ることができたのでしようか。
遠藤誉氏は、中国による量子通信衛星打ち上げ成功について、
著書で次のように述べています。
─────────────────────────────
アメリカでは「独裁国家中国」だからこそ、すべてをかなぐり
捨てて巨額のカネをつぎ込んだ結果だと、腹立たしげに分析する
傾向にあるが、必ずしもそうではない。これまで本書で一貫して
追跡してきた「人材の獲得」にこそ、その成功の鍵がある。はん
けんい「墨子号」チームのリーダーとなっていた人物は、中国科
学院の院士の一人である潘建偉(パンジェンウェイ)だ。
──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
上記の遠藤氏の言葉の表現のなかから、読み取れることがひと
つあります。それは「すべてをかなぐり捨てて巨額のカネをつぎ
込んだ結果だと、腹立たしげに分析する傾向」という表現です。
この表現は、明らかに中国人の立場に立って、アメリカを強く非
難しています。「そんなんじゃない。ただカネを注ぎ込めばでき
るような簡単なことじゃない」と。
私は、遠藤氏が、米国に先駆けて量子通信衛星の打ち上げ成功
した中国の快挙について、心のなかで誇らしいと考えているよう
な気がします。それは中国人ならではのことです。こういう表現
は、遠藤氏の本には、随所に見られることです。本書の「まえが
き」に次のような表現があります。
─────────────────────────────
いま日本では「習近平一強」を語るに当たり、権力闘争ばかり
に焦点を当てたがる傾向があるが、そのような、日本人の耳目に
心地よい迎合型分析をしていると、これら一連の国家戦略が見え
てこない。それは日本の国益を損ねる。
──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
これは、日本のメディアに対して憤りをぶつけています。もち
ろん、遠藤氏としては、中国の事情に通じている日本人の学者と
して、「その分析は間違っている」ということを強調したいので
しょうが、その主張は、日本人としてよりも、中国サイドからの
主張に聞こえてしまうのです。遠藤氏は、この主張の最後を次の
ように締めくくっているからです。
─────────────────────────────
その意味では(日本は)トランプに感謝すべきだろう。彼が米
中貿易戦争を仕掛けてくれたことにより、「2025」が持つ重
要性に焦点を当ててくれたのだし、中国の戦略をあばいてくれた
のだから。日本人が事実とかけ離れた権力闘争物語を面白がって
いる内に、中国はハイテク産業のコア技術で日本を追い抜き、宇
宙を支配してしまうかもしれない。 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
もちろん遠藤氏に責任があるわけではありません。中国につい
て論ずるときは、遠藤氏のような中国ウォッチャーからの情報は
不可欠であり、大変役に立つのですが、中国からの情報はいろい
ろな要素を勘案して、一歩引いて見る必要があると思うし、私は
そう心がけているので、そう書いたままです。
遠藤氏のいうように、いくらカネを注ぎ込んだとしても、それ
だけで、量子通信衛星の打ち上げなどに成功できるものではない
のです。もちろんカネは不可欠ですが、何といっても、そのカネ
を使って、それを成し遂げる人材が必要です。
中国は、千人計画や万人計画などを通じて、優秀な人材──中
国人を中心とするが、外国人でも──を計画的に中国国内に集結
させてきたのです。「墨子号チーム」のリーダーは、潘建偉(パ
ンジェンウェイ)という人物です。現在、49歳の若さです。こ
の潘建偉氏について、遠藤氏は次のように紹介しています。
─────────────────────────────
潘建偉は国家「千人計画」の特別招聴専門家の一人で、20年
ほど前(1996年、26歳で)、オーストリアに留学したとき
に、オーストリア科学アカデミー院長で宇宙航空科学において最
高権威を持つツァイリンガー教授に会っている。初対面は、19
96年の10月。そのときツァイリンガ一教授に、「あなたの夢
は何ですか?」と聞かれたそうだ。すると若気の至りもあって、
つい「中国で世界一流の量子物理実験室を持つことです」と答え
たとのこと。
潘建偉はは当時を思い出し、「生まれたばかりの子牛は虎を恐
れない」という諺を用いて「経験の乏しい若者はこわさを知らな
いがゆえに無鉄砲なまねをするものだ」と照れながらも、結局そ
の夢を捨てきれずに、帰国後の2001年に中国科学技術大学で
量子物理学・量子情報実験室を持つことが叶い、こんにちまで走
り続けてきたと、墨子号発射の彼のインタビューで語っている。
──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
実は潘建偉氏は中国共産党員ではないのです。中国には、中国
共産党以外に、次の8つの民主党派があります。これを「八大民
主党派」と呼んでいます。潘建偉氏はこのうちの九三学社に入党
している変わり種です。
─────────────────────────────
1.中国国民党革命委員会 5.中国農工民主党
2.中国民主同盟 6.中国致公党
3.中国民主建国会 7.九三学社
4.中国民主促進会 8.台湾民主自治同盟
─────────────────────────────
潘建偉氏は、中国科学技術大学の常務副学長にして、中国科学
院量子科学技術創新研究院院長を務めています。
──[米中ロ覇権争いの行方/063]
≪画像および関連情報≫
●量子超大国を目指す中国で「量子の父」と呼ばれる男
───────────────────────────
2017年年9月29日、中国の科学実験衛星「墨子号」
が、地球半周分も離れたウィーンと北京の2都市間でハッキ
ング不可能なビデオ会議の開催に成功した。墨子号は、時速
2万9000キロメートルで進みながら、北京から北東に車
で数時間の距離にある興隆の地上局に向けて小さなデータパ
ケットを送信した。その後1時間以内にオーストリアを通過
する際、別のデータパケットを、グラーツ市近くの地上局に
送った。
墨子号が送信したデータパケットは、データ伝送を保護す
るための暗号鍵だった。この実験がひと際注目されたのは、
衛星から送信された暗号鍵が繊細な量子状態にある光子の中
で符号化されていたためだ。通信を傍受しようとするいかな
る企ても、量子状態を壊して、情報を破壊し、ハッキングの
痕跡を残してしまう。1と0を表す電気や光の信号の流れ、
つまり読み取りや複製が可能な古典的な情報単位(ビット)
で暗号鍵を送るよりはるかに安全な方法なのだ。
映像は量子ではなく従来の方法で暗号化されていたが、復
号に量子鍵が必要だったため、安全性は保証されていた。墨
子号による実験は、世界初の量子暗号を用いた大陸間ビデオ
接続となった。 https://bit.ly/2YQ5YXK
─────────―-−
中国の学会で発表する潘建偉氏