2019年05月16日

●「『私有制廃止』を目指す動きあり」(EJ第5005号)

 向松祚氏は、今年の1月20日の講演において、2018年の
中国経済減速の原因を指摘しています。これについては、昨日の
EJでご紹介していますが、再現します。
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  ≪1018年中国経済減速の原因≫
   ◎3つの国内要因
    @政府の金融引き締め策による企業の資金難
    A企業負債の膨張
  ⇒ B「私有制消滅」などの国内の「雑音」
   ◎1つの国外要因
    @米中貿易戦争
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 このなかで、注目すべきは、3つの国内要因のB、「私有制消
滅」などの国内の「雑音」です。これは、2019年1月16日
に中国共産党理論誌『求是』が掲載した周新城なる人物による次
のタイトルの論文です。向松祚氏はこの論文を「雑音」といって
いるのです。
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 共産党人は自分の理論を一言で概括できる:私有制度を消滅
 せよ        ──周新城人民大学マルクス学院教授
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 『求是』という雑誌は、普通の雑誌ではなく、中国共産党の機
関誌であり、そこに掲載される論文は、党中央の考え方を代弁し
ています。そういう機関誌に「私有制度消滅」論が掲載されたの
は驚きです。こういう論文を書く周新城とは何者でしょうか。
 周新城氏は、1932年生まれで、旧ソ連東欧問題の権威であ
り、かつては、人民大学研究生院院長、ソ連東欧研究所長、マル
クス主義学院教授を務めたコテコテのマルキストです。
 そういう人物が、今年に入ってすぐ「私有制度消滅」論を『求
是』に掲載したのですから、中国国内では、ちょっとした騒ぎに
なっています。この論文に関して、中国に詳しいジャーナリスト
の福島香織氏は、次のように述べています。
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 周新城は、中国はただちに私有制度を消滅させよ、それは社会
発展の客観的な必然の趨勢である、と指摘。“私有経済礼賛の新
自由主義”主張を行う経済学者、張五常や呉敬lを「赤裸々に反
党反社会主義を唱える」、「人格卑劣で極めて悪辣」とこきおろ
した。さらに「私有制度を消滅させ公有制を確立させることこそ
共産党人が忘れてはならない初心であり使命である」「私有・公
有がともに発展するのは社会主義初級段階の特殊現象であり、固
定された永遠のものではない」と主張した。
 さすがに、この主張は、世界第2位のGDPを誇る中国国内で
も騒然とした。過去の遺物のような老教授のたわごとと、皆が無
視できなかったのは、習近平政権2期目が明らかに、周新城の主
張する方向に動いているような気がしたからだ。
          ──福島香織氏 https://bit.ly/2Q5X1Wl ─────────────────────────────
 福島香織氏によると、この周新城氏の論文は、習近平政権の意
思を示しており、「いずれ私有制度を消滅させる」というサイン
であり、そのための一種の観測気球──このメッセージに人民が
どういう反応示すかを観察したかったのだと思うのです。そして
こういうメッセージに対して、必ず反論してくるであろう2人の
経済学者、張五常や呉敬l両氏を名指しで批判させたのではない
かと思います。
 福島香織のレポートでは、周新城氏に名指しで批判された張五
常氏の反論の一部が掲載されています。
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 周教授の私に関する批判には少なからぬ疑問符がつく。そもそ
も、彼は私の論文を読んだことがあるのか?聞きかじったことを
もとに、暴言を吐かないでほしい。(中略)
 経済学とは経済における定理を求める学問である。・・・その
定理の一つは、物価が下降すれば需要が増える。この場合、限定
条件は価格である。その変化が需要を決め、結果として個人の最
大利益が決まる。私はこれを“利己定理”と呼びたい。この定理
は“利己”という言葉を使わずに需要供給の定理ということもで
きる。だが、限定的条件下で利益の最大化を追求すること自体が
“利己”であるとすれば、これを利己定理と言える。需給定理を
経済学を学んだことのない人に説明するなら、利己定理というの
がわかりやすい。
 少ない資源の下、大勢の人間が存在すれば必ず競争が生まれ、
勝者と敗者が生まれる。その競争のルールを決めるものは市場価
格である。しかし、所有権の定義がなければ市場価格は生まれな
い。市場価格が競争のルールとして勝敗を決定しないのであれば
その他のルール、例えば人間関係や年功序列や武力などがルール
となれば、ある程度の賃貸消失を引き起こさざるをえない。不幸
なことは、この所有権の定義こそ、周教授の反対する私有財産な
のである。     ──福島香織氏 https://bit.ly/2Q5X1Wl
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 何のことはない。張五常氏は、周新城氏に対し、まるで中学生
に経済の基礎を説明するように、市場経済と財産所有権がフェア
な経済競争のルールの前提であり、それは共産党体制と両立でき
ると説いているのです。ちなみに、「私有財産権の不可侵」は、
2004年から中国の憲法に明記されています。
 これでわかることは、習近平主席が、私有財産権の不可侵に何
らかの疑問を抱いていることは確かであり、これを撤廃させるこ
とも視野に入れているのではないかと思われます。
 確かに私有財産権の不可侵を突き詰めて行くと、中国共産党体
制は変質せざるを得なくなるのです。ちょうど米中貿易戦争が一
時的休戦になった2019年1月に中国ではこのような理論闘争
が行われているのです。   ──[中国経済の真実/004]

≪画像および関連情報≫
 ●ルソーが提起した私有財産制の大問題/坂本達哉氏
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   今日は「民主主義か資本主義か」という、やや大げさなタ
  イトルですが、私が最も言いたいことは、この問題はすでに
  少なくとも200年以上前から、ヨーロッパにおいてはもう
  散々論じられてきた問題なのだということです。つまり、ス
  ミス、ルソーから、最近、『21世紀の資本』で話題を集め
  たピケティまで、実は繰り返し論じられてきているのです。
   この本に書かれていることというのは、私の見るところ、
  実は、もうスミスやルソーの時代から散々論じられてきてい
  ることだというようにしか、私には読めません。彼はもとも
  と数理経済学者で、数学が天才的にできる人だそうです。こ
  の格差問題や民主主義と資本主義などというテーマが、数理
  経済学の分野では比較的珍しいというか、新しいというよう
  な側面があるようです。私は数理経済学は素人ですが、社会
  思想の歴史をやっている立場からすると、「ピケティさん、
  あなたのやっていることはもう200年前からみんなが論じ
  ていることなんですよ」と言いたいわけです。
   ピケティという人は、例えばマルクスの『資本論』という
  のをほとんどまったく読んだことがないとインタビューに答
  えています。だから私はそれは逆に信頼できると思っている
  んですね。つまりマルクスとは関係ないところで、こういう
  問題を独自に展開しているということですね。しかし、やっ
  ぱり私から見れば、マルクスも含めて、さらにさかのぼって
  250年前、300年前の思想家の知恵を借りない手はない
  だろうと、こういう問題を考えていくときに思っているんで
  す。              https://bit.ly/2EbDG1c
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中国に詳しいジャーナリスト/福島香織氏.jpg
中国に詳しいジャーナリスト/福島香織氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 中国経済の真実 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする