2016年10月26日

●「共和党はどのように結成されたか」(EJ第4388号)

 米国の民主党といえばリベラルな党であり、人権にうるさい政
党であるという印象が少なくとも日本にはあります。したがって
そういう印象で民主党を考えると、きっと奴隷制度に反対したの
は民主党ではないかと思ってしまいます。これに関して共和党は
どちらかというと、こわもて(強面)で戦争好きな印象ですが、
日本にとっては共和党は「親日」というイメージが強いです。
 確かに太平洋戦争時、ときのルーズベルト大統領は民主党です
し、その大戦中の日系人の強制収容について公式に謝罪し、補償
を行ったのは共和党のブッシュ政権です。また、かつて安倍首相
が靖国神社に参拝したとき、オバマ政権は「失望」を表明しまし
たが、これについて自民党の萩生田光一衆院議員は次のように発
言しています。
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 共和党政権のときはこんな揚げ足をとったことはなかった。民
主党のオバマ政権だから言っている。
        ──自民党青年会議の話/萩生田光一衆院議員
                http://s.nikkei.com/1dZ6J12
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 しかしこれはいずれも間違いです。そのときどきの大統領の発
言やとった行動や、印象的な歴史的出来事だけで、そのように判
断ているに過ぎません。「民主党は反日」という考え方について
冷泉彰彦氏は、「ニーズウィーク/日本版」において、次のよう
に述べています。
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 例えば、日本の文化について「クールジャパン」であるとして
高い関心を示す動きは、現在でもアメリカでは根強く続いていま
す。こうした異文化への関心、特にキリスト教的な善悪二元論と
は「異なる価値観」に興味と尊敬を示すというのは、アメリカの
場合は民主党カルチャーです。JFKが上杉鷹山の思想に私淑し
ていたとか、そのお嬢さんのキャロライン・ケネディ大使が『方
丈記』に象徴される日本の世界観に深く共感しているというよう
な例は、決して例外的な事象とは言えません。
 特に現在のオバマ政権の姿勢というのは、基本的に明確な親日
政権であり、多くの問題に関して「これ以上望みようのない」そ
して「ブレのない」姿勢で、軍事外交に関しても、二国間の文化
や社会的な交流にしても日本を重視していると言って過言ではな
いと思います。            http://bit.ly/1aFGYVW
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 既に述べているように、民主党はかつて連邦派といわれるフェ
デラリストの反対派のリパブリカン(民主共和党)なのです。こ
のリパブリカンは洲権派、すなわち、連邦政府よりも州の権利を
重視する一派です。
 そこで、北部で奴隷制廃止運動が盛り上がると、南部では奴隷
制を採用する(奴隷州となる)か採用しないか(自由州となる)
かは各州の裁量であるとの主張がなされ、奴隷制を正当化してい
たのです。
 もちろん民主党のなかにも奴隷制に反対する人がいて、それら
の人々は民主党を出て、ホイッグ党と自由土地党に分かれるので
す。彼らは奴隷制度には反対ですが、奴隷制度そのものを廃止し
ようというよりも、もうこれ以上奴隷州を増やさないという考え
方だったといえます。
 当時は、西部の開拓が進んでいて、米国の州は増加していった
のですが、今後なるべく奴隷州を増やさないように一定の歯止め
をかける「ミズーリ協定」と呼ばれる取り決めが、奴隷擁護派と
反奴隷制派の間に成立したのです。ミズーリを州にするさい、そ
こに奴隷制を認めるか否かをめぐり,連邦議会で北部と南部の議
員が対立し,その収拾策として成立したものです。
 しかし、1853年、大陸横断鉄道を敷くためにミズーリ州の
西方を准州にする構想が、イリノイ州選出の民主党上院議員であ
るスティーブン・ダグラスから提案されます。この准州は、18
20年のミズーリ協定によれば、当然自由州に編入されることに
なるので、南部の上院議員は激しく反対したのですが、鉄道敷設
に強い関心を持っていたダグラスは、この南部派の反対に対して
ネブラスカをも追加で准州とする案を出し、仮にカンサスが奴隷
州になっても、ネブラスカを自由州にして上院のバランスの維持
を可能にしようとしたのです。
 このダグラスによるこれらの法案はいわゆる「カンサス・ネブ
ラスカ法」として1854年5月に成立します。しかしこれは、
結局1820年のミズーリ協定を事実上破棄してしまうことを意
味し、そしてその結果、南部の奴隷州拡張を北部の方向へ推し進
めることを許し、実質的に南北の対立をかえって激化させる結果
になったのです。
 これに反発したのが、ほとんど消滅しかかっていたホイッグ党
と民主党を離党した自由土地党の人たちです。彼らは、1854
年3月20日、ウィスコンシン州リポンの学校校舎で、第1回の
「反ネブラスカ法」地方集会が開き、この場で新しい反奴隷制政
党を結成することに決定し、その政党の名を「共和党」と名付け
たのです。
 1854年7月6日、州規模の党大会がミシガン州ジャクソン
近郊で開催され、はじめて「共和党」の綱領を採択し、新規獲得
領土への奴隷制度拡大に反対することを宣言します。新政党の主
張は、準州における奴隷制度の問題だけに留まらず、米国の近代
化を大局的な目標に掲げたのです。
 西部の新規開拓領土については、奴隷所有者が好条件の土地を
買い上げるがままに任せるのではなく、奴隷制のない「自由」な
土地として農民に与えることを主張し、銀行を拡大し、鉄道や工
場の建設を推進しようとしたのです。
 共和党は、ミシガン、オハイオ、インディアナ、ニューイング
ランド、ニューヨークに発展、1855年頃には共和党は全国規
模組織になったのです。 ──[孤立主義化する米国/073]

≪画像および関連情報≫
 ●「ミズーリ協定」について/「世界史の窓」
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   1819年段階で合衆国には22の州があり、11が奴隷
  州、11が自由州であった。北部では黒人奴隷制反対の感情
  が強まりつつあり、すでに禁止されたかあるいは急速に絶滅
  に向かっていたが、他方南部では綿花栽培が広まるにつれて
  奴隷制支持の感情が強まってきた。
   ワシントンやジェファーソンら古い南部出身の政治家は奴
  隷制度を害悪と見なしていたが、若い世代の南部人はそれを
  白人にとっても黒人にとっても、利益なものと考えるように
  なっていた。そのような情勢で、ミズーリが奴隷州として加
  入を申請してきたので、議会は大問題となり、北部諸州は激
  しく加入に反対した。結局妥協が成立しミズーリの加盟を認
  める代わりに、マサチューセッツ州からメイン州を自由州と
  して独立させることとし、均衡を保った。また合衆国がルイ
  ジアナとして獲得した地域でミズーリを除く北緯36度30
  分以北は奴隷制度が禁止された。
   その後奴隷制をめぐる対立はさらに激しくなり、1850
  年にカリフォルニアが州に昇格したときはそれを自由州とす
  るかわりに逃亡奴隷取締法を強化するという妥協(「185
  0年の妥協」と言われる)が成立したが、1854年のカン
  ザス=ネブラスカ法、また57年のドレッド=スコット判決
  での最高裁の見解などでミズーリ協定は否定される。
         ──「世界史の窓」 http://bit.ly/2eMAquc
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スティーブン・ダグラス上院議員.jpg
スティーブン・ダグラス上院議員
posted by 平野 浩 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 孤立主義化する米国 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする