2018年08月30日

●「墜落事故直後日航は何を求めたか」(EJ第4839号)

 JAL123便が御巣鷹山に墜落したのは1985年8月12
日のことです。18時56分30秒、羽田、所沢両レーダーから
機影が消えています。しかし、墜落現場の特定は、翌13日の5
時37分、実に10時間30分を要しています。これは、きわめ
て異例なことです。そんなに時間がかかるはずがないからです。
 JAL123便の機影が消えるまでは、レーダーは同機の位置
を把握していたはずです。しかも、同機の多くの目撃情報が、N
HKをはじめとするテレビ局などに寄せられていたのです。しか
も、特定すべき対象は、乗客乗員が500人以上乗っている大型
のジャンボ・ジェット機です。夜とはいえ、その墜落場所の特定
に、なぜ、10時間30分もの時間がかかったのでしょうか。
 生存者が発見されたのは、13日午前10時54分です。11
時30分、フジテレビが、現場から生存者救出の生中継を開始し
ています。そして、14時8分に落合由美氏と吉崎博子氏、14
時12分に吉崎美紀子氏、川上慶子氏の4人は、多野総合病院に
収容され、治療を受けています。
 実は、墜落直後から、日航の調査団とみられる集団が素早く動
き出しているのです。角田四郎氏によると、墜落現場では、警察
が現場検証に入る前に、多くの遺体がころがっている凄惨を極め
る現場に入り、何かを探しているらしく、写真を撮ったりしてい
たといいます。もちろん、許可を得てやっているのでしょうが、
一体何を探していたのでしょうか。
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 2015年8月14日、現場からのテレビ中継を見ていた私を
日航がまた驚かせたのである。墜落現場に日航の白いつなぎ服が
うようようごめいている。後の新聞で見ると遺体捜索中の自衛隊
員や機動隊員とは全く異なる行動である。機体の写真を撮ったり
のぞき込んだり。つまり機体の調査を目的に入山しているのであ
る。この時点で彼らの行動に疑問を語るコメントはマスコミには
なかったが、私は腑に落ちない思いがしてならなかった。事故が
日航の不備で起ったか否かはまだわからない。わからないのであ
るから、その可能性もある。にもかかわらず、日航は警察が現場
検証をする前に現場で何かしているなんて・・。それに私はやや
感情的にもなってこう考えていた。「日航という会社は、自分達
が死に追いやった(不可抗力であっても)乗客の屍の前であんな
ことをやるんだ」と。私のイメージの中にあった「大会社日航」
「一流企業日航」、そして「世界に名だたる日航」が、このとき
音をたてて崩れ始めるのを感じていた。
       ──角田四郎著『疑惑/JAL123便墜落事故
      /このままでは520柱は瞑れない』/早稲田出版
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 そして、生存者4人が多野総合病院に入院してから、20時間
後の15日、午前10時頃、日本航空の役員2人が、落合由美氏
を見舞っています。そのとき、落合氏は、当時まだ日航のアシス
タント・パーサーを務めており、たまたま非番中にJAL123
便に乗っていたのです。しかし、この見舞いもきわめて不自然な
のです。見舞ったという役員は次の2名です。
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           松尾 芳郎氏
           真弓 義康氏
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 この2人の役員についての情報はありませんが、松尾芳郎氏に
ついては、その後、日本航空取締役から、日本の航空機用内装品
メーカー「ジャムコ」の社長を務めていることから、技術系の役
員であることは間違いないと思われます。真弓義康氏の情報はあ
りませんが、この人も機体のことに詳しい技術系役員でしょう。
もちろん、落合氏にとっては一度も会ったことがない役員である
と思います。
 病院側としては「面会謝絶」を掲げており、家族との面会も許
していない時点です。当時病院には安否を求める家族が2000
人も詰めかけており、ごった返していたのです。そのなかでの見
舞いです。しかし、見舞いというのであれば、上司か同僚がくる
のがスジではないでしょうか。これら2人の役員は、落合氏の上
司でもなければ、職務上も何も関係のない役員であり、落合氏を
見舞うのにはまるでふさわしく人たちです。おそらく会社の都合
で、墜落の状況について、少しでも早く落合氏から、重要な情報
を聞き出したかったものと思われます。病院も日航の役員という
ことで、秘密裡に面会を許したのでしょう。
 しかもお粗末なことに、この秘密の面会がバレてしまい、日航
はメディアに対して、落合証言の一部を公開せざるを得なくなり
ます。これが8月22日のEJ第4833号でご紹介した落合証
言です。しかし、この証言について、落合氏は後日その内容を明
確に否定しています。
 日航は、無理を重ねて落合氏に会い、事故調の頭越しに「リン
ク破壊説」という名の仮説を公表します。事故の当事者が墜落の
原因を事故調とは別に公表するのは、事故調に対して失礼であり
考えられないことです。「リンク破壊説」について、角田氏は次
のように述べています。
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 日航が可能性として出した「リンク説」は、修理、点検のミス
でないことを印象づけるために流した根拠のない説として一蹴さ
れてしまった。しかし、日航はこの説を落合証言中にある「トイ
レの上の天井に穴」が開いたことと、相模湾から発見された垂直
尾翼の一部などから垂直尾翼の倒壊を知り、その双方を証明しう
る可能性の一つとして、リンク、つまり、垂直尾翼と機体胴体部
の結合金具の破壊説を唱えたのである。この結合金具も無キズで
発見され、リンク説も消滅したのである。
                ──角田四郎著の前掲書より
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         ──[日航機123便墜落の真相/009]

≪画像および関連情報≫
 ●日航機墜落事故は今のハイテク機でも起こる/杉江弘氏
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   一般的にアメリカ人のパイロットは世界で起きた大事故に
  関心を寄せ、自分ならどうやって生還を果たすのかを考える
  習慣がある。それは子どものときから、何か問題が起こると
  親が「あなたならどうするの?」と必ず聞くような文化の上
  に成り立っているからなのかもしれない。
   一方、日本では何か事故や事件が起きても、犯人を探し出
  して罰を科すことで終わりにするという文化があり、再発防
  止ということは苦手だ。
   論理的に原因が解明されなければ、再発防止策は打ち出せ
  ないというのは一理あろう。しかし、過去に起きた航空事故
  では原因が特定できなかったり、ブラックボックスを回収で
  きても政治的な要因で公表されず、うやむやにされた事例も
  少なくない。それでも、専門家による分析によって、再発防
  止につながる教訓を見いだすことは不可能ではない。
   近年では「フライトレーダー24」というサイトを見れば
  ブラックボックスの回収以前でも、あるいはそれが発見でき
  なくても、飛行状態のかなりの部分が解析できて、再発防止
  の上での教訓を得ることもできるようになった。日航機事故
  の原因は、圧力隔壁の破損による減圧によって起きた垂直尾
  翼と油圧ラインの損傷だとする航空事故調査委員会の見解や
  機体固有のトラブル、あるいは都市伝説となった自衛隊や米
  軍による撃墜説などいろいろいわれてきた。では、真相はど
  こにあるのか。         https://bit.ly/2MTCp4u
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JAL123便墜落事故/救出される生存者.jpg
JAL123便墜落事故/救出される生存者
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | 日航機123便墜落の真相 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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