2020年04月08日

●「なぜ、貨幣を名刺に見立てたのか」(EJ第5223号)

 ウォーレン・モスラーの物語の続きです。この話にはいささか
不自然なことが2つあります。
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 1.子供たちにとって最も関心の薄い名刺を貨幣に見立てて
   いること。
 2.名刺に擬せられた貨幣の目的が専ら納税の手段になって
   いること。
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 「1」について考えます。
 なぜ、名刺なのでしょうか。おそらく名刺は子供たちにとって
最も興味のないものであると思われるます。井上智洋駒澤大学経
済学部准教授は、自著の最終章「MMTの余白に」で、名刺では
なく、ポケモンカードだったら、きっと子供たちの反応は大きく
違ったのではないかと述べています。確かにポケモンカードだっ
たら、子供たちは目の色を変えて手伝いをしたと思われます。大
人はともかく、ポケモンカードは子供たちにとって、金貨や銀貨
のような素材価値のある貨幣に相当するものだからです。
 しかし、モスラー氏の狙いは、最も素材として価値のない名刺
を使い、それが価値を生む過程を説明したいので、あえてそうし
たのではないかとも考えられます。それに、子供たちとしては、
月末にパパに30枚の名刺を上納することに慣れてくると、子供
たちの間で、名刺を使っておもちゃを買ったり、お菓子を買った
り、名刺の貸し借りをしたりできるようになると考えられます。
 実際に現実の貨幣は、納税の手段だけではなく、交換の媒介と
して機能しています。お金を使っての買い物です。長く使ってい
ると、自然にそのようになっていくのです。
 しかし、MMTでは、貨幣の目的はあくまで納税の手段である
とし、交換の手段として使われることを「ババ抜き貨幣論」であ
るとして、批判しています。なぜ、「ババ抜き貨幣論」というの
でしょうか。
 「ババ抜き」というトランプ遊びは、始めに同数のカードを人
数分配り、1枚ずつ他者から抜き取り、同じ札があれば捨て、最
後にババ(ジョーカー)を持っている人が負けるというゲームで
す。この場合、自分の持つババに価値があるのは、他の人がそれ
を引く可能性があるからです。ここから、自分の持つお金に価値
があるのは、他の人がそれを受け取ってくれるからであると考え
るのです。人生の最後の瞬間にお金を持っていても、個人として
は、それはムダ金になります。このような貨幣についての考え方
が「ババ抜き貨幣論」ですが、日本で、これをもう少し行儀のよ
い貨幣論にまとめた人が岩井克人氏という経済学者です。「貨幣
の自己循環論法」といいます。岩井克人氏は、あるインタビュー
で、自身の貨幣論について、次のように説明しています。
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 お金がお金となるのは、他の人も受け取ってくれると予想する
から、だれもが受け取る、という自己循環論法です。他人が受け
取ってくれれば、お金はお金として通用する。それを疑い始めた
ら、お金として通用しなくなる。日常的にはほとんど意識してい
ないが、根底では、他の人がお金として受け取ってくれると信じ
ていて、その他の人も他の人が受け取ってくれると信じている。
深いところで信じ合っている仕組みに支えられているのです。
 金や銀などの金属、もっと昔は貝などの、多くの人が欲しい商
品が貨幣に変わったという「貨幣商品説」や、共同体の長老や王
様、政府といった権威が、「これを貨幣とする」と決めたという
「貨幣法制説」、他にも貸し借りから始まったという説がありま
す。もしかしたら歴史をさかのぼって、「貨幣が生まれた」とい
う瞬間があるかもしれないが、理論的には決定できない。ただ、
私が「貝がお金だ」と宣言しても、お金としては使えない。他の
人がお金として受け取ってくれるからお金になる、1人や2人で
はなく世の中の大多数の人が、貝をお金として受け取ってくれな
いといけない。   ──岩井克人氏 https://bit.ly/2ytUArV
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 「2」について考えます。
 貨幣の目的は、いろいろあるのに、なぜ納税の手段だけが強調
されるのでしょうか。確かに貨幣は納税に使っていますが、貨幣
はそれを受け取ってくれる人がいる限りにおいて、いろいろなも
のの交換手段として使われます。
 それに現在では、貨幣には地域通貨や仮想通貨などいろいろあ
り、それを受け取る人がいる限り、流通しています。しかし、人
が貨幣を欲しがる理由の根幹にあるのが納税の手段として使える
ことです。藤井聡京都大学大学院教授は、これについて、次のよ
うに述べています。
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 よくよく考えてみれば、この「政府に対する税金の支払い」以
上に、万人が避けられない支払い行為というものはない。買い物
にせよ、外食にせよ、特定の商品やレストランを使わねばならな
い理由などない。気に入らなければ、別の店やレストランを使え
ば良いのである。
 しかし、税金だけは、「別の政府」等ないのだから、逃れられ
ないのである。その逃れられない支払いにおいて、「政府への税
は円で支払え」と定められてしまえば、その徴税対象とされてい
る個人や法人の「全て」に、円の入手が義務付けられることにな
る。そうなれば、電力会社も鉄道会社も外食産業も電機メーカー
も皆、「円」を使って商売を始めるようになり、労働者への支払
いもまた「円」を使うようになるのだ。(中略)
 どのような通貨であっても、特定の政府が、「徴税」と結びつ
ける政治決定を下せば、その通貨の流通は一気に拡大し、支配的
なものとなっていくのである。     ──藤井聡著/晶文社
   『MMTによる令和「新」経済論/現代貨幣理論の真実』
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           ──[消費税は廃止できるか/064]

≪画像および関連情報≫
 ●アメリカで大論争の「現代貨幣理論」とは何か/中野剛志氏
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   黒田日銀総裁が記者会見(2019年3月15日)におい
  て現代貨幣理論について問われると、「必ずしも整合的に体
  系化された理論ではない」という認識を示したうえで、「財
  政赤字や債務残高を考慮しないという考え方は、極端な主張
  だ」と答えている。
   しかし、現代貨幣理論は、クナップ、ケインズ、シュンペ
  ーター、ラーナー、ミンスキーといった偉大な先駆者の業績
  の上に成立した「整合的に体系化された理論」なのである。
  にもかかわらず、黒田総裁が「必ずしも整合的に体系化され
  た理論ではない」と感じるのは、それが主流派経済学とはパ
  ラダイムが違うからにほかならない。
   ここで、「現代貨幣理論」のポイントの一部をごく簡単に
  説明しよう。まず、政府は、「通貨」の単位(例えば、円、
  ドル、ポンドなど)を決めることができる。そして、政府と
  中央銀行は、その決められた単位の通貨を発行する権限を持
  つ。次に、政府は国民に対して、その通貨によって納税する
  義務を課す。すると、その通貨は、納税手段としての価値を
  持つので、取引や貯蓄の手段としても使われるようになる。
  紙切れにすぎないお札が、お金としての価値を持って使われ
  るのは、そのためである。    https://bit.ly/2ULzjCY
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岩井克人教授.jpg
岩井克人教授
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 消費税は廃止できるか | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする