2018年05月23日

●「スプートニクショックとARPA」(EJ第4769号)


 インターネットの原型であるARPANETを開発した「AR
PA」とはどういう機関であるかを知る必要があります。それは
「スプートニク・ショック」に深く関係するのです。
 1957年にソ連は史上初の人工衛星「スプートニク」の打ち
上げに成功しています。1957年10月4日のことです。ソ連
はその1ヶ月後の11月3日にスプートニク2号の打ち上げにも
成功しています。2号は、生物を乗せることを想定して、気密室
を作っているので、1号に比べて6倍の508キログラムの重量
になっていたにもかかわらず成功しています。
 1958年2月3日のスプートニク3号は、失敗したものの、
1960年5月15日のスプートニク4号は成功、1960年8
月19日のスプートニク5号には、犬2頭、ネズミ40匹、ラッ
ト2匹、その他いろいろな植物も積んで、打ち上げに成功。翌日
に回収され、動物たちは無事に地球に帰還したのです。このよう
に、1957年から1960年にかけて、ソ連は次々とスプート
ニクを連続して打ち上げ、宇宙開発の成果を強調したのです。
 当然のことですが、これは米国にとって大ショックであり、そ
れは「スプートニク・ショック」といわれます。とくに軍事関係
者にとって衝撃的な出来事だったのです。当時のアイゼンハワー
大統領は、ニール・マケルロイ国防長官に命じて、国防総省内に
軍事研究を統括する機関を設置するよう指示します。
 しかし、これに軍は反発します。兵器開発の主導権を奪われる
のではないかと危惧したからです。核兵器の開発を進めていた原
子力委員会も核兵器は外すよう政府に申し入れます。多くの議論
があって、最終的に基礎研究を行う機関として、1958年にそ
の機関は国防総省内に設置されます。それがARPAです。当初
ARPAは、宇宙開発を手掛けるつもりだったといわれています
が、同年10月に国際宇宙局が設置され、その目論見は崩れ去っ
たのです。
 しかし、その結果、ARPAで開発されたのがARPANET
であり、それが後にインターネットに発展するのです。1972
年になって、ARPAは「DARPA(米国国防総省高等研究計
画局)」に改称されます。
 このように、1957年から1972年の15年間は、米国は
ソ連に対抗するため、膨大な軍事予算を使いまくったのです。と
にかく「ソ連に負けるな!」ということで、米国中が燃えていた
時期といえます。そのなかで、マッカーシー氏らのAIの研究に
も潤沢な予算が投入されたのです。
 スプートニク・ショックを受けた米国は、1958年にNAS
A(アメリカ航空宇宙局)を設立し、マーキュリー計画がスター
トします。この計画は、1958年から1963年にかけて実施
された有人宇宙飛行計画のことです。
 1961年1月20日、ジョン・F・ケネディ氏が大統領に就
任します。ケネディ大統領は、1000基のミニットマン・ミサ
イルをはじめ、当時ソ連が保有していたミサイルの数を上回る大
陸間弾道ミサイルを配備すると宣言しています。
 そして、1961年5月25日、ケネディ大統領は、上下両院
合同議会で、アポロ計画について演説し、10年以内(1971
年)に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰還させることを宣言
する有名な演説を行います。以下はその演説の一部です。
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 私は、今後10年以内に人間を月に着陸させ、安全に地球に帰
還させるという目標達成にわが国民が取り組むべきと確信してい
ます。この期間の、この宇宙プロジェクト以上により強い印象を
人類に残すものは存在せず、長きにわたる宇宙探査史において、
より重要となるものも存在しないことでしょう。そして、このプ
ロジェクト以上に完遂に困難を伴い、費用を要するものもないで
しょう。         ──ジョン・F・ケネディ米大統領
                  https://bit.ly/2IACvIR
─────────────────────────────
 そして米国は目標の1971年以前の1969年7月16日、
アポロ11号が月面に着陸し、無事に地球に帰還させることに成
功します。これで米国は宇宙の覇者の地位を獲得したのです。
 話をAIに戻します。ジョン・マッカーシー氏は、ダートマス
会議以後の1963年、スタンフォード人工知能研究所(SAI
L)を設立し、そこに多くの若い研究者を集めて、次の目標を掲
げたのです。これも10年以内の目標です。
─────────────────────────────
     10年以内に実戦的なAI技術を作り上げる
                   ──SAIL
─────────────────────────────
 米国が総力でソ連と対抗していた1960年代、科学者にとっ
ては絶好の環境だったといえます。なぜなら、国防総省はAIの
基礎研究に大量の資金を拠出したからです。しかも、具体的な目
標や期限を課さなかったので、自由研究として何でもやれたので
す。これについてAIに詳しいKDDI総研リサーチ・フェロー
の小林雅一氏は、自著で次のように述べています。
─────────────────────────────
 彼ら初期の研究者たちは、誰もが一様に楽観的でした。たとえ
ば、マッカーシー氏は国防総省の研究機関であるDARPA(国
防高等研究計画局)に出した提案書の中で、「考える機械は、今
から約10年で完成できるはずだ」と予想しました。ミンスキー
氏も「今から10年もあれば、AIを構成する実質的な問題は解
決されるだろう」と述べました。サイモン氏に至っては「今から
20年以内に、人間がやれることは、すべて機械がやれるように
なるだろう」と公言するほどでした。     ──小林雅一著
 『クラウドからAIへ/アップル、グーグル、フェイスブック
                の次なる主戦場』/朝日新書
─────────────────────────────
          ──[次世代テクノロジー論U/013]

≪画像および関連情報≫
 ●世界を動かす軍事科学機関DARPA
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   1962年10月16日、ソ連が密かに核ミサイルをキュ
  ーバに設置していることを発見したアメリカ大統領ケネディ
  は、ソ連首相フルシチョフにミサイルの撤去を迫り、拒否さ
  れた。この日からフルシチョフがミサイル撤去の決断を下す
  までの13日間ほどに、人類が核兵器による全面戦争に近づ
  いたことはない。キューバ危機で核ミサイルが攻撃に用いら
  れることはなかったが、実はこの危機の最中に核ミサイルは
  4発も爆発していた。その事実が、世間に知られることがな
  かったのは、この爆発が宇宙空間で行われていたからだ。
   4発中2発はアメリカによって、残りの2発はソ連によっ
  て行われた実験だった。わざわざ宇宙空間で核爆発させたの
  は、クリストフィロス効果を研究するため。1957年にソ
  連が打ち上げた人工衛星によるスプートニク・ショック以来
  アメリカはソ連のICBM(大陸間弾道ミサイル)から自国
  を守る方法を探し続けていた。そして、無名の科学者である
  ニコラス・クリストフィロスが考案した「大気圏のすぐ上の
  地球の磁場にある高エネルギー電子をとらえ、それによって
  生成されるアストロドームのような防御シールド」を作ると
  いうアイディアに行き着いた。クリストフィロス効果とは、
  電離層での数千発にも及ぶ核兵器の炸裂によるベータ粒子を
  地球の磁場に注入し、そこを通過しようとする物体に障害を
  引き起こすというものだった。  https://bit.ly/2ICECjt
  ───────────────────────────

ジョン・マッカーシー.jpg
ジョン・マッカーシー
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロージ論U | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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