2018年05月30日

●「専門家の知識の獲得は困難である」(EJ第4774号)

 「コンピュータが人間のように見たり、聞いたり、翻訳したり
する技術」の開発を目指した日本の第5世代コンピュータ開発計
画は、1982年に始まり、10年後の1992年に幕を閉じま
した。AI開発関係者にとって、これ以上の研究は無理であると
感ずるにいたったからです。
 日本だけでなく、1980年代の後半には、AIを研究してい
た多くの科学者たちは、いわゆるエキスパートシステムの有効性
に疑問を持つにいたり、これまでのAIの研究の努力が失敗に終
わったことを実感していました。そもそも「人間の知能をシミュ
レートする」ということが、いかに困難なことであるか分かって
きたからです。
 これによって、AI研究への資金と人材の供給は途絶え、再び
長い停滞期に突入します。これが2度目になる「AIの冬」とい
われる停滞期間です。私自身も当時、明治生命情報システム部に
おいてAIを担当し、「生命保険プランエキスパートシステム」
を構築するなど、AIの実用化に努力したのですが、AIブーム
自体が失速し、残念な結果に終っています。しかし、挑戦したこ
とは、まったく無駄ではなかったと思っています。いろいろなこ
とがわかったからです。
 しかし、これによって、「ルールベースのAI」の時代は終っ
たといえます。当時エキスパートシステムは「知識工学」といわ
れ、次の3つの要素から成り立っていました。
─────────────────────────────
   1.知識の獲得 ・・・ 専門家の知識を獲得する
   2.知識の表現 ・・・ 知識ベースの入力をする
   3.知識の利用 ・・・ 知識を利用して推論する
─────────────────────────────
 エキスパートシステムは、これら3つの要素がすべてクリアさ
れて、はじめて実現されます。1〜3の要素について簡単にいう
と、こうなります。
 専門家からの聞き取りによって、知識を獲得し、それらの知識
を「知識ベース」にストックします。これが「1」の「知識の獲
得」です。そのうえで知識ベースをコンピュータが読めるように
形式化するのが「2」の「知識の表現」です。知識がコンピュー
タが読めるかたちで、知識ベースにストックされると、それを利
用して、問題を解決する推論を行います。これが「3」の「知識
の利用」です。
 3つの要素のうち、一番進化を遂げたのは「3」の「知識の利
用」です。これは知識ベースから情報を読み取り、問題を解決す
る部分です。さまざまな推論エンジンが開発され、精度が大幅に
向上していたからです。
 続いて「2」の「知識の表現」が進化しています。この部分は
知識をコンピュータが読めるようにすることです。これについて
は、プロダクションルール、フレーム、ブラックボートなど、さ
まざまな形式が案出されています。
 ところが、肝心の「1」の「知識の獲得」には重大な問題があ
ります。エキスパートシステムは、専門家から知識の聞き取りを
し、それをベースにして知識ベースを構築するのですが、肝心の
知識の聞き取りが困難なのです。チェスや将棋や碁のように限ら
れた世界で、ルールが明確になっている分野は別として、現実の
世界において、知識の獲得はきわめて困難といえます。
 ところで、「知識」とは何でしょうか。
 このように質問されて、「知識とは〇〇である」と即答できる
人は少ないと思います。ネット上には、知識についてさまざまな
説明があります。そのひとつを取り上げます。
─────────────────────────────
 知識とは、情報を分析して、問題解決に役立つように体系化
 したものである。        https://bit.ly/2ktsWkB
─────────────────────────────
 「〜について知識がある」というが、それでは「その知識につ
いて話してくれ」といわれた場合、あまりにも漠然としているの
で、困るのではないでしょうか。当時、専門家から知識を聞き取
るエンジニアのことを「KE/ナレッジ・エンジニア」といって
いましたが、実際には、KEでもその聞き取りは困難を極めたも
のと思われます。
 人間が何かを解決するためのベースになるものは、その人間が
経験したり、勉強したり、本を読んだり、他の人から聞いたりし
て、頭のなかにストックされたものの総体であって、何がベース
になっているか話せといわれても答えられないと思います。知識
とはそういうものです。
 こうした「知識」というものについて、人工知能研究者の立場
から論じた論文「知識の姿/人工知能研究者の立場から」を執筆
されている東京大学の堀浩一氏は、知識について次のように述べ
ています。
─────────────────────────────
 人工知能研究者の立場から知識を追い求めてきたが、求めれば
求めるほど、知識は遠ざかっていく。一体、知識というのは何物
なのだろうか。(中略)
 筆者は、知識とは何かということについてどれだけの考え方が
あるのかよく知らないが、伝統的な知識観というのは、「万人に
共有可能な,言語化された情報あるいは整理された体系としての
知識」ではないだろうか。人工知能研究者が人工知能を作ろうと
奮闘してわかったことは、そんな「知識」はどこにもない、とい
うことである。たとえば化学用のエキスパートシステムを化学者
と共同で作ろうとして、化学に関する知識を化学者から聞き出そ
うとしても、「いやー,わからないから研究しているわけでして
・・」という答が返ってくるのが落ちである。
                  https://bit.ly/2sc3y74
─────────────────────────────
          ──[次世代テクノロジー論U/018]

≪画像および関連情報≫
 ●なぜ人工知能ビジネスは2回も失敗したのか
  ───────────────────────────
   当時、世界的には「エキスパートシステム」という、現場
  のいろんな経験値を「If Then(イフ・ゼン)」 の形で表現
  してやろうというものがあった。「観測されるデータがこう
  だったらこう判断しよう」というもの。センサーレベルの条
  件からもっと概念が育ったら、こういうことも考える必要が
  あるよねというふうに意思決定レベルで使う。そういうのを
  すべて「If Then」で書き下そうとした。
   全世界で5000、日本だけでも1000のエキスパート
  システムが作られた。欧州で1000、米国がいちばん多く
  て3000。産業界はエキスパートシステムブームで、先の
  世界一速い推論コンピューターもこの流れで生まれた。
   たとえば、献立支援のエキスパートシステムというのを作
  ったことがある。冷蔵庫に入っている食材などを入れて「お
  まかせでOK」というボタンを押すと、適したレシピがズラ
  リと出てくる。主菜と副菜と付けあわせである条件がそろっ
  たらあるタイプとか。あとは個人情報で、嫌いな食材やアレ
  ルギー物質を省いたりとか、冷蔵庫に入っている野菜を使お
  うとか。そういったルールを3つ4つ適用した結果、候補が
  ズラズラ出てくる。またダイキン工業と連携してエアコンの
  故障診断を作ったりもした。電力会社で変電所の点検をする
  とき、停電が起こらないようにするため、どういう順番で点
  検をすると電力の信頼性がキープできながら電源作業ができ
  るか考えたりね。あとは野村総研と株の予想システムも作っ
  た。チャートのパターンを学習させるシステムを10種類く
  らい作ったり。         https://bit.ly/2L194Rj
  ───────────────────────────

ESシェルのメカニズム.jpg
ESシェルのメカニズム
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロージ論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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