2016年10月27日

●「映画『リンカーン』を観て考える」(EJ第4389号)

 16代大統領エイブラハム・リンカーン──おそらく米国の大
統領のなかで最も有名で、史上最高の最も尊敬されている大統領
の一人であり、新生共和党の初代の大統領です。
 リンカーンがはじめに注目されたのは、カンザス・ネブラスカ
法案に反対し、見事な雄弁と説得で民主党のスティーブン・ダグ
ラス議員に論戦を挑み、奴隷制度の反対を貫いたからです。
 共和党が結成され、リンカーンがみるみる頭角を現すのを見て
南部諸州は連邦離脱を宣言します。南部の民主党は、もともと州
権派であり、意見が合わなければ、離脱するという意思は強かっ
たのです。奴隷制度は彼らにとって不可欠なものであったからで
す。南北戦争はそのために起きたのです。
 ところで、リンカーンといえば、2013年劇場公開のアメリ
カ合衆国の伝記戦争映画があります。ハリウッドの巨匠、スピル
パーク監督の作品です。
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  映画『リンカーン』/スティーブン・スピルバーク監督
          主演/ダニエル・デイ=ルイスを主演
             予告編 http://bit.ly/2eN9HgS
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 この映画については、安倍首相も観て、リンカーンの奴隷制度
廃止を実現する「合衆国憲法修正第13条」の可決に奮闘するリ
ンカーンの姿に自分を重ね合わせたようです。これについては、
≪画像および関連情報≫に作家の阿川尚之氏のコメントを紹介し
てあります。
 この映画のあらすじは、次の通りです。ライブトアのサイトか
ら引用します。
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 1865年1月。大統領再選を果たしたリンカーンは大きな苦
境に立たされていた。自らの夢である「奴隷解放」の賛否を巡っ
て起こった国を二分する南北戦争は4年目に突入。“すべての人
間に本当の自由を”という理想に突き進む中で、多くの若い命が
失われていく。悲願を実現するためには、憲法修正を議会で成立
させねばならない。なりふり構わぬ政治工作を仕掛けるリンカー
ンだったが、戦争の長期化の影響で形勢は極めて不利。しかも法
案を通すためには、あと“20票”も足りないのだ。
 一方、長引く戦争はリンカーンの息子ロバートまでも戦場へと
駆り立てた。すでに2人の息子を亡くしていた母メアリーの反対
を押し切り、ロバートは軍に入隊。息子に反発され、妻からは叱
責を浴び、一国の指導者たるリンカーンは、政治家としての手腕
問われるだけでなく、父親としても大きな試練に直面していくの
だった・・・。本当の「自由」か、愛する「家族」か、一人の人
間としてリンカーンが下した究極の決断とは――?史上“最も愛
された大統領”リンカーンの知られざる“真実の物語”が、いま
明かされる。             http://bit.ly/2eEgUB0
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 リンカーンは奴隷制度反対論者なのですが、奴隷州が増えて行
くことに危機感を持ったのです。なぜなら、これが進むと、アメ
リカという国家が二分してしまうからです。この国家分裂回避こ
そリンカーンの狙いだったのです。映画『リンカーン』にはそれ
が描かれています。
 実はこの映画には原作があります。ピューリッツァー賞を受賞
している歴史家ドリス・カーンズ・グットウィンによる『リンカ
ーン』(中央公論新社刊)です。ここに描かれているのは、奴隷
廃止法案(「合衆国憲法修正第13条」)を成立させるためのあ
らゆる権謀術数工作です。
 例えば、大統領に当選後、リンカーンは選挙時の政敵だった4
人をそっくり主要閣僚に抜擢する奇手を使うなど、国政にとって
有能と判断すれば、リンカーンの失脚を謀略した財務長官でさえ
最高裁判所長官に任命したほどです。法案を成立させるためには
裏取引や根回しも含めてあらゆる手を使っている様子なども描か
れています。そして、リンカーンは南北戦争という未曾有の国難
を乗り切り、目的を果たしています。
 映画『リンカーン』は、このドリス・カーンズ・グットウィン
の原作を基にしているので、南北戦争の戦争シーンを期待してこ
の映画を観て、面白くなかったという批評もネットにはたくさん
出ています。
 リンカーンには、「ゲティスバーク演説」という有名な演説が
あります。ゲティスバークは南北戦争の激戦地です。この演説は
南北戦争での戦死者のための3分ほどの追悼演説なのですが、そ
のなかに、なぜ「人民の人民による人民のための政治」と言葉が
必要だったのかについて、冷泉彰彦氏は自著で次のように述べて
います。
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 どうして追悼の演説に「人民の人民による人民のための政治」
という一句を入れなくてはならなかったのかというと、その意味
合いは「諸君の死はムダではない。諸君はエスタブリッシュメン
トのために死んだのではなく、全員のために死んだのであり、諸
君が守ったアメリカ合衆国は一部の人間のための存在ではない」
というメッセージがどうしても必要だったからだ。
 戦争は南部社会の破壊だけでなく、北部においても甚大な被害
をもたらすことになった。その犠牲が「一部のエスタブリッシュ
メントのため」ということでは、とうてい国は治まらず、精神的
なスローガンとしての「人民の政治」という理念がどうしても必
要だった。この演説が偉大とされるのにはそうした背景がある。
っまり「ポピュリズム」を暴走させないという意識が計算されて
いるからであって、単に格好の良い民主主義のスローガンを思い
ついたからではない。   ──冷泉彰彦著/日本経済新聞社刊
          『民主党のアメリカ/共和党のアメリカ』
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            ──[孤立主義化する米国/074]

≪画像および関連情報≫
 ●映画『リンカーン』と日米憲法改正比較/阿川尚之氏
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   しばらく前に安倍晋三首相が都内で映画『リンカーン』を
  鑑賞されたそうだ。1865年1月、リンカーン大統領がい
  かにして反対派の強い抵抗を抑え、議会下院での憲法修正第
  13条可決を実現し、恒久的な奴隷制度廃止に道を開いたか
  を描く、スピルバーグ監督渾身の作である。
   首相は鑑賞後に記者団から感想を問われ、「常に指導者は
  難しい判断をしなければいけないということだ」と語ったと
  いう。日本国憲法第96条の改正によって、まず憲法が定め
  る改正手続きそのものを変え、それによって将来憲法の個別
  条項改正を実現させたい。そう考える安倍首相は、あらゆる
  政治手段に訴えて憲法修正実現をめざすリンカーン大統領の
  苦心と苦悩に共感したのだろう。メディアはそうコメントし
  た。しかしこのニュースには、映画『リンカーン』で取り上
  げられた修正第13条可決について、総理もメディアも触れ
  なかったことがいくつかある。
   第1に、下院による修正第13条可決には、3分の2の賛
  成が必要であった。合衆国憲法第5条は、議会は上下両院そ
  れぞれ3分の2の賛成によって憲法修正(改正)を提案する
  と定める。この規定は1788年にアメリカ憲法が発効して
  以来、一度も変わっていない。アメリカ憲法には他にも、条
  約の批准や最高裁判事任命の承認には議会上院の3分の2の
  賛成を必要とするなど、同じような規定がいくつかある。
   憲法96条改正を唱える人々の一部には、改正の発議・提
  案に衆参両院それぞれ総議員3分の2の賛成を必要とする現
  在の規定は厳しすぎて実質上改憲を不可能にするとの議論が
  あるが、アメリカ憲法と日本憲法の提案要件はこのとおり同
  じである。            http://bit.ly/2f5zXZd
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映画『リンカーン』.jpg
映画『リンカーン』
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする