2021年04月01日

●「中国に立ちはだかる米国ドル覇権」(第5461号)

 中国問題分析の第1人者である遠藤誉氏が所長を務める中国問
題グローバル研究所の理事、白井一成氏は、米国とその他の国と
の関係について次のように述べています。
─────────────────────────────
 国のモデル化を考える上では、アメリカとその他諸国との関係
は「銀行」と「一般企業」との関係に近い。銀行と一般企業とは
資金を通じて表裏の関係にあり、重要な点も必然的に異なる。銀
行が存続するためには資金をどれだけ調達できるかが重要である
一方、一般企業が存続するためには、生存に最低限必要なキャッ
シュアウトフロー(資金の流出)の把握が重要である。
 覇権国家であるアメリカは、ネットワークの外部性(同じ財・
サービスを消費する個人の数が増えれば増えるほどその財・サー
ビスから得られる便益が増加するという現象)と軍事力で世界を
支配しているため、基軸通貨であるドルの信用力が重要である。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 白井一成氏は、「米国はネットワークの外部性と軍事力で世界
を支配している」と述べているが、「ネットワークの外部性」と
は何でしょうか。
 ネットワークの外部性──これはマーケティングで使われる用
語で、その代表例として、SNSを上げることができます。LI
NEやツイッターやインスタグラム、フェイスブックなどによっ
て代表されるSNSでは、利用者が増えれば増えるほどサービス
の質や利便性が上がります。数人の友達だけが使っているよりも
多くの人が利用するSNSの方が便利に決まっています。
 ネットワークの外部性の間接的効果としては、マイクロソフト
のウインドウズOSとマックOSを上げることができます。現在
では、大分事情が違ってきましたが、いわゆるデファクト・スタ
ンダートのOSの方が使っている人が多いので便利です。これも
ネットワークの外部性の現象であるといえます。
 米国の場合、輸入代金の支払いを含め、対外債務のほとんどは
自国通貨であるドル建てです。基軸通貨国である米国は、自らド
ルを作り出し、それを対外債務の返済に充てることができますが
米国以外の国ではそうはいきません。ドルを手当てする必要があ
るからです。
 中国はどうなのでしょうか。中国といえども、中国企業の対外
資産では、人民元建ての比率は依然として低く、ドル建てに偏っ
ており、民間銀行のドル調達は容易ではないのです。これに関し
て、既出の木内登英氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国大手商業銀4行の年次報告書によると、2018年末時点
のドル建て債務は、ドル建て資産を上回ることになった。201
6年までは、ドル建て資産がドル建て債務を大きく上回っていた
のにである。こうした変化は、主に最大手の中国銀行によっても
たらされているようだ。2018年に中国銀行のドル建て債務は
ドル建て資産を700億ドル程度上回った。中国銀行はその年の
年次報告書で、こうしたドル建て資産と債務の不均衡は、簿外の
ドル資金で十分に対処されていると説明している。それは、通貨
スワップなどのデリバティブ取引だ。しかし、それらは、安定し
たドル調達手段であるとは言えない。
              ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 上記の指摘に加えて、中国の中央銀行である中国人民銀行は、
日本銀行など他の主要中央銀行と違って、基軸通貨国の中央銀行
であるFRBと相互に通貨スワップ協定を結んでいないのです。
そのため、非常時において、民間銀行がドル不足に陥ったときに
FRBからドルを調達し、民間銀行を助けることはできないこと
になります。
 外貨準備があるではないかという人がいるかもしれませんが、
外貨準備を切り崩して民間銀行のドル調達を助けると、これは人
民元売りの為替介入と同じ結果を招き、それによる人民元安を引
き起こし、国外への資金逃避が拡大し、中国にとってマイナスの
結果になる恐れがあります。
 このように、中国にとって通貨覇権は、ドル覇権という大きな
壁が立ちはだかっています。国際送金を担うSWIFT(国際銀
行間通信協会)によると、決済総額のうちドルの構成比は金額ベ
ースで42・2%で第1位、ユーロは31・7%で第2位になっ
ています。
 BIS(国際決済銀行)の2019年のデータによると、為替
売買代金に占めるドルの構成比は第1位の88・3%です。同じ
2019年末時点のIMFのデータによると、外貨準備高に占め
るドルの構成比は60・9%で第1位、第2位は20・5%で、
ユーロが第2位です。
 この圧倒的なドル覇権に対して中国は、米国をのぞく各国と通
貨スワップ協定を締結しています。これに関して、既出の白井一
成氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国が締結した通貨スワップ協定のうち、人民元よりも市場シ
ェアが高い通貨(ドル、ユーロ、円、ポンド、豪ドル、カナダド
ル、スイスフランの7通貨)の引出限度額は、1・45兆人民元
(0・2兆ドル)である。中国のドル債務(0・5兆ドル)と比
較すると、やや心許ない。      ──遠藤誉・白井一成/
          中国問題グローバル研究所編の前掲書より
─────────────────────────────
 このような状況に加えて、フェイスブックの「リブラ」(ディ
エム)の発行宣言です。とくにリブラの場合、中国はドルを含む
通貨バスケットであることを重視し、デジタル人民元発行を決断
するに至るのです。     ──[デジタル社会論/061]

≪画像および関連情報≫
 ●中国通貨スワップの二面性【フィスコ世界経済・金融シナリ
  オ分析会議】
  ───────────────────────────
   2013年以降に中国が、通貨スワップを締結したのは、
  40中銀、総額は3・7兆人民元(0・5兆ドル)に上る。
  2016年以降に契約締結が確認できたものに限定しても、
  総額は3・5兆人民元となる。引出限度額が大きい国・地域
  は、香港(4000億人民元)、韓国(3600億人民元)
  ECB(3500億人民元)、英国(3500億人民元)、
  シンガポール(3000億人民元)などである。
   日本も、2018年に中国と2000億人民元の通貨スワ
  ップを締結した。通貨スワップの契約内容の詳細が公表され
  ているわけではない。日本銀行のリリースでは、日本銀行は
  2000億人民元を、中国人民銀行は3・4兆円が引出限度
  額と明記されている。必要になった際には、日本は人民元を
  中国は円を引き出すことになる。
   中国の通貨スワップは二つの側面を持つ。中国が助ける側
  に回るケースと、助けてもらう側に回るケースである。中国
  は一帯一路外交を積極展開してきた。「習近平が外国を訪問
  する時に必ず要求する3つの神器」として、「人民元取引シ
  ステムの構築」、「通貨スワップ協定」、「適格外国機関投
  資家の限度枠撤廃」が指摘されており、中国の通貨スワップ
  協定は、人民元の国際化、あるいは一帯一路沿線国における
  人民元の普及も念頭に置かれている。
                  https://bit.ly/39wchXH
  ───────────────────────────
中国の経常収支の推移.jpg
中国の経常収支の推移
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2021年04月02日

●「デジタル覇権をめぐる米中の競合」(第5462号)

 「シナリオプランニング」という経営学の手法があります。以
下に定義を示します。
─────────────────────────────
 シナリオプランニングとは、起きるかもしれない未来のさまざ
まな姿を具体的に描くことで、最も確率の高い誰もが予想する未
来のみならず、インパクトの大きい未来のほかの可能性に備える
ための方法論です。つまり、シナリオ・プランニングのメリット
は、「必ず起きる未来」だけではなく、「不確実性の高い未来」
を想定の範囲内に入れることです。  https://bit.ly/3uf7u4V
─────────────────────────────
 中国問題グローバル研究所(GRICI)理事の白井一成氏は
同研究所の遠藤誉所長との共著において、米中のデジタル通貨へ
の関与について、シナリオプランニングを試みているので、その
概要を以下にご紹介します。一種の思考実験です。
 デジタル覇権に対する米中両国の関与姿勢を次のように分けて
考えることにします。
─────────────────────────────
            ◎積極的
            ◎消極的
            ◎傍 観
─────────────────────────────
 しかし、中国は既にデジタル人民元発行に舵を切っているので
中国については「傍観」を外し、中国の2つの可能性、米国の3
つの可能性、計5つの可能性について検討します。
 中国の2つの可能性とその主観的確率は次のようになります。
─────────────────────────────
      @中国の積極的関与 ・・・ 30%
      A中国の消極的関与 ・・・ 70%
─────────────────────────────
 まず、@の「中国の積極的関与」について考えてみます。可能
性としては、次の2つがあります。
 中国がデジタル覇権について積極策を行うということは、「資
本移動の自由化」が行われることが前提になります。この実現に
は、経済活性化のための市場原理導入による混乱を政治体制の維
持よりも優先する政府が出現することです。なぜ、「資本移動の
自由化」が前提かということについて、白井一成氏は次のように
述べています。
─────────────────────────────
 共産党の体制維持を最優先する中国が積極策をとるということ
は、政治体制の大転換によって、資本移動の自由化を行うことを
前提としている。政治体制に変化がなければ、国内の大胆な規制
緩和による企業の競争力向上、不透明な法律の改正、不良債権の
大幅な処理を進めることが困難で、中国の外から稼ぐ力は早晩失
われる。盤石なドル保有が為替の安定を保証しているとすれば、
その基盤が失われた際の資本移動の自由化は、中国からの資本流
出を招くだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 しかし、これは「共産党政権維持」を最優先する現在の習近平
政権では実現は困難であると考えられます。したがって、現体制
の延長では無理であり、新しい政治体制の下で、社会主義市場経
済が行われることが考えられます。これが1のケースです。
 2のケースは、政治体制が民主主義に転換するケースです。も
しこれが実現したら、新しい中国の誕生というべき劇的変化とい
うことになります。日本や米国をはじめとする自由主義陣営がこ
のような中国の出現を願い、これまでサポートをしてきたわけで
す。しかし、これは、現在では幻想に過ぎなかったことがわかっ
てきています。
 つまり、@の「中国の積極的関与」は、実現性がもっともあり
えないケースですが、可能性としてはゼロではなく、その主観的
確率は30%となっています。
 続いて、Aの「中国の消極的関与」について考えます。このケ
ースでは、中国が一帯一路向けにデジタル人民元を発行する可能
性があります。政権の政策が変わらない場合は、このケースの可
能性が一番高く、70%の主観的確率があります。
 この場合、デジタル人民元の信用力が重要になります。経常黒
字、豊富な外貨準備高が必要ですが、現在の中国は、この面の安
定性が揺らいでいるといえます。一帯一路経済が順調に成長する
ことが重要です。
 続いて、米国の3つの可能性とその主観的確率は次のようにな
ります。
─────────────────────────────
      @米国の積極的関与 ・・・ 30%
      A米国の消極的関与 ・・・ 60%
      B   米国の傍観 ・・・ 10%
─────────────────────────────
 @の「米国の積極的関与」について考えます。米国は既にドル
覇権を握っているので、現時点ではデジタル覇権までも積極的に
目指すとは思われず、関与しても消極的になります。しかし、今
後の情勢しだいで、米国の同盟国がデジタル法定通貨のコンソー
シアムを米国が主導するよう求めてきた場合は、米国が関与する
可能性もあります。
 しかし、中国の出方によって、米国が積極的関与に転ずる可能
性があります。中国のデジタル人民元が普及拡大し、それが米国
の通貨覇権に影響を及ぼすような状況になると、米国は今までの
姿勢を一転させ、積極関与に転換する可能性があります。そうい
う可能性があるので、主観的確率が30%になっています。@に
ついては、来週のEJでも述べます。
              ──[デジタル社会論/062]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタルをめぐる覇権争いを日本人は知らない
  ───────────────────────────
   「AI(人工知能)でリーダーとなるものが世界を支配す
  る」。3年前、2017年にロシアのプーチン大統領が述べ
  た言葉である。
   時は経ち、2020年10月、私たちは新型コロナウイル
  スのパンデミックでリアルな人間同士の接触を避ける世界に
  生きている。このパンデミックは世界各国でデジタルテクノ
  ロジーへの依存をより一層加速させた。私たちがスクリーン
  越しに人と会話する時間は今や日常となった。
   そしてニュースを見ればアメリカ大統領選を前にしてティ
  ックトック買収問題をめぐって米中が思惑を巡らしている。
  中高生に人気の動画アプリが二大大国の政治と司法を巻き込
  み、マイクロソフトやオラクルといった巨大IT企業が買収
  を競うことになろうとは誰が予測できただろうか。
   ティックトックを開発したバイトダンス(北京字節跳動科
  技)は一流のAI開発者を数多く抱えることで知られ、その
  機械学習技術を用いてユーザーの嗜好を学習し、ユーザーが
  アプリを使用する時間を日々、増加させている。現在のAI
  はユーザーが気づくこともなく、アプリの裏側で大量のデー
  タを処理し、学習し続けているのだ。冒頭のプーチン大統領
  の言葉は今ではあまりに当たり前のことのように聞こえる。
  オンラインの世界での私たちの行動がデータとなり、AIに
  よって解析されていることは日常である。
                  https://bit.ly/31yhF8a
  ───────────────────────────
米中デジタル戦争.jpg
米中デジタル戦争
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2021年04月05日

●「デジタル人民元に米国はどう出る」(第5463号)

 米国の3つの可能性とその主観的確率を再現します。
─────────────────────────────
      @米国の積極的関与 ・・・ 30%
      A米国の消極的関与 ・・・ 60%
      B   米国の傍観 ・・・ 10%
─────────────────────────────
 @の「米国の積極的関与」については、既に述べていますが、
さらにコメントを付け加えます。米国は、現在のところデジタル
通貨には消極的ですが、GAFAによって代表される米国のテッ
ク企業の動きによっては、積極化する可能性があります。これに
ついて、中国問題グローバル研究所の白井一成氏は、次のように
述べています。
─────────────────────────────
 アメリカの主要テック企業がデジタルドルの使用を推奨し、ウ
ォレットが共通になり、利用料の支払いやポイントの交換、友人
への送金や、出店企業やオークションで出品した売上の入金も、
すべて共通デジタル通貨になるイメージをしてみよう。
 海外に行っても、すべてデジタルドルで消費できれば、わざわ
ざ高い両替手数料を払って紙幣を持つ必要もなければ、カード払
いの為替手数料もいらない。また、アプリ内の余剰資金で、優れ
た運用商品が買えるようになるかもしれない。
 アメリカの資産のほとんどがブロックチェーン上でトークン化
され、世界中からマイクロインベストメント(少額での投資)が
可能になれば、かなりの人気を博すだろう。こうなれば、企業で
も、売掛金や買掛金、運用や借入もデジタルドルでという動きに
なってくるだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 Aの「米国の消極的関与」について考えてみます。これに関連
するのは、フェイスブックのリブラ(ディエム)に対する米国の
対応です。フェイスブックはリブラの名称を変更するとアナウン
スして以来、動きが報道されませんが、それは米国国内のデジタ
ル通貨に対する批判が強いことを意味しています。
 リブラに関しては、その発行が銀行制度や銀行の経営に大きな
悪影響を与えて、中央銀行の金融政策の有効性を低下させる可能
性があることや、マネーロンダリング(資金洗浄)の温床になり
かねないと強い批判があります。これに対する主観的確率が60
%であることはそれを意味しています。
 リブラ(ディエム)をどうするかに関して木内登英氏は、次の
ように「捻り潰すべきではない」と主張しています。
─────────────────────────────
 民間企業が生み出す様々なイノベーションを積極的に金融業に
取り入れていくことで実現する、利便性の高い新しいサービスの
提供を後押しすることは、金融当局の重要な務めでもある。
 こうした点に照らせば、世界各国の金融当局はリブラ構想を捻
り潰すべきではないし、また、実際にそうはしないだろう。リブ
ラを捻り潰したとしても、第2のリブラは必ず出てくるし、フェ
イスブックが暗に指摘しているように、将来的には、中国のアリ
ペイ、ウィーチャットペイ、あるいは、中国の中銀デジタル通貸
が、世界を席巻する可能性も考えられるからだ。
 金融当局は、知見を集めてリブラがもたらす様々な問題点を洗
い出し、適切な規制のありかたを十分に議論し、規制の体制を整
えた上で、リブラを受け入れるべきだろう。今後、リブラに続く
グローバルなデジタル通貨の発行が続くことも予想される中、こ
の機会を使って、十分に時間を掛けて規制体系を作り上げておく
ことが求められる。     ──木内登英著/東洋経済新報社
    『決定版リブラ/世界を震撼させるデジタル通貨革命』
─────────────────────────────
 Aの対応は、中国のデジタル人民元の動きを見て対応するとい
う米国の消極的関与です。フェイスブックのリブラ(ディエム)
で対抗する手もあるかもしれません。
 Bの「米国の傍観」について考えます。これもデジタル人民元
の動きを見ながらの「傍観」です。しかし、現在の米バイデン政
権は、中国の出方に敏感であり、いずれにせよ、米国が傍観的態
度をとることはあり得ないことです。したがって、その主観的確
率は10%になっています。
 ここで添付ファイルを見てください。これは、中国問題グロー
バル研究所の遠藤誉氏と白井一成氏の本に出ていたものですが、
表の「アメリカ」のところに一か所誤植があります。「消極的関
与(30%)」とあるのは、「積極的関与(30%)」の誤りで
す。このマトリックスから、5つのシナリオが考えられます。白
井一成氏は次のように説明しています。
─────────────────────────────
 中国、アメリカの姿勢によって、6(2×3)通りのシナリオ
が考えられるが、中国が積極的に関与する場合、アメリカが消極
的に関与するケースと傍観するケースとでは、シナリオに実質的
な差が生じないため、ここでは5通りのシナリオに分けている。
 現状は「今にもデジタル人民元を始めようとする中国に対して
アメリカは様子見状態」という状況である。デジタル人民元発行
間近の中国は最初に行動をとる可能性がある。ドル覇権に不満を
抱えているのは中国なので、行動をとる動機もある。先行者利益
を得たいという思惑もあるだろう。中国が先行すれば、それだけ
アメリカの覇権崩しに寄与するだろう。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 この中国問題グローバル研究所による「米中デジタル覇権の5
つのシナリオ」から経済・金融・通貨の未来について、明日から
検討をはじめることにしたいと思います。
              ──[デジタル社会論/063]

≪画像および関連情報≫
 ●「デジタル人民元」実用化を急ぐ中国の本気度
  ───────────────────────────
   中国人民銀行は2014年からデジタル通貨に関する研究
  をスタートし、2017年に、デジタル通貨研究所を設立し
  た。2019年までに、デジタル通貨研究所と中国人民銀行
  系列の印刷科学技術研究所、中鈔クレジットカード産業発展
  会社の3者が97項目の特許出願を申請するなど、デジタル
  通貨の発行方法やシステム、ブロックチェーン技術、デジタ
  ル通貨ICカード、デジタルウォレットなど、広範囲でデジ
  タル通貨に関する研究は進んでいる。現在で明らかになって
  いるデジタル人民元構想からは、大きく3つの特徴を見て取
  ることができる。
  【特徴@】通貨供給スキームが現在と同じ二重構造
   1つ目は、現在の通貨供給スキームと同じで、中国人民銀
  行が発行し商業銀行が流通させる2層構造であることだ。中
  国では、中国銀行、中国工商銀行、中国農業銀行、中国建設
  銀行の国有銀行4行を総称して商業銀行と呼ぶ。2層構造と
  はすなわち、中国人民銀行が商業銀行の準備金と引き換えに
  デジタル人民元を発行し、商業銀行がそれぞれの顧客の希望
  に応じて顧客の人民元建ての預金をデジタル人民元と交換す
  ることで、デジタル人民元を流通させる仕組みだ。
                  https://bit.ly/3wn4LrE
  ───────────────────────────
5つのシナリオの確率.jpg
5つのシナリオの確率
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2021年04月06日

●「デジタル人民元戦略の狙いは何か」(第5464号)

 米中のデジタル覇権の「5つのシナリオ」の検討に入る前に、
中国問題グローバル研究所(GRICI)によって詳細に描かれ
ている中国のデジタル人民元戦略について、その概要を把握する
必要があります。
 同研究所の理事、白井一成氏は、中国のデジタル人民元戦略に
ついて、次のようにまとめています。
─────────────────────────────
 一帯一路で版図を広げつつ、「債務の罠」で他国に影響力を行
使する。同時にBSNによってイノベーションを加速させ、域内
の経済発展を促進させる代わりに、中国がデータを握る。また、
拡げた版図でデジタル人民元を流通させることで、金融を通じて
中国が支配的地位を確立する。超監視社会の実現であり、中国を
中心としたデジタルの冊封体制が完成する。デジタル法定通貨で
の戦いは、アメリカと中国の基軸通貨をめぐる熾烈な覇権争いの
幕開けを告げることになり、今世紀における地経学最大の問題の
一つとなろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 このなかで、いくつか説明が必要な言葉があります。「債務の
罠」と「BSN」です。「債務の罠」とは何か。
 「債務の罠」とは、中国にインフラ整備などの支援を受けた国
が、借りた資金を返済できない場合、中国がその国を政治的影響
下に置くことをいいます。
 典型的な例がスリランカです。中国政府は一帯一路の名の下で
スリランカ政府にハンバントタ港の建設で13億ドルを貸し付け
ていましたが、その資金を期日までに返済できず、スリランカは
99年にわたる同港の運営権を、中国国有企業に譲渡することに
なったのです。
 続いて「BSN」とは何でしょうか。
 BSNは、中国が2020年4月に立ち上げたブロックチェー
ンプラットフォーム──Blockchain-based Service Network の
ことで、次の説明があります。
─────────────────────────────
 BSNの目的は、膨大な数の中小零細企業や学生などの個人に
BSNを活用したアイデア着想・イノベーションを促し、ブロッ
クチェーン技術の急速な発展と普及を加速させていくこと。BS
Nのホワイトペーパーによると、BSNの設計と構築コンセプト
はインターネットに派生しているとのこと。インターネットは、
TCP/IPプロトコルを使用したすべてのデータセンターの接
続によって形成されている。
 そして、BSNもブロックチェーン動作環境プロトコルのセッ
トの作成を使用したすべてのデータセンターの接続によって形成
されている。インターネットと同様に、BSNはクロスクラウド
クロスポータル、クロスフレームワークのグローバル・インフラ
ストラクチャ・ネットワークでもある。
                  https://bit.ly/3wpdI46
─────────────────────────────
 BSNについては、改めて取り上げて、その狙いなどについて
考えます。
 世界開発センターによると、中国が一帯一路関連事業で投資す
る68ヶ国のうち、24ヶ国は債務超過に陥るリスクを抱えてい
るといわれています。具体的には、南アフリカ、シエラレオネ、
カメルーン、ザンビア、アンゴラ、ジブチ、エチオピア、タンザ
ニア、トーゴ、マダカスカル、モンゴル、東ティモール、ミャン
マー、カンボジア、ラオス、パキスタン、スリランカ、クウェー
ト、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、パプアニューギ
ニア、バヌアツ、キリバスの24ヶ国です。
 スリランカにおける中国からの直接投資残高は5・7%、中国
との貿易総額に占める比率は13・5%──これを「スリランカ
基準」といいますが、直接投資の面では42ヶ国、貿易の面では
63ヶ国がこの基準を上回っています。
─────────────────────────────
   ◎上記24ヶ国に関して
    名目GDP ・・・・・・・  1・5兆ドル
    貿易総額  ・・・・・・・  0・7兆ドル
    中国との貿易総額 ・・・・ 1858億ドル
   ◎スリランカ基準のいずれかを満たす81ヶ国
    名目GDP ・・・・・・・ 11・1兆ドル
    貿易総額  ・・・・・・・  6・0兆ドル
    中国との貿易総額 ・・・・  1・5兆ドル
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 いわゆる一帯一路関連国は138ヶ国です。また、中国と国境
を接している国は14ヶ国です。具体的にいうと、東から北朝鮮
ロシア、モンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ア
フガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャ
ンマー、ラオス、ベトナムです。このうち、北朝鮮とブータンを
のぞく12ヶ国が一帯一路関連138ヶ国に含まれます。このな
かで、中国への依存度が非常に高い国、キルギス、タジキスタン
、ラオスの3ヶ国も中国に隣接しています。
 これらの国々に対して、人民元決済を浸透させていけば、クロ
スボーダー人民元決済総額に対して、相応の影響力を与えること
ができるはずです。しかし、SWIFTのデータによると、人民
元の決済総額を米ドル並みにするにはするには、現状の人民元の
決済総額を20倍にする必要があります。中国が通貨覇権を米国
から奪うには、彼我の差は大きいのです。しかし、デジタル人民
元であれば、違った結果が出る可能性があります。中国がデジタ
ル人民元に賭ける狙いはここにあります。
              ──[デジタル社会論/064]

≪画像および関連情報≫
 ●中国「一帯一路」、参加国なぜ増える?欧米諸国に衝撃
  ───────────────────────────
   中国が主導するシルクロード経済圏構想「一帯一路」。参
  加する国が、だんだんと増えています。2019年3月23
  日には、イタリアが正式に参加を決定。主要7カ国(G7)
  のメンバーとしては初めてで、欧米諸国にとっては衝撃でし
  た。一帯一路とは何なのか、なぜ参加国が増えているのか。
  分かりやすく解説します。
  ――そもそも、一帯一路って何?
   中国が進める巨大な経済圏構想です。まず歴史的な背景を
  見てみましょう。中国とヨーロッパの間でははるか昔から、
  貿易が盛んに行われてきました。中国の絹がヨーロッパ大陸
  にたくさん運ばれたことから「シルクロード」と呼ばれ、一
  般的には中国の長安(現在の西安)からローマを結ぶ貿易の
  道を指します。
   一帯一路はいわば「現代のシルクロード」だと中国政府は
  言っています。2013年秋に、習近平国家主席が中国から
  中央アジアを通ってヨーロッパに至る「陸のシルクロード」
  に加え、南シナ海やインド洋を通ってヨーロッパ、アフリカ
  などに至る「海のシルクロード」を再現する構想を打ち上げ
  ました。中国政府は、陸の経済圏を「一帯」、海の経済圏を
  「一路」と名付けました。この二つを合わせて、中国語で、
  「一帯一路(イータイイールー)」、英語では「ワン・ベル
  ト・ワン・ロード」と呼ばれています。
                  https://bit.ly/3fHmO6l
  ───────────────────────────
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中国と国境を接する14ヶ国
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2021年04月07日

●「中国の『アジア元』構想とは何か」(第5465号)

─────────────────────────────
 周知のように、現在の世界通貨体系は、ドルが覇権を握ってい
る。近年では、世界の中央銀行が保有する外貨準備におけるドル
のシェアが減少し続けているが、依然として62%のシェアを占
めており、独占している。(一部略)
 世界諸国における中央銀行が保有する外貨準備の人民元の割合
は2%しかない。人民元という小さなさなぎはデジタル化によっ
て蝶になる。そして、世界諸国はこれを機に独自のデジタル通貨
を導入し、そのか細い翅を羽ばたかせれば、それがもたらす「バ
タフライ効果」は必ず世界の通貨システムにハリケーンのような
衝撃的影響を与えることになるだろう。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 これは、中国問題グローバル研究所の中国代表である北京郵電
大学経済管理学院の孫啓明教授の一文です。中国がデジタル人民
元で何を狙っているかがよくわかる一文です。藤誉・白井一成共
著のなかで紹介されているものです。中国という国は、1%の可
能性さえあれば、100%の努力を惜しまない国です。そして一
度立てた目標は何100年かかろうとも実現させようとします。
 孫啓明教授が述べているように、世界の中央銀行が保有する外
貨準備のドルの割合は62%、人民元は2%です。中国はこの絶
望的な差をデジタル人民元で逆転しようとしています。これは凄
いことです。米国は、現在のところ、通貨のデジタル化には消極
的であり、中国の出方を慎重に窺っていまするこのような状況に
おいて、中国問題グローバル研究所の白井一成氏は、日本の取る
べき戦略について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本にとっての最適戦略は、中国が積極的になる前に、日本が
アメリカの積極策を引き出し、ドルのデジタル化と普及に最大限
貢献することだ。しかし、アメリカは現在のドルによる利益を享
受しているので、アメリカにデジタル化のインセンティブがある
かどうか不明である。日本がアメリカの同意を得ず、デジタル化
を進めれば有らぬ誤解を生むかもしれない。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 中国問題グローバル研究所の所長で、中国分析の第一人者とさ
れる遠藤誉氏は、中国は米国の無関心さに乗じて、その逆のこと
を積極的にやろうとし、現在、着々と手を打っていると述べてい
ます。そのカギを握るのは、ブロックチェーンです。2019年
現在の、全世界のブロックチェーン企業の特許申請数は次のよう
に、圧倒的に中国がリードしています。
─────────────────────────────
 ◎全世界のブロックチェーン企業の特許申請数ランキング
         中国 ・・・・・ 60%
       アメリカ ・・・・・ 22%
         日本 ・・・・・  6%
         韓国 ・・・・・  5%
        ドイツ ・・・・・  3%
        その他 ・・・・・  4%
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 孫啓明教授が考える中国の考えはこうです。現在、世界の中央
銀行が保有する外貨準備においては、ドル(62%)と、ユーロ
(20%)が盤石の地位を占めています。それならば、ドルとユ
ーロ以外の国際決済通貨が連携すれば、「三つ鼎」の世界通貨体
制ができる──そのとき、その成否のカギを握るのは5%のシェ
アを持つ日本であると。
 中国は、ASEAN、アフリカをはじめ、一帯一路を形成する
すべての国にデジタル人民元を拡大し、そのうえで、「中日韓自
由貿易協定」を結び、人民元、日本円、韓国ウォン、香港ドルに
より構成されるバスケットに裏づけられる、価格の安定している
スティーブルコインを民間主導で開発し、まず、クロスボーダー
取引で実験してみるべきであるといっています。
 そして、最終段階として、人民元、日本円、韓国ウォンを「ア
ジア元」として、ドル、ユーロ、アジア元の「三鼎体制」を確立
するというのです。それに伴い、対外投資を担当する「一帯一路
デジタル中央銀行」を設立すると宣言。もちろん、日本や韓国が
それに乗るかどうかは別として、中国としては、そういう構想を
持っているということです。そして、孫啓明教授は最後に次のよ
うにいっています。
─────────────────────────────
 (日本や韓国と)取引するに当たって、現在交渉が加速してい
る中日韓自由貿易協定(FTA)を利用する。スティーブルコイ
ンによる便利なクロスボーダー決済サービスは、中日韓の経済貿
易協力を促進するだろう。香港はこの地域の主要な貿易・金融セ
ンターとして、本土(中国大陸)に支えられ、アジアに拠点を置
き、世界にサービスできるという利点を生かして、クロスボーダ
ー貿易の新しい研究と応用に積極的に参加する。FTAとステー
ブルコインがあればSWIFTを経由しなくても、すぐに取引で
きる。
 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編の前掲書
─────────────────────────────
 このように、中国は戦略的に一歩一歩計画を進めています。既
に韓国は、中国によって、日中韓から引き剥されつつあります。
菅総理とバイデン米大統領との日米首脳会談が延期されたのは、
米国の準備の事情のようです。米国にとっても戦略的に日本を取
り込まないと、大変なことになるということは十分わかっている
はずです。問題は、首脳会談で日本は何を要求されるかです。
              ──[デジタル社会論/065]

≪画像および関連情報≫
 ●日中韓、日中韓、FTA交渉を加速 協力深化には課題
  ───────────────────────────
  【成都=杉原淳一】安倍晋三首相と中国の李克強首相、韓国
  の文在寅大統領は2019年12月24日、中国・成都で首
  脳会談を開いた。会談終了後に公表した成果文書には、「日
  中韓自由貿易協定(FTA)の交渉を加速する」と盛り込ん
  だ。ただ、日韓では輸出管理、日中では次世代通信規格「5
  G」で、さや当てを続けており、協力深化に向けた課題は多
  い。安倍首相は首脳会談後の共同記者発表で「十分な付加価
  値を有する日中韓FTAを追求することを確認した」と述べ
  た。日本にとって中国は1位、韓国は3位の有力な貿易相手
  国だが、日中と日韓の間にはFTAが結ばれていない。関税
  の引き下げや電子商取引のルールなどを整備することで、3
  カ国経済の潜在力を引き出したい考えだ。
   中国は日本が参加し、米国が参加していない枠組みのFT
  Aにはいずれも前向きだ。米中摩擦をにらみ、米国以外の国
  との仲間づくりを進めたい意向がある。米国に対抗する狙い
  から、中国は、独自の経済圏構想「一帯一路」を推進してい
  る。中国は米国に偏っていた輸出先を分散させる方針を掲げ
  ており、とくに日本向け輸出を伸ばしたい考えとみられる。
  日本は日中韓に東南アジア諸国連合(ASEAN)などを加
  えた16カ国で交渉する東アジア地域包括的経済連携(RC
  EP)を実現させた後で、高いレベルの経済連携として日中
  韓FTAを成立させたい考えだ。
               https://s.nikkei.com/3wpLiXC
  ───────────────────────────
遠藤誉氏.jpg
遠藤誉氏
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2021年04月08日

●「デジタルドル発行の実現の可能性」(第5466号)

 中国問題グローバル研究所理事、白井一成氏のシナリオプラン
ニングによる「米中対決の5つのシナリオ」について検討するこ
とにします。5つのシナリオとは次の通りです。
─────────────────────────────
   ◎第1のシナリオ ・・・  9%
    中国の積極的関与VS米国積極的関与
   ◎第2のシナリオ ・・・ 21%
    中国の積極的関与VS米国の消極的関与/米国の傍観
   ◎第3のシナリオ ・・・ 21%
    中国の消極的関与VS米国の積極的関与
   ◎第4のシナリオ ・・・ 42%
    中国の消極的関与VS米国の消極的関与
   ◎第5のシナリオ ・・・  7%
    中国の消極的関与VS米国の傍観
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 第1のシナリオは、「中国の積極的関与VS米国積極的関与」
のシナリオです。
 米国と中国がデジタル覇権を目指してガチンコで戦うシナリオ
ですが、実際にそれが起きる可能性は低い(9%)という考え方
です。もし、ガチンコでやれば、ドル覇権国(ドル基軸通貨国)
の米国が勝つと思われます。それに、ガチンコでやるには、中国
は資本開放をする必要があります。これについて、白井一成氏は
次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国が資本移動を自由化するためには、政治体制の変更を伴う
可能性が高い。平時における体制変更は容易でない。また体制変
更が資本解放に直結するわけでもない。資本解放のためには世界
銀行が求めたような市場経済化を達成し、中国が潜在成長率(資
本、労働力、生産性という3つの生産要素を最大限に活用できた
場合のGDP成長率)を高めることが必要となろうが、米中冷戦
を継続しながら、それを実現することはなかなか困難な道であろ
う。一時期にせよ、大規模な資本逃避は避けられなさそうだ。
   ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
 第2のシナリオは、「中国の積極的関与VS米国の消極的関与
/米国の傍観」のシナリオです。
 このシナリオも、シナリオ1と同様に中国は資本開放をするこ
とが前提となっています。これは、中国にとって最大の難問であ
ります。これは、もし実施すると、大規模な資本逃避が起きる可
能性があり、政治体制の転換すら伴うからです。
 もし、中国がこの難問をクリアし、米国がその動きに関し、消
極的対応や傍観するならば、これまで米国に集中していた資本が
中国に向かうことになり、中国はデジタル覇権を確立する可能性
があります。その可能性は21%です。
 折しも世界はデジタル化に急速に進んでおり、これに関して白
井一成氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 裏付け資産なしのオープン型デジタル人民元が発行され、世界
中で広範に使用される。「中国のウォレット全面解放」という西
側諸国にとっての脅威シナリオが実現することになる。デジタル
資産の規模が「ウォレット(人口)×取引数」に連動すると見る
と、巨大な人口を抱える中国の潜在力は大きいと考えるのが自然
であろう。体制変更により、その大きい潜在力をフルに発揮する
ことになる。中国に富が集中し、エネルギー調達も可能になる中
で、中国による監視社会化が実現しよう。一帯一路への風当たり
も強かったが、一帯一路経済圏も完成し、「中国の夢」も成就す
る。 ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
 しかし、中国は、米国を中心に世界的にその覇権主義が嫌われ
てきており、中国によるデジタル覇権奪取の動きに関して、ヨー
ロッパを含む民主主義国全体に、中国に対して強い警戒心が生ま
れてきています。それによって米国が、積極的関与に転換する可
能性は十分残されています。
 第3のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の積極的関与」
のシナリオです。
 このシナリオは、米国の強気の政策に関して、中国が怯むとい
うか、弱気になるケースです。米国がコトの重大さに気が付き、
デジタルドルを発行し、デジタル人民元を凌駕する姿勢を見せる
と、同盟国の日本をはじめ米国に同調する国は増加し、中国は突
き放されてしまうことになります。米国は既存のドルは失うが、
デジタルドルの発行自体には障害はないはずです。
 その可能性は21%。これに関して、白井一成氏は、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 中国にとっては、せっかくアメリカの背中が見え、もう少しで
覇権取りが見えたところだったかもしれないが、これで決定的に
アメリカに突き放されてしまうことになる。消極的であったデジ
タル覇権にすらアメリカが積極的であるのであれば、他の分野で
もアメリカの攻勢は当然強いものであるだろう。
 中国の劣勢は鮮明になっていき、「中国の夢」は潰えてしまう
ことになる。ロシア、日本に続く形で、中国もアメリカの前に屈
してしまうことになる。覇権取りという野心を捨てざるを得なく
なった中国は、これまでの無理もたたってしまい、さまざまな問
題点が噴出するだろう。「中所得国の罠」を体現することになっ
てしまう。
   ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編より
─────────────────────────────
              ──[デジタル社会論/066]

≪画像および関連情報≫
 ●デジタルドルの可能性/金融アナリスト・久保田博幸氏
  ───────────────────────────
   米国のイエレン財務長官は2月22日のニューヨーク・タ
  イムズ主催のバーチャル会議で、ソブリンデジタル通貨の発
  行を「中央銀行が検討するのは理にかなっている」と発言し
  た。さらにデジタルドルは、米国におけるファイナンシャル
  ・インクルージョン(金融包摂)面の困難に低所得世帯が対
  応するのを支援する可能性があるとの認識を示した(23日
  付ブルームバーグ)。
   カンボジアの中央銀行は昨年10月に、中央銀行デジタル
  通貨システム「バコン」の運用を開始した。このデジタル通
  貨は日本企業の技術を採用したものである。中央銀行デジタ
  ル通貨は、カリブ海の島国バハマでも、本格的な運用が始ま
  った。そして中国も昨年10月に、ハイテク都市の深センを
  皮切りにデジタル人民元の大規模な実証実験をスタートさせ
  た。イエレン氏は今年1月の議会公聴会で、暗号資産(仮想
  通貨)に関わるマネーロンダリングやテロリストの利用等、
  犯罪に利用される点が課題だと指摘していた。
   これに対して中央銀行デジタル通貨(CBDC)は、それ
  自体が法定通貨となるものである。ECBのラガルド総裁も
  昨年11月にECBが数年以内にデジタル通貨を創設する可
  能性を示唆していた。日銀は現時点で中央銀行デジタル通貨
  を発行する計画はないとしているが、決済システム全体の安
  定性と効率性を確保する観点から、今後の様々な環境変化に
  的確に対応できるよう、しっかり準備しておくとしている。
                  https://bit.ly/3fNYi3a
  ───────────────────────────
バイデン大統領とイエレン財務長官.jpg
バイデン大統領とイエレン財務長官
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2021年04月09日

●「中国は真に資本自由化ができるか」(第5467号)

 シナリオプランニングの「米中対立の5つのシナリオ」を再現
します。
─────────────────────────────
   ◎第1のシナリオ ・・・  9%
    中国の積極的関与VS米国積極的関与
   ◎第2のシナリオ ・・・ 21%
    中国の積極的関与VS米国の消極的関与/米国の傍観
   ◎第3のシナリオ ・・・ 21%
    中国の消極的関与VS米国の積極的関与
 → ◎第4のシナリオ ・・・ 42%
    中国の消極的関与VS米国の消極的関与
 → ◎第5のシナリオ ・・・  7%
    中国の消極的関与VS米国の傍観
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 第1のシナリオから第3のシナリオまでの説明は、既に終わっ
ています。第4のシナリオから始めます。
 第4のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の消極的関与」
のシナリオです。
 結論からいうと、このシナリオは実現の可能性が一番高いとい
えます。その発生確率は42%であり、それを示しています。も
ともと米国は通貨のデジタル化には消極的であるので、このシナ
リオでは、中国が積極姿勢から、何らかの事情で、消極姿勢に転
じたということになります。その理由は何でしょうか。
 それは、やはり、資本の自由化が困難であるということになり
ます。通貨覇権を握るためには、資本の自由化が不可欠ですが、
その実現には、政治体制の転換が必要になるからです。
 なぜ、中国は資本の自由化ができないのでしょうか。
 トランプ前米大統領は、中国を「為替操作国」に指定しました
が、高橋洋一嘉悦大学教授は、これに関連して、中国の資本の自
由化について、次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国で自由な資本移動を許すことは、国内の土地を外国資本が
買うことを容認することになり、土地の私有化を許すことにもつ
ながる。中国共産党にとっては許容できないことであり、そうし
た背景があるので、中国は必然的に、@自由な資本移動を否定し
A固定相場制と、B独立した金融政策になる。
 米国はこうした中国を「為替操作国」というレッテルを貼り、
事実上、固定相場制を放棄せよと求めるわけだ。これは中国に自
由主義経済体制の旧西側諸国と同じ先進国タイプになれと言うの
に等しい。中国が「為替操作国」の認定から逃れたければ、為替
の自由化、資本取引の自由化を進めよというわけだが、為替の自
由化と資本移動の自由化は、中国共産党による一党独裁体制の崩
壊を迫ることと同義だ。今回の措置は、ファーウェイ制裁のよう
に、米国市場から中国企業を締め出すための措置だと見る向きも
あるが、筆者にはそれにとどまらない深謀遠慮があるように思わ
れる。               https://bit.ly/2R8LIBm
─────────────────────────────
 高橋教授の解説で明らかであるように、中国が政治体制を大幅
変更することは、不可能なことです。そうであれば、世界第2位
の経済大国に甘んずるしかないことになります。
 第5のシナリオは「中国の消極的関与VS米国の傍観」のシナ
リオです。
 このシナリオの想定は、世界中が新型コロナウイルス対策のヘ
リコプターマネーによって、法定通貨の価値の凋落が起こり、非
中央集権的なデジタル資産がその主軸を占めるというものです。
法定通貨が価値を落とし、金が価値を生むというように、デジタ
ル通貨を位置づけるというものです。
 中国問題グローバル研究所の白井一成理事は、初期のビットコ
イン信奉者を例にひき、次のように述べています。
─────────────────────────────
 初期のビットコイン信奉者は、法定通貨の膨張に危機感を募ら
せ、ビットコインをデジタルゴールドと位置づけることで、イン
フレのない貨幣世界の建設を夢見てきた。まさに彼らが想定した
未来の到来である。しかし、その想定された世界よりも、実際に
は、さらにデジタル化が加速し、非中央集権のサービスや資産も
拡大しよう。インフレが進行し、ビットコインや美術品などの希
少な資産の価格も上昇するだろう。デジタル化と法定通貨の相対
的な地位低下によって、国家の衰退も顕著となろう。
  ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編前掲書
─────────────────────────────
 白井一成氏によるシナリオプランニングにおいて書かれている
「中国の積極化」とは、中国の政治体制の変化があるか、規制が
解放されることを前提にしています。しかし、現在の中国の状況
を考えると、そのようなことが最も実現しにくい可能性であると
いうことができます。
 シナリオプランニングは、その最も起こりえないと思われる可
能性をも含めて考えるプランニングです。そういう起きる可能性
が小さいことが、もし、起きたこと場合への対処も、隣国である
日本としては考えておく必要があります。
 もし、中国にそのような体制変化が起きたとすると、そこに巨
大な市場を持つ比較的民主主義な国が出現することになります。
これが日本に与える影響は計り知れないものがあります。この場
合、日本の東アジアでの民主主義国というポジションが相対的に
低下し、日本が埋没してしまうことになります。そのとき、日本
はどう対処すべきでしょうか。
 このように、白井氏による5つのシナリオをベースとして、日
本の立ち位置、戦略について、改めて検討する必要があると思い
ます。           ──[デジタル社会論/067]

≪画像および関連情報≫
 ●中国、米中経済戦争で遠のく資本自由化
  ───────────────────────────
   中国は、できるだけ早期に資本自由化をしようと望んでい
  る。中国が今後、さらなる発展を遂げていくためには、資本
  自由化によって海外から多くの資金を集めることが不可欠だ
  からだ。ところが、少しでも窓を開けようとすると、海外の
  投機資金が入り込んできて経済を不安定にさせてしまう。こ
  れまでは貿易収支の大幅黒字が続いたのでなんとか持ちこた
  えてきたが、米中経済戦争の激化によってそれも難しくなっ
  てきた。(拓殖大学名誉教授・藤村幸義)
   李克強首相は2013年に、主宰する国務院(内閣)常務
  会議で、各分野の改革を積極的に進めていくようにとの指示
  を出している。中でも注目されたのは、かねて懸案となって
  いた資本自由化について具体的な実施案の検討を指示したこ
  とだった。これを受けて、資本自由化に向けての準備的な措
  置がいくつか打ち出されたりした。
   ところが、15年の人民元切り下げをきっかけに、海外へ
  の資金流出が激化した。外貨準備はその後の2年間で2割以
  上も減ってしまった。資金流出を防ぐために、外貨リスク準
  備金の導入、一方向の為替変動を抑制するシステムの導入、
  資金流出規制の強化など、資本自由化に逆行する規制策を導
  入せざるを得なかった。     https://bit.ly/31TmSrd
  ───────────────────────────
米中対決.jpg
米中対決
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2021年04月12日

●「中国は経済で米国に対抗できるか」(第5468号)

 最近つくづく感ずることがあります。それは、日本の国力が劣
化しつつあるということです。典型的なのは、日本の新型コロナ
ウイルス対応のワクチン接種率の異常なほどの低さです。202
1年4月9日現在のG7の人口100人当たりのワクチン接種回
数は次の通り、日本は、ワクチンそのものの考え方の違いもある
でしょうが、ダントツの最下位です。
─────────────────────────────
        英国 ・・・・ 56・1回
        米国 ・・・・ 51・7回
       ドイツ ・・・・ 19・5回
      イタリア ・・・・ 19・5回
      フランス ・・・・ 19・1回
       カナダ ・・・・ 18・6回
        日本 ・・・・  1・2回
                  https://bit.ly/3uBxQ10
─────────────────────────────
 しかし、経済という側面から見ると、日本は世界第3位とはい
え経済大国であり、それなりの地位を築いています。キャッシュ
フロー分析というものがあります。この手法で日本の生存可能年
数を算出してみます。現在の日本は、世界第2位の1・4兆ドル
の外貨準備を保有しています。それと、世界第1位の対外純資産
3・1兆ドルを抱え、2009年から2018年の年平均のドル
・キャッシュフローは740億ドルとなっています。
 外貨準備の1・4兆ドルと対外純資産の3・1兆ドルを合計し
て4・5兆ドル──1ドル=109円とすると、日本は約491
兆円のドルを保有しています。ほぼ日本の国家予算に匹敵する額
になります。これだけあれば、食糧とエネルギーの調達には、年
平均で2000億ドル必要ですが、キャッシュフローがなくなっ
たとしても、約20年は生存できる計算になります。これは、そ
れで大変なことであると思います。
 しかし、問題点もあります。日本の問題点について、、白井一
成氏は次のように指摘しています。
─────────────────────────────
 現在は、ドルストックを豊富に抱え、ドルを毎年稼いでいるか
らドル円の為替相場は安定し、いつでもドルを調達できるわけで
あるが、外貨準備の中のドルの構成比は95%と高いと推定され
る一方で、金の構成比は3%とかなり低い。仮に金が高騰した場
合、ヨーロッパ諸国(ドルの構成比は27%程度と推定されるの
に対して、金の構成比は52%と推定される)に逆転される可能
性がある。これは一例であるが、資産価値は相対的であるため、
常にポートフォリオ的な発想が必要である。
 また、対内投資は他国に比べ圧倒的に低い。過去の巨額の貿易
黒字にあぐらをかき、日本の中に魅力的な投資先を作ってこなか
ったということであるが、今後は貿易が縮小する中で、投資受入
れは死活問題である。しかし、見方によっては投資受入れ余地が
あると前向きに考えることもできる。投資環境を整備し、海外か
らの投資を喚起すれば、膨大な外貨を獲得できる可能性がある。
     ──遠藤誉・白井一成/中国問題グローバル研究所編
 『ポストコロナの米中覇権とデジタル人民元』/実業之日本社
─────────────────────────────
 米中が徹底的に対立し、中国が台湾や尖閣諸島への軍事圧力を
強めた場合、米国は、同盟国を巻き込んで、中国に対して徹底的
な経済制裁を仕掛けるはずです。それに中国は耐えられるでしょ
うか。それだけの備えが中国にあるでしょうか。
 4月1日のEJ第5461号でも少し述べたように、基軸通貨
国である米国とそうでない他国との関係は、銀行と一般企業との
関係に近いといえます。非常に弱い存在なのです。中国はよほど
経済をしっかり守らないと大変なことになります。
 その備えとして、中国は各国と通貨スワップ協定の締結に必死
になっています。2013年以降に中国が通貨スワップ協定を締
結したのは、40の中央銀行で、総額は3・7兆元(0・5兆ド
ル)に上がります。しかし、中国は、米国のFRBと通貨スワッ
プ協定を締結していないのです。
 各国の中央銀行と互いに協定を結ぶ目的は、自国に通貨危機が
起きたさい、自国通貨の預け入れと引き換えに、協定を結んだ相
手国の通貨をあらかじめ定めたレートで融通してもらえる協定で
す。日本も2018年に中国と2000億人民元の通貨スワップ
協定を締結しています。しかし、その契約内容の詳細は、公表さ
れていないのです。
 しかし、単に「通貨スワップ協定」という場合は、次のことを
意味しています。
─────────────────────────────
 通貨を対象とするデリバティブ(金融派生商品)取引のひとつ
で、異なる通貨間の金利と元本を交換する(スワップする)取引
を、「通貨スワップ」といいます。例えば、ドルでの支払いのた
めドル建て社債を発行して、通貨スワップで円に換えれば利払い
や元本償還が円になるため、将来の支払いが円貨で確定します。
                  https://bit.ly/2Q6C0yZ
─────────────────────────────
 中国の通貨スワップ協定は、3年周期で定期的にほとんど更新
されていますが、2021年に更改が予定されているのは、現在
中国と政治的対立が激化しているオーストラリア、それにジェノ
サイド問題で対応が注目される英国が更改期に当たっています。
 なお、日本も2021年の更改組になりますが、公開すること
になるはずです。なお、協定の有効期限は2021年10月25
日です。日本銀行のリリースによると、日銀は2000億人民元
が、中国人民銀行は3・4兆円が引出限度額として明記されてい
ます。そうする必要が生じたとき、日本は2000億人民元を、
中国人民銀行は3・4兆円を引き出すことになっています。
す。            ──[デジタル社会論/068]

≪画像および関連情報≫
 ●顕在化した中国のアキレス腱、外貨ひっ迫と人民元不安
  武者リサーチ代表/武者陵司氏
  ───────────────────────────
   世界経済と金融市場のアキレス腱が中国であることがはっ
  きりしてきた。国際金融市場を不安にしている資源国やアセ
  アン、アジアNIES諸国の通貨下落、経済悪化はひとえに
  中国経済の急減速を原因としている。鉄道貨物輸送量、粗鋼
  生産量、発電量、輸出・輸入額など中国の基本的なミクロデ
  ータはいずれもゼロないしはマイナス圏にあり、7%成長と
  いう公式統計は実態を反映せず、中国の経済は失速したとい
  う観測も誤りとは言えないかもしれない。また安定していた
  金融市場も上海株式は6月のピーク以降4割の大暴落となり
  8月には予想外の人民元の切り下げから元の暴落の懸念も顕
  在化した。そして、それまで中国情勢に対して超然としてい
  た世界の株式市場も、中国発の第二のリーマンショックぼっ
  発の懸念からか、8月末以降急落した。
   言うまでもなく米・日・欧先進国は経済拡大の途上にあり
  世界リセッションの可能性は低い。また中国リスクの高まり
  世界的株価下落に対しては各国では追加的政策、量的金融の
  増額、財政拡大が打ち出され、それも株価を支えるだろう。
  他方中国でも財政出動や金融緩和、資本取引規制や為替統制
  市場価格操作などが打ち出され、一定の成長復元、市場の鎮
  静化がなされる公算もある。リーマンショックのようなスパ
  イラル的悪循環の可能性は考えにくく、一方方向の株価下落
  にもならないだろう。      https://bit.ly/2PQ1JvO
  ───────────────────────────
中国人民銀行.jpg
中国人民銀行
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2021年04月13日

●「国際社会のルールに従わない中国」(第5469号)

 2021年4月10日付の日本経済新聞の夕刊に次の記事が掲
載されていました。
─────────────────────────────
  アリババに罰金3000億円/中国当局、独禁法違反で
     ──2021年4月10日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 驚くのは罰金の額の大きさです。中国で独禁法を管理する国家
市場監督管理総局が、これまでに課した罰金額では、2015年
の半導体大手の米クアルコムの60億8800万元(約1000
億円)が最高額でしたが、それが3倍の3000億円ですから驚
きです。アリババの2019年の中国国内の売上高(4557億
1200万元)の4%が罰金が対象になったのです。
 これは、アリババの創業者であるジャック・マー(馬雲)氏に
対する習近平国家主席の怒りの現れです。馬雲氏は、2020年
10月、フィンテック企業に対する政府の過剰規制に公の場で政
府を批判し、習近平主席の怒りを買ったのです。
 これがもとで、事実上、馬雲氏の支配下にあるアント・グルー
プの新規株式公開(IPO)が差し止められています。アント・
フィナンシャルは事実上、馬雲氏が経営権を握っており、そのI
POは、過去最大規模になると予想されていたのです。これにつ
いては、2月17日のEJ第5430号〜第5432号に詳しく
記述しています。
 アントグループの上場は現在も棚上げにされたままです。なお
上記の日経夕刊の記事は、次のことを指摘してしめくくられてい
ます。アリババはもうダメかもしれないのです。
─────────────────────────────
 欧米メディアは、中国政府がアリババに対し、傘下のメディア
関連の一部の資産を処分するように要求したとも報じている。香
港英字紙サウス・チャイナ・モーニング・ポスト(SCMP)な
どが売却対象になる可能性があるという。こうした動きは、アリ
ババの日々のEC事業にも影を落としつつある。取引先の一部か
らは、「アリババとの取引をやめることはないが、今までより同
社との距離を置くようにしている」との声も出ている。
       ──2021年4月10日付、日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 習近平主席は「中国は法治国家である」とよく発言します。し
かし、中国は法治国家ではありません。それは、法の概念が西側
社会と違うからです。
 西側社会では、法とは、統治者や王などの支配者を縛るもので
あり、国民に対する権利章典の意味も存在します。権利章典とは
人権を規定した章典のことです。しかし、中国などの儒教国家に
おける法とは、支配者が立場の弱いまたは低いものを律するため
に存在するのです。米国の独立宣言の文面に、この言葉が書かれ
ています。この言葉は、7月4日の独立記念日に無数の集会で朗
読され、何世代にもわたり学童に暗唱され、あらゆる政党の政治
家によって引用され、裁判所の判決の中で頻繁に言及されます。
─────────────────────────────
 われらは次に述べる事柄は自明の真理と信じる。すなわち、人
はすべて平等に創られている。創造主によって、人は、生存、自
由そして幸福の追求という他者から侵されることがない権利を与
えられている。これらの権利を確保するため、政府は人々の間に
樹立されるのであり、その正当な権力は、被統治者の同意に基づ
く。  ──米国の独立宣言より。  https://bit.ly/323wGz3
─────────────────────────────
 これに対して中国などの儒教国家における「法」は支配のため
の「法」であり、概念そのものが異なるのです。しかし、力の弱
かった時の中国は、この国際社会の法に縛られ、大変苦労したと
考えられています。
 しかし、力をつけた現在では、公然と国際法を否定し、自らの
支配するための「法」を世界に対して押し付けるようになってき
ています。「小が大に事えること」──事大主義を中国は、東ア
ジアの国々に押し付け始めたのです。「昔の中国とは違うぞ」と
ばかり、中華の天子が世界の中心であり、その文化や思想は神聖
である「中華思想」を押し付けるようになったのです。
 2019年4月のことです。習近平国家主席は、中国共産党機
関紙「求是」において論文を発表し、次のように述べています。
─────────────────────────────
 「中国の特色ある社会主義はあくまでも社会主義であって、何
か他の主義ではない。一国がどのような主義を実行するかに関し
て鍵を握るのは、その主義がその国家が直面する歴史的課題を解
決できるかどうかである。中華民族が貧弱で、列強に搾取されて
いた頃、あらゆる主義や思想が試された。資本主義の道は切り開
けなかった。改良主義、自由主義、社会ダーウィニズム、無政府
主義、実用主義、ポピュリズム、無政府組合主義など、外から続
々と、流れ込んできたが、どれも中国の前途と運命に関わる問題
を解決できなかった」と述べている。     ──渡辺哲也著
        『2030年「シン・世界」大全』/徳間書店
─────────────────────────────
 この習近平主席の発言は、己の力を過信した傍若無人の発言で
あるといえます。これは、これまで西側諸国が長年にわたって作
り上げてきた国際社会のルールには中国は従わないぞと宣言した
に等しいからです。
 中国は、その翌年の2020年7月1日に、香港国家安全維持
法を施行しています。習近平国家主席の考え方に基づいて発令さ
れた禁断の法律の施行です。このようにして香港返還時の「英中
共同声明」で定められた「1国2制度の50年間維持」の約束は
約束の半分以上の年数を残して、あっさりと反故にされてしまっ
たのです。香港返還は1997年7月1日に行われているので、
わざわざその記念日に香港国家安全維持法(国安法)を施行して
いるのです。        ──[デジタル社会論/069]

≪画像および関連情報≫
 ●「香港激震/踏みにじられた一国二制度」(時論公論)
  ───────────────────────────
   イギリスから返還23周年の記念日を1日に迎えた香港で
  は、施行されたばかりの国家安全維持法に反対する香港の人
  たち1万人が、身の危険をかえりみず抗議デモを行い、警官
  隊とぶつかりました。香港当局の発表によりますと、これま
  でに国家安全維持法に違反したとされる10人を含む、合わ
  せておよそ370人が逮捕されたということです。香港の人
  たちの激しい怒りに対して、中国政府で香港問題を担当する
  責任者は次のように述べて法律の施行を正当化しました。
   「この法律は、香港が正常な軌道に戻る転換点となるもの
  だ。香港の返還23年に合わせた『誕生日プレゼント』であ
  り、将来、その価値が表れてくるだろう」
   それでは、今回、香港議会の頭越しに北京の中央政府から
  押し付けられた形の香港国家安全維持法とは、どのような法
  律なのでしょうか。
   発表によりますとこの法律は、▽国家の分裂や▽政府の転
  覆、▽テロ活動、それに▽外国勢力との結託によって、国家
  の安全に危害が及ぶ犯罪を処罰するものです。最も重い罪に
  は「終身刑」が課せられると規定されています。また、香港
  政府からの管理を一切受けずに、中央政府が独立して取り締
  まりができる出先機関も設けられます。さらに容疑者を中国
  本土で裁判にかけることもできると規定されています。
                  https://bit.ly/3mAgJK4
  ───────────────────────────
香港激震/踏みにじられた「一国二制度」.jpg
香港激震/踏みにじられた「一国二制度」
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2021年04月14日

●「3年後に米国から中国企業が消滅」(第5470号)

 2021年4月11日付の日本経済新聞に中国の配車アプリの
最大手「滴滴出行(ディディ)」が米国に上場する手続きに入っ
たとのニュースが出ています。「滴滴出行」にはアップルなどの
米企業が出資しています。
 米金融界には、高成長が期待できる中国企業への投資意欲が強
いのです。それを受けて、中国のスタートアップ企業の米国上場
の勢いは激しさを増しています。上記の日本経済新聞は次のよう
に書いています。
─────────────────────────────
 中国企業の米国上場の勢いは続いている。中国のメディアによ
ると、2020年は、中国のスタートアップ34社が、米国で上
場、21年1〜3月には20社が上場した。さらに20社近くが
SEC(米証券取引委員会)と米国の上場の準備を始めている。
30社以上が米国上場を検討しているもようだ。中国の金融機関
幹部は「米国の投資家が高成長を期待できる中国のスタートアッ
プに多く出資しており、米国市場で資金回収を狙っている」と指
摘する。     ──2021年4月11日付の日本経済新聞
─────────────────────────────
 しかし、トランプ前政権は、大統領選に敗れることがわかって
いながら、2020年12月18日、トランプ大統領は「外国企
業説明責任法案」に署名しています。この法案は、2020年5
月に上院で可決、12月2日に下院で可決しています。
 この法案について、経済評論家の渡辺哲也氏は、次のように述
べています。
─────────────────────────────
 「外国企業説明責任法」では、外国企業は3年間連続でアメリ
カの監査を受け、外国政府の支配下にないことを証明しなければ
上場廃止になることが定められている。もちろんアメリカ政府が
指定した軍の支配下にあると認定された企業は、この監査に対応
できない。つまり3年間の猶予期間を経て中国共産党系、中国軍
系の企業にアメリカの株式市場での上場廃止処置がとられると考
える。これらの企業は外貨を市場から入手できなくなるというこ
とだ。3年間の猶予期間を許さない状況も生まれている。日経平
均株価やダウ平均などは「指数」と呼ばれ、株式には平均以外の
さまざまな指数(インデックス)がある。2020年12月4日
には、ロンドン証券取引所で金融商品指数を算出しているFTS
Eラッセルが、中国監視カメラ大手のハイクビジョンなど、アメ
リカから中国軍の支配化企業と認定された8社を除外した。
                      ──渡辺哲也著
        『2030年「シン・世界」大全』/徳間書店
─────────────────────────────
 なぜ、中国のスタートアップ企業は米国に続々と上場しようと
するのでしょうか。
 それは、何といっても米国の中核技術は最先端であり、優れて
いるからです。そのため、技術の輸入や共同開発を組む相手とし
ては、米国がベストなのです。中国は独自技術をもっているわけ
ではなく、第3国から借りてきた技術を応用して、最先端に焼き
直しているだけです。したがって、その土台の部分の技術や部材
の供給を停止されると、それ以上大きく発展させることができな
くなるのです。それに米国で上場すれば、何といっても、ドルの
調達が容易になります。したがって、中国としては、少しでも多
くの企業を米国で上場させたいのです。
 しかし、「外国企業説明責任法」が厳格に適用されると、中国
企業は、3年も経てば米国からすべて消えてしまうことになりま
す。すでにそういう企業が続々と出てきています。
 このように米国から追い出された中国企業は、香港や中国市場
で重複上場することになりますが、中国国内では人民元しか調達
できず、外貨、とくにドルの獲得は不可能になります。
 中国がここまで米国への上場を果たそうとするまで力を得たの
は、何といっても、オバマ政権時代の中国に対する緩い対応にあ
ります。このことについて、経済評論家の渡辺哲也氏は次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 中国はオバマ政権の8年間、アメリカによる融和策を一方的に
利用し続けた。軍事利用をしないと明言しながら時間稼ぎをして
結果的に軍事基地を完成させた南シナ海の人工島問題がその典型
だ。十分な信用があり、額面価額どおりの価値を広く認められ、
国際市場で他国の通貨と容易に交換が可能な通貨は「ハードカレ
ンシー」と呼ばれる。IMFの特別引出権SDRに入ることは、
ハードカレンシーの証明だ。しかし中国はオバマ政権時代の20
16年10月に、人民元をSDR入りさせた。その代わりに為替
と資本移動の自由化を確約したのだが、これもいまだに守ってい
ない。この現実によって、トランプ政権はチャイナデカップリン
グを選択し、議会もそれを後押ししてきたのだ。そしてワシント
ンの官僚も議会のブレインたちも中国の欺瞞を知悉している。そ
のことはバイデン政権になっても変わらない。
                ──渡辺哲也著の前掲書より
─────────────────────────────
 このように米中が激突しているときに、米中双方にとって重要
な存在になりうるのは日本です。日本には半導体をはじめ、多く
の原産のテクノロジーを持つアジアの民主主義国です。もともと
通信やハイテクは日本の得意とする分野です。しかも、米国とは
同盟国であり、世界第3位の経済大国でもあります。
 中国にしても米国がダメとなったら、そういう面で頼れるのは
日本です。これまでも、米中の対立がひどくなったら、中国は日
本に対してよい関係を保とうとします。しかし、それでいて、日
本が一番嫌がる尖閣諸島への圧力をやめないのは、中国は日本の
ことがよくわかっていないのです。日本は、そういう絶好のポジ
ションにいることを十分自覚するべきです。
              ──[デジタル社会論/070]

≪画像および関連情報≫
 ●米上場「中国企業」の監督を強化する法律が成立
  ───────────────────────────
   アメリカのドナルド・トランプ大統領は12月18日、ア
  メリカの証券市場に上場する外国企業の監督強化を目的にし
  た「外国企業説明責任法」の法案に署名した。これにより、
  主に中国企業を標的にする同法が最初の法案提出から20カ
  月を経てついに成立した。
   外国企業説明責任法は、アメリカに上場する外国企業にア
  メリカの会計監査基準の厳守を求めている。具体的には、そ
  の企業が外国政府に所有ないし支配されていないことを証明
  できない場合や、その企業の監査法人が公開会社会計監査委
  員会(PCAOB、アメリカの上場企業の監査法人を監督す
  る機関)の検査を3年連続で受け入れなかった場合、株式の
  取引が禁止されて上場廃止となる。
   同法は共和党のジョン・ケネディ上院議員と民主党のクリ
  ス・バン・ホーレン上院議員を中心とする超党派の議員団に
  より起草され、2020年5月20日に上院が全会一致で可
  決。12月2日には下院でも全会一致で可決された後、トラ
  ンプ大統領に提出されていた。目下、ニューヨーク証券取引
  所やナスダックには230社を超える中国企業がADR(ア
  メリカ預託証券)を上場している。その時価総額は1兆ドル
  (約103兆円)を上回り、アメリカ株式市場の時価総額全
  体の約3%を占める。      https://bit.ly/326icyA
  ───────────────────────────
ラッキンコーヒー上場時セレモニー.jpg
ラッキンコーヒー上場時セレモニー
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2021年04月15日

●「中国ハイテク企業に吹く強い逆風」(第5471号)

 中国では「科創板」という新しい株式市場が2019年から設
立されています。上海証券取引所による開設です。中国において
「科創」とは科学技術と創新(イノベーション)を意味します。
─────────────────────────────
    ◎「科創板」
     Science and technology innovation board
─────────────────────────────
 科創板は、米中対立が激しさを増していた2018年11月に
習近平国家主席が、創設を命令したものです。資本面で米国に依
存しない体制を整えて、半導体や医療・バイオ、軍需産業などに
成長資金を流し込みたいからです。
 中国の最高権力者である習主席が推奨する株式市場であるので
当然上場が殺到し、開設以来260社に迫る勢いです。しかし、
ここにきて大きな問題が起きつつあります。それが、2021年
4月13日付、日本経済新聞朝刊のトップ記事です。
─────────────────────────────
 ◎中国ハイテク新興に逆風
  アリババ締め付け/米中対立/上場取りやめ88社
       ──2021年4月13日付、日本経済新聞朝刊
─────────────────────────────
 この2021年4月13日付の記事と、昨日の2021年4月
11日付の記事とを比較して見ることにします。
─────────────────────────────
◎2021年4月13日付記事
 ここにきて中国を代表するユニコーン(企業価値が10億ドル
=約1100億円以上の未上場企業)などが新規・上場を中断・
中止する事例が増えており、年初からの3ヵ月半で88社に達す
る。2019年7月から20年末までの1年半の累計中止者数は
64社を大きく上回る。
◎2021年4月11日付の記事
 中国企業の米国上場の勢いは続いている。中国のメディアによ
ると、2020年は、中国のスタートアップ34社が、米国で上
場、21年1〜3月には20社が上場した。さらに20社近くが
SEC(米証券取引委員会)と米国の上場の準備を始めている。
30社以上が米国上場を検討しているもようだ。
─────────────────────────────
 問題は、なぜ中国のハイテク企業が「科創板」を敬遠するよう
になったかです。それは、アリババ傘下の金融会社、アント・グ
ループの上場を直前に差し止めるなどの中国政府の不透明な市場
運営に強い懸念をもったからといわれています。そのため、中国
のスタートアップ企業の多くが、米中対立が深まるなか、続々と
米国市場に上場ラッシュをかけているのです。
 [上海/香港 4月12日 ロイター]は、これに関して、次
の報道を行っています。
─────────────────────────────
 中国ハイテク新興企業の間で、中国版ナスダック市場への上場
計画を中止する動きが広がり、一部は香港での上場を視野に入れ
ている。アリババグループ傘下の金融会社アント・グループが計
画していた370億ドル規模の新規株式公開(IPO)が、昨年
11月に延期されて以降、中国規制当局がIPO申請企業への審
査を強化させているためだ。
 ロイターが中国の取引所への申請書類を調べたところ、アント
のIPO中止以来、100社以上が上海の「科創板(スター・マ
ーケット)」と深センの「創業板(チャイネクスト)」への上場
申請を自主的に取り下げたことが分かった。
 バンカーや企業幹部によると、前代未聞の相次ぐ撤回の背景に
は、上場目論見書の審査が規制当局によって急激に厳格化され、
IPOの延期や却下、さらには処罰にまでつながっている状況が
ある。企業があわてて申請を取り下げる様子は、中国のIPOの
質、そして引受会社によるデューデリジェンスの頑健性に疑問を
生じさせる。
 この傾向が続けば、香港やニューヨークの取引所のような世界
的取引所に対抗したいという中国の野望は危うくなる。折しも中
国は海外上場企業を呼び込むための新取引所の設置を検討中だ。
                  https://bit.ly/2Rl57iz
─────────────────────────────
 どうやら、科創板への上場までに要する期間が長期化している
のです。その期間は、従来の平均6カ月から同12カ月に延び、
現在100社以上が科創板への上場を待っている状態だというこ
とです。なぜ、長期化しているかですが、IPO案件数件を抱え
る投資銀行関係者によると、「規制当局が細部の点検や立ち入り
検査に執ように関心を払い、企業を脅して追い払っている」と説
明しています。
 このような状況のなかで、バイデン米政権による中国ハイテク
企業への対立姿勢も厳しいものがあります。バイデン政権は、4
月8日、中国でスーパーコンピュータの開発を手掛ける企業や研
究機関など、7社・団体に事実上の禁輸措置を発動すると、発表
しています。
 トランプ米政権以来のことですが、中国を中国国民と中国共産
党に分けて発言しています。2020年8月2日、ポンペオ国務
長官(当時)は、中国製アプリに関して、次の厳しい発言を行っ
ています。
─────────────────────────────
 TiKTоKやテンセントのウィーチャットは、中国共産党に
直接情報を流している。        ──ポンペオ国務長官
─────────────────────────────
 中国の「国家情報法」を前提にした発言です。このような法律
を作れば、中国企業は、いずれは、中国親派国以外の世界中の国
から締め出されてしまうことは確実です。
              ──[デジタル社会論/071]

≪画像および関連情報≫
 ●中国は人治国家?それとも法治国家?
  ───────────────────────────
   中国に住んでいると、様々な場面で不条理というか、ルー
  ルが存在しないのではないかと思う場面に遭遇する。何か新
  しい法律が出来ると、それをただ守るのという考え方でなく
  どのように対応するかを考えるといった姿勢がその典型であ
  る。まさに「上有政策,下有対策」(上に政策あり、下に対
  策あり)という言葉そのままである。これが中国を「人治国
  家」と感じる瞬間である。
   しかし、実際にはどうなのだろうか。労働争議や民事裁判
  の際も、全て証拠物件に基づいて話をする必要があり、特に
  当事者の証言は、あまり重視されない。徹底的な証拠主義を
  取っている。
   例えば残業の未払いに関する労働争議であれば、残業をさ
  せたという証拠物件が必要になる。第三者の証言や命令書な
  ど具体的な証言が必要になる。法治国家であれば当然と言え
  ば当然だが、中国の混沌としたイメージからは意外と感じる
  人も多いのではないでしょうか。
   ではなぜ、多くの人が人治国家として中国を感じているの
  だろうか。それは労働争議や民事争議に発展しているケース
  を見ていくとわかってくる。一番の原因は中国に法律が、非
  常にラフであり裁判官の裁量権が非常に大きく(裁量できる
  範囲が広く)、過去の判例にあまり沿わない結論が出る可能
  性があるという点である。    https://bit.ly/3g0NjDQ
  ───────────────────────────
ラッキンコーヒー上場時セレモニー.jpg
ハイテク企業の上場誘致に再起動
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2021年04月16日

●「現在の中国は戦前日本と似ている」(第5472号)

 今回のテーマ「デジタル社会論」は、1月から約4か月間にわ
たって書いてきましたが、本日をもっていったん閉じます。当初
のこのテーマの目的は、中央銀行のデジタル通貨(CBDC)の
解明にあったのです。
 しかし、リブラ(ディエム)やデジタル人民元などについては
現時点でわかっていることについては、ほとんど書いたつもりで
おります。ちなみに、昨年から今年にかけて、これらについての
最新情報は、ほとんど入ってきておりません。
 しかし、唯一の成果というべきは、カンボジアの「バコン」の
情報です。CBDCの「バコン」については、ネット上でも情報
は少なく、まさにこのテーマを取り上げなかったら、多くの人に
知られていない情報だったと思います。
 EJの読者のから「地球温暖化問題を是非取り上げて欲しい」
との要請があります。ありがとうございます。確かに、取り上げ
るべきテーマのひとつであると考えます。しかし、一つのテーマ
を取り上げるには、相当資料集めをする必要があります。資料を
集めたいと考えています。
 実は、気候変動の問題は、一度EJで取り上げています。20
08年のことです。
─────────────────────────────
 ◎地球温暖化懐疑論
  2008年2月 6日/EJ第2259号
        〜2008年3月21日/EJ第2289号
─────────────────────────────
 このテーマについては、書いてから10年以上前のことであり
再度取り上げる価値はあると思います。
 しかし、「社会のデジタル化」については、まだ書くべきこと
が山ほどあります。とくに日本のデジタル化については、スムー
ズに進行するとは思えないのです。難問が山積だからです。
 このところ半導体をめぐるニュースが多くなっています。半導
体の供給に不足が生じているからです。「デジタル化」に関係の
ある話題ですが、これについて、4月12日、バイデン米政権は
バイデン大統領が出席してウェブ会議を開いています。朝日新聞
デジタルは次のように報道しています。
─────────────────────────────
 バイデン米政権は12日、世界的な半導体不足への対応策につ
いて、半導体大手インテルなど米主要企業や台湾の台湾積体電路
製造(TSMC)の幹部らとウェブ会議で協議した。半導体の供
給網の安定化は中国との経済・軍事競争をにらんだ重要課題で、
16日の日米首脳会談でも話し合う。バイデン大統領は、半導体
分野の中国の巨額投資に触れ、「中国や世界は我々を待っていて
くれないし、我々が待つ理由もない」と強調した。米半導体産業
の育成については、対立の激しい米議会でも、超党派で支持があ
る。バイデン氏は、3月末に公表した総額2兆ドル(約220兆
円)超のインフラ投資案にも、半導体製造・研究に500億ドル
の支出を求める項目などを盛り込んでおり、改めて議会に協力を
呼びかけた。ウェブ会議はサリバン米大統領補佐官(国家安全保
障担当)やディーズ国家経済会議議長らが主導し、米グーグル、
自動車大手ゼネラル・モーターズなど主要企業が参加した。
       ──2021年4月13日付、朝日新聞デジタル
                  https://bit.ly/32hMBtC
─────────────────────────────
 この会議には、インテルなどの半導体米大手のほか、半導体の
世界的ファンドリである台湾のTSMCの幹部も出席しているこ
とに注目すべきです。つまり、この背景には、米中対立の激化が
あります。このテーマについては、16日の日米首脳会談でも取
り上げられ、協議される予定になっています。
 半導体だけではないのです。現在、中国は、新疆ウイグル自治
区への、いわゆる「ジェノサイド」で、世界的包囲網を敷かれて
います。ジェノサイドといえばブリンケン米国務長官による発言
が印象に残っていますが、これをもともといい出したのは、英国
の外相、ドミニク・ラーブ氏が、新疆ウイグル自治区で、「おぞ
ましく、はなはだしい」人権侵害が起きていると公表し、世界中
に知られることになったのです。
 これに基づき、ラーブ外相は、目隠しをされたウイグル人が、
列車で強制収容所に連行される映像や、ウィグル人女性に「不妊
手術が行われている」という証言を劉暁明駐英中国大使に突きつ
けたのがはじまりです。劉駐英中国大使は「そんなのデタラメ」
と一蹴したものの、その言葉の白々しさは、世界中に広がること
になったのです。さらにラーブ外相は、「ジェノサイド(民族浄
化)」という言葉を使って、中国政府の行為をナチスの蛮行にた
とえて、批判したのです。2020年7月19日のことです。
 新疆ウイグル自治区の問題は、英国政府は前から知ってはいま
したが、見て見ぬ振りをしてきたのです。しかし、香港の自由を
侵害する中国政府のやりかたを牽制するため発言したのです。
 これを受けて、7月21日、ポンペオ国務長官(当時)は、次
の発言をし、協力を呼び掛けています。
─────────────────────────────
 中国共産党の試みに対抗するため、英国を含むすべての国に協
力してほしい。脅威を理解し、対応できる連合を築ければ・・
              ──ポンペオ米国務長官(当時)
─────────────────────────────
 このようにして、ジェノサイド問題は、燎原の炎のように世界
にひろがっていったのです。
 来週からのEJは、このような流れを受けて、「デジタル社会
論」の後編という位置づけで、中国、いや中国共産党対日本を含
む自由主義国との対決の構図で、引き続き、リブラ(ディエム)
や、デジタル人民元など、デジタル技術問題を取り上げて、書い
ていくことにします。ご愛読をお願いします。
          ──[デジタル社会論/072/最終回]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の台頭/かつての日本との類似点と相違点
  ───────────────────────────
   日本は20世紀に二度、欧米に戦いを挑んだ。最初は軍の
  主導により強大な帝国になろうと試み、二度目は工業大国を
  目指した。そしていま、中国が世界の舞台に立とうとしてい
  る。第二次世界大戦での日本の降伏から75年、日本のバブ
  ル崩壊後30年が経ったいま、21世紀にアジアの大国であ
  る中国が台頭し、世界の現状に揺さぶりをかけている。
   日本がそうであったように、欧米の強大国に立ち向かう中
  国は、その増大する経済力や、軍事力が脅威とみなされてい
  る。一方で中国は、かつての日本とまた同様に、欧米諸国が
  中国の台頭を抑えようとしていると危惧し、国民と指導者の
  間で国家主義的な感情を煽っている。
   だが、世界の様相は一変した。植民地は独立し、多くの国
  が核武装している。国際的な機関があり、経済的な依存関係
  はさらに深まっている。中国の目標は日本と似ている。経済
  成長のための資源を確保しながら、近隣地域での影響力を行
  使する点は共通しているが、その方法が異なる。軍事的な侵
  攻により直接的な支配を強いるのではなく、経済的な誘因、
  文化面での働きかけ、軍事力の段階的な構築を通して、中国
  はその地位を高めようとしている。ダートマス大学のアジア
  専門家、ジェニファー・リンド氏は、「国力を高めようとす
  る中国の手段は、実に多様だ。他国なら二の足を踏むような
  手段でもある」と述べている。  https://bit.ly/3dlDhv2
  ───────────────────────────
ラーブ英国外相.jpg
ラーブ英国外相
posted by 平野 浩 at 06:14| Comment(1) | デジタル社会論T | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月19日

●「ぜんぜん修正されないCOCOA」(第5473号)

 今日から「デジタル社会論」の後編に入りますが、最初のテー
マとして再び取り上げるのは、新型コロナウイルス接触確認アプ
リ「COCOA」の話題です。4月17日(土)の各紙に厚労省
から同アプリの不具合報告書が提出されたからです。日本経済新
聞と朝日新聞は、次のタイトルで取り上げています。
─────────────────────────────
 ◎COCOA無責任の連鎖/行政DXへ重い教訓
  多重委託/厚労省に専門知識なく
         ──2021年4月17日付、日本経済新聞
 ◎COCOA不具合放置
  国と企業無責任連鎖/厚労省検証
           ──2021年4月17日付、朝日新聞
─────────────────────────────
 このCOCOAトラブルは、日本の役所がいかにICTに弱い
かを露呈しており、世界から見ても実にみっともない話です。実
は、英国は、日本から3ヵ月遅れて同種のアプリを導入していま
すが、アプリのダウンロード数は、この2月に2100万件を超
え、人口の3分の1に達しています。これについて、英国政府と
信頼ある機関は次のように公表しています。
─────────────────────────────
 2月9日には、アラン・チューリング研究所とオックスフォー
ド大学が「(このアプリで)60万件の感染を予防できた可能性
がある」との検証結果を政府と公表しています。
 日本は、こうした検証の入り口にすら立てていない。アプリの
ダウンロード数は3月末で人口のほぼ4分の1の2653万件。
肝心の陽性登録数は、1万2千件にとどまる。信頼の失墜も大き
い。       ──2021年4月17日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 ところで、COCOAはどのようなアプリなのでしょうか。復
習しておくことにします。
 COCOAは、ブルートゥースのクラス3を利用しているので
COCOAをインストールしているスマホ同士が、1メートルの
範囲内に入り、15分以上そのままだと、スマホ同士で「接触符
号」を交換し、それぞれのスマホに保存します。
 さて、COCOAをインストールしているユーザーの誰かが、
PCR検査を受けて陽性が判明したとします。この場合、そのユ
ーザーは、あくまで自分の意思で、アプリに登録することになり
ますが、そのさい保健所から発行される「通知番号」をアプリに
入力することになっています。
 「通知番号」が入力されると、アプリは、感染していた可能性
のある期間の「日次鍵」と時間情報をまとめた「診断鍵」と呼ば
れる情報を通知サーバ−に送ります。通知サーバーは、受け取っ
た「診断鍵」をCOCOAをインストールしている全ユーザーに
送信します。
 スマホ側では、「診断鍵」に含まれる情報から、陽性者の「接
触符号」を生成し、過去に交換して、スマホに保存中の「接触符
号」と比較し、一致するものがあると、感染の可能性があるので
ユーザーに通知するという仕組みです。ロジックは実によくでき
ています。
 COCOAが機能していないことは、どのようにして判明した
のでしょうか。
 それは、コロナ陽性になったPR会社社長、次原悦子氏が、そ
の結果、濃厚接触者になった家族のスマホに、接触通知が届いて
いないことを不審に思ったことがきっかけです。この社長は、ツ
イッターで、次のようにツイートしています。
─────────────────────────────
 拡散希望。接触確認アプリCOCOA。今はこれを絶対に鵜呑
みにしないで!責任追及は後にして、陽性登録したのに過去14
日間どころか、私が濃厚接触者にしてしまった家族にさえ、誰に
も、通知はきていません。ブルーツゥースも確認済み。COCO
Aを見ている人がいるならばそれはとても危険! ♯コロナ陽性
─────────────────────────────
 このPR会社社長は、このことを国民民主党代表の玉木雄一郎
氏に訴えたのです。そこで、玉木代表は、1月13日の衆議院内
閣委員会で、厚労省に問い正しています。ところが、厚労省の役
人は、ぬけぬけと次のように答弁しています。
─────────────────────────────
 1メートル以内で15分以上実際には接近していなかったり、
ブルートゥース機能をオフにしてしまったりなど、適切に作動で
きていないケースも考えられる。      ──厚労省担当者
─────────────────────────────
 この役人、まるで、ユーザー側に責任のあるようなものいいで
す。しかも、COCOAのアンドロイド版の不具合を厚労省が認
めてから、約4ヵ月も経過した後でも、この表現であり、おまけ
にこのPR会社社長のスマホはアンドロイドではなく、厚労省が
問題なしとしているアイフォーンなのです。
 ちなみに、「設定が違っている」といわれたこのPR会社社長
は、アプリのアップデートを最新にし、ブルーツゥースの設定を
確認し、息子のスマホを横に並べて、再度実験しましたが、何も
届かなかったとといいます。
 厚労省に限らず、日本の役所のICT感度のレベルは、きわめ
てローレベルです。今どき厚労省はまだFAXを使っているよう
ですが、これはそこで働く人のICT感度が低いことを表してい
ます。一般企業であれば、事務を担うレベルからの提案で、せめ
てFAXは引退させられるはずです。田村厚労大臣は、ポツリと
こういっています。「オレのところにも届いていいはずの通知が
届いていない。オレも被害者の一人」と。
 冗談ではない。田村厚労相は、最高責任者です。総額3・9億
円も使って、こんなチンケなものしかできないのでしょうか。責
任重大です。       ──[デジタル社会論U/001]

≪画像および関連情報≫
 ●接触確認アプリCOCOA失敗の本質
  ───────────────────────────
   接触確認アプリCOCOAが政治問題化しています。昨年
  6月、首相の肝煎りでリリースされ、感染対策の切り札担う
  かと期待されました。ダウンロードは2千万件を超えました
  が、9月末から2月中旬まで、ユーザーの3割ほどを占める
  アンドロイドユーザーに通知が届かない不具合が見つかりま
  した。そしてiOSにも深刻な不具合があると発表されまし
  た。政府は、相次ぐ不具合を修正することで、COCOAを
  正常に機能させようと躍起になっています。僕は絶望してい
  ます。COCOAは日本人の能力を超えたプロジェクトでし
  た。そのことを人々が認められないことに、僕は絶望してい
  ます。厚労省だけの問題ではない。犯人探しをして処分すれ
  ば済むというものではない。ITの問題ですらない。なぜそ
  れが分からないのか。これは日本の統治能力の問題であり、
  民度の問題です。
   「現時点の我々の政府の能力では、このプロジェクトを成
  功させることはできない」という戦略的思考ができない。精
  神論でなんでも出来ると認めようとしない。あの敗戦から何
  も学んでいない。開発に失敗したことを怒るべきではないの
  です。やったこと自体が間違いだったのですから。
   「なぜやったのだ」と怒るべきなのです。その合理的思考
  ができない人々に絶望しています。あの敗戦から何も学ばな
  かった人々に。         https://bit.ly/3gmSOwH
  ───────────────────────────
世紀の大失敗/COCOA.jpg
世紀の大失敗/COCOA
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2021年04月20日

●「COCOAとはどういうアプリか」(第5474号)

 2月9日のことです。平井卓也デジタル改革相は、COCOA
について、次の見解を示したのです。
─────────────────────────────
 COCOAは、アプリそのものの出来があまりよくなかったと
考えている。          ──平井卓也デジタル改革相
─────────────────────────────
 確かにCOCOAには重大なバグがあり、発注元の厚労省は、
そのバグの発見に遅れをとっているので、現状アプリは機能して
いるとはいいがたく、そういわれても仕方がないといえます。し
かし、正常に機能すれば、このアプリの構想自体は、素晴らしい
ものであると思います。
 もともとCOCOAの原型は、1月26日のEJで示したよう
に、ボランティア目的で、フェイスブックを通じて集まった有志
の技術集団が制作したもので、そのリーダーは、日本マイクロソ
フトのエンジニアです。オープンソースで、そのソースコードは
公開されています。アプリの原型自体は、とても素晴らしいもの
であるといえます。
─────────────────────────────
           COVID-19 Radar Japan
─────────────────────────────
 そもそもCOCOAとは、どのようなアプリなのでしょうか。
ある日、COCOAから、あなたに対して、次のメッセージが届
いたとします。
─────────────────────────────
 COVID−19にさらされた可能性があります。新型コロナ
ウイルス陽性登録者と、接触した可能性があります。詳細はこち
ら。Appからその接触の日付、期間、および信号の強さにアク
セスしました。
─────────────────────────────
 もし、あなたが知人数人と会食し、その後、そのうちの誰かが
コロナ陽性になったときは、ほとんどの場合、その陽性者本人か
保健所から連絡が来るはずです。「あなたは濃厚接触者の疑いが
あり、至急PCR検査を受けてほしい」と。
 しかし、陽性者が知らない人であった場合は、連絡のしようが
ありませんが、COCOAはそれを知らせてくれるのです。つま
り、COCOAから通知があるということは、前後の14日間に
おいて、あなたは、その知らない陽性者と1メートル以内に15
分以上一緒にいたことを意味します。そういわれれば、念のため
検査を受けてみようという気になるはずです。その結果、陰性で
あればよいし、陽性だった場合、それだけ他の人への感染リスク
を減らすことにつながります。
 問題点は、陽性だった場合、そのことをCOCOAに書き込み
登録するかどうかは本人の意思にまかされるということです。仮
に書き込んだとしても、本人が特定される恐れがまったくないに
もかかわらずです。プライバシー保護の心配がないのであれば、
陽性である以上、厚労省は情報を発信すべきです。
 それにしても、アプリが正常に機能すれば、感染リスクが減ら
せるのに、どうして何の役にもたっていないのでしょうか。
 これには、いくつもの失敗があります。COCOAの開発にあ
たり、当時ITの担当の副大臣として陣頭指揮を執った自民党の
平将明氏は、政府内には専門の知識や技術を備えた人材が極度に
不足しているとして、次のように述べています。
─────────────────────────────
 厚労省は、コロナ対応で多忙を極めている上、IT関係にはあ
まり強くない役所だ。業者任せにならないようにするには発注者
側にもかなりIT技術がわかる人が必要だが、定員や予算の縛り
があり、十分ではなかった。政府は今まさにデジタル庁をつくる
べく進めているが、その問題意識の一つが顕在化してしまった。
 COCOAも、これまでに7回の改修を重ねている。しかし、
実際に使って「バグ」と呼ばれる不具合を洗い出していくという
開発過程を考えると、実はこの回数は少ないという指摘もある。
                       ──平将明氏
─────────────────────────────
 そうでなくてもコロナ対応で超多忙の、ICTに弱い厚労省が
COCOA開発の中心を務めなければならなかったのには理由が
あります。2020年4月下旬のことです。COCOAの基盤を
世界的に提供していた米アップルと米グーグル(iOSとアンド
ロイド)が、接触確認アプリの提供元は各国の公衆衛生当局に限
るという「1国1アプリ」を打ち出したからです。
 これによってそれまで接触アプリ導入に消極的であった厚労省
が、「公衆衛生当局」として、その調達を担当することになって
しまったのです。
 この「1国1アプリ」が打ち出される前は、接触確認アプリを
巡っては、行政のICT化を支援する非営利団体のコード・フォ
ー・ジャパンと、日本マイクロソフトの技術者らが中心となった
有志の開発グループ「COVID-19 Radar Japan」、そしてかねてか
開発意向を内々に表明していた楽天なのです。
 内閣官房IT総合戦略室や経産省が1本化に動いたものの、1
本化できず、3グループがそれぞれ独自にアプリを開発・配布し
政府がそれを容認して、普及を図る方針だったのです。
 しかし、「1国1アプリ」の方針によって、最も接触確認アプ
リに消極的にして、その何たるかがわかっていない厚労省が前面
に立たざるを得なくなったのです。
 そこで厚労省は、接触確認アプリの調達をパーソルP&Tに一
任したのです。しかし、この企業は、積極確認アプリに十分な知
見はないので、日本マイクロソフトにCOCOAの調達や、プロ
ジェクト管理を任せたのです。まさに丸投げの連鎖です。結果と
してマイクロソフトはCOCOAの原型としてマイクロソフトの
エンジニアが中心の「COVID-19 Radar Japan」が開発したアプリ
を採用したのです。    ──[デジタル社会論U/002]

≪画像および関連情報≫
 ●COCOA中核機能のバグを4カ月放置 開発ベンダー選定
  の「丸投げ」に遠因
  ───────────────────────────
   2021年2月、厚生労働省は接触確認アプリ「COCO
  A」の障害を明らかにした。アンドロイド版で「接触を検知
  ・通知できない」不具合を4カ月以上放置していた。障害の
  直接の原因は2020年9月に実施した改修時のパラメータ
  ー変更ミス。2020年11月には外部の第三者がバグを指
  摘したものの開発チームは見逃した。テストにも問題があっ
  たが、根本には、調達時の不透明なベンダー選定が影を落と
  す。新型コロナウイルス感染症対策の切り札として期待され
  ていた「COCOA(ココア)」。そのCOCOAを「無用
  の長物」と化すバグが4カ月以上も見過ごされていた。厚生
  労働省は2021年2月3日、COCOAのアンドロイド版
  に陽性登録したアプリ利用者と接触しても検知しないという
  接触確認の根幹に関わる不具合があると明らかにした。
   直接の原因は、2020年9月28日のアンドロイド版の
  「1.1.4」 への改修にある。
   COCOAのベースである米アップルと米グーグルが提供
  するソフト基盤「Exposure Notification API」は 「接触あ
  り」と判定するパラメーターがiOSとアンドロイドで異な
  る。開発チームは改修の際、アップルの指示に従ってパラメ
  ーターを変更した。そのとき誤ってアンドロイド版のパラメ
  ーターも変更してしまい、接触を判定できなくなった。
                  https://bit.ly/3ehMIeC
  ───────────────────────────
平将明氏.jpg
平将明氏
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2021年04月21日

●「中心開発者は既に手を引いている」(第5475号)

 COCOAのようなアプリケーションを開発する場合、ゲーム
アプリの開発でよく行われる「アジャイル開発」という開発手法
があります。
 「アジャイル開発」とは、ごく簡単にいうと、「あらかじめ全
工程にわたる計画を立て、それに基づいて開発を進める」方法で
はなく、開発中に発生する様々な状況の変化に対応しながら開発
を進めていく手法のことをいいます。この場合、あらかじめ全工
程にわたる計画を立て開発を進める開発手法を「ウォーターフォ
ール開発」といいます。
 あるゲーム会社の幹部は、アジャイル開発について次のように
述べています。
─────────────────────────────
 不具合対応だけでなく、機能改善のためにも最低でも2週に1
度はアプリをアップデートできる体制を整えている。もし、それ
をやらないと、利用者の不満がビジネス面での損失に直結するか
らである。    ──2021年4月17日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 COCOAは、このようなアジャイル開発ができる業者に発注
すべきであったのですが、厚労省は、元受会社として、パーソル
プロセス&テクノロジー社に発注したのです。この会社は、人材
大手のパーソルホールディグスの子会社であり、同社は、そのよ
うな開発業務に対応できていなかったと考えられます。
 厚労省は、「HER−SYS」(ハーシス)というシステムを
開発し、2020年5月から実証実験を重ねていますが、このシ
ステムをパーソルプロセス&テクノロジー社が発注し、開発、保
守・管理を行わせています。
 「HER−SYS」とは、どういうシステムでしょうか。
 新型コロナウイルス感染症について、医療機関から保健所への
報告、各保健所から自治体への報告はすべてFAXで行われてい
ます。このやり方では、データの再入力が生ずるなど、「報告に
時間がかかり、新規感染者数の迅速な公表ができないこと、集計
ミスのリスクが高いことなどがさんざん指摘されてきたのですが
このシステムによって、新型コロナウイルス感染者などについて
情報把握・管理を一元化できることになります。
 もともとCOCOAは、「HER−SYS」の一部として追加
で契約され、COCOAで接触通知のあった人々を「HER−S
YS」に登録し、感染対策に役立てることを最初は想定していた
のです。しかし、政府の検討会で感染者の特定につながるとして
COCOAは、HER−SYSとは切り離して開発されるように
なったのです。
 添付ファイルに、2020年5月20日以降の発注プロセスの
図をつけていますが、開発の中心にいるのは、日本マイクロソフ
トです。日経クロステックは、その間の事情について、次のよう
に書いています。
─────────────────────────────
 注意が必要なのは、日本マイクロソフトは接触アプリを公正に
選べる立場になかった点だ。「COVID-19 Radar」には同社社員も
おり、その接触確認アプリは、サーバーの稼働環境に「アジュー
ル」を使い、グーグルのアンドロイドとアップルのiOSで共通
に稼働するコードを開発するツールには、同社の「ザマリン」を
使っているなど関係が深かった。厚労省は当時、こうしたITベ
ンダー側の事情も知る立場にあったとみられる。事前に日本マイ
クロソフトなどと調達方針について話し合いや調整があった可能
性もある。          https://s.nikkei.com/2QjyMZt
─────────────────────────────
 上記記述の「アジュール」とは、ウインドウズなどの開発・販
売を行っているマイクロソフト社が提供するクラウド・サービス
のことです。
 しかし、日本マイクロソフトは、厚労省とのメインの契約主体
ではないのです。それでは、図にある、パーソルP&Tやフィク
サー、エムティーアイとマイクロソフトは、どういう関係にある
のでしょうか。それにCOCOAの原型として採用されたエンジ
ニア集団(COVID-19 Radar Japan)はどうなったのでしょうか。
これについて、日経クロステックは次のように書いています。
─────────────────────────────
 パーソルP&Tやフィクサー、エムティーアイは、いずれも日
本マイクロソフトのクラウドサービス「アジュール」の有力な開
発パートナーでもある。各社は厚労省の選考に勝ち残った「日本
マイクロソフトの呼びかけでプロジェクトに参加した」(パーソ
ルP&TのDXソリューション総括部の責任者)
 さらに、現状では調達方法が最善だったかを外部から検証する
ことが難しくなっている。厚労省が20年6月19日に、COC
OAの最初のバージョンをリリースした後、COVID-19 Radarの中
心メンバーは接触確認アプリの開発から離れることを表明し、6
月末には、当時の調達に関わった厚労省の担当者も異動したから
である。           https://s.nikkei.com/3mZ59bO
─────────────────────────────
 EJとしては、あちこちからCOCOA開発について情報を集
めて検証しようとしたものの、あいまいのまま、終わらざるを得
ない状況です。4億円近くの予算を投じ、人口の6割近くに普及
すれば、ロックダウンを避けることが可能になる効果を期待でき
るとして、鳴り物入りで登場したCOCOAであるが、その信頼
は失われ、普及率はいまだ人口の2割にとどまったままです。
 いかに日本がデジタル技術に弱いとはいえ、なぜ、この程度の
ことを成功させられないのでしょうか。厚労省は、今後内閣官房
IT総合戦略室と協力しながら、COCOAの運用を担っていく
としていますが、一度大きく失った信用を取り込むのは、容易で
はないと思います。ちなみにこの件で責任をとったのは、厚労省
の事務次官と健康局長の2人です。4億円、あまりにも、もった
いない投資です。     ──[デジタル社会論U/003]

≪画像および関連情報≫
 ●COCOAの不具合検証、「正常に作動するようお手伝いし
  たい」/平井デジタル相
  ───────────────────────────
   平井大臣は厚労省担当の政府CIO補佐官から不具合に関
  するヒアリングを受けたことを明らかにした上で、「COC
  OAが正常に作動するようなお手伝いをしたい。厚労省から
  検証作業に関する詳細をあまり聞いていないが、検証には、
  (IT室の)政府CIO補佐官が協力することになるのでは
  ないか」との見解を示した。
   COCOAを巡っては2月3日、新型コロナウイルス陽性
  者と接触したユーザーへの通知が送られない不具合がアンド
  ロイド版アプリで見つかった。2020年9月28日付で行
  われたアプリのアップデートが原因という。
   こうしたことを受け、厚生労働省は2月中旬までにアプリ
  を再リリースできるよう省内で検証に当たっている。現在、
  原因究明や今後、必要な対応などを検証しているといい、同
  省は「不具合の解消に向けて全力を挙げる」としている。
   ただ、アプリ改修にはデジタル分野の専門知識を持った職
  員が必要なことから「IT室と協力する必要がある」とも話
  している。会見では、報道陣からiOS版にも不具合がある
  のではないかとの質問が飛んだ。平井大臣は「(障害の)可
  能性は十分あり得るだろう」との認識を示し、「そうした可
  能性も含めて見ていく」とコメントした。
                  https://bit.ly/32tBDBx
  ───────────────────────────
COCOAの発注体制.jpg
COCOAの発注体制
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2021年04月22日

●「起業家になろうといない日本若者」(第5476号)

 アイフォーンをお使いの方に限定して、COCOAについての
新しい情報を提供します。これは、アイフォーンのユーザーでも
案外知らない人が多いのです。これは、iOS13.7から装備
されている機能です。本日現在のiOSの最新バージョンは次の
通りです。最新のバージョンにアップデートすべきです。
─────────────────────────────
          iOS14.4.2
─────────────────────────────
 iOSを最新にすると、「設定」のアイコンのなかに「接触通
知」というアイコンが現れます。このアイコンが表示されていれ
ば、COCOAのアプリをインストールしていなくても、COC
OAが使えるようになるはずです。機能しないようであれば、C
OCOAのアプリをインストールしていただきたいと思います。
 この「接触通知」をタップすると、「接触通知」の画面が表示
されます。このページの一番上の「接触通知をAppで表示」を
タップすると、COCOAのアプリの画面になります。
 「接触のログ記録の状況」の項目が「使用中」になっています
が、そこには次のメッセージが表示されています。
─────────────────────────────
 このiPhoneは、ほかの携帯電話とランダム識別子を交換して、
それらのログを記録します。過去14日間の接触ログを確認する
リクエストはすべて保存されます。
─────────────────────────────
 この「使用中」のボタンの横にある「>」をタップすると、本
人認証が行われるか、パスワードの入力が求められます。そうす
ると、「接触チェックの記録」が表示されます。ここで日付を選
んでタップすると、その指定日の「チェックの詳細」が次のよう
に表示されます。私のアイフォーンの画面で説明しています。
─────────────────────────────
 「チェックの詳細」
   タイムスタンプ 2021/04/19 1:51
  一致したキーの数               0
    データソース         接触確認アプリ
  新規ファイネール
  13本のファイル(省略)
─────────────────────────────
 この状況について解説します。4月19日に私は外出しました
が、そのとき、13本の携帯電話と1メートル以内、かつ15分
間以上接触し、それぞれ相互に接触記号を交換したことを示して
います。
 もし、そのなかでコロナの陽性者がいれば、通知サーバーから
キーが通知され、そのキーと一致するファイルがあれば、「1」
と表示されます。私は、13本のファイルを全部開いてみました
が、「一致したキーの数」は「0」でした。つまり、感染者とは
接触していないことになります。つまり、すべてが「0」ならば
コロナ陽性者との接触はなかったことになります。
 どうでしょう。私はCOCOAはインストールしましたが、ど
うも反応がないようなので、いろいろ情報を集めて、アイフォー
ンの「接触通知」のことを知りました。仕組みとしてはよくでき
ています。それにしてもアイフォーンだけに「接触通知」のボタ
ンが付いているのは、どうしてなのでしょう。アンドロイドOS
を使う携帯電話にはこの機能は付いていないのです。しかも、O
Sをバージョンアップするだけで、自動的にCOCOAのアプリ
もインストールされるのです。なぜ、アンドロイド版にはこの機
能はないのでしょうか。
 COCOAの話はこのくらいにして、デジタル社会論の本題に
入っていくことにします。
 もともと日本は、技術の国であり、半導体など、日本の技術が
世界をリードしていた時期もあったのです。それがなぜ、米国は
ともかくとして、なぜ中国にも大きく差をつけられてしまったの
でしょうか。
 日本は、米国、中国とでは、起業家気質の差があるといわれて
います。米国バブソン大学やロンドン大学ロンドン・ビジネスス
クールなどの研究者らが継続的に実施している国際調査「グロー
バル・アントレプレナーシップ」の2014年版によると、「職
業として起業家はよい選択である」に賛成した割合は、次のよう
になっています。中国が米国を抜いてトップなのです。
─────────────────────────────
       米国 ・・・・・ 64・7%
       中国 ・・・・・ 65・7%
       日本 ・・・・・ 31・0%
 ──「グローバル・アントレプレナーシップ」の2014年版
─────────────────────────────
 中国の技術力が急速に伸びたのは、何といっても米国から学び
取ったものが大きかったと思います。多くの中国の若者が米国に
留学して学び、さらには、米国のカルフォルニア州、南サンノゼ
から北サンマティオに広がるGAFAの聖地、シリコンバレーに
多くの中国人の若手エンジニアが就職して住み着き、シリコンバ
レーのノウハウをマスターしたのです。その結果、米国のGAF
Aに続き、アリババ、テンセント、バイドウ、ファーウェイなど
が続々と誕生し、急速に業績を伸ばしています。デジタル革命を
主導してきたのは、これらのベンチャー企業なのです。
 これに対して日本は、諸外国に留学する学生の数は年々減少し
内向きになっています。就職先も生涯安定した収入が得られる公
務員などの安定性志向が強く、起業を志す者はほんの一握りに過
ぎないのです。この安定主義がデジタル革命において、米中の後
塵を拝しているといえます。今頃になって、デジタル庁を作るの
はわるくありませんが、それによって、日本のデジタル化が一挙
に進むとは到底思えないのです。
             ──[デジタル社会論U/004]

≪画像および関連情報≫
 ●日本は起業家が少ない?大学生を通して見る
  日本の“起業観”
  ───────────────────────────
   日本は本当に起業の割合が低いのだろうか? 「中小企業
  白書」(2019年、中小企業庁)の起業活動の国際比較で
  は、日本、アメリカ、イギリス、ドイツ、フランス、オラン
  ダ、中国の7カ国を比較している。
   独立・社内を問わず、新しいビジネスを始めるための準備
  を進めている人や、起業して3年半以内の人の割合をみると
  日本は4・8%で、アメリカ12・3%、中国10・7%に
  比べれば低い数字だが、ドイツやイギリスの6・2%と比較
  すると、一概に低いともいえない。フランスなどは3・1%
  で日本よりも低水準にある。
   ただ、起業に無関心な日本人の割合は、75・8%と群を
  抜いて高い。アメリカ21・6%やオランダ23・9%、ド
  イツ32・1%どころか、日本の次に高いフランス43・5
  %にも大きく水をあけられている。
   国際的な起業活動の比較を行うGEM調査(2018年)
  によるアンケートでも、職業選択にあたり「新しいビジネス
  を始めることが望ましい」と答えた日本人の成人人口は22
  ・8%にとどまり、先進各国で軒並み50%を超えているの
  を鑑みると、日本人の起業意識は低いといわざるを得ない。
                  https://bit.ly/3tEx4jB
  ───────────────────────────
アイフォーンの「接触通知」.jpg
アイフォーンの「接触通知」
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2021年04月23日

●「DXは業務のデジタル化ではない」(第5477号)

 「デジタル技術」は、「ABCD5G」というキーワードで表
すことができます。
─────────────────────────────
       A ・・・・ AI
       B ・・・・ ブロックチェーン
       C ・・・・ クラウド
       D ・・・・ ビックデータ
      5G ・・・・ 5G
─────────────────────────────
 現在、この「ABCD5G」が怒涛のように押し寄せてきてい
ますが、日本はコロナ禍にかき回され、なかなかデジタル化の波
にうまく乗れないでいます。何か歯車が噛み合っていないような
気がします。
 ある医療機関で、PCR検査の結果、コロナ陽性者が出たとし
ます。この場合、医療機関は所定の用紙に必要事項を手書きで記
入して、FAXで保健所に送ります。そして、保健所は、それを
同じくFAXで自治体に報告します。
 所定の用紙に必要事項を記入し、それをFAXで送る──これ
がとても現代的で便利だった時代があります。しかし、それは一
般企業の場合、はるか昔の話です。これはデジタルではなく、ア
ナログ技術です。アナログで送られてきた書類をそのまま紙ファ
イルとして、綴じておくと、必要なデータを集計するときなどは
大変です。データ化しようとすると、データをシステムに入力す
る必要が生じます。
 医療機関と保健所、そして自治体へのコロナ陽性者の連絡は、
少なくとも2020年5月までは、このようにFAXで行われて
いたのです。なぜ、2020年5月かというと、厚労省は「HE
R−SYS」(ハーシス)というシステムを構築し、2020年
5月から実証実験をはじめているからです。現在、「HER−S
YS」がどのように動いているか、詳細は不明ですが、厚労省は
次のようにアナウンスしています。
─────────────────────────────
 「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム/
HER−SYS」は、自治体の保健所などの業務負担を減らし、
新型コロナウイルス感染者の情報を医療機関・保健所・都道府県
等で迅速に集約・共有したり、データ分析したりすることで、感
染対策に役立てることを目的に厚生労働省が2020年に開発・
導入したクラウドベースのシステムです。略称の「HER−SY
S」は、次の省略形です。
 ◎「HER−SYS」
  Health Center Real-time information-sharing System on
  COVID-19
─────────────────────────────
 「デジタル社会論」について情報を集めるため、最近、尾原和
啓氏という人の著作を読んでいます。尾原和啓氏は、フューチャ
リスト、京都大学大学院で人工知能を研究、マッキンゼー・アン
ド・カンパニーやNTTドコモ、グーグル、リクルート、楽天な
ど、数多くの企業で新規事業の立ち上げを担い、現在は、シンガ
ポールのバリ島が拠点です。私の購入した書籍は次の2冊です。
少し難解なところがありますが、奥が深い感じの書籍です。
─────────────────────────────
                 尾原和啓著/NHK出版
  『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
             島田太郎/尾原和啓著/日経BP
             『スケールフリーネットワーク/
            ものづくり日本だからできるDX』
─────────────────────────────
 最近「DX」という言葉が盛んに使われます。DXとは、デジ
タルトランスフォーメーションの略ですが、多くの場合、業務の
デジタル化と勘違いしています。
 DXの成功例として、尾原和啓氏は、シンガポールの銀行最大
手のDBSグループ・ホールディングスを上げています。DBS
のCEOのピュシュ・グプタ氏は、次の3つの宣言で、DXを実
施しています。
─────────────────────────────
   1.Become digital to the core.
   2.Embed ourselves in the customer journey.
   3.Create a 22,000 start-up.
      ──島田太郎/尾原和啓著/日経BPの前掲書より
─────────────────────────────
 「1」は、「芯までデジタルに変革する」という意味になりま
す。これによって、DXを起こさせる土台を作るのです。
 「2」は、「自らをカスタマージャーニィーへ組み込む」こと
です。カスタマージャーニーとは、顧客が商品やサービスを知り
最終的に購買するまでのカスタマーの「行動」「思考」「感情」
などのプロセスです。つまり、顧客志向でDXの拠点を作ること
を意味しています。
 「3」は、「従業員2・2万人を、スタートアップへと変革す
る」という意味です。社内をスタートアップ体質へと変貌させ、
DXが頻発するようにするのです。
 これに関して、尾原和啓氏は、日本に関して、次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 日本においては、1は必須のものとして実施が進む段階に入り
2の議論も「アフターデジタル」をきっかけの一つとして浸透し
てきました。しかし、3のDXが起きる場の布置が日本のDXに
おいて抜けがちな論点なのです。
      ──島田太郎/尾原和啓著/日経BPの前掲書より
─────────────────────────────
             ──[デジタル社会論U/005]

≪画像および関連情報≫
 ●世界最高のデジタルバンク、シンガポール最大手〜
  DBS銀行はどこが凄いのか
  ───────────────────────────
   邦銀が今、課題とする銀行業のデジタル化において、世界
  トップを走る銀行がシンガポールにある。同国最大手のDB
  S銀行だ。金融専門誌「ユーロマネー」から2年前、アジア
  の銀行で初めて「世界最高のデジタルバンク」の表彰を受け
  今夏には2度目の受賞も果たした。
   そんなDBSがデジタル化の取り組みを重視している様は
  2017年のアニュアルレポート(年次報告書)の表紙を見
  れば明らかだ。シンガポール政府により、国の開発の融資機
  関として、1968年に設立されたDBS。元来の略称は、
  「Development Bank of Singapore」だが、 この表紙ではあ
  えて頭文字の「D」を「Digital」 とし、この方針が今後も
  揺るぎないとの意志をにじませている。
   背景には、既存の銀行業への危機感がある。業績こそ堅調
  だが、中国通販大手アリババ集団が決済機能を充実させるな
  ど、異業種からの侵食が脅威と化しているのだ。邦銀も置か
  れた環境は同じだが、金融当局の規制が日本より柔軟なこと
  もあり、変化のスピード感が異なっている。
   では、数年前から力を入れるデジタル化は、収益面でどん
  な影響を与えているのか。アニュアルレポートには次ページ
  の図の通り、銀行としては珍しくも思える内容が開示されて
  いる。             https://bit.ly/32zS5jP
  ───────────────────────────
尾原和啓氏.jpg
尾原和啓氏
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2021年04月26日

●「DBS銀行とはどんな銀行なのか」(第5478号)

 DXの成功例といわれるシンガポールのDBS銀行について、
もう少し詳しく調べてみることにします。この銀行が有名になっ
たのは、金融専門情報誌『ユーロマネー』が、世界で最も優れた
デジタル銀行として、このDBS銀行を2度にわたって表彰した
からです。
─────────────────────────────
      「ワールズ・ベスト・デジタルバンク」
         2016年度/2018年度表彰
         金融専門情報誌『ユーロマネー』
─────────────────────────────
 DBS銀行の何が評価されたかというと、次の4つを指摘する
ことができます。
─────────────────────────────
1.デジタル取引を行う顧客は、店舗訪問の顧客と比べて、2倍
  の売り上げをもたらし、より多いローンと預金を保有する。
2.デジタル取引を行う顧客の獲得にかかるコストは、従来の顧
  客を獲得するコストに比べると、57%も低くなっている。
3.従来の顧客の取引からは19%のROE(自己資本利益率)
  が得られるが、デジタル取引顧客のそれは27%にのぼる。
4.デジタル取引を行う顧客は、従来の顧客と比べると、16倍
  も多く、自発的取引を行う傾向があることがわかっている。
─────────────────────────────
 DBS銀行は、次の2つのフェーズを経て、デジタルバンクに
変身を遂げたのです。
─────────────────────────────
  ◎第1フェーズ/2009年〜2014年
   デジタルバンクを構築するための基礎を固める時期
  ◎第2フェーズ/2014年以降〜
   全社的にデジタルバンクとして仕上げるための時期
─────────────────────────────
 第1フェーズにおいてDBS銀行が行ったことをまとめます。
 まず、銀行システムの持つ脆弱性を解消する目的で、データー
センターを増設し、セキュリティオペレーションセンター、モニ
タリングセンターを設立しています。
 また、エンジニアリングやテクノロジーの外部依存からの脱却
に挑み、現在では、85%の内製化が実現しています。そして、
チャンネル、プロダクト・サービス、イネーブラー(経営情報シ
ステムなど社内のシステムやインフラ)ごとに、不必要なアプリ
ケーションを売却し、必要なアプリケーションを購入することに
よって、2014年までにデジタルバンクとしてのインフラやプ
ラットフォームを構築しています。
 続いて、第2フェーズにおいて、DBS銀行が行ったことをま
とめます。これは、デジタルバンクとしての仕上げの時期です。
 第2フェーズにおいては、全社的にデジタルバンクになるため
の組織改革に取り組んでいます。プロジェクト型組織からプラッ
トフォーム型組織へとか、アジャイルな開発チームの編成などの
テーマで、組織改革を進めています。
 アジャイル開発とは、既に述べているように、システムやソフ
トウェア開発における臨機応変なプロジェクト開発手法の一つで
あり、「アジャイル」とは「素早い」という意味であり、従来の
ウォーターフォール開発などよりも開発が素早いとことを意味し
ています。
 DBS銀行は、さらにデジタルトランスフォーメーションの柱
として、次の4つの目標を掲げています。
─────────────────────────────
 @クラウドネイティブになる
 AAPIによって、エコシステムのパフォーマンスを上げる
 B顧客第一主義の徹底を図る。
 C人とスキルへ投資する。
─────────────────────────────
 @のクラウドネイティブとは、クラウドのサービス利用を前提
に構築されるシステムやアプリケーションのことです。クラウド
の利点を最大限に活かして構築することで、短期間で効率的にシ
ステムを実装させることが可能です。
 Aは、200以上のAPIを通して、60以上のパートナーと
エコシステムを構築するということを意味しています。これによ
り、様々なパートナーと連携したカスタマーエクスペリエンスの
向上を実現しています。
 Bは、顧客接点のデジタル化を図り、リテール・バンキングの
口座開設がオンラインでできるなど、顧客視点での「当たり前」
を実現しています。
 Cの「人とスキルへ投資」とは、「徹底した顧客第一主義」を
ベースに「データドリブン」、「リスクを取って、実験に挑む」
「アジャイル型」、「学ぶ組織になる」の5つの指針を掲げ、そ
のための学びのスペースやスタートアップとのコラボスペースの
設置などを行ったのです。
 そして、2018年5月、DBS銀行は、「銀行を意識するこ
となく、生活を楽しもう」をミッションとして採用しています。
これを英語では、次のように表現しています。
─────────────────────────────
         Live more, Bank less.
─────────────────────────────
 「バンク・レス」──「銀行はなくなってもいい」。これは、
銀行としては尋常ではない声明であるといえます。この真意は、
DBS銀行としては、「目に見えない銀行」を目指すという意味
です。デジタル化するということは、顧客は銀行の店舗に行かな
くなり、銀行というものが人々の意識からは消えることを意味し
ます。DBS銀行としては、それでもいいから、DBS銀行はと
ことんデジタル化を推進するといっているのです。
             ──[デジタル社会論U/006]

≪画像および関連情報≫
 ●"金融界のアマゾン"DBS銀行のすごい目標
  ───────────────────────────
   日本では一般的には知られていませんが、世界中の金融関
  係者から注目を集めている銀行がシンガポールにあります。
  それがDBS銀行です。DBS銀行は、金融専門情報誌『ユ
  ーロマネー』から「World’s best digital bank」の称号を
  2016年と2018年の2度にわたり獲得しています。
   DBS銀行がデジタルトランスフォーメーションを推し進
  めるにあたりベンチマークとしたのは、同業他社ではありま
  せんでした。彼らが目指したのは、グーグル・アマゾン・ネ
  ットフリックス・アップル・リンクトイン・フェイスブック
  といったメガテック企業です。
   DBS銀行はこれらメガテック企業の頭文字(G・A・N
  ・A・L・F)に自らの頭文字Dを入れて、「G・A・N・
  D・A・L・F(ガンダルフ)」の一角を担う存在になると
  決意しました。
   メガテック企業には、DBS銀行が見習うべき点がいくつ
  もありました。例えばグーグルのオープンソースソフトウェ
  ア志向。アマゾンのAWS上での、クラウド運用。ネットフ
  リックスのデータを利用したパーソナル・レコメンデーショ
  ン。アップルのデザイン思考。リンクトインの「学ぶコミュ
  ニティーであり続ける」こと。フェイスブックの「世界中の
  人々  への広がりを持つ」こと。https://bit.ly/2QxutKb
  ───────────────────────────
DBS銀行.jpg
DBS銀行
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2021年04月27日

●「ネットワークはどう生成されるか」(第5479号)

 3回目の緊急事態宣言の発出です。「またかよ」というのが国
民の本音であると思います。新型コロナウイルスの感染を防ぐの
は、PCR検査とワクチンが重要といわれます。しかし、日本は
1年もあったのに、この2つともクリアされていないのです。検
査体制は依然として盤石ではないし、ワクチンにいたっては、そ
の接種率は世界でも最下位に甘んじています。
 加えて、4月25日の北海道の衆議院選挙、長野選挙区、広島
選挙区の重要な3選挙に与党は3連敗するという最悪の結果を招
いていますが、これは菅政権のコロナ対応の不満も入っていると
いわれます。
 与党にとって、今回勝てる可能性があったのは、唯一保守王国
の広島選挙区だけだったといえます。北海道は最初から候補を立
てず、不戦敗のかたちをとったので、広島で勝てば、1勝1敗1
不戦敗というかたちで、何とか面子が保てるからです。
 それほど大事な広島の選挙ですが、自民党として、総力を結集
して選挙を戦ったかというと、そうではないのです。河井案里氏
のときは、安倍首相をはじめ、菅官房長官など、党の幹部を何回
も広島に投入し、それに加えて、候補者に党から1億5千万円も
の資金を投入して勝ち取ったのに、今回は菅首相は選挙の応援に
入らず、地元の県連会長である岸田前政調会長に全責任をとらせ
るかたちで、責任回避を図っています。菅陣営から見れば、これ
で岸田文雄氏というライバルの力を削ぎ、総裁選での優位を得よ
うという作戦だったのではないかといわれています。
 以上が、昨日から今日にかけての状況です。ここから、デジタ
ル社会論の話に入ります。
 世界的なイスラエルの歴史学者であり、哲学者でもあるユヴァ
ル・ノア・ハラリ氏という人がいます。ヘブライ大学歴史学部の
終身雇用教授であり、世界的ベストセラー『サピエンス全史文明
の構造と人類の幸福』、『ホモ・デウステクノロジーとサピエン
スの未来』の著者でもあります。
 そのユヴァル・ノア・ハラリ氏は、英国の著名な経済誌『フィ
ナンシャル・タイムズ』に、新型コロナウイルス後の世界に関し
て、一文を寄せています。その冒頭の一節をご紹介します。興味
があれば、全文を読んでいただくことは可能です。
─────────────────────────────
 人類は今、グローバルな危機に直面している。それはことによ
ると、私たちの世代にとって最大の危機かもしれない。今後数週
間に人々や政府が下す決定は、今後何年にもわたって世の中が進
む方向を定めるだろう。医療制度だけでなく、経済や政治や文化
の行方をも決めることになる。私たちは迅速かつ決然と振る舞わ
なければならない。だが、自らの行動の長期的な結果も考慮に入
れるべきだ。さまざまな選択肢を検討するときには、眼前の脅威
をどう克服するかに加えて、嵐が過ぎた後にどのような世界に暮
らすことになるかについても、自問する必要がある。そう、この
嵐もやがて去り、人類は苦境を乗り切り、ほとんどの人が生き永
らえる――だが、私たちは今とは違う世界に身を置くことになる
だろう。              https://bit.ly/32KW795
─────────────────────────────
 なぜ、ユヴァル・ノア・ハラリという人物を取り上げたのかと
いうと、「ネットワーク」というものの根源を独自の視点でとら
えているからです。少し学問的な話になりますが、それはなかな
か興味深いものです。このハラリ氏には、『サピエンス全史』と
いう、ベストセラーズがあります。ここでは、人間と他の生物の
違いについて述べられています。
 ハラリ氏は、チンパンジーの群れの上限はおよそ50頭である
と述べています。なぜ、50頭以上のネットワークが形成されな
いのかというと、群れの個体数が増えるにしたがって、秩序が不
安定になって、群れは分散してしまうからです。
 しかし、人間は50人という壁を突破しています。そこで重要
な役割を果たしたのは「うわさ話」、すなわち「情報」であると
いっています。誰が信用できるのか、誰が何をしているのかとい
う「うわさ話」という情報を集団で共有することによって、人間
の集団は、50人を超えることができたというのです。しかし、
そういう情報共有でまとまっている集団のサイズは150人であ
るといっています。それよりも大きな集団になると、名前と顔が
一致しなくなり、「うわさ話」という情報が機能しなくなるとい
うのです。
 尾原和啓氏は、ハラリ氏の主張を取り上げ、それに基づいて、
次のように述べています。
─────────────────────────────
 歴史を振り返ると、古代ローマの争いを見ても、中国の赤壁の
戦いを見ても、何万人、何十万人という人間が集まり、同じ目的
のもとで力を合わせて戦っています。これこそ他の生物にはでき
ない、人類だけが獲得した能力です。
 巨大なネットワークを作り、目的を共有する共同体として動け
ることこそ、ほかの生き物にない人間の特徴です。ネットワーク
の力によって地球上で王者として君臨するようになりました。そ
して、そのネットワークの威力を強化してきたのがテクノロジー
です。         ──島田太郎/尾原和啓著/日経BP
              『スケールフリーネットワーク/
             ものづくり日本だからできるDX』
─────────────────────────────
 「赤壁(せきへき)の戦い」とは、中国後漢末期の208年、
長江の赤壁(現在の湖北省咸寧市赤壁市)において起こった曹操
軍と孫権・劉備連合軍の間の戦いのことです。このとき、数10
万とも言われる兵と朝廷の権威を擁する曹操の大軍が動員されて
います。つまり、何10万人という人間が集まり、それが一体と
なって、同じ目的のために力を合わせて、戦っているのです。こ
れは人類にしかなしえないことであるというのです。
             ──[デジタル社会論U/007]

≪画像および関連情報≫
 ●コロナ危機、ハラリ氏の視座 「敵は心の中の悪魔」
  ───────────────────────────
   新型コロナウイルスによる感染症の脅威に世界中がすくん
  でいる。私たちはどう立ち向かうべきなのか。人類史を問い
  直し、未来を大胆に読み解く著作で知られるイスラエルの歴
  史学者、ユヴァル・ノア・ハラリさんが電話でのインタビュ
  ーに応じた。今まさに分かれ道にさしかかっていると言う。
  ――ウイルスの感染拡大で、私たちはどのような課題に直面
  していると考えますか。
   世界は政治の重大局面にあります。ウイルスの脅威に対応
  するには、さまざまな政治判断が求められるからです。三つ
  の例を挙げてみましょう。
   まず国際的な連帯で危機を乗り切るという選択肢がありま
  す。すべての国が情報や医療資源を共有し、互いを経済的に
  助け合う方法です。他方で、国家的な孤立主義の道を選ぶこ
  ともできる。他国と争い、情報共有を拒み、貴重な資源を奪
  い合う道です。どちらの選択も可能で、政治判断に委ねられ
  ています。また、ある国はすべての権力を独裁者に与えるか
  もしれない。独裁者がすでにいる場合もあれば、新たな独裁
  者が生まれる場合もあります。一方で、別の国では民主的な
  制度を維持し、権力に対するチェックとバランスを重視する
  道を選ぶでしょう。       https://bit.ly/3tRUC4F
  ───────────────────────────
ユヴァル・ノア・ハラリ氏.jpg
ユヴァル・ノア・ハラリ氏
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2021年04月28日

●「WWWはどういうネットワークか」(第5480号)

 人間は、ネットワークの威力によって、地球上での生き物の王
者として、君臨するようになっていますが、これを大きく支えた
のがさまざまなテクノロジーの発明です。
 人間にとって基本的なコミュニケーションの手段は「会話」で
す。人間は直接言葉を交わすことによって、共同体を運営してき
たのですが、やがて文字が誕生します。文字は、今から約500
0年前にメソポタミア地方で誕生しています。
 メソポタミア地方は、ゴンドワナ大陸がユーラシア大陸と衝突
したあと、両大陸の間の海に土砂がたまって生まれた土地です。
文字は、人間活動の時空間を支配しようとする王朝の意思と、認
識能力を超えた広大な平原の相乗効果で作り出されたものです。
伝搬距離が限られ、1秒もしないうちに消える音声と比べて、時
空間に遍在する安定性に文字の真骨頂があるといえます。
 そして、約6000年前にヨハネス・グーテンベルグが活版印
刷技術を考案したことで、情報の流通量が非常に増えたのです。
印刷技術の開発によって、紙に文字を印刷して残せるようになり
聖書などが印刷され、普及したのです。グーテンベルクの活版印
刷機は、羅針盤、火薬と並び、ルネッサンスの三大発明のひとつ
といわれています。
 そして約145年前のグラハム・ベルによる電話の発明です。
ちなみに、グラハム・ベルが、電話機を発明してから14年後の
1890年(明治23年)、日本初となる東京〜横浜間での電話
サービスが開始されています。電話の登場でコミュニケーション
のスビートは格段に上昇し、さらに約50年前の米国でのインタ
ーネットの原型である「アーパネット」の登場と、約30年前の
インターネットの本格的普及により、世界中が瞬時につながるよ
うになったのです。
 そして、ネットワークの進化は、それにとどまらず、ソーシャ
ルネットワークサービス、SNSによって、人と人がデジタルネ
ットワークにつながり、さらに「人と人」だけでなく、「人とモ
ノ」、すなわち、IоTがつながろうとしています。これについ
て、尾原和啓氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 日本でも開始された次世代の通信規格「5G」は単に通信速度
が高速化されただけではありません。遅延が起きにくく、かつ、
多数の機器を同時に接続できるようになります。そのため、Iо
Tがより一段と進むことが期待されています。人とモノをつなぐ
技術も整いつつあります。ネットワークを物理的な限界を超えて
劇的に加速し、強化する。それがデジタル化の本質と言えます。
            ──島田太郎/尾原和啓著/日経BP
              『スケールフリーネットワーク/
             ものづくり日本だからできるDX』
─────────────────────────────
 以上は、ユヴァル・ノア・ハラリ氏によるネットワークの理論
ですが、現在、われわれがいつも使っているWWW(ワールド・
ワイド・ウェブ)についての新しい発見があったのです。その研
究の中心者は、アルバート=ラズロ・バラバシ教授です。
 バラバシ教授は、WWWの形は「ランダムネットワーク」にな
ると予想していたのですが、そうならなかったのです。ネットワ
ークの構成要素を「ノード」といいますが、こういうネットワー
クでは、大多数のノードを持つ、つながり、これを「リンク」と
いいますが、そのリンクの数がほぼ同じ範囲に収まるのが特徴に
なります。これを「ランダムネットワーク」といいます。
 ランダムネットワークでには、平均的なノードはこの程度のリ
ンクという「スケール」というものがあります。これを「尺度」
といいます。
 しかし、WWWの構造は、それまで考えられてきたような均質
な性質をもっているものではなく、スケールフリー性と呼ばれる
新しい性質をもっていることを発見したのです。すなわち、ネッ
トワークにおける個々のノードと、それらをつなげているリンク
数の分布は、均質、ランダムな事象に基づく正規分布ではなく、
そこでは、わずかなリンクしかもたない大多数のノードと莫大な
リンクをもつノードが共存していることを見出したのです。19
99年のことです。
 このことを数学的な言葉でいえば、「べき乗分布」を示すこと
を明らかにしたのです。この分布には全体を表現できる平均値は
理論上存在せず、このことから同氏は、全体を表現する平均値の
ような尺度がないという意味で、その性質を「スケールフリー」
と呼んだのです。
 このスケールフリーネットワークについて、尾原和啓氏は次の
ように述べています。
─────────────────────────────
 当時の研究によると、調査したウェブページの80%以上は、
リンク数がわずか4未満でした。一方、0・01%にも満たない
ごく一部のページに、1000以上のリンクが集中していたので
す。そこにはこれまでに研究されてこなかった、まったく新しい
ネットワークの姿がありました。ランダムネットワークには平均
的なノードはこのくらいのリンク数を持つといぅ「スケール(尺
度)」があります。ところが、この新しいネットワークには特徴
的なスケールも平均的なノードも存在しません。調査対象のウェ
ブサイトが、1000個でも1万個でも1億でも、リンク数のグ
ラフは同じ形を措くのです。そこでバラバシ教授は、このネット
ワークを「スケールフリー(尺度がない)ネットワーク」と呼ぶ
ことにしました。
      ──島田太郎/尾原和啓著/日経BPの前掲書より
─────────────────────────────
 インターネットというネットワークは、ここでいうところのス
ケールフリーネットワークなのです。このネットワークについて
さらに考えていくことにします。
             ──[デジタル社会論U/008]

≪画像および関連情報≫
 ●ネットワーク科学のイノヴェイターがたどり着いた「成功の
  法則」:アルバート=ラズロ・バラバシに訊く
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   あの世ではなく、この世で幸せをつかみ取るために、人類
  は「成功」という二文字を必死に追いかけている。そのため
  の方法論として広く知れ渡っているのが、「夢を描き、必死
  で努力せよ」というものだろう。
   しかし、そこには決定的に抜け落ちている視点があると、
  アルバート=ラズロ・バラバシ教授は指摘する。気の早い読
  者のため先に結論を述べておくと、努力して「成果」をあげ
  ることと、「成功」をつかむことは、区別して考えなければ
  ならないのだ。
   たとえば、スポーツの世界を考えると、分かりやすいだろ
  う。100メートル走において、世界1位と世界2位の「成
  果(タイム差)」は極めてわずかなものの、「成功(得られ
  る名誉や報酬)」という観点ではとんでもない差が開いてい
  る。あるいは、アートの世界も同じだろう。ヒットチャート
  の1位になるのは、必ずしも「一番いい作品」ではない。
   さらにいえば、科学やビジネスなど、実は多くの分野にお
  いて「成果」と「成功」の分離が起きているとバラバシは指
  摘する。なぜだろうか?
   謎を解く鍵は、「ネットワーク思考」にある。バラバシは
  様々な分野における「成功」をネットワークという観点から
  研究することで、これまで知られていなかった新たな「成功
  の法則」を見つけ出したのだ。それらを一般向けにまとめた
  のが、『ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした「成功の普
  遍的法則」』(江口泰子 訳、光文社 刊)である。
                  https://bit.ly/3nngvGR
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アルバート=ラズロ・バラバシ教授.jpg
アルバート=ラズロ・バラバシ教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年04月30日

●「改めてインターネットを分析する」(第5481号)

 「スケールフリーネットワーク」について、考えています。G
AFAの急拡大にも関係があります。現在、インターネットその
ものについて考えるときがきていると思います。それがこれから
のビジネスの展開について必要であるからであり、イノベーショ
ンを生む土壌になるからです。
 もう一度「スケールフリーネットワーク」について考えてみる
ことにします。添付ファイルの下の図をご覧ください。
 ●印はネットワークの最小単位の「ノード」をあらわしていま
す。点と点を結ぶ線は「リンク」といいます。このように、ノー
ドでつながれているネットワークを「ランダムネットワーク」と
いいます。
 これに対して◎印は、ハブをあらわしており、蜘蛛の巣状のネ
ットワークになっています。これが「スケールフリーネットワー
ク」です。WWWの一番最後の「W」である「Web」は、蜘蛛
の巣という意味です。つまり、インターネットは、スケールフリ
ーネットワークということになります。
 スケールフリーネットワークは、空港のネットワークに似てい
ます。いわゆるハブ空港にリンクが集中しているのがよくわかる
と思います。
 ランダムネットワークでは、一つのノードが持つリンクの数の
分布をグラフ化すると、上の図の左の釣り鐘型になります。ラン
ダムネットワークでは、平均的なノードは一定の平均的な数に収
まるというスケール(尺度)というものがあるのです。そのため
釣り鐘型のグラフになります。
 これに対して、スケールフリーネットワークは、上の図の右の
グラフのようになります。このグラフは、何を意味しているので
しょうか。
 これは、グラフの左寄りの形状に見られるように、大多数のノ
ードが、ごくわずかのリンクしか持たない傾向を示しているのに
対して、ごく一部のノードがハブとなって、膨大なリンクを持つ
ことをあらわしています。これがスケール(尺度)のないスケー
ルフリーネットワークの特徴です。
 これに関連して、尾原和啓/島田太郎両氏は、次のように指摘
しています。
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 バラバシ教授は交通網の例でスケールフリーネットワークの特
徴を説明しましたが、ほかにも私たちの世界には至るところにス
ケールフリーネットワークがあることが分かっています。
 分かりやすいのは人間関係でしょう。同じ映画で共演した俳優
のつながりをネットワークとして見ると、その構造はスケールフ
リーネットワークになっています。つまり、ほとんどの俳優は数
人の俳優としか共演していませんが、ごく一部の「ハブ」俳優が
膨大な数の俳優と共演しているケースがあります。これは、論文
を共同執筆した科学者の関係にも見られる傾向です。
            ──島田太郎/尾原和啓著/日経BP
              『スケールフリーネットワーク/
             ものづくり日本だからできるDX』
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 スケールフリーネットワークのグラフは、「ロングテールの法
則」のグラフとそっくりです。このグラフは、いろいろな現象を
あらわすグラフとして使われるのです。
 「ロングテールの法則」とは、そもそもアマゾンがウェブ上の
書店をスタートさせたことからいわれるようになったのです。物
理的な実店舗の書店では、どんな大書店でも販売するために展示
する書籍には一定の限界があります。したがって、売れる可能性
の高い本を中心に展示し、専門書など、ごく一部のユーザーにし
か読まれない書籍は棚から外すのが普通です。
 しかし、ウェブ書店では、物理的限界はないので、売れる本か
ら、めったに売れない書籍まで、あらゆる書籍をすべて揃えてお
くことができます。
 そのアマゾンの強みを如実に示すデータがあります。「アマゾ
ンならすべての本がある」という評判で、アクセス数も上がり、
実書店で売れるヒット作よりも、一般書店では入手できない本を
買うユーザーが多く利用しています。私の場合も実書店には置い
ていない書籍は、アマゾンで購入することにしています。実際に
アマゾンの売り上げは、販売部数ランキング4万位から、230
万位の間の書籍の販売で支えられているのです。
 同じようなことをアップルが運営する音楽配信サービス「アイ
チューンズ・ストア」もロングテール戦力を利用して売り上げを
伸ばしています。誰でも知っている世界的ヒット曲から、知る人
ぞ知る無名アーティストが販売するような楽曲まで、幅広い商品
を用意することでユーザーを呼び込み、国内外を問わず、ダウン
ロードされています。
 無名アーティストのCDなどは流通数も少ないため手に入れる
のも難しいですが、アイチューンズ・ストアを利用することで、
それまで購入できなかったユーザーが、いつでも入手できるよう
になっています。
 このように、スケールフリーネットワークであるインターネッ
トをフルに利用するビジネスが出てきたときは、関連する事業体
は、それまでのビジネスというものを根本から考え直す必要があ
ります。なぜなら、それらはこれまでのビジネスの常識を変えて
しまうパワーを持っているからです。
 その典型的な成果物が、現在世界経済のなかで、巨大な価値を
持つGAFAです。現在、GAFA4社の時価総額は、とんでも
ない巨額に達しています。2020年において、GAFAにマイ
クロソフトのMを加えたGAFAMの時価総額は、東証一部上場
企業2160社の時価総額を上回ったのです。これはとんでもな
い出来事です。彼らは、スケールフリーネットワークを巧妙に活
用して、それを成し遂げているのです。
             ──[デジタル社会論U/009]

≪画像および関連情報≫
 ●ロングテールとは?正しく理解して売上をあげよう
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   今まで、実店舗などの販売は、全体の2割ほどを占める売
  れ筋商品に注力する手法がとられていました。これはパレー
  トの法則(別名:80対20の法則)と呼ばれる、「売上の
  8割は2割の優良顧客が生み出している」という考え方の元
  2割の優良顧客を優遇するマーケティングが取られていまし
  た。これは、人的リソースを全員に満遍なく割こうとすると
  その分コミュニケーションコストが比例して上がっていくた
  めです。万人に割いたとしても、売上のほとんど(8割)は
  2割の優良顧客がもたらすため、それであれば2割に集中し
  ようという考えが元になっています。
   しかし、ロングテールは反対で、ほとんど動かないような
  いわゆる「死に筋商品」がその総合計としては、人気商品の
  売上に迫る、ということで注目されました。
                https://ferret-plus.com/296
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スケールフリーネットワークとは何か.jpg
スケールフリーネットワークとは何か
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | デジタル社会論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする