財政と貿易の「双子の赤字」を1998年から2001年までと
はいえ、彼の任期中に解決した政策です。しかし、これが日本で
は、あまり重視されているようには思えないのです。これは、為
政者としてのクリントン大統領の特筆すべき業績であり、改めて
詳しく取り上げますが、重要なことを少し書きます。
この業績を可能にしたのは、クリントン大統領には、その側近
に、次のような、きわめて優秀なスタッフが揃っていたからであ
るということができます。それに加えて、FRB議長が、アラン
・グリーンスパン氏であったことも幸いしています。
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ベンツェン財務長官
ルービン国家経済会議議長
パネッタ行政管理予算局長
リブリン行政管理予算副局長
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菊池英博日本金融財政研究所所長は、1929年〜1933年
の米国の経済状況を、日本はよく研究すべきであるといっていま
す。1929年というと、世界恐慌を引き起こしたハーバート・
フーバー(共和党)大統領の時代です。フーバー大統領というと
経済政策を誤って、世界恐慌を引き起こした大統領として知られ
ていますが、大統領就任前の商務長官のときは、人道派で人気の
ある政治家だったのです。
それは、多くの共和党議員の反対にもかかわらず、1921年
にロシア革命後の混乱によって飢饉で苦しんでいたソ連や、大戦
後のドイツの人々に食糧支援を実施したからです。評論家は、共
産主義のソ連を助けるのかと非難すると、フーバー商務長官は、
次のように反論したといいます。
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2千万人の人が飢えている。彼らの政治が何であっても、彼ら
を食べさせるべきである。 ──ハーバート・フーバー
──ウィキペディア
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この人道的行為により、「ニューヨークタイムズ」は、「10
人の最も重要な生きているアメリカ人」にフーバーを選んでいま
す。しかし、大統領になってからの経済政策では、フーバーは、
大きなミスを冒してしまいます。1929年に株価が暴落してデ
フレに陥ったときに、減り続ける税収を補填しようとして、19
30年に物品税を新設したのです。デフレ不況時での増税です。
とくに石油税は、通勤通学や生活必需品の運搬などの交通手段と
流通経路に多大の影響を及ぼし、経済が失速し、金融恐慌に発展
してしまったのです。菊池日本金融財政研究所所長は、この状況
は、現在の日本とそっくりの状況であり、研究すべきであるとい
うのです。
この米国の苦境を救ったのは1933年3月に就任した民主党
のルーズベルト大統領であり、実施した政策が「新規まき直し」
を意味する「ニューディール政策」です。この政策の理論的裏付
けとなっているのが、英国の経済学者、ケインズが唱えた理論で
す。ケインズは、国家が市場を統制して人々を保護し、また公共
事業を積極的に推進して雇用を創出すれば、消費が促進されて恐
慌を回避できると考えたのです。
しかし、このニューディール政策自体の検証が終わる前に米国
が第2次世界大戦に参戦したので、政策自体の検証が難しくなっ
ています。なぜなら、戦争に突入したことによるアメリカ合衆国
史上最大の増大率となる軍需歳出の増大により、アメリカ合衆国
の経済と雇用は恐慌から完全に立ち直ったからです。
したがって、デフレ状態の経済を立ち直らせる最良のモデルと
して一番ふさわしいのは、クリントン大統領による「経済再生計
画」であるとして、菊池英博氏は次のように述べています。
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1993年に就任したクリントン大統領も、ルーズベルト大統
領と同じような対策を行った。彼はまず、財政出動を大幅に行い
歳出総額を毎年3・2〜3・3%%ずつ8年間、コンスタントに
増加させていった。
特に、増やしたのが道路や橋の更新と新設、学校の校舎の新設
です。この分野が年平均で7・7%増加した。このように公共事
業をこの8年間で1・46倍にした。それから地域開発などで、
9・8%ずつ、教育関連で5・5%ずつ支出を拡大していったの
です。この時、クリントンは「財政規律」の基準として、日本が
使っている「プライマリーバランス(PB)」でなく、「純債務
のGDP比率」を使った。この比率はGDPが成長すれば改善す
る。だからこれはPBと違って、成長を促すことができる規律で
す。実際、1993年のクリントンが最初就任した時は、この指
標は55%だったが、公共投資を中心として財政支出を拡大し、
成長を促していった結果、この比率を徐々に改善させていった。
最終的には6年目に財政収支が「黒字」になり、政府投資、公共
投資を拡大することで、財政収支を改善させたわけです。
──『消費増税を凍結せよ』/「別冊クライテリオン」増刊号
2018年12月号/啓文社書房
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この菊池氏の言葉で注目すべきは、クリントン政権が財政規律
の基準としてプラマリーバランス(PB)ではなく、「純債務の
GDP比率」を使っていることです。ところで、「純債務」とは
何でしょうか。
正確には「純債務」とは、正確には「純債務残高」ですが、政
府の総債務残高から政府が保有する金融資産(国民の保険料から
なる年金積立金など)を差し引いたものであり、財務省が絶対に
使わない基準です。財務省は、国民に対して政府の負債の大きさ
を強調しようとしているからです。
──[消費税は廃止できるか/003]
≪画像および関連情報≫
●ニューディール政策の教訓を生かせ/秋元英一千葉大教授
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世界大恐慌からの脱却を目指し、ニューディール政策をは
じめとする様々な政策をうったルーズベルト大統領。中でも
全国産業復興法(NIRA)は、今の安倍政権が掲げる理念
と重なるようにみえる。大恐慌時の米国経済に詳しい秋元英
一千葉大名誉教授に話を聞いた。
――ルーズベルト大統領が打ち出したNIRAはどんな特徴
がありますか。
「一言でいうと政府主導の不況カルテルだ。過当競争を排
除して価格を引き上げ、各企業の投資インセンティブを高め
利潤を確保して景気回復をめざす。その利潤で労働者の給与
を引き上げるのが基本的な仕組みだ。具体的には今の日本で
言う自動車工業会とか鉄鋼連盟のような事業者団体ごとに、
政府との間で約束事である『コード』を結び、製品価格や賃
金を非競争的に横並びにさせた。そのうえで同意した企業は
反独占法の適用除外とした。初期ニューディールの統制経済
を代表する性格をもった政策だ」
――ただNIRAは2年後に米最高裁から違憲判決を受けて
廃止されます。
「多くの大企業と組織労働者は、最後までNIRAを支持し
た。だが中小企業はコード作成に影響力を行使できないばか
りか、顧客とのあいだの取引慣行を大事にして商売してきた
からコード反対の声がしだいに強まった。最高裁は、もとも
と州を越える通商しか規制できないはずの連邦政府が、州内
の取引にまで干渉した点を違憲と判断した」
https://s.nikkei.com/36gtbWu
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ビル・クリントン元米大統領