2017年05月08日

●「中国経済不振の根本的な2大原因」(EJ第4514号)

 2016年1月のダボス会議のときの話です。著名な投資家の
ジョージ・ソロス氏は次のように発言したのです。
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    中国経済のハードランディングは不可避的である
                ──ジョージ・ソロス
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 中国当局はこの発言に激しく反発し、「ソロスが中国経済の破
滅を仕掛けている」と吹聴したのです。そのソロス氏は2017
年1月6日に来日して安倍首相と面会し、約40分間話していま
す。何を話したかは定かではありませんが、中国経済のことが話
題になったことは容易に想像できます。
 最近の中国経済に関して中国当局は、次の言葉を使ってその状
況について表現しています。
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      2015年全般 ・・・・・ V字型
      2016年前半 ・・・・・ L字型
      2016年後半 ・・・・・ h字型
      2017年前半 ・・・・・ I字型
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 「V字型」はV字回復のことです。V字型に似たものに「U字
型」というのがありますが、中国は「L字型」で、右肩下がりで
回復しないことを意味しています。「h字型」は、少し回復する
が、また下がるという意味です。「I字型」は中国から米国への
資金流出が止まらず、底抜けしていることを表現しています。V
LhI──この言葉通り、中国の経済はきわめて深刻であること
を意味しています。
 現在の中国経済を語るとき、外せないのは2008年秋のリー
マン・ショックを受けて中国政府が実施した4兆人民元(約68
兆円)投資と、空前の金融緩和です。これが功を奏して世界経済
は立ち直りのきっかけを掴んだのですが、中国はその後、生産過
剰と在庫過剰の問題を抱え込むことになります。実は、これはあ
まり知られていないのですが、4兆人民元投入の効果に味を占め
た中国政府はその後も2009年から4年間にわたって景気刺激
策を継続し、その投入資金を110兆人民元(約1900兆円)
まで膨らませてしまったのです。
 つまり、それだけの固定資産投資が行われたということです。
これが中国各地に鬼城(グイチェン)を生み出すなど、負の遺産
を遺すことになったのです。
 それに加えて、米国はリーマン・ショックの後遺症が重く、E
Uはギリシャ破綻に伴うユーロ危機、日本は失われた20年で、
それぞれ景気が回復せず、それまで先進国への輸出に頼ってきた
中国の経済成長が鈍化してしまうことになったのです。
 多くの中国ウォッチャーは、中国の経済不振をこのような角度
から説明しようとしますが、もっと根本的な原因があると主張し
ているのは、北京の講談社文化有限公司副社長を経て、「週刊現
代」特別編集委員に就任した近藤大介氏です。近藤氏は、膨大な
固定資産投資の弊害を認めたうえで次のように述べています。
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 表面的には、たしかにそうだろう。だが私に言わせると、中国
経済がいつまで経っても回復できない根本的な原因は、次の2点
である。
 第1に、「社会主義市場経済」という中国の社会システム自体
の矛盾が、もはや抜き差しならないところまで来ていて、各所で
炸裂していることである。
 第2に、「マルクスは知っていてもケインズは知らない」と揶
揄される習近平主席が「現代の毛沢東」となって、「マルクス主
義経済学」と呼ばれる社会主義的史観に立って経済を運営してい
るからである。           ──近藤大介著/講談社
     『活中論/巨大化&混迷化の中国と日本のチャンス』
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 中国に改革開放の道を開いたのは、毛沢東以来の2代目皇帝の
座についたケ小平です。ケ小平は中国共産党の総書記の座には就
きませんでしたが、自らは「核心」を名乗り、最高指導者として
君臨したのです。
 ケ小平は1976年に毛沢東が亡くなると、1978年から改
革開放政策をスタートさせています。しかし、当初は、農家に一
部農産物の自由耕作を認めたり、5つの都市に経済特区を設けて
外資を導入する程度にとどめていたのです。
 しかし、1989年に「天安門事件」が起こり、1991年に
ソ連が崩壊すると、ケ小平は共産党政権存続の危機感を痛感し、
改革開放を加速させたのです。このとき、政治は引き締めながら
も、地方政府には改革開放の促進を求め、国民には「金儲けに走
る」自由を認めたのです。
 1992年10月の第14回共産党大会において、「社会主義
市場経済」という方針を定め、1993年3月には憲法を改正し
第15条で次のように明記したのです。
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       憲法第15条
       国家は社会主義市場経済を実行する
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 「社会主義市場経済」とは何でしょうか。
 政治は社会主義を堅持するが、経済は市場経済に変更する──
これが社会主義市場経済です。これは、世界のどこの国もやった
ことのない体制であり、成功するかどうかは、誰も予想ができな
かったのです。本来政治が社会主義であれば、経済は計画経済で
あるべきであり、それを市場経済にするのであれば、政治は資本
主義でなければならないはずです。それをケ小平は、政治は社会
主義、経済は市場経済といいとこ取りの新しい制度を採用し、中
国の新しい発展を図ったのです。
             ──[米中戦争の可能性/084]

≪画像および関連情報≫
 ●「社会主義市場経済」はファシズムの一形態に過ぎない
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   中国の「抗日戦争勝利記念日」(2016年9月3日)が
  近づいてきた。昨年の同日、天安門広場で大々的に繰り広げ
  られた「世界反ファシズム戦争勝利70周年記念」軍事パレ
  ードは記憶に新しい。
   「歴史を鑑(かがみ)に」と居丈高に迫る中国の歴史戦に
  は、3つの狙いがある。第1は潜在敵国、特に日本に贖罪、
  史観を浸透させ、その精神的武装解除を図ることである。第
  2は「反省しない日本」への敵愾(てきがい)心をかき立て
  独裁体制の維持を正当化することである。第3は自由、民主
  法の支配、人権といった「現在」の問題に焦点が当たらぬよ
  う、注意を過去にそらすことである。
   従って、とりわけアジアの自由主義大国・日本が誤った贖
  罪意識から脱して、正しく「歴史を鑑」とすることが、日本
  自身にとってはもちろん、自由世界全体にとっても戦略的に
  極めて重要となる。
   まず、ファシズムという言葉だが、これはイタリアのムソ
  リーニが、共産主義でも資本主義でもない「第三の道」とし
  て打ち出したものである。国家主義的な独裁を永遠の統治原
  理としつつ、資本主義のエネルギーを抑圧体制活性化のため
  に用いるというのがその「第三」ないし折衷策たる所以(ゆ
  えん)である。          http://bit.ly/2bCbdmb
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ケ小平/毛沢東以来の2代目皇帝.jpg
ケ小平/毛沢東以来の2代目皇帝
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 米中戦争の可能性 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする