2020年06月15日

●「8時間の空白を設けた理由は何か」(EJ第5267号号)

   2020年1月23日、午前10時、武漢市のロックダウンが
スタートしています。しかし、その通告は、それより8時間も前
の23日の午前2時5分に武漢市政府のウェブサイトに掲載され
ていたのです。中国では、政府の重要な通告はウェブサイトに掲
示されるので、中国国民は日本人と違って、政府のウェブサイト
はつねによく見ています。
 当時武漢市は、新型コロナウイルスが蔓延し、感染リスクは非
常に高く、ある程度の財力のある家庭なら、逃げ出す家庭は少な
くないと思われます。まして春節の季節です。もともと海外旅行
を計画していた家庭も多いはずです。そういうとき、明日の10
時になったら、武漢市が封鎖されるということを知ったら、多く
の人が逃げ出すのは必至です。
 この「空白の8時間」という情報をブログで知らせてくれたの
は、中国分析の第1人者といわれる遠藤誉氏です。遠藤氏は、こ
の空白の8時間について次のように述べています。
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 なぜ、武漢市はわざわざ「さあ、脱出するなら今だよ!」とい
うような通告の仕方をしたのか。伝染が拡大するのを本気で防ぎ
たいと思うのなら、こんなことはしないはずだ。
 私は1947年から48年にかけて、長春において中国共産党
軍(八路軍)による食糧封鎖を受けている。封鎖を事前に知らせ
るどころか、封鎖は気づかれないようにジワジワと迫ってきた。
気が付いたら長春市全体が鉄条網で包囲され、市民は長春市から
出られないようになっていたことを知った。長春市内にいる国民
党の一派(正規軍から差別待遇を受けていた雲南60軍)が共産
党軍側に寝返って長春は48年10月に陥落したが、その間に餓
死した中国人一般庶民は数十万に及ぶ。長春食糧封鎖という経験
と中国政府の事実隠蔽に関して生涯をかけて闘っている私にとっ
て、この「空白の8時間」は「あり得ない措置」なのである。
          ──遠藤誉氏  https://bit.ly/3cVVLyX ─────────────────────────────
 武漢市は、中国の中部、湖北省の東部にある人口1000万人
を超える大都市です。当時この都市に新型コロナウイルスが蔓延
しており、このウイルスを春節の人の大移動によって、他に感染
を拡大させないために都市全体を封鎖しようというのです。大胆
な措置ですが、人の動きを止めれば、感染を封じ込めることは可
能になるものの、経済には壊滅的なダメージを与えます。
 感染を他に拡大させないためであれば、都市のロックダウンは
遠藤氏のいう通り、間髪を入れず行う必要があります。なぜなら
通告と実施の間に8時間もの空白時間を設ければ、その間に武漢
市を逃げ出す人が多くなり、感染が中国の他の都市や、海外に拡
がってしまう恐れがあるからです。それをあえてやったのです。
 ウイルスの感染源は、ここまでの検討によれば、武漢P4研究
所であると考えられ、その流出はおそらくミスと思われます。な
ぜなら、中国にとってわざとそれをやるメリットは少ないからで
す。本来であれば、中国はその情報を世界に公開し、早く押さえ
込むベきだったのですが、想定以上に感染が拡大してしまい、隠
蔽せざるをえなくなったものと思われます。
 ロックダウンの通告と実施の間に、大幅な時間を空けたことの
真相は推測するしかないのですが、習近平政権は感染を中国だけ
ではなく、全世界に拡散させたかったのではないでしょうか。と
くに米国やヨーロッパに感染を拡大させたかったものと思われま
す。そうすることによって、中国には大きなメリットがもたらさ
れるからです。
 ここで6月3日のEJ第5259号でご紹介したハドソン研究
所の上級副社長、ルイス・リビー氏の言葉を思い出す必要があり
ます。その言葉を再現します。
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 新型コロナウイルスが主に中国国内で猛威を振るっている限り
中国経済の成長だけを妨げ、中国政府だけが汚名を被る事態を招
くこととなる。習近平中国国家主席にとっては困難が増し、悪夢
のような展開が待っていた。その間ずっと、世界経済は予想どお
り飛躍し、中国から顧客を奪い、中国が長い間求めている栄光を
横取りするかに見えた。しかし、パンデミックは中国にとって僥
倖となる可能性も持っていた。新型コロナウイルスが蔓延すれば
中国政権内部の悩みは拡散し、また一方で、新型コロナウイルス
感染症で経済が弱体化した国々は、中国製品に対する依存度を高
めざるを得なくなる。トランプ大統領の再選はもはや確実ではな
くなり、アメリカ経済の弱体化は、アメリカの国防支出に影響を
与えるに違いない。         https://bit.ly/2Atk5KQ
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 もし、ミスによって武漢ウイルス研究所からウイルスが流出し
武漢市をはじめ、周辺地域へ感染が拡大した場合、感染が中国内
に留まっている限りにおいて、そのダメージは中国のみが負うこ
とになります。当たり前です。まして中国は、米国と経済貿易面
で深刻な経済戦争をしており、中国としては、一歩も引けない状
況にあります。これにウイルス感染拡大が加わると、中国経済は
大きなダメージを被ることは必至です。
 しかし、新型コロナウイルスの感染が全世界に拡がり、パンデ
ミックになれば、その痛みは全世界が均一に負うことになり、中
国だけが不利になることはないのです。いや、むしろ情報を握っ
ている分、中国にとって有利です。そして、放火犯であるのに消
防士の役割を演じ、中国への他国の依存度を高めることも可能で
す。そのために、空白の8時間を設けて、感染しているリクスの
高い武漢市民を世界に脱出させたのではないでしょうか。
 事態は、ルイス・リビー氏のいう通りになっています。コロナ
対策の失敗で、習近平主席にとって最大の難敵であるトランプ米
大統領の再選も難しくなりつつあります。しかし、この作戦を成
功させるにはWHOの全面協力が不可欠になります。
         ──[『コロナ』後の世界の変貌/011]

≪画像および関連情報≫
 ●中国はなぜコロナ大拡散から抜け出せたのか?
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   中国がコロナから抜け出せたのは一党支配体制だからだと
  いう側面は否定しないが、しかしそれより大きいのは鍾南山
  という「体制に屈しない気骨の免疫学者」がいたからだ。ウ
  イルスの前に一党支配体制はむしろ脆弱だ。
   中国における免疫学や呼吸器学などの最高権威である鍾南
  山は1936年10月20日に江蘇省の南京市で生まれた。
  1960年に北京医学院(現在の北京大学医学部)を卒業し
  文化大革命時には下放され、文革が終わった1979年にイ
  ギリスのエディンバラ大学に。1992年から広州医学院院
  長(現在の広州医科大学学長に相当)などを務めた。
   父親は北京協和医学院とニューヨーク州立大学を卒業し、
  広東省の中山医学院の教授になり、母親も協和医科大学を卒
  業後、広東省で華南腫瘍医院を創設し副院長を務めたが、文
  化大革命で知識人として糾弾され自殺している。
   このことが大きな原因の一つになっているのだろう。鍾南
  山は「反体制」とまでは言わないにしろ、体制におもねるこ
  とがない。2002年に発生し、2003年に大流行したS
  ARS(サーズ。重症性呼吸器症候群)の時には、感染の中
  心地となった広東省で広州市呼吸器疾病研究所の所長として
  異常を察知し、SARSの脅威を隠蔽しようとする江沢民政
  権に対して異議を唱え、事態の深刻さを訴えた。結果、SA
  RSの(あれ以上の)拡大を抑えることに成功している。以
  来、民族の英雄として人民の尊敬を集めている。
                  https://bit.ly/37qnruy
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遠藤誉氏.jpg
遠藤誉氏


posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 『コロナ』後の世界の変貌 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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