2021年01月15日

●「虎の尾を踏んだジャック・マー氏」(第5408号)

 「信用スコア」導入のメリットはどこにあるのでしょうか。
 「それは疑うコストを下げることである」として、尾原和啓氏
は次のように述べています。
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 これまでは、たとえば賃貸住宅を借りる場合、収入を証明する
書類や保証人が必要でした。不動産会社は借り主がどれくらいの
規模の会社に勤めているか、年収はいくらあるか、保証人(親)
の経済状況はどうかまで見て、家賃の支払い能力があるか、危険
人物でないかを調べます。つまり「この人は信用できる人間か」
ということを調べるために、手間とコストをかけてきたのです。
 しかし、いまは芝麻信用のスコアを見るだけで、「この人は、
800点もあるから、よほどちゃんとした人なのだな」と瞬時に
見分けがつきます。疑うコストがかからないので、その分、煩雑
な手続きを簡略化することができるのです。
                ──尾原和啓著/NHK出版
   『ネットビジネス進化論/何が「成功」をもたらすのか』
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 2018年10月のことです。アントフィナンシャルは、「相
互宝/シャン・フ−・パオ」という保険サービスを発表したので
す。これは、芝麻信用スコアが650点以上の人でないと、加入
できない重大疾病を保障する保険サービスです。芝麻信用スコア
が高い人に限定したのは、保険料の支払い能力に問題のない人に
絞ったからです。
 この保険のユニークなことは、加入時には保険料に相当する保
障コストがかからず、将来時点で発生する給付の多寡に応じて後
払いをする点にあります。分かり易くいうと、加入期間中に保障
対象の病気にかかって保険金が支払われると、これを残りの加入
者で、割り勘にするというものです。それが保険料になります。
これまでの保険料の額は、わずか0・1元(1・65円)という
安さです。なぜなら、加入者がスタートから1ヶ月で2000万
人を突破し、1年で1億人を突破したからです。
 現在、アントフィナンシャルは、「アント・グループ」と名称
変更し、2020年11月5日に上場する予定でしたが、11月
4日に突然上場延期に追い込まれたのです。たった1日前の延期
です。いったい何があったのでしょうか。
 一説によると、アリババの創業者ジャック・マー氏の発言に対
して、習近平総書記が激怒し、アントの上場の延期を命令したと
いうのです。確かに1日前の上場延期命令は、習近平総書記にし
かできないことであると思われます。ジャック・マー氏は、いっ
たい、いつ、どこで、どんな発言をしたのでしょうか。
 その発言の舞台は、2020年10月24日に上海で開催され
た金融サミットです。
 ジャック・マー氏は、以前から自分の考え方が習近平指導部の
それと合わないことに早くから気が付いていたのです。そこで、
2019年9月にアリババの会長職を自ら引退し、教師に戻ると
宣言していたのです。しかし、複雑な株の間接所有で、アント発
行済み株式の50・5%を保有し、グループの中で、最も革新的
で金のなる木であったアントを実質支配していたのです。
 さて、この上海金融サミットで、ジャック・マー氏は、予定の
15分をオーバーし、およそ次のことを訴えています。
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 バーゼル合意は「老人クラブ」のようなものである。中国の金
融は未熟で、銀行は考えが古い。だから、イノベーションが必要
である。中国は管理能力は強いが、監督能力が欠乏している。昨
日の方法では、未来は管理できない。古い規制で新しい取り組み
を縛るとイノベーションは生まれない。
             ──ジャック・マー氏の演説の要旨
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 これは、痛烈な中国批判です。とくに、「バーゼル合意は老人
クラブのようなものだ」と、多くの国で導入され、中国でも採用
されている銀行規制を批判しています。確かに、バーゼル合意は
ヨーロッパでは金融デジタル化といったイノベーションの足かせ
となっており、中国には合わないとマー氏は述べているのです。
 このジャック・マー氏の演説について「東洋経済デジタル」は
次のように解説しています。
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 この金融サミットには、国家副主席の王岐山氏や前中国人民銀
行総裁の周小川氏など大物が出席。特に、王岐山氏は開幕スピー
チで「近年、新しい金融技術が普及し効率性や利便性が高まった
一方で、金融リスクも拡大している」と警鐘を鳴らしていた。ジ
ャック・マー氏のスピーチは、この王岐山氏の発言を否定したと
も取れる内容になったのだ。
 中国メディア「財新」によれば、ジャック・マー氏はスピーチ
原稿を自らまとめ、金融事情に精通したアント関係者には事前に
見せなかった。関係者は「ジャック・マーひとりの増長だ」と明
かしているという。         https://bit.ly/3brJMMD
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 この爆弾発言をしたジャック・マー氏は、ここ2ヶ月ほどの間
公の場に姿を見せていないのです。レギュラー審査員として出演
していた起業家育成コンテスト番組「アフリカズ・ビジネス・ヒ
ーローズ」も、11月に行われた収録には参加せず、アリババ幹
部が代役を務めています。そして、同番組のサイトの審査員の欄
からマー氏の名前は削除されています。習近平政権の批判は、絶
対に許さない中国のことであり、まして、国家副主席の王岐山氏
や前中国人民銀行総裁の周小川氏の面前での金融体制批判であり
政権としては看過できなかったのではないかと思われます。
 ジャック・マー氏といえば、アリババを創業し、新規事業を次
々と成功させてきている改革の旗手です。そういう人を排除する
点が中国という国の最大の弱点であるといえます。
              ──[デジタル社会論/009]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の金融監督当局を激怒させたジャック・マー/アント
  上場延期は舌禍が招いた
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   中国電子商取引最大手アリババグループ創業者の馬雲(ジ
  ャック・マー)氏にとって、まさに「口は災いのもと」を痛
  感すべき結果になった。
   中国の起業家として最も華やかな存在である馬氏は10月
  24日、銀行界の大物や金融監督当局や政府の要人が出席し
  た上海の会合で、監督当局や銀行を公然と批判。国内の金融
  規制が技術革新の足を引っ張っており、経済成長を高めるな
  ら改革がなされねばならないと主張。中国の銀行は、まるで
  「質屋」程度の感覚で営業していると率直に意見した。
   だが、この発言がきっかけとなり、最終的にはアリババ傘
  下の電子決済サービス「アリペイ」を運営するアント・グル
  ープの上場が一時延期される事態へと発展したとロイターが
  取材した政府当局者や企業幹部、投資家らは口をそろえる。
   それによると、馬氏が批判を浴びせた金融監督当局や共産
  党幹部らは、感情を害し、同氏が一代で築き上げた「金融帝
  国」の頭を抑える作業に乗り出した。そのハイライトが3日
  発表されたアントの上場延期だった。予定ではアントは5日
  に上海と香港で新規株式公開(IPO)を実施し、370億
  ドル(約3兆8300億円)を調達することになっていた。
  馬氏は自分の言葉がどんな影響を及ぼし得るかきちんと認識
  していなかったかもしれないが、2人の関係者の話では、馬
  氏に近い人々は用意されたスピーチの内容を事前に知って困
  惑し、金融監督当局のお偉方が来場する以上、もっと穏当な
  内容にすべきだと提案していた。ところが馬氏はそれを断り
  自分は言いたいことを言えるはずだと信じている様子だった
  という。            https://bit.ly/35vurGV
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アリババ創業者/ジャック・マー氏.jpg
アリババ創業者/ジャック・マー氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | デジタル社会論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする