2016年10月28日

●「リンカーン暗殺には『謎』がある」(EJ第4390号)

 1861年4月12日に開始された南北戦争は1865年4月
9日に終了しています。この米国人同士の戦争に4年の歳月がか
かっているのです。南北戦争は、1864年4月から後に大統領
になるユリシーズ・グラント将軍が総司令官に就任して総指揮を
執るようになってから目に見えて戦況は北軍に優勢になり、18
65年4月に南部の首都リッチモンドを陥落させたことによって
戦争は終結したのです。
 しかし、戦争終結の5日後にリンカーン大統領は暗殺されてし
まうのです。実はこのリンカーン大統領暗殺事件は多くの謎に包
まれています。そこでリンカーンの話が出たところで、この「暗
殺の謎」について書いてみることにします。
 リンカーンは、戦争が終結した5日後のことですが、北軍総司
令官のグラント将軍と芝居を観に行く約束をしていたのです。こ
の日はグラント将軍がワシントンに帰還してくることになってい
たので、そこで戦勝の慰労を兼ねて劇場に行く約束をしていたの
です。ところが、ここでおかしなことが起こったのです。それは
次の2つの突然の変更です。
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     1.当日になって劇場が変更になったこと
     2.グラント将軍が誘いを断ってきたこと
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 「1」は、劇場の変更です。
 もともとは、グローバー劇場に行くことになっていたのですが
当日になって急遽フォード劇場に変更になったのです。劇場が変
更になれば、当然芝居の演目も変わることになるので、そんなこ
とは普通は起こり得ないことです。
 もちろんリンカーン自身が変更したのではなく、側近の誰かが
変更したのですが、誰がなぜ変更したかについては、いまもって
わかっていないのです。
 「2」は、同行者の変更です。
 本当はグラント将軍の慰労だったのです。したがって、本人と
事前に連絡を取り、将軍も承諾していたのです。大統領からの誘
いであり、よほどの理由がなければ断らないはずです。まして当
日になって断るなどということは、本人が急病にでもならない限
り、あり得ないことです。
 ところがそのあり得ないことが起きたのです。当日の朝、大統
領を中心に、ホワイトハウスで閣議が行われ、グラント将軍も出
席しています。もし、グラント将軍が当日に観劇に行けないので
あれば、真っ先に大統領にそのことを告げるはずです。
 しかし、グラント将軍はそうしていないのです。つまり、閣議
の始まる前までは大統領と観劇に行く予定だったのです。しかし
閣議が終わったとき、使いの者が持ってきたメモを見て、その場
で大統領にキャンセルしています。究極のドタキャンです。その
メモが誰からのものであり、何が書いてあったのかについては、
いまもってわかっていないのです。
 リンカーンは、単に自分の楽しみのために観劇をするつもりは
なかったのです。何よりも戦争が勝利で終結したことを国民に感
じてもらうことにあったのです。そのためには、大統領は総司令
官のグラント将軍を帯同する必要があったのです。そんなことは
グラント将軍はよくわかっていたはずですが、それを当日に自分
の都合でキャンセルするには、よほどのことがメモに書かれてい
たものと思われます。
 リンカーン大統領は、グラント将軍が行けなくなったので、代
わりの同行者について、エドウィン・スタントン陸軍長官に相談
しているのです。
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  今夜、エッケルト少佐を貸してくれないか。一緒に劇場に
  行って欲しいのだが・・・。   ──リンカーン大統領
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 エッケルト少佐とはスタントン陸軍長官の主席副官です。しか
し、スタントン長官は、これを重要な仕事があるという理由で即
座に断っています。非常に非協力な態度です。
 そこでリンカーン大統領は、若いラスボーン少佐に直接声をか
け、やっと了解をとったのです。これによって、フォード劇場に
行くメンバーは、リンカーン大統領夫妻とラスボーン少佐とその
婚約者であるクララ・ハリスの4人ということになったのです。
 1865年4月14日、20時10分頃、4人は馬車に乗って
フォード劇場に出発したのです。劇場には、20時30分に到着
し、4人は劇場に入り、2階のボックス席に案内されたのです。
 芝居ははじまっていたのですが、観客は総立ちで出迎え、俳優
たちも一時芝居を中断して大統領一行を迎えたといいます。その
ときの芝居の演目は次のものといわれます。
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   「われらがアメリカのいとこ」/Our American Cousin
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 ボックス席は2つ用意されていたのです。2階の7号室と8号
室です。2階のボックス席はもっとたくさんあるのですが、劇場
側はそれ以外は「満席」といっていたのです。しかし、これは事
実と異なります。実際には7号室と8号室以外はすべて空席だっ
たからです。2組みのカップルのボックス席は次のように割り当
てられたのです。
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   7号室 ・・・      リンカーン大統領夫妻
   8号室 ・・・ ラスポーン少佐とクララ・ハリス
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 重要なことがあります。ボックス席は内鍵がかかりますが、8
号室は鍵が壊れていたといいます。つまり、劇場側は、大統領夫
妻をわざわざ鍵の壊れている8号室に案内したのです。それに加
えて大統領夫妻の警備にも大きな問題があったのです。来週に詳
しく説明します。    ──[孤立主義化する米国/075]

≪画像および関連情報≫
 ●リンカーンはユダヤの金融制度に挑戦して暗殺された
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   当初ロスチャイルド家は、北側(アメリカ南北戦争)には
  戦争を遂行するための金は一銭も渡せないという原案を発表
  していた。リンカーン大統領は、戦争を行うための金をニュ
  ーヨークで借りることができなかった。しかし彼はこの拒絶
  にひるまず、緑色の法定紙幣三億四六〇〇万ドルを発行して
  銀行家どもを狼狽させ、そして北軍の装備を整えた。この行
  為により彼は、憲法にのっとった最初の大統領、つまり国家
  主権という原則を最初に行使した大統領になったのだ。もし
  これだけの紙幣を銀行家が発行したとしたら、結果的には利
  子で一一〇億ドルも儲けることになっただろう。
   明らかに、リンカーンの行為によって銀行家たちは妨害を
  受けた。ロスチャイルドの息がかかっている新聞「ロンドン
  ・タイムズ」は、次のようなコメントを出している。「もし
  北米共和国ではじまったこの有害な財政政策が継続されて定
  着するようなことにでもなったら、そのさいには、北米共和
  国政府はコストなしで自国通貨を供給することになる。過去
  の負債を全額支払い、将来は負債なしでやっていくことにな
  る。商業活動に必要な通貨を、すべて所有するようになるの
  だ。世界の歴史にも先例のない繁栄がもたらされるだろう。
  あらゆる国の頭脳も富も、北アメリカに殺到するだろう。こ
  んな政府は叩きつぶしてしまわなければ、世界中の君主国が
  反対にやられてしまうことになる」。
                   http://amba.to/2eT57Pq
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エイブラハム・リンカーン16代米大統領.jpg
エイブラハム・リンカーン16代米大統領
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする