る次の言葉があります。
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カニバリゼーションすることをせよ!
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これは、三菱UFJ銀行元代表取締役会長の平野信行氏が、新
規事業を行うとき、よく口にした言葉といわれています。カニバ
リゼーションとは、直訳すると「共食い」という意味ですが、ビ
ジネスの文脈においては、顧客への提供価値が類似する自社製品
同士でそれぞれの売上を奪い合ってしまう現象を指します。平野
元会長は「共食いを恐れてはならない。むしろ、積極的に共食い
をするくらいでやれ!」といっているのです。
アマゾンの創業者ジェフ・ペゾス氏が、7月5日付で予告通り
CEOを退任しましたが、ベゾス氏もカニバリゼーションに言及
しています。それは、アマゾンが電子書籍を読む「キンドル」を
導入したときの話です。アマゾンは紙の書籍のネット通販からは
じまった会社なので、書籍の通販と電子書籍とが、カニバリゼー
ションを起こす可能性があったのです。
しかし、ペゾス氏は、わざわざ書籍部門を任せてきた幹部をキ
ンドルを含むデジタル部門に異動させたうえで、次のようにいっ
たというのです。
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君の仕事は、いままでしてきた事業をぶちこわすことだ。物理
的な本を売る人間全員から職を奪うぐらいのつもりで取り組んで
ほしい。 ──ジェフ・ペゾス氏/井口耕三訳/日経PP刊
──ブラッド・ストーン著『ジェフ・ベゾス果てしなき野望』
──田中道昭著
『アマゾン銀行が誕生する日/2025年の
次世代金融シナリオ』/日経BP
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この話は、「イノベーションのジレンマ」に関係があります。
イノベーションのジレンマとは、1997年に米国の実業家で、
経営学者であるクレイトン・クリステンセン氏が初の著作である
『イノベーションのジレンマ』で提唱した企業経営の理論です。
これによってクリステンセン氏は、破壊的イノベーションの理論
を確立させたことで有名になり、企業におけるイノベーションの
研究における第一人者といわれています。
日本の銀行に突き付けられているDXの本質について、田中道
昭氏は次のように述べています。
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そもそも銀行がテクノロジー企業に生まれ変わらないと生き残
れないことが明白である中において、次代のリーダー像がこれま
でと大きく変化するのは当然のことなのです。そしてメガバンク
に求められているデジタルトランスフォーメーションとは、単な
るシステム化ではなく、テクノロジー戦略でもなく、経営戦略で
すらありません。自らをデジタルトランスフォーメーションによ
って破壊することが求められています。だからこそ、邦銀全体の
試金石として、MUFGのカニバリゼーションからは目が離せな
いのです。 ──田中道昭著/日経BPの前掲書より
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MUFGに続いて、みずほフィナンシャルグループ(みずほF
G)のDXの取り組みについて考えることにします。
みずほFGは、2019年度に発表した5カ年経営計画で「次
世代金融への転換」を掲げています。このなかでデジタライゼー
ションへの取り組みや外部との協働を強化するとし、みずほFG
では次の強い危機感が高まっているのです。
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非金融を含めた金融を巡る新たな価値創造をしていかなければ
みずほ銀行は金融機関として勝ち残れない。
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この考え方を先取りしたものとして、みずほ銀行は2017年
6月にフィンテック新会社「ブルーラボ」を設立しています。こ
の組織について、2018年10月18日付の毎日新聞は次のよ
うに報道しています。
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◎異業種と拠点、共同開発広がる
メガバンクが異業種や同業他社と集まる拠点を開設し、共同で
商品・サービスを開発する試みが軌道に乗ってきた。これまで閉
鎖的とされてきた銀行業界だが、金融とIT(情報技術)が融合
した「フィンテック」分野の競争が激しくなる中、他社の人材や
技術を活用し、生き残りを図ろうとしている。
「他行やシステム会社から来た人と一緒に取り組むことで、行
内だけでは出なかった発想が生まれている」。2016年、素材
メーカーを辞め、みずほ銀行に転職した白河龍弥さん(34)は
手応えを語る。みずほ銀は昨年6月、ITを活用して銀行業務を
効率化させることを主な目的に新会社「ブルーラボ」(東京都港
区)を設立。みずほの他、ITベンチャーや地銀など約30社か
ら集まった約80人が働いている。 https://bit.ly/3xi4Ixz
2018年10月18日付、毎日新聞
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基本的には、JPモルガンの「イン・レジデンス」とよく似て
います。かつての銀行システムを破壊するディスラプラーのIT
企業と組むことによって、会社を芯から変えようとしています。
DXの一環です。
2018年からみずほFGは、職員の採用方針にあたって、次
のキャッチフレーズを打ち出しています。
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みずほらしくない人に会いたい
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──[デジタル社会論U/056]
≪画像および関連情報≫
●3年目の覚悟、実体なきイノベーションからの脱却――
みずほフィナンシャルグループ 大久保光伸氏
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みずほフィナンシャルグループは、2019年からの「5
カ年経営計画」の中で、1万9千人の人員削減と、130拠
点の統廃合を発表した。経営資源配分のミスマッチを解消し
新たな顧客ニーズに対応することで「次世代金融への転換」
を図るとしている。フィンテックの進展により、顧客が銀行
に求めるサービスは急速に変化している。休み時間に窓口や
ATMへ行くよりも、必要なときすぐにスマホで使える方が
いい。他のフィンテックアプリと連携してより便利に使いた
い、といった具合だ。
みずほフィナンシャルグループは、金融APIを公開して
スタートアップや異業種とつながり、新たな価値を創出する
オープンイノベーションに力を入れてきた。渦中で指揮を執
るのが、デジタルイノベーション部シニアデジタルストラテ
ジストの大久保光伸氏だ。
大久保氏は2016年にみずほに入社し、翌年、シリコン
バレーのベンチャーキャピタルWiL(ワールド・インフォ
メーション・ラボ)と設立したイノベーションの拠点、ブル
ーラボのCTOにも就任した。このような戦略をとったのは
銀行本体であれば必要とされる複雑な段取りを排し、既存事
業とのカニバリズムをいとわず、新たなビジネス・プラット
フォームを創出するためだ。ブルーラボでの2年を、大久保
氏自身はどう評価しているのだろうか。
https://bit.ly/3yp7QI2
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平野信行元三菱UFJ銀行代表取締役会長