
不安を一段と助長したのです。政府は当初、護送船団方式を取り
「金融機関は潰さない」と表明していたのです。
 しかし、1990年3月27日、大蔵省は金融機関に対して総
量規制を行ったのです。それは、1991年12月に解除される
まで約1年9カ月近く続きます。総量規制とは何でしょうか。
─────────────────────────────
 総量規制とは、不動産向け融資の伸び率を貸し出し全体の伸び
率を下回るよう求めたものである。行き過ぎた不動産価格の高騰
を沈静化させることを目的とする政策である。
                  https://bit.ly/3rspR6D
─────────────────────────────
 いわゆる「バブル潰し」です。行き過ぎた不動産価格の高騰を
早期に沈静化させることを目的とした政策です。この政策は、大
蔵省(現財務省)銀行局長・土田正顕名で出されていますが、当
時の大蔵大臣(財務大臣)は、橋本龍太郎氏だったのです。ちな
みに当時の首相は、この1月9日に亡くなった海部俊樹氏です。
 しかし、この政策は、予想をはるかに超えた急激な景気後退の
打撃を日本経済にもたらすことになります。いわゆるバブル崩壊
の一因とされるほどの影響をもたらしてしまい、さらにはその後
の「失われた30年」を日本に招来する要因の一つとなったこと
から、結果的にこの政策は大失敗だったといえます。
 橋本龍太郎氏は、1996年1月に念願の首相になり、村山内
閣で内定していた消費税の税率を3%から5%に引き上げます。
しかし、次の参院選で大敗し、辞任を余儀なくされています。橋
本氏自身は、いかに前内閣で内定していたこととはいえ、デフレ
不況期での増税は躊躇ったものの、大蔵省高官の進言を信じて増
税を実施したのです。橋本氏は、亡くなる間際まで、官僚のいい
なりになった自分を悔いていたといわれます。
 クリントン米政権は、このような状態に陥った日本の金融機関
の処理に対して、構造的改革の必要性を説いたのです。具体的に
は「市場から退場すべき企業(金融機関)は退場させる」ことを
基本方針とし、債権の審査を厳しくして不良債権の隠蔽を認めず
また不良債権に対する貸倒引当金の積み増しを要求したのです。
 まず、兵庫銀行が銀行として戦後初めて倒産し、更には北海道
拓殖銀行のような都市銀行や、日本長期信用銀行・日本債券信用
銀行のような長期信用銀行まで破綻する事態になったのです。破
綻を逃れた他の大手銀行も、国から大規模な公的資金注入を受け
て、その場をしのぐという有様に陥ります。
 このように、銀行の体力が奪われたことは、バブル崩壊後の日
本経済を再建するうえで大きな足枷になったといえます。銀行は
融資に対して過度に慎重になり、中小企業に対する貸し渋りや貸
し剥がしといった現象も目立つようになります。このため不景気
に加えて、資金調達が困難になったために、新規事業の立ち上げ
が不可能になったばかりでなく、融資を受けられないことによる
倒産、さらには倒産が倒産を呼ぶ連鎖倒産、失業率上昇、中高年
の自殺者も急増し、深刻な社会問題になったのです。
 しかし、ここまでは、橋本政権の次の小渕政権、森政権での話
であり、竹中平蔵氏は森政権でIT担当大臣としては既に活躍し
ていたものの、この問題のメイン舞台である不良債権の処理に登
場するのは、小泉政権になってからのことです。
 2002年1月17日、ブッシュ(子)米大統領は、何となく
フィーリングの合う小泉首相に対して、極秘扱いの次のような内
容の「親書」を届けています。
─────────────────────────────
 これは「外圧」でなく、友人としての助言と、受け取ってほし
い。日本政府が銀行検査を強化するなどの措置をとってきたこと
は喜ばしい。しかしながら、銀行の不良債権や企業の不稼動資産
が、早期に市場に売却されていないことに、強い懸念を感じる。
日本が不良債権を処分し、(塩漬けになっている)資金や企業の
不稼動資産を解き放ち、最も効果的に資産を活用できる人たちの
手にゆだねて、機能を回復させることが必要だと信じている。
                   ──ブッシュ米大統領
             2002年2月28日付、朝日新聞
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第011]

≪画像および関連情報≫
 ●不良債権処理・先送りからの訣別/鶴光太郎上席研究員
  ───────────────────────────
   「聖域なき構造改革」を標榜する小泉内閣にとって不良債
  権問題の解決は文字通り待ったなしの状況である。先の緊急
  経済対策で決められた不良債権のバランス・シートからの切
  り離し(2〜3年以内の直接償却)が確実に実行されれば、
  特に、主要行にとって不良債権問題の抜本的な解決に向けて
  の大きな前進になることは間違いない。しかし、こうした政
  策の成否は、まさに、過去10年近く続けられてきた不良債
  権問題先送りのメカニズムとその経済への影響の正しい理解
  によるといっても過言ではなく、それなくしては、不良債権
  問題が、もう一度振り出しに戻ってしまう危険性も否定でき
  ない。90年代の邦銀の貸出行動を説明する重要なキー・ワ
  ードは「ソフトな予算制約」である。これは元来、旧共産圏
  諸国において、非効率な国営企業にお金がルーズに注がれる
  現象を示した用語であるが、市場経済に移行してからも、銀
  行・企業間関係に広く見られる現象として注目されてきた。
  基本的なメカニズムは、プロジェクトが不良化した企業に対
  しては既に融資(及びモニタリング費用負担)が行われてい
  るので、銀行は融資をストップして損切りするよりも、追加
  的に融資して少しでも利益が出ると考えれば、これまでの融
  資全体では赤字となったとしても再融資して損を少しでも取
  り戻した方が有利になるというものである。つまり、「ソフ
  トな予算制約」のメカニズムは「追貸し」の理論的な根拠を
  与えるのである。       https://bit.ly/3qCT7Iq
  ───────────────────────────
橋本龍太郎元総理/小泉純一郎元総理.jpg
橋本龍太郎元総理/小泉純一郎元総理
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2022年01月21日

●「銀行不良債権処理にこだわる米国」(第5655号)

 昨日のEJでご紹介したブッシュ米大統領による小泉首相に対
する親書をよく読むと、そこに米国の意図を読み取ることができ
ます。まず、「銀行の不良債権や企業の不稼動資産が、早期に市
場に売却されていないことに強い懸念を感じる」とあります。
 銀行に対する検査を厳しくすると、多くの不良債権が生み出さ
れます。ブッシュ大統領はそれらの不良債権が整理回収機構(R
CC)に買い取られたのはいいが、その多くが塩漬けになってい
ることを懸念しているといっているのです。
 そして、それらを「最も効果的に資産を活用できる人たちの手
にゆだねて、機能を回復させることが必要である」といいます。
この場合、最も効果的に資産を活用できる人たちとは、要するに
「ハゲタカ・ファンド」のことであり、ブッシュ大統領は、整理
回収機構が抱えている不稼動資産を、外資(つまり米国のファン
ド)に早く委ねよといっているのです。安く買いたたくことがで
きるからです。極めてムシのよい話です。ちなみに、整理回収機
構とは、金融機能の再生及び健全化を行うための銀行・債権回収
会社のことです。
 具体的な例を上げます。これはクリントン政権のときの話です
が、日本長期信用銀行(長銀)のケースです。長銀は、吉田内閣
が打ち出した「金融機関の長短分離」政策(短期金融は普通銀行
長期金融は長期信用銀行と信託銀行に担当)に沿って、1952
年に設立された銀行であり、長期資金の安定供給を目的にしてい
たのです。その設立の経緯から、吉田茂・池田勇人と連なる自民
党の宏池会(岸田首相の派閥)と関係が深かった銀行です。
 長銀は、バブル景気時には積極的な融資拡大路線を行っていま
したが、それが仇となってバブル崩壊後の不況で巨額の不良債権
を抱えてしまいます。最終的に1998年に経営破綻し、一時国
有化されてしまうのです。
 その破綻後の長銀のトップに就いたのが安斎隆氏(セブン銀行
初代社長で、現同行特別顧問)です。安斎氏は、1998年4月
に日銀で信用担当の理事に就任していますが、この役職は金融シ
ステムの安定に責任を持つ役職です。この安斎氏によると、6月
にサマーズ米財務副長官が来日し、当時の小渕首相、松永光蔵相
そして速水日銀総裁と相次いで会談しています。
 来日の狙いは、日本の金融危機はアジア全体の経済・通貨不安
を再燃させかねないとして、抜本的な不良債権処理を日本に迫っ
たのです。確かに前年の1997年には、山一證券や北海道拓殖
銀行が破綻しており、長銀も処理を誤ると、平成不況を象徴する
大型倒産になりかねない状況だったからです。
 そのとき、サマーズ米財務副長官は、速水日銀総裁に対し、日
銀の考査資料を提出せよと要求してきたそうです。速水総裁はそ
れを受け入れ、担当の安斎氏に対し、提出するよう命令してきた
といいます。この米国の要求は、きわめて無礼な話です。このと
きのいきさつについて、日経のレポートは、安斎氏の話に基づい
て、次のように書いています。
─────────────────────────────
 考査結果は銀行の健全性を中央銀行として克明に調べた極秘の
資料だ。米国は日本に当事者能力がないとみたのか、考査資料を
手に入れ、不良債権問題に介入する姿勢が露骨だった。「今日は
用意できない。明日出す」。安斎氏はこう言い返し、最後まで渡
さなかった。米国には「指示を拒んだ」と言われたが、国家で解
決すべき問題だとの思いだった。長銀は2000年、米系ファン
ドのリップルウッドに譲渡された。サマーズ氏は、同ファンドの
トップと旧知の仲とされた。  https://s.nikkei.com/3AeFJxg
─────────────────────────────
 ブッシュ米大統領が小泉首相に親書を送ってきたのは2002
年1月7日です。だが、このブッシュ親書は「極秘扱い」になっ
ています。その理由は日本国民の税負担で、米国企業が不良債権
を安く買い取るという露骨で身勝手な要求だったからです。
 2002年1月27日に日本政府は、対応策をまとめています
が、内容は「空売り規制」など、株価対策などに重点を置かれた
ものになっていて、米国が親書で求めたものとは、ほど遠い内容
でした。これに対し、米国は「苛立ち」を強め、3月19日には
ハバードCEA委員長が自身が来日し、東京で講演し、「重要な
ことは資産の買取りが行われ、それが政府以外の民間の市場関係
者の手に早く入ることである」と強調しています。それは、大蔵
省出身の柳沢伯夫金融担当大臣の強い抵抗があったからです。竹
中経済財政担当大臣と柳沢金融担当大臣の意見は、まったく合わ
なかったのです。
 2002年9月に入ると、事態は急展開します。まず、小泉首
相が訪米し、9月12日にニューヨークで、ブッシュ大統領と日
米首脳会談を行います。そこで小泉首相は「不良債権処理の遅れ
を認め、不良債権の処理を加速させる」ことを約束します。
 そのとき、ハバードCEA委員長は来日しており、柳沢金融担
当大臣と竹中経済財政担当大臣と個別に会談し、不良債権処理を
加速させるために、さらに厳しい検査をし、公的資金注入も必要
であると説いていますが、竹中大臣は同調したものの、柳沢大臣
は、今はその必要はないと反対しています。
 9月15日に帰国した小泉首相は、柳沢、竹中両大臣と個別に
会談し、不良債権処理の加速度について話し合っています。しか
し、両大臣の意見は次のように対立したままだったのです。
─────────────────────────────
◎柳沢大臣
 不良債権処理は着実に進んており、大口債権の最終処理を1年
以内に実施できるよう大手行に義務付ける。
◎竹中大臣
 これまでのやり方では市場や欧米は信用しない。経営状態が悪
い銀行には税金を投入し、国有化が必要だ。
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第012]

≪画像および関連情報≫
 ●「不良債権処理」で米国にどんな利益が?/日本共産党
  ───────────────────────────
  【問い】政府の「不良債権早期処理」方針の背景にはアメリ
  カの要求があるとのことです。アメリカにとってどんな利益
  があるのでしょうか。(埼玉・一読者)
  【答え】「不良債権の早期最終処理」は、三月の日米首脳会
  談で、当時の森首相が米側の要求にこたえて公約し、6月の
  日米首脳会談でも小泉首相が「構造改革」の柱として約束し
  たものです。
   米国の要求の裏には、米国経済が減速するなか、日本の銀
  行が身ぎれいになり「ジャパンマネー」でもっとアメリカの
  国債や株を買い支えてもらいたいということがあります。ま
  た身ぎれいになる銀行があれば、おいしいところはアメリカ
  の金融機関が買収したり、合併したりできるという思惑もあ
  ります。6月の首脳会談でブッシュ大統領が、「外国からの
  直接投資の促進が重要だ」とのべたのも、この思惑を代弁し
  たものです。
   3月の日米首脳会談の直前、米の店頭市場(ナスダック)
  は最大級の株安になり、続いて東京市場の株価が16年ぶり
  に1万2千円を割りこむといったように、日米同時株安の状
  況を呈していました。このままでは米国へ資金が流れず、ア
  メリカの株は大変なことになる――これが、日本の銀行の不
  良債権早期処理というブッシュ政権の要求につながっていま
  す。アメリカ側の要求には、日本経済は米経済に密接に関係
   しており、その日本経済が銀行の不良債権によって、悪く
  なっているという認識があります。https://bit.ly/33R4svs
  ───────────────────────────
ブッシュ米大統領と小泉首相.jpg
ブッシュ米大統領と小泉首相
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2022年01月24日

●「小泉・竹中による柳沢大臣追放劇」(第5656号)

 2002年9月15日のことです。小泉首相は米国から帰国す
ると、柳沢、竹中両大臣と個別に会談し、不良債権処理の加速策
について、話し合っています。柳沢、竹中両大臣の主張は完全に
食い違い、小泉首相は米国の要請をこれ以上伸ばせないと判断し
たのです。そして小泉首相は「柳沢切り」を決断します。この両
大臣の主張の違いについて、大門実紀史氏(日本共産党参議院議
員)は次のように書いています。
─────────────────────────────
 柳沢大臣は「不良債権処理は着実に進んでいる。大口債権の最
終処理を1年以内に実施するよう大手行に義務づければ良いので
はないか」と、従来の主張をくり返したが、竹中は、柳沢路線を
真っ向から否定し「これまでのやり方では市場や欧米は信用しな
い。経営状態の悪い銀行には税金を投入し、場合によっては国有
化するべきだ」と米国と同じことを強硬に主張し「柳沢ではダメ
だ」と訴えた(「ウィークリイ・ポスト」10月11日)。
 さらに、20日の経済財政諮問会議でも竹中が「不良銀行の国
有化」を強く主張したが、柳沢は頑としてそれを受け入れなかっ
たという(同)。なお、9月13日の「日経」経済教室で、ハバ
ードCEA委員長は「破たん寸前の金融機関を整理することこそ
選択肢とすべきである」と、銀行の救済でなく淘汰を主張してい
る。               https://bit.ly/3KC5GMm
─────────────────────────────
 2002年9月30日のことです。内閣改造が行われ、柳沢伯
夫金融担当大臣は更迭され、竹中平蔵経済財政担当大臣が金融担
当大臣を兼務することになったのです。これによって、竹中大臣
は全権を掌握するに至ったのです。ハバードCEA米委員長は、
竹中大臣の金融担当大臣兼務を歓迎し、「竹中大臣こそ真の改革
者である」と持ち上げたのです。
 10月30日、政府は、不良債権処理「加速」のための「金融
再生プログラム」「総合デフレ対策」を発表し、資産の査定方法
の厳格化、自己資本が不足する銀行に公的資金を注入することを
明記しています。どのように考えても、これは竹中平蔵氏が米国
側についたことによって成立しています。したがって、竹中氏は
米国側の利益を代表していると、竹中氏に対して強い批判があり
それは今でも尾を引いているといえます。
 そのため、小泉首相が退陣を表明したとき、竹中氏は参院議員
でしたが、竹中氏も4年近い任期を残したまま、政界引退を表明
しています。もし、小泉首相の引退後も参院議員を続けていたら
どのようなバッシングを受けるかわからないと考えたからでしょ
うか。自らが、小泉首相あっての自分であることをよく認識して
いたからともいえます。
 しかし、今にして考えてみると、どちらが正しかったのかにつ
いては、一概にはいえないのです。小泉・竹中の荒療治によって
多くの犠牲が出たものの、日本の銀行の不良債権が処理され、銀
行が健全化したことは事実だからです。しかしながら、デフレか
らは、現在になっても一向に脱却できていません。
 2021年8月6日、柳沢伯夫氏は、『平成金融危機/初代金
融再生委員長の回顧』(日本経済新聞出版)の出版に当たって、
日本経済新聞記者とのインタビューで、そのときのことを次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
――小泉内閣で金融機関への公的資金投入に反対し当時の竹中平
 蔵経済財政担当相と対立しました。
柳沢:私が資本注入を検討・容認した1998〜99年ごろとは
 状況が変わった。銀行の経営責任を問わずに投入すべきではな
 いと考えた。官邸主導を初めて実行した小泉純一郎元首相は竹
 中氏ら民間人から意見を聞いていた。担当の私がなかなか言う
 ことを聞かないと退任させた。そういうやり方をすべきではな
 かった。
――官邸主導は弊害もあります。
柳沢:内閣府や内閣官房に担当を集中させ誰も責任を取らない政
 治につながった。金融担当相は特命の担当相で、首相の思いつ
 きで政策も変わる。    https://s.nikkei.com/3fOEUlG
─────────────────────────────
 どうしてこのようなことが起きたのでしょうか。
 それは「ワシントンコンセンサス」に基づいて行われていると
いえます。「ワシントンコンセンサス」とは何でしょうか。
 それは、米国による冷戦終結後の世界を経済的に支配するため
の総合戦略です。
 米国の首都ワシントンには、米国政府(財務省)、ウォール街
世界銀行、IMF(国際通貨基金)、IIE(国際経済研究所)
FRB(連邦準備制度理事会)などが集結しており、米国は、こ
れらの機関の共通認識のもとに、新自由主義的な政策や、対外的
な政策(国際機関を通じた支援、援助)を行っていたところから
「ワシントンコンセンサス」といわれるようになったのです。こ
のワシントンコンセンサスによるコンディンショナリーには次の
問題点があります。
─────────────────────────────
 @コンディショナリティに基づいた改革を通じて対象の国の市
  場を開放させることは、競争力を持つ先進国のグローバル企
  業にチャンスを与えるものである。
 Aコンディショナリティは、固有の歴史、文化を背景に作られ
  てきたその国の社会に大変革を求めることになり、アメリカ
  的な社会になることが求められる。
─────────────────────────────
 こういう仕組みになっている以上、岸田内閣が「新自由主義か
ら決別する」といっても、言葉だけに終わることは目に見えてい
ます。なぜなら、新自由主義はその帰結として「格差拡大」を必
然的にもたらすことになります。
             ──[新しい資本主義/第013]

≪画像および関連情報≫
 ●「ワシントン・コンセンサス」の消滅と新しい「ワシントン
  ・コンセンサス」
  ───────────────────────────
   2021年4月11日、「ワシントン・コンセンサス」を
  提唱したジョン・ウィリアムソンが83歳で亡くなった。彼
  の唱えたワシントン・コンセンサスは彼の死とともに消滅し
  てしまったのかもしれない。ここでは、国際通貨基金(IM
  F)と世界銀行の本部が置かれたワシントンD.C.において
  ワシントン・コンセンサスが果たしてきた役割を説明し、そ
  れが現在、ワシントンにおいてどう変貌しているのかについ
  て論じてみたい。
   実は、このワシントン・コンセンサスという言葉は、19
  89年以降、長く使われるなかで、さまざまの意味をもつよ
  うになっていった。ウィリアムソン自身の整理によると、三
  つの異なる意味をもつようになったとしている。2004年
  1月13日、彼が世銀で行った「開発のための政策処方箋と
  してのワシントンコンセンサス」という講義のなかで明らか
  にしたものだ。
   第一の意味は、ウィリアムソンが当初使ったオリジナルの
  意味である。それを理解するためには、時代背景を知る必要
  がある。1960年代から1970年代にかけて、好景気に
  沸くラテンアメリカ諸国は、インフラ整備や工業化のために
  多額の借金をしていた。1980年代初頭に金利が急上昇し
  たことで、これらの借金は返済不能となり、債務不履行の危
  機に陥る。米国の政治家たちは、自国の銀行の損失を心配し
  て、ラテンアメリカからできるだけ多くの返済を引き出すた
  めの計画を次々と打ち出す。  https://bit.ly/3tOYpmd
  ───────────────────────────
柳沢伯夫元金融担当大臣.jpg
柳沢伯夫元金融担当大臣
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2022年01月25日

●「近衛文麿を彷彿とさせる岸田首相」(第5657号)

 竹中平蔵氏に関して、日本の金融機関の不良債権処理について
詳しく述べましたが、ここで話を岸田政権に戻します。このとこ
ろ、支持率が伸びていますが、岸田首相の「聞く力」を標榜する
姿勢が支持されているという人がいます。いったん決めた政策で
も、よりよいアイデアが出れば、それを取り入れるという柔軟な
姿勢が支持されているというのです。
 「18歳以下への10万円給付」の政策があります。もともと
公明党が衆院選で掲げた政策です。所得制限なしで、現金10万
円を申請不要の「プッシュ型」で支給するというものです。
 しかし、これに対して岸田政権、というよりも自民党は「待っ
た」をかけています。所得制限をつけるべきだというのです。親
の年収が960万円未満とすることと、5万円を現金で先に支給
し、残りの5万円は教育関連商品が買えるクーポン券にするとい
うものです。この条件で自公は合意しています。
 これに対して、自治体によっては、政府の決めた方式では、か
えって経費がかかるので、現金で10万円を一括支給していいか
という意見が出され、岸田首相は、結果としてそれを受け入れて
います。首相本人としては「聞く耳」を大事にしたつもりでしょ
う。これまで自民党政権は、一度決めた政策を変更することはほ
とんどなかったので、この柔軟さは驚きをもって受け止められた
ものです。しかし、多くの自治体では、この政策変更によって大
きな混乱が起きているといわれます。
 しかし、これは、あまりにもケチくさい政策だとは思いません
か。総額にして2兆円にしかならない政策です。世界第3位の経
済大国である日本の政策としては、あまりにもミミッチイです。
こんなものは、最初からポンと現金で年内に給付すべきです。所
得制限だの、クーポンなどの条件は財務省の意向でしょうが、こ
の役所は、どうしようもない役所であると思います。公文書を改
ざんしても反省しないし、何よりも30年もの間、日本をデフレ
のままにして平然としているのですから話になりません。
 これに関して、岸田政権に一家言を持つ高橋洋平氏は、新著の
冒頭で次のように述べています。
─────────────────────────────
 岸田政権のグダグダ感はあまりにひどいです。GOTOトラベ
ルもなぜ人の移動が一番激しく、観光業界や飲食店、小売業界が
一番儲かる年末年始を外したのか、私にはわけがわかりません。
 日本経済のX字回復を求めるのなら、新型コロナの感染も十分
に収まり、需要も非常に高い年末年始を外すことなど考えられま
せん。GOTOトラベルもGOTOイートも、期待していた人た
ちは、かき入れ時を外されてガクッと来ています。
 もし、今後、オミクロン株が流行し、またまた緊急事態宣言が
出たらどうなるのでしょうか。新型コロナで我慢してきた飲食店
観光業界、小売業界の方々が気の毒でなりません。
 さらに、1月後半か2月から始まるとされるGOTOトラベル
も、平日と休日では特典や割引率を変えるという案も練られてい
るようです。いろいろな条件をつけたら、使い勝手が悪くなるこ
とがわからないのでしょうか。        ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 人の意見に耳を傾ける「聞く耳を持つ」ことは大変よいことで
あり、長たる人の心得としては立派なことです。しかし、それを
売り物にするのは考えものです。優柔不断であると思われるから
です。ある自民党の中堅参議院議員は、岸田氏を「バランスの岸
田だからね」というし、「本当に自分がやりたい政策がない」と
厳しく見る自民党関係者もいます。ある経済団体の幹部は「近衛
文麿を彷彿させる」と指摘する向きもあります。
 近衛文麿という宰相は、名門貴族・近衛家の生まれで、戦前の
政界で貴族院議長や外相などの要職を歴任し、3度も首相を務め
た人物です。細川護熙元首相の祖父に当たる人です。
 この近衛文麿首相は、優柔不断な宰相として知られています。
日中戦争の野放図な戦線拡大が危惧されたさい、蒋介石との首脳
会談で”手打ち”する構想が持ち上がったのです。この構想に近
衛は承知したのに、南京行きの航空機をチャーターしておきなが
ら、近衛は直前にドタキャンしています。この首脳会談を軍部の
側から進めていた石原莞爾は次のように激高したといわれます。
─────────────────────────────
 2000年にも及ぶ皇恩を辱うして、この危機に優柔不断では
日本を滅ぼす者は近衛である。         ──石原莞爾
─────────────────────────────
 近衛文麿首相について、昭和天皇は、近衛が亡くなったときに
次のように述べていたことが、初代宮内庁長官の田島道治氏の手
になる『拝謁記』に、次のように書かれていたことがわかってい
ます。
─────────────────────────────
 (近衛は)意思が弱いし、悪(にく)まれたくないし、聞き上
手で、誰にでもかつがれる。          ──昭和天皇
                 田島道治著『拝謁記』より
─────────────────────────────
 この話はさておき、なぜ10万円の給付をわざわざ現金とクー
ポン券に分けたかですが、現金で配ると「消費に使われず、貯蓄
に回ってしまう」からということになっています。これはおそら
く財務省の考え方であると思います。
 異常なほど長く財務大臣に居座った麻生前財務相も、国民に現
金で給付すると「ほとんど貯蓄に回ってしまい、消費にまわらな
い」と口癖のようにいっていたからです。これは、果たして本当
のことなのでしょうか。
 結論からいうと、このロジックはきわめておかしいのです。財
務省はその理屈を知っていて、この話法を使っているフシがあり
ます。          ──[新しい資本主義/第014]

≪画像および関連情報≫
 ●首相の座に就く岸田文雄氏はどんな人物なのか
  ───────────────────────────
   岸田文雄は祖父、父とも元衆議院議員で、安倍晋三元首相
  と同じ政治家3代目である。1957(昭和32)年7月に
  東京・渋谷区で通産官僚の父・岸田文武の長男に生まれた。
  父の勤務の関係で小学校1〜3年はニューヨークで暮らし、
  地元の公立学校に通った。帰国後、東京の永田町小、麹町中
  開成高を経て早稲田大学法学部に進み、卒業後、日本長期信
  用銀行(現在の新生銀行の前身)に就職した。
   30歳で退職する。衆議院議員だった文武の地元秘書とな
  り、広島市に移住した。早大時代から40年以上の友人の岩
  屋毅(早大政経学部卒。衆議院議員)が述べる。
   「昔から自己主張する人ではなく、人の話をよく聞く。ガ
  ツガツしたところはない紳士。新しい宏池会のプリンスとい
  う育てられ方をされ、謙虚で誠実な人柄でそつなくこなして
  きた感じです」
   秘書に転じたときから、政治家に、と志を立てた。岸田が
  語る。「政治や官僚に触れる機会が多い環境で育った。小さ
  い頃、アメリカにいて、人種差別など理不尽な世の中に対し
  て、正義感とか義憤を人一倍強く抱いた。それが政治を志す
  気持ちにつながった」「酒豪だが、行儀のよいイケメン」が
  定評だ。秘書時代、広島県三次市出身で自動車メーカーのマ
  ツダの重役秘書だった女性と見合い結婚した。後に岸田の選
  対本部長を引き受ける林正夫(広島県議・元議長・自民党広
  島県連幹事長)は、「秘書のとき、よくマツダに行くね、と
  冷やかしたことがある。    https://bit.ly/3Ap5hrK
  ───────────────────────────
近衛文麿元首相.jpg
近衛文麿元首相
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2022年01月26日

●「定額給付金は貯蓄に回ると問題か」(第5658号)

 18歳以下の人に一人当たり10万円を配るという政策──目
的は子育て世帯の支援です。コロナ禍で若年世帯の収入が減り、
支援のニーズは高いはずです。公明党の衆院選の公約ですが、こ
のような政策は、前の政権の菅政権において実施しておくべき政
策だったといえます。はっきりしていることは、その目的が景気
対策ではなく、困窮世帯の支援であるということです。
 ところが実施に当たって、岸田政権は、所得制限と半分の5万
円のクーポン券化を求めています。現金を配るのは、バラマキで
あって、死んでもやりたくないという、超シブチンの財務省の意
向が強く反映されています。何しろ、あのバラマキ反対の矢野財
務次官の仕切る役所ですから、こうなるのです。
 所得制限を設けるということは、給付先を特定する事務手続き
上、給付までに時間がかかりますし、10万円を現金とクーポン
券に分けるには、クーポン券の印刷など、多くの手間とコストが
かかります。このように総額がわずか2兆円でしかない政策の場
合、年内に現金で配るのがスピーディーであるし、ベストです。
同じ10万円でも年内に届くのと、年を越すのとでは、天と地ほ
ど違うからです。こういうことは安定した高給を保証されている
財務省の役人にはきっとわからないのでしょう。
 そもそも、クーポン券にするのは、景気対策にもしたいからで
す。彼らは、現金を配ると、その分貯蓄が増えるだけでムダに終
わってしまうので、せめて景気対策にしたいと考えているからで
す。しかし、これは若年層世帯への支援であり、困窮者支援対策
であって、何よりもスピードが必要なのです。
 なお、この10万円給付には「児童手当受給世帯」への仕組み
が使われるので、15歳未満の子供に対しては、申請は不要で、
プッシュ型で届きますが、16歳から18歳の子供の分について
は申請が必要になります。それに所得制限やクーポン券化が加わ
ると一層手続きが面倒になります。
 2020年5月の特別定額給付金(国民1人当たり10万円)
の使い道について、ニッセイ基礎研究所による調査では、その要
点について、次のようにレポートしています。
─────────────────────────────
◎コロナ禍で銀行口座の預金は増加傾向にある。ニッセイ基礎研
 究所の調査でも、特別定額給付金の使い道の2位は、「貯蓄」
 (26・1%)である。この背景には、経済不安で貯蓄にとど
 めていることや、外出自粛により使い道がないために貯蓄にと
 どまっていることなどがあげられる。あらためて消費者の意識
 に注目して給付金の使い道を捉える。
◎一方、外食や旅行など必需性の低い消費項目に費やす消費者で
 は、経済不安のない層が多い。ただし、感染状況の収束が見え
 ない中では、いったん旅行などを保留しているために、見た目
 上貯蓄にとどまってる部分もあるだろう。なお、給付金を使っ
 ているとはいえ、生活費の補填にあてる消費者は、当然のこと
 ながら、経済不安が強い傾向がある。
◎「貯蓄が増えているために、お金に困っている人は少ない」と
 の見方もあるようだが、少なくとも給付金が貯蓄にとどまる理
 由は、主に経済不安の強さによるものである。特に、比較的若
 い現役世代については、貯蓄が増えていても、決して経済状況
 に余裕があるわけではない。データとして見える事実と背景に
 ついて、丁寧に読み解く必要がある。
       ──ニッセイ基礎研究所上席研究員/久我尚子氏
                  https://bit.ly/3tPSBJe
─────────────────────────────
 実際問題として、特別定額給付金は指定銀行口座に振り込まれ
るので、すぐ引き出して使わない限り、貯蓄としてストックされ
ます。しかし、特別定額給付金が口座に振り込まれた時点で、手
元の資金を安心して使う場合もあるのです。
 定額給付金が大多数の国民の口座に振り込まれた9月の時点で
菅政権になっており、菅首相は首相に就くと、対象地域から外さ
れていた東京都を加えて、直ちに年末に向けて、GOTOトラベ
ルキャンペーンを展開しています。このキャンペーンは、菅首相
が官房長官時代に旗を振ってはじめた事業であるからです。した
がって、実際には特別定額給付金はGOTOトラベルにも十分使
われているはずです。
 ところで、たとえ現金給付金が貯蓄に回ったとしても、タイム
ラグで投資が増えるので、景気にプラスの効果をもたらすという
経済の専門家の意見もあります。貯蓄に回ったとしてもマイナス
ではないのです。高橋洋一氏は、これについて、近著で次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 貯蓄に回ってはいけないと思い込んでいるのが間違いです。貯
蓄に回ったら消費の喚起にならないといいますが、そうではあり
ません。(一部略)貯蓄に回ると消費が落ちるという言い方をし
ますが、確かに貯蓄に回った分は、一時的に消費分が落ちます。
しかし、時間が経つとお金はまた回り出します。
 貯蓄に回ったお金は、金融機関の貸し出しを通じて投資になる
のです。GDPの構成要素である民間消費が投資になるだけで、
GDPそのものは減りません。消費が減った分は、タイムラグは
ありますが、投資が増えるのです。
 だから、消費だけに着目して、「減った、減った」と騒ぐのは
本当におかしなことなのです。経済学でISバランスを勉強しま
す。ISバランスとは、investment and saving  のことで、セ
イビングというのは、所得から消費を引いた金額。これが増える
と、investmentが増えると習うはずですが、マスコミも岸田政権
をも公明党も勉強していないのでしょう。   ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第015]

≪画像および関連情報≫
 ●定額給付金はそんなに悪いのか/ニッセイ基礎研究所
  ───────────────────────────
   定額給付金の評判が非常に悪い。私自身は、昨年2008
  年8月にこの政策が決まった時から支給されるのを心待ちに
  しているのだが、各種世論調査によれば、定額給付金に反対
  している人の方が賛成している人よりも圧倒的に多いという
  ことだ。
   第一の批判は、定額給付金はばらまき政策で好ましくない
  というものだ。しかし、そもそも景気対策というのは、多少
  なりとも「ばらまき」の性質を持っているものではないか。
  景気悪化で急速に落ち込んでいる需要を、お金をばらまかず
  に浮揚させることは至難のわざだろう。
   定額給付金は景気浮揚効果が小さいという批判も多い。支
  給されたお金のかなりの部分は消費されずに貯蓄にまわって
  しまうというものだ。私自身、マスコミからの取材に対して
  はきまって「定額給付金によるGDPの押し上げ効果は限定
  的」と答えてきた。しかし、GDPを押し上げないからとい
  って、必ずしも悪い政策というわけではない。
   確かにGDPの押し上げだけを考えれば、公共事業のほう
  が効果的だ。定額給付金(あるいは減税)を1兆円実施して
  もGDPはその何割かしか増えないが、公共事業を1兆円追
  加すればGDPは少なくとも1兆円は増えることになる。公
  共事業(公的固定資本形成)はGDPの需要項目のひとつだ
  からだ。しかし、道路や橋などの施設は作ったらそれでおし
  まいではない。それがあまり役に立たないものだとしても、
  維持、修理などにかかるコストは後の世代が負担しなければ
  ならないのだ。        https://bit.ly/32pAfTZ
  ───────────────────────────
高橋洋一氏.jpg
高橋洋一氏
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2022年01月27日

●「ジニ係数で格差は拡大していない」(第5659号)

 現代は「格差社会」といわれています。それを象徴するのは、
米国における次のような事実です。
─────────────────────────────
◎アメリカでは所得分布で上位1%にあたる人々が、全体の60
 %を占める中間層を上回る富を保有していることが、連邦準備
 制度理事会(FRB)の最新データで明らかになっている。
                  https://bit.ly/3Ar6Llg
◎コロナ禍のこの1年(2021年)、多くのアメリカ人が純資
 産を増加させている。なかでも、トップレベルの超富裕層が保
 有する資産の価値は急騰した。   https://bit.ly/3IzkuJw
◎ポリシー・スタディーズによると、富の集中は米国では特に加
 速しており、米国で最も裕福な3名、ジェフ・ベソス、ビル・
 ゲイツ、ウォーレン・バフェットの資産額の合計は、米国人の
 下位50%の資産額の合計を上回っているという。
                  https://bit.ly/3GXcnpO
─────────────────────────────
 これらの米国でみられる極端な所得格差の現状は、新自由主義
的政策がもたらすものとされていますが、日本の所得格差の現状
はどうなのでしょうか。
 「アベノミクスで格差は広がっている」──こういうことはよ
くいわれますが、果たして本当しょうか。ジニ係数を分析して検
証してみることにします。
 所得格差は「ジニ係数」によって知ることができます。ジニ係
数には次の2つがあります。
─────────────────────────────
          @ 当初所得ジニ係数
          A再分配所得ジニ係数
─────────────────────────────
 基本的考え方はこうです。完全な所得分配ができている場合を
「0」とし、1つの世帯が所得を独占している場合を「1」とし
ます。この「0」と「1」の間で、その所得格差の度合いを示す
のがジニ係数です。税金や社会保険料、公的年金などの社会保険
の給付金を含むかどうかの違いがあり、含むものが「当初所得ジ
ニ係数」、含まない実質所得の不平等を示すものが「再分配所得
ジニ係数」です。イタリアの統計学者、コラド・ジニにちなんで
「ジニ係数」と呼ばれています。
 添付ファイルに、1990年から2017年までの「当初所得
ジニ係数」(上)と「再分配所得ジニ係数」(中)の推移、20
17年における年齢階級別のジニ係数の改善度(下)を示してあ
ります。
 「上」のグラフの当初所得ジニ係数の推移を見ると、1999
年以降に上昇ペースが上がっていますが、2014年から201
7年にかけては低下に転じていることがわかります。
 1999年以降に上昇ベースが上がった時期の特徴としては、
世界的に経済のグローバル化が加速し、それに伴って生産拠点の
海外移転が急速に進んだことがあります。これにより、雇用機会
が海外に流出したことや、海外から安い製品が大量に輸入される
ようになったことが、それまでと異なる点です。事実、消費者物
価指数を時系列で見れば、当初所得ジニ係数が上昇している期間
に物価は下落しており、就業者数も減少傾向にあります。
 しかし、2014年から2017年にかけては、低下に転じて
います。これは、明らかにアベノミクスと関係があります。アベ
ノミクスによって、格差が拡大したのではなく、逆に改善してい
るのです。その背景には、次の2つがあります。
─────────────────────────────
 @アベノミクスの異次元金融緩和により、極端な円高・株安が
  是正され、生産拠点の海外移転に歯止めがかかった。
 A結果として、就業者数が500万人近く増加し、これによっ
  て、低所得層の所得が底上げされたことなどがある。
─────────────────────────────
 2015年以降の海外生産比率は頭打ちになっている一方で、
消費者物価指数も上昇に転じています。極端な円高・株安の是正
による名目経済規模の拡大、女性や高齢者を中心とした労働参加
率の上昇などが相まって、日本国民の稼ぐ力が誘発されたものと
考えられます。
 続いて、同じ時期の「中」のグラフの再分配所得ジニ係数の推
移を見てください。これは、再分配所得ジニ係数を時系列で示し
たものです。これによると、バブル崩壊以降の局面では、当初所
得ジニ係数は2014年まで上昇トレンドでしたが、再分配所得
ジニ係数は、2000年代後半以降、低下トレンドに転じている
ことがわかります。これによると、社会保険料・税金の支払いや
社会保障給付を加味すれば、むしろ所得格差は縮小していること
を意味しています。
 また「下」の年齢階級別にみると、高齢期ほど改善度が大きく
ジニ係数の改善には高齢化に伴う年金制度の成熟化などが影響し
ていると厚労省は指摘しています。そして何よりも、ジニ係数の
改善度を税と社会保障に分けると、社会保障による改善度が相対
的に大きく上昇しているのです。つまり、公的年金をはじめとす
る社会保障による再分配が効いており、当初所得ジニ係数の動き
のみで判断すると、所得格差が拡大しているとミスリードしてし
まうことになります。
 当初所得ジニ係数は、純粋に前年の所得を対象に計算して求め
られた数値です。しかし、実際に私たちが受け取る所得は、そこ
から社会保険料や税金が控除される一方で、年金や医療、介護な
どの社会保障給付が加えられるのです。
 したがって、実際の所得格差を示すのは、こうした再分配後の
所得格差(再分配所得ジニ係数)ということになります。これで
見る限りにおいて、日本の場合、格差はあまり広がらず、分配は
平等に改善されているのです。岸田内閣は、この事実を知ってい
るのでしょうか。     ──[新しい資本主義/第016]

≪画像および関連情報≫
 ●貧困層とお金持ち「アベノミクス恩恵」の大格差
  ───────────────────────────
   菅義偉首相率いる菅政権が誕生した。この菅政権が継承す
  る安倍政権の総括がさまざまな角度からなされているが、ち
  ょっと変わった視点でこの7年8カ月を評価してみたい。
                  https://bit.ly/3tXCPvK
  ───────────────────────────
ジニ係数で検証する日本の格差.jpg
ジニ係数で検証する日本の格差
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2022年01月28日

●「なぜトリガー条項を使わないのか」(第5660号)

 1月25日のことです。萩生田光一経済産業相は、閣議後の記
者会見で、ガソリンなどの燃料価格の抑制策を次のように表明し
ています。
─────────────────────────────
 石油元売りに補助金を支給し、販売価格の上昇に歯止めをかけ
る。金額は1リットル当たり3・4円で、27日にも補助適用後
の価格で購入できるようにする。 ──2022年1月25日付
                       日本経済新聞
─────────────────────────────
 この政府の対応は、1月24日時点のガソリン価格が全国平均
で170円を超える見通しであるので、出されたものです。ガソ
リン価格が上がっているのはわかっていたので、政府が価格を抑
えようとする政策をとるのは当然ですが、なぜ、石油元売りに対
して補助金を出すのでしょうか。
 いうまでもないことですが、ガソリン価格が上昇して困ってい
るのは、元売りだけでなく、消費者も困惑しています。そうであ
るのに、なぜ元売りに補助金を出すのでしょうか。元売りに補助
金を出しても、小売価格が下がる保証はないのです。これに対し
て、萩生田経産相は、実際に小売価格がどこまで下がるか注視し
たいといっています。全国のガソリンスタンドをリサーチして、
小売価格がどの程度下がるか調べるといっているのです。
 この補助金は、2021年度補正予算で燃料価格の急騰を抑え
る対策として、ガソリン価格が全国平均で、1リットル当たり、
170円を超えた分に対し、5円を上限として、元売りを補助す
る仕組みになっています。これには、軽油や重油、灯油も対象に
なっています。
 しかし、ガソリンというのは、約40%が税金なのです。そう
であるならば、その税金を時限的にでも下げれば、価格が下がる
ので、元売りも消費者も助かるのです。わざわざ補正予算を組ま
なくても対処できるのです。
 しかし、財務省は、隙さえあれば増税を狙っている役所ですが
減税だけは「絶対にやらない」ことに徹しています。彼らの頭の
辞書には、「増税」という言葉はあっても、「減税」という言葉
はないのです。これも日本が、30年も続いているデフレから脱
却できない原因の一つになっています。
 ところで、租税特別措置法第89条という法律の条文があるの
をご存知でしょうか。
─────────────────────────────
 ◎租税特別措置法第89条
  「揮発油価格高騰時における揮発油税及び地方揮発油税の
  税率の特例規定の適用停止」
─────────────────────────────
 これは、「レギュラーガソリンの1リットルあたりの価格が3
か月連続で160円を上回った場合、翌月からガソリン税の旧暫
定税率25・1円の課税を一時的に停止する」というものです。
 今回のガソリンの価格高騰では、すでに発動要件を満たしてお
り、仮に発動されればレギュラーガソリンは1リットル140円
台になる計算です。つまり、ガソリン高騰時に、ガソリン価格の
減税を定めた法律なのです。なぜ、使わないのでしょうか。
 これは、旧民主党政権時代の2010年に導入されたもので、
「トリガー条項」といわれています。しかし、東日本大震災の復
興財源確保のために、一度も発動されないまま、法律は凍結され
ています。したがって、今回凍結を解除すれば、即座に減税を行
うことができるのです。旧民主党については、いろいろ批判は多
いですが、このように良い仕事もしているのです。
 当然のことながら、野党は今回凍結解除を求めましたが、岸田
政権は、こういうことは「聞く耳」を持たず、1月20日の国会
で、岸田首相は財務省の役人のメモを読んでいます。
─────────────────────────────
 買い控えやその反動による流通の混乱があることから、凍結解
除は適当でない。               ──岸田首相
─────────────────────────────
 岸田首相は「財務省のポチ」といわれるほど、財務省寄りの人
物であり、側近も財務省出身のスタッフが周りを固めています。
凍結を解除してトリガー条項を実施すると、年間3兆2000億
円程度あるガソリン税と軽油引取税の税収が減るため、絶対にや
らないのです。多くの国民は、このトリガー条項の存在をすっか
り忘れています。
 この点について、財務省の役人であった高橋洋一氏は、次のよ
うに述べています。
─────────────────────────────
 今回は石油の元売りと商社に補助金を出すということになって
います。1リットルのレギュラーの価格が170円を超えたら、
最大5円補助するとなっています。ただし、元売りや商社に補助
金を渡すと、そのまま懐に入れられてしまう可能性があります。
 ガソリン価格の値下げに使わないかもしれない。そうされても
文句は言えません。「価格は自由でしょ」って言われたらそれき
りです。さらに、補助金では最大5円しか下げられませんが、減
税なら20円でも下げることができます。だから、政策論として
はおかしい。ただ、これに官僚が絡めば別です。官僚は、減税と
補助金のどちらかを選べと言われたら、必ず補助金を選びます。
減税だと、ガソリンの特別会計の税収が減るため、それは嫌だと
なります。自分の裁量できる額が減ってしまうのが嫌なのです。
一方、補助金は官僚自らがつけられるからいいし、権限もある。
「ありがとうございます」と業者が頭を下げてくれます。減税だ
と、官僚に頭を下げる人はいません。     ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
             ──[新しい資本主義/第017]

≪画像および関連情報≫
 ●ガソリン元売りに補助金、大ブーイングでも減税したくない
  政治のウラ
  ───────────────────────────
   高騰するガソリン価格への対策として、政府が17日、石
  油元売り会社に補助金を出す形で小売り価格の上昇を抑える
  方針を打ち出したことにネット上で猛反発が出ている。こう
  した形での補助金は初めてというが、国民感情に与える波紋
  は小さくなさそうだ。政府の新しい対策はこの日夕方、萩生
  田経産相が発表した。萩生田氏は12日の時点で補正予算よ
  り機動性のある予備費の活用による対策を明言していたが、
  業界への補助金という形に結実した。
   他方、維新と国民がガソリン税を実質的に減税する「トリ
  ガー条項の凍結解除」を打ち出し、近く両党で法案を共同提
  出する方向が決めたばかりだったが、この日の発表前にも松
  野官房長官はトリガー条項の発動について、「ガソリンの買
  い控えや、その反動による流通の混乱や、国・地方の財政へ
  の多大な影響などの問題があることから凍結解除は適当でな
  い」などと考えを示していた。
   こうした政府の“塩対応”に対し、衆院選の最中から「ト
  リガー条項の凍結解除」を公約に掲げていた国民の玉木代表
  は、ツイッターで「元売りへの支援ではガソリンの購入価格
  が下がるかどうか分からない。しかも170円/1リットル
  を超えないと発動されないし下がっても最大5円/1リット
  ル」と政府案を問題視。「それより国民民主党が主張するト
  リガー条項の凍結解除なら160円/1リットルを超えれば
  25・1/1リットル下がるのでより効果的だ。全てが小出
  しで中途半端」と重ねて批判した。https://bit.ly/3rOao0U
  ───────────────────────────
萩生田経産相.jpg
萩生田経産相
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2022年01月31日

●「事業規模を大きくし財政出抑える」(第5661号)

 2021年11月19日のことです。岸田内閣は、新たな経済
対策を閣議決定しています。東京新聞は、このことを次のように
報道しています。
─────────────────────────────
 政府は19日、財政支出が過去最大となる55兆7000億円
の新たな経済対策を閣議決定した。民間の投資分なども含めた事
業規模は78兆9000億円にのぼる。18歳以下の子どもへの
10万円相当の支給などお金を配る政策が柱で規模が膨らんだ。
対策実行のためには新たな国債(借金)発行は避けられないが、
政府は財源確保の議論は後回しにしている。(坂田奈央)
    ──東京新聞/東京・ウェブ https://bit.ly/35zKnuI
─────────────────────────────
 この種の報道内容のポイントは、次の2つです。2つの違いに
注目すべきです。
─────────────────────────────
        財政支出:55兆7000億円
        事業規模:78兆9000億円
─────────────────────────────
 この場合、注目されるのは「財政支出」です。財政支出は必ず
「前年度歳入によって行われる」ので、2021年度歳出は20
20年度歳入によってまかない、これに借金「国債」を合わせま
す。新聞報道は、「財政支出55・7兆円」を強調して、過去最
大と書き立てます。その内訳は次の通りです。
─────────────────────────────
      コロナ対策   ・・ 22・1兆円
      経済再開    ・・  9・2兆円
      新しい資本主義 ・・ 19・8兆円
       防災     ・・  4・6兆円
     −−−−−−−−−−−−−−−−−−
                 55・7兆円
─────────────────────────────
 これに対して「事業規模」とは、景気浮揚などを狙った経済対
策で動くお金の規模のことです。国による財政支出のほか、財政
投融資、地方自治体や企業の資金、金融機関の融資も含みます。
 このうち、国の財政支出、または、国と地方合計の財政支出が
「真水」と呼ばれます。財務省は、国の財政を悪化させる(と考
える)真水の拡大をできるだけ抑え、その他を膨らませて事業規
模を大きく見せる手口を使います。しかし、報道機関はそのこと
はよくわかっているので、「事業規模」よりも「財政支出」の方
に注目して「財政支出が過去最大となる55兆7000億円」と
いうように報道するのです。
 55・7兆円についても前菅政権からの積み残し分もあり、実
際の真水は22兆円でしかないのです。これでは財政支出55兆
円の半分にもならず、事業規模78・9兆円の3分の1にも届か
ない。真水が大きくないと、経済の回復は困難な情勢です。
 これは、高橋洋一氏の指摘ですが、「新しい資本主義」の財政
支出に19・8兆円が計上されています。しかし、補正予算で見
ると8・3兆円でしかないのです。10兆円不足しています。な
ぜでしょうか。それは、財政投融資で作られる「10兆円規模の
大学ファンドの年内実施」を「新しい資本主義」の予算に入れて
いるからです。つまり、これは、経済対策として2021年度に
おいて、既に執行中の政策なのです。
 しかし、岸田首相は、2021年12月6日の所信表明演説で
は、それがあたかも「新しい資本主義」における成長戦略である
かのように語っています。
─────────────────────────────
 新しい資本主義」の下での成長
 まずは、成長戦略です。官と民が共に役割を果たし、協働して
成長のための大胆な投資を行います。
(1)イノベーション
 科学技術によるイノベーションを推進し、経済の付加価値創出
力を引き上げます。上場を果たしたスタートアップが、更に成長
していけるよう、上場ルールを見直すなど、スタートアップ・エ
コシステムを大胆に強化します。
 大学改革にも積極的に取り組みます。
 『十兆円の大学ファンドを年度内に創設する』とともに、イノ
ベーションの担い手たる研究者が、大学運営ではなく、研究に専
念できるよう、研究と経営の分離を進めます。
 成長をけん引する、科学技術分野の人材育成を強化するため、
大学の学部や大学院の再編に取り組みます。さらに、地域の中小
企業と連携した大学発ベンチャーの創出にも取り組みます。
 『』は私がしたものですが、これが、「新しい資本主義」のい
の一番の政策ですから、岸田政権の成長戟略のお里がしれてしま
うというものです。             ──高橋洋一著
    『岸田政権の/新しい資本主義で無理心中させられる/
                   日本経済』/宝島社刊
─────────────────────────────
 「需給ギャップ」というものがあります。個人消費や投資など
の「総需要」(実質GDP)と、労働力や生産設備などの潜在的
供給力(潜在GDP)との差のことです。供給力が総需要より高
ければ、マイナスの需給ギャップとなり、その分の需要が必要に
なります。
 内閣府によると、2021年7〜9月期はマイナス4.8%で
あったと2021年12月2日に発表しています。金額換算で年
27兆円程度の需要不足に相当するとしています。そうであると
すると、27兆円の需給ギャップに対して、実質22兆円の経済
対策では足りませんが、あと一息ということになります。
 しかし、高橋洋一氏は、内閣府は失業率を高めに見ているので
需給ギャップは低めに出ているとしています。
             ──[新しい資本主義/第018]

≪画像および関連情報≫
 ●基調的な物価の低迷が続くなか独自の道を歩む日銀
  (金融政策決定会合)/木内登英氏
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   10月27・28日に開かれた日本銀行金融政策決定会合
  では、政策変更は行われず事前予想通りの無風に終わった。
  展望レポートでは、2021年度の実質GDP成長率の見通
  し(政策委員見通しの中央値)は+3・4%と、前回7月時
  点での見通しの+3・8%から下方修正された。7月時点と
  比べて新規感染者数は大幅に低下するなど個人消費を取り巻
  く環境は改善してきたが、それを上回る景気への逆風が新た
  に生じているため、見通しは下方修正されたのである。
   逆風の第1は、不動産部門の不振を映した中国経済の減速
  傾向である。緊急事態宣言の下で個人消費が低迷する日本経
  済を下支えしてきた輸出が、そのけん引役を失っている。第
  2は、東南アジアでの感染拡大を受けた半導体など自動車部
  品の調達難に伴う自動車の生産減少である。この要因は、今
  年7〜9月期、10〜12月期の実質GDP成長率をそれぞ
  れ年率で2%程度押し下げる可能性が見込まれる。第3は、
  原油価格など資源価格上昇の企業、個人への影響だ。年初か
  らの原油価格上昇と円安の影響により、実質個人消費は1%
  程度押し下げられると見込まれる。
                 https://bit.ly/3KYhU22
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岸田首相所信表明演説.jpg
岸田首相所信表明演説
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 新しい資本主義 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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