2018年09月07日

●「なぜ123便は緊急降下したのか」(EJ第4845号)

 ブラックボックスには、ボイスレコーダーのほかにフライトレ
コーダー(FDR)というものがあります。事故調の最終報告書
におけるフライトレコーダーの解析について考えます。専門的な
ので、少し難しいですが、以下の4点について池田昌昭氏の本を
参照にして簡単に説明します。添付ファイルに「日本航空123
便の高度変化」をつけているので、それを見ながら以下の説明を
読んでください。
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        1.   前後方向加速度
        2.    横方向加速度
        3.     垂直加速度
        4.方向舵ぺタルの操作量
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 JAL123便に「ドーン」という衝撃音とともに異常事態が
発生したのは、18時24分36秒のことです。123便は羽田
を出発後、大島を経て下田に向うところだったのです。
 この時点の前後方向加速度は、直前に比べて、約0・047G
突出しています。当時の重量を考慮すると、約11トンの前向き
の外力が作用したものと推定され、胴体後端部の破壊がこの時刻
に生じたことが推定されます。これが1の「前後方向加速度」の
解析です。
 24分35・73秒から35・98秒の間に横方向加速度に最
初の変化がみられます。前後方向加速度突出直後の横方向加速度
のこの変動は、尾翼部の破壊が35・73秒以前に生じたことを
裏付けるものと推定されます。24分35・98秒以後、数秒間
にわたって横方向加速度に最大全振幅0・08Gを超す振動がみ
られます。これは、添付ファイルの点線(・・・)のフゴイドが
それをあらわしています。
 この時点でフライトレコーダーの記録に複数のエラーが記録さ
れています。フライトレコーダーは垂直尾翼取付部に近い胴体上
部に搭載されているので、垂直尾翼への強い衝撃を受けたことに
よるエラーと推定されます。2の「横方向加速度」の解析です。
 18時24分35・66秒までは、ほぼ定常飛行状態を示す垂
直加速度が記録されていますが、その後、36・16秒までわず
かに増加し、36・28秒には、約10・24Gに飛躍していま
す。垂直尾翼の破壊がこの時刻付近ではじまっていることを示し
ています。これが3の「垂直加速度」の解析です。
 方向舵ペダルは、18時24分35・22秒までは正常な中立
位置0度の位置にあったのですが、36・72秒までの間に、右
25度以上に急変しています。この時刻は横方向加速度に振動が
起きた時刻と一致します。方向舵ペタルは、その後、右20度〜
左15度に急変していきますが、これは、36・22秒以降は、
方向舵の制御力は失われたことを示しています。これが4の「方
向舵ぺタルの操作量」の解析です。
 これらのフライトレコーダーの解析からみても、18時24分
36秒に、外部からJAL123便の尾翼部分に、何らかの謎の
飛行体のようなものが衝突したと考えると、すべてが矛盾なく収
まるのです。この説を主張している池田昌昭氏は、自著において
次のように述べています。
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 「謎の飛行物体」が垂直尾翼に衝突したとして、その衝突の様
子を総合的に考えて見よう。たぶん「謎の飛行物体」は、速度の
速いJAL123便に向かって右側斜め上から接近し、衝突の時
点には右後方斜め上から、まず方向舵あたり、同時に垂直尾翼に
後ろからクロス衝突し、左側下方向にその「謎の飛行物体」が抜
けていった形となったのではなかったのか。さらに言えば、その
ように高速飛行中のジャンボ機に、それよりもズッと小さい「謎
の飛行物体」が、衝突するというのはそれこそ、その謎の飛行物
体が超精密誘導兵器であり、もし、最初からJAL123便の垂
直尾翼を狙っていたのなら、超精密誘導兵器であれば正確にJA
L123便の垂直尾翼の方向舵あたりに衝突することができるで
あろうと考えるのは、考え過ぎなのだろうか。
                 ──池田昌昭著/文芸社刊
 『JAL123便は自衛隊が撃墜した/御巣鷹山ファイル2』
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 添付ファイルをみると、18時33分以降にJAL123便は
急速に高度を下げているのがわかります。それは、ボイスレコー
ダーの解析で、33分41秒に航空機関士が「緊急降下」を提案
し、その直後に高度を下げていることから、操縦士の判断で高度
を下げたものであることがわかります。
 問題は、この急降下の意味です。事故調の報告では、それは急
減圧のせいであるとしていますが、角田四郎氏は、航空機操縦の
プロから聞いた意見を指摘し、それに反対しています。
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 この33分以降に行われた緊急降下の意味である。一応の措置
と述べたが、実はそれ以上に重大なのは、操縦性能の確保だった
と彼ら(操縦のプロ)は指摘する。空気密度の大きい低空でこそ
操縦機能の低下(油圧の低下による)した機体を、どうにか安定
させ、目的地羽田に飛行させることができたからである。この遅
すぎる「緊急降下」を、無理に「急減圧」による対応と見る事故
調査委員会の見解より現場のプロが解析する可能性、つまり「操
縦性の確保」ととる方が、よほど合理性に富んだ考え方ではある
まいか。   ──角田四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故
      /このままでは520柱は瞑れない』/早稲田出版
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 このとき、JAL123便の機長は、横田基地か羽田空港に戻
ろうとし、急降下して辛うじて操縦性を確保し、ダッチロールな
がら、横田や羽田空港のすぐ近くまで、戻ってきていたのです。
信じられないほど見事な操縦で瀕死のJAL123便を操縦して
いたのです。   ──[日航機123便墜落の真相/015]

≪画像および関連情報≫
 ●JA8119離陸から異常発生まで
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   この事故は、公式には(お役所的には)運輸省航空事故調
  査委員会(以下、「事故調」)から1987年6月19日付
  で「航空事故調査報告書」(以下、「報告書」)なるリポー
  トが出て一件落着にされてしまった。報告書では、後部圧力
  隔壁(後述)が破断し、そこから吹き出た空気で垂直尾翼と
  機体後部が脱落、機体後部にある油圧系統からオイルが漏れ
  て油圧が働かなくなり、操縦不能に陥って墜落した、という
  いわゆる「圧力隔壁説」を主張している。
   しかしまず断言しておくと、この報告書はまったくの「作
  文」である。「最初から決められていた結論」を無理矢理に
  導き出すための「言い訳」に過ぎず、都合の良いデータだけ
  を扱い、少しでも事実がバレそうなデータは軽視するか、最
  初から記載されていない。誰でも、時間をかけて丹念に読ん
  でみれば(教科書風の記述で読みにくいが)矛盾や疑問のひ
  とつやふたつは見つけられるシロモノだ。上に挙げた三人も
  (インターネット上では実名は出せない。どんな迷惑がかか
  るかわからないから。出るところに出れば、堂々と公表でき
  る)「報告書は事実に反する」と明言している。さらに、事
  故後10年を経た1995年8月27日、最初に墜落現場を
  確認した元米空軍兵士の「内部告発」(?)があり(これは
  次回以後、詳しく書く)、日本政府が故意に救援活動をしな
  かった事実がバレてしまった。  https://bit.ly/2NdXHKw
  ───────────────────────────
  ●図の出典/──角田四郎著の前掲書より

日航123便の高度変化.jpg
日航123便の高度変化
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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