2019年04月01日

●「なぜ、中国は技術大国になったか」(EJ第4978号)

 日本では、最近モノを売るのに「日本製です」とか「メイド・
イン・ジャパン」を強調するようになっています。ハズキルーペ
のCMなどはまさにそうです。なぜ、そんなアナウンスをするの
かというと、その方が、購入者が安心するからです。「日本製な
ら、大丈夫だ」と思わせるためです。ネットでの販売ではとくに
この安心が必要なのです。
 こんな話があります。日本のマスク業者が中国に工場を建て、
生産し、販売していたのですが、よく売れたそうです。しかし、
そのデザインをそっくり真似た大量のニセモノが中国に出回り、
その商品の生産を中止せざるを得なくなったといいます。
 相当前の話なのに、そのニセモノマスクは現在も同じブランド
で大量生産され、一部は、日本にも入ってきているといいます。
その生産工場は不衛生で、マスクの品質も日本製に比べて、著し
く落ちるそうです。中国人の観光客も日本ではドラックストアな
どで、現在でもこうしたマスクなどの衛生商品、化粧品、薬など
を大量に購入しています。「中国人は、自分の国を信じていない
人が多い。中国製商品の安全性に不安があったり、偽物が横行し
ていると思っていたりする」と当の中国人がいっているのです。
自分の身は自分で守るというわけです。
 中国では、ちゃんとしたモーターが作れないといわれます。自
動車製造を例にとると、中国の自動車メーカーの多くが、三菱自
動車のエンジンの供給を受けているといわれます。三菱自動車は
中国に瀋陽航天三菱とハルピン東安三菱の2社の合弁会社があり
中国でエンジンを製造しています。なぜ、三菱製品を使うのかと
いうと、「三菱エンジンは安定していて燃費が良く、メンテナン
スが容易であり、中国で生産しているためコストも安い」という
ことを上げています。あるネットユーザーは、尖閣諸島国有化で
日本製品の不買運動が起きたとき、こういっています。
─────────────────────────────
 中国車でさえ心臓部は日本なのに、日本製品不買なんて言える
のか?ボールペンのボールすら作れないんだから、エンジンは言
うまでもない。中国ブランドには、成熟したエンジン製造技術が
ない。             ──ある中国ネットユーザー
─────────────────────────────
 そういう中国が、半導体製造や宇宙技術などの分野において、
世界を上回る技術を有し、やがては米国を超える可能性があると
いうのですから、そこにいささか違和感を持つ人がいるのは、不
思議ではないと思います。
 中国が自動車のエンジンなどよりも、はるかに難しい半導体の
生産において、米国のレベルに迫りつつあるというのは、大変な
驚きであり、にわかには信じられない人も多いと思います。だか
らこそ、まともに着実に研究を積み上げた結果ではないのではな
いかと思われてしまうのです。
 ペンス米副大統領は、今や有名になった中国を批判する演説で
「中国共産党は自由かつ公正な貿易とは対照的な『政策的武器』
を使っている」といい、その政策的武器とは、関税・総量規制・
為替操作・強制的技術供与・知的財産窃盗、および対外投資に必
ず組み込まれる国営企業群などであり、それによって、北京の製
造業基盤が作り上げられたと指摘しているのです。
 しかし、半導体製造や宇宙技術などの分野において中国が高度
なレベルに達しているのは事実のようです。それらについて、今
までは詳しい情報はなかったのですが、遠藤氏の『中国製造20
25」の衝撃』の著作に詳しく書かれています。それは凄い情報
です。この著作のなかで、遠藤氏は、自分が「中国の回し者」と
思われてしまうと困るので、日本の半導体のコア技術の専門家の
言説を詳しく紹介し、そういう疑念を持たれないようにしている
として、次のように述べています。
─────────────────────────────
 私が中国の土着の感覚で追いかけている中国の裏事情から行き
つく結果と、彼等(日本の半導体コア技術の専門家)の分析結果
が、最終的には一致していくのも心強く、興味深い。
 さて、こういった専門家たちが異口同音に強調し、驚いている
のは、中国半導体産業の驚異的な発展のスピードなのである。私
が中国生まれの中国育ちであり、かつては中国政府のシンクタン
ク中国社会科学院で客員教授を務めていたことから、「アイツは
親中だ」とネットで罵倒する人もいれば、『毛沢東日本軍と共謀
した男』(新潮新書)などで「中国共産党の嘘」を徹底して暴い
たものだから、「アイツは反中、反共だ!」と、これもまたネッ
トで叩かれたりする。「親中」と「反中」の両方を非難されるの
なら、ちょうど「中立」だということが分かっていいのかもしれ
ないとも思う。
 しかし、「2025」を解剖するに当たり、また「親中」とか
「中国を褒めすぎ」などと謂れなき非難を受けるのも不本意だし
何よりもここに書いている内容が事実であることを信じてもらわ
ないと困るので、日本の第一級の専門家たちの客観的な見解を引
用させていただこうと思う。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 遠藤誉氏の本を読んで、私自身は遠藤氏のことを「親中」とか
「中国を褒めすぎ」とは思いませんが、何となく習近平主席への
畏敬の念というか、尊敬の念というか、そういうものが少しある
のではないかと感じます。しかし、この本に書かれている情報は
真実であり、その内容は驚くべきものです。
 また、遠藤氏の文章に、高度な半導体技術やハイレベルな宇宙
技術を持ち、米国に迫りつつある中国という国に対する高揚感の
ようなものを感じるのは、私だけでしょうか。この点については
この問題に関心を持つ普通の日本人とは少し違うなという感じを
抱いています。やはり、中国で生まれ、中国で育つと、そうなる
のでしょうか。    ──[米中ロ覇権争いの行方/059]

≪画像および関連情報≫
 ●花田編集長の右向け右!/動画あり
  ───────────────────────────
   2015年4月3日、金曜夜10時、第46回のゲストは
  東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授の遠藤
  誉さんです。『チャイナ・ナイン』『チャイナ・セブン』な
  どのベストセラーで中国を分析されてきた遠藤さんが、アジ
  アインフラ投資銀行(AIIB)をめぐる米中の暗闘を徹底
  解説します。遠藤さんは「中国は一党支配体制を維持するた
  め腐敗撲滅に力を入れているが、同時に一党支配を批判する
  言論を激しく弾圧している。しかし言論弾圧の中では腐敗は
  撲滅できない。言論を弾圧する一党支配があるからこそ腐敗
  は生まれるのだ。そこには中国の根本的な矛盾がある」と言
  います。そして、言論の自由のないところに、国際金融セン
  ターは似合わないとも言います。
   国際金融センターをアメリカから北京と上海に移そうとし
  ている中国。その中国が主導するAIIBに、イギリス、ド
  イツ、フランス、イタリアが雪崩を打って参加を表明しまし
  た。その切り崩しの背景とは?水面下では米中によって何を
  行われているのか?「習近平の力は、政権スタート時から毛
  沢東を越えている」と遠藤さん。「紅い皇帝」習近平が激し
  く進めている反腐敗運動の狙い、それは第一義的には「紅い
  王朝」の崩壊を防ぐという目標だったが、いまや国際金融界
  の覇者となる条件を整えるための最後の一手を打とうとして
  いると遠藤さんは言います。中国の戦略とチャイナ・マネー
  が勝つのか「自由と民主」に勝つのか。遠藤さんの分析を伺
  います。            https://bit.ly/2YBJzNI
  ─────────────────────


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毛沢東を超える習近平主席
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2019年04月02日

●「中国が量子通信衛星打ち上げ成功」(ÉJ第4979号)

 米国が中国に決定的に差をつけられているのは、「宇宙開発」
の分野ではないかと思います。宇宙開発といってもいろいろあり
ます。ロケットの打ち上げにはじまって、人工衛星、惑星探査、
有人宇宙飛行、そして宇宙ステーションなど、いろいろです。
 この分野では、既に述べているように、米国は社会主義国に遅
れをとる傾向が強いのです。かつてのアイゼンハワー大統領時代
のスプートニクショックがその好例です。社会主義国では、最高
指導者が決断すれば、開発に必要なヒト、モノ、カネはすぐ揃い
ますが、民主主義国では、予算ひとつとっても、さまざまな手続
や審議を行う必要があり、どうしても遅れてしまうのです。
 それでは、実際に宇宙技術のどの分野で中国が米国をリードし
ているのかについて考えていくことにします。
 2016年8月16日のことです。中国の国営通信社、新華社
は、次のニュースを大々的に報道したのです。サイエンス・ポー
タル・チャイナからニュースを引用します。
─────────────────────────────
 中国は16日午前1時40分、「長征2号丁」ロケットを使い
酒泉衛星発射センターから世界初の量子科学実験衛星(略称は、
「量子衛星」)「墨子号」を打ち上げた。新華社が伝えた。
 量子衛星は中国科学院宇宙科学先導特別プロジェクト第1陣の
科学実験衛星の一つで、その主な科学目標は、△衛星・地球間高
速量子暗号通信実験を行い、これを踏まえたうえで広域量子暗号
ネットワーク実験を行い、宇宙量子通信の実用化で重大な進展を
目指す。△宇宙スケールで量子もつれ通信・量子テレポーテーシ
ョン実験を行い、宇宙スケールの量子力学の整合性を確認する実
験・研究を行う。          https://bit.ly/2UoHVjg
─────────────────────────────
 われわれは、このような衛星打ち上げの報道に接しても、あま
り強い関心を示さなくなっています。もはや衛星打ち上げなどは
現在ではニュースにならないのです。しかし、この衛星の打ち上
げは、超大ニュースそのものなのです。なぜなら、世界初の「量
子通信衛星」の打ち上げだからです。このニュースで一番ショッ
クを受けたのは、米国のはずです。おそらくスプートニク・ショ
ック級の大ショックです。これは、米国の軍事的優位を根底から
揺るがす大問題であるといえます。
 遠藤誉氏によると、ロケットの名称「墨子号」にも深い意味が
あるといいます。墨子といえば、日本では中国の戦国時代の思想
家として知られていますが、中国では「中国最古の科学者」とし
て知られているというのです。
 墨子は、物理学のなかでも光学に関して関心が深く、光の直進
性や反射性など、光に関するさまざまな実験をやっていたそうで
す。そういう意味で、超先端科学を担うロケットの名称に墨子の
名前を使ったのです。
 ところで、墨子といえば、あの小泉純一郎首相は、イラクへの
自衛隊派遣に関する国会論争において、墨子の次の言葉を使って
自分の正当性を主張したものです。
─────────────────────────────
 義を為すは毀(そしり)を避け誉(ほまれ)に就くに非(あ
 ら)ず                    ──墨子
─────────────────────────────
 ところで、普通の通信衛星と量子通信衛星とは、どこが違うの
でしょうか。
 難しい言葉を一切使わないでいうと、「量子通信」とは、第三
者には絶対に解読されない通信のことです。遠藤誉氏の言葉を借
りると、量子通信衛星とは次のようなものです。
─────────────────────────────
 量子力学の原理を利用して、他者には解読不可能な暗号を用い
た通信システムを構築するための人工衛星である。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 「他者には解読不可能な暗号を用いた通信システム」──その
ようなものが本当に存在するのでしょうか。
 よく「セキュアな通信」といいますが、それは「第三者に盗聴
されないよう対策を施してある通信」のことです。メールも電話
も一応「セキュアな通信」ですが、あらゆる手段を使って盗聴し
ようとすれば、それを防ぐことは困難になります。そういう意味
で「解けない暗号はない」のです。
 「RSA暗号」という有名な暗号があります。最初に「素数」
について知る必要があります。素数というのは、1とその数以外
に約数がない数のことです。たとえば、4は1とその数以外に2
で割れるので、素数ではありません。しかし、2と3と5は、1
とその数以外には割れる数がないので、すべて素数ということに
なります。
 ある数を素数の積に分解するのを因数分解といいます。たとえ
ば、「91」は何と何を掛けたものかと問われたら、すぐに答え
られますか。これを解くのが因数分解です。91は「7×13」
という素数の積に分解できます。ちなみに、7と13は素数とい
うことになります。
 しかし、因数分解は、桁が多くなると、計算に非常に時間がか
かるのです。たとえば、200桁の因数分解には、現代のスパコ
ンで約10年かかりますし、1万桁になると、スパコンでも10
00億年かかります。こうなると、物理的には計算はできるもの
の、実際上時間がかかるので不可能であるということで、暗号に
使われるのです。
 しかし、量子コンピュータが出現すると、200桁の因数分解
なら、数分、1万桁になっても、数時間から数日で説くことがで
きてしまいます。既に量子コンピュータが出現している以上、R
SA暗号は、暗号としては使えないことになります。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/060]

≪画像および関連情報≫
 ●この世の中の暗号がすべて無力になるかもしれない
  ───────────────────────────
   SSL/TLSの項でも触れられているが、秘密を守るた
  めの暗号技術の開発は何世紀にもわたって続いてきた。その
  おかげで、ネットで銀行振込や買い物を安心してできるわけ
  だけれど、世の中そんなに甘くなかった!というのが今回の
  話。どういうことかというと、「現在、多くの人が使ってい
  る暗号化技術が無力化する」可能性があるのだ。
   マジか!?と世界の研究者たちを震撼させたのは1994
  年に発表された"ショアのアルゴリズム"理論。発表した米ベ
  ル研究所の研究者ピーター・ショアさんいわく、「量子コン
  ピューターが実現すれば、現在の暗号は、すべて破れてしま
  う」。なるほどそういうことか。・・・で、量子コンピュー
  タて?
   量子コンピューターについてはこのICT用語事典でも取
  り上げているので、詳しくはそちらを読んでいただきたいが
  以下、簡単におさらいを。現在のコンピューターは、1ビッ
  トで0か1(有か無か)の1つの状態しか表すことができな
  い。量子力学の原理を利用した量子コンピューターでは、1
  量子ビットあたり2つの状態を表すことができる。たとえば
  「00000000」から「11111111」の組み合わせから特定の条件
  を選ぶ場合、今のコンピューターは律儀に総当たり計算をし
  て解を探すが、量子コンピューターでは大量の組み合わせを
  1回の計算で完了できるのだ。これはつまり、大量の計算を
  並列して一度に行うようなものだ。
                  https://bit.ly/2CFt6Pt
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「墨子号/打ち上げ成功」.jpg
「墨子号/打ち上げ成功」
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2019年04月03日

●「量子とは何か理解する必要がある」(ĒJ第4980号)

 「量子とは何か」──今回は技術がメインテーマではないので
量子論を展開するつもりはありませんが、「量子通信」「量子暗
号」「量子通信衛星」については、量子の基本的なことを理解す
る必要があります。
 物質を形成しているのは「原子」です。その原子は、「電子」
「陽子」、「中性子」からできています。その陽子と中性子は、
さらに「クォーク」という粒子からできています。クォークは、
物質の最小単位の一つとされており、この粒子のことを物理学で
は「素粒子」といっています。同じ素粒子の仲間には、「電子」
と「光子」などがあります。
 これらの原子以下の電子、中性子、陽子などを「量子」と呼ん
でいるのです。単独に量子というものが存在するわけではないの
です。もうひとつ忘れてはならないのが「光」です。光は粒子と
しての性質と波としての性質がありますが、光を粒子としてみた
ときの「光子」や「ニュートリノ」などの素粒子も量子と呼んで
いるのです。
 このような量子の世界には、われわれの世界の力学とは異なる
力学が働くのです。量子の世界とは、ナノサイズ、またはそれよ
りも小さい世界です。ナノサイズとは、1メートルの10億分の
1の極小の世界であり、この世界においては、われわれの身の回
りにある物理法則、ニュートン力学や電磁気学などは通用せず、
「量子力学」というとても不思議な法則によって物事が動くので
す。壁をくぐり抜けたり、瞬時に別の場所に移動したり、それは
まるでハリーポッターの世界です。
 ここでいささか、わかりにくいことを理解しなければならない
のです。それは次のことです。
─────────────────────────────
    量子は「粒子」と「波」の2つの性質を有する
─────────────────────────────
 これは、光についてよく説明されるので、光を例にとって説明
を行います。なお、これについての説明は、2017年のテーマ
「次世代テクノロジー論」のなかの「量子コンピュータ」の部分
で取り上げていますので、そちらも参照してください。
 量子は、物理の世界で最小の、これ以上は分割できない物質や
エネルギーの基本単位です。量子は、粒子(粒子性)と波(波動
性)の両方の性質を持ち合わせているので、次の性質を持つこと
になります。
─────────────────────────────
     1.粒子性 ・・・       最小物質
     2.波動性 ・・・ エネルギーの基本単位
─────────────────────────────
 2017年12月21日のEJ第4671号で、光を取り上げ
量子が粒子性と波動性を両方を持っていることを確認する有名な
実験を紹介しています。それをここに再現します。添付ファイル
を参照してご覧ください。
─────────────────────────────
 最初に「波」について考えてみます。水を張った水槽があると
します。この水槽は2つの穴の空いた板で真ん中が仕切られてい
ます。この状態で、左側にコインを落としたとします。そうする
と、仕切り板に向って波が発生します。
 穴に到着すると、波は二つに分かれ、仕切り板の右側で相互作
用を起こします。相互作用とは、2つの山が重なり合うと、山は
大きくなり、波の強度が増し、逆に山と谷が重なると、お互いに
打ち消し合う、そのさまをいうのです。その結果、「干渉パター
ン(干渉縞)」という模様ができ上がります。これは「波」の存
在を示す証拠といえます。これについては、添付ファイルを参照
してください。
 続いて「粒子」の実験です。仕切り板で仕切られた2つの部屋
があります。仕切り板には2つの丸い穴が空いていますが、現在
は左の穴は塞がっており、右の穴だけ空いています。なお、右の
部屋の正面には、スクリーンが張ってあるとします。
 この状態において、左の部屋から仕切り板に対して光を当てま
す。そうすると、光は空いている右の穴を通ってスクリーンの右
側に丸い像を結びます。続いて、今度は右の穴を塞いで左の穴を
空けます。そうすると、光は左の穴を通して、スクリーンの左側
に丸い像を結びます。当たり前ですが、これは光が「粒子」であ
ることを示しています。
 問題は次です。今度は仕切り板の左右の穴を両方とも空けて、
左側の部屋から光を当てます。通常であれば、右の部屋のスクリ
ーンの左右に2つの丸い像が映し出させるはずです。しかし、実
際にはスクリーンには、干渉縞が映し出されるのです。これは光
が「波」であることを示しています。
      2017年12月21日付/EJ第4671号より
─────────────────────────────
 この量子の粒子性と波動性の性質の他に、量子には「重ね合わ
せ」という不思議な現象があるのです。現在のCPUのチップは
限りなく原子レベルに近づいています。反時計回りに自転する原
子を仮に「1」とします。それをひっくり返して回転軸が下を向
いて時計回りに自転するようすれば、その原子は「0」をあらわ
すことになります。もちろん、0と1は逆でもいいのです。この
場合、原子は極小のスイッチとして機能します。
 原子のレベルまでは、現在の力学が作用していますから、物理
的に何の矛盾はないのです。現在、多くの人が、このクラスのコ
ンピュータを使っています。しかし、微細化がさらに進んで素粒
子レベル、量子レベルに達すると、量子力学が働くのです。そう
すると、何が起きるのでしょうか。
 そうすると、量子は「0」と「1」の両方の状態をとるように
なります。これを量子の「重ね合わせ」といいます。実に不可解
な現象です。これについては、明日のEJで詳しく説明します。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/061]

≪画像および関連情報≫
 ●波と粒子の二重性から粒子と波の二重性へ
  ───────────────────────────
   光が波であるのか粒子であるのかはニュートンの時代から
  物理の大問題であった。この論争の決着には長い時間が必要
  だったが、19世紀には干渉や回折、さらには偏光が発見さ
  れ、ついに光が波であることが決定した。そして、一方で、
  マックスウェルの電磁気学により光を電磁波として取り扱う
  理論的基盤が構築されていた。
   それに対して、アインシュタインは改めて光の粒子性を主
  張したわけであり、そういう意味では、非常に大胆な提案で
  あったわけである。アインシュタインが光の粒子性を主張し
  たからといって、光の波動性を否定していたわけではないこ
  とに注意しておこう。古典的には、あるものが粒子であり波
  であるということはありえない。そして、私たちも、光は波
  であるか粒子であるかのどちらかであると考えてしまいがち
  だけれども、量子論の枠組みでは、光は波動的な面と粒子的
  な面の両方を持ち合わせたものなのである。これを波と粒子
  の二重性という。
   1905年のアインシュタインの光量子モデルから、次の
  話まで約20年の歳月が流れている。実際には、この歳月の
  間に量子論に関連した多くの進歩があり、「前期量子論」と
  呼ばれる時代を形成している。  https://bit.ly/2uCQubU
  ───────────────────────────

「ヤングの実験/干渉縞」無題.jpg
「ヤングの実験/干渉縞」無題
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2019年04月04日

●「量子もつれ現象を通信に活用する」(EJ第4981号)

 1952年生まれの、米アーカンソー出身のジョージ・ジョン
ソン氏という科学ライターがいます。『タイム』であるとか『ワ
イヤード』などに科学記事を執筆している人ですので、かなり名
のある科学ライターであると思います。
 技術の本というのは、著名な科学者自身の書いたものよりも、
ベテランの科学ライターが書いたものの方が分かりやすく、役に
立つことが多いですが、ジョージ・ジョンソン氏による量子コン
ピュータの解説は、まさにそれに該当します。
 私がいくつか購入した量子コンピュータの本のなかでダントツ
に役に立ったのは、ジョンソン氏の本です。それに、ミステリー
小説を多く出版する早川書房から出版されているのも興味深いで
す。ジョンソン氏の本をご紹介しておきます。
─────────────────────────────
            ジョージ・ジョンソン著/水谷淳訳
 『「数理を愉しむ」シリーズ/量子コンピュータとは何か』
                      /早川書房刊
─────────────────────────────
 原子レベルを超えて極少化されたチップによる「オン/オフ」
のスイッチには量子力学が姿を現しはじめます。ちょうどコマの
ように、回転軸を上に向けて反時計回りに自転する原子を「0」
と表現し、それをひっくり返し、回転軸が下を向いて時計回りに
自転するようにすれば、その原子は「1」という数字を表現する
ようになります。これはもちろん逆でも同じことです。
 しかし、原子が「0」か「1」のどちらか一つしか取れないと
きは、その原子は従来のチップと何も変わりはないのです。
 しかしさらにチップの極少化が進むと、チップは同時に「1」
と「0」の両方の状態を取ることができるのです。これが量子の
「重ね合わせ」の現象なのです。これについて、ジョージ・ジョ
ンソン氏は、次のように述べています。
─────────────────────────────
 コンピュータ技術者が、量子レベルにまで小型化を進めると、
チップの中の出来事は、もはや決定論的ではなくなる。1と0を
はっきり区別できなくなるのだ。そして1と0に加えて、Φとい
う状態も取りうるようになる。(ここではこの記号はギリシャ文
字の「ファイ」の意味ではなく、0と1が量子的に重ね合わされ
た状態を表す)。量子はこのようなあいまいさを持っているので
同じ原因が同じ結果を及ぼすとは限らない。不確かさが支配する
のだ。正しい用語ではこれを「量子的不確定性」と言う。
           ──ジョージ・ジョンソン著/水谷淳訳
          『量子コンピュータとは何か』/早川書房
─────────────────────────────
 はじめの頃、エンジニアたちは、この重ね合わせを「困った事
態」ととらえたのです。そこでエンジニアたちは、いかにしてこ
の量子効果を抑え込んで、「0」と「1」が混ざり合うのを防ぐ
かに知恵を絞ったのです。
 しかし、その間にもコンピュータの部品の極少化は進み、量子
効果の抑え込みが困難になった1980年代になって、米国の2
人の物理学者、リチャード・ファインマン氏とポール・ベニオフ
氏は、むしろ量子的不確定性を活用すれば、かつてない装置を作
れるのではないかと気が付いたのです。それが、人類が量子コン
ピュータへの道をめざすきっかけになったのです。
 この「量子的不確定性」のことを「量子もつれ」とか「量子の
絡み合い」というようになり、英語で次のように表現するように
なったのです。
─────────────────────────────
  quantum entanglement/カンタム・エンタングルメント
─────────────────────────────
 この「カンタム・エンタングルメント」について、遠藤誉氏が
とてもわかりやすく解説してくれています。
─────────────────────────────
 カンタム・エンタングルメントと表現することからも分かるよ
うに、量子あるいは光子は、互いにどんなに遠く離れていても、
間に如何なる媒体がなくても、互いに影響し合うことを指す。こ
れは、量子が「波と粒子の二面性」を持っていると同時に「1つ
なのに、同時に複数の場所に存在する」という「状況の共存性」
という、摩訶不思議な性格を持っているからである。(中略)
 つまり、どちらかの状況に変化が起きると、もう片方にもすぐ
さま同じ影響が及ぶ現象を一種の遠隔作用というが、通信を暗号
化し、盗聴を防ごうと思ったときに、2つの「もつれた量子」が
途中で誰かにハッキングされたりすると、2点間で影響していた
「もつれの法則」が壊れてしまい、遠隔作用が成立しなくなって
しまう。そのため、ハッキングされたことが分かるので、こっそ
りハッキングや盗聴ができなくなるという効果があるのである。
人類の誰もが、この夢のような量子通信ができるための量子通信
衛星の発射に成功したいと競争していたのに「こともあろうに」
というか、アメリカではなく、もちろん日本でもなく、こともあ
ろうに、あの中国が先に成功したのだ。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 つまり、エンタングルメントの関係にある2つの粒子は、どん
なに離れていても、その一方だけを観測すれば、もう一方の状況
は認識できるのです。これは、「量子テレポーション」ともいう
べき現象であり、量子通信の基礎になるものです。
 中国は、そのための衛星を2016年に打ち上げに成功し、既
に実験を重ねているのです。この「量子のもつれ」を利用すれば
凄いことができるのではないかということに米国は、1980年
に気が付いているのです。それがどうして、後発であるはずの中
国に先を越されることになったのでしょうか。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/062]

≪画像および関連情報≫
 ●シンガポールとイギリスが量子通信衛星の打ち上げを計画!
  ───────────────────────────
   「量子鍵」配布による暗号化通信の実現のためには、衛星
  による量子通信技術の開発がカギとなる。量子暗号通信が実
  現すれば、理論上第三者による傍受が不可能となり、セキュ
  リティ強化の観点から国を挙げての取り組みが進められてい
  る。中国はすでに通信衛星からの量子もつれ配信を行う実験
  を成功させているほか、日本でも情報通信研究機構(NIC
  T)が、小型衛星を使っての量子通信の実験をおこなってい
  る。こうした世界情勢に後れをとるまいと、シンガポールと
  イギリスが手を組んだようだ。
   シンガポールとイギリスは、2021年までに小型量子通
  信衛星を打ち上げることを目指し、共同プロジェクトを開始
  した。両国の戦略は、量子通信の分野で先行する中国よりも
  はるかに小型で低コストな量子通信システムを開発し、広域
  をカバーする通信網を展開すること。
   中国の通信衛星の重量が600キログラム以上あるのに対
  して、シンガポールの開発する「キューブサット」は最終的
  に約12キグラムにまで軽量化する計画だ。ただ、通信衛星
  を小さくすればバックアップシステムなどを搭載する余裕が
  なくなり、冗長性を犠牲にせざるをえない。このため、シン
  ガポール国際大学の量子テクノロジーセンターが、発進の振
  動や宇宙での温度変化などを綿密にシミュレートし、そのう
  えで性能テストを実施。極力故障が起こらないシステムを設
  計しているようだ。       https://bit.ly/2OBDigo
  ───────────────────────────

量子の重ね合わせ(量子もつれ).jpg
量子の重ね合わせ(量子もつれ)
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2019年04月05日

●「中国はなぜ量子通信で先行したか」(EJ第4982号)

 量子通信において、中国はなぜ米国を押さえてそれを成功させ
ることができたのでしようか。
 遠藤誉氏は、中国による量子通信衛星打ち上げ成功について、
著書で次のように述べています。
─────────────────────────────
 アメリカでは「独裁国家中国」だからこそ、すべてをかなぐり
捨てて巨額のカネをつぎ込んだ結果だと、腹立たしげに分析する
傾向にあるが、必ずしもそうではない。これまで本書で一貫して
追跡してきた「人材の獲得」にこそ、その成功の鍵がある。はん
けんい「墨子号」チームのリーダーとなっていた人物は、中国科
学院の院士の一人である潘建偉(パンジェンウェイ)だ。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 上記の遠藤氏の言葉の表現のなかから、読み取れることがひと
つあります。それは「すべてをかなぐり捨てて巨額のカネをつぎ
込んだ結果だと、腹立たしげに分析する傾向」という表現です。
この表現は、明らかに中国人の立場に立って、アメリカを強く非
難しています。「そんなんじゃない。ただカネを注ぎ込めばでき
るような簡単なことじゃない」と。
 私は、遠藤氏が、米国に先駆けて量子通信衛星の打ち上げ成功
した中国の快挙について、心のなかで誇らしいと考えているよう
な気がします。それは中国人ならではのことです。こういう表現
は、遠藤氏の本には、随所に見られることです。本書の「まえが
き」に次のような表現があります。
─────────────────────────────
 いま日本では「習近平一強」を語るに当たり、権力闘争ばかり
に焦点を当てたがる傾向があるが、そのような、日本人の耳目に
心地よい迎合型分析をしていると、これら一連の国家戦略が見え
てこない。それは日本の国益を損ねる。
                 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 これは、日本のメディアに対して憤りをぶつけています。もち
ろん、遠藤氏としては、中国の事情に通じている日本人の学者と
して、「その分析は間違っている」ということを強調したいので
しょうが、その主張は、日本人としてよりも、中国サイドからの
主張に聞こえてしまうのです。遠藤氏は、この主張の最後を次の
ように締めくくっているからです。
─────────────────────────────
 その意味では(日本は)トランプに感謝すべきだろう。彼が米
中貿易戦争を仕掛けてくれたことにより、「2025」が持つ重
要性に焦点を当ててくれたのだし、中国の戦略をあばいてくれた
のだから。日本人が事実とかけ離れた権力闘争物語を面白がって
いる内に、中国はハイテク産業のコア技術で日本を追い抜き、宇
宙を支配してしまうかもしれない。 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 もちろん遠藤氏に責任があるわけではありません。中国につい
て論ずるときは、遠藤氏のような中国ウォッチャーからの情報は
不可欠であり、大変役に立つのですが、中国からの情報はいろい
ろな要素を勘案して、一歩引いて見る必要があると思うし、私は
そう心がけているので、そう書いたままです。
 遠藤氏のいうように、いくらカネを注ぎ込んだとしても、それ
だけで、量子通信衛星の打ち上げなどに成功できるものではない
のです。もちろんカネは不可欠ですが、何といっても、そのカネ
を使って、それを成し遂げる人材が必要です。
 中国は、千人計画や万人計画などを通じて、優秀な人材──中
国人を中心とするが、外国人でも──を計画的に中国国内に集結
させてきたのです。「墨子号チーム」のリーダーは、潘建偉(パ
ンジェンウェイ)という人物です。現在、49歳の若さです。こ
の潘建偉氏について、遠藤氏は次のように紹介しています。
─────────────────────────────
 潘建偉は国家「千人計画」の特別招聴専門家の一人で、20年
ほど前(1996年、26歳で)、オーストリアに留学したとき
に、オーストリア科学アカデミー院長で宇宙航空科学において最
高権威を持つツァイリンガー教授に会っている。初対面は、19
96年の10月。そのときツァイリンガ一教授に、「あなたの夢
は何ですか?」と聞かれたそうだ。すると若気の至りもあって、
つい「中国で世界一流の量子物理実験室を持つことです」と答え
たとのこと。
 潘建偉はは当時を思い出し、「生まれたばかりの子牛は虎を恐
れない」という諺を用いて「経験の乏しい若者はこわさを知らな
いがゆえに無鉄砲なまねをするものだ」と照れながらも、結局そ
の夢を捨てきれずに、帰国後の2001年に中国科学技術大学で
量子物理学・量子情報実験室を持つことが叶い、こんにちまで走
り続けてきたと、墨子号発射の彼のインタビューで語っている。
                 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 実は潘建偉氏は中国共産党員ではないのです。中国には、中国
共産党以外に、次の8つの民主党派があります。これを「八大民
主党派」と呼んでいます。潘建偉氏はこのうちの九三学社に入党
している変わり種です。
─────────────────────────────
   1.中国国民党革命委員会  5.中国農工民主党
   2.中国民主同盟      6.中国致公党
   3.中国民主建国会     7.九三学社
   4.中国民主促進会     8.台湾民主自治同盟
─────────────────────────────
 潘建偉氏は、中国科学技術大学の常務副学長にして、中国科学
院量子科学技術創新研究院院長を務めています。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/063]

≪画像および関連情報≫
 ●量子超大国を目指す中国で「量子の父」と呼ばれる男
  ───────────────────────────
   2017年年9月29日、中国の科学実験衛星「墨子号」
  が、地球半周分も離れたウィーンと北京の2都市間でハッキ
  ング不可能なビデオ会議の開催に成功した。墨子号は、時速
  2万9000キロメートルで進みながら、北京から北東に車
  で数時間の距離にある興隆の地上局に向けて小さなデータパ
  ケットを送信した。その後1時間以内にオーストリアを通過
  する際、別のデータパケットを、グラーツ市近くの地上局に
  送った。
   墨子号が送信したデータパケットは、データ伝送を保護す
  るための暗号鍵だった。この実験がひと際注目されたのは、
  衛星から送信された暗号鍵が繊細な量子状態にある光子の中
  で符号化されていたためだ。通信を傍受しようとするいかな
  る企ても、量子状態を壊して、情報を破壊し、ハッキングの
  痕跡を残してしまう。1と0を表す電気や光の信号の流れ、
  つまり読み取りや複製が可能な古典的な情報単位(ビット)
  で暗号鍵を送るよりはるかに安全な方法なのだ。
   映像は量子ではなく従来の方法で暗号化されていたが、復
  号に量子鍵が必要だったため、安全性は保証されていた。墨
  子号による実験は、世界初の量子暗号を用いた大陸間ビデオ
  接続となった。         https://bit.ly/2YQ5YXK
  ─────────―-−


(中国の学会で発表する潘建偉氏.jpg
中国の学会で発表する潘建偉氏
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2019年04月08日

●「国民栄誉賞か千人招聘人材戦略か」(EJ第4983号)

 5日の新聞各紙によると、現役を引退したイチロー選手が政府
に国民栄誉賞を辞退したそうです。辞退は、2001年と、20
04年に続いて3回目になります。2001年のときは「まだ若
い、発展途上」、2004年のときは「まだ野球人としてやるこ
とがある」と辞退の理由を述べています。
 この2回の辞退の言葉を聞けば、3回目も辞退するのはわかっ
ていたと思います。確かに2004年のときに「野球人生が終っ
たとき」といっていましたが、これは外交辞令でしょう。彼は国
民栄誉賞という、何か偉業を成し遂げたときに授与される勲章に
は、あまり関心がないようです。
 これに比べると、中国の「千人計画」は表彰ではありませんが
若い人にとっては魅力的です。他国に留学中に、国のトップから
「君はわが国にとって大切な人材だ。国として研究環境を整える
から、帰国して国のために尽くして欲しい」といわれたらどうで
しょうか。きっと帰国する人が多いはずです。人は上層部から期
待されるとやる気を出すものです。
 成果を出して、そのうえでもらう表彰ではなく、これから出す
成果に対して国が期待し、「千人計画」の一員に加えてくれるの
です。褒章ではなく、国が期待をかけてくれるのです。その方が
人間というものはモチベーションが上がるのです。
 吉林大学に黄大年という教授がいたのです。地球物理学者です
が、黄大年氏は英国に留学し、ここで骨を埋めるつもりで18年
間研究に没頭します。そのとき、「千人計画」の招聘教授の声が
かかったのです。いろいろ悩んだ末に、2009年に英国での研
究を放棄して、中国に帰国し、航空宇宙地球物理学探索技術研究
に従事することになります。もちろん「墨子号」の打ち上げにも
関わっています。
 彼は、50代の若さで亡くなっていますが、なぜ帰国したかに
ついて、遠藤誉氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 このとき彼に帰国を決意させた理由は、中国が大々的に「千人
計画」という人材戦略を策定し、国家予算を思いきりそこに注ぐ
という確固たる国家戦略に基づいて動こうとしている、その本気
度を感じたからだという。「国家がこの私を宝物のようにして欲
しがってくれており、大きな国家事業に向けてまい進しょうとし
ている。自分の人生が、そこで必要とされているというのなら、
戻って祖国のために尽くそう、という自尊心と尊厳を抱かせた」
と述べている。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 実際問題として、中国共産党中央当局としても、「千人計画」
や「万人計画」などの人材戦略が、これほどの成果を上げるとは
考えていなかったと思われます。とくに、潘建偉氏を中心とする
世界初の量子通信衛星打ち上げ成功には、中国科学技術大学を中
心として、中国科学院の上海技術物研究所、中国科学院光電技術
研究所、中国科学院上海微小衛星工程センター、中国科学院紫金
山天文台、中国科学院国家天文台などの多くの研究所や大学がま
さに一体となって取り組み、成功を成し遂げています。
 なお、実際の「墨子号」打ち上げに際しては、潘建偉氏の指導
教官であったオーストリアのツァイリンガー氏がリーダーを務め
るチームが、ヨーロッパの多くの量子物理学チームが関係する宇
宙局と連携をとって、宇宙と地上とを結ぶ通信をとるなど、全面
協力しています。別にこそこそ隠れて、秘密裡にやっていたわけ
ではないのです。
 科学誌「ネイチャー」は、毎年、今年の科学界を振り返るため
10人を選んで発表しています。選ばれる人は科学者とは限らず
患者さんもいるし、反科学の急先鋒もいます。そして、この20
17年度の10人の1人に潘建偉氏が選ばれているのです。その
10人の名前を以下に列挙しますが、これらの人がどういう人で
あるかは、NPO法人オール・アバウト・サイエンスジャパンの
西川伸一氏のコメントを参照してください。
─────────────────────────────
 ◎2017年度「ネイチャー」/今年の10人
  1.David Liu: Gene corrector
    遺伝子編集者
  2.Marica Branchesi: Merger maker
    中性子星合体の大観測体制
  3.Emily Whitehead: Living testimonyial
    生き証人
  4.Scott Pruitt:Agency dismantler
    環境保護局解体請負人
 ★5.Pan Jianwei
    量子通信の父
  6.Jennifer Byrne:Error sleuth
    論文の間違いを暴く刑事
  7.Lassina Zerbo: Test-ban tracker
    核実験禁止協定違反追跡者
  8.VICTOR CRUZ-ATIENZA:quake chaser
    地震追跡者
  9.Ann Olivarius: Legal champion
    法律のチャンピオン
 10.Khaled Toukan:opening sesame
    開けゴマ          https://bit.ly/2FU52sT
─────────────────────────────
 西川氏は、Pan Jianwei (潘建偉)のことを「熱意のみなぎる
楽天的性格で、リスクをとってよく考えて選んだテーマに果敢に
チャレンジする研究者として記事では紹介している」と記述して
います。この発表は2017年12月17日に「ネイチャー」か
ら行われています。  ──[米中ロ覇権争いの行方/064]

≪画像および関連情報≫
 ●ネイチャーの「今年の10人」に中国の潘建偉氏が入選
  ───────────────────────────
   ネイチャー誌は2017年12月17日、今年1年で科学
  に重要な影響を与えた「今年の10人」を選出し、中国から
  は物理学者の潘建偉氏が選ばれた。また、重力波観測施設の
  「VIRGO」の天文学者マリカ・ブランケージ氏らが選ば
  れた。ネイチャーの編集者は、「量子通信やゲノム編集、潜
  在的な核の危機、米国の環境保護政策の後退など、これら選
  出された10人が2017年の科学の成果と挫折をもの語っ
  ている」とした。科技日報が伝えた。
   ネイチャーは入選者全員を記事で紹介。そのなかで、「量
  子の父」と題した潘氏に関する記事では「彼は中国で、量子
  の父と呼ばれている。潘氏は、その呼び名にふさわしい人物
  だ。潘氏に率いられ、中国は、遠距離量子通信技術における
  リーダー的国家となった」と紹介された。潘氏が率いる世界
  初の量子科学実験衛星「墨子号」のチームは2017年6月
  1000キロ級の衛星・地球双方向量子もつれ配送を実現し
  世界で長年維持されてきた100キロ級の記録を打破した。
  関連成果はサイエンス誌に掲載された。それから約1ヶ月後
  同チームは再び世界で初めて1000キロ級の衛星・地球双
  方向量子通信を実現した。関連成果はネイチャー(電子版)
  に掲載された。これにより、潘氏のチームは墨子号の3大科
  学目標を、計画よりも前倒しで達成した。中国科学院の白春
  礼院長は当時、「墨子号の一連の成果が国際的に大変な評判
  となっている。中国の量子通信分野の 研究が、世界を全面的
  にリードする有利な地位を占めていることが分かる」と評価
  した。             https://bit.ly/2D11Ta6
  ───────────────────────────

潘建偉氏の研究室.jpg
潘建偉氏の研究室
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2019年04月09日

●「太平洋戦争は暗号で敗北している」(EJ第4984号)

 中国に「量子暗号通信」の技術を先取りされることが、米国に
どれほど深刻なことであるかについて知る必要があります。考え
てみると、トランプ政権になってから米中の関係がとくに厳しく
なっているのは、中国の「量子暗号通信」の成功も、その原因の
一つになっているのです。
 トランプ政権が発足した約1年後の2018年1月20日、中
国政府の「新華網」は、米国にとって、第2の「スプートニク・
ショック」ともいうべきニュースを伝えたのです。そのニュース
について、遠藤誉氏の本から引用します。
─────────────────────────────
 中国とオーストリアの問で、墨子号を介して量子暗号による通
信に成功したという内容だ。中国科学院の院長、自春礼とオース
トリア科学アカデミーのツァイリンガーは、2017年9月29
日に、量子暗号を用いた世界初の大陸横断ビデオ会議を行ったと
のこと。中国科技大学の潘建偉と、同僚の彭承志らでつくる研究
チームは、中国科学院上海技術物理研究所の王建宇が率いる研究
チームやマイクロサット・イノベーション研究院、国家宇宙科学
センターといった機構と共同で、オーストリア科学アカデミーの
ツァイリンガーが率いる研究チームと協力し、量子通信衛星「墨
子号」を使い、中国とオーストリアの間で距離7600キロメー
トルの「大陸間量子鍵配送」を実現し、鍵の共有による暗号化デ
ータ伝送と動画通信を実現したのである。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 「暗号を制する者が世界を制する」といわれます。その象徴的
な事例として、日本と米国が戦った太平洋戦争があります。この
戦争で日本軍の暗号は最初から米軍に解読されていたのです。そ
れなら敗北は必至ですが、なぜ、日本軍による真珠湾攻撃だけは
成功を収めたのでしょうか。結論からいうと、暗号は事前に米軍
の優れた暗号解読者たちによって解読され、日本が攻撃を仕掛け
る6時間も前から、日本が何かをするとわかり、報告を上げてい
たのです。場所もパールハーバーの可能性が高いと特定していま
す。しかし、肝心の米国政府は、これに対して何の措置も取らな
かったのです。それは、次のロジックによる米国の油断があった
といえます。
─────────────────────────────
 ある一つの事柄について、我々は一種の思考凍結状態、あるい
は、心が麻痺した状態にあったように思われた。それは、我々の
推理が、次のようになるからであった。
 もし、日本がパールハーバーを攻撃すれば、それは戦争を意味
する。そして、戦争になれば、アメリカが勝つ。それなら、日本
はパールハーバーを攻撃するようなことがありうるだろうか。答
えは「ノー」である。        https://bit.ly/2UATeVP
─────────────────────────────
 日本軍が使っていた暗号機は、市販のマシンを絶対に解読され
ないように改良発展させたもので、それは「パープル暗号」と呼
ばれていたのです。
 マシンとしては、2台の電動式タイプライターと、その間に介
在する、プラグ盤と暗号用円盤箱から成るもので、左側のタイプ
ライターで平文をタイプすると、右側のタイプライターで暗号文
が打ち出される仕組みであったのです。(添付ファイル参照)
 しかし、米国は日本の機密事項を知るために、ウィリアム・フ
リードマンという人物に日本のパープル暗号機と同じものを作ら
せる仕事を与えたのです。彼のスタッフには、日本がパープル暗
号の前身である「レッド暗号」を解読したチームが協力し、約1
年半かけてパープル暗号機のコピー機を作り上げたのです。これ
によって、日本の外交機密文書は米国によって解読されることに
なったのですが、日本側はそのことを知る由もなかったのです。
 それにもかかわらず日本軍が真珠湾攻撃に成功したのは、いく
つかの要因があります。ワシントンでは、日本の野村、来栖両大
使がまとまるとは思えない平和維持の提案を行っている間に、日
本海軍機動部隊の32隻は、1隻また1隻と日本の領海を密かに
抜け出し、移動を開始していたのです。その艦上には430機に
も及ぶ日本海軍航空隊の精鋭が待機していたのです。
 米国の情報部は、日本軍の各艦艇から発信する無線を傍受する
ことによって、その動きを監視していたのですが、どこに向って
いるかはその時点ではわかっていなかったのです。しかし、突然
日本艦隊の航跡がわからなくなります。全艦が一斉に無線封止を
したからです。それを機に全艦がパールハーバーへと針路を変変
更したのです。しかし、米軍は日本艦隊の航跡を把握できなくな
ります。1941年12月2日のことです。
 問題は、日本としては、最後通牒をいつワシントンに届けるか
です。ワシントンとハワイの時差は約6時間あります。したがっ
て、パールハーバーを午前7時30分に攻撃するには、最後通牒
をワシントンに午後1時30分に届ける必要があります。それよ
り早く届けると、米国側に準備時間を与えることになります。
 日本政府は、攻撃予定日の前日の1941年12月6日から最
後通牒電の発送をはじめていますが、パープル暗号を14個に分
割し、18時間以上かけて発送しています。ワシントンの日本大
使館は、この暗号文の翻訳を開始しますが、そこから1キロと離
れていない米海軍省でも、同じ解読作業をはじめていたのです。
そして、12月7日早朝に14個目の暗号文が届きます。そこに
は、次のように書かれていたのです。
─────────────────────────────
 日本政府は、米国政府の態度にかんがみ、今後交渉を続けても
妥結にいたることは不可能であると考えるのを遺憾とする。
                  https://bit.ly/2UATeVP ─────────────────────────────
           ──[米中ロ覇権争いの行方/065]

≪画像および関連情報≫
 ●ミッドウェー海戦の敗北
  ───────────────────────────
   ミッドウエー海戦は短期間であったが、連戦連勝を続けて
  きた日本軍側が初めて経験した挫折であり、太平洋をめぐる
  日米両軍の戦いにおけるターニング・ポイントとなった。ま
  さにミッドウエー海戦は、「太平洋の戦局はこの一戦に決し
  た」というべき戦いであり、「戦史上特筆大書さるべき」海
  空戦であったが、それは日本側にとってではなく戦果絶大な
  ものがあったのは米軍側であった。この作戦は山本五十六司
  令長官のシナリオ通り進行。ミッドウエーを攻略することに
  よって米空母部隊の誘出を図り、これを捕捉撃滅することは
  現在の戦力からみて容易であると判断。ミッドウエー上陸予
  定日は月齢や気象を踏まえて6月7日(昭和17年)と計画
  され、同じにアリューシャン攻撃も行われることとなってお
  り、本作戦には日本連合艦隊の決戦兵力のほとんど動員され
  ていた。(350隻の艦隊、飛行機1000機、将兵10万
  以上の大出動)山本五十六司令長官に「日本海軍暗号の解読
  は絶対にありえない」と言はした暗号であったが、守勢の立
  場にあった劣勢の米国海軍の強い力となったのがこの暗号解
  読であった。日本海軍主力が太平洋のどこかで遠からず積極
  的な作戦に出てくることは確実であったが、その時期や目的
  地について判断がつきかねていた。https://bit.ly/2OWObdc
  ───────────────────────────

日本のパープル暗号機.jpg
日本のパープル暗号機
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2019年04月10日

「エニグマはどうして解読されたか」●(EJ第4985号)

 戦争に暗号は不可欠なものです。日本の暗号「パープル暗号」
は、太平洋戦争が始まる前から、米国に解読されていたというお
粗末さでしたが、日本とともに連合軍と戦ったナチスドイツの暗
号「エニグマ」は、当時世界で最も強力な暗号であり、連合軍側
はなかなか解けず、悩み抜いたといわれます。
 この「エニグマ」によって、ドイツの潜水艦「Uボート」は、
連合軍側の商船を次々と沈め、数万人の生命を奪い、北米からの
物質や兵員を運ぶ重要な補給ルートを遮断したのです。
 「エニグマ」の仕組みについて、ここで詳しく説明するつもり
はありませんが、「エニグマ」の強みは、当日しか使えない「日
鍵」を使うことにあります。オペレータは「日鍵」のコードブッ
クに基づき、毎日機械の設定を調整し、暗号の配列や規則性を変
更していたのです。「エニグマ」は、添付ファイルの写真を見て
いただくとして、どのように操作するか、そのイメージは「エニ
グマ」について書かれた次の文章を読んでください。
─────────────────────────────
 キーボードで「P」のキーを叩くと、対応する電気信号が生じ
それぞれ26本のワイヤーが仕込まれている3枚のローターを経
由してランプボードまで流れる。
 この時ランプボード側で点灯するのは「J」という文字かもし
れない。そしてもう一度「P」のキーを叩くと、一番目のロータ
ーが回転して、配線が組み替わり、電気の流れる経路が変わるた
め、今度は同じ「P」のキーを叩いても、ランプボードで点灯す
るのは「F」のような別の文字になる。
 それぞれ回転するローターが3つあるため、例えばユーザーが
繰り返し「P」のキーを叩いた場合、エニグマが生成するランダ
ムな文字列は、1万9500キーストローク以上にならないと繰
り返さないものになる。そして1941年にドイツ海軍がUボー
ト用のエニグマに4つめのローターを加えたことで、ランダムな
文字列の長さは約45万7000キーストロークに増加した。
 そして、オペレーターから見て、キーボードの手前にあるのが
プラグボードだ。このプラグボードのおかげでエニグマのランダ
ムさがさらに増しているが、これは元々ドイツ軍の兵站に関わる
問題に対処するために考えられたものだった。
                  https://bit.ly/2YW4pHQ
─────────────────────────────
 しかし、「エニグマ」は、相当難航したものの、連合軍側は解
読に成功しているのです。ただし、解読したことは極秘にされた
ので、ドイツは最後まで「エニグマ」を使い続けたのです。それ
は、日本でも同じです。
 それでは、一体どのようにして、「エニグマ」を解読したので
しょうか。「エニグマ」の解読には、次の2つの説があります。
─────────────────────────────
    1.ポーランドのレイフェスキによる解読成功
    2.Uポートの捕獲成功による仕組み解読成功
─────────────────────────────
 「1」について説明します。
 1つの説は、この解読困難な暗号を解読したのが、ポーランド
の暗号解読班「ビュロ・シフロフ」に所属する、若き天才暗号解
読者・レイフェスキであるというものです。
 レイフェスキは、大量の暗号文を元に文字と文字のつながりの
法則を見つけ出し、1京通りある暗号パターンを105456通
りにまで削減することに成功したのです。この105456通り
の暗号文をパターン化して一覧表を作成し、その一覧表をデータ
ベースにして、スクランブラーの設定17576通りを総当たり
にチェックする装置を制作したのです。これにより、毎日変化す
るプラグボードの設定さえわかれば、当日の暗号は全て解読でき
るようになったのです。
 しかし、ナチスドイツはさらに「エニグマ」を複雑にしてきた
のです。こうなると、レイフェスキの作った解読装置では、処理
が困難になります。そこで、ポーランドは、同じ連合国である英
国やフランスの暗号解読機関にこれまでの成果を提供して協力を
求めたのです。
 英国では、やはり「エニグマ」を解読しようと大量の数学者、
科学者を集めていたのです。そのなかには、全英チェスチャンピ
オン、古典学者、美術オタク、焼き物の名人、クロスワードパズ
ルのマニア、トランプの名人など多彩な人物がいたのです。
 そのなかに、後にコンピュータの原型ともいえる「チューリン
グマシン」を開発したアラン・チューリングもいたのです。そし
て「エニグマ」は、彼らの手によってすべて解読され、その後、
間もなくドイツは降伏することになります。
 「2」について説明します。
 アメリカ軍のダニエル・ギャラリー大佐は、何とかドイツの潜
水艦Uボートを丸ごと捕獲しようと試みたのです。Uボートには
「エニグマ」マシンが搭載されているからです。しかし、これは
実に困難な作戦です。戦争に使われる船舶に関しては、その秘密
保持のため、どこの国でも自爆して何も残さないからです。その
ための自爆ボタンも取り付けられているのです。
 しかし、1944年、はじめて奇跡的にUボート「U505」
の捕獲に成功したのです。これについては、次のサイトに詳しい
説明があります。
─────────────────────────────
   ◎エニグマ暗号をすべて手に入れたアメリカ軍作戦
               https://bit.ly/2I5ZoaL
─────────────────────────────
 これによって、米軍は「エニグマ」の全貌を手に入れることが
できたのです。しかし、それはひた隠しに隠されたのです。この
とき捕獲された「U505」は、現在、シカゴ科学産業博物館に
展示されており、誰でも見ることができます。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/066]

≪画像および関連情報≫
 ●「ヒトラーの心を読んだコンピューター」
  ───────────────────────────
   世界は、あるイギリスのハッカー集団に感謝しなければな
  らない。1938年、イギリスで最高の数学者と科学者たち
  が、『エニグマ』の暗号を解読する方法を編み出すよう依頼
  された。
   エニグマとは、ドイツ軍が戦争中に情報をやり取りするの
  に使った暗号機械だ。その結果生まれたのが『コロッサス』
  という世界初の電子的なデジタル・コンピューターだった。
  後継機種である『コロッサス2』は1944年6月1日に稼
  動を開始し、すぐさま、ある暗号メッセージの解読に成功し
  た。そのメッセージはアドルフ・ヒトラーとドイツ軍の最高
  指令部が、連合国の策略――以前から予想されていたイギリ
  ス海峡を越えての進攻が、ノルマンディーの海岸ではなくカ
  レーを目指しているように見せかける計画――に引っかかっ
  ていることを裏付けるものだった。
   ドワイト・D・アイゼンハワー連合軍最高司令官は、この
  情報を武器に、『オーバーロード作戦』の計画を遂行した。
  そして6月6日、ヨーロッパ連合軍はノルマンディーに上陸
  し、史上最大の海越えの侵略を果たした。イギリスのチェル
  トナムにある政府通信本部では先週、コロッサス・プロジェ
  クトに関する文書を正式に機密扱いから外し、2冊からなる
  報告書を、イギリス全体の公文書類を保管する公文書館に移
  した。             https://bit.ly/2U55mtT
  ───────────────────────────

「エニグマ」暗号マシン.jpg
「エニグマ」暗号マシン
.
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2019年04月11日

●「量子暗号通信米国も負けていない」(EJ第4986号)

 ナチス・ドイツの暗号マシン「エニグマ」は、ポーランドのレ
イフェスキがヒントを提供し、英国の天才的暗号解読者、アラン
・チューリングが解読に成功したといわれています。実際にアラ
ン・チューリングがどのようにして「エニグマ」を解読したかに
ついては映画になっています。
─────────────────────────────
 『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者の秘密』
             監督:モルティン・ティルドゥム
         出演:ベネディクト・カンバーバッチほか
                2015年3月13日公開
─────────────────────────────
 アラン・チューリングとは何者でしょうか。
 チューリングは、想像の世界で現代のコンピュータの前駆的マ
シンを作った人物です。そのマシンは「チューリング・マシン」
と呼ばれ、大変有名です。科学ライターの竹内薫氏の独特の筆致
で、チューリングマシンの基本的仕組みをご紹介します。
─────────────────────────────
 凄い機械なのだ(想像の産物やけど)。だが、構造はシンプル
だ。なんせ、チューリング・マシンには、たった3つの部品しか
ない。テープとヘッドと本体だ。まず1つ目は、書き換え可能な
テープ。このテープは「均等なマス目が1列に並んでいるような
もの」である。テープの長さは無限だ(想像の機械やからね)。
テープには、入力/出力データが書き込まれる。2つ目はテープ
に接するヘッド。ヘッドはテープの1マス分の大きさで、「マス
に書かれた情報を読み取ること」と「マスに情報を書き込むこと
/消去すること」ができる。さらにヘッドはテープの1を左右に
1マスずつ動くことができる。3つ目は、ヘッドと情報をやりと
りする本体。本体には、プログラムを格納でき、プログラムが実
行されている状況を一時的に記憶できる。ここでのプログラムは
状態遷移関数を並べたものだ。  ──竹内薫著/丸山篤史構成
 『量子コンピュータが本当にすごい/ Google、NASA で実用が
        始まった“夢の計算機”』/PHP新書987
─────────────────────────────
 竹内薫氏がいうように、チューリング・マシンは「想像上のマ
シン」であり、チューリングは、実際に機械を作ろうとしたわけ
ではないのです。チューリングは、『計算可能な数について』と
いう数学の論文のなかで、人間の論理思考を「機械」に喩えよう
としたのです。これは、現在のコンピューターの基本的なアーキ
テクチャーを決める、生物学でいうところのDNAの構造を確定
するような理論だったのです。
 前記の映画『イミテーション・ゲーム/エニグマと天才数学者
の秘密』では、「エニグマ」を解読するために、電気と歯車で動
く機械を組み立てて、その日のエニグマの設定を見つけ出そうと
悪戦苦闘する姿が描かれています。私は、現時点でこの映画を見
ておりませんが、時間のある時に観てみたいと考えています。
 ついでに述べておくと、英国軍が暗号解読にやっきになってい
たころ、アメリカでは大砲の弾道計算表をつくるために高速計算
機「ENIAC」が開発されたのです。これは世界初のコンピュ
ータといわれていますが、これは現在のコンピュータのように2
進数ではなく、10進数で作られていたのです。
 アラン・チューリングは、こういう天才にありがちな精神的な
葛藤から、青酸カリを飲んで自殺してしまうのです。1954年
のことです。遠藤誉氏も、このチューリングについて、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 このナチスの暗号を解読した功労者の一人に、イギリスのアラ
ン・マシスン・チューリング(1912年6月23日〜54年6
月7日)という暗号解読者がいる。彼がいなかったら、果たして
ドイツを敗北に追いやることができたか否かも怪しいほど、彼の
功績は大きい。(中略)
 もし、チューリングが生きていれば、量子暗号に関して中国と
オーストリアが協力体制に入ることもなかっただろうし、戦後の
国際社会の中で、かつてのあの大英帝国の威光を失ってイギリス
が没落していくことも、もしかしたら、なかったかもしれない。
アメリカ一国が強国となって、世界のトップに立つこともなく、
暗号を牛耳った者が世界を制するという原則に従って、中国をこ
のように「のさばらせなかった」かもしれないのである。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 欧米や日本は、早い段階から、中国を遥かに上回る高度なレベ
ルの通信技術を持っていたのに、なぜここにきて中国に抜かれて
しまったのでしょうか。
 これについてはこのあと検証しますが、2018年10月26
日、注目すべきニュースが入ってきています。
─────────────────────────────
 アメリカ東海岸に設置された全長800キロに及ぶ未使用の光
ケーブル(ダーク・ファイバー)が本格的な商用量子暗号ネット
ワークとして活用される。計画では今年中に最初の顧客を受け入
れるという。これにより量子暗号化によって暗号鍵を交換する商
用サービスがアメリカで初めて運用されることになる。(中略)
 量子暗号化を利用したネットワークというのは新しいコンセプ
トではない。しかしテクノロジーの発達と現行の暗号システムに
対する攻撃が繰り返され、安全性に懸念が生じていることの双方
の理由から最近急速に注目を集めるようになっている。これは量
子力学の理論と光子を利用して暗号鍵を交換する通信だ。理想的
な状態では傍受により量子状態が変化するため、中間での盗聴が
不可能となる。           https://tcrn.ch/2Iu2CEp
─────────────────────────────
           ──[米中ロ覇権争いの行方/067]

≪画像および関連情報≫
 ●AIではなく、量子コンピュータが我々の将来を決める
  ───────────────────────────
   「量子(quantum)」 という言葉は、20世紀後半になっ
  て他の一般的な形容詞では表せない、何かとても重要なもの
  を識別するための表現手段となった。例えば「Quantum Leap
  (量子の跳躍)」は劇的な進歩のことを意味する(スコット
  主演の、90年代初頭のテレビシリーズのタイトルでもある
  が)。もっとも、それは面白いとしても不正確な定義だ。し
  かし、「量子」を「コンピューティング」について使うとき
  我々がまさに劇的な進歩の時代に入ったことを表す。
   量子コンピューティングは、原子と亜原子レベルで、エネ
  ルギーと物質の性質を説明する量子論の原理に基づいた技術
  だ。重ね合わせや量子もつれといった理解するのが難しい量
  子力学的な現象の存在によって成立する。
   アーウィン・シュレディンガーの有名な1930年代の思
  考実験は、同時に死んでいて、かつ生きているという一匹の
  猫を題材にしたもので、それによって、「重ね合わせ」とい
  うものの明らかな不条理を浮き彫りにすることを意図してい
  た。重ね合わせとは、量子系は、観察、あるいは計測される
  まで、同時に複数の異なる状態で存在できるという原理だ。
  今日の量子コンピュータは数十キュービット(量子ビット)
  を備えていて、まさに、その原理を利用している。各キュー
  ビットは、計測されるまでは0と1の間の重ね合わせの中に
  存在している(つまり、0または1になる可能性がいずれも
  ゼロではない)。キュービットの開発は、膨大な量のデータ
  を処理し、以前には不可能だったレベルの計算効率を達成す
  ることを意味している。それこそが、量子コンピューティン
  グに渇望されている潜在能力なのだ。
                  https://bit.ly/2U5qL65
  ───────────────────────────

映画「イミテーション・ゲーム」.jpg
映画「イミテーション・ゲーム」
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2019年04月12日

●「中国経済は量子研究に耐えうるか」(EJ第4987号)

 問題は、量子暗号通信の分野で、中国は本当に米国を追い越し
たのかどうかということです。遠藤誉氏は、2016年8月16
日付の「ウォールストリート・ジャーナル」の次の記事を取り上
げています。この記事のタイトルは、なかなか含蓄あるものだっ
たのです。
─────────────────────────────
China's Latest Leap Forward Isn't Just Great─It's Quantum
   「中国の最近の「大躍進」は、まさに偉大なんじゃないか
    ──それは量子だ」   https://on.wsj.com/2Ub64Wu
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 「Great Leap Forward」とは、1958年から1961年にか
けて毛沢東が展開した「大躍進政策」のことです。毛沢東が、党
内の右派との抗争に勝利し、党内の主導権を獲得した高揚感から
「核武装をはじめ、経済的にアメリカ合衆国やイギリスを15年
以内に追い越す」と宣言して実施した農業と工業の大増産政が大
躍進政策です。
 この大躍進政策は、現実を無視した滅茶苦茶な手法によって行
われ、多数の人民を処刑死・拷問死させるなど、権力闘争のため
に中国国内で大混乱が起き、3000万人の餓死者を生むという
悲惨な結果を招いたのです。つまり、「大躍進=大失敗」だった
のです。ウォールストリート・ジャーナルの記事は、この大躍進
政策の失敗を念頭に置き、「過去の大躍進は失敗だったが、最近
の『大躍進』は、まさに本物の『グレイト』じゃないか」と書い
ているのです。そして「それは『クォンタム(量子)だ」と締め
くくっています。
 遠藤氏は、このウォールストリート・ジャーナルの記事をまと
めていますが、そのなかから米国のサイバー・セキュリティ機関
「ニュー・アメリカ」のフェローの発言を引用します。
─────────────────────────────
 「この分野における中国の投資は、米国のサイバー能力の恐怖
によって一部動かされている」と、サイバーセキュリティに特化
した「ニュー・アメリカ」のフェロー、ジョン・コステロ氏は言
っている。彼は同時に「アメリカが中国のネットワークに深く入
り込んでいる」という2013年の暴露を指摘してもいる(著者
注:スノーデンのことを指しているのか?)。彼はまた、アメリ
カの研究機関が、現在セキュア通信用に世界中で使われているベ
ースの暗号化を打ち砕くことが理論的に可能な、強力な量子コン
ピュータの 構築方法を、中国が研究していると指摘した。「中
国が電子的スパイ活動が可能になるところまで成長していること
を危倶している」と、コステロ氏は述べている。
                 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 中国は、量子暗号の研究において、はるか先を走っている米国
になぜ追いつくことができたのでしょうか。
 それは「人材戦略」の成果であることは確かですが、それに伴
い、研究開発費も非常に伸びています。遠藤氏の本には、主要国
の研究開発費の推移と2024年までの予測値が出ているので、
それを添付ファイルにしてあります。
 中国が「千人計画」を始めたのは2008年のことですが、そ
の時点の中国の研究開発費は、日本とほぼ同じ規模であり、EU
28ヶ国や米国とは、大きく離されていたのです。しかし、そこ
から、中国の研究開発費は劇的に上昇し、2013年には、EU
28ヶ国と並び、2015年には、中国の研究開発費は米国に次
いで世界第2位になっている──このように国連のユネスコは述
べています。
 そして、2018年には中国は米国と並び、2019年には米
国を追い抜き、「中国製造2025」の到達年度である2025
年には中国の研究開発費は米国をはるかに上回る規模になると予
測しているのです。
 ただ、中国の経済が今後もそれに耐えられるかどうかについて
は疑問があります。米国は、中国の動きには気が付いていて、警
戒を深めており、経済がかぎを握ると考えています。そのため、
オバマ政権の後半からトランプ政権にかけて、中国との経済にお
ける対立を強めています。ボルトン大統領補佐官は、次のように
いっています。
─────────────────────────────
 中国とは、エンゲージメントを放棄せず、コンテインメントを
維持していく。          ──ボルトン大統領補佐官
─────────────────────────────
 「コンテインメント」とは何でしょうか。
 コンテインメントとは「封じ込める」という意味です。中国と
は、「エンゲージメントは放棄せず、コンテインメントを維持す
る」とは、交渉は粘り強く行うが、経済的に封じ込めるという高
等戦略を意味するのです。
 本来、コンテインメントは、第2次世界大戦後に米国が共産主
義の非共産主義諸国への浸透を防ぐためにアメリカ合衆国がとっ
た政策を意味しています。それをトランプ政権は、これまでのと
ころ、非常に巧妙にコンテインメントを行っているといえます。
 日本の航空自衛隊のF35Aが墜落しましたが、これは誠に深
刻な事態です。日本はF35(A、B、C)を大量導入して、日
本の空の守りを固めようとしています。しかし、中国の軍の関係
者はそれを嘲笑っているそうです。なぜなら、F35はステルス
性が最大の売りの一つですが、中国の量子研究が進み、「量子レ
ーダー」が開発されると、F35は裸にされてしまうからです。
F35のステルス性は、あくまで現在のレーダーを前提としてお
り、量子レーダーの下では、全く役に立たないからです。「量子
を制する者、世界を制す」は本当のことなのです。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/068]

≪画像および関連情報≫
 ●1年で集積度が驚異的に向上した量子コンピュータ
  ───────────────────────────
   「量子コンピュータ」とは、量子力学の原理を情報処理に
  積極的に利用したコンピュータである。従来のコンピュータ
  (以下「古典コンピュータ」と呼ぶ)における情報の最小単
  位は0と1、すなわち「ビット」である。一方、量子コンピ
  ュータでは、0と1、0と1の重ね合わせ状態である「量子
  ビット」が情報処理の基本単位だ。もし300量子ビットの
  量子コンピュータが存在すれば、2300(2の300乗)
  の重ね合わせが実現できる。この数字は、宇宙を構成する全
  原子数2261個よりも大きいという、天文学的に膨大な数
  である。量子コンピュータにおいては、この重ね合わせ状態
  に対して並列に情報処理を行う。その後、干渉効果を利用し
  て答えが得られる確率を巧みに増幅して、答えを読み出す。
   したがって、量子ビット数が1つ増えると並列度は2倍、
  量子ビットがn個増えると並列度は2n倍、というように、
  指数関数的に増大する。一方古典コンピュータは「32ビッ
  トから64ビット」のようにビット数が2倍になると表現で
  きる情報量が2倍になるだけで並列度は増大しない。このよ
  うにビット(量子ビット)数と性能の関係が、量子コンピュ
  ータと古典コンピュータでは大きく異なる点に注意してほし
  い。それでは、量子コンピュータは、古典コンピュータの性
  能を圧倒的に上回る「夢のコンピュータ」なのだろうか?
   実は、そう言い切ってしまうのはあまり正確ではない。古
  典コンピュータに対して量子コンピュータが指数関数的に高
  速になることが証明されている数学的問題はわずか60個程
  度である。           https://bit.ly/2v1d1iW
   ───────────────────────

研究開発費の推移(予測).jpg

研究開発費の推移(予測)
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2019年04月15日

●「中国/量子もつれ個数の世界記録」(EJ第4988号)

 ここで中国とオーストリア間で、量子通信衛星「墨子号」を介
して実施されたとされる「量子暗号通信」のメカニズムを確認し
ておくことにします。
 量子通信衛星が発信するのは「量子暗号」です。この量子暗号
は「0」と「1」が重ね合わされた状態──いわゆる「量子のも
つれ」の状態で発信されます。
 既に述べているように、原子の先の量子の世界では、「0」と
「1」の他に、「0」と「1」の両方の状態を取ることができる
のです。この「量子のもつれ」を暗号の「鍵」として使うのが量
子暗号通信です。
 さて、宇宙空間を回っている墨子号から「量子のもつれ」の状
態で量子暗号が発信され、この暗号を使って地球上のAという地
点と、Bという地点で通信が行われたとします。この場合、もし
この通信がハッキングされたとすると、量子のもつれは破綻して
通信できなくなります。通信中のA地点とB地点もハッキングに
気がつくので、別の量子(光子ともいう)のペアが発信され、通
信を続けることができます。
 量子暗号通信衛星は、詳しいことは不明ですが、おそらく複数
の量子(光子)のペアを発信し、その1つのペアが「鍵」として
選択され通信しますが、ハッキングされると自動的に別の「鍵」
が選択され、通信をシームレスに続けることができるのではない
かと考えられます。この中国とオーストリアの量子暗号通信につ
いて、遠藤誉氏は次のように述べています。
─────────────────────────────
 2017年9月29日、中国科学院の白春礼院長とオーストリ
ア科学アカデミーのツァイリンガ一院長は、量子暗号を用いた世
界初の大陸横断ビデオ会議を行った。地上と衛星との間で量子暗
号を用いた世界初の大陸横断ビデオ会議を行った。地上と衛星と
の間で、量子暗号を用いて量子通信をしただけでなく、地上にお
ける大陸間横断を実施したわけだ。
 実験において、墨子号は河北省興隆市とオーストリア・グラー
ツの地上基地で、衛星地上間量子「鍵」配送を実施した。指令制
御衛星を中継とし、興隆地上基地とグラーツ地上基地間の鍵共有
を実現した。
 実験中の鍵共有量は、約800キロバイト。鍵共有に基づき、
ワンタイムパッドの暗号化を採用し、共同チームは北京とウィー
ンの間でも画像暗号化伝送を行った。共同チームは高級暗号化標
準「AES−128」と結びつけ、シードを1秒毎に更新し、北
京からウィーンに至る暗号化動画通信システムを構築した。さら
にこれを利用し、75分間にわたる中国科学院とオーストリア科
学院の大陸間量子機密ビデオ会議を行った。両国のアカデミーの
院長が、史上初めての量子暗号を用いた機密会議を行ったのであ
る。 ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 これによると、量子暗号通信をするには、複数の量子(光子)
のもつれを作り出す必要があります。この技術は絶望的に難しい
といわれています。
 ここにもう一人のキーマンが登場します。それは、1982年
に中国の浙江省で生まれた陸朝陽という人物です。また37歳と
いう若さですが、「量子の父」といわれる潘建偉氏の弟子であり
「量子の鬼才」と呼ばれています。
 陸朝陽氏は、中国科技大学物理学系に入学し、2004年に卒
業することになっていたのですが、偶然オーストリアから帰国し
た潘建偉教授の話を聞き、魅了されてしまったといいます。彼は
迷うことなく、マイクロ・スケール物理科学国家実験室量子物理
・量子情報研究科の修士課程に進み、潘建偉研究室で光子のもつ
れと量子コンピュータの研究に従事しています。
 2011年には、英国の奨学金を得て、ケンブリッジ大学のキ
ャンペンディッシュ研究所で博士学位を取得し、同時にケンブリ
ッジ大学チャーチル学院のフェローに選ばれています。その確率
は1%という難関を突破してのフェロー就任です。
 この陸朝陽氏を含む潘建偉チームは、この絶望的に困難な技術
の突破口を開くのです。これについて2018年7月3日の「人
民日報」は、次のように伝えています。
─────────────────────────────
 複数の粒子もつれの操作は、量子計算が超越できない技術的難
題として、世界の競争の中心になっている。播建偉のチームは、
2016年末に、10個の光子ビットと10個の超伝導量子ビッ
トのもつれを実現し、この2つの「世界記録」を更新し維持して
きた。長年にわたる模索と技術の難関突破により、研究チームは
18個の光量子ビットのもつれの実験と厳格な複数体もつれの検
証を実現し、すべての物理体系におけるもつれ数の世界記録を更
新した。同成果は大スケール・高効率量子情報技術に応用可能で
あり、同時に中国が世界の複数体もつれの研究をけん引し続けて
いることの証となっている。
          ──2018年7月3日付、「人民日報」
─────────────────────────────
 これによると、中国は既に18個の光量子ビットのもつれを作
り出すことに成功しているのです。それは、6つの光子の次の3
つの自由度を調節することで、世界ではじめて、18個の光量子
ビットのもつれの作り出しに成功し、すべての物理体系における
「もつれ数の世界記録」を達成しているのです。
─────────────────────────────
        1.         偏光
        2.ルート(光の進む経路)
        3.     軌道角運動量
                 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
           ──[米中ロ覇権争いの行方/069]

≪画像および関連情報≫
 ●「量子のもつれ」が相対論を脅かす/「日経サイエンス」
  ───────────────────────────
   私たちが経験から知っているように,この宇宙で私たちが
  直接に影響を及ぼすことのできる物体は直接触れているもの
  だけだ。しかし量子力学によると、「量子もつれ」という性
  質がもたらす遠隔作用が存在し、2つの粒子が何の媒介もな
  しに同期して振る舞う。この非局所効果は単に直観に反して
  いるだけではない。アインシュタインの特殊相対性理論に深
  刻な問題を投げかけ,物理学の根底を揺るがす。
   量子もつれとなる特性はいろいろある。例えば,それぞれ
  の自転の向きがはっきり決まっていないにもかかわらず,反
  対向きに自転していることは確実な2個の粒子がありうる。
  量子もつれは,粒子がどこに存在するかによらず,粒子が何
  であるかによらず,互いにどんな力を及ぼし合っているかに
  よらずに,2つの粒子を関連づける。原理的には,銀河の両
  サイドに遠く離れた電子と中性子が量子もつれになっている
  例も考えられる。
   一方で、子もつれは「非局所性」という非常に気味悪く
  徹底的に直観に反する現象を引き起こす。対象に触れず、そ
  こまでつながったどんな実体の連鎖にも触れることなく、物
  理的影響が及ぶ可能性が生じるのだ。
   非局所性の最大の問題は,その圧倒的な奇妙さを別とする
  と、特殊相対性理論に重大な脅威をもたらすという点だ。こ
  こ数年で,この昔からの問題がついに物理学の真剣な議論の
  対象となった。議論の行方によって,物理学の基盤は最終的
  には崩れるか,歪められるか,再創造されるか,確固たるも
  のになるか,あるいは腐敗のタネがまかれることになるだろ
  う。              https://bit.ly/2KCPFKZ
  ───────────────────────────
 ●添付フィル解説 https://bit.ly/2v5srmd

箱の中の猫.jpg

 箱の中の猫 
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2019年04月16日

●「米国は宇宙では中国に遅れている」(EJ第4989号)

 遠藤誉氏の本を読むと、こと量子暗号通信関連の技術では、米
国は中国に大差をつけられているように感じます。中国は、既に
どんなことをクリアしているか、以下にまとめておきます。
─────────────────────────────
 ◎2011年
  ・中国とオーストリアで「大陸間量子通信強力協定」締結
 ◎2016年 8月16日
  ・世界初の量子通信衛星「墨子号」打ち上げ成功
 ◎2016年
  ・潘建偉研究室が10個の光子ビットと10個の超電導量
   子ビットのもつれを実現/2つとも世界初、世界記録
 ◎2017年 5月 4日
  ・世界初の光量子コンピュータ中国が開発に成功
 ◎2018年 7月 3日
  ・18個の光量子ビットのもつれに成功。「もつれ数の世
   界記録」更新
 ◎2018年 9月29日
  ・「墨子号」が大陸間量子暗号通信に成功。量子暗号を用
   いた中国、オーストリア間の世界初の大陸横断ビデオ会
   議を実施
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 量子研究の進化のキーになるのは、量子コンピュータがいつ開
発されたかです。中国は、2017年5月4日に開発に成功した
と発表していますが、コンピュータの仕様などの詳細は、まった
く不明です。
 米国はどうかというと、カナダのベンチャー企業の開発による
「Dウェーブ・システム(以下、Dウェーブ)」という名の量子
コンピュータを2013年に、軍需産業を支えるロッキード・マ
ーチン社と米国航空宇宙局(NASA)が購入して使っているの
です。中国の開発成功よりも4年も前のことであり、米国がそれ
ほど遅れているようには見えないのです。なお、量子コンピュー
タの分野では、日本もがんばっており、既に量子コンピュータは
実用レベルに入っています。
 しかし、中国は、量子通信衛星「墨子号」を2016年8月に
打ち上げており、これについては米国は大きく遅れを取っている
といえます。中国は、かなり緻密な計画の下に、人材と資金を注
ぎ込み、着実に成功させています。
 そして、何よりも決定的に米国に明確な差をつけたと世界に思
わせたのは、2019年1月3日の次の記事です。
─────────────────────────────
 ◎中国探査機、世界初の月裏側着陸
 【北京=共同】中国国営の中央テレビによると、中国の無人探
査機「嫦娥4号」が3日午前(日本時間同)、世界で初めて月の
裏側への軟着陸に成功した。着陸後に撮影した画像の地球への送
信にも成功した。今後、鉱物資源などを調査する。習近平指導部
は「宇宙強国」の地位確立に向けた取り組みを加速する。
 嫦娥4号は昨年12月8日に打ち上げられた。「嫦娥」は中国
の月に住む伝説の仙女の名。地形や中性子線などの月面環境を観
測するほか、地質も調査する。月は常に同じ面が地球に向いてい
るため、裏側は地球から見えない。中国メディアによると、裏側
は表側より起伏が大きいなど環境が異なるため、新たな科学的成
果が期待できる。  ──2019年1月3日付、日本経済新聞
─────────────────────────────
 量子暗号衛星による量子暗号通信の成功に加えて、世界初の中
国探査機の月の裏側への着陸です。これには、米国の科学技術陣
と軍事当局は相当の衝撃を受けているはずです。
 地球から月の裏側に通信を送っても、月自体が遮蔽物になって
電波は届かないのです。1968年に、アポロ8号の宇宙飛行士
が始めて月の周りを飛行したとき、短時間ではありますが、地球
との通信が途絶えています。
 そのため、アンテナの役割をする衛星を打ち上げる必要がある
のですが、その衛星は月の周りのある1点に固定させなければな
らないので、その位置に正確に打ち上げるのはかなり至難の業な
のです。中国はその中継衛星「鵲橋(じゃっきょう)号」を20
18年5月に打ち上げに成功しています。
 これについて遠藤誉氏はウェブサイト上で、次のように説明し
ています。
─────────────────────────────
 アンテナの役割をする中継通信衛星は、月の周りの1点に固定
していなければならないが、中国はピンポイント的に、力の作用
がゼロになって動かない「ラグランジュ点」に焦点を当てて打ち
当てた。月の裏側に行くことよりも、実は、このラグランジュ点
にピンポイント的に衛星を打ち当てて、「宇宙で固定しておくこ
と」の方が遥かに困難だ。(中略)
 アメリカの科学者が「是非とも、中継通信衛星・鵲橋号を使わ
せてほしい」と申し出てきた。「アメリカも月の裏側に着陸した
いが、中継通信衛星を打ち上げることが困難なので、中国が利用
し終わっても、どうか回収しないでアメリカに使わせてほしい」
というのが、その科学者の申し出の内容だ。「中国は喜んで承諾
した」と、中国工程院の院士で中国月探査総設計師(リーダー)
の呉偉仁氏が述べている。これは、まずいではないか。
                  https://bit.ly/2Ueaz2x ─────────────────────────────
 これはどのように考えても、米国は、少なくとも宇宙において
は中国に完全に遅れているといわざるを得ない状況です。やはり
米国に昔日の面影はなく、あらゆるところに劣化が表面化してい
るといっても過言ではない状況です。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/070]

≪画像および関連情報≫
 ●ただの着陸ではない ── 中国が世界を震撼させたワケ
  ───────────────────────────
   地球から月への数週間の飛行の後、中国は無人探査機「嫦
  娥4号(じょうが4号)」を月面に着陸させた。だが、着陸
  地点はどこでも良かったわけではない。中国は自動車サイズ
  の着陸船と探査車を月の裏側に着陸させた──人類が過去上
  空からしか観測したことのない未知の場所だ。
   中国の偉業には世界中から祝福が寄せられた。宇宙探査に
  関心を持つ人はもちろん、NASAの高官からも。嫦娥4号
  は、月の成り立ちの謎を解明する手がかりを探り、地球から
  数十光年離れた場所から届く電波をスキャンし、氷が堆積し
  ている場所を探す。「アメリカの宇宙計画は常に世界をリー
  ドしてきた。中国による月面着陸は、紛れもなく科学的な成
  果」と引退したNASAの宇宙飛行士マーク・ケリー氏は、
  1月4日(現地時間)、ツイートした。
   さらに同氏は、中国のミッションは「政治のレベルを超え
  て、宇宙開発を進める必要があることを思い出させてもくれ
  た」と付け加えた。また、「世界は我々を置いてけぼりにし
  ている」と述べた──「我々」とはアメリカのことだ。ケリ
  ー氏は極めて愛国的な宇宙飛行士として知られ、宇宙開発に
  ついて熱心に発言している。また、中国は宇宙探査において
  世界中を打ち負かす存在になると考えているのは同氏だけで
  はない。「ただの着陸ではない」とオーストラリアの宇宙飛
  行士アラン・ダフィ氏は着陸の後、ワシントンポストに語っ
  た。              https://bit.ly/2PafkJz
  ───────────────────────────

月面を探査する玉兎号.jpg

月面を探査する玉兎号
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2019年04月17日

●「中国はなぜ参加が拒否されたのか」(EJ第4990号)

 日米欧などの国際共同研究グループが、銀河系の中心にあるブ
ラックホールの写真撮影に成功しています。アインシュタインの
一般相対性理論に基づいてその存在が予言されてから、約100
年後の撮影成功の快挙です。しかし、こういう国際的な宇宙開発
プロジェクトには、中国は入っていないのです。
 中国が先頭を走る量子暗号通信も、「セキュアなインターネッ
ト」の実現に繋がるものであり、人類にとって明るいニュースな
のですが、中国という共産党一党独裁の全体主義国家が主導する
開発ということになると、何しろ覇権を狙う国であるだけに、世
界中の国が強い警戒心をいだいてしまうのです。
 そういうことを棚に上げて、中国が内心強い怒りを貯めている
もののひとつに「国際宇宙ステーション」があります。なぜなら
中国は、非民主主義国家であるという理由で、その参加を拒否さ
れているからです。その怒りが物凄いエネルギーとなって、宇宙
開発が進んだともいえるのです。
 中国の百度百科で「国際宇宙ステーション」を引くと、次のよ
うに出ているそうです。
─────────────────────────────
 ●中国が参入しているか否か:否
 ●最終退役はいつごろか:2024年。どんなに延期しても
  2028年
 ●最も適切な次の宇宙ステーションを担う国はどこか:中国
  中国が独自の宇宙ステーションを創りあげ、次世代を担う
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 そもそも国際宇宙ステーション計画は、1981年〜1989
年まで大統領を務めたレーガン氏が、米ソ冷戦期における宇宙競
争において、西側諸国の結束力をアピールすべく提案したもので
す。つまり、これによって、宇宙において西側諸国の優位性を確
保しようとしたのです。したがって、もともと、国際宇宙ステー
ション計画は、「共産主義国家VS民主主義国家」の枠組みに、
なっているのです。
 しかし、1991年にソ連が崩壊してしまうと、宇宙に関して
高い技術力を持って民主主義国家になったロシアを、国際宇宙ス
テーション建設の仲間に引き入れようとしたのです。
 そういうわけで、アメリカ、ロシア、日本、カナダ、及び欧州
宇宙機関が中心となって、1999年から軌道上の組み立てが開
始され、2011年に完成したのが、現在の有人国際宇宙ステー
ションなのです。なお、欧州宇宙機関の加盟国は、ベルギー、デ
ンマーク、フランス、ドイツ、イタリア、オランダ、ノルウェー
スペイン、イギリスです。
 このような事情により、国際宇宙ステーションは、軍事的、防
衛的目的があるので、共産主義国家である中国は、米国がこれま
で参加を拒んできたのです。遠藤誉氏は、これに対して中国が、
宇宙空間から中国を排除しようとしていると指摘して、次のよう
に述べています。
─────────────────────────────
 「国際宇宙ステーションには、中国は参加を許されていない。
排除されている」という事実は、中国にとっては、きっと「許し
がたいこと」であり、「報復の執念を強く抱く対象」となったで
あろうことは、容易に想像がつく。
 この「報復の執念」を中国が抱いたのは、国際宇宙ステーショ
ンが正式にスタートした1999年前後のことだろうが、それは
まさに潘建偉らが、オーストリアの科学アカデミーと密接な関係
を持ち、量子通信衛星に情熱を注ぎ始める時期と一致している。
 中国は、「後発の利」を最大限に活かしている国だ。日米など
が主導する国際宇宙ステーションには、中国の墨子号が持ってい
るような量子暗号による機能はない。しかし中国は、国際宇宙ス
テーションが2024年には退役すると踏んで、次世代の中国独
自の宇宙ステーションには「量子暗号通信機能」を搭載しようと
計画しているのである。      ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 このように各国が人工衛星を打ち上げ、宇宙に出て行けるよう
になると、宇宙の領有権というものが問題になってきます。これ
については、1966年に国連総会で採択され、1967年から
発効した「宇宙条約(宇宙憲章)」というものがあります。この
条約では、次の4つのことが規定されています。
─────────────────────────────
       1.宇宙空間の探査・利用の自由
       2.        領有の禁止
       3.      平和利用の原則
       4.  国家への責任集中の原則
       ──ウィキペディア  https://bit.ly/2GmpVOS
─────────────────────────────
 このように、天体を含む宇宙空間に対しては、いずれの国家も
領有権を主張することはできない」と定められており、月、その
他の天体も、もっぱら平和利用に限定され、軍事利用は一切でき
ないとされています。ところが、資源の利用に関しては何の規定
もなかったのです。
 そこで、さらに1979年に国連総会で採択され、1984年
に発効した「月協定」では、人類が最も行く確率の高い月に関し
て、月の表面や地下などの天然資源は、いかなる国家・機関・団
体・個人にも所有されないことが定められています。しかし、米
国や日本をはじめ、ほとんどの国がこの協定に加盟しておらず、
死文化してしまっているのです。
 ところが、中国の巧妙な働きかけによって、国家の所有はだめ
だが、個人や企業の所有を認めるという「2015宇宙法」を時
のオバマ米大統領が後押しして成立させてしまうのです。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/071]

≪画像および関連情報≫
 ●中国の宇宙ステーションの一部技術がISS超える?
  ───────────────────────────
   中国有人宇宙事業チーフデザイナーの周建平氏は2018
  年4月24日、2022年に完成予定の中国宇宙ステーショ
  ン「天宮」は、情報とエネルギー、動力技術、ランニングコ
  ストの面で、国際宇宙ステーション(ISS)を上回る可能
  性があると表明した。科技日報が伝えた。
   周氏はまた、「全体的に見て、天宮は規模のほか、機能や
  応用の効果、建造技術、物資補給などの重要指標でミールを
  上回り、ISSの水準に達するか近づくことになる」と説明
  した。周氏は同日開かれた、3年目となる「中国宇宙の日」
  メイン活動で、天宮について詳細に説明した。周氏によると
  その基本構造は1つの核心モジュール、2つの実験モジュー
  ルで構築される。3つのモジュールの複合体の重量は66ト
  ンで、定員は通常3人。乗組員交代の時には短期的に6人を
  収容できる。
   天宮には3つの接合部があり、有人宇宙船、補給船、その
  他の宇宙船による接合と停泊を受け入れる。船内には26の
  ペイロード積載空間、67の中小型船外ペイロード接合部、
  3つの船外大型ペイロード吊り下げ箇所、1つの拡張試験プ
  ラットフォーム吊り下げ箇所がある。給電、情報、熱制御、
  ロボットアームなどの応用ペイロードによる力強い支援力を
  持つ。実験プロジェクト及び試験設備は需要に応じて交換も
  しくはアップグレードできる。モジュール化補給船はペイロ
  ード実験に、高い輸送能力と理想的な輸送環境を提供する。
                  http://exci.to/2GoUB1X
  ───────────────────────────

国際宇宙ステーション(ISS).jpg

国際宇宙ステーション(ISS)
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2019年04月18日

●「着々と進む中国宇宙ステーション」(EJ第4991号)

 現在の国際宇宙ステーションには、中国は参加を拒否されてい
ます。中国が民主主義国家ではないというのがその理由です。こ
れに関し、中国は「許しがたいこと」であるとし、復讐の執念に
燃えているといわれます。「既に宇宙大国になっている中国を差
し置いて、何が国際宇宙ステーションか」というわけです。こう
いうことがまかり通ると考えていることが、今の中国の問題点で
あるといえます。
 中国は、その報復措置として、現在の国際宇宙ステーションが
退役する2024年(延長したとしても2028年)より前に中
国の宇宙ステーションを完成するつもりでいます。宇宙で先行し
て、それで復讐を果そうとしているようです。
 そのため、中国がこれまでにやったこと、その後やると考えら
れることについて、以下にまとめます。
─────────────────────────────
◎2011年 9月29日
 ・「天宮1号」が、甘粛省の酒泉衛星発射センターから打ち
  上げられた。宇宙実験室のひな形およびドッキング試験宇
  宙船。ドッキング技術の修得が目的。
◎2016年 9月15日
 ・「天宮2号」打ち上げ成功。「天宮1号」をベースに改良
  製造された8・6トン級の宇宙ステーション試験機。ドッ
  キング標的機だった「天宮1号」に対し、「天宮2号」は
  宇宙実験室と位置付けられる。
 ・同年10月18日に「神舟11号」がドッキングし、有人
  運用を開始。11月16日に「神舟11号」が切り離され
  有人運用を終了。
◎1017年 4月22日
 ・無人補給船「天舟1号」と宇宙実験室「天空2号」が自動
  ドッキングを終了。「天宮2号」は長期運用が可能。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 次の国際宇宙ステーションで主導権をとるべく、中国が自信を
をもって打ち上げた「天宮1号」は、2016年3月16日から
制御不能になり、世界中を騒然とさせたのです。当時の産経新聞
ニュースは次のように伝えています。
─────────────────────────────
 【北京=西見由章】中国有人宇宙プロジェクト弁公室は、20
18年4月2日、中国が独自の有人宇宙ステーション建設に向け
て打ち上げた初の無人宇宙実験室「天宮1号」が、同日午前8時
15分(日本時間同9時15分)ごろ、南太平洋の上空で大気圏
に再突入したと発表した。ほとんどすべての部品が再突入の際に
燃え尽きたとしている。中国外務省の耿爽報道官は、2日の記者
会見で、「地上への損害は現在確認されていない」と語った。
 欧米の専門家らは、天宮1号が制御不能のまま大気圏に突入し
落下地点をコントロールできなかったと分析しているが、中国当
局は最後まで制御の可否について明言しなかった。任務の成功を
国内外にアピールし、メンツを保つ意図があるとみられる。
                  https://bit.ly/2VOgiOn
─────────────────────────────
 実はこのとき中国は世界中から非難されたのです。2016年
から制御不能になっており、いつどこに落ちるか分からない状況
であったのに、そのことを世界に知らせなかったからです。国の
メンツがあるということのようですが、あまりにも無責任である
といえます。これは、昨年4月の話ですので、記憶にある人は多
いと思います。
 勝手にロケットを打ち上げておいて、制御に失敗するとそれを
隠蔽し、情報を伝えない──こういうところが共産主義国家が信
用されないところです。結果として、南太平洋ハイチ近くの海底
に落下し、被害はなかったのですが、中国政府は、そこに誘導し
たとウソをついています。
 「天宮1号」は8・5トンの重さですが、もし人口密度の高い
場所に落ちれば、大災害になったことは間違いないところです。
制御不能になったのですから、日本を含めて、地球上のどこに落
ちるかわからなかったはずです。
 さて、中国は、今後、宇宙ステーションに関して、何をやるの
でしょうか。遠藤誉氏は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 中国は2020年までに重さ66トンの天官3号の建設に着手
し、2022年までに建設を終える計画を立てている。つまり、
2022年までに本格的に宇宙ステーションを稼動させ、現在の
国際宇宙ステーションの次の世代を、中国が宇宙で担うという計
画を立てている。
 打ち上げに使うのは「長征5号」の予定だ。構成要素としては
コアモジュール「天和」、2つの実験モジュール「間天」と「巡
天」および無人補給船「天舟」を同時にオプションとして打ち上
げるとのこと、いずれも「天」の文字が付いている。
 これまでの宇宙ステーションと違うのは、なんといっても天宮
の中に量子暗号による通信装置が配備されていることで、搭乗員
が量子暗号による通信装置のメンテナンスに宇宙ステーション内
で携わるという。最終目標は、一群の静止衛星で、世界全体をカ
バーするつもりでいる。すべての西側諸国は、中国独自の宇宙ス
テーションに頼るしかないだろうと、鼻息は荒い。
                 ──遠藤誉著の前掲書より
─────────────────────────────
 現在、宇宙空間を飛行している「天空2号」は、2019年7
月まで軌道上を飛行していますが、その後、軌道から離脱させる
と発表しています。平均高度は、400キロ前後の低高度の円軌
道上にあるといわれています。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/072]

≪画像および関連情報≫
 ●地球・月系の支配を狙う中国の野望/櫻井よしこ/コラム
  ───────────────────────────
   いま、世界のどの国よりも必死に21世紀の地球の覇者た
  らんと努力しているのが中国だ。彼らは習近平国家主席の唱
  える中国の夢の実現に向かって走り続ける。そのひとつが、
  宇宙制圧である。21世紀の人類に残された未踏の領域が宇
  宙であり、宇宙経済を支配できれば、地球経済も支配可能と
  なる。宇宙で軍事的優位を打ち立てれば地球も支配できる。
   2016年10月17日、中国が2人の宇宙飛行士を乗せ
  た宇宙船「神舟11号」を打ち上げた背景には、こうした野
  望が読みとれる。内モンゴル自治区の酒泉衛星発射センター
  から飛び立った中国の6度目の有人宇宙船打ち上げは、無人
  宇宙実験室「天宮2号」に48時間後にもドッキングし、2
  人の飛行士は30日間宇宙に滞在する。
   打ち上げは完全な成功で、計画から実行まで全て中国人が
  行ったと、総責任者の張又侠氏は胸を張った。中国は独自の
  宇宙ステーションを2022年までに完成させ、30年まで
  に月に基地を作り、中国人の月移住も始めたいとする。
   いま宇宙には、日本をはじめアメリカやロシアなど15か
  国が共同で運営維持する国際宇宙ステーション(ISS)が
  存在する。ここに参加しない唯一の大国が中国である。中国
  はアメリカとロシアの技術をさまざまな方法で入手し、独自
  の開発を続けてきた。また彼らは世界で初めて「宇宙軍」も
  創設した。その狙いは何か。少なからぬ専門家が中国の軍事
  的意図を懸念する。       https://bit.ly/2GvPz2H
  ───────────────────────────

制御不能で墜落した「天宮1号」.jpg
制御不能で墜落した「天宮1号」

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2019年04月19日

●「中国の恐るべき戦力『軍民融合』」(EJ第4992号)

 習近平国家主席は「肩書きマニア」といわれます。2017年
1月22日に政治局会議が招集され、下記の委員会の設置が正式
決定し、習近平主席が主任に就任、新しい肩書きがもうひとつ増
えたのです。
─────────────────────────────
                  習近平
        中央軍民融合発展委員会主任
─────────────────────────────
 ここでいう「軍民融合」とは何でしょうか。
 ここで「中央」というのは、党中央ということになります。し
たがって、「軍民融合」が、統一的な党中央の指導に基づいて進
められることを意味しています。習近平主席は、2016年から
中国航天科技集団など、中央軍産企業、大手金融機関など13企
業による初の軍民融合産業発展基金を設立しています。その基金
規模は、302億元にのぼるのです。
 「軍民融合」とは、軍需産業の民営化という側面があります。
中国では、主要産業の多くが国営企業ですが、これでは絶対に国
の経済は持たないと習近平主席は考えています。本当だとしたら
これはきわめて真っ当な考え方です。旧ソ連が崩壊したのは、国
家が重工業を担い、採算を度外視して軍需産業を発展させようと
したためである、といわれているからです。
 中国事情に詳しい福島香織氏は、ネット上の「日経ビジネス」
に掲載した論文で、軍民融合について米国と日本を例にしたフェ
ニックステレビのコメントを紹介しているので引用します。
─────────────────────────────
 軍民融合とは、国家の運命の大事に影響するものである。軍民
融合がうまくできなければ、軍備が落ちぶれるだけでなく、国家
経済が破たんする。世界上の軍事強国は、早々に軍民融合を果た
している。例えば米国陸軍の未来の戦士システムでは、兵士一人
ひとりが携帯電話端末を持たなくてはならないが、この端末は、
サムスン製だ。いわゆる軍内の専門工場で生産された軍用携帯電
話ではない。
 日本も同じで、日本には軍産企業は表向きない。しかし日本の
軍需産業は極めて強大だ。そうりゅう型潜水艦、10式タンク、
いずも型護衛艦、これらの武器をだれが作っているのか。中国人
の多くは知らないだろうが、日本の大企業にはいずれも軍工部門
があるのだ。三菱、富士、東芝、住友、ダイキン、リコーなど。
これらはすべて民営企業であり、武器を生産する、日本の特色あ
る軍民融合である。         https://bit.ly/2VRzeeX
─────────────────────────────
 しかし中国でいうところの「軍民融合」は、米国や日本の場合
と明らかに違うのです。世界中どこにでもいる「ふつうの顔をし
た中国人」、すなわち華僑華人は、必要に応じていつでも諜報員
になりうるといっているのです。つまり、民間のふつうの顔をし
た中国人は、必要に応じて、いつでも「軍人」にもなりうるとい
う意味での「軍民融合」なのです。
 2015年11月25日に成立した「2015宇宙法」では、
宇宙条約で禁止されている月などの土地の領有権や資源採取は、
国家については認められないが、「個人あるいは企業による所有
は許される」ことを決めています。
 これには、ウラがあると遠藤氏はいいます。宇宙旅行の実現を
目指して米国では、いわゆる宇宙ベンチャーの動きが活発になっ
ています。テスラーのイーロン・マスク氏による「スペースX」
や、アマゾンの創業者であるジェフ・ベゾス氏による「ブルーオ
リジン」がそうです。
 「2015宇宙法」は、これらの民間企業が宇宙旅行を実現す
る試みを米国政府として後押しして、オバマ米大統領が主導して
まとめたものです。しかしその裏には中国の働きかけがあるので
す。「個人あるいは企業による所有は許される」ということにな
ると、中国の場合は、「軍民融合」によって、「個人・企業の所
有=中国という国の所有」ということになってしまうからです。
 来週の4月24日は「中国宇宙の日」です。これは、2016
年からはじまっていますが、その制定の趣旨は、「2016中国
的航天」の冒頭に次のように書かれています。ちなみに「中国的
航天」とは、中国の宇宙という意味です。
─────────────────────────────
 中国の宇宙事業は、1956年の誕生以来、60年の輝かしい
歴史を経ており、「両弾一星」のスローガンで開始され、輝かし
い成果の代表として有人宇宙飛行や月探査があり、自立更生・自
主技術革新の発展路線を進み、深遠な宇宙精神を蓄積してきた。
宇宙精神を継承し、技術革新の熱意を鼓舞するため、中国政府は
2016年から、毎年4月24日を「中国宇宙の日」とすること
を決定した。
   ──遠藤誉著/PHP/『「中国製造2025」の衝撃/
            習近平はいま何を目論んでいるのか』
─────────────────────────────
 「両弾一星」のスローガンは何を意味するのでしょうか。
 「両弾」とは原子爆弾と水素爆弾を意味しています。「一星」
とは、人工衛星のことです。実は1970年4月24日は、毛沢
東の中国が、最初の人工衛星「東方紅1号」を発射した日なので
す。毛沢東は、執念のように「両弾一星」を狙ったといいます。
その精神は、後継の指導者に受け継がれています。
 「両弾」はその後「核爆弾」としてひとつにまとめられ、もう
一つの弾には「弾道ミサイル」が入っています。したがって、現
在、「両弾一星」は次の3つを意味しています。
─────────────────────────────
     ◎「両弾一星」
      核爆弾、弾道ミサイル、弾道ミサイル
─────────────────────────────
           ──[米中ロ覇権争いの行方/073]

≪画像および関連情報≫
 ●中国「軍民融合」戦略=米国務次官補
  ───────────────────────────
   クリストファー・フォード米国際安全保障・不拡散担当国
  務次官補は最近、中国共産党は米国の技術を獲得し、ハイテ
  ク軍事能力を高めるため、「中国製造2025年」と「軍民
  融合」戦略を用いた、大規模な戦略があると明かした。中国
  は違法行為も含め、あらゆる手段で米国の技術を手にし、米
  国に戦いを挑んでいるという。
   フォード氏は2018年9月、「連邦調査局(FBI)と
  商務部によるカウンターインテリジェンスと輸出入管理」に
  関する会議の中で発言した。同次官補は、中国人入国ビザの
  審査を強化するなど、5つの対応戦略を提案している。
   フォード氏は会議の中で、この大規模な対米戦略への対応
  措置として、@包括的な輸出入管理と特許、A安全保障意識
  Bビザ審査の再検討、C投資の審査、D同盟国を中心とした
  多国間の連携と協力、といった対策を示した。
   フォード氏は、中国は、世界の覇権を狙い影響力を強める
  だけでなく、世界に及ぶ米国の力を、中国にすり替えようと
  していると指摘。この計画は長期的な戦略であり、米国は大
  規模で全面的な中国問題に直面していると警鐘を鳴らした。
  具体的には、中国共産党政府は少なくとも建党100年にあ
  たる2049年までに、大国としての地位を確立し、東アジ
  アの主導権を握る計画があると、フォード氏は述べた。
   フォード氏の分析によれば、中国共産党政権による「国の
  総合力」とは他国のような競争力の向上のみならずハイテク
  技術による経済力を掲げている。これは、米国が国家として
  追及する、軍事におけるハイテク技術の発展を指すという。
                  http://exci.to/2vb33eI
  ───────────────────────────

「軍民融合」が進む中国.jpg
「軍民融合」が進む中国.

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2019年04月22日

●「再生医療技術iPSは本物なのか」(EJ第4993号)

 今回のEJは第4993回、このまま行くと、EJは連休明け
の5月9日に第5000号に到達します。ここまで、約20年か
かっています。土日祝日を引くと1年で約250回、1000号
に達するには約4年かかります。スタートが1998年ですから
5000号で20年になるのです。これほど続けられたのは、多
くの人の支えがあり、読者の皆様の支持と励ましがなければ、続
けることはできなかったと思います。厚く御礼申し上げます。お
そらく特定のテーマを決めて連載するスタイルの日刊メールマガ
ジンはEJだけだと思います。
 5000号を9日先に控えた22日から数回、現在のテーマか
ら少し離れますが、気になるニュースがあるので、それを急遽取
り上げることにします。もっともそれは日本の医療技術の話であ
り、今回のテーマとまるで関係のない話ではないはずです。
 『選択』という雑誌があります。選択出版株式会社が発行して
いますが、この会社の設立は1974年4月なので、約45年の
歴史があります。実は、この雑誌は書店で購入することはできず
年間予約購読のみです。私は、5年ほど前から『選択』を購読し
ていますが、とても役に立っています。
 『選択』の記事には、著者名がありません。書店で購入できず
著者名もないというと、内容の信憑性を疑う人もいますが、記事
内容は正確で、掲載人物は全て実名で、その主張はストレートで
あり、まさに歯に衣を着せない迫力ある筆致で書かれています。
相当実力のある記者が書いているものと思います。
 この『選択』/2019年4月号に、次のタイトルの記事が掲
載されたのです。
─────────────────────────────
      ◎世界が冷視「科学公共事業」の惨状
           「幻想」のiPS再生医療
        ──『選択』/2019年4月号
─────────────────────────────
 この記事の内容はなかなか衝撃的なのです。安倍政権はiPS
再生医療を政権の成長戦略と位置づけているので、政治と無関係
ではないのです。
 そのためか、「iPS再生医療」はよく新聞に掲載されますが
それは、何かの病気のiPS再生医療がスタートするときだけの
ことです。網膜疾患の臨床研究やパーキンソン病への適用など、
治療がスタートするときは、大きな記事になりますが、その後の
経過や結果は、ほとんど記事にならないのです。そう思っていた
ときに、『選択』4月号がiPS再生医療を取り上げたのです。
 ところがです。2019年4月18日付の日本経済新聞夕刊に
iPS再生医療関連記事が掲載されたのです。しかも、トップ記
事としてです。
─────────────────────────────
             他人iPS移植安全確認
     理研術後1年の経過良好/実用化へ7合目
       ──2019年4月18日付の日本経済新聞夕刊
─────────────────────────────
 まるで『選択』の批判に応えるような記事の内容です。そして
その次の19日からは、このニュースは他紙でも伝えられたので
す。しかし私の知る限り、iPS再生医療の経過や結果が記事に
なったことはきわめて珍しいことです。
 そもそも、なぜ、私が、いわゆる再生医療に関心を持ったかと
いうと、EJで「STAP細胞事件」をテーマに取り上げたこと
があるからです。EJのスタイルは、特定のテーマを取り上げて
あらゆる情報を積み重ねて真実に迫ろうとするものですが、うま
くいかないことも多々あるのです。しかし「STAP細胞事件」
については、かなりのところまで迫ったとの自負があります。ブ
ログで読めるので、アドレスを記しておきます。
─────────────────────────────
  STAP細胞事件をわれわれはどのようにとらえるべきか
     ── 事件の背後に潜む闇を解明する ──
  2015年5月7日付、EJ第4028号
       〜2015年9月25日付、EJ第4125号
                 https://bit.ly/2DnKAQG
─────────────────────────────
 『選択』の記事と、今回の新聞報道が、関連があるかどうかは
わかりませんが、記事の内容を対比させてみると、『選択』で批
判していることに、新聞の記事は応えているようにみえます。し
かし、もし、関連があるとしたら、『選択』は書店では売ってい
ないし、読んでいる人はきわめて限定された人たちであるのに、
なぜ気にするのか疑問です。
 ひとつ考えられることは、『選択』を読んでいる人は限定的で
はありますが、その読者層は、大手企業のトップであるとか、著
名文化人であるとか、ジャーナリストなど、自分の意見を持って
発信している人が多いと思われます。したがって、いかに読者が
限定されているとはいえ、批判が拡がる前に、反論を試みたので
はないかと考えられます。
 もうひとつ違和感があるのは「他人のiPS細胞の移植」とい
う言葉です。本来iPS細胞は、自分の細胞から作られるという
ことではじまったはずです。自分のiPS細胞で作るので、拒絶
反応もないし、安全であるというのが、「売り」ではなかったの
でしょうか。
 「自分のiPS細胞」から「他人のiPS細胞」へ──これは
大きな変化のはずです。この変化は、どのようにして決まったの
でしょうか。そのことが、新聞などの報道で、少なくとも大きく
伝えられたことはなかったように思います。少なくともこのこと
は、大きなニュース価値があると思うのにです。
 いろいろな疑問があります。明日からしばらくの間、このテー
マを追及していきたいと思います。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/074]

≪画像および関連情報≫
 ●2018、再生医療はどこまで進んでいる?
  ───────────────────────────
   先日、「患者・社会と考える再生医療」というイベントに
  参加してきました。「“再生医療の研究をめぐる情報”につ
  いて、みんなで考えてみませんか?」をテーマに、医師、研
  究者、市民が一緒になってディスカッションなどを行うとい
  うなかなかユニークな試みです。
   主催は日本再生医療学会。学会の幹事で、京都大学iPS
  細胞研究所(サイラ)上廣倫理研究部門の八代嘉美准教授が
  中心となり、午前中は医師、研究者による講演、そして午後
  からホームワークタイム。参加者はグループに分かれ、自分
  たちが患者として再生医療についてどのような情報を求めて
  いるのか、何が足りないのか、どうしたらいいのかという問
  題について、語り合い、アイデアを出し合いました。
   その中で最も多かった課題は、「今、何が行われているか
  分からない」「再生医療が必要になったらどこに連絡すれば
  いいのか」「そもそも私たちは、治療を受けられるの?」と
  いったもの。つまり正しい情報をどこに求めるかということ
  でした。こうした課題を解決するには、伝える側が「正しい
  情報をいかに分かりやすく伝えるか」という点が重要だと痛
  感しました。
   iPS細胞の登場によって、iPS細胞から人の組織や臓
  器をつくり、それを移植することで「今まで不可能だった治
  療が可能になる」、「夢の再生医療が現実になる!」と大き
  な話題になりました。実際に、再生医療の研究はここ数年、
  ものすごい速さで進んでいて、「世界初の快挙!iPS細胞
  を用いた臨床手術成功」などのニュースを目にする機会も多
  くなりました。         https://bit.ly/2UL6cBo
  ───────────────────────────

『選択』/2019年4月号.jpg
『選択』/2019年4月号
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2019年04月23日

●「理研はどうしてがん化を隠すのか」(EJ第4994号)

 現在、日本において、iPS細胞を使った主な再生医療の臨床
応用への動きとしては、次の5つがあります。
─────────────────────────────
 1.加齢黄班変性 (2013年開始) ・・・・・ 理研
 2.パーキンソン病(2018年開始) ・・・・・ 京大
 3.脊髄損傷   (2019年開始) ・・・・・ 慶応
 4.角膜疾患   (2019年開始) ・・・・・ 阪大
 5.心臓病    (2019年開始) ・・・・・ 阪大
─────────────────────────────
 これを見るとわかるように、理化学研究所による「加齢黄班変
性」の臨床研究が、鳴り物入りでスタートしてから、5年間は新
しい臨床研究は何も走っていないのです。しかし、2018年に
入ってから、京都大学の高橋淳教授らによるパーキンソン病への
臨床研究を皮切りに4つの臨床研究が、ほぼ同時にスタートして
います。一体この5年間に何があったのでしょうか。
 2011年10月、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長
がノーベル・医学・生理学賞を受賞し、その急速な普及に国民の
期待が一挙に高まったのは、記憶に新しいところです。「日本に
は世界に類のない『iPS再生医療』という医療技術がある」と
多くの日本人が誇りと期待を抱いたと思います。
 しかし、理研の高橋政代プロジェクトリーダーたちが開始した
自己細胞を使った「加齢黄班変性」の臨床研究は、事実上の中止
に追い込まれていたのです。しかし、理研はそのことを公表して
いないし、メディアもある程度わかっていても、きちんと伝えて
いないのです。それは、iPS細胞が、がん化する危険を組織ぐ
るみで隠匿しようとする姿勢があることです。これについて『選
択』では、次のように批判しています。
─────────────────────────────
 (高橋プロジェクトリーダーたちが始めた)研究は、患者の細
胞を採取し、体外でiPS細胞を作り、網膜細胞に育てるという
もの。iPS細胞に限らず、体外で細胞を培養すると、遺伝子変
異が生じやすい。さらに、幼弱なiPS細胞を網膜細胞などに完
全に分化させないまま戻してしまえば腫瘍化してしまう。iPS
細胞の臨床応用に立ちはだかるのは、がん化する危険性だ。実際
それは2例目の症例で問題となった。高橋氏らが投与前にiPS
細胞の遺伝子を解析したところ、発がんに関する複数の遺伝子異
常が見つかった。このまま戻せば移植したiPS細胞から、がん
が生じかねない。      ──「幻想」のiPS再生医療」
              『選択』/2019年4月号より
─────────────────────────────
 理研の高橋政代氏は、この臨床研究の経過を世界的に権威のあ
る「ニューイングランド医学誌」で発表していますが、この研究
の最大の問題である遺伝子異常の詳細に言及していないばかりか
現在にいたるまでそのことを公表すらしていないのです。
 こういう理研の姿勢に対して、米国在住のある研究者は、次の
ように批判し、懸念を表明しています。
─────────────────────────────
 現時点で、iPS細胞による再生医療が成功していると考えて
いる人は誰もいない。安全性に関する重大な疑問があるのに、そ
れを公表していない。  ──『選択』/2019年4月号より
─────────────────────────────
 「ネイチャー・バイオテクノロジー」誌にいたっては、「理研
のiPS治療は失敗した」と酷評すらしているのです。なぜ、そ
こまでいわれて、研究機関が黙っているのかというと、それは安
倍政権がこのiPS再生医療に深く関与しているからです。
 「iPS細胞はがん化する」──これは後からも述べますが、
事実です。しかし、これだけは口が裂けてもいえないというのが
理研の姿勢です。当然この姿勢は世界中の研究者から批判を浴び
ることになります。
 その後、理研は、自己細胞ではなく、他人の細胞を用いる方針
に変更したのです。他人の細胞で問題が解決されるわけではなく
がん化の危険は依然としてあるのですが、他人の細胞を使う方が
コストを下げられるメリットがあるという話法に統一するように
したようです。例えば次のようにです。そのさい、がん化の話は
一切せず、あくまでコストが安くなると訴えるのです。
─────────────────────────────
 iPS細胞は京都大学(京大)の山中伸弥教授らが発見した。
体の様々な細胞に変化させられる。2年前には世界で初めて、理
化学研究所(理研)などがiPS細胞からつくった目の細胞を目
の難病の患者に移植した。
 そのときは、患者本人の皮膚の細胞から、iPS細胞をつくっ
た。その患者だけが使える専用の細胞を準備し、慎重に安全かを
調べたので、手術の準備に10ヶ月間、約1億円がかかった。
 本人だけでなく、いろんな人に使えるiPS細胞を前もって準
備できれば、もっと早く手術が可能だし、一人あたりの費用も安
くできる。そこで、今回は、あらかじめ健康な人から提供しても
らった血の中の細胞からiPS細胞をつくっておくiPS細胞ス
トックを使う計画だ。理研の高橋政代プロジェクトリーダーは、
「前回の費用で5人分はカバーできると思う」と話している。
                  https://bit.ly/2IuUJzl
─────────────────────────────
 確かに患者個人の細胞を使うよりも、事前に多くの人の細胞か
らiPS細胞を作り、備蓄しておけば、必要なとき、すぐ使える
ので便利であるし、コストも下がるという理屈は成り立ちますが
それはがん化を防ぐことにはならないのです。
 それにしても安倍政権は、どうして山中教授のiPS再生医療
にかくも肩入れすることになったのでしょうか。それは、第1次
安倍政権のときからの因縁があるのです。そもそも安倍首相と山
中教授をつないだのは、第1次政権で首相補佐官だった世耕弘成
氏なのです。     ──[米中ロ覇権争いの行方/075]

≪画像および関連情報≫
 ●パーキンソン病のiPS治験、1例目実施 京大病院
  ───────────────────────────
   パーキンソン病は、脳内で神経伝達物質のドーパミンを出
  す神経細胞が減り、手足の震えや体のこわばりなどが起こる
  難病。国内に約16万人いるとされるが、根本的な治療法は
  ない。京大によると、1例目の患者には50代男性を選定。
  10月にiPS細胞から作製した約240万個の細胞を左側
  の脳内に移植する手術を実施した。脳出血などは起きていな
  い。今後2年間にわたり術後の経過を観察、評価する。
   治験では、京大が備蓄する、拒絶反応が起こりにくい型の
  他人のiPS細胞からドーパミンを出す神経細胞のもととな
  る細胞を作製。患者の頭蓋骨に直径12ミリの穴を開け、脳
  に注射針のような器具で細胞を注入する。動きにくさなどの
  症状の改善や、進行を抑えたり服用する薬の量を少なくした
  りする効果が期待できるという。
   京大が7月に発表した計画では、50〜69歳の患者7人
  を対象に治験を行い、効果を検証する。薬物治療で十分な効
  き目がなく、5年以上パーキンソン病にかかっていることな
  どが条件となっている。iPS細胞の再生医療では、これま
  で理化学研究所などがiPS細胞から作った網膜の細胞を目
  に重い病気のある患者に移植する世界初の臨床研究を実施。
  大阪大はiPS細胞から作った心筋シートを重症心不全患者
  の心臓に移植しようと計画中。京大は、血液成分「血小板」
  を難病貧血患者に輸血する臨床研究計画も進めている。
                  https://bit.ly/2PlErt4
  ───────────────────────────


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iPS細胞による再生医療/パーキンソン病
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2019年04月24日

●「iPS細胞は必然的にがん化する」(EJ第4995号)

 山中伸弥教授がiPS細胞に関する最初の論文を出したのは、
2006年8月のことですが、2007年12月に文科省は、そ
のための研究支援の「総合戦略」を策定しています。きわめて早
い対応ですが、これには第1次安倍政権が関わっています。第1
次安倍政権は2006年9月26日にスタートし、2007年8
月27日に終っています。
 第1次安倍政権で首相補佐官を務めたのは安倍首相のオトモダ
チの世耕弘成氏、世耕氏は、山中伸弥氏と、大阪教育大学付属天
王寺中学・高校の同級生で、中学3年のときは世耕氏が生徒会長
山中氏が副会長だったことがあり、仲がよかったそうです。その
縁もあって、山中氏から安定的な研究資金を求められ、世耕氏は
官邸として、財務省との調整を行ったというのです。
 こういう経緯でiPS細胞による再生医療関連のプロジェクト
には、京大、理研、慶大、東大の4拠点に、5年間で総額217
億円が投じられ、2013年からの第2次安倍政権では、10月
に山中教授がノーベル賞を受賞したこともあって、研究費支援は
さらに加速することになります。
 現在のiPS研究支援の中心は、国立研究開発法人日本医療研
究開発機構(AMED)ですが、その2019年度予算は147
億円です。それに加えて、山中伸弥教授の率いる京大iPS細胞
研究所は、年間25億円の予算が付いています。まさに大盤振る
舞です。この金額がどれほど巨額であるかは、米国のiPS関連
研究年間予算(2014〜2019年平均)が3・8億円に過ぎ
ないことを知れば十分でしょう。しかも、この予算は2021年
以降は打ち切られることになっています。米国は、再生医療がま
だ臨床応用に程遠いと考えているからです。
─────────────────────────────
     日本:147億円 VS 米国:3・8億円
─────────────────────────────
 山中教授だけではないのです。岡野・慶大教授、澤・阪大教授
高橋・京大教授、高橋・理研プロジェクトリーダーらの進める研
究に関しては、年間4億円程度の予算が付いています。しかし、
彼らの研究について『選択』は、次のようにかなり厳しいトーン
で批判しています。
─────────────────────────────
 iPS細胞を臨床応用するに際し、最大の課題は安全性の担保
だ。未熟な技術で作製したiPS細胞を大量に備蓄したり、疾患
ごとに臨床試験を組んだりすることではない。先行して集中すべ
きは、大型動物を使った大規模かつ長期的な動物実験である。確
かに澤・阪大教授や高橋・京大教授はブタやサルなどの大型動物
を使った実験をして、安全性は担保されたと主張しているが、い
ずれの研究も小規模で、観察期間は2ヶ月〜2年間と短い。日本
が推し進めているiPS細胞の臨床研究は、有効性も安全性も未
確認の「人体実験」と言っても過言ではないのだ。
              ──「幻想」のiPS再生医療」
              『選択』/2019年4月号より
─────────────────────────────
 「人体実験と言っても過言でない」とは大変過激な意見である
といえます。具体的にいうと、2018年後半以降に走っている
4つのiPS臨床研究──京大のパーキンソン病、慶応の脊髄損
傷、阪大の角膜疾患、そして同じ阪大の心臓病の臨床研究が「人
体実験に等しい」といっているのですから。
 彼らの研究は、いずれも京大が備蓄を進めている他人のiPS
細胞を使うというものです。メディアは「備蓄細胞は遺伝子変異
が少ないことを確認している」と報道していますが、これについ
て米国在住の研究者は「素人を騙している」として、次のように
批判しています。
─────────────────────────────
 自己細胞だろうが、他人の細胞だろうが、体外で培養すれば遺
伝子変異は起こる。全ての異常が事前の検査で判明するわけでは
ない。また他人の細胞を移植する場合、拒絶反応を抑えるために
免疫抑制剤の投与が欠かせない。発がんのリスクが高まるが、こ
の不都合な真実は議論されないのだ。
 がん免疫を研究する医師は「がん化が想定されるiPS細胞を
移植した患者を免疫抑制状態に置くなど、倫理的に許されない」
と批判する。      ──『選択』/2019年4月号より
─────────────────────────────
 ここで「再生医療」の歴史を簡単に振り返る必要があります。
そもそも再生医療の概念は、「ES細胞」の登場から出てきたも
のです。ES細胞(胚性幹細胞)は、受精卵の胚を万能細胞とし
て使うものです。しかし、受精卵は「命」そのものであり、生命
科学の分野では、禁断の研究という扱いを受けたのです。
 次に登場したのが「iPS細胞」です。山中伸弥教授は、人工
的な遺伝子操作で、体細胞を万能細胞に戻すことに成功したこと
によって、ノーベル賞を受賞したのです。そのため、iPSとは
「人工多能性幹細胞」というのです。
 ここで「人工的」というのは、体の細胞、たとえば皮膚細胞に
3〜4個の遺伝子(山中ファクター)を加えることで、2〜3週
間培養することを意味します。ES細胞の最大の難点を克服した
といわれています。しかし、iPS細胞には必然的にがん化がつ
いて回るのです。
 ところがです。同じ体の細胞(最初はリンパ球)を使いながら
それを弱酸性の溶液に25分程度浸し、その結果得た細胞を3日
間培養して万能細胞を作る「STAP細胞」が登場したのです。
これは細胞自体には、一切手を加えないので、がん化の危険性は
ない夢の細胞です。
 しかし、これは、何だかわけのわからないうちに、利害の関係
のある輩が、大勢で寄ってたかって、潰してしまったのです。案
外これこそ本命だったのではないかというわけです。
           ──[米中ロ覇権争いの行方/076]

≪画像および関連情報≫
 ●iPS細胞はこうして生まれた/ES細胞に残された課題
  ───────────────────────────
   2012年10月。細胞の運命に関する常識を変えたとし
  て、山中伸弥さんが、英国のJ・ガードン教授とともにノー
  ベル医学・生理学賞を受賞しました。
   皮膚の細胞にたった4つの遺伝子を入れるだけで、からだ
  中のほぼ全種類の細胞になれる能力「多能性」を持つiPS
  細胞をつくれるというのです。いったい何が、彼を大発見へ
  と導いたのでしょうか。
   私たちのからだは、1個の受精卵が分裂をくり返し、皮膚
  や心臓などさまざまな細胞へ分化することでつくられます。
  ある細胞がからだ中のほぼ全種類の細胞になれる能力を多能
  性と呼び、発生のごく初期段階の個体である「胚」の内部に
  ある内部細胞塊がこの性質を持っています。
   内部細胞塊を取り出してつくられた細胞を「ES細胞」と
  いいます。ES細胞には多能性があり、さまざまな細胞にな
  れるので、失われた臓器をよみがえらせる再生医療へつなが
  ると期待されていました。
   しかし、ES細胞は、つくるときに胚を壊す必要があり、
  命を犠牲にするとも考えられるという「倫理」の問題と、他
  人の細胞であるES細胞を移植しても、免疫によって排除さ
  れてしまうという「拒絶」の問題を抱えており、どうしても
  実用化できずにいました。    https://bit.ly/2IP2QGi
  ───────────────────────────

山中伸弥教授/ノーベル賞.jpg
山中伸弥教授/ノーベル賞
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2019年04月25日

●「iPS細胞がん化の3つのリスク」(EJ第4996号)

 今回のテーマである「米中ロ覇権争いの行方」に突然割り込ん
だ「iPS再生医療の緊急ニュース」については、今日と明日の
EJで一応終了し、5月7日からのEJは、元のテーマに戻りま
す。なお、iPS再生医療については、EJの次のテーマとして
取り上げることを考えています。
 iPS細胞がなぜがん化するのか、そのメカニズムはわかって
います。iPS細胞による臨床研究に携わる関係者は、全員その
ことは承知していることです。しかし、彼らは、がん化について
は、いっさい口を閉ざして語っていないのです。そこで、iPS
細胞がなぜがん化しやすいかについて、基本的なことを簡単に述
べておきます。なお、これは2015年の「STAP細胞事件」
のテーマのときに既に述べていることです。
 iPS再生医療のがん化の危険は、次の3つにまとめることが
できます。
─────────────────────────────
         1.がん化の危険/1
         2.がん化の危険/2
         3.がん化の危険/3
─────────────────────────────
 「がん化の危険/1」について説明します。
 iPS細胞は、マウスの皮膚の細胞に山中ファクターと呼ぶ4
つの遺伝子を入れて培養し、作ります。山中ファクターとは次の
4つです。
─────────────────────────────
           1. Oct4
           2. Sox2
           3. KIf4
           4.c─Myc
─────────────────────────────
 この山中ファクターのなかで、4番目の「c─Myc」は強い
発がん性遺伝子です。実際に実験において、4つの遺伝子を入れ
て作ったiPS細胞によるキメラマウスのうち、半分は正常だっ
たものの、20〜40%ぐらいのマウスには甲状腺などにがんが
できたのです。これは大問題です。
 しかし、この問題は幸運にも解決します。山中研究室の研究員
の一人が「c─Myc」を使わず、3ファクターだけでiPS細
胞の作成に成功したからです。「c─Myc」のファクターを使
わないと、iPS細胞を作る効率は悪くなるものの、作れること
がわかったことは大きな成果であり、「がん化の危険/1」は克
服されたことになります。
 「がん化の危険/2」について説明します。
 問題は、山中ファクターをどのようにして体細胞に送り込むか
ということです。これには運び屋としてウイルスを使うのです。
これを「ウイルスベクタ−」といいます。ごく簡単にいうと、ウ
イルスに遺伝子組み換えをしたいDNAを組み込んで、このウイ
ルスを遺伝子組み換えをしたい目的の細胞に感染させるのです。
 これについて、田中幹人編『iPS細胞/ヒトはどこまで再生
できるか』(日本実業出版社)の著者は、ウイルスによってがん
化が起きる可能性について、次のようにのべています。
─────────────────────────────
 ウィルスを利用して遺伝子を体細胞に組み込むとき、「どこに
入るかわからない」という欠点がある。これは遺伝子組み替えの
宿命ともいえる。遺伝子配列を本に例えるなら、狙った位置では
なく、別のページに因子遺伝子が貼り付けられる場合も起こりう
る。すると、「問題を引き起こすかもしれない。こういった仕組
みによって、ガンを抑制している遺伝子が読み取れなくなり、間
接的にガンを引き起こすケースも確認されているのだ」。
             ──田中幹人編/日本実業出版社刊
        『iPS細胞/ヒトはどこまで再生できるか』
 ──船瀬俊介著『STAP細胞の正体/「再生医療は幻想だ」
             復活!千島・森下学説』/花伝社刊
─────────────────────────────
 「がん化の危険/3」について説明します。
 これについては、iPS細胞研究チームは、一切口を閉ざして
語らないのです。研究チームだけではないのです。医学界も沈黙
し、メディアも触れようとしません。どうしてでしょうか。これ
を明かしたのは次の本です。
─────────────────────────────
 舩瀬俊介著/森下敬一監修
 『STAP細胞の正体/「再生医療は幻想だ」復活!千島・
                   森下学説』/花伝社
─────────────────────────────
 人体は、約60兆個の細胞で構成されています。これらの体細
胞も寿命があります。ある程度まで増殖すると、増殖が止まり、
「終始期」という終末サイクルに入り、細胞は次世代の細胞に引
き継がれるのです。
 これらの細胞が「終始期」に入るとき、増殖を止める2つのブ
レーキがかかります。それは、次の2つのタンパク質です。
─────────────────────────────
            1. RB
            2.P53
─────────────────────────────
 この2つのブレーキ役のタンパク質がちゃんと働かないと、増
殖が止まらず、がん化してしまうことになります。しかし、再生
医療では、iPS細胞を増殖させようとします。そのとき、これ
ら2つのタンパク質が邪魔になります。そこで、iPS細胞を作
るときは、2つの酵素を叩いて、機能をストップさせているので
す。そうすると、何が起きるでしょうか。ブレーキ役が不在です
から、iPS細胞だけでなく、がん細胞も増殖してしまうことに
なります。      ──[米中ロ覇権争いの行方/077]

≪画像および関連情報≫
 ●iPSから対がん免疫細胞を作製 京大などが発表
  ───────────────────────────
   人のiPS細胞から、がんへの攻撃力を高めた、免疫細胞
  「キラーT細胞」を作製したと、京都大などのチームが発表
  した。免疫の力でがんを治療する「がん免疫療法」の新たな
  手法につながる可能性がある。京大iPS細胞研究所が保管
  するiPS細胞を使うことで、短期間で多くのキラーT細胞
  をつくることができる。今後、実際の患者に使う臨床試験の
  準備を進めるという。
   人の体内では、絶えずがんが生まれているが、キラーT細
  胞を含む免疫細胞が攻撃することで、健康を保っている。だ
  が、がんが、免疫のしくみを回避したり、免疫細胞の攻撃力
  が弱まったりするとがんが増殖し、発症すると考えられてい
  る。チームは、第三者の血液由来のiPS細胞にがんを認識
  する遺伝子を組み込んだ。その後、キラーT細胞のもととな
  る細胞の状態に変化させて増殖。ステロイドホルモンなどを
  加えて培養し、がんを攻撃する、高品質のキラーT細胞をつ
  くった。人のがんを再現したマウスに注射したところ、何も
  しない場合に比べ、がんの増殖を3〜4割に抑えられた。が
  ん治療薬「オプジーボ」は、がんが免疫のしくみを回避する
  のを防ぐ。一方、今回の方法は免疫の攻撃力を上げることで
  がんの治療をめざす。チームの金子新・京大iPS細胞研究
  所准教授は「従来の免疫療法が効かない患者への治療法や、
  併用して使う選択肢にしたい」と話している。米科学誌「セ
  ル・ステムセル」に掲載される。(野中良祐)
                  https://bit.ly/2ILZJyI
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ヒトiPS細胞の作り方.jpg
ヒトiPS細胞の作り方
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 米中ロ覇権争いの行方 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月26日

●「治験体制を骨抜きにした法律改正」(EJ第4997号)

 昨日のEJでご紹介した舩瀬俊介著/森下敬一監修の『STA
P細胞の正体』(花伝社)において著者は、現在のiPS再生医
療を車に例えて、非常に分かりやすく説明しています。
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 わかりやすい例が、自動車だ。アクセルとブレーキ。最低でも
この二大制御装置がなければ、存在すらおぼつかない。生命体は
なおさらだ。あらゆる生体には、ホメオスタシス(生体恒常性維
持機能)が備わっている。それは生体が正常に戻ろうとする“働
き″なのだ。それが病気や怪我のときに発揮される現象を、我々
は「自然治癒力」と呼んでいる。セルサイクルにおける細胞増殖
抑制酵素というブレーキの存在も、このホメオスタシスの一環で
あることが、よく理解できる。こうして生命体は調和とバランス
を保って存続し続けるのである。
 しかし、iPS細胞という最新鋭モデルカーはそうではない。
アクセルはあるが、ブレーキがない!そんな最新型の自動車をあ
なたは、見たことがあるか?試乗する気になるか?
 ──船瀬俊介著『STAP細胞の正体/「再生医療は幻想だ」
             復活!千島・森下学説』/花伝社刊
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 これまで安倍政権は、成長戦略の一環として、iPS再生医療
に1000億円以上の資金を注ぎ込んできています。それでいて
成果は上がっていないのです。『選択』4月号では、「安倍政権
の最大の罪は、iPS細胞研究の実用化促進というお題目の下、
日本の再生医療の治験体制を骨抜きにしてしまった点に尽きる」
と厳しく指摘しています。これは、どういうことかというと、少
しでも早く成果を出せるよう、2013年11月に次の2つの法
律を成立ないし改正させていることです。そんな法律が成立した
り、改正されたことはほとんどの人は知らないはずです。
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        1.再生医療等安全性確保法
        2.      薬事法改正
                  https://bit.ly/2L1DuaL
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 これらの法律は、再生医療に用いる製品はついては、少ない数
例の治験で安全性を確認し、その有効性が「推定」できれば、条
件付きで承認できるようになったのです。つまり、治験を甘くし
たわけです。だから、「人体実験」と批判されるのです。
 薬事法の改正については、これまでの医薬品の承認には、次の
3つの厳しい試験が必要ですが、再生医療関連の医薬品には、3
つ目の試験である「第三相試験」は求めず、有効性は市販後に検
証されることになったのです。
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◎第一相試験
 ・動物実験の結果をうけてヒトに適用する最初のステップで、
  安全性を検討する上で重要なプロセスである。
◎第二相試験
 ・第一相の結果をうけて、比較的軽度な少数例の患者を対象に
  有効性・安全性などの検討を行う試験である。
◎第三相試験
 ・実際にその医薬品を使用するであろう患者に対し、有効性の
  検証や安全性などの検討を大規模に実施する。
                  https://bit.ly/1CpKcrf
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 実際にこれらの法改正によって何が起きたかについて、2つの
ケースをお知らせします。
 第1のケースです。2015年9月に、医療機器の製造・販売
の国内最大手であるテルモ社は、虚血性心疾患治療製品「ハート
シート」の承認を受けたのです。承認申請に用いた治験データは
12年から国内の3つの医療機関で実施した7例のみであり、主
導したのは、澤大阪大学教授です。治験データはあまりにも少な
いですが、法律には適合しているのです。
 これについて、「ネイチャー」は、有効性を評価できるだけの
十分なエビデンスに欠けているとして,「効くかどうかも定かで
はない治療を患者に売りつけるのか?」と疑問を呈する記事を掲
載したのです。
 第2のケースです。岡野慶大教授が創業したバイオベンチャー
「サンバイオ社」が大日本住友製薬と共同開発をしている再生細
胞医薬品「SB623」のケースです。2016年6月に発表さ
れた第二相試験(前期)では18人の患者が登録され、良好な結
果が出たので、株価は急上昇し、1万2000円に跳ね上がった
のです。しかし、1019年1月29日の第二相試験(後期)で
は、思うような結果がです。そのショックで、株価は2401円
まで下落したのです。株の乱高下です。
 岡野研究室の関係者によると、「iPS細胞から分化させて、
形態は神経に見えるものの、機能はいまひとつ。無理矢理刺激し
て論文を書いてしまった」と明かしています。承認基準の甘さが
こんなところに影響を与えているのです。これがiPS研究の実
態なのです。
 『選択』4月号掲載の「『幻想』のiPS再生医療」はレポー
トを次の言葉でしめくくっています。
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 山中氏の業績が偉大であることは、論を俟たない。だが、安倍
政権が、人気取りのために飛びつき、巨額の血税を注いだ結果、
iPS研究は隘路にはまり込んだ。揚げ句の果てには、国際標準
のルールまで変える反則技も繰り出す。気がつけば、iPS細胞
は巨大公共事業と化し、利権にまみれた腐敗が横行している。日
本の先端医療を弄んだ安倍政権の罪は大きい。
                ──船瀬俊介著の前掲書より
─────────────────────────────
           ──[米中ロ覇権争いの行方/078]

≪画像および関連情報≫
 ●再生医療製品の早期承認制度は果たして得策か/ネイチャー
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   日本は、再生医療の研究と臨床応用で最先端の地位を守る
  ことに無我夢中で取り組んでいる。患者の成熟細胞を再プロ
  グラム化して体内のさまざまな組織に分化できるようにした
  人工多能性幹(iPS)細胞の研究に数十億円の予算が計上
  され、薬事法の改正により医薬品や医療機器とは別に「再生
  医療等製品」という分類が新設され、当該製品の迅速な実用
  化のための条件および期限付きの「早期承認制度」が創設さ
  れた。この戦略はある程度奏功している。
   2015年9月には改正法の下で最初の再生治療製品が複
  数承認された。日本国内で再生医療関連事業を強気に展開す
  る会社によれば、早期承認制度こそが患者のニーズに最も迅
  速に応える方法であり、これがなければ、再生治療製品の開
  発は数年にわたって数百億円の費用を要する第T〜W相の臨
  床試験で行き詰まるという。しかし、早期承認制度が患者に
  恩恵をもたらすものか、あるいは日本の医療制度の過大な負
  担の軽減に役立つものかは、現時点では明らかではない。
   この新制度によって承認を受けた再生治療製品の1つであ
  る「ハートシート」(テルモ株式会社製)は、患者の大腿部
  から採取した骨格筋に含まれる筋芽細胞(未分化で単核の筋
  細胞)を培養してシート状にした製品で、重症の心不全患者
  の心臓表面に移植される。このハートシートは、第U相臨床
  試験で7人の患者について安全性と有効性が示唆されたとこ
  ろで、薬事当局が製造販売の「条件付き承認」とした。
               https://go.nature.com/2TJ4T5f
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テルモ「ハートシート」.jpg
テルモ「ハートシート」



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