中国は、既に冷戦に突入しており、2019年1月が「第1次冷
戦」、今年の1月が「第2次冷戦」と呼ぶ学者もいます。コロナ
禍によって明らかにフェーズ(局面)が変化したからです。何が
起きているのかというと、米中の経済のデカップリング(切り離
し)が進みはじめているといえます。
ニーアル・ファーガソン氏という英国の歴史学者がいます。米
フーバー研究所シニア・フェローを務めていますが、2020年
6月19日付の日本経済新聞に、ファーガソン氏のインタビュー
記事が掲載されています。今日はこれについて考えます。
「チャイメリカ」という言葉があります。2007年に、ファ
ーガソン氏が、米中の経済的な相互依存関係のことをそう呼んだ
のです。チャイメリカは、ギリシャ神話のキメラをイメージして
ネーミングしたものです。キメラとは、ライオンの頭とヤギの胴
体、蛇の尻尾を持つ怪物です。
2008年のリーマンショック以後の10年間は、チャイメリ
カによって、米中の経済関係は表面上はうまくいっているように
見えたのですが、トランプ氏が大統領選挙で勝利したとき、チャ
イメリカは死を迎えたとファーガソン氏はいいます。トランプ氏
は、中国が米国の製造業を破壊し、技術を盗んでいると訴えた唯
一の大統領候補だったからです。
今回のコロナ禍によって、経済危機は地政学的にどのような影
響を及ぼすかという質問に対して、ファーガソン氏は次のように
答えています。
─────────────────────────────
米国や中国、欧州連合(EU)といった超大国は機能不全をさ
らけ出し、死者数が拡大した。感染症の大流行のような危機下で
は、(大国ほど損害が拡大する)「規模の不経済」が如実に表れ
る。私がイタリア国民だったら、危機に団結して対応できないE
Uに幻滅したはずだ。EUが解体に向かうとはみていないが、統
合が深化することもない。うまく対処しているのは台湾や韓国、
イスラエル、アイスランドといった比較的小さな国・地域だ。感
染症のみならず、あらゆる危機に対して、政府の防衛意識が高い
からだ。 ──ニーアル・ファーガソン氏
https://s.nikkei.com/2YUqp6H ─────────────────────────────
これに加えて、新型コロナウイルスの感染の防疫ということに
なると、中国のような権威主義にして監視社会の国家の方が、民
主主義国家より有利ではないかと質問すると、ファーガソン氏は
次のように答えています。
─────────────────────────────
全くそうは思いません。このパンデミックは、一党独裁国家が
初期の不手際を隠そうとした失敗で広がったものです。台湾や韓
国は民主主義です。米国や英国のようにうまく対処できなかった
国もありますが、ドイツのように対処した国もあります。これは
パンデミックには権威主義が必要だといった単純な話ではありま
せん。 ──2020年6月19日付の日本経済新聞
◎監視社会国家の方が有利かの質問に対して・・・
過去の世界大戦で見られたように、自由主義社会でも非常時は
個人の自由が制限される。だが、国家主導の監視社会がテクノロ
ジーを使ってウイルス検査や接触関係の追跡を実施するのは明ら
かに危険だ。個人の自由とは両立しない。台湾の取り組みは注目
に値する。全地球測位システム(GPS)による監視の対象を海
外から戻ってきた人に限定した。監視社会までいかずに、感染拡
大の阻止に成功している。個人情報は自分で管理し、特別な場合
に限って一部を国家に委ねる。ハイテク企業にも渡さない。21
世紀社会において重要なことだ。https://s.nikkei.com/2YUqp6H
─────────────────────────────
問題は、2008年のリーマンショックのときの金融危機とど
う違うかについて聞いたときのファーガソン氏の次の言葉です。
コロナ後の経済再生については、改めてEJでもしっかり考える
必要があると思います。
─────────────────────────────
金融危機と同じように考えがちですが、分類を間違えていると
思います。これはパンデミックの結果、経済的なロックダウンに
よって、起きたことです。景気刺激策という呼び方は誤りです。
ロックダウン経済を刺激することはできません。失業者や休業し
た企業の救済措置を続けても、多くの企業が破綻し、飲食店が閉
じるでしょう。危機後に消費者の意欲がどの程度戻るのかを見極
める必要がありますが、金融市場は、一部のIT企業以外の株価
を正しく評価していないと私は考えます。
──2020年6月19日付の日本経済新聞
─────────────────────────────
米国大統領選の結果はどうなるか。8日に発表されたCNNテ
レビの調査は「バイデン氏に投票する」と答えた人が55%に上
り、トランプ氏の41%を14ポイント上回っています。ロイタ
ー通信の調査でもバイデン氏は47%で、トランプ氏を10ポイ
ントリードしています。失業率が深刻なので、トランプ氏にとっ
て頭の痛い問題です。しかも、コロナの第2波が来ると、満足に
集会を重ねることができないトランプ氏にとってきわめて不利で
す。中国はそこに期待をかけているかもしれませんが、ファーガ
ソン氏は次のようにいっています。
─────────────────────────────
バイデン氏が勝利しても中国に対する政策の方向は変わらない
と思います。この問題では超党派の合意があるからです。議会は
中国に強硬ですし、世論も急激に変化しています。第2次冷戦は
定着したと考えるべきです。唯一の問題はこれが「熱戦」になる
かどうかです。 ──2020年6月19日付の日本経済新聞
─────────────────────────────
──[『コロナ』後の世界の変貌/017]
≪画像および関連情報≫
●世界的歴史学者が読み解く「新型コロナが明らかにした
米中“新冷戦”の利点」
───────────────────────────
スコットランド出身の歴史学者でスタンフォード大学フー
ヴァー研究所上級研究員のニーアル・ファーガソン。200
4年に「タイム」誌の「世界でもっとも影響力のある100
人」に選ばれた、いま世界が、最も注目する知識人のひとり
だ。「文明:西洋が覇権をとれた6つの真因」(勁草書房)
で中国の台頭と西洋の没落を論じたファーガソンは、新型コ
ロナウイルス感染症(COVID−19)が米中間の「新た
な冷戦」を改めて明らかにしたと分析する。仏誌「ル・ポワ
ン」がおこなったインタビューをお届けする。
──現在のコロナ危機は国際秩序にどのような影響をもたら
すでしょうか。あなたの質問に答えるために、まず「国際秩
序」とは何かについて考えてみましょう。1年前、私は英紙
「タイムズ」の日曜版「サンデー・タイムズ」の討論シリー
ズの最初に、「新たな冷戦」について書きました。そのなか
で私は、新たな冷戦はすでに始まっており、中国人たちとは
逆に、私たちはまだそのことを知らない、という考えを主張
しました。今回のパンデミックの影響を理解するための最良
の方法は、感染拡大によって新たな現実が明らかになるとい
う視点です。中国と米国の関係は、コロナ危機の最初から悪
化の一途を辿りました。そのうえ、中国にこの危機の責任が
あるとしても、中国はパンデミックを最も上手くコントロー
ルしている国の1つであり、対照的に米国はパンデミックの
管理が最悪な国家のうちの1つとなっています。
https://bit.ly/2zMrd5c
───────────────────────────
ニーアル・ファーガソン