に国民栄誉賞を辞退したそうです。辞退は、2001年と、20
04年に続いて3回目になります。2001年のときは「まだ若
い、発展途上」、2004年のときは「まだ野球人としてやるこ
とがある」と辞退の理由を述べています。
この2回の辞退の言葉を聞けば、3回目も辞退するのはわかっ
ていたと思います。確かに2004年のときに「野球人生が終っ
たとき」といっていましたが、これは外交辞令でしょう。彼は国
民栄誉賞という、何か偉業を成し遂げたときに授与される勲章に
は、あまり関心がないようです。
これに比べると、中国の「千人計画」は表彰ではありませんが
若い人にとっては魅力的です。他国に留学中に、国のトップから
「君はわが国にとって大切な人材だ。国として研究環境を整える
から、帰国して国のために尽くして欲しい」といわれたらどうで
しょうか。きっと帰国する人が多いはずです。人は上層部から期
待されるとやる気を出すものです。
成果を出して、そのうえでもらう表彰ではなく、これから出す
成果に対して国が期待し、「千人計画」の一員に加えてくれるの
です。褒章ではなく、国が期待をかけてくれるのです。その方が
人間というものはモチベーションが上がるのです。
吉林大学に黄大年という教授がいたのです。地球物理学者です
が、黄大年氏は英国に留学し、ここで骨を埋めるつもりで18年
間研究に没頭します。そのとき、「千人計画」の招聘教授の声が
かかったのです。いろいろ悩んだ末に、2009年に英国での研
究を放棄して、中国に帰国し、航空宇宙地球物理学探索技術研究
に従事することになります。もちろん「墨子号」の打ち上げにも
関わっています。
彼は、50代の若さで亡くなっていますが、なぜ帰国したかに
ついて、遠藤誉氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
このとき彼に帰国を決意させた理由は、中国が大々的に「千人
計画」という人材戦略を策定し、国家予算を思いきりそこに注ぐ
という確固たる国家戦略に基づいて動こうとしている、その本気
度を感じたからだという。「国家がこの私を宝物のようにして欲
しがってくれており、大きな国家事業に向けてまい進しょうとし
ている。自分の人生が、そこで必要とされているというのなら、
戻って祖国のために尽くそう、という自尊心と尊厳を抱かせた」
と述べている。
──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
実際問題として、中国共産党中央当局としても、「千人計画」
や「万人計画」などの人材戦略が、これほどの成果を上げるとは
考えていなかったと思われます。とくに、潘建偉氏を中心とする
世界初の量子通信衛星打ち上げ成功には、中国科学技術大学を中
心として、中国科学院の上海技術物研究所、中国科学院光電技術
研究所、中国科学院上海微小衛星工程センター、中国科学院紫金
山天文台、中国科学院国家天文台などの多くの研究所や大学がま
さに一体となって取り組み、成功を成し遂げています。
なお、実際の「墨子号」打ち上げに際しては、潘建偉氏の指導
教官であったオーストリアのツァイリンガー氏がリーダーを務め
るチームが、ヨーロッパの多くの量子物理学チームが関係する宇
宙局と連携をとって、宇宙と地上とを結ぶ通信をとるなど、全面
協力しています。別にこそこそ隠れて、秘密裡にやっていたわけ
ではないのです。
科学誌「ネイチャー」は、毎年、今年の科学界を振り返るため
10人を選んで発表しています。選ばれる人は科学者とは限らず
患者さんもいるし、反科学の急先鋒もいます。そして、この20
17年度の10人の1人に潘建偉氏が選ばれているのです。その
10人の名前を以下に列挙しますが、これらの人がどういう人で
あるかは、NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパンの
西川伸一氏のコメントを参照してください。
─────────────────────────────
◎2017年度「ネイチャー」/今年の10人
1.David Liu: Gene corrector
遺伝子編集者
2.Marica Branchesi: Merger maker
中性子星合体の大観測体制
3.Emily Whitehead: Living testimonyial
生き証人
4.Scott Pruitt:Agency dismantler
環境保護局解体請負人
★5.Pan Jianwei
量子通信の父
6.Jennifer Byrne:Error sleuth
論文の間違いを暴く刑事
7.Lassina Zerbo: Test-ban tracker
核実験禁止協定違反追跡者
8.VICTOR CRUZ-ATIENZA:quake chaser
地震追跡者
9.Ann Olivarius: Legal champion
法律のチャンピオン
10.Khaled Toukan:opening sesame
開けゴマ https://bit.ly/2FU52sT
─────────────────────────────
西川氏は、Pan Jianwei (潘建偉)のことを「熱意のみなぎる
楽天的性格で、リスクをとってよく考えて選んだテーマに果敢に
チャレンジする研究者として記事では紹介している」と記述して
います。この発表は2017年12月17日に「ネイチャー」か
ら行われています。 ──[米中ロ覇権争いの行方/064]
≪画像および関連情報≫
●ネイチャーの「今年の10人」に中国の潘建偉氏が入選
───────────────────────────
ネイチャー誌は2017年12月17日、今年1年で科学
に重要な影響を与えた「今年の10人」を選出し、中国から
は物理学者の潘建偉氏が選ばれた。また、重力波観測施設の
「VIRGO」の天文学者マリカ・ブランケージ氏らが選ば
れた。ネイチャーの編集者は、「量子通信やゲノム編集、潜
在的な核の危機、米国の環境保護政策の後退など、これら選
出された10人が2017年の科学の成果と挫折をもの語っ
ている」とした。科技日報が伝えた。
ネイチャーは入選者全員を記事で紹介。そのなかで、「量
子の父」と題した潘氏に関する記事では「彼は中国で、量子
の父と呼ばれている。潘氏は、その呼び名にふさわしい人物
だ。潘氏に率いられ、中国は、遠距離量子通信技術における
リーダー的国家となった」と紹介された。潘氏が率いる世界
初の量子科学実験衛星「墨子号」のチームは2017年6月
1000キロ級の衛星・地球双方向量子もつれ配送を実現し
世界で長年維持されてきた100キロ級の記録を打破した。
関連成果はサイエンス誌に掲載された。それから約1ヶ月後
同チームは再び世界で初めて1000キロ級の衛星・地球双
方向量子通信を実現した。関連成果はネイチャー(電子版)
に掲載された。これにより、潘氏のチームは墨子号の3大科
学目標を、計画よりも前倒しで達成した。中国科学院の白春
礼院長は当時、「墨子号の一連の成果が国際的に大変な評判
となっている。中国の量子通信分野の 研究が、世界を全面的
にリードする有利な地位を占めていることが分かる」と評価
した。 https://bit.ly/2D11Ta6
───────────────────────────
潘建偉氏の研究室