2017年07月11日

●「卸売業者の意見をなぜ聞かないか」(EJ第4560号)

 東京都議選の投票日直前に毎日新聞は、「中央卸売市場」を築
地から豊洲に移転すべきかどうかについて世論調査を行い、次の
ように伝えています。
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 毎日新聞が6月27、28両日に実施した電話世論調査で、豊
洲市場(江東区)の移転問題については「移転すべきだ」が28
%で、「移転を中止し築地市場を再整備すべきだ」の21%を上
回った。【樋岡徹也、関谷俊介】    http://bit.ly/2sS2UOP
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 「豊洲移転すべき28%/築地を再整備すべき21%」──大
差ではないことと、男女で意見に大きな差があるのです。男性は
「移転すべき」は4割で「再整備」の倍であるのに対し、女性は
「どちらともいえない」が54%を占めています。
 東京都の小池知事は、築地/豊洲併用論を打ち出していますが
その具体的内容は明らかになっておらず、知事自身は、どちらと
も決めていないのが現状であると思われます。都議会で態度を明
確にしているのは自民党と公明党の「豊洲移転」、共産党は「築
地再整備」です。自民党と公明党は、都議会の与党として「豊洲
移転」を推進しており、共産党ははじめから「豊洲移転」に反対
し、一貫して「築地再整備」を主張しています。
 現在、豊洲移転に反対する人のほとんどは、土壌汚染が解決し
ていないことを最大の原因に上げています。素人にはこれが一番
わかりやすいからです。しかし、そこを仕事場として使う市場関
係者の多くは、豊洲市場の市場としての使い勝手の悪さに強い不
満を持っているのです。
 一方、人類学者の中沢新一氏をはじめとする文化人、三国英実
氏などの農業・水産関係の専門家、伊東豊雄氏や森山高至氏など
の建築家の多くは、一貫して「築地市場は残すべきである」とし
て築地再整備を主張しています。
 それなら、都議会与党の自民党と公明党はなぜ「豊洲移転」を
推進したのでしょうか。それは、豊洲に新しい市場をつくろうと
する意思よりも、築地から市場を立ち退かせ、跡地の築地を再開
発しようとする何らかの強い意思が働いていたというしかないと
思うのです。そもそも市場よりも、移転後の築地の土地に最大の
関心があったということです。それは、築地が銀座にも近く、交
通の便もいい東京都の中心部であり、価格も高く売却できるから
です。この考え方は、かつて東京市の、日本橋魚河岸を移転させ
ようとする考え方に似たところもあります。
 ところで、築地市場の移転を決定し、豊洲の東京ガス跡地に土
地を取得し、移転を推進したのは石原慎太郎知事その人です。石
原氏は、自分が知事になったときには移転の方向は決まっていた
ので、その方針に沿って進めただけといっていますが、「築地市
場移転問題をめぐる」年表を見ると、石原知事が最初から相当の
意欲を持って、移転を進めたことは明白です。
 石原慎太郎氏がはじめて東京都知事に就任したのは、1999
年4月のことです。その11月に東京都は、東京ガス側に市場の
移転候補地として豊洲が最適であることを伝えています。ここに
石原氏の意思が入っていることは間違いないことです。
 問題なのは、石原都政時代の東京都が豊洲市場を設計するさい
築地の市場関係者の一部からしか意見を聞かず、独断で進めたと
みられることです。とくに市場の仲卸業者には秘密にしていたよ
うです。既出の中沢新一氏は、伊東豊雄氏との対談で、そのこと
を次のように述べています。
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 豊洲新市場の建築計画は当初、市場の仲卸たちには秘密にして
進行していたようです。それで出来上がった建物をはじめて案内
された市場の人たちは、思わず絶句して、帰りのバスの中はさな
がらお通夜のようだった。そのあとしばらくして、盛り土がなさ
れていなかったことや、土壌汚染があいかわらずの酷さだったこ
とがわかってきて、移転にたいする気持ちが変わってきた。
 築地市場の人たちの気持ちとしては、当初は移転も仕方のない
ことだと思っていたようです。しかし、じっさいに豊洲新市場の
建築を知るようになって、ここでは自分たちは、仕事ができない
と痛切に感じるようになりました。それほどに、豊洲新市場の建
物群は、ナマものを扱う市場の仕事場にふさわしくない構造をし
ているのです。    ──伊東豊雄氏×中沢新一(徹底討論)
               「『みんなの市場』をめざす」
           『現代思想』2017年7月臨時増刊号
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 なぜ、仲卸業者の意見を聞かないで、豊洲市場を建設したので
しょうか。それは、仲卸関係者のほとんどが一貫して市場移転に
反対していたので、意見を聞くことができなかったものと思われ
ます。確かに、新任の石原知事が築地市場の移転を考えていると
知った市場関係者は、1999年12月にそれに反対する総決起
大会を開いているからです。この総決起大会には、日本共産党都
議団も参加しています。
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   1999年12月
   「築地市場移転に断固反対する会」総決起大会開催
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 かつて東京市は関東大震災を奇貨として、かなり強引に日本橋
魚河岸を築地に移転させましたが、そのさい移転に当たっては、
そこで働いていた業者の意見を取り入れ、何とか日本橋魚河岸の
文化を残そうと努力しています。その結果、魚河岸の文化は築地
に確実に伝えられ、さらなる発展をしたのです。
 しかるに築地市場の豊洲移転はついては、業者に対して少なく
ともそういう配慮はまったくなされていないのです。完成してか
ら案内され、仲卸業者たちは愕然としたのです。そのときはじめ
て豊洲市場が業者の立場に立った設計になっていなかったことが
わかったのです。      ──[中央卸売市場論/007]

≪画像および関連情報≫
 ●豊洲市場をゼロから見直すべきこれだけの理由
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   結論から言うと、豊洲問題の解決には、日本の食文化がか
  かっているという視点が必要だ。かねてから様々な問題が指
  摘されてきた築地卸売市場の豊洲移転問題が、ここに来て、
  二進も三進もいかない状況に陥っている。
   元々、土壌が汚染されていることがわかっているガス会社
  の工場跡地に、世界最大の食品市場を移転させることには、
  根強い反対意見があった。しかし、市場の移転によって、築
  地という銀座から徒歩圏内にある都内の一等地の広大な土地
  の再開発が生み出す莫大な経済的利益は、そんな懸念をかき
  消すのに十分な魔力を持っていた。旨味、といった方がいい
  かもしれない。だから、もともと豊洲は食品市場の移転先と
  して立地条件が適していたから選ばれたわけではない。元々
  築地の再開発ありきで、押し出されるように豊洲に追いやら
  れた市場だ。設計段階から多くの問題を抱えたままの見切り
  発車となった。
   最近は豊洲市場問題で毎日のようにテレビに出ている一級
  建築士で建築エコノミストの森山高至氏は、地下水の汚染や
  盛り土問題が浮上する以前から、建築家の視点で、豊洲市場
  の問題点を自身のブログなどで指摘してきた。
                   http://bit.ly/2uXtAKz
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築地市場移転反対に立ち上がった市場業者.jpg
築地市場移転反対に立ち上がった市場業者
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 中央卸売市場論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする