2018年05月31日

●「ベイズ統計学のAIへの応用研究」(EJ第4775号)

 2度目の「AIの冬」に突入しても、地道にAIの研究を続け
ている学者はいたのです。その一人にジュディア・パールという
イスラエル系アメリカ人の学者がいます。彼が米カルフォルニア
大学ロサンゼルス校(UCLA)にいたとき、あることに気がつ
きます。それは「人間の無知」です。
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 パール氏はAI研究に着手する際、現実世界における「人間の
無知」に着目しました。私達人間は日頃、いろんな事を知ってい
るようで、実際は広い世界に生起する様々な出来事をほとんど知
りません。こうした無知ゆえに、私達は論理に頼るだけで正解に
辿り着くことは稀です。なぜなら論理的な判断を下すための証拠
(確実な知識)が揃っていない場合が多いからです。
 パール氏は、1980年代までのAIが行き詰まってしまった
理由も、そこにあるのではないかと気づきました。ともすれば確
実な知識に欠ける現実世界を、論理的なルールだけで強引に説明
しようとしたことが間違っていたのです。   ──小林雅一著
 『クラウドからAIへ/アップル、グーグル、フェイスブック
                の次なる主戦場』/朝日新書
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 ジュディア・パール氏は、論理的推論だけでなく、AIに統計
確率的考え方を導入できないかと考えたのです。なぜなら、現実
の世の中は、さまざまな要素の入り混じった一種の情報のカオス
状態になっており、きちんとしたルールに支配されているわけで
はないからです。
 それも普通の統計学ではなく、18世紀に「異端の統計学」と
いわれ、弾圧まで行われたというトーマス・ベイズ開発の「ベイ
ズ統計学」の考え方を導入しようとしたのです。これについては
2013年10月に次の書籍も出版されています。
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      シャロン・バーチェ・マグレイン著
      『異端の統計学ベイズ』/草思社刊
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 「ベイズ統計学」とは、どういう統計学でしょうか。ごく簡単
な例で考えてみます。
 コインを投げて、表が出るか裏が出るかの確率は50%です。
しかし、この50%という確率は、コインを何万回、何十万回、
何百万回も投げたときの確率です。こういう確率を「客観確率」
といいます。普通確率というときはこれを指します。
 たまたま5回コインを投げたとき、表が4、裏が1だったとし
ます。しかし、5回のトライでは少ないので、100回投げてみ
たのです。その結果、75回表が出たとします。75%が表が出
る確率です。投げ方やコインにもよると思いますが、この場合は
「このコインは表が出やすい」という経験的確信を持つにいたっ
たことを意味します。この確率を「主観確率」といいます。
 世の中には経験的に知られている確率というものがあります。
営業における飛び込み訪問で、10件のうち1件は、当たりの良
い家が見つかるというようにです。これが「主観確率」です。こ
ういう確率は現実世界では役に立つのです。しかしあくまで主観
で決めた確率ですから、新しい事実が起きると、それにしたがっ
て確率を修正していきます。
 このベイズ理論について、小林雅一氏は、歯科医の診察を例に
とって、次のようにわかりやすく説明しています。
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 これを何かに喩えるとすれば、歯科医の仕事です。患者から、
「歯痛」などの症状を聞いた歯科医は、「ああ、きっと右下5番
の虫歯だろう」と当たりをつけます。これが主観確率(仮定)で
す。この仮定に基づいて、歯科医はその辺りをミラーや探り針で
チェックしていきます。
 しかし、最初、歯痛の原因と見ていた5番の歯に異常は見られ
ません。むしろ、その近くの6番に何やら怪しげな影が見つかり
ました。歯科医は「これが、本当の原因かもしれない」と考え直
します。つまり最初、適当に決めた確率(仮定)が観測によって
より正確な確率へと改良されたのです。これが、まさにベイズ理
論の考え方です。それは人問の行動様式や考え方に、非常にマッ
チした確率理論なのです。    ──小林雅一著の前掲書より
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 このベイズ理論は、近年ではスパムメール(迷惑メール)を的
確に排除するアルゴリズムや、AIの応用的研究に使われていま
す。Gメールでは、メールボックスに「迷惑メールボックス」と
いうスパムメールを自動的に振り分け、保存してくれるボックス
があります。このスパムメールかそうでないか、を判断するのに
「ベイジアンフィルタ」というものが使われています。「ベイジ
アンフィルタ」は、あらかじめ機械学習によって単語に点数をつ
けておき、対象となるメールに対して、スパムである事後確率と
スパムでない事後確率を計算して、より確率の高い方に振り分け
る仕組みになっています。事後確率とは、客観確率のことです。
 そもそも確率というものは「大数の法則」に支配されるもので
す。したがって、ベイズ理論が本当の意味で実用化されるために
は、大量のデータが不可欠になります。1980年代後半のこと
であり、そういう環境は望むべくもなかったのです。
 そのため、ジュディア・パール氏の開発したベイズ理論を利用
する画期的なAIの手法は、アカデミックな研究のレベルにとど
まっていたのです。
 このベイズ理論を応用するAI研究は、2回目の「AIの冬」
の期間であったにもかかわらず、ジュディア・パール氏が所属す
るUCLA、スタンフォード大学をはじめとする米国西海岸の名
門大学の若手研究者たちの手によって、磨きをかけられていった
のです。そして、これらの若手の人材が1990年代のインター
ネットブームに乗って、グーグルのなどの先進企業に次々と入社
することになります。──[次世代テクノロジー論U/019]

≪画像および関連情報≫
 ●グーグル、インテル、MSが注目するベイズ理論
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   今日のコンピュータ界をリードする権威ある数学者の1人
  であるトーマス・ベイズは、他の数学者と一線を画する。ベ
  イズは神の存在を方程式で説明できると主張した人物だ。そ
  んな彼の最も重要な論文を出版したのはベイズ本人ではなく
  他人であり、また、彼は241年前に亡くなっている。とこ
  ろが、なんとこの18世紀の聖職者が提唱した確率理論が、
  アプリケーション開発の数学的基礎の主要な部分を占めるよ
  うになっているのだ。
   サーチエンジン超大手のグーグルと情報検索ツールを販売
  するAutonomy の両社もベイズの原理を採用し、百発百中で
  はないにしろ高い確率で適当なデータを探し当てる検索サー
  ビスを提供している。様々な分野の研究者も、特定の症状と
  病気の関連付けや個人用ロボットの創造、過去のデータや経
  験に基づく指示に沿って行動し「考える」ことができる人工
  知能デバイスの開発などにベイズモデルを使っている。
   また、マイクロソフトも積極的にベイズモデルを支持して
  いる。同社は確率論(または確率論的原則)に基づく考えを
  同社のNotification Platform に採用している。このテクノ
  ノロジーは将来的に同社のソフトウェアに組み込まれる予定
  で、それによりコンピュータや携帯電話がメッセージや会議
  予定に自動フィルタをかけたり、コンピュータなどの持ち主
  が他人と連絡を取りあうための最善策を考えたりすることが
  できるようになる。       https://bit.ly/2kvAOCc
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トーマス・ベイズ/ベイズ理論.jpg
トーマス・ベイズ/ベイズ理論
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロージ論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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