2018年01月26日

●「2次安倍政権のメディア規制対策」(EJ第4691号)

 安倍政権が他の自民党政権と違うことがひとつあります。それ
は、安倍晋三氏にとって2回目の首相であるということです。長
年衆議院議員をやっていても、首相という仕事はすべてが初体験
であり、思うようにはいかないものです。しかし、2回目であれ
ば、何をどうするということは体験済みであり、あらかじめ、自
分の考えるベストなスタイル考えることができます。
 このことは、このテーマの第1回でも指摘したことですが、2
度目の首相のチャンスが巡ってきたとき、安倍晋三氏は、メディ
ア対策をいの一番に考えたはずです。そのメディア対策として現
在行われていることは、次の4つです。以下、この4つの対策に
つき砂川浩慶氏の著作を参照して、述べることにします。
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      ⇒ 1.ぶらさがり会見の中止
      ⇒ 2.蜜月メディアへの出演
        3.メディア幹部との会食
        4.メディアチェック実施
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 メディア対策の第1は「ぶらさがり会見の中止」です。
 今になって考えると、小泉純一郎元首相は、ぶら下がり会見を
よく行い、メディアとフランクに会見していたと思います。ぶら
下がり会見とは、正式の記者会見ではなく、移動中の首相に声を
かけ、番記者が首相を囲んで取材を行うことをいいます。小泉首
相は、その会見のさい、当意即妙な短い言葉で対応し、なかなか
好評だったのです。
 ところが、2002年に総理大臣官邸が新しくなったことに伴
い、警備体制が強化され、記者が首相と接する機会が減ったので
す。そのため、小泉首相は1日2回のぶらさがり会見をすると約
束し、内閣記者会と折り合いをつけています。
 安倍首相は、第1次政権のとき、当然この1日2回のぶら下が
り会見を引き継ぐことになるのですが、彼はこの1日2回のぶら
下がり会見を1回にしようとしたのです。しかし、これは各方面
から反対され、うまくいかなかったのです。当時の安倍首相は、
小泉首相のようなうまい受け応えができず、それが支持率を下げ
る原因にもなっていたのです。
 そういうこともあって、安倍首相は第2次政権のとき、ぶらさ
がり会見を中止したのです。ぶら下がり会見は、福田、麻生、鳩
山の3政権については、実施されましたが、菅首相は会見を1日
1回に減らし、野田首相は記者会見を増やすことを約束して、ぶ
ら下がり会見を拒否したのです。安倍首相は、そのことを頭に置
いて、内閣記者会にぶら下がり会見の中止を申し入れ、これを承
知させています。メディアはこれに反対できなかったのです。
 メディア対策の第2は「蜜月メディアへの出演」です。
 「総理と語る」という番組があります。これは、NHKと民放
が持ち回りで実施していたのですが、第2次安倍政権では、これ
も廃止しています。メディアとしては、首相にメディアを選別さ
れるのを嫌います。そのため、1日2回のぶら下がり会見や持ち
回りの「総理と語る」などの慣例を作り、どのメディアも公平に
首相と会見をする機会を確保しようとします。
 しかし、官邸サイドとしては、メディアを選別し、単独インタ
ビューというかたちで出演したいのです。それには、ぶら下がり
会見や「総理と語る」などの慣例を壊す必要があり、安倍首相は
それを真っ先にやったというわけです。
 もともと安倍首相は、第1次政権のときから読売新聞と産経新
聞新聞とは蜜月関係にあります。しかし、他の新聞社ともコンタ
クトをとる必要があります。つまり、表面上は公平に扱うことを
見せる必要があるからです。
 そこで安倍首相は、2012年に政権に復帰するや、2012
年12月28日に単独インタビューを読売新聞と行い、同月30
日には産経新聞と行っています。それでは、他の主要新聞社との
コンタクトは、どうだったのでしょうか。
 これについては、立教大学社会学部教授の砂川浩慶氏の著作か
ら、引用することにします。
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 安倍首相と蜜月関係を続ける読売新聞、産経新聞の別格2社に
続き、2013年年明けに東京新開(1月9日)、日経新開(1
月10日)が単独インタビューを実施した。父・安倍晋太郎氏が
在籍した毎日新聞も1月25日にインタビューを行なった。この
時点で、全国紙で唯一単独インタビューがなかったのが朝日新聞
である。『選択』/2013年5月号の「安倍とメディアの醜悪
な『蜜月』/官邸にひれ伏す新聞・テレビ」では、「(2013
年)2月7日夜、帝国ホテル内の中国料理店『北京』で、木村伊
量朝日新聞社長(当時)は安倍首相と会食に臨んだ。この場が事
実上の『手打ち式』となり、2週間近く経過した同月20日によ
うやく単独インタビューが実現した。ここで、安倍首相とメディ
アとの「蜜月」関係が完成したともいえるだろう」と解説されて
いる。                   ──砂川浩慶著
             『安倍官邸とテレビ』/集英社新書
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 慣例による順番や決まりによって、単独会見を行うのでなく、
安倍首相の意思によって、出演する新聞社やテレビ局が選ばれる
と、何が起きるでしょうか。
 それは、メディア側としては、安倍首相の関係を友好状態に保
とうするはずです。安倍政権にとって都合の悪いことは報道しに
くくなります。どうしても報道するさいには、周りのメディアの
対応を見ながら、おそるおそるやることになります。
 そういう場合は週刊誌が取り上げていたのですが、その週刊誌
も編集方針を変更したのは既に見てきた通りです。実に情けない
話です。少しは、まともな、毅然としたメディアがひとつぐらい
あってもいいと思いますが、そういうメディアは残念なから日本
にはないのです。    ──[メディア規制の実態/015]

≪画像および関連情報≫
 ●メディアは政権の支配を脱したか/望月衣塑子東京新聞記者
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   「この(獣医学部をめぐる)一件を通じ全く別の問題とし
  て認識を新たにしたのは国家権力とメディアとの関係です。
  (中略)私に最初にインタビューを行ったのはNHKです。
  しかし、その後映像はなぜか、放送されないままになってい
  ます。いまだに報じられておりません」。
   2017年6月23日、文科省の前事務次官の前川喜平氏
  は、日本記者クラブで行った記者会見で、日本のマスメディ
  アの持つ問題に言及した。翌日の紙面では、前川氏の批判を
  きちんと取り上げた新聞や大手テレビはほぼなかったが、I
  WJはじめ多くのネットメディアには、日本のマスメディア
  が抱える重大な問題として取り上げられ、ネット上では批判
  が拡散していた。他人事ではない。数カ月前まで日本社会全
  体に漂っていた、マスメディアが政権を批判する際に見え隠
  れした「恐れ」と政権への「忖度(そんたく)ぶり」は、国
  民の知る権利に答え、権力を監視すべきメディア本来のあり
  ようとは、ほど遠くなっていたようにみえた。
   2011年3月11日の原発事故後、原発推進と反原発を
  めぐって、メディアの二極化が進んだ。民主党政権が下野し
  返り咲いた第2次安倍政権では、菅義偉官房長官や杉田和博
  官房副長官を筆頭にテレビを中心にメディア支配の流れが急
  速に進んだ。特にテレビは14年11月、衆院選公示が迫る
  中、自民党の萩生田光一筆頭副幹事長(当時)が、「選挙時
  期における報道の公平中立ならびに公正の確保についてのお
  願い」とする文書を、各局の編成局長、報道局長宛てに送り
  これを機に、その報道姿勢に少しずつ変化が現れていった。
                   http://bit.ly/2DB0yYT
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望月衣塑子東京新聞記者.jpg
望月 衣塑子東京新聞記者
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | メディア規制の実態 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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