2018年05月29日

●「日の丸PTはどうして失敗するか」(EJ第4773号)

 第5世代コンピュータ開発計画──いわゆるICT面において
巨額の予算を注ぎ込んだ「日の丸プロジェクト」でしたが、失敗
に終っています。実はそれ以外にも日の丸プロジェクトはたくさ
んあるのですが、ほとんどは失敗に終っています。
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        開始年 所管官庁    予算     成果
VLSI   1976  通産省 740億円     成功
ス−パーコン 1981  通産省 180億円  一部商品化
第5世代コン 1982  通産省 540億円  商品化失敗
ハイビジョン 1983  郵政省   NHK 試験放送のみ
キャプテン  1984  郵政省   NTT サービス停止
トロン    1984  通産省    不明     失敗
シグマ計画  1985  通産省 250億円     失敗
                  https://bit.ly/2J7Rs8O
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 上表は、RIETI(独立行政法人経済産業研究所)のサイト
の池田信夫上席研究員の論文に出ているものです。1970年以
降のプロジェクトをピックアップしたものですが、1976年の
VLSI(大規模集積回路)プロジェクトだけは何とか成功して
いるものの、他のプロジェクトのほとんどは、巨額の予算を使い
ながら、失敗に終っています。そのほとんどは、通産省(現経済
産業省)であり、同省には猛省してもらう必要があります。
 なぜ、失敗するのかというと、国際標準を無視して「日本発」
の標準にこだわり、結果として失敗しています。一種のナショナ
リズムといえます。坂村健氏による「トロン計画」にしても、後
の携帯電話の分野にしても、独自の進化を遂げたものの、いずれ
も日本のローカル規格に終っています。日本発の技術が「ガラパ
ゴス」といわれるゆえんです。
 ところで、「シグマ計画」とは何でしょうか。
 この計画の存在はほとんど知られていません。業界では、この
「シグマ計画」を口にするのはタブーとされ、語り継がれていな
いからです。そのため何も残っていないのです。
 1984年のことです。次の報告書が産業構造審議会から提出
されたのです。
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 1990年に60万人のソフトウェア開発技術者が不足する
                ──産業構造審議会の答申
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 これを受けて通産省は、これを克服するにはソフトウェア開発
を効率化しなければならないとして、ソフトウェア部品を参加企
業で共通化し、それを企業間で共有しようとしたのです。具体的
には、日本語で使えるUNIXツールの標準規格をつくろうとい
う計画だったのです。
 計画の考え方そのものは間違っていなかったものの、このプロ
ジェクトは、5年の年月と250億円の予算を費やし、ほとんど
何の成果も上げられずに失敗しています。それに、本来はソフト
ウェアのプロジェクトであったにもかかわらず、主要な参加企業
がハードウェア・メーカーであったため、予算の大部分は、ハー
ドウェアに注ぎ込まれ、またしてもハードウェア中心のプロジェ
クトに変質してしまったのです。その結果、この計画の成果につ
いて、次のようにいわれたものです。
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 1990年のシグマ計画は「60万人の開発技術者が不足す
 る」ことではじめられたが、結果として60万人の無能なソ
 フトウェア開発技術者の余剰を生み出している。
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 実は通信省のこのシグマ計画の失敗は隠蔽されたようです。当
時、通産省のような有力な省庁が、国家プロジェクトの失敗を隠
蔽するなどは考えられませんでしたが、今にして思えば、省庁の
省庁といわれる財務省が、文書の隠蔽、改ざん、業者との口裏合
わせなど、何でもありの状態ですから、当時、失敗隠しがあって
も何もおかしくないのです。
 シグマ計画は、プロジェクト終了後、株式会社シグマシステム
という企業に業務が移され、最近になって消滅しています。しか
し、『日経コンピュータ』は、1990年2月12日号で、シグ
マ計画の失敗について、「シグマ計画の総決算/250億円と5
年をかけた国家プロジェクト」という特集を組んで、詳しく報道
しています。誠に勇気ある報道であるといえます。
 こうした日の丸プロジェクトの相次ぐ失敗の原因について、池
田信夫氏は次のようにコメントしています。
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 このように「日本発」にこだわるプロジェクトが失敗する第1
の原因は、供給側の都合で作られ、消費者の視点が欠けているこ
とである。消費者にとっては、日本発なんてどうでもよい。どこ
発だろうと、いい標準は多数派になるし、使いにくい規格は生き
残れない。特にインターネットの標準はオープン・スタンダード
だから、特定の国が主導権を握ることはできない。たとえば、リ
ナックスの開発者はフィンランド人だが、それを「フィンランド
発の国際標準」とよぶ人はいないし、フィンランドが優位に立っ
ているわけでもない。
 第2の原因は、グローバルな市場が見えていないことである。
「パソコンは米国主導だから、情報家電は日本の独自規格で対抗
しよう」などという発想で、世界の消費者に通用しない「日の丸
規格」を作っても、キャプテンやハイビジョンのように、結局は
ビジネスとしても生き残れない。昔はパソコンのPC−9800
のようなローカル標準もあったが、グローバルな技術・価格競争
のきびしい現在のIT業界では、もう日本だけの標準というもの
が成立しないのである。       https://bit.ly/2J7Rs8O
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          ──[次世代テクノロジー論U/017]

≪画像および関連情報≫
 ●国策半導体の失敗、負け続けた20年の歴史
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   実際、各国とも自国産業を陰になり日向になり支援してい
  る。サムスンが韓国政府と緊密なことは言うに及ばず、SK
  ハイニックスは01年の経営破綻時に韓国政府系金融機関の
  支援で再建された。マイクロン・テクノロジーにはメモリ技
  術を米国に残したい米国政府の意向が働いていると見るのが
  業界では当たり前。しかし、日本政府による半導体業界への
  支援策はことごとく裏目に出ている。それはなぜなのか。
   半導体摩擦のほとぼりが冷めた00年以降、日本でも再び
  国と企業が一体となって開発を進める国家プロジェクトが乱
  立し始めた。たとえば01年の「あすかプロジェクト」には
  国費200億円が、同年の「HALCAプロジェクト」には
  80億円が投じられた。いずれも半導体の製造プロセス開発
  が目的で、メーカー複数社が参画したが、はかばかしい成果
  は得られなかった。
   政府関係者が解説する。「企業は本命の技術は自社で開発
  する。国家プロジェクトには、成功するか微妙な2〜3番目
  の技術と、二軍レベルの技術者が送り込まれていた」。やは
  り01年の「先端SoC基盤技術開発(ASPLA)」は国
  費315億円を投入し、バラバラだった各社の製造プロセス
  の共通化を目指した。この旗振り役を務めたのが冒頭の福田
  氏で、最先端の巨大な日の丸ファンドリー工場を建設し、各
  社の半導体を受託製造すれば、世界最大ファンドリーの台湾
  TSMCに勝てると参加企業に呼びかけた。
                  https://bit.ly/2kpMvu0
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経済評論家/池田信夫氏.jpg
経済評論家/池田信夫氏
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロージ論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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