2018年09月28日

●「自衛隊は墜落直後から現場で作業」(EJ第4858号)

 昨日のEJで、山崎豊子さんの小説における事故調の藤波調査
官と週刊日本の記者との対話をご紹介しましたが、その肝心な部
分を再現します。
─────────────────────────────
◎記者:御巣鷹山の事故現場から、オレンジ色の物体が、早々に
 搬出されましたね。あれは『たかつき』の演習で使用された標
 的機の塗装の色と一致しますよ。
◎藤波調査官:オレンジ色の物体?私は事故現場の隊長格として
 これはという残骸は自分の眼ですべて確かめているが、そんな
 ものは見ていない。ましてや搬出はあり得ない。現場の残骸は
 すべて群馬県警が証拠品として押さえてあるから、ボイス・レ
 コーダーやフライトレコーダー以外は、破片の一片たりとも、
 まだ山から下ろしていない。
◎記者:おかしいですね、そのオレンジ色の物体が、テレビ中継
 で、ちゃんと映っていたということですよ。見た人がいるもの
 ですから。   ──山崎豊子著『沈まぬ太陽/御巣鷹山篇』
                         新潮社刊
─────────────────────────────
 週刊日本の記者は、藤波調査官にきわめて重大なことを尋ねて
います。「現場から『早々に』オレンジ色の物体を搬出されまし
たね」。ここで重要なのは「早々に」という言葉です。
 これに対して藤波調査官は、「搬出はあり得ない。現場の残骸
は、すべて群馬県警の管理下にあり、破片の一片たりとも、山か
ら下ろしていない」と答えています。しかし、藤波調査官のいう
のは、123便の墜落場所が公表された後のことですが、記者の
いうのは、実は現場は墜落直後に特定され、そこに大勢の自衛隊
員が入って何か作業をしており、そのとき、何かを持ち出したの
ではないかと聞いたのです。この時点では、多くの生存者がいた
のですが、このときの作業とは、乗客・乗員の救出ではなく、秘
密の指令による別の作業です。この時点で墜落場所はまだ特定さ
れていないことになっています。しかし、いくら秘密の指令とは
いえ、近くに息も絶え絶えの生存者がいるのに、それを無視して
指令された作業を続けるのは、人間のすることではないと思いま
す。そもそもこの話は本当のことなのでしょうか。
 青山貞一氏という人がいます。1986年に環境総合研究所を
設立し、代表取締役を務めていましたが、現在は同研究所の顧問
をされています。青山氏は、JAL123便墜落事故について、
実に詳細な研究分析をされている方です。ネット上には青山氏の
手になるたくさんの123便事故関係の分析があります。
 そのなかで次の「日航機墜落事故の再検証B」というレポート
には驚くべきことが書いてあります。
─────────────────────────────
 「日航機墜落事故の再検証B」青山貞一(フェースブック)
             掲載期日:2013年8月16日
           独立系メディア/E・ウェイブ・東京
                 https://bit.ly/2O68tTw
─────────────────────────────
 以下、私なりに要約してご紹介しますが、青山貞一氏のサイト
の方もお読みいただくことをお勧めします。
 1985年8月12日の夕方のことです。御巣鷹山の日航機墜
落現場近くに住むMさんは、日航機がどこに落ちたかに強い関心
をもってテレビを見ていたそうです。その時点でテレビでは、墜
落現場は長野県の北相木村付近であると報道していました。そこ
でMさんは、北相木村や、もう少し南の川上村に住む友人に電話
して様子を確かめたところ、どうもこっちではないという返事が
返ってきたので、後は墜落場所を南相木村の山間部しかないと狙
いを定め、友人2人と一緒に、山道を走れるオフロードバイクに
乗って、南相馬村に向けて出発したのです。
 墜落現場と思しき場所は、すぐにわかったそうです。なぜなら
ファントム戦闘機2機が上空を旋回していましたし、ヘリもその
付近を飛んでいました。だから、多分墜落現場はあそこだろうと
見当をつけたのです。この山は、山の持ち主の息子も知っており
よく山で遊んだ経験があったので、6〜7時間かけて、山の屋根
を目指して登ったのです。そして、着いたときは空が白みかかっ
ていたと思います。そのとき、墜落現場で見たものについて、M
さんは次のように述べています。
─────────────────────────────
 既に自衛隊員が7〜80人、いや100人位は来ていました。
それを見て、自分たちは一番乗りできなかったと思いましたね。
同時に、事故犠牲者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているの
がはっきりと聴こえました。全部を数えた訳ではありませんが、
声の響き方からすると少なくても4〜50人はいたと思います。
 実際に、苦しそうに声をあげている人を私も間近で何人か見て
います。自衛隊の人たちがいる以上、自分たちができることは、
負傷者のいる場所を教え、早く救助してもらうことだと思い、呻
き声のするあたりを探しては、その場所を隊員さんに伝え、早い
手当を頼んでいました。
 ただ、隊員さんの対応には不信感を覚えましたね。「下手に動
かすと危険なので、後から来る部隊が、手当することになってい
る」と言うだけで、何もしようとしない。手にした4〜50セン
チ位の丸いバッグに地面から拾った物を黙々と入れ続けている。
 ちょっとひどいなと思ったのは、斜面を登り、尾根の反対側に
出たら、向こうの谷ではヘリコプターがホバリングしているじゃ
ないですか、ヘリが来ているならさっさと救助しろよと思いまし
たね。しかも、ヘリの下では、さっき隊員さんたちが何かを入れ
ていたバックを10数個まとめ、ネットに入れて吊り上げていま
した。何度も吊り上げていたので、全部で70個くらいのバッグ
が回収されたと思います。      https://bit.ly/2O68tTw
─────────────────────────────
         ──[日航機123便墜落の真相/028]

≪画像および関連情報≫
 ●日航機123便墜落事件に姿を現した「クロカモ」
  ───────────────────────────
   日本の奥の院=国体勢力に巣くう国民を密かに武力支配す
  る非合法超法規(国の権力が及ばない)勢力=通称「クロカ
  モ」の正体を暴き出す。非合法超法規勢力=通称、「クロカ
  モ」が、日本の歴史にそれとして姿を見せたのが、あの日航
  機123便墜落撃墜事件、だった。墜落機の御巣鷹山の現場
  に、生存者救出のため、のはずの、どこよりも早く、到着し
  現れた自衛隊が、それだ。
   自衛隊のかっこうをした偽自衛隊あるいは自衛隊の非公式
  展開部隊であり、救出ではなく数十人はいた生存者のとどめ
  をさし、証言者の抹殺と、散らばった証拠物件を回収開始し
  証拠隠滅の作業を任務として現場に現れた。これが、日本に
  おける非合法超法規勢力「クロカモ」の出現が、ドキュメン
  トされた、最初のものだ。
   「123便」事件の真相は、日本人には隠蔽されている。
  真相は隠蔽されているのだと、なぜわかるのか。当日の現場
  に警察よりも早く到着した地元のひとの目撃証言と、事件を
  現在まで現場検証し続けた真相追究者による報告があるから
  である。
   ・現場には、今も放射性物質が散乱している。
   ・現場に残された日航「123便」のエンジンに不発のミ
    サイルが突き刺さっている。
   ・米軍の戦闘機とプロペラ機の、撃墜された残骸が残され
    ていた。事件後、真相を追究するものたちには、電磁波
    兵器による攻撃その他妨害弾圧や抹殺が設定される。
                  https://bit.ly/2DBf701
  ───────────────────────────

JAL123便墜落現場/御巣鷹の屋根.jpg
JAL123便墜落現場/御巣鷹の屋根
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(2) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

●「自衛隊は墜落直後から現場で作業」(EJ第4858号)

 昨日のEJで、山崎豊子さんの小説における事故調の藤波調査
官と週刊日本の記者との対話をご紹介しましたが、その肝心な部
分を再現します。
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◎記者:御巣鷹山の事故現場から、オレンジ色の物体が、早々に
 搬出されましたね。あれは『たかつき』の演習で使用された標
 的機の塗装の色と一致しますよ。
◎藤波調査官:オレンジ色の物体?私は事故現場の隊長格として
 これはという残骸は自分の眼ですべて確かめているが、そんな
 ものは見ていない。ましてや搬出はあり得ない。現場の残骸は
 すべて群馬県警が証拠品として押さえてあるから、ボイス・レ
 コーダーやフライトレコーダー以外は、破片の一片たりとも、
 まだ山から下ろしていない。
◎記者:おかしいですね、そのオレンジ色の物体が、テレビ中継
 で、ちゃんと映っていたということですよ。見た人がいるもの
 ですから。   ──山崎豊子著『沈まぬ太陽/御巣鷹山篇』
                         新潮社刊
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 週刊日本の記者は、藤波調査官にきわめて重大なことを尋ねて
います。「現場から『早々に』オレンジ色の物体を搬出されまし
たね」。ここで重要なのは「早々に」という言葉です。
 これに対して藤波調査官は、「搬出はあり得ない。現場の残骸
は、すべて群馬県警の管理下にあり、破片の一片たりとも、山か
ら下ろしていない」と答えています。しかし、藤波調査官のいう
のは、123便の墜落場所が公表された後のことですが、記者の
いうのは、実は現場は墜落直後に特定され、そこに大勢の自衛隊
員が入って何か作業をしており、そのとき、何かを持ち出したの
ではないかと聞いたのです。この時点では、多くの生存者がいた
のですが、このときの作業とは、乗客・乗員の救出ではなく、秘
密の指令による別の作業です。この時点で墜落場所はまだ特定さ
れていないことになっています。しかし、いくら秘密の指令とは
いえ、近くに息も絶え絶えの生存者がいるのに、それを無視して
指令された作業を続けるのは、人間のすることではないと思いま
す。そもそもこの話は本当のことなのでしょうか。
 青山貞一氏という人がいます。1986年に環境総合研究所を
設立し、代表取締役を務めていましたが、現在は同研究所の顧問
をされています。青山氏は、JAL123便墜落事故について、
実に詳細な研究分析をされている方です。ネット上には青山氏の
手になるたくさんの123便事故関係の分析があります。
 そのなかで次の「日航機墜落事故の再検証B」というレポート
には驚くべきことが書いてあります。
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 「日航機墜落事故の再検証B」青山貞一(フェースブック)
             掲載期日:2013年8月16日
           独立系メディア/E・ウェイブ・東京
                 https://bit.ly/2O68tTw
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 以下、私なりに要約してご紹介しますが、青山貞一氏のサイト
の方もお読みいただくことをお勧めします。
 1985年8月12日の夕方のことです。御巣鷹山の日航機墜
落現場近くに住むMさんは、日航機がどこに落ちたかに強い関心
をもってテレビを見ていたそうです。その時点でテレビでは、墜
落現場は長野県の北相木村付近であると報道していました。そこ
でMさんは、北相木村や、もう少し南の川上村に住む友人に電話
して様子を確かめたところ、どうもこっちではないという返事が
返ってきたので、後は墜落場所を南相木村の山間部しかないと狙
いを定め、友人2人と一緒に、山道を走れるオフロードバイクに
乗って、南相馬村に向けて出発したのです。
 墜落現場と思しき場所は、すぐにわかったそうです。なぜなら
ファントム戦闘機2機が上空を旋回していましたし、ヘリもその
付近を飛んでいました。だから、多分墜落現場はあそこだろうと
見当をつけたのです。この山は、山の持ち主の息子も知っており
よく山で遊んだ経験があったので、6〜7時間かけて、山の屋根
を目指して登ったのです。そして、着いたときは空が白みかかっ
ていたと思います。そのとき、墜落現場で見たものについて、M
さんは次のように述べています。
─────────────────────────────
 既に自衛隊員が7〜80人、いや100人位は来ていました。
それを見て、自分たちは一番乗りできなかったと思いましたね。
同時に、事故犠牲者の呻き声が谷にこだまし、響き渡っているの
がはっきりと聴こえました。全部を数えた訳ではありませんが、
声の響き方からすると少なくても4〜50人はいたと思います。
 実際に、苦しそうに声をあげている人を私も間近で何人か見て
います。自衛隊の人たちがいる以上、自分たちができることは、
負傷者のいる場所を教え、早く救助してもらうことだと思い、呻
き声のするあたりを探しては、その場所を隊員さんに伝え、早い
手当を頼んでいました。
 ただ、隊員さんの対応には不信感を覚えましたね。「下手に動
かすと危険なので、後から来る部隊が、手当することになってい
る」と言うだけで、何もしようとしない。手にした4〜50セン
チ位の丸いバッグに地面から拾った物を黙々と入れ続けている。
 ちょっとひどいなと思ったのは、斜面を登り、尾根の反対側に
出たら、向こうの谷ではヘリコプターがホバリングしているじゃ
ないですか、ヘリが来ているならさっさと救助しろよと思いまし
たね。しかも、ヘリの下では、さっき隊員さんたちが何かを入れ
ていたバックを10数個まとめ、ネットに入れて吊り上げていま
した。何度も吊り上げていたので、全部で70個くらいのバッグ
が回収されたと思います。      https://bit.ly/2O68tTw
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         ──[日航機123便墜落の真相/028]

≪画像および関連情報≫
 ●日航機123便墜落事件に姿を現した「クロカモ」
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   日本の奥の院=国体勢力に巣くう国民を密かに武力支配す
  る非合法超法規(国の権力が及ばない)勢力=通称「クロカ
  モ」の正体を暴き出す。非合法超法規勢力=通称、「クロカ
  モ」が、日本の歴史にそれとして姿を見せたのが、あの日航
  機123便墜落撃墜事件、だった。墜落機の御巣鷹山の現場
  に、生存者救出のため、のはずの、どこよりも早く、到着し
  現れた自衛隊が、それだ。
   自衛隊のかっこうをした偽自衛隊あるいは自衛隊の非公式
  展開部隊であり、救出ではなく数十人はいた生存者のとどめ
  をさし、証言者の抹殺と、散らばった証拠物件を回収開始し
  証拠隠滅の作業を任務として現場に現れた。これが、日本に
  おける非合法超法規勢力「クロカモ」の出現が、ドキュメン
  トされた、最初のものだ。
   「123便」事件の真相は、日本人には隠蔽されている。
  真相は隠蔽されているのだと、なぜわかるのか。当日の現場
  に警察よりも早く到着した地元のひとの目撃証言と、事件を
  現在まで現場検証し続けた真相追究者による報告があるから
  である。
   ・現場には、今も放射性物質が散乱している。
   ・現場に残された日航「123便」のエンジンに不発のミ
    サイルが突き刺さっている。
   ・米軍の戦闘機とプロペラ機の、撃墜された残骸が残され
    ていた。事件後、真相を追究するものたちには、電磁波
    兵器による攻撃その他妨害弾圧や抹殺が設定される。
                  https://bit.ly/2DBf701
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JAL123便墜落現場/御巣鷹の屋根.jpg
JAL123便墜落現場/御巣鷹の屋根
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