きです。官庁の情報システムを刷新する場合、開発業者が入札し
た場合、その入札価格などについて、会計検査院の審査を通す必
要があります。
そのため、特許庁はまずIBMビジネスコンサルティング(現
日本IBM)に委託して、基幹システムを刷新することが妥当で
あり、費用対効果が高いかどうかチェックさせ、調達仕様書づく
りに着手したのです。
調達仕様書の作成についても特許庁は、システムに詳しくない
として、情報状システム部門のシステム設計に詳しいAという職
員を担当者として、これもIBMビジネスコンサルティングに委
託して、基本設計から詳細設計までを作成させています。そして
入札を実施し、東芝ソリューションが落札、会計検査院の審査を
クリアしています。なお、システム設計に関わったA職員は調達
仕様書が終了した時点で人事異動になっています。ここまでが先
週までのEJで述べたことです。
プロジェクトは、2006年12月からスタートしましたが、
最初からつまずいたのです。システム設計に関わったAは、2年
かかっている特許審査を1年で完了させることを目標にして、業
務プロセスを大幅に変更する設計をしたのですが、特許庁のプロ
ジェクト関係者はこれを嫌い、現行業務の延長でシステムを開発
してほしいという要求を出してきたのです。設計とまるで異なる
特許庁からの要請です。
東芝ソリューションとしては、まず現行業務の把握からはじめ
ることになり、大幅な人員増強を図ったのです。これについて、
日経コンピュータは次のように書いています。
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東芝ソリューションは、遅れを取り戻すため、2008年には
1100〜1300人体制にまで増員した。人材派遣会社や協力
会社を通じて、大量の人材を集めたという。これが、さらなる混
乱をもたらした。「東芝ソリューションには、協力会社を含め多
数の開発要員を統率する経験がなかった」(関係者)。
設計チームが入居していたビルは一気に手狭になり、机の1人
当たりのスペースは「ノートPCが1台置けるくらい」(同)に
縮小した。あるチームは現行の業務フローを反映した文書をひた
すら作成した。あるチームは特許に関わる法律をひも解き、業務
やデータベースの項目を洗い出した。成果物の基礎となる規約も
なく、成果物の質に大きなばらっきが生じるのは必然だった。工
数をかけずに低品質の文書を量産し、労せず利益を得る協力会社
もいた。「1日でフェラーリ1台に相当するカネが無駄に飛んで
いる」。プロジェクトに参加していた技術者の間ではこんな皮肉
が交わされていたという。
──日経コンピュータ編/日経BP刊
『なぜデジタル政府は失敗し続けるのか』
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こういう状況が2年以上続いた2009年4月のことですが、
一向に進まないシステム開発の作業に対して特許庁はある決断を
します。調達仕様書を作成したA職員をプロジェクトに復帰させ
当初の設計に基づいて東芝ソリューションとシステムの開発をは
じめたのです。「現行業務の延長でシステムを開発せよ」という
ゴリ押しのために2年以上をムダにしましたが、これで、やっと
プロジェクトが回りはじめたと誰もが思ったのです。
ただ元のシステムを構築し、そのシステムを熟知しているNT
Tデータをプロジェクトに加える必要が出てきたのです。そこで
アプリケーション開発をNTTデータに担当させることにすれば
問題を解決できると見込んだのです。
ところが、2010年6月のことですが、とんでもないことが
起こったのです。2010年6月22日付、日本経済新聞の記事
を次に掲げます。
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◎特許庁技官を逮捕/NTTデータ部長から収賄容疑
特許庁の業務システム計画を巡る内部情報を提供する見返りに
NTTデータ(東京・江東)部長から二百数十万円分のタクシー
運賃の支払いを受けたとして、警視庁捜査2課は22日、同庁技
官で先任審判官の志摩兆一郎容疑者(45)を収賄容疑で逮捕し
た。また、同社第1システム統括部統括部長兼営業担当部長、沖
良太郎容疑者(45)を贈賄容疑で逮捕した。
同課によると、志摩審判官は「間違いない」と容疑を認め、沖
部長は「弁護士と相談して話す」と供述しているという。志摩審
判官の逮捕容疑は2005年8月〜09年11月、特許庁が導入
するコンピューターシステムに関する情報を漏らす見返りに、謝
礼として約70回にわたり沖部長からタクシーチケット約二百数
十万円相当を受け取った疑い。志摩審判官は沖部長側から飲食接
待を繰り返し受け、タクシーチケットは帰宅時に沖部長から受け
取り使用していた。──2010年6月22日付、日本経済新聞
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ちょうどNTTデータをプロジェクトに参加させるかどうかの
検討をしていたときであり、そのことと関係があるかもしれない
事件です。なお、プロジェクトに戻されたA職員も入札前の情報
を東芝ソリューションに提供していた事実があったとして、プロ
ジェクトから再び外されたのです。
そのため、プロジェクトは開店休業になり、先に進むことは困
難になったのです。2010年6月に発足した調査委員会の調査
を受けて、技術検証委員会は2012年1月に「開発終了時期が
見通せない」とする報告書を公開し、枝野幸男経済産業大臣(当
時)がプロジェクトの中止を表明しています。
プロジェクト開始から5年が経過し、会計検査院は、54億5
100万円の資金を無駄な支出である「不当事項」と認定し、特
許庁の基幹システム刷新は大失敗に終わったのです。
──[デジタル社会論V/010]
≪画像および関連情報≫
●NTTデータ、贈賄社員の逮捕について社内調査結果を公表
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NTTデータは2010年9月6日、特許庁の職員に対す
る贈賄の疑いにより社員が逮捕・起訴を受けた事案について
社内調査した結果を公表した。
6月22日に同社社員が逮捕されたことで、翌6月23日
に社長を委員長とする「社内調査委員会」を設置し、社内調
査を実施したとのこと。調査結果の公表とともに、この調査
の妥当性等について「社外有識者検証委員会」が第三者の立
場から検証を行った検証結果についても、合わせて公表され
た。社内調査委員会では、本件事案に関する事実関係の社内
調査および確認を行うとともに、他プロジェクトを含めた法
令・企業倫理、社内規程・実施要領の遵守状況、内部牽制の
有効性の検証、および再発防止策の策定が行われた。文書は
18ページからなり、「概要および経緯」「調査体制」「事
実」「原因および問題点」「類似事案の有無」「再発防止」
の6項目で構成されている。これによると、特許庁職員は、
2005年8月10日ころから2009年11月27日ころ
まで、66回にわたり、タクシー乗車の利益(約256万円
相当)の供与を受けていた。NTTデータ社員(元第一シス
テム統括部長兼営業担当部長)は、2007年8月29日こ
ろから2009年11月27日ころまで、37回にわたり、
(うち10回は別社員と共謀して)、タクシー乗車の利益、
約148万円相当)を供与していた。
https://bit.ly/2XEdiKa
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特許庁基幹システム刷新開発プロセス