2017年08月03日

●「激しい対立と確執/浜渦VS内田」(EJ第4576号)

 ここで再び内田茂氏に話を戻します。以下は次の「週刊文春」
の記事を参照にして記述します。
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 「石原慎太郎とドン内田“無責任コンビ”の癒着『豊洲問題』
混迷の元凶」    ──「週刊文春」2016年10月6日号
                   http://bit.ly/2tXoIou
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 石原慎太郎氏がはじめて当選を果たした1999年4月の東京
都知事選。そのとき、都議会自民党幹部の内田茂氏は、森喜朗自
民党幹事長(当時)と一緒に、明石康元国連事務次長を擁立して
います。それに対する石原陣営は、内田茂氏を念頭に次のスロー
ガンを掲げていたのです。「ブラックボックスと戦う」といって
いた小池氏とよく似ています。
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          都政の悪人を成敗する
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 したがって、石原氏が知事になったときは、知事と都議会自民
党は険悪な関係にあったといえます。石原知事がそのことを思い
知るのは、腹心の友の浜渦武生氏を副知事に就任させる人事案が
議会で否決されたときです。当時都議会では自民党と公明党が過
半数を握っており、それに加えて内田氏が都議会運営に強い影響
力を発揮できたので、知事の人事案を否決できたのです。
 人事案だけではなく、予算案をはじめ、知事の出すほとんどの
案に対し、議会はことごとく反対します。これには、石原知事も
困り果て、当時の小渕恵三首相に「議会が回らないので、助けて
欲しい」と頼み込みます。結局、野中官房長官(当時)の仲介で
内田氏との手打ちの場が築地の料亭に設営されます。
 その場には、野中官房長官、内田茂氏と都議3人が顔を揃えた
のですが、その席で石原知事は「よろしくお願いします」と頭を
下げ、内田氏との手打ちが行われます。そして、その直後に石原
知事は築地を視察し、「狭い、古い、危ない」と発言しているの
です。築地市場の移転についても、その場で何らかのやり取りが
あったものと思われます。そして、約1年後の2000年7月に
浜渦氏の副知事就任を都議会は承認しています。
 浜渦氏は副知事に任命されると、石原知事の命を受け、豊洲の
土地取得のため、東京ガスとの交渉に辣腕を振うのですが、実は
豊洲のある江東区の区長にも手を打っています。東京都の優位性
をフルに使った巧みな交渉です。しかし、その結果、豊洲の土地
は取得できたものの、東京都にとって非常に高い買い物になって
しまったのです。
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 浜渦氏は、当時の江東区長に「豊洲に架かる橋を5本、環状2
号線の整備、観光施設の開設」を約束し、江東区長から東京ガス
に「跡地を新市場に」と要望させた。東京ガスにも工事費軽減な
どの“アメ”を与え、2001年7月に移転合意にこぎつけたの
です。しかしその後も東京ガスに譲歩を重ねた結果、都は“汚染
された土地”に“きれいな土地”並みの代金を支払う羽目になっ
た。その額は計1900億円近くにのぼります。(都庁幹部)
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
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 石原元知事は、自分に関心のあることしか興味はなく、興味の
ないことは人任せにしてしまうところがあります。市場移転問題
も、興味のない仕事のひとつです。都庁への出勤も週に2〜3回
で、その分副知事、とくに信頼している浜渦氏にすべて任せてし
まうことが多かったといいます。そのため、浜渦氏は都庁内で大
変強い権限を握ることになります。そのことを「週刊文春」は次
のように書いています。
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 浜渦氏に説明に行く時は手紙を書かないといけない。手紙を見
て、来る必要のない職員には電話で断ったり、×と返事を出した
りしていました。気に入らないことをした職員には詫び状も書か
せていた。この“お手紙行政”によって、浜渦氏は情報をコント
ロールするシステムを作り上げたのです。(元都庁幹部)
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
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 そういう浜渦氏に対して、内田茂氏は警戒を強めつつも、石原
知事の人気は利用できると考えます。「是々非々で行く」という
のが内田氏の考え方です。これは、石原都政では成功しましたが
小池都政には通じなかったといえます。
 2003年に内田氏は都議会議長に就任します。議長は権力の
象徴です。都議会自民党は、国との太いパイプを利用し、さまざ
きな利権を握ってきたのです。都知事と議会はどちらも東京都民
から選挙で選ばれており、「二元代表制」であるとして、どのよ
うな知事が就任しても都議会、なかんずく都議会議長は都政に対
して大きな影響力を持つことになります。しかし、浜渦氏が事実
上知事の権限を代行するようになると、内田氏の利権にもどんど
ん手を突っ込んできたのです。2004年に大手町の合同庁舎跡
地が三菱地所に払い下げられる計画をめぐり、浜渦氏と内田氏は
激突することになります。この場面に誰もが知っている意外な人
物が登場します。
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 国の都市再生本部の和泉洋人氏(現・首相補佐官)と連携し、
この計画を主導していたのが浜渦氏です。一方、地元業者から陳
情を受けていた内田氏は特定企業を優遇していると不満を持って
いた。04年末、議長室で内田氏は浜渦氏と話し合いましたが、
交渉は決裂。内田氏は激怒していました。浜渦氏は後に三菱地所
と都が出資する東京交通会館の副社長に天下りします。
          ──「週刊文春」2016年10月6日号
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              ──[中央卸売市場論/023]

≪画像および関連情報≫
 ●三菱地所などに恩恵/特定企業利する「都市再生」
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   都心の国有地を入札なしの随意契約で安く売らせ、その後
  土地の容積率を一気に現行の2・4倍に当たる最高クラスの
  1690%にまで引き上げて延べ床面積を増やし、開発する
  三菱地所などに大きな利益をあげさせる――。石原都政と小
  泉内閣の肝いりで進んでいる「都市再生」プロジェクトの計
  画案が本紙の調べで判明しました。特定企業を利する不透明
  さに地元の東京・千代田区でも批判が出ています。
   この国有地は東京・大手町合同庁舎跡地約1・3ヘクター
  ル。もともと競争入札で売却される予定でしたが、石原都知
  事が2002年秋、塩川財務相(当時)に「大手町地区の街
  づくり」に向けた「処分」を要望。その後、政府の都市再生
  本部(本部長・小泉首相)が「大手町合同庁舎跡地の活用に
  よる国際ビジネス拠点」づくりとして第5次都市再生プロジ
  ェクトに決定しました。国、都はそれぞれ約6千万円、8百
  万円の調査費(04年度)をつけています。
   この実態を示すのが本紙の入手した独立行政法人・都市再
  生機構(旧都市基盤整備公団・地域振興整備公団)や三菱地
  所作成の資料です。資料によると、まず、都市再生機構が受
  け皿になって国有地を随意契約で安く購入。土地区画整理事
  業でこの土地を日本経団連などの土地と交換し、経団連など
  を跡地に移転させます(図)。   ──「しんぶん赤旗」
                   http://bit.ly/2uizNjo
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大手町合同庁舎跡地をめぐる状況.jpg
大手町合同庁舎跡地をめぐる状況
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | 中央卸売市場論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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