2017年10月19日

●「日本のガラケーはスマホの先取り」(EJ第4628号)

 トム・スタンデージという人がいます。英誌『エコノミスト』
の副編集長兼デジタル戦略責任者です。彼は、2050年のテク
ノロジーの未来予測に関して、次のように述べています。
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           過去、現在、SFで描かれる未来。
     この3つが2050年を見通すための鍵になる。
  15年前、スマートフォンの登場を予測していた人々は
  日本人の女子高生に注目した。
         ──英『エコノミスト』編集部/土方奈美訳
   「2050年の技術/英『エコノミスト』誌は予測する」
                       『文藝春秋』
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 トム・スタンデージ氏は、2050年の未来のテクノロジーを
予測するには、最初に「過去」を振り返ってみるべきだと説きま
す。テクノロジーの歴史には、繰り返し、登場するパターンが存
在するからです。まず、トム・スタンデージ氏による次の文章を
読んでいただきたいと思います。
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 新たなネットワーク・テクノロジーは、長距離通信に革命的変
化をもたらす。通信はそれまでより圧倒的に安く、便利になる。
企業はそれを熱狂的に受け入れて、投機ブームが巻き起こる。新
たなテクノロジーは支持者からはひたすら称賛され、反対派から
は徹底的に中傷される。また、新たなビジネスモデルが可能にな
ると同時に、かつてない犯罪にも道を拓く。政府は暗号技術の拡
散防止に手を尽くし、あらゆる通信の開示を求める。個人はネッ
トワークを使って友達を作り、恋に落ちる。コミュニケーション
によって国境は消え、人類は一つになる。そのため、新たなテク
ノロジーは世界平和につながると見る者もいる。
        ──英『エコノミスト』編集部著の前掲書より
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 これは、どう考えてもインターネットの描写としか思えません
が、実は19世紀半ばの電報についての話なのです。1837年
9月のことですが、サミュエル・モールスは、電気的テレグラフ
の公開実験を行っています。
 レジスタという通信文を紙のテープに記録するための端末装置
が開発され、公開実験によって、首尾よく5キロメートル離れた
ところまで通信文を送ることに成功しています。そして1844
年5月には、ワシントンDCとボルティモア間の64キロの通信
に成功しています。電信的電報システムがこのときからはじまっ
たのです。
 このような新しい「メディア」の登場は、それが斬新であれば
あるほど、そのときの社会には大きな影響を与えます。それは、
多大なる賞賛と期待がある一方で、それに匹敵する量の批判や不
安があるものです。電報の場合でも、現代のサイバー犯罪ともい
うべき問題が発生していたのです。「犯罪者ほど科学の最新の成
果を迅速に取り入れる集団はない」といわれます。これは、その
後のビデオの導入や、インターネットでウェブサイトが見られる
ようになったときでも同様に起きています。
 テクノロジーについて知る場合、その技術の開発の歴史を調べ
ることは重要です。誰が、いつ、どのようなニーズのもとに、そ
の技術を誕生させ、どのように普及していったのかについて知る
ことは、未来のテクノロジーを開発するときに役に立つのです。
そのため、「過去を振り返る」ことは、新しい技術を生み出す原
動力になるといえます。
 「過去」に続いて「現在」をよく観察する必要があります。テ
クノロジーは、突然登場するように見えますが、実はその前身に
なるものは、とっくの昔に姿をあらわしているのです。つまり、
明日のテクノロジーは、今日既に登場し、普及している可能性が
高いのです。トム・スタンデージ氏は、その典型は21世紀初頭
における日本のガラケーであるといっています。よく考えてみる
と、ガラケーは現代のスマホそのものといえます。
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 2001年の日本ではカメラ付き、カラーディスプレイ付きの
携帯端末が当たり前に普及していた。道案内付きの地図を表示で
き、電子書籍、ゲームなどのアプリもダウンロードできた。ジャ
ーナリストやアナリストは、そんな電話を見るために日本詣でに
いそしんだ。欧米の技術系カンファレンスで日本人が懐から携帯
端末を取り出すと、それは時空の切れ目から落ちてきた貴重な未
来のかけらのように丁重に扱われた。日本が他国に先駆けで未来
に到達したのは、通信業界が孤立した独占的性質をもち、また国
内市場に十分な規模があったためである。これによって、日本の
ハイテク企業は、他国のシステムとの互換性など気にせずに、創
意工夫することができたのだ。
        ──英『エコノミスト』編集部著の前掲書より
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 日本人が何も考えずにガラケーを使っていたとき、欧米をはじ
めとする世界の人々はそれを驚きのまなざしで観察していたので
す。米国の「WIRED」誌には、しばらくの間、「日本の女子
高生ウオッチ」なる連載コラムがあったほどです。そして、この
観察の結果、日本のガラケーは、遂にアップルのアイフォーンに
姿を変えて、鮮烈なデビューを果たしたのです。
 まず、コンセプトが違います。日本の携帯電話は、多機能では
あっても、あくまで電話機であるのに対して、アップルのそれは
電話機能を持つ小型のコンピュータというコンセプトのマシンで
あり、OSを搭載し、ソフトウェア(アプリ)のダウンロードに
よって付加価値をつけるという画期的なかたちで登場したので、
日本独特スタイルのガラケーは敗退せざるを得なかったのです。
このように、現在すでに普及し、使われているもののなかに未来
の技術の基になるものが必ずあるのです。
            ──[次世代テクノロジー論/18]

≪画像および関連情報≫
 ●「ガラパゴス化は勝ち筋戦略」/高杉康成氏
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   赤道直下のエクアドル共和国から西へ約900キロの太平
  洋上にガラパゴス諸島があります。ダーウィンの進化論で有
  名なこの島々は、外界から遮断された結果、そこに住む生物
  が独自の進化を遂げた珍しい地域です。
   ビジネスの世界では、これに習って「ガラパゴス化」と揶
  揄されることもあります。有名なのは「ガラパゴス・ケータ
  イ(ガラケー)」です。世界のモバイル・IT事情とは異な
  った、日本独自の進化を遂げた日本の携帯電話のことで、先
  進的な技術や機能がありながら、海外では普及しませんでし
  た。スマートフォン(スマホ)の普及とともに徐々に市場を
  失い、多くの日本企業が携帯電話ビジネスから撤退していき
  ました。このようにビジネスにおいてガラパゴス化は、とも
  すれば「悪い例え」に聞こえます。しかし、本当にそうなの
  でしょうか。そこで今回は、このガラパゴス化について深く
  掘り下げて考えていきます。
   なぜスマホが売れてガラケーは衰退していったのか。ビジ
  ネスパーソンであれば、この問題について一度は、ウェブ、
  雑誌、新聞などで記事を目にしたことがあるでしょう。諸説
  がある中で、筆者は以下のような見立てをしています。
                  http://nkbp.jp/2gphFUd
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女子高生とガラケー.jpg
女子高生とガラケー
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 次世代テクノロジー論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする